国連ヴォルカー調査が発表された
イラク石油食糧交換プログラム国連不正疑惑についてのヴォルカー調査が10日付けで発表された。この問題をワッチしてきた人間にとって驚くべき新事実は含まれていない。予想どおりとも言える。つまり、不正疑惑の解明にはなっていない。
しかし、ヴォルカーを任命したのは国連トップのアナンであることから、イラク石油食糧交換プログラムについて国連に重大な不手際があったことを国連自身が認めた形にはなった。問題が存在することは歴史に刻むべく明白になった(問題の全容はわからないが)。つまり、それが今回の事件なのだ。英語圏の各主要ニュースを処理したGoogle Newsでは昨日から現在にかけてこのニュースを国際面でのトップ2位で扱っている。
が、日本では、かろうじて毎日新聞でベタ記事が出ただけのように見える。本来なら今朝の新聞各紙は社説でこの問題を扱うべきだろう。NHKも触れるべきだろう。扱いは明日になるのだろうか。なぜそんなに遅れる。
八つ当たりのようだが、ホームページやブログなどで、米国の不正を暴くみたいなことをやっている人も、イラク石油食糧交換プログラム国連不正疑惑を扱ってきただろうか。イラク戦争は大義なき戦争だという人も、その審判者の不正を看過してどうするというのだ。と、しかし、すでにそうした次元の問題は終わっているのである。そう、問題はすでに変質している。
とはいえ、まず、毎日新聞ニュース"イラク不正疑惑:石油と食料交換プログラム、ずさん管理"(参照)から、ニュースの確認をしよう。
国連経済制裁下のイラクで、人道支援を担った「石油と食料の交換プログラム」に絡む不正疑惑を調べている独立調査委員会(委員長、ボルカー前米連邦制度理事会議長)は10日、国連の内部監査結果を公表した。国連高官の不正などの証拠は含まれていないものの、同プログラムを監督していた「イラク・プログラム」事務所が水増し請求などずさんな運営を見過ごしていた実態が明らかになり、同委員会は「国連の内部監査では適切な監督が行われず、勧告も無視されてきた」などと指摘した。
ほとんどベタ記事だし、また今回の報告では国連不正の全容が明かになったわけではないが、端的に言えば、イラク制裁は国連の不正によって骨抜きにされていたというのがその意味だ。そこがはっきりとは記事に書かれていない。それどころか、「米国の共和党勢力などを中心に国連批判が改めて強まりそうだ」とか「今回の内部監査公表は米議会などの不満を沈静化する狙いもあるとみられる」など、政治面での影響についてコメントが付いているだけだ。
スマトラ沖地震津波支援でも国内報道は、米国の単独主義かとミスリードし、数日後に米国も国際協調に流れを変えた、などと言っているが、流れを見る限り、アナンの首をつないだ時点で国連と米国政府のお手打ちは済んでいるのである。籠絡されたと見ていいのではないか。むしろ、そのほうがなんぼか米国の危険性が増すと警戒したほうがいいくらいだ。
英米圏でのこの問題に対する状況はGoogle Newsを見てもいいし、大抵のメディアでまだトップに近いニュースになっているのだが、典型はニューヨークタイムズ記事"Panel Reports Lapses in Oil-for-Food Program"(参照)だろう。
まず、これがスキャンダルだという点をしっかりとらえておく。
The release of the confidential documents shows with new depth the loose financial controls over the sprawling program, which has become a major scandal at the United Nations.
次に、毎日新聞の記事では「国連高官の不正などの証拠は含まれていないものの」とぼかしてたが、ニューヨークタイムズなどはもう少し問題の含みを厳しくとらえている。
While neither the audits nor the accompanying briefing paper from the commission contain allegations of bribery or corruption by United Nations officials, the audits make clear that many of the deficiencies were known in the late 1990's, at a time when indications of corruption of the program by Saddam Hussein and others were also reaching the United Nations.
この不正はフセイン統治と深く関わっていたと見ていい。この記事では今回のヴォルカー報告が予定より早く提出されたことの裏への示唆やクルドへの示唆も多少あるが、当面重要なのは、ヴォルカーが結果的にフカシたな、というあたりだ。このあたりは、VOA"Oil-for-Food Audits Reveal UN Mismanagement"(参照)がすっきり書いている。
In an interview with the New York Times newspaper last week, Mr. Volcker said the first part of his investigation, into possible wrongdoing by U.N. staff, had not turned up any clear evidence of criminal activity.
つまり、ヴォルカーは不正解明にはタッチしないよということだ。参照されているニューヨークタイムズ記事は"Volcker Highlights Smuggling Over Oil-for-Food in Iraq Inquiry"(参照)だろうか(AP系なので)。すでに無料閲覧はできないようなので、"Volcker Highlights Smuggling, Over Oil-for-Food in Iraq Inquiry "(参照)を参照されたい。
Mr. Volcker, a former United States Federal Reserve chairman, said there was a lot of confusion between money from smuggling and money obtained illegally under the now-defunct oil-for-food program, and he refused to give any estimates. "The big figures that you see in the press, which are sometimes labeled oil-for-food - the big figures are smuggling, which took place before the oil-for-food program started and it continued while the oil-for-food program was in place," he said, according to a transcript obtained Monday by The Associated Press.
これ以上ヴォルカーを責めてもしかたないようにも思うし、ようするにそのあたりのお手打ちが米国と国連の間だでできていると見たほうがいい。早々に"米ハリバートン、イランの大規模ガス田開発に参加か"(参照)といったニュースが出てくるのも芳しすぎるようにも思うが。
さて、この流れで、月末のフェイクなイラク選挙で一定のケリが付くのだろうかというあたりで、当方のちょっと胡散臭いスジの読みを書いておきたい。あまり楽しい陰謀論というほどでもないが。
イラク戦争のいわゆる大義の問題はある程度米国としてもわかっていて突っ込んでしまった面はあるだろう。ブレアもわかっていたのではないか。なぜあの時点なのかという点はわかりづらいし、結果としてIAEAが正しいとしても、その後のIAEAを見てもわかるようにIAEA自体もきな臭い政治的な意図を持つ。ただ、いずれ、国連が審判者ではなかったことから、イラクの石油が国際的な石油市場を揺るがす可能性はあった。これにユーロ決済の問題がどれだけからむのかは陰謀論めいた感じがするものの、日本としてみれば、のほほんと繁栄していられるのは石油が市場を通じて提供されるからで、現在中国が奮闘中の、国際ルール無視の石油調達が主流になれば日本は一巻の終わりである。とすれば、イラク戦は結果として日本の死活問題だった。
多極化世界とは名ばかりであり、イラクを籠絡していたフランスやロシアなどによる、石油市場の混乱要素がこれで是正されるとしても、それは結局のところOPEC体制の立て直しでしかない。だが、イラクを正常な市場に奪還する米国は、結果としてOPEC解体を志向せざるをえなくなるはずだった。単純な話、現在世界では石油はなんといってもサウジからじゃぶじゃぶ出しているから統制が可能だが、イラクから非OPECの石油がじゃぶじゃぶ出ていいものだったのか。それが仮に米国統制下に置かれたと見えてもだ。
というのは、いずれこうした統制はかつてのメジャーが無力化されたのと同じ経過を辿るはずだ。このシナリオは、もうあまりに過ぎ去ったことになるのかもしれないのだが、米国のサウジ離れの国策とも関連していたはずだ。
だが、昨年後半から投機の名目というかシカケで原油が高騰した。無鉄砲な高騰はすでに鎮静したし、中国でも現状は市場から石油を調達しないといけないから、ある程度の高値留まりはしかたないだろう。いすれにせよ、これはサウジを利した。ちょうど米ドルの下落補正であるかのような具合なのが笑っていいのかよくわからない。
イラクが非OPECの流れの本流となる可能性は減った。イラク戦後の混乱で随分と遅れたからだ。おかげでサウジは大笑いだし、それを結局、ブッシュ王朝が支えていたのだろうかとも思える。と、たいした陰謀論ではないにせよ。
話が国連疑惑から逸れたようだが、国連はこうした愉快な世界に組み込まれていくことになるだろうか。それで済むものなのだろうか。世界はテロとの戦いとかいうストーリーで覆われているが、むしろこの愉快な世界を不愉快と見る勢力との戦いなのではないか。
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コメント
"Mr. Volcker said the first part of his investigation had not turned up any clear evidence" をそのまま読めば「ヴォルカー氏は、調査の第一段階では明白な証拠は何もみつからなかったと言った」ですよね。これをもって「フカシた」「不正解明にはタッチしないよ」と「すっきり書いている」と読むのは、先にストーリーを作って後から話を持ってくるという日本のマスコミと同じ愚を犯すことになりますまいか。
投稿: 欣 | 2005.01.11 18:23
>欣さん
In an interview with the New York Times newspaper last week,...
は参照先記事の結文ですから、記事の内容全てをふまえて解釈すれば「すっきり書いている」ように見えますよ。
投稿: カルマ | 2005.01.12 10:24
>カルマさん
まずは自分で読んでみましょう。VOAの記事には
The (Volcker) commission is due to issue its first report at the end of this month on possible wrongdoing by U.N. officials. A second report, due later this year, will address the broader issue of how Iraqi leader Saddam Hussein may have subverted the program through bribes, kickbacks and massive oil smuggling.
と、ありますな。これのどこが「ヴォルカーは不正解明にはタッチしないよ」と「すっきり書いている」記事なのでしょう。(単に「調査の第一段階では『明白な犯罪行為』は見つからなかった」というステートメントと「不正解明にはタッチしない」の間にはずいぶん大きな開きがあります。)
ちなみに参照先のNYTの記事の方には以下のように書かれています。
He (Volcker) emphasized that his inquiry is focused on "what went wrong or right inside the U.N." in managing the oil-for-food program. But Mr. Volcker said the investigation could not avoid the question of smuggling, including why the Security Council did not move to stop it.
ヴォルカー氏は、まずは国連組織内部の不正解明に集中するけど、なんで安全保障理事会(もちろんアメリカも常任理事国)が密輸を見逃してきたのかについても調査せざるをえんだろうと認めた、という記事よね。
あたしゃフォローしてないのでヴォルカー氏が実際にどうなのかは知らんけど、極東ブログの記事としては、もうちょっとちゃんとファクツを積み上げる書き方をしたほうがいいんでは、という、ええ余計な御世話です。
好きなブログなので、印象批評風の勝手読みで適当なストーリーを語る「田中宇の裏返し」になっちゃうと悲しいのです。
投稿: 欣 | 2005.01.12 18:08
欣さん、こんにちは。ご指摘の点についてはある程度了解しています。ヴォルカーについては私の印象的な解釈として「つまり、ヴォルカーは不正解明にはタッチしないよということだ。」としました。また、"Mr. Volcker said the first part of his investigation had not turned up any clear evidence"にはトランプゲームでカードをターンナップするイメージがあり、問題のカードの開示に触れていないのだなと見ました。背景としては、この不正問題は非常に大きく、現状の空気としてそこに問題が潜んでいないとみるのは不自然だということがあります。しかし、このエントリではそこを十分に書いていませんし、これには異論もありえます。
NYTの"Mr. Volcker said the investigation could not avoid the question of smuggling, including why the Security Council did not move to stop it."については、ヴォルカーとしてできることの限界だとして読みました。ある意味で私の解釈は含まれています。
こうしたことが「印象批評風の勝手読み」かなのですが、このエントリ孤立ではそうした印象を与えてもしかたがないなとは思います。ただ、ここの部分までの読みは、私としては共和党政権内の了解だろうとして書いています。
参考
極東ブログ「石油・食糧交換プログラム不正疑惑における仏露」
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/04/post_6.html
(ただし、同エントリで引用したワシントンタイムスは右派すぎた見解ですが。)
極東ブログ「イラク大量破壊兵器調査の余波」
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/10/post_8.html
投稿: finalvent | 2005.01.12 18:40