ロレンツォのオイル
少し古いネタになるのだが、七月十一日付で各種の報道で「ロレンツォのオイル」が有効であるとして話題となっていた。ちょっと感慨があった。
![]() ロレンツォのオイル 命の詩 |
映画の紹介を兼ねて、現在千円で販売されている同DVDの釣りを引用するとこうだ。
オーグスト(ニック・ノルティ)とミケーラ(スーザン・サランドン)のひとり息子ロレンツォが難病の副腎白質筋ジストロフィーに冒されてしまった。専門医(ピーター・ユスチノフ)にも見放されたわが子の命を救うため、夫婦は何の医学的知識も持たないにもかかわらず必死の努力の末、ついに新薬“ロレンツォのオイル”を生み出していく…。
副腎白質ジストロフィーは、映画でも略記されているが一般的にALDと呼ばれる。ネットを探すと日本にも患者の組織があるようだ。
このアマゾンの釣り文句だが、映画の筋の紹介としては間違っているわけではない。が、登場する専門医は、日本だと珍しいかなというくらい患者よりの立場に立っており、見放したというほどでもない。
というわけで、実は、私も気になっていたこの映画を見てみた。
薄っぺらな感動を描いてないのが好ましいのと、この世界の一端を私も知っていることもあり、ディテールの含みにはいろいろ考えさせられた。たぶん、そうした世界を見た人だとこの映画のインパクトはかなり違うのではないか。
加えて、随所にきちんと医学的な配慮がされているように思えた。医学といっても、この難病は多岐にわたるので、各種の専門家の視点もあるかと思うが、かなりよくできていたと言えるだろう。
映画としては、イタリア系の人々の生き様がよく描かれていたり、音楽も私好みなのでその点もよかった。普通の人間ドラマとしても十分に見応えがある。
専門家でもない銀行マンの父親が必死に医学文献を探るようすだが、現代のインターネットなら概要サーチは随分手間が省けるだろう。が、現実の日本では実際に該当の医学論文などは簡素にアクセスすることは少し難しいように思ったりもした。
些細なことだが、私も多少脂肪酸代謝に関心を持っていることもあり、後半、エルカ酸が出てくる映画のシーンでは、どっちらかというと反対する医者の立場に立ってしまった。詳しくはわからないのだが、トリグリセリドにすることで有毒性は緩和されるのだろうか。この脂肪酸の精製をしている化学者がなかなかいい味出しているなと思ったが、どうやら実際の化学者本人らしい。
ところでこの映画のエンディングはどちらかというと、これで奇蹟の薬ができたという印象を与える。しかし、この十年間、ロレンツォのオイルについてはあまり定評を聞かないようにも思えた。私も、ありがちな民間薬かなという印象ももっていたので、今回のニュースには驚いた次第だ。
たとえば、最新医学のスタンダートともいえるメルクマニュアルにも、ロレンツォのオイルについての言及は表面的にはない。
副腎白質ジストロフィおよび副腎脊髄神経障害は,副腎機能不全と神経系の広範囲の脱髄を特徴とするまれなX染色体性劣性代謝性障害である。副腎白質ジストロフィは男児に;副腎脊髄神経障害は青年期に発症する。痴呆,痙縮,失明が起こることがある。副腎白質ジストロフィは例外なく死を招く。食事療法と免疫調節薬療法が現在研究中である。
しかし、今回の報道で、少なくとも、映画の元になったアドーネ夫妻の息子さんは二十七歳の現在も存命との話も聞いた。その意味で、美しい「例外」とはなった。そして、もしかすると、ロレンツォのオイルは広義に食事療法に含まれているのかもしれない。
今回の報道だが、まだネットに残っているニュースとしてはUSA Today”Study: Lorenzo's Oil protects against ailment”(参照)やUPIの”Lorenzo's oil may prevent brain disease”(参照)などがある。日本語で読める記事としては短いが”「ロレンツォのオイル」の後日談”(参照)があった。
University of Washingtonなどの研究者が、X連鎖型副腎白質萎縮症(ALD)患者に対する脂肪酸投与治療法(Lorenzo’s oil療法、以下LO療法)には、ALDに由来する全身の衰弱リスクを減らす効果があると結論した。2005年7月11日にArchives of Neurology誌に発表した。
ここに記載されているようにオリジナルは七月のArchives of Neurologyにあり、該当の"Lorenzo’s Oil: Advances in the Treatment of Neurometabolic Disorders "(参照)はネットで読むことができる。
今回の報道などを見渡してみて思うのだが、もちろんと言っていいだろうが、ロレンツォのオイルはALDの万能薬ではないだろう。しかし、かなり有望な(特に初期段階で)治療法とはなるように思えた。
それと、今回の報道で気になったのだが、映画でも問題になっていたが、昨今流行のエヴィデンス・ベースト・メディスン(EBM: Evidence Based Medicine)の立場からすると、有効な治療法の確立には全二重盲で偽薬の対照群を必要とするのだが、今回の発表報道をみると、偽薬投与の患者はなかったようだ。いろいろなケースがあるだろうが、今回は偽薬を用いないという倫理が優先されてよかった。
話が逸れるが、脂肪酸代謝は非常に難しい問題が多い。トランス脂肪酸なども、それに毒性があるかと言えば、現在の毒性の概念からすれば、ないということになる。認知症傾向の人向けにアラキドン酸のサプリメントなども存在し効果をあげているようだが、私などにはやはり違和感は覚える。
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コメント
このページにロレンツォのオイルについての説明があります。
http://www1.accsnet.ne.jp/~kentaro/yuuki/mow/0506/Lorenzo.html
この説明がある有機化学美術館というサイトには、他にも化学物質についての面白い話がいろいろあります。
http://www1.accsnet.ne.jp/~kentaro/yuuki/yuuki.html
投稿: Baatarism | 2005.07.28 21:19
見ました。
ある種冷静というか現実を見失わない演出がなされているように思え、ありがちな辟易感がなくて、映画としてもおもしろく見ることができたと思います。
思うところ様々ですが、まずは医学(科学)と言語(英語)ということを考えさせられました。専門外の両親が医学文献に当たる、これって日本だったらほとんど不可能ではないのか。テクニカルタームの排他性というか基礎教養からの距離感というか、知の疎外というか。
実際、映画を見てからネットで日本語の情報をわっちしてみましたが、とほほ感が漂ってしまいました。
あと、映画でもよく描かれてましたが、脂肪酸関連の研究者、少なすぎです。健康関連が絡むと企業の研究者が不自由になるのか、ウソ情報が流れすぎの印象も持ちました。
投稿: Sundaland | 2005.07.29 07:54