はづかしきもの、色このむ男の心の内
雑談。初夏っぽい季節になった。混雑もしていない電車に乗ると、ものうげな人々の表情が面白い。女性の白い肌も目立つ。徒然草に言うように、「九米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、まことに、手足・はだへなどのきよらに、肥え、あぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし」と思うだけなら、害もなき中年男の常ゆえ、免罪とされたい。男の心を指して「人の心は愚かなるものかな」とは今も変わらぬ正確な批評。「世の人の心惑はす事、色欲には如かず」ということであろう。男の心内恥ずべきと言われれば、なるほどなとも思う。が、その一線を越えてはならぬもの。
そういえば、五月十一日の日本経済新聞コラム春秋はこう切り出していた(参照)。
「はづかしきもの 色このむ男の心の内」。『枕草子』で清少納言はそういっている。込み入った空間で見ず知らずの男女が共に過ごすのは一筋縄では行かない。満員の通勤電車の中で作法を誤れば痴漢の冤罪(えんざい)を着せられる時代である。
遅ればせながら、今週から関東の大手私鉄や地下鉄でも朝夕のラッシュ時に女性専用車両が導入された。「逆差別」といった批判もないわけではないが、男性の側からも誤解やぬれぎぬをなくすためには歓迎という声が多い。「色このむ男」の心を前提とすれば、男女のすみ分けは車内平和へ一つの選択肢だろう。
一読して首をかしげた。
枕草子 |
もちろん、古典の言い回しというのは、時代時代によって解釈が変わってきてもしかたがないものだが、はっきりと「『枕草子』で清少納言はそういっている」と書く上は、その古典を踏まえないと、恥ずかしい。
枕草子REMIX 酒井順子 |
「色このむ男」の意味も当時はどちらかというと「恋愛が趣味っていう男」ということだから、桃尻訳は参照していないが、まとめると、「恋愛が趣味っていう男の本心を知ると、ちょっと引くわよね」ということだろう。
実際、原典は、こうなっている。
はづかしきもの 色好む男の心の内。いざとき夜居の僧。みそか盗人の、さるべきものの隈々にゐて見るらむをば、誰かは知る。くらきまぎれに、ふところに物などひき入るる人もあらむかし。そはしもおなじ心に、をかしとや思ふらむ。
夜居の僧は、いとはづかしきものなり。わかき人々集まりゐて、人の上をいひわらひ、そしりにくみもするを、つくづくと聞き集むらむ、心のうちはづかし。
古文は読みづらいが、それでも、まずこの文章は、「夜居の僧は、いとはづかしきもの」と続くことをおさえておかないといけない。
意味はこんな感じだ。
気後れするものいえば、男の本心とか、目ざとい夜勤の僧侶だ。こそ泥も物陰に隠れていても見えなければわからない。そんなふうに、深夜の暗闇に紛れて、ちょいとものを懐中へとくすねたりする人がいる。そんな気分も人によっては面白半分なのだろう。
夜勤の僧侶というは、気が引けるものだ。深夜、若い女たちが集まって、こっそり上司の悪口を言い合っているのに、この夜勤の僧侶ったら、それをじっと聞いているのだ。それってないじゃない、ばれたらばつが悪いったらありゃしない。
つまり、相手の本心とかばれると、こっちのほうがばつが悪いというのが「はずかしきもの」なのである。
さらに。
男は、うたて思ふさまならず、もどかしう、心づきなきことなどありと見れど、さしむかひたるほどは、うちすかして思はぬことをもいひ頼むるこそ、はづかしきわざなれ。
意味はこんな感じ。
男は、好きな女に対して、「こいつわがままで思い通りにならないし、いらつくし、気にくわねーんだよ」と内心思っているのに、実際に会っているときは、女をだましているつもりなのか、心にもないこと言って、ちやほやするから、ついその気になるじゃない。わかっていたら、引くわよ。
ということ。男に対して言う、ガセピアの沼の「嘘つき」にも近い。
桃尻語訳 枕草子 |
と、他人を評すれば同じ評をこちらも受けることになるので、それはそのくらいで終えるのだが、春秋のこのコラムが言いたいことは、普通の男性でも、混雑し接触することもある電車の中では男女が一緒にいないほうがいいだろう、ということ。それはそうかもしれない。
ピーター・ グリーナウェイの 枕草子 |
今日、電車のなかで私が見かけた女性の多くもけっこうだらしなかった。すでに驚きもしないが化粧している人もいた。大股を開いている女性が少なからぬというか、閉じている女性のほうが少なく思えたのは、私の感性が古いのだろうけど、ちょっと驚きだった。
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コメント
finalventさま
日経新聞のコラム『春秋』は、ときどきとんでもない文章が載ることがありますね。
勝手ながら小生が『春秋』をネタに書いたコラムをトラバさせていただきました。
投稿: tsujita | 2005.05.19 16:03
はづかしながらTB送らせていただきますた。
投稿: ooh | 2005.05.19 18:48
ワタシの家は高校のそばで、40年ほど女生徒の姿を見続けてきたわけですが、ここ10年くらい、今頃の季節から、セーラー服のスカートのプリーツを手でつまんで裾を吊り上げて往来歩く娘が増えました。というか年々増えてますね。
最初は運動部の連中が部活終わって帰る夕暮れ時にしか見なかったけど、今では明るいうちに下校する帰宅部の連中もやってます。つーか、朝、通勤サラリーマンとすれ違う登校時にやってる香具師も最近では良く見ます。
よほどオマタが蒸れるんでしょう。つーかオマエら性病持ちじゃないだろーな。
投稿: ■□ Neon □■ | 2005.05.19 21:27
聞こうか聞くまいか、かなり迷いましたが聞いてしまいます(笑)。
>■□ Neon □■さん、
1)>セーラー服のスカートのプリーツを手でつまんで裾を吊り上げて往来歩く娘
というのはどういう姿を想像すればよいのでしょうか?
2)>香具師
ってどういう人、というか意味ですか?
よろしくお願いしますm(__)m
投稿: むぎ | 2005.05.19 22:53
フレンチカンカンの、スカートの裾つまんで煽るのがありますが、よーするにあれを気だるくやってるような。
香具師ってのはヤツ=>ヤシ=>香具師
投稿: ■□ Neon □■ | 2005.05.20 00:50
あー、むしろロングスカートの裾を濡らさないよう、水溜りを越えるときに持ち上げる感じと言ったほうが判りやすいかも。それを膝上丈のスカートでやるわけですな。
投稿: ■□ Neon □■ | 2005.05.20 00:55
>■□ Neon □■ さん、
ご説明ありがとうございます。そういう動作が流行っているのですね。。かわいさのアピールなのでしょうけど、なんかきわど。。。
読み方と意味もthanksでした。
(全然違いますが、お仕事遅くまで大変ですね。たしか、フリーランスでしたっけ。お互いがんばりましょ♪)
投稿: むぎ | 2005.05.20 02:39
こんな感じですか?>>■□ Neon □■さん
ttp://shitachichi.com/php/seifuku/html/23221.html
投稿: Cyberbob:-) | 2005.05.20 06:11
>Cyberbob:-)さん、
はじめまして。
リンク先につながらないのですが。。。
投稿: むぎ | 2005.05.20 13:16
>Cyberbob:-)様
>むぎ様
こちら(FireFox)からは、普通に見る事が可能です。
これをはしたなく取るか否かが、おっさんの分かれ道と言うんだろうな。まー、往来をこれで歩くのはさすがに・・・ね。男の子と一緒に歩く時にやる人は殆ど居ないので、かわいさとは別次元だと思う。
投稿: (anonymous) | 2005.05.20 18:35
>↑のななしさんへ
私もFireFoxなのですが、alertメッセージが出てやっぱり見れないのですよ。。
でもお話の内容から「まさか!?」というイデタチになっているわけですね。かわいさとは違うというご指摘でなんとなくピンときました。
投稿: むぎ | 2005.05.20 22:23
>桃尻訳は参照していない
参照して欲しいのは橋本信者たる所以。というわけで長文失礼。
/* 引用開始 */
第百十九段
人を落ちこませるもん。
男の胸ン中。
すぐ目を覚ます夜居の坊さん。
(中略)
男はさァ、「あーやだ、気に入らねェなァ。じれったいし、その気になれねェとこなんかあるぜェ」って見てても、向かい合ってる女をおだてて、本気にさせるっていうのがさァ、ホント、すっごく落ちこませるわよね。ま・し・てよ、やさしくて感じよくって知名度の高いのなんかはさ、「月並ね」って思わせるようにも扱わないからね。
(中略)
あたし達にとって、”恥ずかしい”っていうのはそういうもんね。あなた達にとって"恥ずかしい"っていうのはさ、エエカッコして気取ってた自分が、気取ってるまんま足引っかけられて真っ赤になっちゃうことみたいだけど、あたし達にとって”恥ずかしい”っていうことは、落っこっちゃうことなのね。あなた達の”恥ずかしい”は、宙ぶらりんのまんまでモジモジ……なんだろうけど、あたし達って正直だからさ、気取りのつっかい棒取られたら、それはそのまんま”落ちこむ”の。普段の自分達が宙ぶらりんだって自覚はどっかにあるからさ、「恥ずかしい……」ってことになったら、即、落っこちんのよ。日本の文化って"恥の文化"だってよく言うけどさ、その恥っていうのも、結構変わっちゃったと思わない?ところで、どういう根拠で、あなた達はただの”モジモジ……”ですんじゃうほど確固としてる訳?教えてくんない?)
/* 引用以上 */(引用者註:「確固としてる」に傍点あり)
色を好む男の人に対する女の人のやるせなさにもふれることで、枕草子の引用が生かされるのだと思います。
女の不作法は女性専用車両と重なりつつ別問題ではないですか?昔の井戸端会議とかどうだったのでしょうね。
投稿: mori | 2005.05.20 23:11
Cyberbob:-) さん
えー、後ろじゃなくて前ですね。押さえるのではなくて吊りあげる。
絵に書いてどっかにアップしようかと思ったらタブレットのペンがどっかにいって見つからない。
投稿: ■□ Neon □■ | 2005.05.21 03:43
「はづかし」を「油断ならない」と訳した『すらすら読める枕草子』(犬はびょうと鳴くで有名な山口仲美)も面白いですよ。男心は油断できないわよ、って訳されるとぴったりって感じがします。
「気がおけない」と同意語ですから辞書的にもOKかと。
投稿: tomochan2002 | 2008.08.14 19:45