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2005.10.07

レーニン廟の話

 レーニン廟のなかに置いてあるあのミイラのことはすっかり忘れていた。今でもあるのかと問われたら、もうないっしょとか軽く答えそうだ、知りもしないのに。でも、それは今でもあるらしく、また撤去問題が起きているのだと、五日付のニューヨークタイムズ”Russia Weighs What to Do With Lenin's Body”(参照)にあった。へぇ。
 署名記事は文体が凝っている。こんな出だしだ。


For eight decades he has been lying in state on public display, a cadaver in a succession of dark suits, encased in a glass box beside a walkway in the basement of his granite mausoleum. Many who revere him say he is at peace, the leader in repose beneath the lights. Others think he just looks macabre.

 "macabre"という語はフランス語を知っている人より知らない人のほうの語感が強いのではないか。"danse macabre"を連想する。いずれにせよ、あのミイラはぞっとするよねということだ。
 今回の話としては、元ペテルブルグ税金警察次官だったゲオルギ・ポルタフチェンコロシア中央連邦管区大統領全権代表が旗振りのようだ。

"Our country has been shaken by strife, but only a few people were held accountable for that in our lifetime," said the aide, Georgi Poltavchenko. "I do not think it is fair that those who initiated the strife remain in the center of our state near the Kremlin."

 裏にはプーチンの意向があるのだろう。記事には共産党のジュガーノフ委員長の反対も掲載されているが、そのあたりにいろいろ政争があるのかもしれない。
cover
レーニンを
ミイラにした男
 それにしても、冒頭ちょっと勘違いしていたのは、ソ連崩壊時にモスクワ市長も埋葬すると言い出していてそれがぐずり、結局エリツィンが大統領だった時代に撤去の国民投票をするとか騒いでいたんじゃなかったっけ…という記憶がちょっと脳裡にあったからだ。まだ未決だったのか。
 いずれにせよ、初めて持ち上がった話でもないし、他国にしてみればどうでもいい問題でもあるのだが、と、そういえば、金日成もミイラになっていたっけなとちょっと調べ直した。大丈夫。平壌の「錦繍山記念宮殿」にいる。なんかこれに毛沢東のミイラの三体を並べると、梨の名前じゃないけど、二十世紀って感じがする。現実の社会主義・共産主義というのは実に奇怪な宗教であることを如実に示しているな。
 そういえば、鄧小平は早々に散骨してくれと遺言していたかと記憶している。最後の肩書き、中国ブリッジ協会の名誉会長として死はある意味で一貫していたかもしれないが、周恩来もそうだが、死後墓暴きのような目に合いたくないというのが本音であったことだろう。
 レーニンももちろん、こんなミイラにされたくはなかった。やったのは正教の神学生だったスターリンだ。正教神学徒で連想するのだが、「カラマゾフの兄弟」ではゾシマ長老の屍体から腐臭が発していた。あのあたりの表現にはドストエフスキーの文学力とでもいうのかものすごいものがあった。腐臭を発するゾシマこそ聖なるものであると知ったアリョーシャは…というのはあまりに話が逸れる。
 余談めくがニューヨークタイムズの記事にちょっと気になる話があった。

Depending on who is speaking about him now, he is either a hero or a beast, a gifted revolutionary or a syphilitic mass murderer. (By some accounts he died not of strokes, the official cause of death, but of an advanced case of sexually transmitted disease.)

 とあり、そのあたりずばり書いちゃっていい時代になったのかと思って、Wikipediaを見たら、ちゃんと書いてありますね(参照)。ありゃりゃ、私もすっかり社会主義ボケしてら。

レーニンの死因は公式には大脳の動脈硬化症、あるいは脳梗塞とされている。しかし、彼を診察した27人の内科医のうち検死報告書に署名をしたのは8人だった。後の研究によって、彼は末期の梅毒に罹患していたであろうと公表された。

 時代といえば、レニングラードなんていう地名もなくなった。先の記事の締めもテンプレではあるがよろしい。

"Lenin," mused Natasha Zakharova, 23, as she walked off Red Square on Tuesday, admitting that she was not quite sure whose body she had just seen. "Was he a Communist?"

cover
ロシア革命の神話
 現代ロシア娘曰く、「このミイラの人って共産主義者なのぉ?」 ワロタ。それでいい。Wikipediaにもある。

レーニンが残した膨大な政治命令書が、ソ連末期のグラスノスチと共に徐々に公開され、その活動の研究が文書にもとづいて批判的に行うことが可能となった。それによると彼は政敵や、政策に抵抗する人々への粛清を行った事などが判明してきており、理論的にも共通点が見いだされたこともあって、レーニンの思想そのものがスターリニズムの生まれた要因の重要な核であるという批判がなされている。

 日本人にしてみれば死んだ魂に罪はない。ヴァロージャ、母の元で安らかに眠れ。

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コメント

イライラする文章や

投稿: 通りすがり | 2010.11.20 12:31

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