« スティーブン・ヴィンセントが最後に伝えたこと | トップページ | イラク内戦の危機について朝日新聞とフィナンシャルタイムズ »

2005.08.18

ロナルド・ドーア先生のフィナンシャルタイムズ寄稿

 エントリを起こすような話でもないけど、それを言うならこれまでもけっこうどうでもいい話を書いてきたので、ちょっこし、ロナルド・ドーア先生が先日八日のフィナンシャルタイムズに寄稿した”A contemporary dilemma haunted by history”(参照)について触れておこう。

cover
日本型資本主義と
市場主義の衝突
日・独対
アングロサクソン
 批難する意図はないのだが、この寄稿がなんとも奇妙な形で日本のブログに引用されているみたいなのがよくわからない。ので、曖昧な言い方になってしまうのだが、その受け止め方は、まるで郵政民営化は欧米の陰謀だといったふうでもある。
 決まり切って冒頭が引用される。

Koizumi's Snap Election: a contemporary dilemma haunted by history
By Ronald Dore

Koizumi Junichiro, Japan's prime minister, has lost the vote on his grand scheme to privatise the country's post office with its vast savings pool and will go to the polls. For now, the village-pump communitarian face of Japanese conservatism has won out over anti-bureaucratic, privatising radicalism. The global finance industry will have to wait a little longer to get its hands on that Dollars 3,000 billion of Japanese savings.


 この冒頭は、私のブログのエントリに溢れるどうでもいいような余談の枕話にすぎないのだが、なにか面白いのだろうか。試訳してみる。

小泉首相の脊髄反射的選挙:歴史に拘泥する現代の矛盾
ロナルド・ドーア
 日本の首相小泉純一郎は、巨額の貯金を抱えた日本郵政公社を民営化するという基本計画が信任されなかったので、選挙に持ち込んだ。現状では、村落依存の日本の保守派が持つ共産主義者的な側面が、反官僚主義や民営化改革主義に打ち勝った。世界の金融産業が、日本の抱え込んだ三兆ドルを取り扱えるようになるのはもうしばらく待たなくてはならないだろう。

 というわけで、で?というくらいの話の枕だ。
 が、引用最終文の"get its hands on"というのを、「手を付ける」だから「せしめる」と訳して、だから日本の富の三兆ドルをかすめ取ろうとしている、と解釈したのか。そう訳せないことはないとは思うし、日本語がお達者な変人ドーア先生でもあるのでその含みがないとは言わないし、自分の訳がいいとは思わないけど、それでも、その解釈にはちょっと絶句する。
 というのは、この短い段落を見るとわかるけど、日本人は保守派という共産主義者のためにカネを吸い取られていたという含みがあるし、官僚制や民営化に反対する勢力がそうした共産主義者に負かされちゃったよというトーンがある。ので、そうした文脈からはそう勝手に誤解のできる話ではないと思うのだが。
 そしてなにより、この寄稿、この冒頭はただの枕なんだよ。こう続く。

But the snap election next month is likely to focus as much on the dire state of Japan's relations with China and Korea as on privatisation. Here at issue is the other face of Japanese conservatism: the reluctance to feel guilty about the war. The key symbol of that reluctance has been Mr Koizumi's visits to the Yasukuni shrine in Tokyo to pay respects to Japan's war dead.

 というわけで、小泉首相は郵政民営化問題で選挙を問おうとしたのだけど、中韓関係の泥沼状態のほうが注目されるかもよ、と話が続き、実際のところ、この寄稿は全文読んでみると、そういう話が続いている。
 くどいけど、ドーア先生のこの寄稿のテーマは全然郵政民営化じゃない。フィナンシャルタイムズが扱った郵政民営化の記事を取り上げたいなら、同じく八日付けの”Closing the piggy bank”(参照)のほうがいい。こっちは正式に社説だし。

There is a chance the bill will not make it. That would provoke a political crisis when Japan has more pressing things to worry about.

The post office is the world's biggest bank and insurance company, which happens to own a side business delivering mail. The main point of privatisation is to encourage better allocation of its huge Y350,000bn (£1,800bn) pool of savings. The post office funnels these into government bonds, encouraging politicians to spend beyond their means, and into a murky second budget that pays for roads, bridges and sundry political favours.


 というわけで、日本の行く末をごく普通に憂慮しているし、郵政のカネの正体を"a murky second budget"ときっちり書いている。
 話をドーア先生の寄稿に戻す。
cover
働くということ
グローバル化と
労働の新しい意味
 この寄稿は、郵政民営化を扱ったものではないというので、その文脈で引用したりするのは無意味なのだが、さて当のテーマである日本の歴史問題として読むと、これが中国様の息がかかりぎみのフィナンシャルタイムズにしてはなかなかいい線のお話になっていた。簡単に言うと、中韓や朝日新聞みたいなその日本内シンパの歴史認識とは明確に違っている。日本の戦争についてこう言っている。

It was a racial war, but the Japanese had no genocidal project equal to the Nazis' systematic slaughter of Jews and Gypsies.

They were racists, yes, but all imperialists were racists.


 日本の戦争に人種問題は関係していたが、欧州のようなものではなかったし、帝国主義の時代とはそういうものだとさっぱりとドーアは割り切っている。
 じゃなぜ問題になるのか。

The big difference was that the Japanese came too late. And lost. The winners could declare the imperial age over, cede their colonies and claim they had saved the world for freedom and democracy.

 日本が帝国主義の潮流に乗ったのは遅かったし、なにより、負けたからだよ、というわけだ。そのとおり。英国みたいに戦争に勝っていたら、帝国主義の時代は終わったとか言える(言うだけだけど)わけだ。
 じゃ、なぜそうさっぱりと日本は割り切れないのか。

Why would mainstream Japanese politicians hesitate to talk in these terms? Probably because it would upset too many powerful Americans.

 というわけで、日本を負かした米国人が恐いのでしょうというわけだ。
 いやはや、まったくそのとおり。ということで、この先のオチになるキ※タマねーのか河野洋平の話は割愛して、このたるいエントリもおしまい。

|

« スティーブン・ヴィンセントが最後に伝えたこと | トップページ | イラク内戦の危機について朝日新聞とフィナンシャルタイムズ »

「雑記」カテゴリの記事

コメント

あー、このエントリも面白かったです。楽しませてもらいました。(^^)
ごみコメですみません。

投稿: (anonymous) | 2005.08.18 19:56

おじゃまします。コミュニタリアンを共産主義者と解するのは無理があるように思います。それから、get its hands on ~ は、「~を手に入れる」と解していいんじゃないですかね。とすると、ドーアという人は、郵政民営化を好意的には見ていないということなのかな。

投稿: 匿名 | 2005.08.19 08:19

ドナルド・ドーアとしては日本はもうちょっと原理的資本主義に言挙げしろよ、と言いたいのでは。日常よく目にするドナルド・ドーアの文章みるとそういう論調に溢れてるし。

しかしむしろ戦後は戦時統制の引き伸ばしだったわけですからねー。

中韓の件は、被害者の異常性に欧米はなかなか触れたがらないのが話がずれる要因なのでは。結局植民地放棄させられた欧米としては、どうしても加害者日本でないと尻のすわりが悪い、と。

投稿: ■□ Neon / himorogi □■ | 2005.08.19 08:49

野口悠紀雄さんたちが戦後の日本は国家総動員体制の延長だと喝破したことは、日本の社会にじわじわと影響をおよぼしているように思えます。自民党の幹事長が、今回の選挙の争点は小さな政府か大きな政府かだと言い、自民党の総裁が街頭演説で「官尊民卑」という言葉を使う。驚きです。

マルクス主義の流行-国家総動員体制-戦後の福祉国家・陳情政治と歩んできた日本にとって、小さな政府の概念は、まったくの異分子でしょう。これに比べれば、従来の保守と革新の対立軸など、なにほどのものでもない。どちらもコミュニタリアン。地方自治体で保革相乗りが当たり前になったのもむべなるかな。

これは、文化とかライフスタイルにまでおよぶ問題でしょう。自主独立と自尊心を重んじ、一回限りのかけがえのない名を惜しむ個人として生きるのか、それとも、名誉よりも生き残ることを選び、無名の者として日常生活を営々と送ることを喜びとし、生命の単純な再生産のシステムとしての家族や共同体に黙々と奉仕するのか。

ハンドル名を「匿名」にしている者が言うのもなんですが。

ドーアの著作は読んだことがありませんが、ネット上の情報から推測するに、日本型資本主義を評価しているようですな。それだけでは単純に割り切れませんが、まあ後者の側の人なんでしょう。

投稿: 匿名 | 2005.08.22 07:20

communitarianについて、日本とアメリカの中間軸が異なるので正確な意味は読みとりずらい。アメリカの革新(アメリカでは経済的に政府主導なのでなので「保守」と呼ばれる)民主党は日本では中間の右寄りですから。
もともと右左なんて軸を決めなきゃ成り立たない。そのため基本的に軸を決めないと無意味。メディアは軸を言わないですか。

投稿: pixy | 2005.09.01 12:31

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ロナルド・ドーア先生のフィナンシャルタイムズ寄稿:

» 皆さん読んだ方がいい「海外メディアが伝えた小泉・郵政解散劇の評判」 [雑談日記 (徒然なるままに、、。)]
 以下、重要な記事と判断し、また現下の緊迫化した政治情勢にかんがみ、全文引用しま [続きを読む]

受信: 2005.08.22 22:48

« スティーブン・ヴィンセントが最後に伝えたこと | トップページ | イラク内戦の危機について朝日新聞とフィナンシャルタイムズ »