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2005.06.16

キルクークにおけるクルドの問題

 このところ日本のメディアに倣ってイラクの問題はあまり書いてこなかった。昨年の極東ブログ孤立かもの、れいの大義問題とやらも日本でもようやく国連疑惑と関連の文脈に置けるようになったし、いろいろ問題はあるが歴史は逆行しないのだし、なにより日本の関わりは限定されている。しかし、今回のニュースはさすがに暗澹たる思いに沈む。
 ニュースという位置づけとは少し違うのかもしれないが、十五日付けのワシントンポスト”Kurdish Officials Sanction Abductions in Kirkuk”(参照)がそれだ。本来ならニューヨーク・タイムズから出そうな話ということもあり、体裁を繕うような感じで”U.S. Says Kurdish Forces Seized Arabs and Turkmen in Kirkuk”(参照)も出た。
 日本ではどういう扱いになるのかと思ったが、共同からベタ記事のような”クルド民兵がアラブ人拘束 イラク、米紙報道”(参照)が出た。ご覧の通り、ワシントンポストを引くだけで、これってブログかよ、みたいな記事だが、日本語で読みやすいので概要を示す上で引用したい。


【カイロ15日共同】米紙ワシントン・ポスト(電子版)は15日、米国務省の秘密公電を基に、イラク北部キルクークで最近、クルド人政党の民兵組織や警察のクルド人部隊が、多数のアラブ人やトルクメン人を拘束してクルド人自治区に連行していると報じた。

 なぜカイロ発というのもツッコミどころではあるが、後日ワシントンからの詳細な記事を期待したい。
 キルクークの現状だが、クルドはスンニ派と見られる勢力やイラク外勢力のような直接的な行動は取ってはいないものの、同記事にもあるように、一月の国民議会選挙以降、地元司法当局の許可もない拘束を実施しているらしい。背景にあるのは、キルクークといえば当たり前の、油田の利権である。
 共同の記事はこれで終わりだが、オリジナルの英文記事を読んでいただくとわかるように、むしろ問題は米軍にある。ワシントンポストの長い記事の冒頭を引用する。

KIRKUK, Iraq -- Police and security units, forces led by Kurdish political parties and backed by the U.S. military, have abducted hundreds of minority Arabs and Turkmens in this intensely volatile city and spirited them to prisons in Kurdish-held northern Iraq, according to U.S. and Iraqi officials, government documents and families of the victims.

 端的に言えば、この事態は米軍がお墨付きになっているわけだ。弁護にもならないのだが、だからより直接的な行動にもなっていないのかもしれない。
 なにかとこの手の話題では目を通すことにしているサロン・コムだが、このあたりの米軍トホホに焦点を当てつつも、この先の悪夢を示唆している。”Revenge takes root in Iraq”(参照・会員制)を借りる。

Rising tensions boiling over into civil war is one serious concern, of course -- and U.S. credibility, or what remains of it, another.

 クルドを巻き込んだ内戦の危機の懸念が強まる。
 そういえば、極東ブログの過去エントリとしては、四月の”国連アナン事務総長と英米との反目”(参照)でこうふれた。

イラクの油田の利権について、英米系のメジャーはキルクークを中心とした北部、つまりクルド人の地区にある程度限定されている。石油利権という点でいえば、英米系はあまり南部には関心を持っていない。その面から見れば、英米にとっては、クルドが安定こそが重要で、シーアやスンニの地域がある程度荒れていてもそれほど問題はなかった。

 また、「極東ブログ: イラク警察と自衛軍は米軍の指導下に置かれる」(参照)を書いたのは昨年の今頃だった。あのころは、懸念はありつつもまだ余裕をもって見ていた。

 いずれにせよ、イラクの警察組織や自衛力としての国軍が整備されることで、時事上の膨大な雇用が生まれ、そこに石油歳入を投入することで富みが配分されるという構造になるように思われる。そして、それは、国家が機能しなければ、石油の地域的な偏在を通して、クルドとシーアに対するスンニ側の潜在的な対立を強めることになるのではないか。

 日本国内の「識者」は結局のところスンニ派の代弁ということが多いので、こうした事態でどのような議論が展開されるのか、気になるといえば気になる。
 キッシンジャーなどもまさに一月の時点で”Results, Not Timetables, Matter in Iraq”(参照)でこう言及していたが、これが基本構図になる。

An absolutist application of majority rule would make it difficult to achieve political legitimacy. The Kurdish minority and the Sunni portion of the country would be in permanent opposition.

 クルドとスンニが両立することはないというのが前提だ。それを調停するのは権力であり、警察力・軍事力でしかないというのも基本だ。
 日本での議論は、その基本からはずれた素っ頓狂な歌になるのか、あるいはこの話題は華麗にスルーなのか。もっとごりごりとした正論が出てくるといいのだが。

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