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2005.09.21

NHKクローズアップ現代「歴史教科書はこうして採択された」雑感

 昨日のNHKクローズアップ現代は「歴史教科書はこうして採択された」(参照)だった。例の、杉並区で騒いでいた歴史教科書問題である。台風で放送予定日がずれ込んでいたらしい。私はというと、とりわけこのテーマだから見るというわけでもなく、いつもどおり漫然と見ていただけだが、もしかするとネットで話題になるような話でもあるかなとは少し思った。でも、どってことのない番組だった。アレにもきちんと触れてなかった。
 NHKのサイトでの説明はこんな感じ。


来春から中学校で使われる教科書の採択が、この夏全国で行われた。4年前の前回に続いて注目を集めたのが、韓国や中国から「過去の侵略を美化している」と批判されている扶桑社の歴史教科書。今回は、市区町村では初めて杉並区と栃木県大田原市で採択された。多数の市民が傍聴に詰めかけるなか採択が行われた杉並区では、採択を決める教育委員の意見もふたつに割れ、一回の会議で決定せずに、再協議を開くという異例の展開をたどった。番組では、杉並区の教科書採択の現場を取材。採択制度の現状と課題を見つめる。
(NO.2136)
スタジオ出演 : 椿 直人
    (NHK社会部・記者)

 私はこのニュースにはそれほど関心もなかったこともあり、この番組で初めて採択の内情を知った。教育委員が五人いて、委員長を除き当初ニ対ニで意見が割れ、最後委員長の一票で採択が決定だったとのこと。私は、ふーんたった五人で決めたのか、と思った。彼らは歴史教科書以外の教科書も決めているとのことで、負担が重いといったボヤキもあった。
 委員が各教科の教科書を選択するにあたっては、教師からの意見書みたいなのが寄せられるとのことだ。これが従来は、イチオシ教科書はコレ、みたいになっていて、教育委員はそれをただ是認するというだけったらしい。が、東京都では石原知事がハッパをかけて委員が独自の選択をするようになったと番組で強調していた。
 ほいでも教師からの意見書には事実上、コレいいっすよ、みたいな評価が含まれているらしく、そのあたりをNHKが集計しなおして見せ、さらに大抵の分野でイチオシ、ニオシが選ばれているのに歴史教科書だけは違ったと番組で強調していた。歴史教科書だけ教育委員会が独自に選んだトーンを出していたわけだ。
 番組はいつものテンプレで識者みたいのを出して、ありがちな賛否両論をやっていた。教科書は実際に現場で使う教師が選べばいいといった話や、教師が選ぶからこれまでいけなかったといった話もあった。
 話を聞いていて、私は、教師が選ぶといってもその教師は地域住民が選んだといえるわけもないか、それを言うなら教育委員会の委員も民主的な選挙によるものでもないかとつらつら思った。
 話がだんだんずっこけるが、私が沖縄にいたころいくつかの町村の教育委員会でちと話をしたことがあったのだが、そのおり、教育委員会っていうのは町役場のなかにあり、これは事実上役場の一部なのだとしみじみ思った。当たり前といえば当たり前だが。
 ついでに教育委員会やPTAの歴史もちと調べた。その時の印象は、これってGHQの名残かぁというものだった。手元に当時のメモも残ってないので、あらためてネットを見渡してみると、二〇〇四年三月十八日「議事録 第12回中央教育審議会教育制度分科会」(参照)に、文脈は幼児教育とかだが、こんな話があって参考になる。

 教育委員会というのを前提にして、今お話があったように、運営について問題があるかどうかというと、それは問題がないとは言い切れないです、人間のつくった制度ですからね。それはいろいろと考えるべきだろうし、もとももと教育委員会制度ができたときのお話を、当時やっておられた方に聞いてみると、必ずしも民主的な制度と考えて手をつけたわけではないのですね。GHQから言われた。「どうなんだ」って都道府県に出してみたら、あっという間に何千という都道府県から、GHQが言うならというので、「やろう、やろう」というので始まった制度なんです。ですから、その辺の議論がきちんとできていない。それがもしかすると続いて、今日も残っているかもしれない。
 そういう意味でいえば、この制度そのものをなくすという議論ではなくて、これをどう運用して、どういうふうに民主主義につなげて、教育という観点を ―縦割りをなくしちゃえば別ですけれども、それはできないわけですから、教育という観点を代表する教育委員会を何らかの形で改善していくという議論をすべきだろうと私は思っています。

 教育委員会制度というのは、GHQが言うからやろうかね、といった軽いのりだったのだろう。PTAに至ってはもうちょっと奇怪だった。が、それはさておきとして、じゃ、GHQはなに考えていたのかというと、私の印象なんだが、やはり日本国憲法同様、連邦と州という発想だったのではないか。
 米国と日本の教育行政についてざっと見ていたら、「Education In Japan -Theoria- : Comparison-比較諸外国の教育内容行政のあらまし」(参照)というのがあった。この情報がどの程度正確かよくわからないが、日米を比べてみると、どうも教育委員会制度や教科書採択というのは、米国の州行政をベタに日本の地方にもってきた感はある。
 そういえば先の審議会にこういう話もあった。ちと長いが引用する。

○横山委員 私は教育委員会の中にまさにいる人間ですから、外から教育委員会がどういうふうに見えるかというのはよくわからないのですが、ただ、一般論として教育委員会制度に対する批判というのは、私は中から見ていて、的外れな批判が非常に多いような気がするのです。というのは、教育委員会という教育行政執行上のスタイルですね、制度。その制度自体の問題なのか、あるいは制度の内在する問題なのか、あるいは制度の運用の問題なのか。はっかり申し上げて、かなり多くの指摘というのは、運用上の問題に帰結するような気がしてしようがないのです。
 もう1点、例えば全国市長会あたりが、教育委員会制度の廃止を訴えていますが、この真意は、いろいろ話を聞いても、例えば今の市長にしても、知事さんにしても、首長選挙をやる場合には、大方の人が教育問題を争点に選挙を戦っているわけですね、実際には。当選されて、いざ公約たる教育行政に手をつけようとすると、教育委員会という壁があって実現ができない。この問題に対する不満というのは相当あるようなのです。
 したがって、今回、教育委員会制度云々という場合には、我が国において公教育を執行する体制というのはどうあるべきなのかという論からまず始めないとですね。それは現行教育委員会制度を前提にしないで、どうあるべきかという議論から始める。首長がやるという結論には私自身はならないと思うのです。当然、何らかの第三者機関的なものが必要だという方向にたぶんいくならば、その組織はどうあるべきか。一旦、教育委員会制度を全く頭から外して議論していかないと、やはり説得力ある論立てにはならぬような気がします。

 率直な印象をいうと、GHQがなんとなく残した奇妙な制度はいまだ日本にしっくりこないということでもあるのだろう。
 憲法と似たような状況ともいえるが憲法のほうはまがりなりにも半世紀以上身の丈に合うように運用してきたし、最高裁判例もある。教育制度となるとそういう歴史の積み上げというのはないのではないか。
 さらに余談だが、そういえば、「極東ブログ: 郵政民営化反対論の反対論」で匿名のかたから奇妙なツッコミをいただいていた(参照)。

>実上の原文である英文を読むとnationとstateを使い分けており、つまり、これって連邦法ではないのか

天皇が,「the symbol of the State」なのにですか?


 当然。憲法ができたとき沖縄は日本ではなかったし、あの時点では天皇は内地のシンボルでしかなかったんだよ。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

ぼけっと流し見なんで違ってるかもしれませんが、必死だな感が漂ってたような。「アレ」にしたって別にいまさらタブーでもあるまいし。

投稿: Sundaland | 2005.09.21 20:04

しかしまあ、歴史教科書ってそれほど重要なのかなあと思う。あたしゃが高校生のときは小林よしのりの戦争論(3つあるうちの最初のやつ)が出版されたばかりで、中身の薄っぺらい歴史教科書よりもこちらの方が非常に深く印象に残っているなんだよな。いまどきの少し頭の切れる(上位2割くらいの)中高生は「教科書問題」自体をネット等で知っているはずだから、自虐教科書で子供を洗脳するという左の方々の考えは化石のように古いんじゃないかなあと思うわけです。

投稿: popo | 2005.09.21 22:12

はじめまして。小生のコラムをご覧下さい。
http://plaza.rakuten.co.jp/nikkai/

投稿: | 2005.09.21 23:06

GHQが創った様々な制度が60年以上も存続することになる、と。
日本にとっての戦後最大の改革者は文句無くマッカーサーですね。小泉なんて足元にも及ばない。

投稿: bywordeth | 2005.09.22 01:18

>popoさん
教科書が実際に採択されることよりも、「教科書問題」がいつまでも存在し続けることの方が、特定アジアやサヨクが言うところの「日本の右傾化」に貢献してるでしょうね。
成熟した民主主義というものが理解できないから、彼らはこういう誤りを犯すのでしょう。

投稿: Baatarism | 2005.09.22 10:23

この番組見てました。双方燃えるほどの論点は見えなかったです。
あの程度の議論ならクジで決めても変わらないと思います。
せっかくお国の検定があってせっかく公立校が選べるようになるんだから学校単位で
選ばせれば仕組みの上ではエレガントなのではないかと思いました。

なのでコメントするほどのことではないのですが、どうでもいい論点を
炎上させたがるテレビ番組にイラっときたので。

投稿: papepo | 2005.09.22 14:30

>自虐教科書で子供を洗脳するという左の方々の考えは化石のように古いんじゃないかなあと思うわけです

別けあって中学生と接する機会が多いのですが、凄い勢いで洗脳されていきますよ、子どもたちは。
与えられた資料を唯一の事実として吸収していく子ども達の凄さは尋常なものじゃないです。
左翼系の人たちが騒いでいるのは側に置いておくとして、近年の社会科の授業は視点を変えて複数の視点で捉えて既存の価値観を揺さぶるという方法論が一般的で、そのためには教科書には受験用語を羅列してもらうか、もしくは写真や絵ばかりで「何でだろう?」「調べてみよう!」としか書かれていないものが望ましい訳です。
上からあーだこーだと押し付けがましく説教する教科書だと、子どもは課題を出されたらまず始めに教科書を眺めるので、クラス全員が教科書色の答えを出してきて授業が破綻してしまう訳です。
というわけで右左関係なく、論争点を含まない、科学的にどうよってな内容を羅列している教科書というのは、受験用にでもシフトしてなきゃ使えないわけで。
おそらく杉並の先生方は、教科書を授業で使う事はないと思います。

投稿: くれふ | 2005.09.22 14:49

>popoさん、
教科書が大した影響力を持たないと言う立場ならば、
左の方々だけでなく「つくる会」の方々も頭が化石ということになりませんか?

投稿: ins | 2005.09.22 15:05

>左の方々だけでなく「つくる会」の方々も頭が化石ということになりませんか?


教科書で洗脳するというよりもむしろ、先生の教え方とか質のほうがより大事なんだから、教科書一本でどうにかなるんじゃないかという発想は「化石」と言われても仕方がないような。どうせ受験勉強するんだし。とか言っちゃうとダメなのか。

投稿: | 2005.09.22 16:35

教育委員会はGHQが残した制度なんですね。変えていかないといけないと思います。教育委員会にいきたいから、校長や教頭になるような人もいるわけで、そういう人が学校を運営しているうちは、学校がよくなるわけがないと思います。教育委員会には優秀な教師がいったりもしますが(むしろ現場にいていて欲しいような人がいったり)、そうではない、たいこもちしかしていない人もいます。校長や教頭に守られず、一人一人が非常に責任を持たされている教師に対し、教育委員会というのは官僚的で責任の所在がどこにあるのかわからない所がある気がします。教育委員会が良かれと思ってやること、例えば夏休みは毎日出席をとったり(先生の)、教育指導案とか報告書をやたらといっぱい書かせたり、というのは教師から学生と接する時間や勉強をする時間を奪うものだと思います。教育学部の先生はいいこというのに、どうして日本の教育はよくならないのか、いつも疑問に思っています。

投稿: かめこ | 2005.09.25 23:04

 日本の教育委員会制度について、憲法と違って「歴史の積み上げがなされていないのではないか」とのご指摘ですが、その通りだと思います。
 では、なぜ、そんなことになったかというと、実は、教育委員会の役割には表と裏の役割があって、表の役割は確かに「名のみ」で形骸化しているが、裏の役割においてはちゃんと「歴史の積み上げ」があったということで、しかし、その裏の役割が隠されていて一般には見えないということなのです。
 で、この裏の役割ですが、それは端的に「日教組対策」ということです。もともとこの教育委員会制度は、アメリカが日本の戦後改革の一環として持ち込んだもので、(旧)教育委員会法は昭和23年にできたのですが、一番問題になったのはその設置単位で、当時2万を超える全国の市町村に教育委員会を設置することは到底無理ということで、当面都道府県と一部市町村のみとし、義務設置は昭和25年まで延期しました。25年になると再びこれを27年まで延期し、27年になると再度これを1年延期しこの間中教審で審議することとする法案を文部省は用意していました。
 しかし、これは、昭和27年7月4日、衆院文教委員会で突如与党自由党の手によって否決され、国会において審議未了となり、ついで第14回国会が8月28日抜き打ち解散された結果、現行法に基づき全国の市町村に教育委員会が義務設置されることになったのです。
 当時、文部省総務課長であった相良惟一は次のように痛撃しています。「いわずと知れた、それは日教組対策に外ならなかった。日教組の進出に、強い反感と恐怖を持っていた自由党が、日教組勢力の分断を策するため、地教委を一斉に設け、任命権をそこに移し、日教組の監視役たらしめようという意図をもったのである」と。
 現在、三位一体改革の流れの中で教育委員会制度のあり方が問われていますが、この教育委員会の果たしてきた裏の役割を見ないと、その改革のあるべき方向性は見えてこないと思います。つまり、今後、その表の役割をどうするかということなのですが、少なくとも、その裏の「歴史の積み上げ」から見る限り、現行システムは政治的すぎるような気がします。(といっても、教科書採択の問題やいわゆる「差別」問題など、そこには強烈な「空気」の支配があります。山本七平は「空気の研究」で、日本の道徳は「差別の道徳」といっていますが、これも強烈な指摘です)
 横山委員がいっていますが、この表の地方教育行政をどう作っていくか、これを考えるには「一旦、教育委員会制度を全く頭から外して」考える必要があると、私も思います。
 国立大学が独立行政法人化したでしょう。それも大いに参考にすべきだと思いますね。戦後、表の議論としては全く手つかずの課題ですから。あるいは郵政に次ぐ改革課題ではないかと思ったりしています。

投稿: 渡辺斉己 | 2005.09.26 00:19

つくる会の歴史観は、彼ら自身が言っているのとは正反対に、実は戦後民主主義(つまり左派)の歴史観そのものです。

つくる会の歴史観の問題は、彼らの見解に北海道も東北も沖縄も含まれておらず、そもそも「日本の歴史」の体をなしていないことです。
古代の和人と現代の日本人を完全に同一視し、日本列島の多様な歴史を非常に狭く捕らえる態度は、戦後民主主義教育下の歴史観そのものです。
つくる会は彼ら自身の言葉や態度とは裏腹に、むしろ戦後民主主義教育下の歴史観の正当な後継者だといえます。
わたしには、彼らの運動は自分たちの(サヨク運動としての)過去の幻影を、現在の教育界に勝手に投影してわめき散らしているとしか思えません。

つくる会について、みなさんはそう言う問題意識を持ったことはありませんか?

投稿: vodka | 2005.09.29 11:24

>>つくる会について、みなさんはそう言う問題意識を持ったことはありませんか?

むろん、日々の笑いの糧です。
小林よしのりの「靖国」を本屋で立ち読みしましたが、冒頭10ページくらいで笑いすぎて人前では読めなくなりページを閉じました。

しかし、私はむしろ くれふさんによる吸収力の指摘に注目したいですね。

投稿: | 2005.10.04 01:17

読ませていただきました。
この記事を読まれた方で教科書問題を気になっている方も多いでしょう。
ただ実際に教科書を手にとって比較した方は皆無ではないでしょうか?
先日教科書の購入方法について、簡単に調べ、まとめた記事を書いてみました。
こちらのBlogとは趣旨の異なるBlogですが、参考にしてくだされば幸いです。
http://www.bookrev.info/archives/50200155.html
http://www.bookrev.info/

投稿: 実際に教科書を手にとってみてみるには | 2005.11.27 12:16

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