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2005.10.04

ジャンクDNAが否定されると進化論はどうなるのか

 また進化論の話。そういうこと。でもお楽しみの宗教ネタはなし。話の軸は先日ニュースにもなったが、理化学研究所を中心とする同チームがまとめた二日付のサイエンス誌発表の話だ。サイエンス誌のオンラインサイトでは特設”Mapping RNA Form and Function”(参照)がある。
 Googleで見るとネット上の報道記事はすでにほとんどない。読売新聞” 遺伝情報「ゲノム」、70%に「機能」あった 理研などの国際チーム発表へ”( 2005.09.02)はこう報道していた。


従来、生命活動に役立つ部分はゲノムの2%程度とされていたが、大幅に増え、約70%で機能を持つ可能性があるという。

 報道ではゲノムの有用情報のあたりが中心となった。さらに、RNAの全体像について、次の言及があった。

 設計図であるDNAの情報からたんぱく質が作られる過程では、DNAが仲介役のRNA(リボ核酸)にいったん写し取られる=図=。解析の結果、ゲノムの70%以上でDNAがRNAを作り、大半が何らかの機能を果たしていると判明。DNAが作った全RNAのうち、53%(約2万3000個)は、たんぱく質を作らないこともわかった。

 従来はゲノムの大半を占める無意味な部分はジャンクDNAと呼ばれ、こう理解されていた。英語のWikipedia(参照)を引用する。

In molecular biology, "junk" DNA is a collective label for the portions of the DNA sequence of a chromosome or a genome for which no function has yet been identified. About 97% of the human genome has been designated as junk, including most sequences within introns and most intergenic DNA. While much of this sequence is probably an evolutionary artifact that serves no present-day purpose, some of it may function in ways that are not currently understood.

 意味をもたないゲノムの部分であるジャンクDNAがゲノムの九七パーセントに及ぶとされていた。しかし、この段落は最近の研究でそうとも言えないという話の流れにつながっている。日本語のWikipediaの同項目の解説に至っては、全体にはまだ混乱の印象も受けるが、すでに今回の理学研究所の結果も追記されていた(参照)。

 2005年、理化学研究所を中心とする国際研究グループはマウスの細胞内のトランスクリプトーム分析を行い、トランスクリプトームで合成される44,147種類のRNA中、53%に相当する23,218種類が蛋白質合成に関与しないものであること、蛋白質合成をおこなうコード配列であるセンスRNAの発現は蛋白質合成を行わないアンチセンスRNA(センスDNAと相補関係にある)によって制御されていることを突き止めた。
 この発見により、ジャンクDNAは実際には機能していることが分かり、従来のDNA観、ゲノム観を大きく転換する契機となると期待されている。

 今回発見された、たんぱく質合成に関わらないかなりの数のRNAはncRNAと呼ばれているもので、従来は数百種類程度しか知られていなかった。しかし、実際には、RNAの半数を占めていた。WikipediaではこのRNAについても非コードRNAの項目にすでに追記があった(参照)。
 さて、これが進化論とどう関係するかだが、難しい。先のジャンクDNAについてのWikipediaにはこういう古い記述が残っているのだが、そのあたりが手がかりになる。

ジャンクDNAがかなりの割合を占めるとする仮定 - 例えばヒトにおける'97%'という値 - は進化論とは決して調和しえない、という事にはには注意が必要である。細胞分裂の度に行われるこのような多量に含まれる無用の情報の複製は、役に立たないヌクレオシドの作成のため多くのエネルギーが浪費されることにつながり、生命にとっては重荷となるだろう。そのため、進化論における時間のスケールの上において、自然選択における懲罰的な損失を被る事なく利用可能なエネルギーおよび物質量を維持できるような水準に、削除的な変異による'ジャンク'配列の除去によってその量が削減されなければならない。本当に'ジャンクDNA'配列が存在しているという(現在では想定された時ほど一般的とは考えられていない)事実は、ポピュラーな科学では一般的に考えられている、よりエネルギーを維持するような自然選択の要求はそれほど厳しくないことを示唆している。

 引用に際して太字指定した括弧の部分がこの段落と整合していないように見えることは多くのかたの同意が得られるのではないか。ここは後からの追記のように思えるのでその点を除くと、この段落は、いわゆる分子進化の中立説と自然選択説の齟齬のように捕らえられていた、ということを意味しているだろう。
cover
POPな進化論
 かえって話を混乱させてしまうかもしれないが、一般向けの「POPな進化論―『進化』の謎と不思議を推理する!」(参照)ではこう書かれていた。

「(略)ヒトのDNA配列の中で、実際に遺伝情報を乗せている部分は全体の一〇%くらいしかないって。つまり、DNAの九〇%までは、何の意味も持たない、という意味において偽遺伝子なんです。一九八〇年にこの事実が発見された時にはちょっとしたセンセーションを巻き起こしましたが、これは中立突然変異の存在を主張する木村博士にとっては非常に重要な意味を持っていました。なぜなら、この偽遺伝子は、現在バリバリの現役遺伝子より、はるかにたくさんの突然変異を起こしていたんです。」
「えーと……それがなぜ、中立突然変異という仮説を支持することになるんですか?」
「もし、すべての突然変異が、生物に有利か不利か、という基準で自然選択を受けるものだとしたら、そもそも今現在、生物の生存に何の関係もない偽遺伝子の上に、自然選択の結果である突然変異の定着なんて起こるわけがないじゃないですか」
「あ! なるほど!」
「こうして、少なくとも分子レベルでは、自然選択の力にたよらない、まったく偶発的な進化というものが起こり得ることが明かになりました。(略)」

 一般向けに意図的に書かれているのだが、こうした構図は私の理解ではこの二〇年間それなりに一つのパラダイムを形成していたように思われる。
 が、今回のncRNA研究からかなりの見直しが必要になるのだろうと思う。それがどのようなものかが率直に言って私にはよくわからない。が、自然選択説がより強固になるというばかりではないようには思われる。ちょっと当てずっぽでいうのだが、これらのncRNAは不均衡進化モデルを支援するように働いているのではないかという感じがする。
 ということで蛇足だけど、不均衡進化モデルは先の「POPな進化論」ではこう面白く解説されている。

「ところが、誰もが常識として知っていたはずの、DNAの自己複製メカニズムの中に、実は古澤博士らが指摘するまで誰も気づかなかった、非常に大きな進化の盲点があったんですよ。実は、こうして二本に裂けたDNAのそれぞれの片割れにおいては、突然変異の蓄積の仕方がまったく違うんです。つまり、一揃いのゲノムから生じた二つの個体の間では、進化の速度が不均衡だということなんですよ」
(略)
「その通り。古澤博士らが実際に確認したのも、まさにそのような事実だったんです。そこで博士らは、こんなコンピュータ・シミュレーションを行ってみました。もし、この時、二本に別れたDNA鎖のそれぞれに進化速度の不均衡が非常に大きな、それこそ、百倍も千倍も違うものだったらどういうことになるだろうか、という仮説にもとづいて、実際にそのようなプログラムを走らせてみたんです。一方において、これまでわれわれが漠然と信じていた通り、二本のDNA鎖のどちらにも偶発的に、同じ確率で突然変異が蓄積される、というモデルが試されました。その結果は実に興味深いものとなりました。世代を重ねる内に、予想通り、従来の考え方に基づくモデルでは、祖先と同じ遺伝子を保つものは完全にいなくなりました。つまり否応なしに原種は消滅し、より進化した種にとってかわられたんです。ところが不均衡進化モデルの方では、何世代たっても必ず原種のままの系統が残ったんです。しかし、変化の早いものでは、従来のモデルの内もっとも進化したものをはるかにしのぐ勢いで、突然変異が蓄積されていました。このモデルを、古澤博士は、”元本保証”と形容しています。まさに言い得て妙、というとろなんでしょうね。」

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コメント

 初めてコメントいたします。
 日本語Wikipedia中にも「アンチセンスRNA」と書いてあるので、言葉通りに受け取ればセンスDNAの発現量調整用のDNAがたくさんあったということだと思います。もちろん完全に相補的でないことで微調整をするわけだから、そこに中立説的な理論の入り込む余地が残されていると思います。
 それから、「POPな進化論―『進化』の謎と不思議を推理する!」の中の「もし、すべての突然変異が、生物に有利か不利か、という基準で自然選択を受けるものだとしたら、そもそも今現在、生物の生存に何の関係もない偽遺伝子の上に、自然選択の結果である突然変異の定着なんて起こるわけがないじゃないですか」は表現型の突然変異(前半)と遺伝子型の突然変異(後半)を見事に混同しています。偽遺伝子は表現型を持たないので自然選択を「受けず」に“突然変異が蓄積しやすい”はずです。その話が“突然変異の定着”、さらには“偶発的な進化”と微妙に摩り替わっていっています。まるで進化に都合のよい特定の突然変異だけが自動的に定着して進化が起こるような誤解を呼びそうです。その突然変異が何者であれ、表現型を持った瞬間に自然選択を受けることは間違いないと思います。ブルーバックスの『利己的遺伝子とは何か』を書いたコンビがこんなミスをするなんて信じられません。
 長文失礼、トラバもさせていただきました。

投稿: LiX | 2005.10.05 10:55

 訂正いたします。
 理化学研究所のプレスリリース
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/050902/
を読んだところ、アンチセンスRNAはセンスRNAとペアで読まれるので、完全に相補的でした。間違えました。きっと、それ以外のncRNAのDNAに突然変異が蓄積するのでしょう。

投稿: LiX | 2005.10.05 13:54

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