非常にタッチーな問題なので書くに尻込みしそうだが、この問題に言及せずしてなんでブログをしている意味があるのだろうと思う。とはいえ一般的な話題でもないし、まして日本のブログに向いた話題でもない。
話は、カナダ居住のホロコースト否定論者エルンスト・ツンデル(Ernst Zündel)が国外追放となり、ホロコースト否定を法で禁止するドイツに"送還"された、ということ。送還にクオート・アンクオート(参照)としたのは、適切な表現ではないかもという米人がよくやる含みだ。なお、その後、彼はドイツに到着し、逮捕された。
私が最初このニュースを知ったのは昨日のサロン・コムのトップニュース欄だった。まだ追放前、そして逮捕前ではあった。とりあえず「はてなブックマーク」した(参照・会員制)。ニュースはAP系で"Canada set to deport Holocaust denier"というタイトルだった。同ニュースは他でも読める。
Feb. 28, 2005 | Toronto -- Canadian authorities prepared to deport Holocaust denier Ernst Zundel back to his native Germany, and authorities there said Monday he faces arrest on charges of inciting racial hatred on his return.
Zundel, author of "The Hitler We Loved and Why," has been held in a Toronto jail for two years while authorities determined whether he posed a security risk to Canadian society.
Federal Court Justice Pierre Blais ruled Friday that Zundel's activities were a threat to national security and "the international community of nations."
Zundel's attorney, Peter Lindsay, said his client would not appeal and was expected to be deported as early as Tuesday.
ある意味でよくまとまっている。ある意味というのは、米人向けということだ。これをさらっと読めば、カナダに逃れていたヒットラー礼賛の危険な極右ドイツ人が本国に送還されるということになる。そう来たか。
気になって、Googleを当たってみたのだが、米国での主要なニュースソースではあまり触れていない。ニューヨークタイムズやワシントンポストでも触れてないように見える。そう来たか。
代わりに当事者であるカナダでは話題になっていることがGoogleからわかった。すると…と思って、カナダ在のSoredaさんのブログ"セカンド・カップ はてな店"(
参照)を覗くと、予想したとおり、この話題に触れていた。言葉を借りるのだが、「ちょっとこう、なかなか言いづらい話ではあるのだが…」という感じに共感する。翌日のエントリ(
参照)にも関連の有益なコメントがある。特に、ツンデルがドイツ系カナダ人ではないという点だ。
さて、これはいったいどういう問題なのだろう? APのニュースを聞いて、「うんだ、うんだ、じゃ、ベコっ子の様子見てくべ」といった普通の米人の態度でいいのか。っていうか、そういう普通の米人はこのニュースさえ知らないかもしれない。ということは周辺的なことだ。まして日本での報道はゼロかもしれない。
この問題の根幹は、あまりはっきり言うのも躊躇うものがあるが、私は「ツンデルは思想犯だ」ということだと思う。思想によって処罰をされるということが先進国であり得るという恐怖の事件だ、と。
しかし、米国知識人や日本のいわゆるリベラルは、こう考えているのではないだろうか。つまり、「ツンデルの思想というのは、ヒットラー礼賛でホロコースト否定という思想である。いくら思想とはいえ、こうした思想とそれを広めようとする思想活動は犯罪である」と。
そこまで”リベラル”ではないにせよ、10年前の、1995年1月のマルコポーロ廃刊事件を思い出すだろう(
参照)。そして、「ああ、これはアレやコレと同じ、触らぬ神に祟りなし系だね、じゃ、健やかにスルーで決まり!」っていう結論に至る。私も、そうだ。断固してツンデルの主張の内容についてはスルーに決め込ませていただく。骨の髄までヘタレであるので、そこのところよろしく。
というわけで、ホロコースト否定だの歴史修正主義といった話題には触れたくもない。というか、そこは豪快に括弧に入れさせていただく。
問題は、繰り返すが、現代の先進諸国において思想犯罪なんてものがあっていいのか?ある種の思想というのは制限されるものなのか?ということだけである。
私は、いかなる思想であれ、思想犯という考えは論外ではないかというふうに、か弱く思う。それって人権の基本ではないかと、か弱く思う。朝日新聞が今朝の社説で説くように「さまざまな分野での人権侵害を見すごさぬよう改めて心したい」(
参照)という意見に、小さく賛同する。
が、そうではないという視点もある。というか、ツンデル、英語読みではアーネスト・ズンデルだが、世界通信情報サミットとかいうサイトの「ネチズンの登場と新しい 民主主義社会―ネットワーク社会問題解決への世界協調」(
参照)でこう触れられているのが参考になるかもしれない。話題は「ネットワークと人権」ということらしい。
高木さんが差別問題に関する事例を挙げておられますが、その他の事例をということですので、以前の知識の蓄積で恐縮ですがふたつの事例をご紹介してみます。
ひとつはネット上のhate propagandaの問題です。欧米ではそこそこ有名な事例なのでご存じの方もおられるでしょうが、ドイツ系カナダ人のアーネスト・ズンデルという人がやっているhorocaust denialのホームページです。「ホロコーストは存在しなかった」という主張をネット上でも行っているのですが、カナダの刑法ではhate propagandaは刑事罰の対象であり、サイトを立ち上げることが禁じられたため、「表現の自由」が無制限のアメリカのサイトで「表現の自由」を行使しているのです。
カナダは憲法で「表現の自由は法律の下に制限される」ことになっていますし、アメリカは憲法で「表現の自由は制限されない」ことになっていますので、両国の対応とも論理的には正しいものであると思われます。
それでは日本はどうかというと、「ホロコーストはなかった」という論文を掲載しただけで雑誌が廃刊に追い込まれてしまう。表現の自由を擁護すべきマスコミやジャーナリストや知識人がこぞって自らの首を締めてしまうという状況は全く非論理的なんですよね。論理的ではないので、欧米人にはこのような日本の状況を説明するのは誠に困難です。論理的な説明を可能とする最も好ましい方法は、表現の自由の規制を法律で明確に定めることであろうかと考えます。
逆に、表現の自由を無制限に認めるという立場に立つのであれば、例え見解に反対の場合であってもその見解を制限すべきではない。他の人権保護との競合があったとしても、その見解の発表の機会を制限をすることは許されないと考えなければならないでしょう。アメリカはこの点で徹底しています。徹底しているからこそ、反論のし甲斐があろうというものです :-)
ちなみに、最近のカナダのシンクタンクの調査では、インターネット上のhate siteは既に千を超えている状況であるということですが、カナダのISPは自主規制しているので、ごく一部の州を除いてはhate siteは存在しない。ところがアメリカは無制限の表現の自由があるのでhate siteの巣窟になっている、というのが調査結果として報告されています。
というように、ツンデルについては、10年ほど前、インターネットの規制ということで話題になった人でもあった。
で、このコメントだが、大筋はこれでもいいのだが、実はある意味で重要な点で錯誤がある。「ドイツ系カナダ人のアーネスト・ズンデル」という読みは別として、Soredaさんがコーションを出していたように、彼はドイツ系カナダ人ではないのだ。しかも、このあたりがあまりも絶妙な味を醸し出していて絶句してしまうのだが、関連して、"セカンド・カップ はてな店"(
参照)を引用したい。
カナダ人だったら追放にはならんのですよ。40年ぐらいカナダにすんでるけど彼は市民権取得を拒否されていた、だからドイツ人ママ。でもって取得を拒否された後アメリカに行ったんだが、アメリカは彼をオーバーステイでカナダに戻しています。
で、2年間の独房収監を経てこのたび原国籍であるドイツに追放deportした、と。
Soredaさんがおっしゃるように、この事態、なんと言っていいのか言葉に窮するのだが、ツンデルは40年以上もカナダで暮らしていてカナダの市民権取得が拒否されていた。
それがツンデルの思想活動の背景にあるのかわからないが、アメリカに一時移動しネットで活動するものの、米国は微罪で彼をカナダに放り出す。米国はこの問題に手を汚したくないという真性ヘタレという点で私のお仲間なのである。っていうか、大人って汚なすぎる、なにが人権だよ、国籍が先行してんじゃんと、言いたい気持ちをヘタレの私はぐっと抑える。洒落はさておき、つまり、ツンデル送還の問題には、この人権と国籍の問題も絡んでいるのだ。この件について、人権擁護派さんたちがなんていうのか聞いてみたいが、ヘタレか、あるいは、思想犯ってもありぃってことになるのだろうか。
9.11で俄に日本で有名になったチョムスキー御大はそうではない。"Thoughts on Zundel"(
参照)でBrian O'Connorはこう指摘する。
I can't help thinking about an incident in the early 1980s when Noam Chomsky defended holocaust denier Robert Faurisson's right to free speech and took much heat for it by folks who couldn't perceive the difference between defending someone's right to speak and defending the substance of what they say. After being attacked from all sides he wrote a brilliant response titled "His right to say it". Part of it I've included below.
Let's continue to fight to abolish this undemocratic security certificate but lets also acknowledge that its net is wide - and will certainly widen with time - and we mustn't pick and choose which of its victims to defend. They are all victims of the same injustice. They are all being denied the right to a fair trial, the right to be free of arbitrary detention, the right to see the evidence against them and to face their accusers in open court.
[BEGIN QUOTE] Faurisson's conclusions are diametrically opposed to views I hold and have frequently expressed in print (for example, in my book Peace in the Middle East?, where I describe the holocaust as "the most fantastic outburst of collective insanity in human history").
But it is elementary that freedom of expression (including academic freedom) is not to be restricted to views of which one approves, and that it is precisely in the case of views that are almost universally despised and condemned that this right must be most vigorously defended. It is easy enough to defend those who need no defense or to join in unanimous (and often justified) condemnation of a violation of civil rights by some official enemy.[...]
It seems to me something of a scandal that it is even necessary to debate these issues two centuries after Voltaire defended the right of free expression for views he detested. It is a poor service to the memory of the victims of the holocaust to adopt a central doctrine of their murderers. [END QUOTE]
同サイトにはブッシュ叩きで有名なジョン・カミンスキ(John Kaminski)の言葉もある。
"Ernst Zundel is our barometer of freedom, and that forecast is dreadfully stormy as his hope for freedom wanes. Held for 18 months in solitary confinement in kangaroo-court Canada without charges and without the ability to defend himself, he faces imminent deportation to Germany where he will likely never leave prison again..."
ツンデルというのは私たちの自由のバロメーターなのだと私も思う。
先のBrian O'Connorも"If it can happen to him, it can happen to you. Or me.(こんなことが彼に起きるなら、同じことがあなたに起こりうる。もちろん私にも)"と言う。そうだよね。
いかなる思想であれ、思想によって人が裁かれるっていうのは恐いことだ、おー恐い。
今朝のロイター"Canada deports Holocaust denier to Germany"(
参照)では、昨日のAPよりニュースに陰翳が出てきている。ここではツンデルにこう語らせている。
Zundel never backed down from his views and said it was libelous to brand him a hate-monger.
"I've made my contribution to this country. I've paid my taxes," he told reporters in 1998.
"How dare you tell me what I can say and I cannot say? ... Canada has become an absolutely Stalinist, repressive, censorship-happy society, if you are a dissident."
この見解は私はまともだと思う。
日本では、ツンデルについて、「ツンデルだって、穴熊? あれって、UFO論者のリアル・●チガイでしょ」といったふうに見る意見がある。例えば、"町山智浩アメリカ日記"の"「華氏911」でいちばん怖い場面"にこうコメントがある(
参照)。長いが基本的なインフォも含まれているので引用したい。
# TomoMachi 『やっぱりカナダのズンデル! だと思った! このズンデルがどういう男なのか、今すぐ本屋に行ってと学会編「トンデモ本の世界」の第一集を読んでください。この本は私が編集した本ですが累計で30万部超えたベストセラーなので、ズンデルがどういうバカなのか少なくとも30万人は知っています。この本を読んだ後でもズンデルを信じ続けられますか? ちなみに落合信彦の本についての箇所です。ズンデルの爆笑事実が書いてありますよ。だってこいつ、北極には大きな穴があってそこから地球の内部に入れると信じていて、地球の内側にはナチの残党が住んでいて、UFOはそのナチの秘密兵器だと信じてるんだよ! しかも地球の中のナチ国に行く資金を集めようとカギ十字マークのフリスビーを通信販売してるんだ! だからちゃんとしたネオナチ(どんなだ)はズンデルだけはバカにしてます。こんなバカに味方されたくないって。そりゃそうだ。UFOやら地球空洞説信じてフリスビー売ってるひきこもりの中年ナチマニアじゃ、カッコいいナチのイメージが汚れちゃうもんね!』
# TomoMachi 『で、ズンデル以外に何かネタ元はないの?』
# avon 『私はツンデル個人がどういう人物かというのは知りません。ですのでその本はぜひ読んでみたいと思います。ご教示ありがとうございます。資料の例として挙げたのは比較的近年に行われた裁判で、ニュルンベルグ裁判よりはずっと公正な状況で行われたからです。仮にツンデル本人がバカチンだったとしても、最終的に無罪判決を勝ち取ったわけですから、ツンデルがバカ=ツンデル裁判も無意味・無価値とは言えないと思うのですが。』
# TomoMachi 『ズンデルは正しいから無罪になったのではなくその言論自体が社会的に無意味で無価値だとみなされたからです。ただの引きこもり実質無職負け犬中年の妄想だからね。落合の本でも有名になったからズンデルというのは読書家からも、それにナチマニアの間でも失笑ネタでしかないんだよ。ネオナチだってよほどのバカでない限りズンデルのこと言われると怒るよ。あんな負け犬引きこもり妄想オタク中年と一緒にするな!って。ていうか、はっきり言うけどドイツの歴史云々偉そうにいいながらズンデルの地球空洞説も落合信彦本も知らないなんてユダヤ人問題について偉そうに大人に対して反論する資格がケツの毛ほどもない。勉強して出直して来い! 特にナチ・マニアの人たちはそう言うと思うよ。もしかして中学生ですか? だったらしょうがないと思うけど。』
# avon 『学が無いのはその通りなので認めます。この件に関する町山さんのスタンスはわかりましたので、とりあえずはその本を探してみます。』
# TomoMachi 『ズンデルって本当にどこの町にも一人はいる電波系のオジサンにすぎないんだよ。いるでしょ、自分の家の周りに気が狂ったようなビラを貼ってるババアとか。そんな負け犬引きこもりの無意味で無価値で一銭の得にもならないことにこだわる前に、まず社会的に必要とされる一般常識から身につけて自分の生活を救ったほうがいいよ。ユダヤは殺されてないと主張しても別にいいけど、きっと誰にも相手にされないし、たぶん彼女もできないし(だってそんなこと主張してる奴ってキモくね?)、会社の上司からも嫌がられるし、友達もできないし、どんどん自分の一生を惨めにしていくだけだよ。ドイツの人がかわいそう? 君ドイツ語もできないしドイツ人の知り合いもいないから関係ないじゃん! そういう研究したいならしてもいいけど、まず高校行って就職するほうがいいんじゃないの? まずドイツ人より君が幸せになるために。』
# TomoMachi 『要するに一般に共有されてない知識にこだわると孤独になり、一般に共有された認識をまず身につけると社会的にも経済的にも向上するということ。それをやってからヘンなことにこだわればいいの。』
まず誤解から自分の身を守る意識が先行するのがヘタレの悲しいサガだが、私はこの町山智浩氏の意見に反対ではない。批判もしてない。というか、「ズンデルって本当にどこの町にも一人はいる電波系のオジサンにすぎないんだよ。」で終わりとできるならそれでよかったとすら思っている。
今回の事件は、別の言い方をすれば、「電波系のオジサン」を思想犯にしてしまったということだ。だから、そんなことがあっていいのか、という問題でもあるのだ。
しかも、今回の事態はドイツ側の報道で私にはよくわかったのだが、カナダ政府のテロ対策の一環としての活動なのだ。すでに触れた話のカブリも多いが、Die Weltの翻訳を引用する(
参照・オリジナル)。
That today 65jaehrige lived since 1958 in Canada and is particularly as a publisher of right-extremist writings admits become. Among other things he sent the appearing irregular "Germania circular away", which contains anti-Semitic theses. He had striven several times in vain for the naturalization in Canada. 2003 it had tried to receive the American nationality however from the US authorities to Canada had been pushed away. Since then it had been arrested on basis of a new Canadian anti-terror law in Toronto.
つまり、カナダではテロとの戦いが思想犯の根拠になっているのだ。なんてことなんだろう。