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2005.12.08

一生分食った物について

 十二月八日といえばグーグル様と一緒にポコペン侵略にいそしむケロロ軍曹の誕生日の前日である。他になにか?
 師走である。師たる者は走るのである。走れ走れメロン…ちと違うな。メロンは走らない。苔むさず転がるばかりだ。そうしたメロンが世の中には好物という人たちがいる。メロン・アレルギーの私には不可解極まるが、不可解といえば当方のメロン・アレルギーも高級メロンならアレルギーは出ないという珍妙なる特質を持っているので人それぞれ人生いろいろではあろう。メロンについては、私が言うのだから高級メロンなのだが、もう一生分食ったよと思う。メロン? もう要らね。美味しいよと言われても、もういいのだ。そういうのってあるでしょ。
 そうねと女は言う、蟹は一生分食べたわね、と。そりゃ嘘だと小声で答えてみるテスト。タラバガニみたいのの新鮮なやつをまた食ってみたいのではないか。その蟹ね、蟹っていろいろあるのね、わたしの蟹はあの海の蟹……って蟹は海にいるのではないか…そうでもないな。
 蟹は河にもいた。信州の家にいたころ千曲川で山ほどとっ捕まえて持って帰ると、食うかと大人たちは言った。信州である。なんでも食う。蝗はもちろん食う。蜂の子は食う。常世の虫のごとくお蚕様と崇めておきながら、食う。馬も食う。ザザムシも食う。信州人の末裔の私としては一生の一度はザザムシも食わねばなるまい。なんの話だっけ。蟹…いや、一生分食った物の話だ。
 お葉漬けは一生分食った。この季節、国鉄から私鉄に乗り継いだ二十キロものお葉漬けが来る。駅留め。遠い私鉄の駅から父と自転車を押して帰宅した。私が小学生になる前か。そしてお葉漬けの日々が春まで続く。塩の馴染まない青臭いお葉漬けが、しょっぱくなり、すっぱくなるころ春になる。最後は炒めて食う。春まで、あった。もうこんなもの食いたくないよと子供心に思った。一生分食った。
 世の中に出たころ、世人はそれを「野沢菜」と呼ぶのを知った。美味しいとかぬかしていたので、殴ってやるかと怒りがこみ上げてきたのを覚えている。第一だな、「野沢菜」とはなんだ、それは「お葉漬け」だ。「な」と一言で言うのも正しい。なにが、野沢菜だ。旨いだと。おめーら春を待ちながら酸っぱいあれを日々食うという正しい生活を知らないのかぶぁかものと思ったが、世人らは美味しい美味しいと野沢菜なるものをつまんでいた。一口だけ食ってみた、私も。変な味がした。これは、何だ? これは、野沢菜なるものか。菜の味がしなかった。お葉漬けの味がしなかった。なんか、泣けた。
 沖縄で海洋博があるというので、電話線やらの工事監督ということで電電公社員の父は三ヶ月ほど出張していたことがある。沖縄はいいところだとよく言っていた。彼が死んだのでそうかと思って私は行ってみることにした。そして暮らした。海辺で暮らしてみたかったので海辺の家を借りた。痴呆症というのだろうか一人暮らしの老婆が引き取られて空いた家。庭があり、植物がいろいろあった。バナナもあった。
 バナナが実った。おらあグズラだどんではないが、私もかろうじて、あ、バナナだぁの世代である。バナナをお腹一杯食べてみたいなと思っていた。できたら、煙いぶして黄色くしたんじゃなくて、自然に熟れたバナナが食べたいなと。夢が実現してきた。バナナというのは、熟れるまで木におくと、太った女のストッキングの破れのように中からぷっくりとはじけてくるのを知った。感動した。太った女の脚というのもよいものかもしれない。
 問題は量だ。一房実ったバナナは私の食事の一ヶ月分のカロリーを供給するだろう。どうしたらいいのか、こんな大量のものを。というわけで近所に分けた。ウチナーンチュはテーブルのうえにバナナがあると無意識で食べるという習性があるのを知っていたので、あちこち置いてもきた。
 バナナは一生分食った。バナナの花も食ってみたが、渋かった。食用のバナナの花というのは違うらしいと後に知ったので、いずれ死ぬまでにバナナの花は食ってみたいと思う。
 老婆の残した庭には釈迦頭があった。シュガーアップルである。見た目うまくなさそうだし、住み始めたころはほっておいた。通りすがりのウチナーンチュがわっけのわからんウチナーグチで怒るのだがようするにこの釈迦頭をなんとかしろと。食えというのか。欲しかったらあげる、勝手に持って行ってよいと伝えたかったがうまく伝わらん。鳥たちはやってきて食っていた。うまそうでもあった。イエス様の言うとおりである。
 それから二年後ぐらいだろうか、釈迦頭があまり実るのでもいでテーブルに並べ、さてどう食うのかと調べてみた。熟れたら食うのだそうだ。そりゃな、普通な。とにかく山ほどあるので食って食ってそのうち釈迦頭の食べ方というものもわかった。触った感じで旨いころ合いがわかるのである。少し弾力がある感じがよい。食ってみてわかったが旨かった。多数含まれる砂利のように固い種がやっかいだが、こんなに豊潤な香りと甘みと酸味というのはちょっと他のフルーツにはない。もし釈迦頭を食う機会がありそうな人がいるなら伝えておきたいのだが、冷蔵庫に入れてはダメだ。ダメと言ったらダメだ。理由は聞くな。
 かくして釈迦頭は一生分食った。他に…ライチも一生分は食った。ドリアンももうあれで一生分でいい。他に? 芋粥? 甘蔓で煮た芋粥とは、ターンム(沖縄の料理)の緩いようなものだろうか。ターンムも一生分食った。もういい。普天間飛行場は返還すべし。
 酒も一生分飲んだと思った。アードベクやらラフロイグが残る瓶をそのまま飲める人に譲った。もういい。人は酒瓶を半分残して死んでいくものだ。その時期が若干ずれたと思えばいい。それから四年経った。少し酒を飲む。酔うまで飲まない。もともと酔うたちでもない。

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コメント

喰い物の話を書かせたら天下一品ですな。

投稿: cyberbob:-) | 2005.12.09 07:37

高級メロンでアレルギーが出ないのなら,それはメロンアレルギーではなく,メロンに付いている農薬に対するアレルギーかもしれませんね。
アレルギーの出る子どもが,有機無農薬栽培のものだったら大丈夫だったという話を聞くことがあります。

投稿: ペケ | 2005.12.09 09:23

なんだか、ものすごく味のあるエントリーでした。師走だから、かな。

投稿: yochun | 2005.12.09 15:18

詩人ですね、あ、皮肉です、悪い意味で、いや、いい意味で。思わず保存しました。今日のエントリ。
12月8日はレノンが撃たれた日でもありますよ。ラジオがうざったくなる季節です。でも涙もろくなる季節でもあるような気がします。

投稿: あしだ | 2005.12.09 21:51

私、信州の天竜川沿い出身なのでついコメントを。家が養蚕を1年3回やっていた時は、稲作も含めて家事に行き届くもなく、「お蚕さま」の「さなぎ」の甘露煮を毎日毎日食べていた時期があります。食に関しては好き嫌いがありませんでしたが、子供心にもこれだけは勘弁して欲しかったですね。でも、生の蜂の子は大好き、お気を悪くしないでください。

投稿: まきひろ | 2005.12.10 11:50

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極東ぶろぐさんほどの詩的なものではないが、私にも「一生分食った」と思い当たるもの... [続きを読む]

受信: 2005.12.13 11:47

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