住基ネットを巡る二つの裁判判決
昨日の大手新聞各紙の主要なテーマは、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)からの離脱の権利を巡る、二つの異なる方向と見られる裁判結果についてだった。ひどく簡単に言えば、先月30日の金沢地裁では住基ネットの危険性を認め離脱の権利を示唆したの対して、31日の名古屋地裁ではその情報はプライバシーと言えるものではないとして原告の請求を棄却した。
私はこの件について、昨日は、各紙社説を読み比べながら、どうでもいいやという思いと、なぜそんなにこのシステムにこだわる一群の人がいるのだろうかと、むしろ、そちらのほうを訝しく思った。さらに、社説によっては、住基ネットの保全性など関係ない話がごちゃごちゃと混じっているのも奇妙に思えた。
今日になって、ぼんやりと少し再考してみたがそれほど考えはまとまらない。ただ、なにか心にひっかかる感じがするので、そのあたりをとりあえず書いてみたい。
まず、情報システムとしての住基ネットの問題点については当面触れないことにする。それは当面の話題ではないからだし、技術の問題は技術で解決できるのが基本だからだ。次に、住基ネットが実現されればそれはとても有用だからという視点も捨象したい。有用性は国家のサービスの本質的な問題ではない。三点目に、住基ネットが住民の重要なプライバシーを扱っているかという点で言えば、そうではない。名古屋地裁判決のように、個別に扱われているのは、氏名、住所、生年月日、性別だけなので、これは例えば公共サービスを享受する際のプライバシーと言えるほどのものではない。
ここまでで話をストップすれば、当然、名古屋地裁判決が妥当ということになるだろう。大手新聞紙の社説で言えば、ここまでの線が産経新聞社説”住基ネット訴訟 より合理的な名古屋判決”(参照)と、これにかなり近い線が読売新聞社説”[住基ネット]「離脱を認めるほどの危険はない」”(参照)だ。なお、毎日新聞社説”住基ネット裁判 なぜこうなってしまったのか”(参照)は論点も外れているし、技術的な側面でも頓珍漢なので読む価値はない。
朝日新聞社説”住基ネット やはり個人の選択に”(参照)はその点、ここから一歩先の問題に踏み込んでいる。つまり、金沢地裁判決をよく読み取っている。
住基ネットを使えば、全国の市区町村の窓口で簡単に「本人確認」をすることができて、どこでも住民票の写しを取れる。そうした便利さを認めたうえで、二つの裁判所の判断が分かれたのは、住基ネットで扱う氏名、住所、生年月日、性別の四つの情報と11けたの住民票コードをどう見るかだった。
金沢地裁は住民票コードに着目し、その危うさを指摘した。行政機関には税金や年金、健康保険など様々な個人情報が集められている。住民票コードをマスターキーにして、別々に保管されている情報を結びつけると、「個人が行政機関の前で丸裸にされるような状態になる」と述べた。
この問題を私から補足するとこうなるだろう。
(1)住民票コードが、IT用語、グローバル一意識別子(GUID:Global Unique Identifier)のように国民についての一意の識別子になる。
(2)これが各種のプライベート情報のマスターキーにされうる。
(3)国民に一意でかつマスタキーとなった識別子が国家によって保証される。
金沢地裁が問題視したのは、(2)のマスターキーとしてのありかたそのものだろう。
しかし、ある種のデータベースを作成するなら、そのようなマスタキーは必要になるし、特に設定しなくても、いくつかのカラム(列)の項目を連結してリレーションをかければ、事実上の、データベースに限定された、かなり一意に近いリレーションは可能だろう。少し、意図的に余談をするのだが、インターネットの世界ではすでにクッキーを使ってそのような巨大なデータベースが作られつつあるはずだ。
そしてそのようなデータベースの作成ということを、国であれ企業であれ、法的なりに押し止めることはできないだろう。さらに、国家もこうした側面ではサービスでしかないのだから、こうしたデータベースを作成するな、とも言えないはずだ。
私は間違っているのかもしれないが、問題は、(3)ではないだろうか。そのマスターキーを国家が保証してしまうかのように振る舞うことが問題ではないか。結果的にリレーションができるとしても、それが国家に統一的に、かつ個別のサービスから超越した形で直結されるのは問題だろう。
とすれば、個別の住民サービスという限定された住基ネットはサービスの側から規定されるもので、全ての国民を一意に網羅する前提は不要だろう。
考えてみると以上で行き詰まる。
なるほど。考えてみると、昨日までの印象とは違って、自分が金沢地裁判決を支持しているという結果になった。さらに再考してみるが、そうなるものだなとちょっと不思議に思う。
蛇足を少し。日本ではあまり話題にならないようだが英国ではブレア首相がやっきになって、主として不法就労者排除のために、生体識別情報を含めた国民IDカード法案を進めている(参照)。また、アジア各国でもそうした傾向はみられ、タイなどではその方向にあると聞く。現実問題として、こうした動向への国家側の要請は強く、日本もそうした流れのなかにあるだろう。以前にも少し触れたと思うが、日本の場合でも、英国のような意図があるのではないかとも思う。
もう一点はまったくの蛇足だ。なにか忘れているなというのを書きながら思い出した。ダビデ王の大罪だ。といえば、つい文学的にはバテシバの事件を思い出すが、もっと神の怒りに触れたのは、民の数を数えようとしたことだ。なぜそれが罪だったのだろうか(モーゼも数えていたが罪ではない)。なぜだったのかなと考えてみたのだがわからない。民を数えようとする王は罪深いのだろうか。
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コメント
> すでにクッキーを使ってそのような巨大なデータベースが作られつつあるはずだ。
クッキーのように各ユーザが自由にクリア出来るのであれば文句を言う筋合いは無いわな。
ってゆーか、住基ネット離脱ってクッキークリアですよね。
自分の情報を自分の意志と責任で管理するのがプライバシーって事で、
投稿: at | 2005.06.02 16:26
「それが国家に統一的に、かつ個別のサービスから超越した形で直結されるのは問題だろう」は正に住基ネットが持つリスクの一つであり、いま国民が危惧している問題の核心を端的に表現していると思います。技術によって情報の共有や、即時性のある情報提供が可能になり、ペーパーレスや人員の削減によって窓口業務などの経費の抑制が期待される半面、国家という得体の知れない、変幻自在ともいえるナニモノかに、情報と言う「人質」を握られてしまうのはあまり居心地の良いものではありませんよね。
しかしそれは住基ネットだけの問題でもないし、技術の問題でもないのです。デジタル化された情報や非デジタルな台帳であろうと、結局は運営する側、運用/利用できてしまう側のethicに対して、サービスを依存している私達がなにかしらの疑問を抱いているからではないのかと、そんな風に日々感じています。
そんな風に考えると、「技術の問題は技術で解決できるのが基本」と言う部分は大きな誤りではないかとも思えてしまいます。まるで「包丁で殺人事件が起こると言う問題は俎板で防げるのが基本」と言い切ってしまうような感じすら受けます。今では誰もが知っていることですが、最大のセキュリティホールはニンゲンです。だからこそ「仕組み」を運営する側の倫理が問われるのではないかと、そう思いました。
住基ネットのようなシステムが本当に安全な仕組みで実装され、適切に運営されるのであれば大きな価値を生み出すとアタシは信じています。包丁の「上手切らずの下手切らず」ではありませんが、今はまだ実装する側も運営する側も、そしてサービスを受ける側もドッチ付かずの状態なのでしょう。だからこそ問われ、だからこそ情報漏洩がある、そんな過渡期なのだと信じたいものです。
投稿: Nagarazoku | 2005.06.02 16:36
(3)ってようするに「国民総背番号制」ってことですかね。
すでに年金番号などで実質そうなっている感じがします。
投稿: 自由の敵 | 2005.06.02 19:26
確実に国民全員(日本に在住している人全員?)に
番号が割り振られているということが保証されている
ことが問題だと思います。それに含まれていない人が
いるということで、住民票コードをマスターキーにしない
かもしれません(住民票コード持ってない人をデータ
ベースに付け加えるとき困りますから)
finalventさんがおっしゃるように
> いくつかのカラム(列)の項目を連結して
> リレーションをかければ、事実上の、データベースに
> 限定された、かなり一意に近いリレーションは
> 可能だろう。
という状態で止めておくのが良いと思います。
投稿: 四十九次 | 2005.06.02 20:21
氏名、住所、生年月日がわかると、選挙で不正ができる(投票案内をポストから抜き取って、本人になりすまして投票に行く、とか)ような気がするのですが、気のせいですかそうですか。
住基ネットについてではありませんが、このような「マスターキー」を使用することの一般的な問題点は、高木浩光さんが詳細に検証していらっしゃいます。
http://d.hatena.ne.jp/HiromitsuTakagi/00000001
投稿: ぴ~ぴかちゅう | 2005.06.02 21:22
住基ネットより脱税防止の総背番号制を何とかしたほうが・・・
投稿: 梨 | 2005.06.03 07:26
結局、グリーンカード制度導入失敗の呪縛から
未だに抜け切れていないのだと思われ…
投稿: 通りすがり | 2005.06.03 08:59
>氏名、住所、生年月日がわかると、選挙で不正ができる(投票案内をポストから抜き取って、本人になりすまして投票に行く、とか)ような気がするのですが、気のせいですかそうですか。
選挙の投票の時に、明確な本人確認なんてしてたっけ?
ハガキを盗めれば、列記されている情報なんてなくても成りすまし投票は可能でしょ?
投稿: なぎさっち | 2005.06.03 09:02
>氏名、住所、生年月日がわかると、選挙で不正ができる
葉書を偽造したほうが簡単です。
投稿: ほるほる | 2005.06.03 13:15
というか、国家サービスはワンセットなので国家サービス全体に対する一意のIDはあってしかるべきでしょう。そうすれば保険と年金と税金で重複業務を大分減らせるし、税関や入出国審査も効率が上がります。ついでに税金の補足率も上がるはずです。(それが困る人も多いんだろうけれど)もちろん外国人でも納税者には国家サービスの一部を提供するので、番号を発行すればいいと思います。 アメリカでSSNを毎回要求されるのは辟易しましたけれど、戸籍のない国ではこれしか国家が個人を同定する手段はないよなあ、と納得しました。
重要なのはそれを民間サービスで使用しないことでしょう。韓国なんか、ネットで掲示板に登録する際に国民IDを必要としますからね。もっともアメリカのSSN番号も、就職時の犯罪歴チェックとかに使われているので、それはまずいような気がしますが。
ついでにいうと、高木さんみたいなカチコチのセキュリティ原理主義者ってどうよ、と思うことがあります。なんかGPL原理主義者と同じような印象を受けるのは気のせいですか?
投稿: ぷー | 2005.06.03 16:10
政府側は住基で国民にどんなメリットが
あるのか殆どアピールせず、小さく作って
大きく育てようとしているのがなんとも。
強制加入させられるので、売り込みに不熱心というか。そのせいか、国会の議論も
抽象的になっている気がします。
民間は負の面は勿論ひた隠しにしますが、
正の面は夢の世界(人によっては地獄絵に見える)の如くアピールするので、ある意味、
ツッコミやすくもあるんですけどね。
投稿: kamiya | 2005.06.04 06:34
本論と激しくずれてるのですが、なぜダビデが民の数を数えて神の怒りに触れたのか?それは、ダビデが神に対抗心を燃やして、王としての力の源である民の数を数えようとしたのが原因かと。
つまり、モーゼと違い動機が不純だったから神の怒りをかったのだと思います。
投稿: hiro | 2005.06.04 15:18
現職地方公務員の端くれですが
>本人確認
現場では本人確認はかなりいい加減なのが実情。
「本人確認できないのでこの届けは受けられません」
とはなかなか言えないのですよ。
引っ越しで忙しいところで仕事の間になんとか
届けを出しに行ったら免許証や保険証を忘れてて
受付不可と言われたら・・・仕方ないと思えます?
さすがに実印登録は財産が動くので厳しめに
やってますがおかげでトラブルも一番多い。
「今日中に証明取って持って行かないとウン
百万の損が出るんだ、損害賠償してくれるのか?」
と言われたことも一度や二度じゃありません。
身分証明になるモノを何一つ持たずに来て
そんなこと言われてもねえ、取引決まったのも
昨日今日の話じゃ無いだろうに、と思うことも。
投稿: BPS | 2005.06.04 19:43