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2005.11.10

[書評]胎児の世界(三木成夫)

 新書形式の「胎児の世界」(参照)をもって三木成夫の畢生の大作と言えば違うのだろうが、そう言たくなるほどのインパクトを持っている希有な書籍だ。思想家吉本隆明は晩年になって本書を初めとした三木の思想の直撃をくらい、心的現象論を大きく変えることになった。と、大上段に語ることもないか。普通のエッセイとして普通に読める本でもある。

cover
胎児の世界
人類の生命記憶
 内容は標題どおり「胎児の世界」である。受精し生命が誕生し母体のなかで人間になる過程を発生学の専門家である三木成夫が一般向けに語るのだが、その過程こそヘッケルが「個体発生は系統発生を繰り返す」としたように生命史が凝縮されてもいる。
 が、正確に言えば、不用意な誤解を招くのを避けるのなら、言うまでもなく、ヘッケルのこの命題は間違いであり、そのあたりはWikipediaのヘッケルの項目(参照)や同じく反復説の項目(参照)でも参照されればいいだろう。と読み返すに、なかなかギャグっぽいお話が掲載されている。

 しかし、現在でも大筋では認めることができるものと思われる。進化の過程を正確になぞるということは当然あり得ないが、それをごく単純化し、省略した形での反復までは認められると言ってよいだろう。おおよそ、初期段階であるほど、その省略が激しい。また、反復に近い形であっても、その構造が変化している場合も見られる。
 と、このように書けば、そこまで認めれば、どんな説だって認められるんじゃないか、とか言われそうな気もするが、実際そういう面もある。同じ内容も解釈次第、という場合もある。たとえば、ほ乳類の胚における鰓裂の形成に関しても、その部分から形成される諸器官の元基としてできるだけで、鰓を再現したものとは見なせない、との批判がある。
 ただ、一つには、生物学における法則は、大抵に於いてこんなものである。また、それを認めた上でも、発生の過程が進化をたどる形で行われることを認めることで、よく理解できる現象が多々あることも事実である。

 ようするに修辞を弄すればそういうことになる。問題は最初に結論を置きそれに修辞に逃げることではない。三木成夫のようにひたすら胎児に向き合うという奇妙な生き様があり、その結実が多少狂気を帯びた言説になったという、その意味をどう捕らえたらいいのかという課題だ。私たちもまた胎児を経て人間となったのであり、自分の身体的な根源が問われている。
 ま、通称「反復」と訳されるRecapitulationだが、大筋では生命史を反復していると言ってもいいだろうし、Wikipediaで自明のごとく捨てられるラマルキズムの用不用説も三木の弟子筋の西原克成などはある程度までだが実証的に覆しつつある、とまでは言えないが、そのあたりは「極東ブログ: [書評]内臓が生みだす心(西原克成)」(参照)で少し触れた。
 つまらぬ回り道が多くなったが、本書が読者に強いインパクトを与えるエピソードは、椰子の実のジュースと母乳の話だろう。三木は椰子の実のジュースを飲み、太古の記憶を呼び戻すように感じたという。もう一つは、彼の細君が授乳期に乳が張りすぎて痛いので吸って飲んだという話だ。
 椰子の実のジュースの話は本書でも少し触れているが三木が飲んだのは劣化していたのだろう。あれはほとんどただの水だ。人間の母乳の味については、たぶん、人に、特に男性に強くしかし語りがたいなにかを想起させるだろう。

 事は二番目の男の子が生まれて間もない赤ん坊のときに起こった。それは、親からうけた免疫抗体が切れる、そんなある日、突如として高熱を発し、まるっきり乳を飲まなくなるというところから始まったのである。当然、母親の乳房はおそろしい形相に怒張し、搾乳器もこわがって作動しなくなる。やむなく友人の小児科医に相談すると、それは亭主が吸うのだという。
 「なに?」こちらの肉体は、もちろんそういうこと拒絶する。考えてもみるがいい。哺乳動物の雄が授乳期の雌のからだに近寄り、しかもその哺乳のいあだに割って入る、などという光景があるのだろうか。母性はしかし、まことに広大無辺だ。そういった男性の思惑など、まるでひと飲みだ。あの深海性鮟鱇の矮雄の運命か。

 そんなこと考えるまでもないとツッコんでもいいだろうが、こうしたところに三木成夫らしい感性がある。知的にこうした事態から遠隔化しても、男の人生には母乳の味への奇妙な忌避と希求は伴うだろうし、それは無意識より身体の深い意識のなかでいつまでもしこり続けるだろう。世の中にはおっぱいの味を知っている男とそうでない男がいる。その違いは、ただの味の記憶というものだけではない。
 と、なかなか本書の本質は語りづらい。発生学的な観察記録には科学的な価値があっても、その考察はトンデモでしょと言ってもいいだろう。が、そのあたりから、乳の味を知る男とそうではない男の差のようなものが浮き出てくるようにも思われる。もっと言えば、鮟鱇の矮雄となる運命を知った男とそうではない男には、違いがある。

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コメント

「鮟鱇の矮雄」が分からなくて、ぐぐったのですが出てきません。

代わりにこんなおもしろげなサイトが。
ttp://kara-sen.cocolog-nifty.com/buntai/

投稿: Cyberbob:-) | 2005.11.11 07:20

Cyberbob:-) さん江

「チョウチンアンコウ 雄」でググってみて下さいな。

投稿: 生まれ変わるならチョウチンアンコウの雄になりたひ | 2005.11.11 14:07

なるほど。ありがとうございました。↑

投稿: Cyberbob:-) | 2005.11.12 07:19

生物学ってのは、時に、きじるしすれすれのところを行くんですよね。この辺の感じ方、物理学者とかは、けっして理解しない。

投稿: synonymous | 2005.11.19 03:44

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