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2005.05.15

沖縄本土復帰記念日

 今日は沖縄本土復帰記念日だが何十周年という節目でもないせいか、大手新聞でも社説で触れるところがなかった。社説執筆者が単に失念していただけのことかもしれないし、こんなのネタにならないよ、と見なされたのかもしれない。どっちだろうか。私も、なぜかこの話題に今日触れたいとも思わないのだが、昨日の琉球新報の記事を読んでしばし天を仰いだ。
 記事は”「核密約」遺書でわびる 密使として関与の故・若泉敬氏”(参照)だ。標題を見て推測がつく人も多いだろう。


 著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」の中で沖縄返還交渉において、自らが佐藤栄作首相=当時=の密使として核持ち込み密約にかかわったことを告白した元京都産業大学教授・若泉敬氏(1996年死去=享年66歳)の遺書の写しがこのほど、関係者の手により明らかになった。遺書は1994年6月23日の日付で、県民と、当時の大田昌秀県知事(現参院議員)あて。この中では、核持ち込み密約にかかわった自らの責任を悔い「歴史に対して負っている私の重い『結果責任』を取り、国立戦没者墓苑において自裁(自決)します」と記されている。

 「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(参照)を書き終えた若泉敬が強く自決の意思を持っていたことは、彼に関心を持つ人なら知っていたことであるので、それほど驚きでもない。と言いたいところだが、「嘆願状」と題された十行便箋五枚という遺文は公開されていないしその予定もないのかもしれないが、その引用部だけ見ても、私には鉛のようなものが胸にずしんと来る。三島由紀夫の死は文学者だということでいろいろ語られるが、私の浅学のせいもあるだろうが、若泉敬の自決をそれに比して論じたものを読んだことはない。もちろん、結果的に若泉敬は自決はしなかったし、そのありかたは三島由紀夫とは違うものだと論じることはできる。しかし、本質は同じだ。昭和の日制定で浮かれて立っている、昨日の産経新聞社説”昭和の日 話し合いたい歴史の誇り”(参照)や読売新聞社説”昭和の日 歴史を語り継ぐ日としたい」 ”(参照)は私には耐え難い醜悪さを感じるし、その耐え難さの全容に深く関わった人間には自決もあるだろうと思う。
 なぜ今この事実が確認されるのか。もちろん、今日の本土復帰記念日の、日本国での意義の薄れようも背景になるだろうが、これまでおそらく秘してきた大田昌秀元沖縄県知事(現参院議員)の思いも気になる。だが、この件については記事では次のようにあっさりと説明されている。

 若泉氏の同墓苑参拝に立ち会うなど、92年から亡くなる直前まで取材した琉球朝日放送(QAB)報道制作局長の具志堅勝也さん(50)がこのほど、同氏の弁護士から遺書の写しを入手した。具志堅さんは「いつも沖縄のことを気に掛けている人だった。本土復帰は良かったのかと質問を受けたこともある。密約は県民にとってありがたい話ではないが、歴史の裏に隠された真実を知ってほしい」と話した。

 沖縄に深く関わった人間なら、これでとりあえず得心がいくだろう。というのは具志堅勝也さんは若泉敬の生前から密着取材と言っていいほど深くこの問題に関わり、ドキュメンタリー作成や記事も執筆されてきた人だからだ。その仕事は明確に若泉敬の意思を伝えるものだった。
 私は、その取材によって公開されたものだと思うが、衝撃的な一枚の写真を見た。若泉敬は後年、戦没者遺骨収集に精力的に関わったがそのおりの写真だ。沖縄で暮らしてみるとわかるが、遺骨収集は現在も継続されており沖縄県民の有志が地味に継続的に参加している。写真は数点あり、遺骨収集をする若泉敬の写真なのだが、私がショックで記憶が歪んでいるのかもしれないが、その一枚で、若泉敬は白装束で骨箱を抱き、遺骨を口に咥えていたように記憶する。こういうことは公開に書いていけないのかもしれないのでぼかすが、私は若泉敬の精神はすでに異常なのではないかとまず思い、そして恥じた。そういえば、三島由紀夫の自決の際も佐藤栄作は同種のことをさらりと口にした。しかし、この狂気こそが正気なのかもしれない。当時イザヤ・ベンダサンは三島の檄文が理路整然としたのもであることを淡々と説明してみせた。小林秀雄はじっとその正気に耐えていた。大著「本居宣長」がその遺文から起こされていることはその結実でもあっただろう。
 結果として若泉敬は墓苑での自決を思いとどまり、その二年後膵臓癌で死去した。史学的には若泉敬の著述は歴史の事実と見なされるだろう。
 そのことはつまり、米軍は、沖縄に現存する核兵器の貯蔵地をいつでも使用できる状態に維持し、さらに有事が想定される際は、日本政府と名目的な事前協議はするだろうが、核兵器を沖縄に再び持ち込めるとしたということだ。私は嘉手納基地を通り過ぎるたびにここに核兵器がまどろんでいるのだろうかと思った。いや、もう撤去されているという沖縄によくある”極秘”情報を酒席で聞いたこともあるが。
 もちろん、密約の存在をキッシンジャーは言下に否定した。日本の外務省もこの秘密を公開する気はない。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

朝日新聞が本日の第三社会面を一面使って、
本問題と絡む72年の「外務省機密漏洩事件」
の特集をしていますよ。
他の新聞はしていないみたいですね…。

紙面において琉球大の我部教授がこう
コメントしています。

「密約は00年と02年の公文書で
裏付けられた。…(政府は)この
協定が孕む最大の爆弾が破裂
することを恐れている。爆弾とは
「核の再持ち込み」の密約です」

この辺のことに関しては深入りする
力も度胸もなく、恐れているだけですが、
諸外国の闇が深いように、日本の闇も
また深いですね…。

投稿: kagami | 2005.05.15 11:54

>諸外国の闇が深いように、日本の闇もまた深いですね…
ほんとですね、kagamiさん。世の中にどれほどの密約があるのか想像するといやになっちゃいます。。。国連が正常に機能してくれれば、なんて考えるのも空しい。

長年に渡って軍縮・核廃絶の思想(政治色抜き、人道平和の立場から!)を広げている人たちはすごいなあと思います。

投稿: むぎ | 2005.05.15 17:36

あ、書き忘れました。
finalventさんのこういう(内容の)文章にいろいろ考えさせられます。胃が重たくなるけど、人間と世の中と政治と力と運命について。

投稿: むぎ | 2005.05.15 17:51

>むぎさん
「外務省機密漏洩事件」は
スパイ的諸因の関連も疑われた
事件なので何が正しいとかは
一概には云えない(見えない)のですが、
本事件の最大の要因は、
マスコミが事件を矮小なスキャンダル化して
大衆を感情的に情報操作し、
事件を闇に葬ったと云うのが
ありますね。我々にとって一番大切なのは、
物事の判断においてマスコミに操られず
感情的に流されないことだと思いますね…

その点でマスコミの情報操作から一線を
画した視点を持っている極東ブログさん
のような存在は、我々にとってとても
大切なものだと思っています。

投稿: kagami | 2005.05.15 21:50

>kagamiさん、
>本事件の最大の要因は、マスコミが事件を矮小なスキャンダル化して大衆を感情的に情報操作し
意図的に、なのでしょうね。。読むべきを読み、調べるものは時間を惜しまず調べる、という姿勢が読む側にとって一番大事だと実感します。極東ブログさんのようなブログの存在、ほんとに大切ですね。私も同意します。

お返事ありがとうございました。

投稿: むぎ | 2005.05.15 22:56

沖縄では馬鹿どもが天皇反対のプラカードと共に基地を包囲していた。
毎度思うのだが、こういう日に、内々の活動家(革マル)を集めて、一般県民からは無視される抗議活動を展開している地元政党関係者や政治家、学識者の無能さを、同じ沖縄の学識者として恥じ入る。
他にやれる事があるだろう、自分の地位を生かして考えるべき事があるだろう、そこに及ばず、政治家や学者が革マルに混じってデモをやっている姿ほど、滑稽なものは無い。
もっと県民に目を向けて、本質的な解決に繋がる活動をせよと言いたい。
前出の我部先生はデモに参加する暇があったら、多くの政治家に会い、文献を漁り、多数の人に語りかけようとするぞ。
彼は伊達に玉袋が見えるゆるゆる短パンでうろついている訳ではないのだ。

投稿: くれふ | 2005.05.16 04:38

こんにちは、
http://suyap.exblog.jp/5770035/
に記事のリンクと琉球新報記事の一部を引用の引用させていただきました。

投稿: suyap | 2007.06.21 23:38

昨夜「沖縄密約訴訟で原告全面勝訴」を知って、早速この事件の背景などを調べたのですが、過去に起こった事件の事実関係はみつかっても、その背景の「人」や歴史的な観点などは、ここを除いては皆無でした。

私が極東ブログの読者になった頃、バックナンバーを辿っては読みあさっていた時にもここが気になっていました。今回も再度こちらの記事に触れて、目頭が熱くなる思いでした。

こうしてここに書いて残っていることで、私のようにいつかきっとまた誰かの目に止まることでしょう。沖縄返還が本当の意味で返還されるのはいつになるのかと、人に「終りではない」というメッセージが伝わることが大きな意味だと思います。

投稿: godmother | 2010.04.10 11:29

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