鳥インフルエンザとサイトカイン・ストームのメモ
鳥インフルエンザについて簡単にメモを記しておきたい。現在問題になっているH5N1だがすでに1918年のスペイン風邪に類似であるということがわかっている。スペイン風邪がどれほど人類に大きな影響をもたらしたかについては、タミフルを日本で扱っている中外製薬が企画した「インフルエンザ情報サービス」(参照)の”20世紀のパンデミック<スペインかぜ> ”(参照)を見るとわかりやすい。このページではその死者数を、数え方にもよるのだが、第二次世界大戦を越えるものとしている。余談だが、米国南北戦争の死者数も驚くほど高い。これにイラク戦争を並べるとどうかというのは趣味が悪すぎる。
日本でも同年、つまり大正七年、二千三八〇万人が罹患し、 三八万八千七二七人が死亡。驚くべき数字とも言えるし、当時と今とでは違うので同種のインフルエンザであれば、さらに死者数は少ないだろうとも言える。数万単位の死者であれば、交通事故一万人、自殺三万人に隠れるかもしれない。これは悪い冗談の意図はない。
スペイン風邪で興味深いのは、先のページのも言及があるが、青年の死者が多いことだ。昨今の中国での鳥インフルエンザの死者も印象だがああまた若い人かと思う。
20代から30代の青壮年者に死亡率が高かった原因は不明で、謎として残っている。通常は小児や高齢者の死亡率が高い。死因の第一位は二次的細菌性肺炎であった。このとき、始めて剖検肺中に細菌が証明されないことから、ウィルス肺炎が疑われるようになった。
通常のインフルエンザでは小児や高齢者の死亡率が高いが、スペイン風邪ではそうとは言えなかった。Wikipediaの項目「スペインかぜ」(参照)にはこうある。
また青年層の死者が多かったが、これは理由がはっきりしていない。可能性として、パンデミック以前にH1N1型の流行があり壮年層に免疫があったのではないかという説もあるが、これは少年以下層の死者が特に多くないために疑問視されている。
Wikipediaの情報は知識の点で不足があるのはしかたがないが、このあたりの解説はそうした知識の問題なのだろうか、少し奇妙に思う。というのは、この分野に関心を持つ人なら、サイトカイン・ストーム(Cytokine Storms)を想定すると思われるからだ。
と、思っているさなか、十一日付け日経新聞”鳥インフルエンザの高致死率、免疫系の「暴走」と関連・香港大”(参照)に関連のニュースが出た。
鳥インフルエンザの患者の死亡率は5割以上にのぼるが、この高い致死率はウイルスの体内侵入をきっかけに患者の免疫システムが「暴走」する現象と関連があるのを、香港大学の研究者らが突き止めた。国際的なオンライン医学誌「レスピラトリー・リサーチ」に10日発表した。
研究グループが患者の肺組織などを調べたところ、免疫細胞が分泌するサイトカインと呼ばれる物質の量が通常のインフルエンザに比べて異常に多いことがわかった。
専門家らが「サイトカイン・ストーム(嵐)」と呼ぶ免疫システムの暴走現象で、肺など多くの臓器がうまく働かなくなることがある。
なお、「レスピラトリー・リサーチ」のオリジナルは”Proinflammatory cytokine responses induced by influenza A (H5N1) viruses in primary human alveolar and bronchial epithelial cells”(参照)。
サイトカインは現代人の常識用語の部類だろうか。間違いではないが「免疫細胞が分泌するサイトカインと呼ばれる物質」で通じるだろうか。いずれにせよ、鳥インフルエンザの問題はやはりサイトカイン・ストームかという線での話題にはなっている。科学に関心のある高校生(あるいは高校の先生)なら、NEJMのこのフラッシュ(参照・SWF)を見ておくといいだろう。
随分遅れた感の十七日付けで朝日新聞”高い死亡率、免疫の過剰反応が原因か 鳥インフルエンザ”(参照)も同じ話題を扱っていた。サイトカインの説明はわかりやすい。
ウイルスなどが体内に侵入すると、白血球がサイトカインと呼ばれる物質を分泌する。これが炎症を起こして身を守るのが免疫反応だ。
研究グループがH5N1型の患者から採った気管支や肺の細胞を分析したところ、毎年流行するH1N1型と比べ、炎症性サイトカインの分泌量が異常に高かった。分泌が過剰だと、肺組織が破壊されるなどして呼吸困難になる。
こうした免疫機能の過剰反応は「サイトカインの嵐」と呼ばれ、スペインかぜで若者が多く死亡した原因と考えられている。
このインフルエンザの症状はウイルス自体が引き起こすのではなく、その過剰防衛反応が起こしていると見られる。であれば、免疫の反応を鈍くすることで症状を緩和させることもできるし、あるいは炎症自体を抑制するような対策も可能ではあるのだろう。
ついでだが、記憶を辿って、ニューズウィークのバックナンバーを見ていたら、二〇〇四年二・一八号に「隠された鳥ウイルス 中国では数年前から大流行? 死者二〇〇〇万人の悪夢」という記事を見つけた。同記事を読み直すに、すでに中国内では散発的に発生していると見てもよそうな感じではある。
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コメント
1918年のスペインかぜ原因ウイルスについては感染マウスでサイトカインの異常分泌が確認されています(Nature 431, 703–707.)
ただ、これだけじゃスペインかぜの病原性を全て説明できないという報告も出ている(Science 310, 77–80.)ので、抗IFNとかが疑われてはいますが、全く明らかになっていません。
投稿: ある大学院生 | 2005.11.19 17:25
先日、ニュースで鳥インフルエンザの
変異したインフルエンザが流行した場合、
死者の規模は最も最悪の事態
(全世界で大流行)が起こった時は、
死者の最大の上限が一億五千万人と
推定されるとやっていました…
恐ろしいですね…。
投稿: kagami | 2005.11.19 18:08
いつも楽しく読ませていただいています。
エントリを読んで、人類はこうやって滅んでいくんだな、と思いました。
それはそれとして、日本での雑感を。
日本で近年承認された薬剤でエラスポールというものがあります。古くはARDS、最近はSIRS(SARSでは無く)に伴う急性肺障害(ALI)と呼ばれる病態に対して効能効果をとっています。
これは病因が何であれ(インフルエンザを含む感染だろうが外傷だろうが脳出血だろうが)全身の炎症反応が強すぎて肺の酸素化能が低下するときに、その進行を止める薬です。
高価であり、開発されたのが日本で承認されているのが(おそらく)日本ぐらいだと思います。
インフルエンザそのものの感染を防ぐことができなかったとしても、入院しての補液やエラスポールなどの特殊な治療を組み合わせることによって、第三世界で流行した場合と比べていくらかでも悲惨な事態を和らげることができるのではないでしょうか。
投稿: 田舎外科医 | 2005.11.20 13:25
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投稿: 高田 | 2005.11.20 15:33
あれ、もし例の高病原性鳥インフルエンザがスペイン風邪に類似なら、みなちゃんと免疫をもっているから大丈夫なのでは?あれはH1N1ではなかったでしたっけ。スペインかぜウイルスは遺伝子配列が決定し、鳥インフルエンザ由来であることはわかりましたが現在のH5N1鳥インフルエンザとは関係ないのでは?どうなんでしょう。専門外です。教えてください。
投稿: Aspirin | 2005.11.26 20:45
はじめまして
インフルエンザに有効なのでしょうか?
ネット上ですが、海外では注目されているような気がしますが!
http://www.sanyo.co.jp/viruswasher/index.html
教えて頂ければ幸いです。
投稿: バイオ | 2006.03.15 16:39
現在流行しているH1N1とスペイン風邪のH1N1は遺伝子配列がけっこう異なるようですし(わかったのは1997年に永久凍土から当時の人の遺体が見つかったからです。)、今回の豚インフルも4000個ぐらいあるアミノ酸のうちの30個以上が異なるようです。
結局は遺伝子変異でそれまでの免疫系が認識していたのと異なるウイルスだと判断するようになったときが新型インフルエンザの出現と言うことになるようです。
ことなるウイルス、未知のウイルスと認識してしまうことで
「新しいウイルスだ!」
って言うんで体の反応(免疫系の活性化)が強く出すぎちゃうんですかね。
プロテアーゼの強力さや複製の効率の良さなど、そのウイルスそのものの毒性の強さもサイトカインストームを引き出す要因かもしれません。
投稿: maus | 2009.04.29 14:42
死者数は第二次世界大戦ではなく、第一次ではないでしょうか?
岩波新書の「感染症とたたかう」の54ページにはそう書いてありますが・・。
投稿: 為之助 | 2009.05.23 00:07