世間では大して話題にもならない些細なことがネットの一部では盛り上がることがある。今回はというと、フジ産経グループのタブロイド紙夕刊フジの記事”朝日新聞、靖国問題で社内乱闘”(2005.10.21)だ。ネットではZAKZAK(参照)に掲載されている。話は、朝日新聞社内で、小泉首相の靖国神社参拝の世論調査をまとめるにあたり、二人の社員の意見の衝突から警察沙汰の暴力事件が起きたというのだ。
朝日本社で「真昼の決闘」-。小泉純一郎首相(63)の靖国神社参拝をめぐり、朝日新聞社員2人が激論の末、むなぐらをつかみ殴りかかるなどの大ゲンカに発展。暴行を受けて負傷した社員が、社内から110番通報し、警視庁築地署の署員が駆けつける騒ぎとなっていたことが21日、発覚した。不祥事続きの朝日は夕刊フジの取材に事実関係を一部認めたものの、「被害が軽微」と詳細には口をつぐんでいる。社員の一人は全治10日間のけがを負っており、立派な傷害事件なのだが…。
朝日新聞嫌いの人間にしてみると愉快なネタなのだが、現状のところ夕刊フジ以外からの情報はない。2ちゃんねるをちょっと覗いてみたら案の定祭っぽくなっているがざっと見るにタレコミ情報もない。吉本芸人築地をどりワッチャー勝Pがなんか言っているかなと、うざい中国製スパイウェアが仕掛けてあるサイトを覗いたが、スルーのようだ。
夕刊フジの記事も読めばわかるが重要な事実関係についてはわざとぼかしているし、兄貴分の産経新聞もこのネタは食ってない。
というわけで、まったくのデマではないけどフカシっぽい話といったところ。来週の新潮・文春のフォローがあるかが気になる。
私にも追加のネタがあるわけでもない。が、真相や背景は多少気になるので愚考してみようというか愚考に適する話題である。
まいどながら気になるのは事実関係である。夕刊フジしか現状ソースはない。
築地署の調べによると、今月18日午前10時50分ごろ、「暴行された」と東京・築地にある朝日新聞東京本社から110番通報があった。
通報したのは、同社総合研究本部世論調査部に所属する30代の男性社員で、同部に所属する40代男性社員と前日に小泉首相が靖国参拝したことの是非を問う世論調査の結果を話し合っていた。
40代社員は激怒し、30代社員に体当たりや胸ぐらをつかむなどして暴行を加えた。さらに、30代社員が携帯電話で110番通報しようとしたところ、40代社員が携帯を奪い取り、真っ二つに破壊したという。一連の暴行で30代社員は腰に10日間のけがを負った。
まず時系列を整理したいのだが、「前日に小泉首相が靖国参拝したことの是非を問う世論調査の結果を話し合っていた」というくだりについて、「前日」は「参拝した」にかかると読み、「話し合っていた」にはかからないと読むのが自然だろう。時系列整理にあたっては、十九日付け朝日新聞も参考にした。
- 十七日午前、小泉首相が靖国神社参拝。
- 十七日、朝日新聞社が世論調査を企図(準備不十分だったのではないか)。
- 十七日夜から十八日にかけて電話による世論調査を実施。
- 十八日朝、四十男と三十男が結果についての激論。
- 十八日朝、四十男が三十男に暴行。三十男、腰に10日間のけが。
- 十八日朝、三十男が携帯電話で110番通報しようとしたところ四十男がそれを奪い破壊。
- 十八日一〇時五〇分ごろ、被害の三十男が朝日新聞東京本社から110番通報。
- 十八日昼飯前、通報を受けた警視庁築地署の署員が朝日新聞社へ駆けつける。被害届はなし。
- 十八日午後から夜、朝日新聞社で、世論調査結果と解説記事を入稿。
- 十九日、朝日新聞朝刊に、世論調査結果と解説記事が掲載。
- 二十一日午前、事件発覚。
- 二十一日午前、夕刊フジ、朝日新聞社を取材。
- 二十一日、午前、夕刊フジの記事入稿。
- 二十一日、午後、夕刊フジに同事件の記事が掲載。
不明な点はこうだ。
- 口論の内容や対立のポジションはどうだったか。
- 暴行の実態。なぜ腰に怪我なのか。
- 三十男の携帯電話による110番通報は成功したか。あるいはその後の通報か。
- 朝日新聞社内ではどのような対処をしたか。
三十男と四十男のプロファイルはこう。
- 三十男
- 朝日新聞社総合研究本部世論調査部に所属。
- 四十男
- 政治部出身。朝日新聞社総合研究本部世論調査部に所属。「記者」から「部員」へ格落ち。後輩は「非常に温厚な人。酒を飲んでもそのようなことをする人ではない」と言う。
まず私の感想。
こうした会社内の暴力沙汰というのはごく普通のことだし、十年も会社員経験のある人なら一度か二度くらいは経験しているのではないか。例えば、情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)の”暴行を働き、辞職していたテレ朝政治部長”(
参照)ではテレビ朝日で起きた暴行事件をこう記している。
テレビ朝日のS前政治部長が昨年末、途中退社していたことが判明した。
関係者の証言によれば、本当の退社理由は暴行を働いた結果というから穏やかではない。
「昨年10月、身内の酒の席で、時事通信社から転職して来た政治部の部下を、仲間の見ている前で、“生意気だ!”とぶん殴ったんです。もともと酒乱の気があったとはいえ、今日日、例え仲間内でも暴力沙汰は許されることではないですからね」
「N報道局長が仲介に入り、一度は慰留に務めたんです。しかし、殴られた部下が逆に、“こんな会社にいられるか!!”と辞職しようとし、いくら何でも被害者の方が辞職では示しがつかないということで、部長には表向きは早期退職に応じたというかたちを取って辞めてもらったんです」(前出・関係者)
今回の朝日新聞社の事件に似ている構図もあるが、なにも「朝日」という共通項ではなく、こんなことは世間一般よくある普通のことだ。テレ朝暴力事件でもそうだが、こうしたケースでは警察通報などはしない。内部できちんともみ消すものだ。
むしろ、朝日新聞内暴行事件で特記されるべきは、なぜ三十男が警察通報したのかという点にあり、ざっくばらんに言えば、それは社会人としてあまりに非常識。くどいが、大人なら、この事件を聞いて三十男を責める思いが去来するだろうが、昨今の世相では口にはしないだろう。私もしない。
朝日新聞内暴行事件でそこがイレギュラーだったのはなぜか。警察を必要とするほど身の危険を感じたかといえば、常識的に考えてもそうではないだろう。逃げるなり、大声を出すなりして人を呼べばいい程度だ。しかし、実際はそうしなかった。三十男としては自分の正統性を朝日新聞社を越えて訴えたい、もみ消して欲しくない、という意思があったと解すべきだ。
そのあたりの三十男の心情はテレ朝内暴行事件の「殴られた部下が逆に、“こんな会社にいられるか!!”と辞職しようと」に共通する。
であればなおさら朝日新聞社としても、この部下を押さえ込むのが、事後ながら正しいマネージメントであり、恐らくそれはすでに成立しているのではないか。つまり、終わった問題だ。夕刊フジの出遅れリーク感などからも朝日新聞社と警察では手打ちが済んでいるのだろう。
次に三十男と四十男の対立の構図はなんだったかが気になる。前提としては、常識としてだが、暴力に至るのはその背景に怨恨など感情の累積があるものだ。それに日頃対処できない朝日新聞社という会社の現状の問題はある。が、とりあえず当面の対立に絞りたい。
夕刊フジの誘導的な記事や十九日付けの朝日新聞記事のトーンからしても、朝日新聞社の世論調査の結果は、朝日新聞の旧来の主張からすると気まずいものだった。なのでそこが争点であることは間違いないだろう。
この調査結果を元に社会科学的に妥当な記事を書けば朝日新聞の主張の敗北を意味することになりかねない。とすれば、この構図では、三十男が妥当な解釈をしようとしたのに、四十男がそれを阻んだ、ということではあるだろう。逆上した四十男が朝日新聞政治部出身ということも、そう考える理由の一つにはなる。
一連のリザルトとも言える十九日の記事も見ておこう。記事は”首相靖国参拝、賛否は二分 中韓との関係「心配」65%”(
参照)としてネットでも現状閲覧できる。紙面では一面掲載、トップ記事であった。
小泉首相が靖国神社を参拝した直後の17日夜から18日にかけて、朝日新聞社は緊急の全国世論調査(電話)を実施した。首相が参拝したことを「よかった」とする人は42%、「参拝するべきではなかった」は41%で、賛否が二分された。参拝に対し中国、韓国は反発を強めているが、両国との関係悪化を「大いに」「ある程度」心配している人は合わせて65%に上った。両国の反発を政府が「重く受け止めるべきだ」とした人も53%いた。参拝の評価が割れる一方で、周辺国への配慮を重視する意見の強いことが改めて示された。
記事に明白な嘘はないものの、大学生の学部レベルのレポートですらボツでしょのお笑いもの、というか、現実認識のゆがみを風流として楽しむしかないシロモノなのだが、このホゲな味わいは、質問と回答の内実があると深まる。
というわけで、四面に掲載された質問と回答の概要を以下に転載する。朝日新聞(2005.10.19)13版4面より。
質問と回答
(数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。かっこ内は9月12日、13日の調査結果)
◆小泉内閣を支持しますか。支持しませんか。
支持する 55(55)
支持しない 30(30)
◆いま、どの政党を支持していますか。
自民党 42(43)
民主党 16(19)
公明党 4(5)
共産党 2(3)
社民党 2(2)
国民新党 0(0)
新党日本 0(0)
自由連合 0(0)
その他の政党 0(1)
支持政党なし 30(23)
答えない・わからない 4(4)
◆小泉首相は17日、靖国神社に参拝しました。あなたは、首相が参拝したことはよかったと思いますか。参拝するべきではなかったと思いますか。
参拝したことはよかった 42
参拝するべきではなかった 41
◇(「参拝したことはよかった」と答えた42%の人に)どういうわけで、そう思いますか。(選択肢から一つ選ぶ=択一)
戦死者への慰霊になるから 16
平和の誓いになるから 7
小泉首相の信念だから 8
外国に言われてやめるのはおかしいから 10
◇(「参拝したことはよかった」と答えた42%の人に)小泉首相は今回、本殿にはあがらないで手前の拝殿で礼をしてさい銭を投じ、玉串料の代わりに払ってきた献花料も払いませんでした。あなたは、これまでより簡略化した参拝の仕方を評価しますか。評価しませんか。
評価する 27
評価しない 9
◇(「参拝するべきでなかった」と答えた41%の人に)どういうわけでそう思いますか(択一)
軍国主義の美化になるから 2
憲法が禁止する宗教的活動にあたるから 4
A級戦犯がまつられているから 5
周辺諸国への配慮が必要だから 28
◆小泉首相は参拝について「二度と戦争はしない決意を表明した」「総理大臣としてではなく、ひとりの国民として参拝した」などと説明しています。この説明に納得できますか。納得できませんか。
納得できる 46
納得できない 45
◆小泉首相の今回の靖国参拝に対し、中国や韓国は反発を強めています。政府は中国や韓国の反発を重く受け止めるべきだと思いますか。それほどのことではないと思いますか。
重く受け止めるべきだ 53
それほどのことではない 35
◆今回の靖国参拝で、中国や韓国との関係が悪化することを、どの程度心配していますか。(択一)
大いに心配している 17
ある程度心配している 48
あまり心配していない 28
全く心配していない 6
◆過去の戦争で亡くなった人々を追悼するために、宗教とかかわりのない新たな国立の施設をつくるという考えに、賛成ですか。反対ですか。
賛成 51
反対 28
◇
調査方法 17、18の両日、全国の有権者を対象に「朝日RDD」方式で電話調査をした。対象者の選び方は無作為3段抽出法。有効回答数は978人。回答率は50%。
世論調査で一番の基本となる有効回答数と回答率だが、意外なほど少ないという印象を私はもった。他は、常識のある人なら読めばわかるが、誘導のテンコモリ。しかもそれがかなり誤爆しているところに風情がある。
いろいろ解釈もできるが、なんというか、出来の悪いレポートに評を書くのも野暮ではあるので省略。
それでも、ネットやブログなので熱く論じられる「憲法が禁止する宗教的活動」「A級戦犯合祀」「軍国主義の美化」といった諸点は、この世論調査を真に受けても、国民の一割程度。なので、そんな話題は、つまらないな、と言ってもいい時代になった。
反面、普通の日本人の多くには、特定アジアへの心配りも忘れずにという優しい心根があることもわかる。そうした妥協点からすれば、ポスト小泉では、非宗教の国立追悼施設が落とし所ということなのだろう。