« セブン・ミレニアム統合メモ | トップページ | 大晦日になぜすき焼き? »

2005.12.30

[書評]「生きる」という権利 麻原彰晃主任弁護人の手記(安田好弘)

 二〇〇五年とはどういう年であったか。いろいろな議論はあるだろう。私には、それは一九九五年からの十年が終わった年だという感じがある。では、九五年とはどういう年だったか。阪神大震災があり、オウム真理教による東京サリン事件が起きた年だ。十年の後、それらはまったくの過去になっただろうか。前者については耐震偽装問題が関連する。
 後者については難しい。一応〇四年二月二八日に判決を見た。この日に私は「極東ブログ: 麻原裁判に思う」(参照)を書いた。


 少し奇妙な理屈になってきたし。この問題は、たぶん、ブログの読者のわずかにしか関心がないだろうからこの程度で切り上げる。率直なところ、私は無意味に自分が誤解されてもやだなという思いもある。
 麻原裁判の問題に戻す。真相は解明されなかった。日本社会は、真相を欲してはいなかったとすら言える。ここで急に話の位相を変える。「と」がかかって聞こえるかもしれない。が、私はオウム事件の真相の大きな一部は村井秀夫暗殺にあるのだろうと考えている。もう少し言う。村井秀夫のトンマな妄想は残酷だがお笑いを誘う。この間抜けな人間に組織化した殺戮のプロジェクトがこなせるとは私は思わない。およそ、ビジネスでプロジェクトを動かした人間ならその背後に、それなりの玉(タマ)が必要なことを知っているものだ。

 私は疑念を残したままだった。
 この事件は私個人の内面としては吉本隆明という思想家の思想との対決という面があった。私は、遅れてきた吉本シンパであり、この時点までは吉本の思想についてきたが、ここで齟齬を感じていた。そのことは、その前段ともいえるエントリ「極東ブログ: 麻原裁判結審と吉本隆明の最後の思想」(参照)で触れた。

 結審に関係ないといえば関係ないのだが、たった一つだけ喉に引っかかった魚の小骨のような思いだけがある。些細といえば些細なことだったが、当時論壇やジャーナリズムを巻き込んで麻原を擁護した吉本隆明の主張だ。眼帯のまほこちゃんこと吉本真秀子(よしもとばなな)の家庭教師だった芹沢俊介を除けば、サリン事件以降、吉本を支持する論者はいなかった。こいつらは馬鹿かと思われるような論者やジャーナリストは一斉に吉本バッシングを始めたが、私が吉本シンパだからかもしれないが、結局吉本の強さが際だつだけだった。ちょっと知恵の回る論者なら、この問題を避けてしまった。
 実際はどれほど吉本シンパであっても吉本のこの立ち回りは理解できなかったのではないだろうか。率直に言えば私もその一人だ。もちろん、心情的には理解できる。

 また。

 言葉の上っ面では吉本の批判など簡単だ。至極簡単と言ってもいいかもしれない。だが、その簡単をそのままやるヤツは歴史から浮遊し始める。昔吉本は彼とサルトルと対決したら必然的に負けると言っていたが、そう言えるところに吉本のしぶとい強さがある。
 私の理解は間違っているかもしれないが、吉本が麻原を擁護するというのは、つまるところ2点だろう。一つは。麻原の行なった壮大な悪事を市民社会は断罪できないし、断罪するような思想は大衆の未来を閉ざすということだ。このテーマは難しい。もう1つは、麻原が歴史上比類無き宗教家だということだ。もちろん、政治的には阿呆だと吉本も付け加えているが。

 前者の問題は造悪論としてその後も思想の課題としては残る。ある意味で、それは吉本を継ぐ形で私が生きている限り、こっそりと思考し続けるだろう。当面の問題は、吉本が麻原を比類なき宗教家だと評価する点についてだが、これらの私のエントリでも表明していたように、まったく理解できなかった。この分野の宗教に不得手な吉本が間違ったのだろう(彼は言語学などでも素人レベルの間違いをしている)というくらいであった。
 が、ごく先日、ある事件を契機にこの問題を振り返り、麻原を宗教家として評価している自分を発見した。もちろん、政治的には頓馬であり思想的価値はゼロだろう。宗教家というのはそういうものではないということが、ある時、すとんと胸に落ちていた。気が付くと、十年前の吉本隆明をほぼそっくり受容できている自分がいた。その転換がいつ起きたのか、自分の心をしばしトレースしたがはっきりとはわからなかった。が、個人的には私の内面で何かが深化したようには思う。そして、そのことは、あの時の吉本が世論の血祭りに上げられたように、私もそれを語るならそのような批判を受けることになるだろうかと思った。その世間の空気の匂いのようなものも感じた。
 少し話を戻す。「極東ブログ: 麻原裁判に思う」で私はこう書いた。

吉本はこの件について、たしか、死刑になんかできるわけないよと言っていたと思う。私もこの裁判(検察)は、法学的に間違っているのではないかと思っていた。やや、やけっぱちな言い方をすると、法学関係者はこの問題にはあえて沈黙するのではないだろうか。嫌なやつらだよな、法学関係っていう感じもする。

 エントリでは、この段落に続いて、しかし死刑にできるという法理を日垣隆の説明を借りて書いた。そのあたりはなるほどではあった。
cover
「生きる」という権利
麻原彰晃主任弁護人の手記
 が、私の心のなかには、吉本と同じで、「死刑になんかできるわけないよ」という感覚というか信念のようなものはけして揺るがなかった。余談めくが、私が法学に多少関連した話を書くといかにも専門家ふうな通りすがりさんに馬鹿だなみたいなコメントを戴くことがあるが私はそれをあまり真に受けていない。この例でも、「死刑になんかできるわけないよ」という私の法の感性が間違っているとはつゆも思っていない。
 こうしたある主のコンバージョン(転換)とコンシスタンシー(一貫性)がある宙ぶらりんとした感じのなかで、今年の八月に出版された安田好弘弁護士の『「生きる」という権利 麻原彰晃主任弁護人の手記』(参照)を読み、いろいろと思うことがあった。それこそ二〇〇五年を私のなかで区切りをつけるためにエントリに記しておかなくてはならないものだ。
 安田好弘弁護士も麻原を死刑にできるわけはないと考え、そして、宗教思想その他を抜きに一人間として麻原に接して、宗教家としての価値を認めていた。私は、この安田に法の感覚を持つ普通の弁護士と普通の人間の感覚を感じた。しかし、それはそのままにして世間の感覚ではない。大衆と大衆の原象の問題でもある。が、それはさて置く。
 安田の本は、この時点の私が読むからなのだろうが、かなり共感できた。しかし、半面、彼自身が現在の麻原に深く関与しすぎている印象も受け、そこがうまく語られていないようにも思った。本書は手記の形態しているが、ライターなり編集の手がかなり入っているのではないかと思えた。むしろ、ジャーナリストがもう一度、安田と麻原の関係を問い直す必要もあるのかもしれない。が、その日はたぶん永遠に来ないだろう。
 話を東京サリン事件だけに絞る。安田が仄めかす事件の真相は、いわゆる一般的なあの事件の解釈やいわゆる陰謀論を越えたものがあり、率直に言うのだが、あの事件についての私の歴史の感覚をガラっとずらすなにかがあった。単純に表現すると陰謀論のようだが、まあ、いいとしよう。それは、警察は事前に事件を予期していたということだ。安田はこう言う。

 三月一五日、地下鉄霞ヶ関駅で、加湿器の入ったアタッシェケースが見つかった。中身は単なる水だったが、警察の反応は過剰ともいえるもので、地下鉄の通路に、「目撃者を探しています」という写真入りの立て看板があちこち立てられていた。私は、イタズラ事件に過ぎないのに、なぜそこまで広く目撃情報の提供を求めるのか、不思議でならなかった。地下鉄サリン事件が起きた時、私はふと、五日前のこの出来事と何かかかわりがあるのではないかと感じていた。


 前述のとおり地下鉄サリン事件の五日前に、地下鉄霞ヶ関駅で「アタッシェケース事件」が起きた。アタッシェケースに仕込んだ噴霧器から白い煙のようなものが発生したが、それは、単なる水であった。後にそれがオウムの幹部たちによって設置されたものであったことが判明した。しかし、当時それに関与した者は、中にはボツリヌス菌から抽出した猛毒のボツリヌストキシンが入っており、それによって数十万人を殺せると信じ込んでいた。
 実は、地下鉄サリン事件よりもアタッシェケース事件のほうが本番だったのである。
 地下鉄サリン事件は、アタッシェケース事件が失敗したため、急遽、実行したものに過ぎなかった。警察はこの事件の内容を掴んでいたに相違ない。
 地下鉄サリン事件が起こる前日、自衛隊は朝霞駐屯地でガスマスクを着けて、サリンに対応した捜索の演習を行っていた。やはり、地下鉄サリン事件が起こる前に、警察は彼らがサリンを持っていることを把握していたのである。
 警察が地下鉄サリン事件を予知していたとなると、事件の様相は一変する。地下鉄サリン事件を無差別大量殺人事件だと位置づけることはできない。この事件がなければ、警察・検察は対テロ政策、つまり、公安調査庁の存続や、警察要員の増員など、幾多の治安優先の政策を実行できなかったはずである。

 私も真相はそうなのではないかという印象を持っている。ただ、公安は自身の存続より別の敵を想定したのではないかとも思うが、そこまでくるとさすがに陰謀論の色が強すぎるだろう。
 安田は警察が何か知っていただろうとすることを検証するために、ちょっと唖然とも私には思えるのだが、Nシステムへのハッキングを試みていた。

 私は警察庁のコンピュータ・サイトからNシステムに入り込み、オウム真理教の車とその後ろを追尾する警察車輌の写真を探し出すことを思いついた。当時、まだハッキングは犯罪ではなかったから、サイトに入る技術を習得すれば可能となる。オウム真理教の車のナンバーはわかっている。あとは、その後ろの車のナンバーが警察のものであるかどうかを調べればいいのである。しかし、私の技術が未熟でうまくいかず、そのうち私自身が逮捕されてしまい、この試みは実現しなかった。

 彼のブレーンにハッカーがいなかったのだろうか。安田の逮捕劇は、オウム裁判という国策によるあまりも馬鹿げた短絡した事態なのでここでは触れないが、こうした流れを見るに、むしろ安田排除の本当の理由は警察追及への威嚇ではなかったかとも思える。
 オウム事件には庶民からも見える形の隠蔽がある。言うまでもなく村井秀夫の衆人環視内での暗殺だ。そして、もう一つの隠蔽がある。まったく語られていないわけではないし、そして長くなるが引用しておきたい。

 村井さんが「科学技術省」トップとして権力を握る一方で、教団の組織化や法律・制度については、AさんとKさんの二人が中心になっていた。Aさんは「法務省」のトップであり、Kさんは「法皇官房」のトップで、麻原さんの側近だった。教団における省庁制は、麻原さんの発想ではなく、Kさんの発案によるものだった。彼ら二人は、新しい国家のモデルを考えていたのであろうか。
 地下鉄サリン事件の二日前、三月一八日にあったと検察が主張する「リムジン車中謀議」(サリン散布を麻原さんが「指示」したと言われる)の際、リムジンの中にはAさんとKさんも乗っていた。しかし二人は、この事件に関して起訴されていない。彼らは「車中謀議」に参加していないことになっているのである。これも不思議としか言いようがない。
 Kさんが地下鉄サリン事件に関与していたという証言が、元「諜報省」トップ・Iさんの尋問中にはからずも出てきた。Kさんは、犯行声明を作ってファックスで送ったというのである。この話を彼はそれまで隠していた。調書に出てきておらず、彼の弁護人も知らなかったようだ。証言によると、地下鉄サリン事件当日の三月二〇日、世間の目をそらすため、宗教学者の島田裕巳さん宅に爆弾を仕掛けに行ったという。しかしその後の、サリンが撒かれる時刻までの彼の行動に、どうしても説明できない時間がある。尋問でそれを訊いていくと、
「Kさんと会っていた」
と彼が証言した。
「何のために会っていたのか」と追及すると、犯行声明の話が出てきたのである。もちろん、それがどこまで本当かわからない。しかし、犯行声明はいっさい出なかったことになっている。どこかで握りつぶされたのではないだろうか。
 こうして、地下鉄サリン事件に、Kさんはかかわっていないという事件の構図が作られたのである。Kさんの祖父が自民党の大物政治家の後援会長だった、などと不起訴の理由もいろいろ取り沙汰された。しかし、それにしても、教団中枢メンバーの中で、なぜKさん一人が起訴されなかったのか。オウム裁判では裁判以前の段階、起訴するかしないかという時点ですでに、差別や区別が図られているのである。
 地下鉄サリン事件に至るまでの教団の動きを追っていくと、教団内の権力はKさんのグリープと村井さんの二人に集中していたようにみえる。しかし、検察の描いた構図では、Kさんのグリープがすっぽりと抜けている。片や、村井さんはこの世にいない。つまり、オウム事件の中心人物が二人とも法廷にいないのである。

 この話は後日譚がある。そのこともこのブログで少し触れたことがある。だが、この問題は単純に言えば、迷宮入りが決まっているのだろうと思う。
 その扉を閉める十年でもあったように思える。
 なお、本書が東京サリン事件に触れるのは全体の三分の一程度で、他にも非常に興味深いエピソードに満ちている。

|

« セブン・ミレニアム統合メモ | トップページ | 大晦日になぜすき焼き? »

「書評」カテゴリの記事

コメント

管理者注
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/01/post_be6a.html#c5807197
より移転しました。
----------
安田好弘著『「生きる」という権利』の書評を検索していたら、貴Hpに出会いました。とてもおもしろく拝見しました。弁護士として飛び抜けた力量を持っているらしい安田氏を麻原裁判から手を引かせるために彼の逮捕があったということは確実だと私も思いますし、「迷宮入りが決まっているのだろう」という発言にも同感です。が、疑問もあります。現在の安田氏が麻原氏に過度に深く関与しているという件、安田と麻原の関係をジャーナリズムは問い直す必要がある云々は、納得できませんでした。あなたは(どなたかは存じませんが)、ご自分の考えが誤解されることを気にしていらっしゃるようですが、本来気にするべきは、むしろこのような思わせぶりな文章の運びではないのでしょうか。私はこの本に登場する人の中で安田氏が共感もし好きでもある人はMさんやSさん、また竹本さんなどであり、麻原さんではないと感じましたが、それはともかく麻原裁判は事件が事件ですから、弁護人であった安田さんがどれほど深く没入しようともそれは当たり前のことだと思います。ジャーナリズムに問い直せ云々は、わずかな人を除いて信用してないと安田さんご自身が断言しているように、今のマスコミ界を考えれば、あなたのこういう発言はどのような意図であるにしろ、安田氏にとって無礼だと感じましたし、読んでいて不快でした。ご自分が誤解されることは困るが、安田氏が誤解されるようなことを平然と書く行為は、フェアーではないのでは?
(ホームページの書き込みがここでよいのかどうかわかりませんので、間違っていたらお許しください。)

投稿: (草子) | 2006.01.12 07:59

大変興味深いエントリ、ありがとうございました。

このエントリを読むことで、私は自分の中のある感覚を自覚させられました。それは、この裁判が、膨大な時間をかけて、今まで結局何も解明してこなかったという不毛感です。これだけ大きな事件の裁判なのに、「単なる集団妄想」という話から一歩も踏み出さないことに、苛立ちのようなものを感じていたようです。

かつての新左翼関係の裁判は、その時代の人々の心情にケリをつけるような役割を果たしていたと思うのですが。
http://www12.ocn.ne.jp/~chi0010/

安田弁護士が逮捕されていなかったら、この裁判はまったく違った展開をしていたかもしれないのですね。

おりしも裁判は今、一審の死刑判決が確定する可能性もあるという、重大な局面に差し掛かっているわけですが。
http://www.asahara-kousoshin.info/

投稿: | 2006.03.11 01:10

安田好弘という方を本日のTVの報道で知りました。
山口県の母子殺害事件の被告の弁護人でありながら、
弁論に欠席したとのこと。被害者の遺族は怒りをあらわにしていました。
この弁護士さんは、遺族に対し、何も感じないのでしょうか?

投稿: 安田嫌弘 | 2006.03.14 23:42

安田好弘なる者がどういう人物であるかは、
本日の18歳気狂いガキによる光市母子‘虐殺’事件の
最高裁弁論開始日に卑劣にも欠席したことから容易に
想像できる。
このような‘エセ’人権屋は葬り去るべきであろう。
被害者男性の言葉を忘れない。
「出所したら差し違えてでも殺す」というその気持ちは
人として当然の感情である。私ももし家族が同じ目に
遭ったならそう考えるだろうし、必ず実行するつもりだ。
その意味において、死刑廃止論者は私にとって敵だと考えている。
この18歳ガキの死刑が確定することを心より望むものである。

投稿: 死刑廃止運動反対者 | 2006.03.15 00:30

【安】田好弘って、通名じゃないのか?

投稿: | 2006.03.15 12:52

↑だからなんだ。

投稿: synonymous | 2006.03.15 18:03

「人権」という事が少年犯罪などで、たびたび取り上げられるが、「人権」というのものは、”悪意を持って”他人の「人権」を排除した人間に与えられるべきものではない。自ら人権を「放棄」したものとして扱うべき問題だ。その覚悟があって犯した行為とするべきだろう。更正の余地があるとかないとか、人権がどうとか、他人の人生を奪っておいて主張できる権利ではない。「死刑」の善し悪しを考える前に、まずこの事を廃止論者は考えるべきだ。本気で考えたら、軽々しく殺人者にも人権があるなどと言えないはずだ。そんな事を胸を張って論じてる安田弁護士は、つまりはそういう人間だという事でしょう。

投稿: hal | 2006.03.18 11:01

三つ上の投稿の 死刑廃止運動反対者さんの書き込みによると、

>「出所したら差し違えてでも殺す」というその気持ちは
>人として当然の感情である。私ももし家族が同じ目に
>遭ったならそう考えるだろうし、必ず実行するつもりだ。

とのことですが、上記の haさんの投稿では

>「人権」というのものは、”悪意を持って”他人の「人権」を
>排除した人間に与えられるべきものではない。
>自ら人権を「放棄」したものとして扱うべき問題だ。
>その覚悟があって犯した行為とするべきだろう

とあります。

「悪意」の犯罪があるということは
「善意」の犯罪があるということですが 
それはどういったものであるか、と素直に疑問に思いました。

たとえば自分の近しい人が殺され、そのあだ討ちに加害者を殺害することは「善意の犯罪」でしょうか。
それは誰に対する善意でしょうか。
少なくとも、加害者には「悪意」を感じているはずです。
なにせ、自分の身近なひとを殺したにくいやつです。

善意と悪意の明白な区別がつかないかぎり、
あだ討ちで人を殺した人も
「自ら人権を『放棄』したものとして」扱わねばならない理屈になります。

投稿: | 2006.04.17 23:59

被害者の夫は、あだ討ちして自分が仮に死刑になったとしても命乞いや人権の事なんぞ一言も口にしないだろうぜ。
少なくともこのクソガキとは違うね。
人を殺しておいて被害者や遺族の事より自分の人権を主張?だからゴミなんだよ。生かしておいても税金の無駄だ。さっさと殺せよ、このキチガイを。あ、安田好弘ってクズに聞きたいんだが、7年で出所したクソガキが隣に引越してきても笑顔で挨拶できるんだろうな?

投稿: 死刑大賛成!! | 2006.04.19 00:17

死刑大賛成!!さんの、上の変な投稿者
いるんだよね~!人の書いたコメントにナンクセつける変な奴、・・・・・・・・・・・・・・イライラして腹が立つ・・
(三つ上だって!)違うだろ!
(「善意」の犯罪があるということですが)誰も書いていないぞ!
(思いました。)・・  思い込みは、間違いのはじまり。
(たとえば)・・・・  空想の作り話を、するな!
(明白な区別がつかないかぎり、)・ついてるよ!
私は、死刑廃止運動反対者さん、halさん、死刑大賛成さん、
と、同じ考えです。

  
  

投稿: たぬき | 2006.04.19 16:01

http://web.archive.org/web/20050305080314/www.starblvd.com/mem/a/o/aoiryuyu/yamaguchishikan.htm

クソガキを人権だ更正だのと擁護している安田と同類な方々へ。よく読め!

投稿: 死刑大賛成!! | 2006.04.20 00:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: [書評]「生きる」という権利 麻原彰晃主任弁護人の手記(安田好弘):

« セブン・ミレニアム統合メモ | トップページ | 大晦日になぜすき焼き? »