« It's a small world. | トップページ | アフリカの貧困というパラドックス »

2005.07.10

ポジティブ・シンキングとやら

 たるい話。ポジティブ・シンキングとやら。七日の「はてなブックマーク」の人気エントリー(参照)に「Dr.米山の活脳塾 グチは他人にとってもネガティブ・エネルギー」(参照)というのが上がっていた。それほど人気の記事というものでもないようだったし、ブックマーカーズのコメント(参照)も、たるい感じのが多かった。いまさらポジティブ・シンキングはないだろだし、それを脳に結びつける「脳内革命」も古い話だなと思って、この本の情報をみると一九九五年出版。十年も前になるのか。そういえば、ポジティブ・シンキングといえば、斎藤澪奈子(参照)も亡くなったな。
 Dr.米山の話はというと、サワリはこんな感じかな。


 「疲れた」と言うとさらに疲れてしまうのは、このように脳が活力の出るような働きをやめてしまうからです。ですから、いくらつらくて、疲れていても、口には出さないことが大切です。

 こういうのって、仕事なんかでリーダーになっている人にはけっこう当てはまる部分がある。人との関係ではこの手のやせ我慢が必要になる。もっとも、集団を率いるならそれなりに兵卒を休ませる必要もあるわけで、そのあたりは難しい。また、疲れというのも昼寝すればいいだけのもあるしもっと深いものもある。むしろ、深いところで人生とかブログに疲れちゃうのはどうなんだろうか…。

 グチを言っていると、脳の真ん中あたりにあって、感情をチェックしている「扁桃体」という組織が働き、怒りとか不愉快な情報として、目の前の情報をとらえ、その結果を大脳皮質に送ってしまいます。そのため、「無視しろ」というような、否定的な行動を取るように命令が出てしまうのです。

 この言及を支えている論文とかあるのか知らない。というか、Dr.米山のこの説では、グチ言う、というのが、そのまま口に出して言葉で言うというストレートな意味なので、一種の言霊信仰みたいな感じは受ける。実際は、こうした脳に関わる問題は感受の時点で認識と関わっているのだろうから、口を付いて言う・言わないはそれほどの意味はないのではないか。
 ネタとしてはそのくらいの話なのだが、十年前の脳内革命とかそれ以前もあるのだが、そのポジティブ・シンキングってやつ。これって、日常実行している人が世の中にはいる。なんかすげーテンション高くてなんでもポジティブ・シンキングという感じな人間って百人に一人くらいいるのではないか。ホリエモンなんかもそのクチだろうか。あまり彼から個別にネガティブな言葉は聞かない。が、全体はすごいネガティブというかニヒリズムみたいなものを感じるが、というか、この手の人って、かなわないなとだけ思う私のような小人は、ドン引く。
 Dr.米山のポジティブ・シンキング説でそっかもなと思うのは、ダメ癖みたいなものだ。そういうのはある。そしてこうしたダメダメのパーセプション(感受性)というか、感受性のサーキットみたいののフレーム(枠組み)というのは、ちょっとした弾みでリフレーミング(枠組み再編)ということが可能なことがある。リフレームして生き方がころっと変わってハッピーというのもないわけではない。…のだが、その当たりは、同じくDrの付く、Dr苫米地の領域なので、私はパス、と。
 ポジティブ・シンキングといえば、その手のものに私もトラップしたことがある。最初は、中学生のころなんかの勘違いで亀井勝一郎とか読んでいるつもりで谷口雅春の本を読んで、そうかと元気付いてしまった。そのままの人生だったら、京セラを起業していたかヤオハンを潰していたかわからないが、なんとなく、れれれと逸れて、小林秀雄とか読み続けた。
 ポジティブ・シンキングではないのだけど似たような経験としては、グルジェフという神秘家の思想に影響を受けたことがある。その説をチープに解説するウスペンスキー「奇蹟を求めて」に、人は否定的な表出をすべきではない、という教えがあって、なんだかよくわからないのだが、試してみた。
 英語ではnegative expressionだったか、たぶん否定的な感受があってもそれを表出してはいけないという教えらしい。たぶんグルジェフの思想のなかでは内的配慮(internal considering)というのと関係があるのだろうが、それはさておき、そんなものかねと試してみた。三つわかった。
 一つは、否定的な表出というのは自我をプロテクトする行為に組み込まれているようだなということ。二つ目は、否定的な表出というのは対人関係のなかでは支配の行為パターンのようにもなっているのだなということ。もう一つはこの手のエソテリック(秘儀)的な修行は、本とかメディアで読んでホイホイ真似するもんじゃないということ。ある種の東洋的な修行というのは、わけもわからずに実践するもんじゃないというのが多い。
 結果的には、この修行は、麻雀勝負師とか自然に行なっている。「げ、まずい手じゃん」とかいうのを顔にもおくびにもださないのが勝負師。なので、この修行の結果なのか、勝負師ってちょっとすごみがある。
 この関連でほかにもいろいろ思うことはあるけど、今日のたるい話は終わり。

|

« It's a small world. | トップページ | アフリカの貧困というパラドックス »

「雑記」カテゴリの記事

コメント

突っ込みポイント
つ「京セラを企業」

投稿: himorogi | 2005.07.10 14:58

himorogiさん、こんにちは。誤字、修正しました。ご指摘ありがとうございます。コメントをもって修正歴に代えます。

投稿: finalvent | 2005.07.10 15:31

はじめまして!いつも楽しく拝見させていただいております。ところで、「苫米地英人」をネット検索すると、このサイトがかなりの確率でヒットするので、管理人さんは「苫米地英人」についてかなり詳しいと思います。それでお伺いしたいのですが、「苫米地英人」を、管理人さんはどのように評価なさっているのでしょうか?最近「洗脳護身術」なる本を読んだのですが、この本は「とんでも本」なのでしょうか?ご意見お聞かせ願えないでしょうか?

投稿: 海山 | 2005.07.10 20:22

海山さん、こんにちは。著名人ということで敬称を略しますが、苫米地英人は非常に優秀な学者であり、かつオウム事件については貴重な指摘を継続されている点で、私は高く評価しています。学問的な言及はかなり信頼に足るものだと思います。

「洗脳原論」はこの分野の当時までの学問成果をよくまとめているので驚きました。私もこの分野に隣接した分野に関心をもってフォローしてきたので、それがどれほど正確かはわかります。この延長に「CIA洗脳実験室」がありこれも驚愕の思いで読みました。

ネット上のリソースとしては、例えば、このあたりの話など、実によく知っているなと思いますし、特にNLPの評価については妥当なものだと共感します。
⇒http://www.tomabechi.com/BBS/index.cgi?md=fd&parent=776

ただ、質問のまさに「洗脳護身術」の評価についてですが、精神世界に関連する実践編ということもあり、学問的な立場とは違うという点で、私は距離を置いておきたいと考えます。つまり、この本については、評価を避けたいところです。(と、逃げさせてくださいな。)

【参考】
「洗脳護身術―日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4915540693/fareasetblog-22/ref=nosim

「洗脳原論」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393361164/fareasetblog-22/ref=nosim

「CIA洗脳実験室―父は人体実験の犠牲になった」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4925140183/fareasetblog-22/ref=nosim

投稿: finalvent | 2005.07.10 21:11

大変丁寧かつ詳細にご回答くださり、ありがとうございます。苫米地英人は優秀な信頼するに足る学者なのですね。それでは、これから「洗脳原論」「CIA洗脳実験室―父は人体実験の犠牲になった」等も読んでみたいと思います。重ね重ね今回は本当にありがとうございました。

投稿: 海山 | 2005.07.12 02:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ポジティブ・シンキングとやら:

» [Web][レビュー][雑記]「ネガティブなことは書くな」という抑圧と、それへの反発 [夏のひこうき雲]
 少し前に『アルファブロガー』という書籍を買った。まだ全部は読んでいないが、その中に「ネガティブなことは書かないようにしている」というような主張がちらほらあった。 ISBN:4798110205:detail  その姿勢は基本的には間違っていないのだけれど、ある意味でおかしい。また、その主張が持つ社会的な影響については相当憂慮もしている。  私が書きたかったことはありがたいことに既にcatfrogさんが「アルファブロガー」を読んだ その2っていうか本音で書かれているので、今回勇気を得て書い... [続きを読む]

受信: 2005.11.02 00:15

» 洗脳原論 [Something Anybody Knows]
洗脳原論 日本が誇る天才、苫米地先生の洗脳とは何ぞや?洗脳に関わる経緯、そして、自身の施した脱洗脳経験のケース・スタディを簡潔にまとめた一冊。 同書では、教育のように手法の健全性、正当性が認められたものは含まず、マインド・コントロールを含む、介入的な操作により思考や行動を制御する行為を洗脳としている。その洗脳とはどのように行われるのか、なぜそれが可能となるのか解説している。 同時に、洗脳に対する誤った解釈と無理解、誰でも洗脳の犠牲者になりえるということに対する警告として、その仕組みと知識を提供し、... [続きを読む]

受信: 2006.02.22 23:49

« It's a small world. | トップページ | アフリカの貧困というパラドックス »