新薬と世界のこと
昨日の国家の適正サイズの話と少し関連するのだが、このところの医薬品業界まわりと国家の関係でぼんやり思っていたことをちょっと放談ふうだけどまとめたい。放談というのは本当はソースとかきちんと参照させつつ書くべきなんだけどそこを記憶に頼るよということ。間違っていることも多いかも。
新薬の開発が非常に難しい時代になりつつある。その理由は、単純に言うと、安全性や効果調査を含めて開発費用があまりに莫大になるためだ。今後は巨大製薬会社しか生き残れないという様相でもある。こうしたこともあり、国際的には製薬会社の再編成がどんどん進み、少し遅れていたかに見えた日本国内でもそうした大きな潮流に呑まれつつある。
新薬開発費用が増大になるということは、それだけの資本と市場が重要になるので、小さい国家に閉じては行なえない。するとどのレベルの国家のサイズが背景に必要となるか、とも思うのだが、すでにツッコミの声を聞きそうだが、医薬品業界と限らず大企業はすでに国家に閉じてはいないし、その資本も国家にまたがって存在する。一般論で言えば、ドイツなどは国内経済という面でみれば破綻かもの状態だがそこに根を持つ国際企業はいけいけの状態である。このあたりの、超国家(スーパー)企業と国家の関わりというのはよく言われていることではあるが、私などはすっきりと腑に落ちているものでもない。
国内の医薬品産業をざっと見ると収益に占める市販薬(OTC)の比率がそう高いようにも思えないし、もともと日本は医療についてはそういうコングロマリットでもあるのだろう。いい悪いといことではなく実態の歴史として。国際的にはどうかというとちょっとよくわからない。きちんと調べとけでもあるが、それでも、海外先進国では意外なほど大衆薬の比率が高いように思える。
こうした大衆薬の市場で最近までニュースの連発だったのはCOX-2選択的阻害というジャンルのもので、安全な鎮痛剤として、米国では発表時期がバイアグラと同じだったこともあり、それと同じくらい人気だったが、日本国内では規制もありしょぼく、大衆薬市場には影響を与えなかった。COX-2選択的阻害は大腸癌などの抑制にも関わっていると見られておりそうした研究が進められているなかで、副作用が発見された。副作用、つまり利用者にとってもナイマス要因がどれほど高いのかは、冷静にリスク判断してもよさそうなものだが、私の見た印象だが、製薬会社の情報隠蔽などと相まって米国などでは社会ヒステリー的な様相にもなった。別の言い方をすれば、ヒドロコドンなどの鎮痛剤の悪用とともに米国というのはそこまで鎮痛社会なのかとも思うし、日本ではそうした側面がただ隠蔽されているだけかもしれない。
![]() クスリ社会を生きる エッセンシャル・ドラッグ の時代 |
COX-2選択的阻害薬もそれほど人類に重要なのかというと、低容量アスピリンで足りるのではないかとも思える。ということだったが、昨日心臓発作抑制と血液凝固阻害のリスクバランスの点では低容量アスピリンにはそれほどメリットがないというニュースもあった。事態を総合的に見ればそうでもあるのだろうが、各事例と処方ではやはり有効なのではないか。そういえば米国では癌発生を促進するとして大騒ぎした女性のホルモン補充療法も結局は落ち着くところに落ち着きつつある。要はリスク・テークのバランスの問題でもあるし、やや不可解なのだが、日本人はある種の健康リスクから免れている不思議な国民のようでもある(特に乳癌の率が低い)。
話が個々に移りそうなので大筋に戻すと、新薬開発は市場的には意味を持つだろうが、依然飢餓レベルの大量の人口を抱える現代世界にとってそれほど意味のあることなのか、そのあたりをどう考えていいのかよくわからない。WHOでは、基本的な医療に用いる基本薬をエッセンシャル・ドラッグとして三百種程度にまとめている。これにビタミンA投与の体勢があれば、世界の人々のかなり数が救済できる。
反面、エイズなどは、おそらくエッセンシャル・ドラッグでは対応できないだろうし、まさに巨大製薬企業が作り出した新薬に希望を繋ぐことになる。その場合の、新薬の市場メリットであるライセンスがどうなるかということは、インドのコピー薬との関連もあって、けっこう国際的には話題になった。このあたりの話題は日本にはないとは言わないが、あまり見かけないし、通時的に追跡しているジャーナリズムも存在していないような印象も受ける。
エイズは現状では国際的には恐ろしい広がりを見せているのだが、私は今でも覚えているのだが、大学生の時、Newsweek(当然英語版)の、金魚鉢を眺めている写真が表紙の号で、エイズという奇病があるよ、という、なんというかネタかぁみたいな話だった。四半世紀前か。それでも昨日のように思うのだが、奇病かと思っていたものが人類の危機にもなった。
![]() 世界の エッセンシャルドラッグ 必須医薬品 |
こんなことを言うと電波系のようだが、難病というのは将来の人類の問題を先駆しているかある種の本質に関わるのだろうとも思うので、やはりその研究は進めてもらいたい。それを世界全体のありかたのなかでどうバランスしていくのか。
話のオチとしては、新薬開発はグルーバル市場の原理だけではうまくいかないだろうが、国家・国際市場の補助というわけでもなかろう。むずかしいものだが、それでも、先進国での大衆薬のあり方にはある種の抑制的な制御は必要かもしれないな、と思う。
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コメント
スタチン系製剤ですが
メバロチンなどは効きませんが
山之内のリピトールは良く効きます
家族性高コレステロールでしたが
400から200に下がりました
これは遺伝的に肝臓でのコレステロール
形成が進むために、これを阻害する
機能があるので、非常に意味のある薬です
週刊朝日のような一般雑誌のレベルで
まともな議論を期待することは出来ません
投稿: 通行人 | 2005.06.11 01:43
依然製薬メイカーに勤務していましたが、
カシンペック病の治療薬を開発して発売
しました。
年間売上が500万円程度で、商売以前の
商品ですが厚生省から要請があったとか
なかったとか。
営業は、「社会のためだから」とか言って
ました。
製薬業はそういう意味で一番働きがいが
ある業種でした。
投稿: ラスク | 2005.06.11 15:14
週刊朝日の議論はきわめてまともですよ。家族性高コレステロール血症の話をしているわけではないんですから。そこはわけて考えなければいけません。
「コレステロールが下がるかどうか」を問題にしているわけではないのです。そりゃ下がります。そうではなく、「コレステロールが下がったらどうなのか」という点を問題にしているわけですから。簡単に言うと、一般的な人であれば、100人以上にスタチンを投与すると、1年後の心筋梗塞が1人減るくらいの効果です。99人以上の方にとっては、飲んでも飲まなくても心筋梗塞はおこるときはおこるし、おこらないときはおこらないということです。効果はそれ以下とする報告も多いです。家族性高脂血症のかたであればそれは効果ははるかにでかいのですが、家族性高脂血症の方にとってよい薬だから普通の高脂血症の人にもよい薬、というわけではないということです。当たり前のことですが、多分そう考えていない医者は多いです。
なぜかメバロチンは欧米の1/4程度までしか投与できず(リポバスにいたっては1/8程度ですが)、リピトールは欧米とほぼ同等の量まで使えるということもおぼえておいたほうがいいかもしれません。アメリカでは、同等のコレステロール降下作用をもつと認識されているはずです。
投稿: Aspirin | 2005.06.11 15:33
以前は「ゾロ(今ぢゃ“じぇねりっく医薬品”とか言うらしいですが)を採用しない」のがウチの病院の社是(?)だったみたいですが,
やはり経営が厳しくなってきて積極的にゾロを採用するようになりました.
薬品名が
互いに似ている物は出来るだけ採用しないように気をつけてはいるらしいですが,しかしミスも起きています.
ゾロなんて大っ嫌いだい
ともかく,製薬会社の合従連衡の激しさは日頃薬を使っているとつとに感じます.と言っても欧米に遅れる事5年~10年の動きですが.
90年代半ば,世界の大手の一つだったタケダの売り上げががた落ちになった頃が,例えばチバガイギーとサンドが合併したりした頃でした.
今頃になって日本の中堅の製薬会社が次々合併してアステラスとかゼファーマとかなってますが果たしてこの先生きのこれるのか?
何だかまとまりが無くなって済みません.
投稿: ネオ筑摩屋松坊堂 | 2005.06.11 16:35
製薬会社社員です。
放談とご自分で書いていらっしゃるとおり
基本的な事実関係に間違いがポロポロと…
投稿: (anonymous) | 2005.06.11 20:30
遺伝的な高コレステロールが無い場合
例えば、210が260くらいであった場合
それが有意に心筋梗塞発症の原因になる
のでしょうか?
心筋梗塞発症の機序は医者で説明されるほど単純なものではなく、少なくとも心筋の
神経伝達の異常とか、LDLの血管内膜
への潜り込みの機序とか、あるいは、
実際に、血液の滞留が起き始めてから
血管閉塞に至るまで最低でも
30から40程度の遺伝子の活動が
開始されて初めて起こるものだと
思います
基本的に、コレステロール合成の
異常が無い場合、薬剤の投与が
意味があるかどうかは、町医者レベルの
理解ではとうてい考えられない
複雑なものだと思っています
ただし、遺伝的欠陥を持っているものから
すれば、市場が大きく新しい薬剤が
開発されることは結構なことだというのが
事実です
それから、リポバス、メバロチンに比べれも
リピトールは圧倒的な効果を私には
持っていました
「同程度の効き目」と言っても服用する
主体自体が別個の生物なので、その種の
効き目比較は、患者自身にとっては
なんの意味も無いことです
投稿: 通行人 | 2005.06.12 00:34
>家族性高コレステロール血症の話をしているわけではないんですから
家族性と言ってもヘテロですので両親とも高コレステロール血症ではありません
さて、それでは遺伝的に証明されて
いなくても高コレステロールになりやすい
体質というのは存在しないんでしょうか
週刊朝日が家族性を前提にしていなくても
家族性であることが不明である場合
あるいは、本人の体質でコレステロールを
必要以上に合成する場合はいかがでしょうか
週刊朝日では、この厳密な定義をしているんですか(笑)
投稿: 通行人 | 2005.06.12 01:23
家族性高脂血症の方にとってよい薬だから普通の高脂血症
家族性であるかどうかは
親が高コレステロール血症である
診断を受けている場合だと思いますが
本人の遺伝子分析で家族性高コレステロール血症であることが診断できるのでしょうか
名称的にも、そのような症状名ではないですね
投稿: | 2005.06.12 01:27
常染色体劣性の家族性高コレステロール血症ですか・・・スカンジナビア、トルコ、インドにそのような家系があるという報告を確かに知っていますが、ついに日本でも発見されたのですね。どこの学会に発表されたのだろう。寡聞にして知りませんでした。専門分野なのに情けない・・・っておい!
で、メバロチンはちゃんと40mgつかって効かなかったわけなんですか?リポバス80mg使ったわけですか?もしそうならごめんなさい。
投稿: Aspirin | 2005.06.12 12:56
「両親共に高コレステロール血症」ではなく
片方がと言うことで常染色体優性遺伝性です
専門家の方に、誤解を与えたようで申し訳ありません。自分の命がかかっていることとはいえ、お医者様にに誤解を与えたことを申し訳なく思っています。発現率500人に一人ですので、ありふれていて、お医者様の関心は引きません。(情けない)
リポバス、メバロチン限界まで出していると主治医が言っていました。
クエストランも使用致しました
ロレルコも使用しています
「ちゃんと」という意味がよくわからないのですが、限界量まで飲むと言うことが「ちゃんと」ということでしょうか。リピトールは30mg飲んでいます。これは「ちゃんと」飲んでいると言うことになりますか
それと食事は一日1000カロリーで、脂質はほとんどとらない食事をしています
卵は、この10年見たことがありません
メバロチンやリポバスで大丈夫なのなら
是非、そうおっしゃってください
医者を変えます
投稿: 通行人 | 2005.06.12 22:59
いやいや。
メバロチン・リポバスは、(ゾロも出てきて)安いのに、日本の保険では大量に投与できないのです。アメリカと同じくらいの量は出せないのです。だからリピトールを使わざるを得ないのです(リピトールもアメリカでは80mgまで使えるのですが)。わたしももちろんリピトールを使います。誰かが製薬会社と癒着しているのかもしれません。日本ではよくあることです。薬に関する日本の医療の構造は、国が国内製薬会社に利益誘導し、医者はそんな製薬会社におべっかを使われてばかみたいに偉そうな顔をする。そして損をするのは患者さんなのです。
リピトール30mgはちゃんとした投与量です、家族性高コレステロール血症に対してのみ認められている量です(最高40mgです)。1000kcalがどうかというのは体格しだいです。
わたしは、スタチン登場以前の家族性高コレステロール血症のかたがたが、ひどい食事に耐え、LDLアフェレーシスをなんども行いながら、心筋梗塞を起こし、足が壊疽し、ついには亡くなっていく姿をみています。それが180度以上も変化したのはスタチンの最大の功績であることを知っています。ですからリピトールを飲み続けてください。間違いありません。
私の書き方が悪かったです。ちなみに
>遺伝的な高コレステロールが無い場合
>例えば、210が260くらいであった場合
>それが有意に心筋梗塞発症の原因になる
>のでしょうか?
それこそ週刊朝日の視点です。
投稿: Aspirin | 2005.06.13 18:10
大変ありがとうございます
私の感じた違和感を整理すると、次のようになると思います。
メバロチン、リポバスの大量投与が出来ないために、患者が死ぬとすれば、それは「殺人的」行為です
「健康」な患者にメバロチンを投与して気休めをして儲けるのは「おままごと」「お医者さんごっこ」です
ジャーナリズムとして考えた場合
報道の優先度は「殺人的」行為をやめさせることであり、気楽に記事に出来る「お医者さんごっこ」批判は、その後に、すればよいと思います。
SK製薬のボロもうけがあったからYN製薬が本気になったのであり、YN製薬のおかげで命が助かった身としては、動機はともあれ、そのきっかけになった、SK製薬のボロもうけ、さらにはお医者さんたちの「おままごと」を批判する気になれないのです。
投稿: 通行人 | 2005.06.14 00:29
通行人さんのおっしゃることはまったくそのとおりです(ちなみにリピトールは山之内がつくったのではなく国内で販売権をもってるだけです。国産スタチンはメバロチンとリバロだけ)。
ただ、そのおままごとがあまり行き過ぎて医療財政を逼迫し、本当に必要なことができなくなるかもしれない・・・ということですね。今まさにその瀬戸際のような感じです。
投稿: Aspirin | 2005.06.15 19:57
Aspirinさん、週刊朝日の視点は全く的外れだと思いますよ。
週刊誌は個々の人に有益な情報を流すものでしょう。
「ある薬を投与して何人に投与したら疾病の発生を抑えることができるか。」
週刊朝日はスタチンについて、これが非常に非効率的だと言っている訳です。でもそんなことは国の薬事行政で議論すべきことで、個々の患者や人にとってはどうでも良い事。少しでも血管系のイベントを抑える効果があるかどうかでしょう。
週刊朝日のピントのずれた報道で、スタチンが悪者扱いされたり、それこそ効率が悪いと保健薬からはずされたりしたら、被害を蒙るのは国民ですよ。
更に、「女性には不要」とのキャンペーンをむきになって張っていますが、立派な有効とのデータが出ている男性についてはだんまりを決め込んでいます。
朝日新聞の偏向体質そのものですね。
投稿: 勤務医 | 2006.04.30 14:54