高齢者虐待防止法案成立への雑感
高齢者虐待防止法案が成立する見通しとなった。組織的犯罪処罰法改正のように見送りとなるかとも思われていたが、昨日の自民党厚生労働部会で了承された。背景は、朝日新聞”高齢者虐待防止法案 一転、成立へ”(参照)によると、「法案の先送りに対し、超党派での提出を目指してきた公明党や民主党、法案の早期成立を求める関係者から強い反発が出ていた」とのことだ。
この法案について私がどう考えるかというと、ビミョーである。まず当の問題と法案を巡る政治の力関係が今ひとつわからないせいだ。
一般的には、当の問題、高齢者虐待については、読売新聞の二十四日付記事”殴るける、年金使い込む…高齢者虐待防げ!”(参照)のように理解されていることだろう。
殴るける、年金を無断で使うなどの高齢者への虐待。老後生活の安心を奪うそれらの行為の防止に取り組む自治体が増えている。「高齢者虐待防止法案」の立法化の動きもあり、実効性ある対策づくりへの期待が高まっている。
総論だけ聞いた感じではよい法律ではないかと思われるのだが、反対勢力の言い分も考慮してみたい。見送りと見られていた十八日時点の朝日新聞記事”高齢者虐待防止法案、自民が提出見送り 民主は反発”(参照)では次のように書かれていた。
法案は、高齢者に身体への暴行や放置、財産の不当処分などの虐待が行われている場合、市町村長による自宅などへの立ち入り調査ができるほか、施設職員らに通報義務を課すといった内容。
同日の自民党厚生労働部会では、法案の対象が介護型の施設に限られていることや市町村の施設に首長が立ち入りする矛盾などに議論が集中し、とりまとめができなかった。
ここが私にはよくわからないのだが、「法案の対象が介護型の施設に限られている」のなら「自宅などへの立ち入り調査」とは矛盾するように思える。私の無理解かもしれないが、自宅内で進行している高齢者虐待は今回の法律の範囲外なのではないか。別の言い方をすると、今回の法案は、きわめて施設をターゲットにしたものではないだろうか。
同記事には、目が逝ってるよ民主党前原党首による次のコメントも掲載されていた。
民主党の前原代表は同日、「自民党の施設を運営する方(議員)から横やりが入ったと聞いている」と述べた。民主党は今国会に単独で法案を提出する方針だ。
実際、今回自民党厚生労働部会ですりあわせができたのは、共同だと思われるが四国新聞社の二十五日付け記事”虐待防止法成立の運び/介護施設に配慮し修正”(参照)にあるこれがポイントだったのだろう。
自民、公明、民主3党は与野党案を一本化して国会に提出することで合意していたが、18日の自民党厚生労働部会で、介護施設などに不安があるとの理由で関係議員らが反対し、いったん提出が見送られた。反対を受け、施設職員の通報義務については「虚偽、過失によるものを除く」などと修正することになった。
以上のスジをそれなりにまとめると、高齢者虐待防止法案は対象が施設に限定されているがゆえに施設関係者がびびって政治家のケツをツンとやっていたということだろう。常識的な判断だと思われるが、施設の実態はかなりやばいというかスレスレなのだろう。
で、だ。そう見ると、高齢者虐待という点でこの法案や政治の対処というのは意味があるのだろうかと疑問になる。
先の読売新聞の記事のこのエピソードが気になる。
「息子がご飯をくれない」という母親からの訴えを聞いた近所の人が、民生委員に連絡。だが、息子は、母親がぼけていると主張して世話の放棄を認めない。間もなく体調を崩した母親が入院し、その際、息子が母親の年金を使い込んでいたことが発覚。話し合いの結果、年金を母親の手に取り戻すことができた。
「家庭内の虐待は、密室で複雑な人間関係もあり、発見が難しい。虐待の知識がある保健師が日ごろから訪問し、問題に気づいたら、関係者と連携して対応する方法が有効では」と小池さんは提案する。
高齢者虐待の問題は家庭という密室に本質があるのではないか。だとすると、今回の高齢者虐待防止法案はどれほどの意味があるのだろうか。
朝日新聞記事”高齢者虐待の「加害者」、3割が息子 厚労省調査 ”(2004.4.20)では家庭内の高齢者虐待実態について医療経済研究機構の調査を紹介していた。
厚労省が、医療経済研究機構(東京都千代田区)に調査を委託。訪問介護事業所など約1万7000カ所を対象に03年10月までの1年間に家庭内で家族が虐待したとみられる事例を調べた。このうち、在宅介護支援センターと居宅介護支援事業所のケアマネジャーが回答した65歳以上の1991人についてケースを分析した。
1991人のうち、75歳以上85歳未満が43%を占めた。最も虐待が深刻だった時点でみると、2人に1人が「心身の健康に悪影響がある状態」で、「生命にかかわる危険な状態」も10人に1人いた。
虐待している人で最も多いのは息子で32%。次いで、息子の妻が21%、高齢者本人の配偶者が20%(夫12%、妻8%)、娘が16%。
これは家庭内の実態ということなので、施設内と家庭内がどのような比率になっているかについては触れていない。なので、ここからは家庭内の高齢者虐待のほうが問題だとはいえない。
そのあたりの広い実態と法案の適用後の社会がどうなるのか見えてこない。
家庭内の高齢者虐待についてはある意味で延長された家族の問題であり、日本社会では家族が崩壊しているのだから、そうした部分を社会つまり国家統制側に回して取り扱うという方向性が暗示されている、ということだろうか。
【追記(2005.10.28)】
エントリアップ後、コメント欄にて「法案には家庭内虐待も含まれている」との情報をいただく。この点について重要だと思うので、追加インフォがあれば、この問題に関心のある人に便宜になると思う。もちろん、トラックバックでもいいし、そうして議論を広げるほうがいいと思う。
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コメント
多分、最近微妙に増えてきたらしい不良施設(先日の猫に指食われたところとか怪しい)に対して、
法的に突入できるようにするのが目的かと。
そこで、後ろ暗い施設に関係する医療関係者から横槍が入ったんじゃなかろうかと考えてみるわけです。
投稿: しわよせん | 2005.10.26 12:35
法律案としては家庭内の虐待も入っているのではないでしょうか?
民主党のやまのい議員のHPに掲載されている、民主党案(通常国会に提出)を見ると、家族は「養護者」として定義されていて、養護者による虐待も書かれているようです。
今回の法案に民主党も合意したということは、けっこう近い形になっているのではないでしょうか??
もちろん、法律の対象となったからといって実効性があるかは別の問題ですが(笑)
自民党内の反対の様子はハセ議員の日記がちょっと面白かったです。参考まで。
投稿: さろもん | 2005.10.27 10:36
法案には家庭内虐待も含まれています。スキームとしては児童虐待と似た物があります。
自民内で反対が出た理由は法案がかかる網に「医療型施設(要は病院)」が含まれていなかったことへの不満が大きかったこと、施設の職員が上司にムカついて、ありもしない通報をすることで施設が立ち行かなくなる可能性がある、などです。
病院についてはどこまでが「治療」で、どこからが「虐待」なのか線引きが難しいみたいです。
投稿: 厚生族 | 2005.10.27 23:08