しりしり
久しぶりに料理の話でも。自分は無趣味な人間だが(笑うなって)、料理は趣味に近い。凝ったことはしない。紹介するのは、簡単な野菜料理だ。沖縄の家庭料理と言ってのだろう。しりしり、だ。専用のスライサー(卸し金)さえあれば簡単にできる。
しりしりは、うちなーぐちで言うと、しりしりー、だろう。本土の言葉風にいうと、すりすり、だろうか。漢字を当てると、擦り擦り、かな。しかし、本土の「すり」が沖縄の「しり」になることはない。むしろ逆に、首里は「すり」に近くなる。しりしりは本土起源ではないのだろう。
しりしりとは、同じく、しりしりと呼ばれるスライサー(卸し金)を使って、固い野菜を、千切りのように細く切り刻むことである。
牧志を朝の十時ごろぶらぶらとしていると、道脇に座ったおばーが、青いパパイヤ(沖縄語では、ぱぱやー)を、丹念にしりしりしているのをよく見かける。そうでなければ、もやしの根切りをしている。沖縄の人は、もやしの根をきちんと取って食べる。え? うちなーんちゅだけどそうしてない? おばーにしかられるやっさ。
おばーの使っている、しりしりスライサーは木製の板に千切りくらいにするカッターの金具がついたものである。沖縄の金物屋とかには売っている(かな)。たいていの沖縄のうちにはある。本土でも探すと、大道芸人のスライサー売り(最近見かけないか)のスライサーセットにも含まれているので、私はそれを使う。本土のはちょっと、しりしりあがりが細くなりすぎるきらいはある。
先日ミューズリー(参照)の話を書いたが、スイスインフォ"健康食品のミューズリを食べましょう"(参照)にしりしりの話があって、驚いた。ヨーロッパでも使っているのか。
米国では1906年、ケロッグ兄弟がコーンフレークを発明。こちらは早速製品化され、今では売上90億ドルを誇る有名食品である。一方、ミューズリーは商品登録もなされず、ビルヒャーは「お金儲けは考えていなかった」とチューリヒ州立大学の医学史のエバーハルト・ヴォルフ氏。「唯一商品登録された彼の考案品は、りんごを擦り卸す金具の板だろう」と、ビジネスにはほとんど無縁に生涯を終えた。卸し金は日本の大根卸しとは違って、目が粗く、りんごは細切れのようになる。
ミューズリの発明者ビルヒャー博士の特許はもう切れているのではないか、というのは冗談だが、なぜこれが沖縄でこんなに普及しているのだろう。アジア域でも使われているはずだが、確認せずまま、このところ旅にも出ていない。
しりしりスライサーは、固い野菜を千切りに擦り卸すためのものだが、これが沖縄で絶対的に必要なのは、まず、パパイヤを食べるせいだ。言うまでもなく、パパイヤは沖縄では野菜だ。青く固いうちに食べる。パパイヤの生えているアジアのどこの国でもそういうものだ。グローバルスタンダードってやつ。だが、本土では通じないので、野菜パパイヤと言うこともある。これに対して、あの甘いやつがフルーツパパイヤ。沖縄人は、種類が違うのだと言う。たしかに、種類は違うのだが、試しに私も庭のパパイヤ(庭にはバナナもあった)が黄色く熟れるまで待って食べてみた。ほの甘い。そんなまずいものじゃない。喰えるよと、おばーに話したら怪訝な顔をされた。余談だが、ごーやー(ニガウリ)も黄色く熟らして喰うと中が赤く甘くなる。これは、昔のウチナーンチュはよく食べたらしい。
で、パパイヤを擦り下ろす。素人にはそう簡単にはできない作業ではある。手を怪我しないように。擦り上がりの形状は金平牛蒡みたいでもある。これをフライパンに油をひいてくたくたになるまで炒める。どういうわけか、沖縄の人は、野菜でもなんでもくたくたになるまで炒めるのが好きなようだ。塩を振る。あらかた炒めあがったら、トゥーナーを入れる。トゥーナーというのは、本土でいうフレークのシーチキンである。トゥーナーの話は深入りしない。さらに炒めて、これで、ぱぱやーしりしりーのできあがり。旨いか? 旨くない。妊婦はこれをたーんと食わされる。お乳の出がよくなるというのである。パパイヤの汁が白く乳に似ているせいもあるのだろうが、消化を助ける働きもあるのだろう。
パパイヤの料理といえば、八重山(やえま)の人の家を訪問したとき、生っぽいパパヤーのしりしりが出てきて驚いたことがある。サラダっぽい感じもある。「生?」と訊くと、湯がいてあるらしい。やえまではそうして食べることもあるそうだ。かかっている醤油の感じも、本島のとは違う。関西の薄口醤油に近い。これは、旨い。……と食っていたら、そうだそうだ、これってソムタムじゃん。タイ料理のあれである。タイからやえまに伝承したのか、この手の食べ物はこの一帯にあるのか、いずれにせよ、ソムタムと類似の食べ物だろう。
野菜パパイヤは東京ではエスニック店などで売っている。雑草のように道脇からもいでこれる沖縄暮らしをしていたせいか、これって買うものか、という意識が先立って、なかなか買うことができない。
やえま風ぱぱやしりしりに近いのは、大根しりしりだろう。大根をしりしりする。しりしりスライサーがなければ、金平牛蒡よろしく千切りにしてもいい。くどいが、しりしりは慣れないと手を怪我しやすいのでご注意。で、できた大根の生のしりしりにトゥーナーを混ぜる(ほとんど条件反射)、そして醤油を掛ける。それだけ。私は、トゥーナーではなく、ポン酢と醤油とカツ節のほうがさっぱりして旨いかなと思う。潰した梅干しと塩であえてもいい。フレンチドレッシングでもいい。なんかハーブとあえてもいい。
本土の人にもお薦めしたいしりしりは、ニンジンしりしりである。ジンジンをしりしりする。油でくたくたになるまで、甘みが出るまで炒める。塩で味付けした溶き卵を掛けて炒め、ふっくらまとめる。卵の量はご自由に。仕上げにバターを使ってもいい。ウチナーンチュは炒り卵もくたくたになるまで炒めて、炒り卵まぶしみたいにしてしまうが、そこまでやるなって。にんじんしりしりは、上手に作れば、子供も喜んで食う(ただ、にんじんきらいな子には臭いを上手に処理する必要はあるだろうが)。三色そぼろのネタにもなる。
もう一品。ジャガイモしりしり。ジャガイモの皮を剥く。包丁でやろうと気取らず、ピーラー使うが吉。これをしりしりする。しりしりしたら水にさらす。さらすこと10分くらいか。このプロセスが必須。そして、水をよく切って、油で炒める。塩とコショウで味を調える。別の作り方もある。最初にガーリックを炒める(参照)。そして味を整える。ベーコンのみじん切りを最初に炒めてもいい…ってそれってハッシュドポテトじゃん。そう、ハッシュドポテトだ。これって戦後沖縄に入ったのだろうか。ハッシュドポテトみたいに重く作らず、軽い感じで作ってマスタードをきかせてもいい。
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コメント
ワタシは、ニンジンをスライサーで細切りにして、野菜炒めに入れる。そうするとキレイに見えるから。
なので、近いうちに、ジャガイモとニンジンのミックスで作ってみよう。
で、アイビキ肉のカレーをかけて食べるというのは、どうじゃ?
投稿: 野猫 | 2005.02.19 10:05
にんじんしりしりー、ウマーですね。しりしりー専用の年季の入ったスライサーを実家からぶんどって大切に使ってます。
味付けはシママースでもよいですが、マジックソルトを使うのも好きです。
じゃがいも系のおかずは、あちらではコンビーフハッシュ(缶)も定番でしょうか。あれも色々使えて便利。
投稿: マカト | 2005.02.19 10:30
>自分は無趣味な人間だが(笑うなって)
あはは、そこはやっぱり笑ってしまいます。
アソシエイト・リストの「沖縄家庭料理」も参考にさせていただいて、まずはにんじんしりしりでも作ってみようかな。
投稿: 左近 | 2005.02.19 10:36
一時期(いまでも)沖縄料理に凝っていてニンジンしりしりも何度か作りました。
ただ私はつい中華料理のつもりで炒めてしまってあのくたっとした甘味の効いた感じにならないんですよね。
そういえば北京料理にもじゃがいもしりしりと似た料理があるのを思い出しました。あそこら辺はいろいろ繋がりがあるようですね。
投稿: エフ | 2005.02.19 15:13
>もやしの根をきちんと取って食べる。
小さい頃は、これを手伝わされるのが面倒で面倒で。フルーツパパイヤは、なんとなく違和感を感じてしまいます。
投稿: ひが | 2005.02.20 06:07