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2005.08.17

スティーブン・ヴィンセントが最後に伝えたこと

 少し旧聞になる。今月の3日のことだ。イラク南部バスラで、米国人ジャーナリスト、スティーブン・ヴィンセントの遺体が発見された。頭部を何度も銃撃されての死だ。彼は、その前日に通訳のイラク人女性とともにテロリストに拉致されていたらしい。事件の背後関係や詳細については、はっきりしてないようだが、彼が著名なジャーナリストであるために狙われていたようでもある。もっと限定的に、七月三十一日付のニューヨーク・タイムズの寄稿が原因であったのかもしれない。
 イラクはどうなっているのか。ヴィンセント殺害の背景は何か。
 今日のニュースによると、イラクの正統政府樹立につながる新憲法の起草作業が一週間ほど延期されたらしい。が、いずれにせよ憲法成立は大詰めにきている。そのため、その後のイラク政府への影響力維持を狙って反政府活動が盛んになっており、その巻き添えで、米兵の死者も増えてきている。が、気になって国内のニュースを見ると、こうした動向は単純に反米活動としてまとめられているふうでもある。
 ヴィンセントによるニューヨーク・タイムズの寄稿”Switched Off In Basra ”(参照)は、こうした状況に必然的に示唆深いものになっている。彼は英軍とともに行動しながら、イラクの現状をレポートしている。ポイントは、宗教勢力による民衆の圧政にある。イラクの警察組織までもが宗教的な勢力活動の一端となっているようだ。そしてその最悪な状況について、噂を交えてこう書いている。


An Iraqi police lieutenant, who for obvious reasons asked to remain anonymous, confirmed to me the widespread rumors that a few police officers are perpetrating many of the hundreds of assassinations --- mostly of former Baath Party members --- that take place in Basra each month. He told me that there is even a sort of "death car": a white Toyota Mark II that glides through the city streets, carrying off-duty police officers in the pay of extremist religious groups to their next assignment.

 こうした状況に英米兵は、それは多文化の宗教の問題だとして関わっていない状況も報告されている。ヴィンセントはこの状況にこう述べている。

In other words, real security reform requires psychological as well as physical training. Unless the British include in their security sector reform strategy some basic lessons in democratic principles, Basra risks falling further under the sway of Islamic extremists and their Western-trained police enforcers.

 彼は微妙な書き方をしているので、私もちょっと自分なりの敷衍を避けたいように思うが、それでも、現在のイラクの地だからこそ、"democratic principles"の価値が強く再認識されていたとは言えるだろう。
 ヴィンセントの事実上のブログの最後は、”In the Red Zone”の”THE NAIVE AMERICAN”(参照)にある。今となっては痛ましい思いがする。
 この遺書となったエントリをどう読むべきか。
 テレグラフ”Don't leave Iraq alone”(参照)はこう取り上げていた。

Mr Vincent wrote of one telling conversation in which a young, secular Iraqi woman railed against the stupidity and misogyny of the religious parties, and asked her American companions exasperatedly: "How can you say you cannot judge them? Why shouldn't you apply your own cultural values?"

 英語が読みづらいかもしれないが、あえて試訳はつけない。
 テレグラフは、ヴィンセントが記したそのイラクの人の問いかけに、"Indeed so."と答えた。もちろん、英国の状況がテレグラフの主張の背景にはある。

In fact, many Britons who supported the war - including significant voices on the British Left - did so for strongly moral reasons. Saddam Hussein had repeatedly defied international law and effected the vilest tortures upon the Iraqi people. The fact that the West had shored up his regime for strategic reasons in the past, and later let down those Iraqi Shi'ites who dared to rebel in 1991, was no argument for doing so in perpetuity.

 イラク戦争は正しかったかという議論は尽きない。が、テレグラフは簡素にこう言っている、英国民が戦争を支持したのは、"moral reasons"、道徳的な理由からだった。
 暴虐があるとき、人は、道徳的な理由で戦争を起こすことがある。こうした話の関連は”極東ブログ: [書評]戦争を知るための平和入門(高柳先男)”(参照)で触れたので繰り返さない。
 イラクの現状というとき、そこでジャーナリストがどう生きてどう死んだのかは私には重要に思える。命をかけて、最後になにを問いかけたのか。それをどう受け止めるべきか。私は、安易に考えるべきではないと思う。
 とばっちりのような言い方になってしまうが、ブログ「ニュースの現場で考えること」の今日のエントリ”「イラクの子供がこんな死に方をするときに」”(参照)を読んで、私は落胆した。

私は、このイラク戦争を支持する人の気が知れません。なぜっかって? 「支持」するとは、それを認めることです。積極的支持か、消極的支持か、そんな言葉遊びは別にして、上記のエントリにあるような当事者(犠牲者たち)と面と向かった際、その相手の目を見て、「おれはこの行為(=あなたの肉親が殺された戦闘行為)を支持しているんだ」と言い放つことと同義です。

そんなことは、私はできない。だからイラク戦争もそれに加担するあらゆる行為や言説を、私は支持しません。


 私は、このエントリに、「なぜ、即断せず考え続けないのか」と反論したい。
 なぜ、一人のジャーナリストが命をかけて、ニュースの現場であげた声を聞かず、教条主義に陥ってしまうのかと問いたい。

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コメント

オジャマシテイマス。

>暴虐があるとき、人は、道徳的な理由で戦争を起こすことがある。

正論です確かに。しかしこのコトを当てはめて考えるなら、その暴虐の本当の根源がどこにあるのかも、私達は考える必要があるのではないでしょうか。なぜあの世界が、いまのような状態におかれているのか、過去の歴史を振り返ってみればその経緯、その元凶は一目瞭然です。

現場に赴いて、あるがままを伝えようとしていた一人のジャーナリストの死は悲しむべきこと、惜しむべきことだと思います。しかし、自らが"moral reasons"と言う言葉を出すのであれば、自らが置かれている世界のモラルや本当の火種も問い正してほしかったような気がします。

投稿: Nagaraozku | 2005.08.17 19:12

覆水盆に返らず。

いたずらに駐留を続ける事は問題だが、覆水起こさせた米英勢力が問題を放置して知らぬ存ぜぬと引き上げるのはやはり倫理的には不細工で気まずい。
が、破壊と創造は業務が異なるので、米軍は全ての死者の喪に服して丁重に礼を尽くして身を引いた方が良いかも知れないと、他の駐留国が水を向けるというのもありかも知れない。

そして同じイスラム系や相克の無い宗教的に中立な団体や国連のソフトな手法に業務を委譲した方が上手に行くかも知れない。

日本に日本のやり方でイラクの復興を国連が業務委譲してきたら、意外に上手く行くかも知れない。
そうなれば米軍上層はどう思うか知らんが現場の責任者や良心的米人は感謝してくれると思う。GJ!と。
今日日本人がイラクに行っている意味は、米国との付き合いと同じぐらいの意味でイラク人民生の復興だと思う。

「だから覆水に反対したのだ」とサトウ系が言ったところで、彼らはそれを決定する権限も能力も国民に持たされて無かった。
米主導に反対、或いは原因である歴史的な英米外交政策を非難してもその先の「米も含めた全てが納得する何か」までは提示できなかった。
米の賛成が無くてできる事は、無視される事、反抗する事、待つ事ぐらいしかないが、米が躓くのをじっと待っていても、イラクの少年が助かったわけではない。

投稿: トリル | 2005.08.17 20:10

>本当の火種?って、何でしょう?
欧州人やアメリカ人が口を出しているからこうなった、というご意見でしたら、私は、納得できません。
本当の火種、というのなら、それは、王朝という名のヤクザ同士の抗争しかない歴史そのものでしょう。
欧州人や米国が口や手を出さなくても、結果は同じでしょう。ヤクザの抗争でしかありませんし、「庶民」は、しょせん資源です。黒かろうが白かろうが、ラーを信じようが、ヤクザがヤクザとして振舞う時に関係のないことだと思います。

世界をそんなモノ、と諦めたら、今日・明日はそれでよいかもしれません。でも、それは多分人類の文明の死を先延ばししているだけだと思いますし、私は、イラク戦争は、言ってみれば人類の脱皮の蠢きの一つだと思っています。たまたま、当事者を張れ役者が米国だったにすぎないと思います。

投稿: kuku | 2005.08.17 22:27

被害者にむち打つことを言えるかどうかというのは、理屈の正しさとは全く別問題ですよね。

投稿: サルガッソー | 2005.08.18 00:52

>kukuさま
>本当の火種?って、何でしょう?

私はたぶん左党ではないし、 Nagaraozku さんを左寄り kuku さんを右寄りと指定する気もないですが、一応参考までに自分が思ったことをつらつらと述べたいと思います。
独りよがりな勘違いならば許してください。

近代帝国主義時代から現在も大国間の駆け引きに国土があるなしに拘わらずほとんどのエスニック集団は利用され振り回された面があります。
相互利用ではありますが一方が自由にオプションが取れる立場でもう一方はまあ使い捨てです。

例えば王朝と仰られてますが、大きな声では言えませんが中東の現王国はほとんど英国のみの国益と承認で設立されました。
英国外交の勝利です。
元はベトウィンの一氏族長が英国の後ろ盾で世襲制の元首になったのです。
ヤクザの抗争というのは良い例えですが、地政学的にも石油利権が絡む地域だったため大国のパトロンや商社が打ち出の小槌として相互に都合良く演出してきたような節があります。
中東のインテリはそう考える人が多いです。
イスラエル=パレスチナ問題も当初から英米の国益や外交のコントロールを受けてきました。

国益の追求、その権利が悪いという法は今のところ無いのですが、その結果についての義務めいたものはあるんじゃなかろうか?
そのような道義的な理屈さえ、国益の追求に貪欲に利用してるんじゃないか?

これを英米ジャーナリズムが自国民に認めさせられたならばという想いがあったんじゃないでしょうか?
それを認めない限り振り回される側の憎悪や不幸は、世界秩序の破壊因子として溜め込まれるというのが、本当の火種の正体だとおもいます。

投稿: トリル | 2005.08.18 01:11

finalventさま。

厳しい叱咤をありがとうございました。答えになっていないかもしれませんが、私も関連のエントリを立て、トラックバックさせていただきました。どうぞよろしくお願いします。

投稿: 高田昌幸 | 2005.08.27 15:02

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