一太郎訴訟、とほほ
毎朝新聞各紙の社説をざっと読むのだが、今朝はちょっと驚いた。朝日新聞を除いて、大手紙がこぞって「一太郎訴訟」を扱っていたからだ。こんなニュース、社説で扱うものだろうかと読み進めて、さらに困惑した。そのあたり以前エンジニアの端っこにいた自分の考えを書いておきたい。なお、社説としては朝日新聞の「スーダン和平」が南北問題とダルフール危機一緒くたにした最低のシロモノだった。目立った話題がなければ明日取り上げるかもしれない。
一太郎訴訟なのだが、まずなにが争点なのかが非常にわかりづらい。ブログ「ブログ時評」"「一太郎」製造販売禁止判決報道のずさん"(参照)では、その点を率直に述べていたので参考に引いておきたい。
全国紙の紙面を見ただけではどれも問題点が理解不能だ。唯一、日経新聞だけが、昨年、同じような訴訟が同社の家計簿ソフトで争われ、同地裁の同じ裁判官がジャストシステム勝訴の判決を出している事情を詳しく解説し、問題のボタンがアイコンであるかどうかがポイントと教えてくれる。それでもかなり判りにくく、ITmediaの「ジャスト「一太郎」の販売中止を命じる 松下アイコン訴訟で判決」と併せ読んで理解できた。
同ブログについて私は詳しくは知らないのだが記者さんが書かれているとのことなので、失礼な含みはないがジャーナリズムの場にいる記者さんにも難解な事件ではあったのだろう。引用部には同ブログが理解できたする記事へのリンクがある。私もそれを読んでみた。確かにわかりやすい記事なのだが、気になることがあった。
これは「ブログ時評」での扱いにも関連している。同ブログではこの問題をわかりやすく報道していない状況を問題としているのだが、私はそれ以前に、ITmediaの同記事のリードにそれに先立つ問題点を感じた。この部分だ。
松下とジャストが争っていた「アイコン特許事件」で、東京地裁判決は松下の主張を認め、「一太郎」「花子」の製造販売中止と製品の廃棄を命じた。ジャストは控訴する方針で、当面の製品販売には影響はない。
きちんと「製品販売には影響ない」と明記され、このことは本文中でも触れているのだが、それでも、「製造販売中止と製品の廃棄を命じた」という表現がまずもってきつく響いている。この表現はITmediaだけではなかった。報道としては、私は、これがまずもって問題だと思う。
この点については、IT Pro"特許侵害で「一太郎」、「花子」に製造・販売中止と廃棄命令"(参照)の追記がわかりやすい。というか、この点が問題となったために追記されたのだろう。
2月2日付記:上記記事のタイトル「特許侵害で「一太郎」、「花子」に製造・販売中止と廃棄命令」中の「命令」は、法律用語としてではなく、一般的な「命じる」の意味で使っています。法律用語としての「命令」は強制力を有する表現になりますが、今回の判決には仮執行宣言が付されていません。このことを勘案すると、「特許侵害で「一太郎」、「花子」に製造・販売中止と廃棄を命じる判決」のほうが、より厳密な表現となります。(日経コンピュータ編集)
ということで、今回の一太郎訴訟の報道の問題は、その内実がわかりづらいために社会的に混乱をもたらしたというより、「命じた」という表現が報道で安易に流れたことにあるように思える。
そして、それが伝言ゲームになってしまったのではないだろうか。その結果が株式市場にも反映し、2日は取引開始直後から売り注文が殺到。値が付かない状況が終日続き、大引けでストップ安。というまるで空売りしていたヤツがいたら洗えよと言いたくなるような珍事となった。っていうか、やっぱ、それが報道の問題でしょ。
当の争点だが、これは、私も取り敢えずエンジニア・サイドに含めるとしての印象だが、「くだらねー」である。「くだらないことやめてくださいよ」と思った。それは、些細な問題だというより、エンジニア側にしてみると、ヘルプシステムのガイドライン部分なんて最初の決め事なので、原則的にはシステム設計者のカバーなのだが、実際には、ヘルプやルック・アンド・フィール(参照)は独立しているので、システム・エンジニアもプログラマーもタッチしない。もっと率直に言うと、「営業に言ってよぉ」である。
これは現場サイドの本音だと思うが、組織的に見ても、インターフェースやルック・アンド・フィールについては、組織の上部のほうで予め検討されておくべき問題だ。もちろん、知的財産権だのがどうのという問題でもあるが、そういう一般論のなかに流し込んでヘンテコな社説を書くなよ、大手新聞、と思う。
ちょっとくどいのだが、もうちょっと踏み込む。知的財産権だと特許だのが、アルゴリズムに関わる場合は、まさにエンジニアに直撃するのでその対応が難しい。とはいえ、実際には、こうしたアルゴリズムに関与しているエンジニアは主要な手法に精通しているので、これを書いたらパクリでしょというのは実際にはわかっているものだ。だから、エンジニアのそういう心情を吸い上げる組織が重要になる。というか、そのためにはエンジニアの上司はエンジニアでないと難しいという問題でもある。だが、インターフェースやルック・アンド・フィールは性質が違う。
別の観点でいうと、今回の松下の特許だが、率直に言えば、「誰もそんな特許の存在知らねー」し、「そんな特許全部読めるわけないっしょ」である。第一、「読んでもわかんねー」だし。
さらに言うと、この手の「なんだ、この特許?」みたいのは五万とあり、大抵は「業界の常識」によって正しく無視されている。つ・ま・り、今回のケースでは、相手が松下で、しかも、おそらく経営のトップが「業界の常識」破りをやったのだということで、ここから得られる業界的な教訓は、「くだらねー特許に見えても出した香具師は覚えとけ」だろう。くどいが、いわゆる知的財産的な、アルゴリズム的な部分の問題というのは、現場ではけっこうわかっている。ユニシスの特許はGIF画像のエンコーディングに及ぶことはユニシスがトチ狂って騒いだので問題になったが、これってLZHにも影響あるんじゃないのというのは、誰も黙っていたものだ。
今回のケースでもジャスト側ではそうした業界の常識でこなしていたのが、いきなり、ズブっと来たのではないだろうか。ちょっと下衆の勘ぐりをすると、松下側でも実動部隊というか広報は「ええ??」と仰天しているのではないだろうか。CNET JAPAN"「一太郎ショック」で鳴り響くソフトウェア産業への警鐘"(参照)がちょっと笑える。
一方の松下でも「マスメディアからの問い合わせが集中するなど、これほど大騒ぎになるとは思わなかった」(広報)とし、判決に関して「主張が認められた結果だと考える。なお、今後の展開については見守っていきたい」という声明を出した。
なんだか某社ゲートキーパーから怪パケットが飛び出すように、松下側でも全体の統制が取れなかったのか、全体の統制がとれちゃって珍事になったか、そんな感じがする。
さらに、多分、業界の常識的にだと思うが、今回争点になった技術は、一般には、「コンテクスト・メニューをヘルプに応用する」というもので、Windowsパソコンなら、「パネルの翻訳にもっとカネかけてよねわかんないよ」という怪日本語にマウスを置き、右クリックすると、今回一太郎訴訟で問題になったようなちょこっとしたポップアップが出る。つまり、技術的には、大枠で、コンテクスト・メニューのキッキング(あるいはモード・チェンジ)の手法が特許となるのか?ということであり、しかも、今回の訴訟では、その大枠は問題視されず、キックにアイコンを使うことが松下の特許なので、ボタンの表示が「?」だったらいいけど、そこにマウスの絵を載せたらせたらアウチ!という判決だった。ここでも、「く、くだらねー」というつぶやきを呑み込むのだが、つまり、そういうこと。しかも、この適用はワープロに限定されるのが松下の特許のようでもあるのだが…。
こうした問題にどうしたらいい? 私の回答はすでに書いた。これは、インターフェースやルック・アンド・フィールの問題なのだから、そう対処なさい、と。裁判の動向については、かつてのエンジニアとしては、「あのなぁ」という一つの声としてこのエントリを書いておく。大手新聞の社説執筆子については…「※ってよし」とも言いたくなるが、それだけ言っても通じない、というのもこのエントリを書いた理由。
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コメント
対処すると特許を認めたことになるとか何とか。
投稿: 三四郎 | 2005.02.03 10:53
特許の問題は、最終的には特許保有者の権利を制限することで解決すべきじゃないかと思います。
特許保有者は他人の特許使用を禁止する権利は持たず、他人が有償で使用する場合に一定のルールの下で特許使用料を徴収する権利だけを持つとか。
もっとも、そうなるには100年以上の時間がかかりそうな気がしますが。orz
投稿: Baatarism | 2005.02.03 11:12
このような裁判では、侵害の判断と同時に、特許の無効性も争われるわけなので、finalventさんの言うところの常識が通用しなかったということですね。
ちなみに、この松下の特許はアルゴリズム云々よりも、画面の表示の仕方に特徴のある、いわゆる画面特許というやつです。判決文を読むとそんなに無茶な判決とも思えませんが、社運がかかっているだけにジャストシステムには同情します。
投稿: 地丸 | 2005.02.03 13:29
これで一太郎や花子も特許権に敗北したソフトウェアのレッドデータブック入りか。
投稿: KEATON | 2005.02.03 16:22
妥当性の判断はできませんが、下記が興味深かったです。
http://www.13hz.jp/2005/02/post_5.html#more
投稿: Sundaland | 2005.02.03 17:14
しまった、↑直リンまずかったでしょうか?
投稿: Sundaland | 2005.02.03 17:15
ヨーロッパで、「ソフトウェア特許いらねー」って言っているのは書かなくていいんでしょうか。
投稿: (anonymous) | 2005.02.03 18:43
しかし,ITProの解説も,訂正の方向を完全に間違っているような気がします。
「廃棄命令」と書こうと,「廃棄を命じる判決」と書こうと,強制力はあると読むべきものです(*)。
実際,今回の判決にも強制力はあります。ただ,それが直ちに執行できないというだけに過ぎません。
そして,直ちに執行されるかは消費者にとっては重要でも,企業評価の上では決定的とまでは言えないと思います。一審の敗訴は,控訴審の敗訴を高める事情と言えるからです。
もっとも,ジャストのように一太郎が唯一の主力製品のような会社では,直ちの執行は直ちの倒産を引き起こしかねませんから,その点で仮執行の差異は大きいかもしれません。だからこそ,裁判所も仮執行を付けなかったのでしょう。
(*) まあ,「廃棄命令」が「廃棄の仮処分命令」を連想させるから不穏当だと善解すれば理解できなくもないですが。しかし,いずれにせよ,「法律用語としての『命令』」云々の解説は意味不明でしょう。
投稿: ononomiya | 2005.02.03 20:22
LZHは公開した時期が早かったので微妙にセーフだったような...
投稿: i | 2005.02.03 23:14
はじめまして。
ここ二、三日この件について考えていて、
・かつての新案レベルにすら値しないものにまで特許が付与されるということ
・特許取得者が一種の「無敵モード」になってしまうこと
・特許審査に時間が掛かり結果的にサブマリン化すること
・特許の寿命が最近の技術の進歩速度に比して長いこと
など、特許制度とその運用にそもそもの問題があるな、という考えになっています。
そもそも論はえてして当座の解決力を持たないので、確信犯的に松下製品不買運動にも参加していますが。
投稿: ataru | 2005.02.04 10:49
ちなみに松下の知財権本部はそれだけで800人の規模だとか。
ジャストシステムは2004/3末で社員数656人。
知的財産権専門の法務部門だけでたいがいのソフトウェア企業の人数を超えているわけで、おそらくこれに続く第二第三の事件が控えているのでしょう。
投稿: ataru | 2005.02.04 18:13
少々、茶々を入れます。
>この手の「なんだ、この特許?」みたいのは五万とあり、大抵は「業界の常識」によって正しく無視されている。
そのとおり。特許権侵害というのは特許をもつ者が訴えない限り、損害賠償は発生しません。但し、この国の法では、「常識」(慣習法)と法律が対立した場合、法が優先されます。
しかし、私が思うのには「業界の常識」って一体何です?米国などの状況を観察していれば(もしかしたら将来そんな常識覆るかも)って考えるのが「常識」なように私は思えます。
この件で怒っているエンジニアのblogをいくつか拝見しましたが法曹がITテクノロジーについて無知なのと同じくらい彼らも法律に対して無知であると言わざるを得ません。
但し、この特許が特許である「価値」があるか否かは又別の問題です。普遍的価値を理由にこの特許自体を無効と判断するほうが法曹としての「常識」だと私には思えますが。
>「誰もそんな特許の存在知らねー」し、「そんな特許全部読めるわけないっしょ」である。第一、「読んでもわかんねー」だし。
だから世に特許庁と弁護士があるんじゃないすか。
投稿: F.Nakajima | 2005.02.06 22:38
>>システム・エンジニアもプログラマーもタッチしない。もっと率直に言うと、「営業に言ってよぉ」
だから。こういうやつがのさばるから、日本の技術はオタクのものと呼ばれるんだよ。
世界に出て行けない日本の技術は言語のせいではない。こういう技術オタクの見解が普通にのさばる土壌が問題なの。
特許がどうの、法曹界がどうの言う前に、日本の企業体質の中で技術陣がどういう役どころを担うのかもう一度考え直せ。
「営業に聞け」なんて口が裂けても言うな。同じ会社の人間だろ。そんなの「自分は知らない」と逃げるどっかの国の政治家と一緒。
投稿: のぶ | 2005.02.07 08:34
アイコンに関してはおおむね同感ですが、
UNISYS特許とLZHは関係ないでしょう。そんなの「業界の常識」じゃありません。LZ77とLZ78の違いって知ってます?
投稿: とおりすがり | 2005.02.15 15:23
初めまして。
ataru さんのコメントが最も興味深いです(重要ポイントも整理されていて有難い)。
ソフトウェア特許は「制度と運用」に大きな問題が依然として多いと思いました。
現状を既成として捉えるより、"あるべき論"を議論すべき段階なのですね。
(現行の特許事情とのミスマッチも多そうです)
ともかく現場は大変そうです。
投稿: nomo | 2006.01.29 15:25