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2005.02.10

日本人ヤコブ病患者のこと

 社会不安をかきたてたい意図はまるでないし、最初におことわりしておくけど、日本のヤコブ病の状況が危険だ、というほど重要な話ではない。ただ、先日4日に発表された日本人ヤコブ病患者のニュースでなんとなく心にひっかかっていることがあるので書いてみたい。
 というのも、今週の週刊文春をめくっていたら"「狂牛病感染源が日本」だったらどうなる? 椎名玲 ついに日本人ヤコブ病患者発生"という記事があって気になった。なんというか、私の感じからすると「ま、普通そう考えるよね」と思っていたのだが、この記事を見るまで、世間とかネットをざっと見回すにあまり「普通」でもないようだし、危機を騒ぎ立てるほどのことでもないので、そんなものかと思っていた。
 文春の記事は飛ばしネタかなと思ってざっと読んでみた。総じて言うと飛ばしネタです。でも、ふーんと思うことがあった。例の一ヶ月英国滞在の話の信憑性に疑問を投げている点だ。


 しかし、そもそも本当に一ヶ月間、英国滞在していたのかが疑問なのだ。厚労省は亡くなった男性が英国にいたという確実な証拠をまだ何一つ掴んでいないという。ある政府関係者が衝撃の事実を話す。

 衝撃は笑劇の誤字かもしれないけど、こういうことらしい。まず、事実関係で重要なのは、情報の伝達は1月31日だったのかもしれない点。この点は、この問題を扱ったNHK「あすを読む」でもそんな印象を受けた。いずれにせよ、ヤコブ病の委員会から厚労省に報告が出された。

 知らせを受けた関係者が最も懸念したのは、狂牛病患者が出たことによる国産牛乳肉の風評被害。それを食い止めるために英国で感染したことにしようという運びになったのです。

 ほんとかねと思うが、記事によると、この英国渡航歴は、患者の七十歳を越えた父親からの聞き取り調査だけらしい。
 実は、そうなんじゃないかと私も思っていた。というのは、4日のニュース発表のトーンが変だったからだ。どう変かというと、例えば共同"国内初の変異型ヤコブ病 男性死亡、英国感染が有力"(参照)ではこう。まず、標題のようにその情報が有力というだけのこと。

昨年12月に死亡した50代の男性で、主治医の報告によると、牛のBSEが大流行していた1989年に英国に1カ月間滞在したという。
 確定診断した同省疾病対策部会CJD等委員会委員長の北本哲之・東北大医学部教授は記者会見で「ヨーロッパ以外の変異型の患者は全員、英国滞在歴があり、この患者も英国で感染した可能性が有力」と話した。

 時期が曖昧なのは渡航記録から確認されたわけではないことを意味しているのだろう。記事を見るとわかるように、結果からトラックバックしてできた話の印象も受ける。
 そのあと、患者についてのさらなる調査が必要だとも言われたが、一応、この患者が献血などしてないかという文脈に置かれた。
 その後、どうなのだろうか。渡航は確認されたのだろうか。すでに確認済みなら、この仮説はそれなりに重みがあるにはある。追記(2005.3.7):パスポートで渡英の確認ができたとの報道あり。
 記事にも触れているが、ヨーロッパ以外の変異型ヤコブ病の患者は全員英国滞在歴があるものの、一ヶ月滞在で感染した例はない。もちろん、ヤコブ病の感染は、実験的な類推では滞在期間によるのではなく、危険部位の摂取にあるとは言える。でも、この日本の厚労省の発表を聞いて、欧米の学者は眉をしかめたのではないかと思う。ただ、その様子の報道は欧米圏からはわからなかった。そんなことはなかったということかもしれない。
 文春の記事では、青山学院大学福岡伸一教授のコメントにつなげて、日本でも全頭検査開始前の牛が摂取されていた可能性を示唆している。
 で、ここで私としては、ちょっと苦笑してしまうのだが、私は全頭検査にはまるで意味がないと考えている。理由は食品の安全性については、特異な新知見でもない限り、欧米のスタンダードは科学的に妥当だから。全頭検査は無意味ということは、最近、ようやく日本でも広まりつつあると思うが、どうなのだろうか。
 変異型ヤコブ病の感染を防ぐには、危険部位の除去のほうが重要で、この点では、欧米のスタンダードとしてピッシング(pithing)が禁止が推奨されているはずだが、日本ではこの間も継続しているはずだ。現状はどうなのか、ちょっと調べてみたいが、なんで調べるのとか逆に疑われそうで恐い。
 今回のニュースに関して、実態がニュースからよくわからないのだが、先に触れたNHK「あすを読む」の話では、当たり前といえば当たり前だが、変異型ヤコブ病の認定は患者の死後解剖が元になっているらしい。生存時の状態では、年齢に比して診断して疑われるというくらいなことのようだ。実際、そういうことなのだろうとは思う。診断は非常に難しいと見ていいのだろう。
 真相はどうかなのだが、今後、変異型ヤコブ病患者が数名出てくるのようなら国内感染が疑わしいということになるだろう。潜伏期間は10年ほどなので、あと数年状況を見守っていくべきかなと思う。

追記(同日)
 ちょっと気になるインフォがあったので、追記。
"ピッシングしていると畜場はいくつ?厚労省・農水省のデータは評価に耐えるのか"(参照


訂正及び追記(12月10日):常々情報を頂いている方から、ピッシングを行っている施設の数についてご指摘を頂いた。上の記事で「11月16日の2回目の会合では、ピッシングをしているのは161施設中49施設と説明された」としたのは、この会合の議事録で「牛を処理すると畜場161 施設中、ピッシング中の施設が49・・・」と書かれていたためであるが、これは「牛を処理すると畜場161 施設中、ピッシング中止の施設が49 」の間違いだろうということである。前後関係からすると、確かにそのようだ。従って、12月6日の会合時に示されたピッシング中止施設45(160-115)と大きくは違わない。ただし、中止を「指導」しているというのに、中止施設が減っている(ピッシングをしている施設が増えている)のは理解できない。指導に逆らい、と畜場のやり方が実際に変わったのか(中止していたのに再開したのか)、それともアンケート用紙のどこに○をつけるかが気まぐれで変わったのか。どっちにしても、リスク評価の材料にするには不確実性が残る。

追記(2005.3.7)
 その後、同患者の英国滞在はパスポートで確認されたとの共同報道があった。
"英国滞在中の感染有力に 変異型ヤコブ病で専門委"(参照


 2月に確認された国内初の変異型のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)患者について、厚生労働省の厚生科学審議会CJD等委員会は7日、会合を開き、牛海綿状脳症(BSE)発生国の英国に滞在していた1990年に感染した可能性が有力と判断した。
 厚労省によると、患者の男性は90年前半に24日間、英国に滞在していたことがパスポートで確認された。滞在中に変異型CJDの原因となり得る種類の牛肉を食べていたことも分かった。

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「時事」カテゴリの記事

コメント

この件で判っている事は厚労省は国内牛肉関係者の不安を英国滞在経験者に丸投げしたという事ですね。日本は安全、危ないのは英国なんだってば〜と。事実作戦成功、牛肉は普通に売られ平静が保たれている。文春の記事が週刊誌ネタとしか思われていない。素晴らしき日本社会。

投稿: hasenka | 2005.02.10 12:05

異常プリオンは筋肉組織にも蓄積されると言う話がかなり前からてますね。

http://www.sasayama.or.jp/jouhou/jouhou031107.htm
http://www.asyura2.com/0403/gm10/msg/448.html

投稿: ■□ Neon □■ | 2005.02.10 13:15

むしろほりえもんタイフーンで吹き飛んだ。「男性はすでに死亡」もうそ臭い。
一ヶ月程度の牛肉摂取で発症するとしたらそれはそれで刺激的だとおもいますがねぇ。

投稿: 鹿内 | 2005.02.10 13:54

こういう情報操作でもって、国内発の発症情報を押さえ込めなくなった時、これまでになされた外国産牛肉に対するネガティブキャンペーンが、国内産牛肉に対して奏功することになると思われます。天に唾するの喩えのように。

投稿: synonymous | 2005.02.10 14:59

2001年10月の段階で厚生労働省はピッシングについて「中止が望ましい」としています。また兵庫県においては8箇所有る解体場のうち3箇所ではピッシング自体行っていなかったようです。

投稿: (anonymous) | 2005.02.10 16:55

>欧米のスタンダードは科学的に妥当だから。

これには頷けない。ヒトへのBSE感染は不明確な点が多い。現時点ではまだ科学的と言えるスタンダードなど立てようが無い。全頭検査+危険部位除去で行くべきです。危険は多段階で排除すべきだ。

投稿: (anonymous) | 2005.02.10 19:10

”国産牛”がヤバいのは理解できますが、松坂牛とか神戸牛のような、
有名銘柄の”和牛”はどうなんでしょう?
日本でBSEが発覚した牛はすべて"国産牛“です。
”和牛”にはもともと肉骨粉のような動物性の飼料を与えてはいないようですし、
有名銘柄の”和牛”であれば、ピッシングのように、ブランド価値を下げかねないような行程を踏むとは思えませんし。

まあ、牛肉なんかは信頼できる店なんかで買った方がいいでしょうね。
リスクを避けるのであれば、米国産とか日本産とかいうより、安物に注意せよ、と言ったところでしょうか。

投稿: 中村泰造 | 2005.02.10 20:43

こんにちは、

英国滞在期間が明確でないことは、厚生労働省の発表で既に指摘されています。
(厚生労働省緊急情報 05.02.04掲載)

いずれにしろ、1例の事象を取り上げて因果関係を考えること自体にそもそも無理がありますよね。まずはVentersの昔の論文(BMJ 2001;323:858-861)の Criteria to assess causality でも復習して考え直したほうがいいかもしれません。

さーて、明日は久しぶりに吉野家に行こうかな。

投稿: 龍蛇蟄 | 2005.02.10 22:19

こんばんは。
英国の人口6000万に対して2004年初期の段階でvCJD患者が147人でした(別の説もあり)。2002年末の段階で129人でしたので,1年間に18人新たに見つかったことになります。ちなみに古典的CJDは500人強報告されているそうです。BSEに関しては単発的な発症は世界中で昔から報告されており,日本でも古くから症状としては知られております。あと,2002年の報告ですが,イタリアでの患者は英国滞在歴が確認されていないとか。
乱暴なことを承知で言うと,BSEとvCJDの関係は英国での壮大な実験の結果(失礼),牛を食べることによってCJDに感染する確率は非常に小さく,今のところ他に有力な要因が無いため第一候補に挙がっていると考えております。ここではそういう話をしているんじゃない,とは思いますが,皆さんはどう思われているのでしょう。ちょっと気になってます。
まあ個人的には,米国の肉牛生産は国際的に環境大問題なので,牛肉消費量が減少することには大賛成なのですけど。

投稿: TRICKSTAR | 2005.02.11 01:05

今回の件に関しては、発表の内容に関して穿った見方をすることが得策であるとはあまり思えません。残念ながら、日本の現状を見るに国内感染の可能性をことさらに述べることは余計なパニックとわけのわからない非科学的対応を招きかねないと思います(幸いにしてニュース性に乏しかったせいか今回の件はあまり反響を呼ばなかったようですが)。この患者の渡英歴が明確に否定されない限り、普通の判断基準を持っていれば英国での感染の可能性の方が国内感染より確率が高いと考えるでしょう。またその判断が与えるインパクトを考えると相当可能性が高くない限り国内感染については言及できるものでもないでしょう。ピッシングの件に関してはあまり詳しく知らないのですが、どうもと畜場の労働環境自体が問題のようですね。単に禁止を推奨しても駄目のような気がします(最後の報告書の揚げ足取りの記事はどうかと思いますが)。

投稿: kh0705 | 2005.02.11 05:29

前も貼っておきましたけど、念のためまた改めて。

BSE: As a matter of fact
http://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/bsefacts.html

最近更新してくれないなあ池田先生。

投稿: さいもん | 2005.02.11 14:39

BSE&食と感染症 つぶやきブログ
ttp://blog.goo.ne.jp/infectionkei2/
笹山掲示板
ttp://www.sasayama.or.jp/saboard/b_board.cgi

BSEの検査や危険部位除去の現状はこれらサイトが詳しいです。

投稿: うし | 2005.02.17 13:43

本当の話です。
私の妻の父は、ヤコブ病で亡くなりました。そのときにわずかな期間入院していた病院で聞いたのですが、「ヤコブ病患者は、実はたくさんいますよ。表には出さないけど」という話でした。
亡くなった妻の父も、焼き肉屋を経営していたので、親類縁者にさえも、ヤコブ病とは公表できませんでした。焼き肉屋の経営に影響するからです。
日本には、たくさん隠れヤコブ病患者がいるようですよ。本当に。

投稿: JJ | 2006.02.16 05:47

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