[書評]海のサムライたち(白石一郎)
散人先生のブログの今日の出来事に「3/16 三浦按針が日本に漂着 (1600)……当時は外国人でも国家公務員になれた」(参照)とあり、そして、こう結ばれている。
結局彼は故国には帰れず日本で一生を送ります。しかし、景色がよくって気候が温暖な三浦半島に自分の領地をもらって、新鮮なお魚とアシタバと大根を食べて、彼は幸せだったんじゃないでしょうか。
そうであったのかもしれない。人間の幸不幸というのは、外側からは見えないものである。ただ、三浦按針という人間にはその数奇な運命からいろいろ人に問いかけるものはあるだろうし、また日本人の歴史に問いかけるものも多い。
後に三浦按針と名乗ることになったウイリアム・アダムス(William Adams)は、オランダ船リーフデ号で漂流し、慶長五(1600)年三月十六日(もちろん旧暦)、臼杵湾に辿り着いた。当初百十人の乗員が、二年の漂流で生き残ったのは二四人。日本の地を見て息絶えた者が三人。歩ける者は六人。アダムスはその一人だった。ちなみに、もう一人、似た運命を辿ることになるのがオランダ人ヤン・ヨーステン(Jan Joosten)。彼が居を構えていたことから八重洲の地名ができる(地下街にさらし首みたいな彫像がある)。
![]() 海のサムライたち 文春文庫 |
![]() 海の サムライたち |
が、この事態に日本人は驚いた。特段に関心を持ったのは家康であった。堺から迎えの船を仕立てた。英国人アダムスの身分は低いものだったが、12歳から造船に携わっていたこともあり、天文学や幾何学にも精通していた。リーフデ号でも航海長を務めていた。
家康はアダムスが気に入った。家康が海外の知識に飢えていたということもあるだろうし、聡く海外の反目の状況を読んでいたのかもしれない。西洋の造船技術は当時の日本にとっては最大の情報でもあっただろう。「海のサムライたち」を書いた白石一郎は、その側面を強調する。が、私は、それ以上に家康という人間とアダムスには相通じ合うものがあったように思える。二人ともある種の頑固な武人気質でありながら激することのない実務家でもある。
アダムスには英国に妻を残しており、多くの書簡を送った。返信はなかったのかもしれない。家康はアダムスを直臣とし厚遇し、馬込勘解由の娘を娶らせた。雪という名前であったようだ。家康は彼を三浦按針と名乗らせたが、この名前は、いわゆる近代人の名前ではなく、林屋正蔵のように襲名されるものであり、アダムスにはこの名を継いだ息子(ジョセフ)もいた。が、その系譜は今日わかっていない。
慶長十四(1609)年、アダムスの故国英国の艦隊クローブ号が平戸に到着し、アダムスはその艦隊の若き司令官セーリスと会談するが、二人の関係は悪かった。アダムスはすでに見捨てられた人間でもあったのだろう。このときのアダムスは四九歳。羽織袴に髷を結っていたのではないか。
散人先生は「新鮮なお魚とアシタバと大根を食べて、彼は幸せだったんじゃないでしょうか」と察しているが、この後、アダムスはジャンク船を買い入れ、タイなどの交易事業にも乗り出す。自力で帰還する金が欲しかったのかもしれないし、その金で英国の名誉を買いたかったのかもしれない。が、こうした事業はバックアップしてくれた家康の死ともに潰え、平戸で五六歳の生涯を終える。墓は平戸にある。戒名は「寿量満院現瑞居士」とのこと。
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コメント
どんなに良いところで、美味しいもの食べていても、例え、帰れないという現実を受け入れてはいたにしろ、やはり、按針さんは故国に帰りたかったんじゃないでしょうか・・・。英国に残してきた妻に送った書簡は、妻に届いていたのでしょうか。届いていたとしたら、何故返信がなかったのでしょうか。この記事を読んでいて、いろいろ想像が膨らみました。
投稿: カズ姫 | 2005.03.16 12:42
横須賀市内に「安針塚」という京浜急行の駅があります。
その名の通り(字変わってますけど)三浦按針とその妻を弔った塚と公園があり、この時期はたぶん梅や桜が見頃だったと思います。
まぁ、三浦按針が見ていた景色とはもうだいぶ違っていると思いますが、物思いに耽るには絶好のロケーションでしたよ。
横須賀市の方でもいろいろ企てはあるもよう。
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/sightseeing/index.html
投稿: シャイロック | 2005.03.16 12:54