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2005.05.24

政治とブログとその公共的な性格について

 ブログ自体を話題にするのはできるだけ控えたいと思うのだが、少し昨今のブログについて触れてみたい。大筋では政治とブログについてだが、話のとば口に、昨日のFujiSankei Business i.”ブログの影響力は限定的、米で調査結果”(参照)を借りる。ま、冒頭を読んで味噌。


「ブログ」と呼ばれる日記スタイルのホームページは政治に影響を与える存在であるかもしれないが、情報や影響という点で新聞やテレビなどの既存メディアに成り代わる存在ではない-。

 これは、米非営利組織ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・プロジェクトがまとめたブログの調査・研究報告で明らかになった。


 前段だけなら、思わず、脊髄反射的に「ふーん」とか言いそうになるのだが、後段を読んで「ありゃま、これは何?」と私は思った。というか、「ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・プロジェクト」という名前を見て、「ヲイヲイなんじゃそれ」と思う人も多いだろう。私もよくやる単純な誤植かもしれないのだが、これは、”Pew Internet & American Life Project”(参照)のことでしょ。ライフ(生命)を落としては大変。
 対応するオリジナル記事は、たぶんこれでしょ。”Release: Innovative Study Suggests Where Blogs Fit into National Politics”(参照)。その冒頭を引用し、比較のためにちょっと私の意訳を添えておく。

NEW YORK, May 16, 2005 - Experimental research from the Pew Internet & American Life Project and BuzzMetrics suggests that political bloggers can make an impact on politics, but they often follow the lead of politicians and journalists.
【意訳】
ニューヨーク、2005年5月16日 ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・ライフ・プロジェクトとバズメトリックスが行った暫定的な調査ではあるが、政治志向のブロガーの意見は確かに現実の政治に影響力を持つものの、政治家やジャーナリストの見解を後追いをしていることもしばしばある、という傾向が伺われた。

 私の意訳は正確な訳ではないが、それでも、FujiSankei Business i.の該当記事と違った印象を持つのではないだろうか。つまり、「情報や影響という点で新聞やテレビなどの既存メディアに成り代わる存在ではない」という主張はどこから出てきたのかよくわからない。なお、詳細なレポート(参照・PDF)も公開されているのが、やはりそう読めるものだろうか疑問に思う。
 些細なことにこだわっているようだが、ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・ライフ・プロジェクトとバズメトリックスのこの調査の主眼は、ブログが市民の政治意識・活動にどのような影響を与えるかということであって、新聞やテレビなどの既存メディアと対立の枠組みではない。むしろブログが既存政治の道具となるのか、あるいは、どのように具体的な政治に意味を持つのか、それが問題意識なっている。
 この点、つまり政治ブログというのはどうよ、と。
 極東ブログも政治ブログの分類に見られることもあり、以前日本のブログ界の情勢マップではそうした位置づけだったかと思う。そのおり、私の記憶違いかもしれないが、ブロガーの切込隊長さんから、極東ブログが政治ブログの最右翼っては笑っちゃうね、みたく指摘されたことがあった。彼一流の「けなす技術」かもしれないが、おそらく彼は彼なり実際に政治活動に関与したことがあり、政治のブログならその政治的な立場を明確にし、具体的な結果が得られるようにあるべきだとその時点で政治ブログのあり方を考えたのではないか、という印象をもった。
 その頃アメリカでのブログは、ちょうど大統領選挙前ということもあり、そうしたあり方(政治の道具としての政治ブログ)のほうが通例でもあった。が、その後は、先の「けなす技術」を私も読んだのだが、切込隊長さんのブログ観も、どちらかというと、市民の政治意識の底上げが重要かもしれないというふうにシフトしているようには思えた。
 民主主義社会では、言論が直接政治的なパワーとなりうるものだし、まさにアメリカのモデルで考えれば、政治的な成果を求めることが最優先にあって、それゆえにブログなどもそのためのツールとなりうる。もともと、既存のペーパー・ベースのジャーナリズムでもそういう傾向はあるのだが、今回の調査では、インターネットの特徴から、そのあたりの単純なスキーマの変化が注視されたようには見える。
 この点については、FujiSankei Business i.の記事でもきちんと拾われている。

 それによると、主宰者だけでなく、だれでもコメントを書き込むことができ、他のブログとの接続も容易で瞬時に情報収集・発信ができるブログは「意見交換や討論を形成する場」としてふさわしい特徴を持っていると指摘した。

 このコメントは広義にトラックバックを含めていいだろう。確かに、政治的な意味でのブログというは、「意見交換や討論を形成する場」として重要になってくる。
 というあたりで、多少問題の視点が変わる。
 極東ブログを続けながら、私の側でスタンスが少しずつ変わる点がある。私については、このブログで正論や、知的にレベルの高い意見を述べる必要はない(できもしないが)、と思いつつある。
 そうではなく、ある問題について私はこう思うという発言と、こう思った私の思いをきざんでおく、という二点が重要だと考えるようになった。この二点がブログに満たされれば、ある種の問題に関心のある人が、自由に距離を置いて接することが可能になるのではないか。
 もう少し話を進める。ブログというのは(一部論外は除くとして)、当然そのエントリには著者がいるわけでその著作権は守られてしかるべきだが、かなり公共財的な意味があると思うようになった。特に、RSS情報については公共財に近いと見ていいだろうし、すでに国内ではニュース標題の著作権はないとされていることもあるが、しいて言えば、要約(description)までも公共財ではないかと思う。
 そして、ブログの公共財的な性格について、二つ思うことがある。
 一つは、すでに一部ブロガーでは話題になっているのだが、ライブドアが、先行したエキサイトのブログニュースのようなものを六月から実施するらしい、という話に関連する。いわゆる著名ブロガーの方には掲載許諾についてライブドアからお誘いメールが先週時点であったらしいのだが、極東ブログにはなかった。このブログはそれほどメジャーなブログでもないだろうし、いろいろな選があってもしかるべきだし、そもそも論で言うと、エキサイトのブログニュースと同様に所詮RSSを受信して並べるだけとなるので、RSSは一種の公共財と考えれば、「ご自由にどうぞ」という性質の物でもある。
 ただ率直なところ、極東ブログが選落ちしたのはなぜかとは考えた。1つはレベルが低すぎと見なされた。これはしかたないでしょ。2つめは嫌われた。けっこうライブドアには厳しい評を投げてきたからな、と。そして、3つめは、ライブドアという商品的な性格を持つメディアにこのブログが合っていないということだった。
 エキサイトのブログニュース(参照)の、特にランキングを見てもわかるが、上位は基本的に小ネタとエンタテイメント・ネタである。時に時事的なキワモノネタも上がり、そうしたとき、なんかの偶然のように極東ブログのエントリが上位にすることがある。総じて言えば、ネタとタイトルの妙と、一日のエントリ数で上位は決定するようになっている。
 これではブログの世界の実情というのがうまく伝えられていないか、あるいは曲解されるかなと私は懸念していたし、ある時点から、このランキングには関心を持たなくなったのだが、考えてみれば、こうした小ネタやエンタテイメント・ネタこそが、エキサイトというポータルの商品価値である。
 同様に、ライブドアもなんらかの商品価値の志向があり、そこから極東ブログが排除されたのだろうとも思った。この関連で言うなら、ブログ単位ではなくエントリ単位でグールグル・アドセンスもけっこう厳格に選別をしている。
 仮にこうした傾向をブログの囲い込みなりとして見ると、商品化の枠組みで考えられる。が、RSSを公共財として見るなら、それらは近未来に各人のRSSリーダーに組み込まれるだけのことなので、単に過渡的な問題にはすぎないだろう。
 もう一点は、ブログがそういう公共財的な性格を持つなら、広告(スパム)やあまり低次元な嫌がらせコメントやトラックバックというのも、公共性への侵害のようにも思えてくることだ。その辺りが当面、ブログの課題になっていくのかもしれない。
 しいてもう一点言えば、ピュー・インターネット・アンド・アメリカン・ライフ・プロジェクトとバズメトリックスの調査が暗示するように、政治家や既存ジャーナリストの追従者の系列に近いのだろうが、カリスマ・ブロガーとかがあればそれがある種の危険性を持ちうるだろう。が、それこそが、まさにブログの公共的な性格によって緩和されるものではないか。いわゆるスマート・モブというのは、携帯電話メールのレベルでは起きえるが、ブログの成熟はその抑制に働くのではないか。
 と、話は以上なのだが、このエントリにはちょっとお笑いのオチがある。ライブドアからお誘いのメールが来てしまったのである。finalventさん、落ち込んでるょという支援の声もあったらしい。ありがたい。お受けします、理屈は、いらんでしょ。

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「ネット」カテゴリの記事

コメント

あの時の切込隊長の発言は正しくリベラルであろうfinalvent氏が最右翼にあるというその言葉がお笑いってだけだと思いましたが。。。。(隊長と同じ厨房としての解釈)

投稿: 通りすがり | 2005.05.24 12:07

ブログは、社交術であったり外交術でもあったりするかも。

情報の手渡しに近いバケツリレー的にながしつつ、一極集中的な大型BBSに人と情報を集めることとは違って。

ブログの匿名といっても、URLは唯一なのだから、その情報のパーソナルはあるわけだし。そこは、掲示板でのIP特定とも違って。

ま、昔なら、やたらとお見合いの写真を持ち込むようなオバちゃんがブログか?

投稿: noneko | 2005.05.24 12:26

オジャマシテイマス。

政治的な云々は、まぁ、さておき、「ある問題について私はこう思うという発言と、こう思った私の思いをきざんでおく、という二点が重要だと考えるようになった」…、コレって本質ですよね。ダレが答を出せるワケでもないし、どの答が正解なワケでもないし、ダレだってジブンの意見持ってるし。

好きなヒトが書いたのを、好きに読む。ただそれだけこのコト。アタシ的にはそれがコンビニエントにできる環境が整ったことが嬉しかったりします。

weBlogは距離を隔てた井戸端会議みたいなもんだと思ってたりするワケで。TBからソースへ、コメントからソースへとnonekoさんがおっしゃるように、バケツリレー的に糸を結んで行くのが面白かったりして。

ネットワーク化されたスピーカーズ・コーナーみたいなもんですかね。

投稿: Nagarazoku | 2005.05.24 12:42

そういえばこのクオリティーで書けば読者がどうのこうの・・・・とか書いてる時がありましたよね。まぁ、ほとんどわっかんねー話だなぁと思ってましたけど

私は今の方が好きですよ。

投稿: kurogane | 2005.05.24 14:28

大元になる情報提供という意味では信憑性がやはりあれなんで既存メディアは残るでしょうけど
サイレントマジョリティーが自分の考え感覚を確認する場としてはネットは最適な場かなーと
そういう意味で打撃を受けるのはプロ評論家?なのかな

投稿: しそ | 2005.05.24 14:39

既存メディアに個性があって、いいたいことを口幅ったくなく書いている国では(政府の情報操作が全く無いという意味ではナシ)、かえってブログはあんまり流行らないものかも。記事に対して読者からの反応も早いし。が、日本にはブログの必要性はありと感じています。。ブログ記事の成熟度は気になるけど、真剣に考察が加えられているものには好感を持ちます。ブロガーさんにもよるみたいですけど、読者の姿はみえないんだけど、意外に成熟しているもの。ゆめゆめ「おばかさん」などとは思わない方がいいかも。

投稿: むぎ | 2005.05.24 16:46

(補足)
お笑い、H、グロ(酷くないもの。あ、それはグロとはいわない、か)も必要と思います。タブロイド的な読み物がブログにあってもあたりまえなのだし。あまりに堅すぎて読者があくびしてそうな時は、胸チラ、パンチラ、面白そうなゴシップあると目がさめるし、ね♪

投稿: むぎ | 2005.05.24 16:52

>そういう意味で打撃を受けるのはプロ評論家?なのかな
 ブログで表明される意見って、文芸春秋などの月刊誌に載ってるものと趣が近いな~、と感じています。
 そう考えると、むぎさんの言われるとおりかなぁと、傍からみると思います。

投稿: ひろ | 2005.05.24 21:37

カリスマブロガーの登場とその抑制については、システムというよりは人の生理に基づいて左右される要因のように感じます。だから、抑制を指向するとしたらそういった領域も含みこんで枠組みをセットしておけるかという問題のような。
逆にいえば、広告やアイドル的なもの、または政治的なものとして意図的にカリスマを創るという動きも出てくるんでしょう。多分。

投稿: 睡蓮 | 2005.05.25 00:16

近頃は、極東部ブログがとりあげる話題についていくだけの気力がうせていました。
だけど、小泉首相の靖国神社参拝は信条という発言で目が覚めました。
たぶん信条だろうとは思っていたけれど、本人がそう断言して、国民をどこに道連れにしようというのか。
この話題をやっている別のブログに行って書くべきなんでしょうけれど、
いつもチェックしているのはここだけだし。
ブログは「思いをきざむ」場所という位置づけに共感します。
もし、政治ブログが何かを動かすなら、あるいは歯止めになるなら、すすんで参加します。また、他にもこういう手段があるよ、というアドバイスがあれば、いただけないでしょうか。

投稿: じゃがりこ | 2005.06.03 01:25

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