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2004.02.21

時代で変わるイエス・キリスト

 今週のニューズウィーク日本語版(2.25)にメル・ギブソン(Mel Gibson)監督映画「パッション(The Passion)」(参照)の評を兼ねた「誰がキリストを殺したのか(Who killed Jesus?)」(参照)という記事が掲載されていた。一読して、記事はそれほど悪くはないのだが、現代とはこういう時代なのかと落胆させるものだった。いくらニューズウィークだからといっても、ここまでユダヤ人ロビーに配慮しなくてはいけない時代なのか、と。昨年あたりから、「メリー・クリスマス(Merry Christmas!)」ではなく「ハッピー・ホリデーズ(Happy Holidays!)」が増えたとも聞く。10年以上も前だが、私はDelphiという米国のパソコン通信システムを使っていたのだが、ある日オープニング・メッセージに"Happy Hanukkah!"と出てきて面食らったことがある。が今では不思議でもなんでもない。なんだかな、という感じだ。フィリップ・ロス(Philip Roth)のように毒づきたい気も少しするが、それができるのはロスだけだろう、"Bring back Monica Lewinsky"。
 ギブソンの映画は日本では受けないだろう。タイトル「パッション」という訳出も笑わせる。そういえば、昔「ミッション」というのもあった。ミッションは宣教、パッションは受難である。マタイ受難曲は"Mathew's passion"である。パッションフルーツのパッションも受難に由来する。この花を見たスペイン宣教師がそこにキリスト受難のシンボルを感じたのだそうだ。そうか?みたいな話だ。余談だが、パッション・フルーツは沖縄で人家でもよく栽培されていたので、あの奇っ怪な形状の花をよく見た。
 この映画はキリスト磔刑までの半日を描いているそうだ。バッハなどの受難曲を意識したものだろうと思うが、そうした示唆はニューズウィークの記事にはない。カトリック的な視点から、聖書に含まれる四福音書を満遍なくつなぎ合わせたらしい。それだけで、史的イエスに関心を持つ人間には、まで見る価値がないことがわかる。だが、記事の筆者ニューズウィーク副編集長ジョン・ミーチャム(Jon Meacham)はなにかと史的イエスと映画の対比を論じてみせる。共観福音書、原マタイ、Q資料といった言及もないのにだ。もっとも、そんな言及をしても空しいかもしれない。すでに新約学的には史的イエスというのは、もう終わった話題でもある。史的イエスというものは、再構成できない。Q.E.D.
 それでも、ミーチャムは、少しは勉強しているのか入れ知恵なのか、ヨセフスなどもひいてみせる。


聖書以外では最も信頼度の高いイエスの記録を残した歴史家のヨセフスとタキトゥスは、イエスはピラトに処刑された断定している。カヤパより地位が上のローマ総督は、宗教儀式の日時を決める権利さえ持っていた。
(The two earliest and most reliable extra-Biblical references to Jesus - those of the historians Josephus and Tacitus - say Jesus was executed by Pilate. The Roman prefect was Caiaphas' political superior and even controlled when the Jewish priests could wear their vestments and thus conduct Jewish rites in the Temple. )

 そうだ。歴史的には、イエスはピラトに処刑された見るべきだし、なにより、磔刑はそれがローマによることを意味している。史的イエスはおそらくローマに対する政治犯であったとみるのが妥当だろう。
 ギブソンは描いてなさそうなのだが、イエスを裏切ったのはユダだけではない。鶏が鳴く前に三度否認するという伝承は、原初イエス教団自体の内部からの解体を意味しているとみていい。だから、ミーチャムの次の言及は苦笑を誘う。

イエスが死刑に処すべき重大な脅威だったのなら、周りに支持者の群れがいないのはおかしい。数人の弟子や母マリア、マグダラのマリアだけなのは変だ。
(it seems unlikely that a movement which threatened the whole capital would so quickly and so completely dwindle to a few disciples, sympathetic onlookers, Mary and Mary Magdalene.)

 イエス自身が裏切られたのだ。イエスはきちんとこの世から見放された。そして磔刑の叫びからは、きちんと神からも見放されていることがわかる。エリエリ・レマサバクタニ。イエスが神から見なされている意義を明確に指摘したのは北森嘉蔵牧師だったな、と懐かしく思い出す。
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最後の誘惑
 顧みると、私はイエス関連の映画を好んで見てきたようにも思う。一番よく出来ていたのは「モントリオールのイエス(Jesus of Montreal)」だ。日本で見た人は少ないのではないか。これはメタフィクションなのだが聖書の引用が多数織り込まれている。聖書を読み込んでいないとわかりづらい点が多い。ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」にもそういう部分がある。ニコス・カザンザキス(Nikos Kazantzakis)原作映画「最後の誘惑(The Last Temptation of Christ)」も冗長だったが、面白いには面白かった。ゾルバ的な世界(「その男ゾルバ」)と対応しているのだろう。この「誘惑」という概念も聖書を読みこなしていないと理解しづらい面があるに違いない。カラマーゾフの兄弟にある大審問官とも関連する。この世を救わんとすることが誘惑なのだ。また、文学的な深みはないが、「ジーザズクライスト・スーパースター」の映画版は映画版ならではの面白さがあった。なにより歌がすてきだ(参照)。と、よだれのように書いてもしかたないな。それでも昔のほうが、イエス物はクオリティが高いと思う。
 「パッション」は、エバンジェリックだのカトリックだのの聴衆を対象としたこの映画の仕立てなので、いろいろ評してみても空しい。とはいえ、ミーチャムの紹介で、一番変な印象をうけたのは、ここだ。

裁判のクライマックスは、カヤパがイエスに「お前は救世主か?」と聞く瞬間だ。イエスが「そうだ」と答え、自分が「人の子」であることをほのめかすと、カヤパはイエスを冒涜者だと宣言する。
(The climax comes when Caiaphas asks Jesus: "Are you the Messiah?" and Jesus says, "I am..." and alludes to himself as "the Son of Man." There is a gasp; the high priest rends his garments and declares Jesus a blasphemer.)

 おやまぁ。イエスが自身を救世主=キリストと宣言したことになってしまったか(もっとも、英文のほうはもう少し含みがある)。これで「メシアの秘密」の問題もおちゃらけだな。シュバイツアー「イエスの生涯 メシアと受難の秘密」などもナンセンスになった。現代とはそんな時代なのだ。
 ミーチャムの記事の結末はブラックユーモアかもしれない。

イエスを救世主と信じる者も、道徳的哲学を残した紀元1世紀の歴史的人物とみる人も、この点については同意するはずだ。ナザレのイエスは、暴力を前にして平和を選んだ。憎しみに愛で、罪には許しで応えた全人類の手本だった。
(Amid the clash over Gibson's film and the debates about the nature of God, whether you believe Jesus to be the savior of mankind or to have been an interesting first-century figure who left behind an inspiring moral philosophy, perhaps we can at least agree on this image of Jesus of Nazareth: confronted by violence, he chose peace; by hate, love; by sin, forgiveness?a powerful example for us all, whoever our gods may be.)

 イエスはこの世に平和をもたらしに来たのではない。ちゃんと聖書を読めよと思う。史的イエスは再構成できないが、福音書はイエスをそう描いているのだ。イエスを現代の安っぽい平和主義やヒューマニズムで評価しようとするのは小賢しいことだ。マザー・テレサがなぜカルカッタに路上に死につつある人を助けたか。ヒューマニズムなどこれっぽっちもない。彼女はイエスの奴隷だったからだ。イエスがそうしろと命じたからだ。それだけだ。
 イエスは自身への罪に許しで応えたのではない、「あなたが許しなさい」と伝えて回ったのだ。「そうすれば許されるから、ちょっといい話じゃないかね」と。「おまえさんの罪を許す相当な対価がなくてもいいんだぜ、棒引きだぜ、いい話じゃないか」というのが、福音、Good New!の意味だ。イエスはアラブ商人のようなユーモアにたけた人として聖書に描かれている。イエスの言葉や行いにはたっぷりジョークが詰められている。
 残虐好みの西洋人には、イエスが理解しづらいのだろう。そうそう「パッション」は、予告宣伝を見てもR指定がわかる。子供に見せる映画じゃない。

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山中貞則の死・イランのアザデガン油田開発

 最初に、山中貞則の死に哀悼を捧げたい。極東ブログで憎み通した爺ぃだった。死なれてみると宿敵を失ったような喪失感を覚える。爺ぃ、骨のあるやつだったな。くそぉ俺が倒すまで死ぬなみたいな感じもする。敵ながらあっぱれというか、こういう敵がなくなることで、敵対する議論も腑抜ける。これで税制の動向が変わるかといえば、私は変わると思う。
 さて、今朝の新聞各紙の話題で目立ったものは、イランのアザデガン油田開発だろう。朝日、毎日、日経が扱っていた。率直のところ、私はこの問題にピンとこない。理由は、開発の意義がまるでわからない。中東の油田開発に日本が参加してなんの意味があるのだろう。ナショナリズムが高揚すれば、国有化されるのがオチではないかとも思う。というわけで、この話はごく簡単に触れるだけにする。
 まず、概要を日経新聞社説「問われるアザデガン油田開発の意義」から引く。


 石油公団傘下の国際石油開発がイランのアザデガン油田開発に参加することでイラン側と合意し、契約に調印した。同油田は巨大な埋蔵量があるといわれ、日本企業が主導する油田開発ではアラビア石油以来の大型プロジェクトとなる。

 しかし、私はその必要性がわからない。石油についての必要性がわからないという感じだ。このあたりは、毎日新聞社説「アザデガン油田 国際政治的な意味がある」に同意する。

 他方で、日本のエネルギーの石油依存度は73年の石油危機当時の約8割から5割程度に下がっている。ここ20年ほどは石油への依存度は下げ止まっているが、今後は天然ガスなどエネルギーの多様化が再び進む見通しで、石油への依存度も低下するとみられる。
 また、世界的な石油市場も供給過剰気味で、必要な量をスポットで調達できる状態になっている。その意味で石油は、かつての国家的戦略物資から通常の市況商品に変わっている。

 よく石油の中東への依存度は88%と高いといわれるが、エネルギー全体としてみれば依存度が高いわけでもない。なにより、調達はマーケットを通せばいいだけのことだ。むしろ気になるのは、天然ガス、原子力発電、それと中国リスク(この人々の頭は古い)だろう。いずれにせよ、今回のアザデガン油田開発と結びつかない。ついでに言うのだが、日本は今後、そんなにエネルギーは必要としない。国は縮退するし、省エネ技術はさらに進む。
 話を端折る。アザデガン油田開発については、すでに米国が警告を出しているが、日本は無視の構えだ。日本側としては過去の経緯もあるのだが、イランにどう関わっていく気なのか国レベルの指針が見えない。率直な印象でいうのだが、日本はあまりイランに関わらないほうがいいだろう。
 さらに、率直に思うのだが、牛肉関連の動向といい、今回のアザデガン油田開発といい、どうもこれは単に「反米」なのではないか?
 稚拙な愚論と笑い飛ばしていただいていいのだが、反米関連の例として米国牛肉に関していえば、これは端的に農水省の陰謀だろう。まさに陰謀と言っていいと思う。私も心情としては反米だし、牛肉問題については米国のダブルスタンダードにむかつくので農水省を追及する気にもならない。しかし、根に反米を感じるのは確かだ。アザデガン油田開発もそうした臭いのようなのを感じる。
 イラク派兵問題など見ていると、米国追従にやりきれないような思いを感じるのだが、そうした思いが別のところで出口を求めているとしたら、それもなんだかなという感じがする。

追記(2.26)
 アザデガン油田については、「アザデガン油田の話」(参照)が必読。
 なお、国策としては、イランというより、サウジが重要なのかもしれない。それと、いわずと知れた中国である。なお、ロシアルートは日本側にまわりそうな気配だ。

追記(2.27)
 2.27読売新聞社説「イラン油田 メジャーの離脱で不安が募る」がよく書けていた。ディテールな情報はないが、この問題に関心のある人は読んでおいていいと思う。

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2004.02.20

栄養教諭の恐怖

 朝日新聞社説「栄養教諭――肩書だけ増えては困る」は良い問題提起だった。論の展開に異論はあるものの、そういう考えもあるだろうとは思う。話題は、中央教育審議会が文部科学相に、義務教育の範囲で、栄養指導の「栄養教諭」を設けることを答申したことだ。法制化される見込みは高いように思う。
 栄養指導は良いことではないかと社会通念では思われるだろうが、各人の食生活や栄養指導を受けた体験を持つ人なら、通念の裏にある、欺瞞や押し付けに眉をひそめるだろう。やめてくれよな、と呟きたくなるが、その声は、うまく論としては組上がらない。
 朝日は次のように懸念を表明する。


 学校に栄養教諭がいることで、目配りがこまやかになり、子どもの食生活が良くなるのならば、歓迎すべきことだ。それぞれの子どもにふさわしい食事をつくるのは本来は家庭の責任だが、そう言っているだけでは何も解決しないのが現状だからだ。
 気がかりなのは、「先生を置きさえすれば、万事がうまくいく」かのように計画が進んでいることである。

 確かにそこまでは朝日の指摘は正しい。朝日の論点が変なのはその先だ。

 たとえば、家庭との連絡帳を活用して、日頃から子どもの食生活や家庭の悩みを聞く。子どもと保護者に集まってもらい、栄養教室を開く。そうしたきめ細かい手立てを考えておくべきだろう。
 食べ物について教えている技術家庭や保健体育の教諭との役割分担も考える必要がある。学級担任との連携が欠かせないのはもちろんだ。学校の外へ出て、地域の人たちと一緒に活動してもいい。

 きれい事を並べているが、それが実現した世界を想像してほしい。私は背筋が寒くなる。私は、夏の陽射しに子供を集めて、青一号だの赤一号だので色づけ、サッカリンで甘くしたかき氷でも作ってやりたいなと思う。いや、本当にそういう行動を起こすべきかもしれないと考え込んでしまう。
 なぜ栄養指導が問題なのかとあらためて問えば、せせら笑われるようだが、栄養指導自体が問題なのではなく、学校から家庭まで栄養を指導するという権力の浸透がたまらなく不快なのだ。ここは礫を投げられる覚悟でいうが、指導者は、どうせみんな女だ。それも不快だ。
 そもそも栄養学など、歴史の流れでみるなら、兵站の課題だった。三大栄養素を喰わせておけば兵士は大丈夫かというとそうでもないな、じゃなんだ? ほう微量栄養素かという流れだ。ビタミン・ミネラルだの話題になるのは、それで兵士を維持するためだ。近代国家とは皆兵によってできるのだ。そして、皆兵とは身体を締め上げることでできる。体操させ行進させ、栄養指導をする。
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五訂食品成分表 (2004)
 栄養学など半世紀前から進歩などしていない。あえていえばそれでよかったのかもしれない。栄養士のバイブルというか必携に五訂というのがある。正確には「五訂食品成分表」というものだ。女子栄養大学出版部学長・医学博士香川芳子監修である。香川綾の娘だ。若造、「女子」だの「綾」だのキーワードにモエないように。
 夫の香川昇三ともに偉い女だぜとは言える。敬虔なクリスチャンでもある。自宅に家庭栄養研究所をほっ立てできたのが後の女子栄養大学だ。同大学には、当然、「香川昇三・綾 記念展示室」がありホームページまである(参照)。

昭和8年~20年
香川昇三・綾は昭和の初期、東京大学島薗内科で各種のビタミンを研究。特に胚芽米はビタミンB1が多く含まれることを証明し、胚芽米の普及につとめ脚気予防に大きく貢献しました。以来、二人は栄養学に一生を捧げました。

 おかげで日本兵の脚気が減ったとはいえるかもしれない。そして、戦後米国の豚の餌の流用が終わり、高度成長期の、日本の給食の原理を確立する。

綾は、昭和3年「主食は胚芽米、おかずは 魚1・豆1・野菜4」を提唱。その後、いろいろ研究を重ね昭和45年「4群点数法」を完成させました。

 っていうか、給食だけじゃねー、主婦雑誌に添付され、企業戦士に喰わせるようにしたのだ。そして、日本の栄養学は昭和45年に熱死を遂げて今に至る。
 と言いつつ、香川綾を責めるわかにもいかないだろう。それがどうして女の権力と化し、日本人の食を拘束するイデオロギーになっていったのか。フーコーが日本に生まれていたら分析するだろうか。
 五訂の前には四訂がある。私は現在の栄養士の現場を知らないのだが、まだ実質四訂が使われているように思う。四訂と五訂には大きな差がある。単純に言えば、ビタミンB6とB12が四訂では無視されているのだ。ビタミンB6とB12を無視しておいて、栄養士が計算するから栄養は万全だなんていうのは、ちゃんちゃらおかしい。その上、脂肪酸の代謝などは試験には組み込んでおいて、実践には適応されていない。米国で壮大に議論して、トランス脂肪酸に縛りができたのに、日本ではほったらかしだ。これが日本の栄養指導の現状であり、進展もありゃしない。
 とまで書いたからには、礫を受ける覚悟は少ししよう。
 いや、もう少し書こう。四訂の世界でビタミンB6とB12が無視されていたのは、腸内菌がこれをサポートしていたからだ。そういう腸内菌を飼って置ける状況ならそれでよかったのだ。それをサポートしていたのは端的に言えば、漬け物だ。ヨーグルトじゃない(余談だが、メチニコフ学説が生き残ったのは北欧と日本など辺境である)。お笑いを言うのかと思われるかも知れないが、一汁一菜でも生存できるのは、人間は腸内菌と共生しているからだ。日本人は、と言いたいくらいだ。あるいは、朝鮮人は…と加えてもいい。
 少し危うい領域に足をつっこむが、日本人のそうした腸内菌との共生は終わったのだろうと思う。最大の問題は抗生物質だろうとは思う。食の構成にも関係はあるだろうが、腸内菌自体は免疫制御下にあるらしいので、そういう外的要因は少ないかもしれない。
 ビタミンB6とB12の代謝不全がなにをもたらすかは今日は書かない。書けば面白いだろうとは思う。これに葉酸も加えるべきだろうとも思う。
 それでも、そうした栄養を栄養素の視点から見てもダメだと思う。食とは栄養が一義ではない。文化なのだ。味覚というのは文化がもたらす先人の恩恵である。まず、味覚がなくては話にならない。しかし、それを栄養教師に求めるべきでもないだろうし、家庭でもどうにもならない。グルメは論外だ。
 かくして、どこにも日本の悲惨な食の突破口はないのかもしれない。いや、なにが悲惨だと反論すらあるだろう。これだけ長寿の国家は存在しないのだから。

追記(2007.11.28
 その後、香川綾についてさらに知るにつれ、そしてその後の日本の食の状況を見直すにつれ、大筋で香川綾が正しいのだと考えるようになった。このエントリと今の自分の考えは違ってきているので、その点だけ、追記しておきたい。

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EU・台湾情勢などメモ

 今朝の各紙社説にはいくつか気になるテーマがある。散漫だが、メモふうに触れておきたい。
 一番大きなテーマは新生銀行上場についてだろう。朝日と日経が扱っていた。どちらも基本的なトーンは同じだ。私もそれと違った考えを持つものでもない。やりきれないなという感じがするが、それ以上に踏み込んだ考えはない。どうすれば良かったがまるでわからないからだ。
 日経新聞社説「波紋広げる欧州のトロイカ」は、英独仏体制のEUというテーマだ。これは今年いっぱいのスパンで見ても潜在的な問題が多い。端的に言えば、フランスが米国との対立で音を上げてきた兆候だろう。犬猿の仲のように見えながら、フランスという国はドイツを必要とする。そして宿敵のような腐れ縁のようなイギリスがいる。この動向は、品のない言い方だが、イラク情勢が鏡になる。夏頃NATOが動きだすかどうかだ。NATOが動けば、他のEU諸国は黙るという構図になるのだろうか。国際情勢というのは嫌なものだなと思う。
 産経は今日台湾の総統選挙が公示されたことを告げている。メディアが申し合わせてシカトこいているなかで、この社説の存在自体に意義があるのだが、すでに陳水扁はトーンダウンしているので大きな事態にはならないというのが大方の予想だろう。私は10%くらいはとんでもない事態になる危険性があるかなとは思っている。もうちょっとオッズを高めていいかもしえない。李登輝を含め、老兵といってはなんだが、人生の乾坤一擲をかけた人々の思いが感じられるからだ。今はどうしても日本は動けないのだが、動くだけの準備はできないものかとも思う。
 読売新聞社説「性差意識 男性優位も性の否定も間違いだ」は標題のとおりだ。しかし、すでに高校生くらいの世界は、そういう大人たちの議論はまったく違った世界になりつつある。という意味で、この問題の議論はオヤジ慰撫にしかならないだろう。
 以上、散漫だが、現状、トリビアの種、みたいな感じがする。

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2004.02.19

岡本行夫・佐藤陽子・池田満寿夫

 品のない関心なのだが、文藝春秋「イラク派遣『立役者』が落ちた陥穽 首相補佐官 岡本行夫『二つの顔』 総理補佐官と上場企業役員「二足の草鮭」の大矛盾」(歳川隆雄&本誌取材班)に描かれている岡本行夫のプライバシーに関する話が、どうも心に澱のように残るので、少し関連して思うことを書いてみる。
 文春のこの記事は、記事としては、岡本の「二つの顔」、つまり、公私のありかたが問題なのだろう。が、私はそのことにはあまり関心がない。岡本がなんらかの事件が隠しているわけでもない。なんとなくだが、これは岡本へのやっかみであり、読者もそんな気持ちを共有しているのでないか。私は、やっかみというより、岡本に羨望のような感情を抱いていた。あの歳(58歳)で仕事もでき、頭も切れる。なにより、かっこいいじゃないか。というわけだ。だが、うまく言えないのだが、やっかみの気持ちより、この男、なにかを隠しているな、それはなんだろう?という感じがずっとしていた。
 吉本隆明が文学者を評価するとき、これは実に面白いことなのだが、その文学者自身の美醜をつねにまぜかえしていた。具体的な文脈は忘れたが、池澤夏樹の父福永武彦を表して、あれは美男子だからダメだね、ってなものである。そのダメさ加減は、いくばくかという以上に池澤夏樹にもあてはまるような気がして、不思議な滑稽さを導く。もちろん、そんなことは文学にも人物にも評価に関係ないこと、というのが我々の社会の建前だ。しかし、実際、世の中を生きていけば、そうでもないことがわかる。たぶん、35歳から40歳くらいのところに、美男美女達を収納するリンボのようなものが世の中にはあるのだ。逆に、私は鈴木宗男のことはほとんどしらないが、あのツラは仕事をする人間のツラだなと思う。それなりの男の色気のようなもすらあるのだとも思う。女もそうなのだが、男のほうがわかりやすいのは、そのリンボを越えた人間のツラというものだ。男についていえば、40歳を過ぎた男には女の恨みとでもいうのだろうか、女の汁か、なんだか知らないがなにかがべったりとこびりつく。それは凡庸である以外、避けることができないものだろう。
 岡本に私が関心を持ったのは、沖縄の問題だ。1996年、彼は橋本内閣で沖縄担当の首相補佐官となる。約8年前か。もうそんなに経つのか。彼は50歳だったのか、と奇妙な感慨がある。文春の記事によれば、昭和63年(1988)北米一課長時代、そして経世会に接近したという。平成2年(1990)イラクがクウェート侵攻をしたときも小沢と連携して活躍したようだ。そして、翌平成3年に外務省を退職する。
 私はそういう表向きのパーソナルヒストリー自体にはあまり関心がない。私はもっと品のないことをあれこれ思う。彼が頭角を現す昭和63年というと43歳。厄を終える歳だ。自分を省みても、そのあたりは、まだ若い頃の気力と経験が充実している。そして、北米一課で連想するのは二課の小和田雅子だ。岡本は彼女の直の上司ではない。彼女が結婚したのが平成5年(1993)である。彼女がけんもほろろにマスコミを蹴散らしていた映像が思い浮かぶが、その頃、一課の課長さんは退職されたのだろう。
 文春には早坂茂三の回顧として昭和54年(1979)のことが出てくる。目白御殿に34歳の北米一課首席事務官がやってきたというのだ。そのころ、彼は早坂に離婚のことを語っている。相手は佐藤陽子だ。知らなかった。私はそこを読んで、なにか、胸と胃の中間に、ずしんという感じがした。岡本が離婚していた。あれは離婚した男のツラかということもだが、佐藤陽子という名前に、まるで女房に大学時代の恋愛相手の名前がばれたような感じもした。私は高校時代佐藤陽子が好きだったなと思い出す。岡本と佐藤は熱烈な恋愛結婚だったそうだ。もちろん、そうだろう。女は佐藤陽子なのだ。

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カルメン
マリア・ユーイング
 インターネットにまみれているような自分だが、それでも不思議な時代になったものだと思うのは、すぐにモニター(そうモニター!)に佐藤陽子のホームページとやらが出てくることだ。プロファイルも掲載されている(参照)。1949年、福島生まれ。1975年には「1月、6月とカラス女史唯一の弟子として薫陶を受け、10月、ルーマニアのブカレスト国立歌劇場から『蝶々夫人』でデビュー、絶賛を浴びる。」とある。私は見ていないのだが、カラスは近年「マスター・カラス」で、そして「永遠のマリア・カラス」で伝説的に回顧される。私はどちらも見ていない。私の眼には障害があるので映画は通常どおりに見ることはできない。が、それほど見る気もない。マリア・カラスのシュミラクルなど要らないからだ。映画では、劇中劇「カルメン」が再現され、そこで全盛期の歌が使われているらしい。マリア・カラスのカルメンを見た人間は幸せというものだろう。録音からすら、その激しい劇の心情が伝わってくる。もっとも、カルメンについては、ファニーな顔つきのマリア・ユーイングも悪くない。これはこれで、哀れに揺れる女が出ている。と、話が逸れたようだが、マリア・カラスというのは、まさに女のなかの女だろうし、歌姫として絶世の存在だろう。おそらく、「マスター・カラス」の資料になったと思われる彼女の指導録(「マリア・カラス オペラの歌い方―ジュリアード音楽院マスタークラス講義」)を読んだことがあるが、歌というものへの恐ろしいほどのインサイトに満ちていた。
 佐藤陽子はそのカラスの弟子なのだ。レトリカルに言うのではない。そうでなければその音楽と生き様はわからないだろうという気がする。プロファイルでは、1979年に「池田満寿夫とM&Y事務所(有)を設立」とある。早坂の回顧に出てくる岡本の年でもある。岡本と佐藤との青春の残像はそこで完全に終わった。佐藤陽子、30歳である。岡本と結婚した年代はわからないが、そう長い日々でもなかっただろう。
 池田満寿夫はいつ死んだのだったっけ。正確に思い出せない。彼もネットにプロフィールがある(参照)。「その旺盛な制作活動のさなか,1997年3月8日に63歳で逝去。」つい最近のような気もするし、けっこう昔のような気もする。63歳かまだ若いなとも思う。私の父は62歳で死んだ。私もあと20年は生きられないだろうなと思う。しかし、そのくらい生きたらいいかとも思う。
 池田の死因は、急性心不全だった。避けられなかったかとも思うが、その前年、体調の不調で脳梗塞と診断されている。栗本慎一郎みたいなものか。そういえば、小渕恵三も似たようなものだ。そのたあたりで、地獄の門が一度ぱかっと開くのだろう。邱永漢が無理をしても50歳までは生きる、と言っていた。そこでまず第二陣が倒れる。第一陣は尾崎豊のような部類だ。池田満寿夫や私の父などは第三陣だ。
 池田満寿夫は昭和9年(1934)、満州奉天で生まれる。現代中国語で言うなら、中国東北部瀋陽だ。長野に引き上げている。長野県は満州引き上げが多い。そう長野県、信州である。どこで生まれようが、信州人は信州人だ。二世でも私はわかる。彼が後年書いた高校のころの思い出にある感性は信州人だなと思ったものだ。
 高校卒業後、芸大に挑戦しては失敗した。が、昭和32年(1957)、第一回東京国際版画ビエンナーレ展に入選。私が生まれた年だ。以降版画家として名声をなす。1966年にはベネチア・ビエンナーレ版画部門大賞を受賞。私は池田の作風が好きだが、そのエロス性はどこかピカソの版画を払拭しきれないような感じがする。ピカソの性の力は、あのケンタウロスに象徴されるように、どこか西洋人らしい獣性に満ちている。が、池田は果てしない母性のような、あるいは母性の恐怖のようなものが感じられる。
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女のいる情景
  1977年に「エーゲ海に捧ぐ」で第七十七回芥川賞を受賞。自ら監督として映画化。私の青春が始まらんという時代なのでよく覚えている。1980年に佐藤陽子と披露宴を開き、以降、池田と夫婦のようになるのだが、入籍はしていない。入籍はできない。池田の前妻が厳格なカトリシャンで離婚に応じなかったとされている。先妻と佐藤の間の、池田の女遍歴は、「女のいる情景」から伺い知ることができる。面白いといえば面白い。
 今にしてみると、後年の池田はマスメディアに擦り切れていったような印象も受けた。本当の才能を些細な分野に分散させすぎたような気もする。が、それでも、古典的な意味で芸術家というイメージの最後の人だったようにも思う。彼のぼさっとした頭髪と、ぬーぼーとした表情、語り口は、いつも、男のイノセンスのようなものを与える。それが魅力でもあるが、それは同時に狂気的ななにかでもあったようにも思う。
 池田の喪主は佐藤陽子となった。池田とは18年くらいの日々だったか。幸せであっただろうなと思う。池田と佐藤の歳の差は15年。以前は随分と歳の差があるように思えた。しかし、自分も中年になってみると、そのくらいが男と女の許容範囲かなと思う。ルチアーノ・パバロッティとかポール・マッカトーニーは例外だね。

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日本の景気は回復しているのだが

本文を読まれる前に

 本稿について、noriさん、svnseedsさんより、重要なコメントをいただいた。本文に併せて読んでいただきたい。
 noriさんからは、外需主導への疑問が提示された。この点について、私はまだ十分に理解できていない。今後の考察を深めたいと思う。
 svnseedさんからの指摘はクリティカルなものだった。まず、為替介入の基本事項として日銀は実動であり決定は財務省ということ。確かに、この点は誤解されやすいし、私も失念しがちだったと反省する。
 もう一点、日本の米国債買いは、「米国貢ぐ」といった陰謀なのかについてだが、端的に、私は陰謀論は採らない。が、結果として「貢ぐ」ではないかという思いは十分に解消されない。この問題については、別途、稿を起こしたい。

 今朝の新聞各紙のテーマは、昨日発表された内閣府による国内総生産速報だ。昨日の極東ブログ記事「木村剛『デフレの終わりは始まったか?』に」もこれを見て書いたものなので、基調の考えは同じだ。
 概要は読売新聞社説「GDP統計 『高成長』の実感はまだ乏しい」がわかりやすい。なお、よりわかりやすいのは読売マネー「GDP年率7.0%増 13年ぶり高水準 設備投資に力」(参照)である。


 昨年十―十二月期の国内総生産(GDP)は、七―九月期に比べて実質で1・7%増、年率換算で7・0%増と、事前の予想を大きく上回る高成長を記録した。年率で7%を超えたのは、バブル期の一九九〇年四―六月期以来、実に十三年半ぶりだ。

 まず、これを事実として受け止めたい。つまり、統計はそうだが実際は違う式の論法はとらない。
 この景気回復について、新聞各紙社説の受け止め方には弱いながらも賛否の差異があり、政策への提言が違う。この差異のスペクトラムのなかに真相があるとも思えないのだが、差異自体が面白いと言えば面白い。軽く巡ってみる。
 朝日新聞社説「GDP――民の底力が引っ張る」では依然デフレ(「物価下落に歯止めはかかっておらず」)としてこうまとめている。なお、依然デフレという認識は正しい。GDPデフレーターは前年比2・6%下落。

必死で努力する会社が業績を伸ばす一方で、市場の変化に対応できず改革ができない企業は沈んでいく。二極化が進むなかで、全体として経済が拡大しているというのが、今回の構図である。

 そうだろうか。朝日はまたぞろ「新三種の神器」を持ち出すが、それは話の筋が違う、なにより結論からはちぐはぐな印象を受ける。

それには金融の機能を回復させることが欠かせない。政府は不良債権問題の解決に全力を挙げ、民間企業が自力で立ち直る条件を整える。それが、日本経済がデフレから脱し、復活することにつながる。

 金融機能回復という看板はいいのだが、それが不良債権問題に連結しているのは論理飛躍がある。サヨク一流の精算主義と笑って済むことなのか、ダイエー・UFJ問題を織り込んでいるのか多少気になる。
 日経新聞の社説「景気拡大の持続力を高めるには」は朝日ほどのズレ感はないものの、結論的には朝日と同じなので省略する。
 読売新聞社説「GDP統計 『高成長』の実感はまだ乏しい」は、概ねプレーンな解説なのだが、主張としては、なお金融政策などでデフレ解消を勤めよということだ。産経新聞も同様の論状であるのでこちらは省略する。
 読売新聞の社説では次の点に注目したい。

 日銀は一月、追加的な金融緩和に踏み切った。これに対し「景気が回復しているのに、緩和を続けるのはおかしい」との批判が出ている。
 だが、本格回復の障害となっているデフレが続く限り、日銀がその脱却を目指し、金融政策で粘り強く対応するのは、正しい姿勢である。 

 これは毎日新聞社説「7%成長 介入と緩和見直す時が来た」のような議論と対立している。
 毎日新聞は標題とは裏腹にやや韜晦に書いている。本音は標題どおり、リフレ反対である。結語はこうだ。

 日銀が心理効果狙いで量的緩和を続ける時期は終わった。政府が円高阻止のため円売り・ドル買い介入しても、景気の持続に資するとは考えられない。そうであるとすれば、政府は財政再建に踏み出し、日銀は本来の金融政策に復帰する道を探るべきである。企業も本当のリストラ(事業の再構築)に取り組まなければならない。

 結語だけ取り出しても、わかりづらいかとは思う。この結語をどのように議論がサポートしているか気になるところだ。が、私は、この結語は議論によって支えられていないと読んだ。最初にこの結論ありきと受けた。
 各紙社説のスペクトラムは、概ね、以下の軸でまとまる。

  • 金融緩和をなお推進せよ(読売・産経)
  • 構造改革を推進せよ(朝日・日経)
  • 金融緩和を止めよ(毎日)

 しかし、この議論の軸自体有効なのだろうか? むしろ、そうした軸からこぼれ落ちる部分が重要であるように思える。いくつか拾ってみたい。
朝日

日本政府が為替介入で得たドルで米国債を買って、米国の貿易赤字と財政赤字を支える。そのおかげで米国の景気が保たれ、まわりまわって日本企業が潤う。こうした図式はいつまで続くのだろうか。

読売

 成長率を押し上げたのは、日本経済を牽引(けんいん)するエンジン役の輸出がかなり力強くなってきたためだ。
 米国や中国の高成長を受けて、輸出は前期比4・2%増と伸びた。特に、中国向け輸出は昨年一年間で、前年よりも33%も急増している。輸出拡大を受けて企業が工場拡張を始めた結果、設備投資も5・1%増と拡大した。

毎日

 しかし、その先は、わからない。巡航速度の成長かもしれない。建設や情報技術(IT)などでバブル的状況が生まれるかもしれない。中国のバブル崩壊などの要因で、急激に減速するかもしれない。設備投資では建設業の寄与が大きくなっているが、その主力は工場、オフィスビル建設である。東京を中心とした都市再開発ブームは必ずしも、実需に根差しているとは言いにくい。

 二点思うことがある。まず、現在の好景気は米国輸出主導と見ていいだろう。そして、それが可能なのは、日銀が膨大な規模でドル安阻止を行っているからだ。また、その膨大な資金の一部は結果として国内の量的緩和にも循環している。これが緩和なリフレ策を押している。
 私の見解は稚拙かもしれないが、現状の緩和なリフレ策は結果としてはリフレ効果を生むのだが、ドル買いなどは、およそ政策と呼べるものだろうか。日米間のとんでもない詐術ではないのか、それが疑問だ。
 もう一点は、毎日の指摘にある程度同調してしまうのだが、中国バブルの懸念は高いと思う。また、日本の都市化による内需は日本の田舎を疲弊させてしまう。これは構造変化として見過ごしていいことなのだろうか。うまく言い得てないので、極論すると、日本は日本内部に新日本を作りだし、ローカルな部分をコロニアルなものに変化させているのではないだろうか。ただし、搾取被搾取といった古典的な図ではない。むしろ、都市からのローカルへの贈与だ。ちょうど先進国が途上国に贈与を行うことでその関係を固定化しているように。
 極東ブログらしく、笑いを取るような表現で締めてみたい気もするが、ピーター・タスカの日本版ニューズウィーク「日米が突き進む『金融心中』への道」(2.11)を借りたい。

 財界人、官僚、改革派の政治家など、エリートは財政危機が迫っていると口々に言い立てる。メディアは年金制度が破綻するというホラーストーリーを書き立て、ベストセラー小説が国債の暴落を予言する。政府は税率を上げて歳出を削減し、庶民は長年にわたって痛みに耐える覚悟をすべきだと、誰もが口をそろえる。
 エリートは国民にそう伝え、国民はそれを信じる。だが、現実はまったく違う。日本政府は国内で歳出を抑えているのに、海外では何十兆円もの金を平気で投じている。日本の大手輸出企業の利益を守り、アメリカ中流階級の過剰消費を支えるためだ。日本は構造改革を進めるどころか、途上国的な輸出至上の思考パターンに後戻りしている。

 私はそれに同意する。プロジェクトXなら泣いても笑ってもいい。泣くも笑うも語り口の問題だから。しかし、「途上国的な輸出至上の思考パターン」は笑えない。それが、日本の悪しき(市民を抑圧する)権力の機能だから、だと、私は考えるからだ。

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2004.02.18

木村剛「デフレの終わりは始まったか?」に

 考えがまとまっているわけではないが、なんとも気になるので、中途半端ながら書いてみたい。木村剛「デフレの終わりは始まったか?」(参照)についてだ。もう少し考えがまとまるなら、トラックバックにでもしたいのだが、率直なところ、それほどの価値はないだろうと思う。
 木村剛の今回の話の基調は標題「デフレの終わりは始まったか?」が示唆するように、デフレは終わりつつという認識を示している。
 まず、それはそうなのか? 批判はそれほど難しくない。木村の説明はただのレトリックに終始しているからだ。


昨年年間の東京都区部の消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年比0.4%の下落にとどまった。これは5年連続の下落なのだが、品目別に見ると、ティッシュペーパー、輸入品ハンドバッグ、婦人上着などが軒並み10%以上、値上がりしている。また、企業物価指数を見ても、中国の旺盛な需要などを反映して鉄、非鉄、紙パルプなどの素材の上昇が目につく。

 皮肉に言えば「素材の上昇が目につく」は笑いを誘うところだろう。それはさておき、当の問題は、日本のデフレは終わりの局面にあるのか?であり、これは議論ではなく、事実が決することだ。とりあえず、3月を越えれば見えてくるものがあるはずだ。
 そして以下、「デフレの終わり」という仮定の上で議論ができるか、というと難しい。が、現状の経済状態を見ると、小出しのリフレで、曖昧に緩和にデフレが終わるような雰囲気はある。このあたりは、リフレ派の野口旭の「ケイザイを斬る」「第7回 政策批判の過去と現在」(参照)の指摘とも呼応するように思う。

 この連載の読者にとっては意外かもしれないが、筆者自身は、昭和恐慌時のようなある意味ですっきりとした決着はおそらくないだろうと考えている。すなわち、政策転換は劇的にではなくなし崩し的に行われるであろうし、その結果として、経済的破局も何となく回避され、それと気付かないうちに終息していく可能性が高いのではないかと予想している。

 その意味で、デフレは「それと気付かないうちに終息していく可能性」があるし、それは現実的な視点でもあるだろう。皮肉なことに、それこそ木村剛が折り込み済みとしている、と見てもいいだろう。と、して先を進める。
 この先の木村の主張はこうだ。

経済がデフレから脱却した時に、マーケットは今の日本の金利水準が異常なまでに低いことに気づきはしまいか。日本の財政が危機的状況にあることを改めて認識しまいか。歴史的にも世界的にも、今の日本のように10年国債利回りが1%前後の水準で推移してきたケースはない。裏を返せば、デフレが終焉したとき、金利が今の水準にとどまることはありえないということだ。

 ここで奇妙な感じがする。デフレが終われば、金利が上がるのはあたりまえのことだ。というか、その指摘はほぼ無意味だ。その話と、財政危機による金利上昇の話が、奇妙にだぶって語られているように私は感じる。
 私の初歩的な無理解かもしれないのだが、ここでは財政危機は国債乱発を意味しているからこそ、金利上昇の懸念となるのだろう。つまり、かねてよりの財務省側の言い分だ。
 木村はここで何が言いたいのだろうか? 財務省寄りに財政再建をほのめかしているのだろうか。もちろん、橋本内閣の愚を繰り返すわけにはいかないから、おおっぴらには言えない。
 木村のブログの文をさらっと読む限りは、金利上昇はしかたがない、とだけとも取れる。そして、その状況で、円安になるのはとりあえず当たり前のことと言ってもいい。もはやみんな忘れたことにしている堺屋太一「平成三十年」への階梯だ。
 仮定に仮定を重ねて考えることは徒労感が漂うが、修正局面としての円安はあるだろうが、円安に突き進むことがありうるのだろうか?
 そう私が思うのは、この木村の話に、国債とともに隠されているのは米国債だ。日本がこれだけ米国債を買っている現状、米国との関連で円安になるとは思えない。
 総じて言えば、木村剛のブログは、私にはその意図が掴みづらい。なぜなのだろうか。私の読みが間違っているというなら、それはそれで、諸賢の苦笑を誘うだけでいいだろう。

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数学とは何か

 迷宮旅行社「数学とは何か(というほどのこと)」(参照)を読みながら、よく書けたエッセイなのだが、ちょこちょこと部分部分には苦笑した。今の若い者は困ったもんだみたいな感じである。が、それ自体はたいしたことではない。むしろ、大学で学ぶべきことを逸したら、大学出てから学んでもいい。先日、池澤夏樹のなんかのエッセイを読んでいたら、彼がごく最近グロタンディエクを知ったという話があり、ずっこけた。それでも、知らないよりはいいことなのだ。
 迷宮旅行社エッセイでは、数学とはなにかということを次の二点にまとめていた。


  • 1つは「数学は現実世界の法則を表わしたものではない」ということ。
  • もう1つ。現代数学が開花するなかで、無限の扱い方も飛躍的に進展したというが、そこにも想像を超えた話があった。

 二点目は無限の濃度(cardinality)のことだ。大学で教わっていないのかと思ったが、ふと、吉本隆明も大学出てフリーターしているころ、遠山啓のもとでこの集合論の基礎を知って驚いたってなことを書いていた。かくいう自分もブルバギ流の数学史の関連でカントールを学んだとき、おもろいやっちゃとか思ったものだ。対角線論法など、中学生でもわかるのだからもっと初等教育で学んでおいてもいいかもしれない。
 だが、そうした細かいテクニカルな問題は実はどうでもいいのだ。ちょっと自分のブログで書いてみたいなと思ったのは、迷宮旅行社エッセイのような数学というのもののイメージについてだ。なお、迷宮旅行社エッセイの批判ではまるでない。誤解されないように。
 日本では、「ゲーデル、エッシャー、バッハ」だの柄谷行人あたりがゲーデルだのと言い出すあたりから、ニューアカの雰囲気のなかで、数学がなんだか、文系的な世界で小洒落たアイテムみたいになってきた。が、どうも私は馴染めないのだ。ゲーデルの不完全性定理とか哲学めかした文脈で持ち出す輩は、元になる自然数論がわかってない。ゲーデルを持ち上げるわりに、その後彼がライプニッツに傾倒する心情もわかっていない。ま、でも、そんなこともどうでもいい。
 重要なのは、数学というのは、我々の社会にとって、まず工学の補助だということだ。私にとっても、数学はまず工学の補助だった。工学を学ぶために数学があった。自慢話のようになるのを恐れるが、私は初等数学を父親から学んだ。父はエンジニアだった。三角関数から微積分の基礎くらいまで小学生の時に理解した。早熟だったわけではない、アマチュア無線の免許が欲しかったからだ。まだ筆記試験の時代だ。共振回路やアンテナの特性など計算しなくてはいけないのである。工学的なニーズがあるから、数学を学んだのだ。
 数学とは、そういう技術屋の道具なのである。そのあたりが、哲学めかした輩も、教育を論じる輩も、とんちんかんなことをよく言うぜ、と思うことが多い。「分数の割り算もできない」とか言うなよと思う。分数に割り算は不要。数学的にもそんな演算は無意味だし、なにより技術屋の数学は合理的でないといけない。
 そこで自分にとって、なにより便利な数学の本の紹介でも書こうかと思って、書架を見ると数学書が少ないのに呆れた。直に学んだこともある野崎昭弘先生の本も、今じゃ一般向けのエッセイがあるくらいだ。と、書架を見ていくと、これだよ、大切な本がちゃんとあるじゃないか。
 矢野健太郎訳補「現代数学百科」である。数学といったら一も二もなくこの本だろ。と思って、ふと、よもや絶版?か。アマゾンをひくと絶版。ああ。
 さすがに古すぎるのか。昭和43年だものな。しかし、こんなに便利な本はねーぞと思う。付録に公式集に加えて数表も載っている。電卓がなくても三角関数や対数がわかる便利なものなのに!というのは今では洒落にしかならない。父親に数学を教わったときの電気磁気の本にもこの数表はあった。こういうのはもう今の時代にはたしかに不要かなとは思う。そういえば、計算尺は現代ではどうなっているのだろう。技術屋が手放すわけもないと思うが。
 現状で絶版であれ、この本の価値は、変わらず矢野健太郎の序のとおりだと思う。

教師は自分自身のみならず学生たちのために、この本の出たことを喜ぶだろう。父兄もまた同様。学窓で学んだ数学への興味がまだまだ残っている人にもうれしい本であろう。私が若かったらとびついて欲しがるだろうし、今でも、書だなに入れておきたい本にはちがいない。

 そのとおりだ。2004年でもそうだ。と言っても、回顧と洒落になってきたが、それにしてもこの本の価値が薄れるわけもない。原典の状況が気になるので見ると、"The Universal Encyclopedia of Mathematics"は、まだちゃんとある。古典だ。
 しかし、「現代数学百科」はできれば訳本のほうがいい。数学の訳語がよくわかるからだ。数学など工学は、できれば、英語で学び直したほうがなにかと便利なものだ。余談だが、技術翻訳の監修で糊口をしのいただときも、辞書用語の関連を知るのに、単純な技術用語辞典より、「現代数学百科」は便利だった。なお、同じく矢野健太郎で共立から「数学小辞典」も出ているが、概要を見るに類書のようだが、こちらの本は私は知らない。
 そういえば、「ヘロンの公式」は載っていたはずだと、「現代数学百科」を見ると、ちゃんとある。私が高校生の時だったが、父は線路設計・監督をしていた。ある日、雑談のおり父が、「直線で囲まれた不定形な土地の面積計算に簡便な方法はないか」というので、私が「ヘロンの公式」を使えばいいと話したことがあった。簡素な式を見せると、これで面積が出るのか、と怪訝そうだったので、私は余弦定理から証明をさらさらと書いた(今の自分はできるだろうか)。それを見て、父は納得した。後日、父は、あれは便利な公式だなと言った。
 そうだ。数学とは、なにより、便利なものでなくてはいけない。

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味噌の話

 味噌の話。沖縄で暮らしているころは、現地の風土のせいか、麦味噌が美味しかった。魚の汁にも合う。本土の大量生産の味噌も販売されているのだが、現地のものも流通している。沖縄の食には奇妙ながんこさがあって、今でも松山容子のボンカレーが売られている。本土外装のも販売されているのだが、松山容子を払拭はしない(参照)。夢路師匠ズバリ買いまショーのオリエンタルカレーもマース付きで販売されている。これは、けっこうありがたかった。日本のカレールーは実は脂肪の塊なのだが、オリエンタルカレーの脂は少ない。本土でも健康志向で売ればいいのにと思う。話を味噌に戻す。

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ボンカレー
 本土に戻ってから、高級食材などで大仰な味噌が販売されているので、高ければ味噌の味がするだろうと思ったのだが、ダメだ。ぜんぜんダメという感じだ。通販で製造元から買っても、ダメ。私は自分で味噌を造ったことがあるので、そんな難しいものではないと思うのだが、まともな味のする味噌がない。
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オリエンタルマースカレー
 
 これには、嗜好もあるなとは思う。私はどうやら、ある種の味噌の味を求めているようなのだ。と、種を明かせば単純な話、私は信州の味噌の味噌汁が飲みたいのである。というわけで、ある程度、絞り込んで探しまくり、とりあえず見つけた。かなり癖のある味噌なので、人にはお勧めしない。
 ポイントは、味噌玉だった。味噌について、樽がどうの、豆がどうのという蘊蓄などうるさい。味噌玉で味噌を造ってほしいのだ。母の実家では私の子供の頃でも味噌玉で味噌を造っていた。建築史家藤森照信の「みそ玉」の話が面白い(参照)。

 当時は秋になると、どこの家でもみそを作った。水田のあぜに植えた大豆を取り入れ、風呂おけのような鍋で煮て、ミンチ状にする。これに塩とこうじを加え、直径10センチほどの「みそ玉」にした。この玉に一つ一つ指で穴を開け、わらを通して物干しざおに下げ、風通しのいい軒下にかけた。「指で穴を開ける作業が子ども心に楽しかった」
 壊れて地面に落ちるみそ玉もあるが、しばらくすると発酵が進み、表面にカビがふいてきて、牛のフンのようにひび割れる。これをつぶして貯蔵した。

 味噌玉は信州のものだけかと思って調べると、全国にあるようだ(参照)。古くからの製造法なのだろうか。
 詳しくは知らないのだが、最近の味噌が、味噌っぽくないのは、梅干しと同じで、塩のせいかもしれない。自然塩だのどうでもいい。塩が甘すぎるのだ。もちろん、麦味噌のように甘い風味の味噌もあるのだが、それにしても、昨今の味噌は塩が少なすぎると思う。梅干しの連想で適当なことを言うのだが、塩がきつくないと、味噌の風味はでないのではないか。というか、三年以上寝かせることは難しいように思う。
 味噌関連で困ったことだが、手頃な味噌漉しもないことだった。100円ショップのせいか、安物ばかりなのだ。これも考えてみるに、味噌漉しの不要な味噌が多いからかもしれない。ダシ入り味噌なんて論外なものすらある。日本人の味覚はどうなってしまったのだろうと思う。もちろん、味噌玉で作った癖のある味噌では、調味の味噌には使いづらいので、それは別にしておくほうがいい。
 さらに味噌漉しから連想である。最近、「みそっかす」という言葉を聞かない。気になって辞書をひいたら、「おみそ」という言葉が載っていない。確かに少子化というか「おみそ」のいない時代になったのだと感慨深い。こういう言葉自体、共通一次試験以降の世代には通じないのかもしれない。困ったなと思う。が、「みそっかす」で字引を引くと、広辞苑には「(遊びの中で)一人前に扱われない子供。みそっこ。みそっちょ。」とあるので、まるで死語でないのだろう。それにしても、「おみそ」と書けよと思う。
 男のグルメだか知らないが、しょうもない美食に蘊蓄をたれる輩が多くなったような気がする。そういう自分もその口なのかもしれない。しかし、日本人の食っていうのは、一汁一菜だろうと思う。この味噌の体たらくをみると、「一汁」がなってない。それで、日本食の蘊蓄も糞ないだろうと思う。
 とま、味噌糞の話でオチとしたい。

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カネボウFor beatiful human life

 大手新聞各紙が雁首並べてカネボウ問題をテーマにしていた。呆れた。読んでみた。阿呆臭かった。なんでこんなのがテーマになるのだろうと思うものの、お付き合いで駄文を書く。まさかと思うが問題を知らない人がいるかもしれないので、手短にまとめた日経新聞社説「疑問多いカネボウ再建策」の冒頭を引く。


 カネボウは産業再生機構を利用する新たな経営再建策を発表した。花王に化粧品事業を売却する当初の案から乗り換える形になる。同社によると、経営者の交代や金融機関の債権放棄を伴わずに、花王より有利な条件で再生機構から出資を仰げる見込みという。
 これに対し再生機構は「できる限り迅速かつ前向きに検討する」とのコメントを発表した。具体的な中身は再生委員会の判断次第だが、カネボウが発表した内容には疑問が多い。産業再生機構の支援は、もし失敗すれば国民に付けが回る仕組みだけに、安易な利用は許されない。

 伊藤淳二の老害を自浄できないカネボウはふざけた態度だが、問題はむしろ産業再生機構が期待されたほどの機能をしていないことだが、各社説ともその問題には立ち入ってはいない。この問題はエコノミストたちもあまりきちんと議論していない気がするのは、つまらない領域だからだろうか。関連の話題は、ヤフーに「産業再生機構」(参照)にまとまっているともいえるのだが要領を得ない。社会問題はむしろ、ダイエーとUFJ関連だろうと思う。が、これはある日突然降って湧いたように、おやまぁ問題発生、となるのだろうか。
 カネボウといえば、私が大学生のころ同級生の米人が、"For beatiful human life"って面白いなと言っていた。そういう表現は英語にないんだよ、と。どんな感じがするのか聞くと、地球生命体だと受精卵だとみたいな感じのようだ。Lifeという言葉は私も未だによくわからない。トルストイに「人生論」というのがあり、よく読まれているようなのだが、読んでみるとこれがけっこう変な本。というか、My lifeという語感はこういう変なものなのだろうかと思う。察するに、Lifeというのは、泥でできた人形に神の生気(プネウマ、ニューマ)を吹き込むような、そんな生気に形を与えたようなもののようだ。そして、そこから出来た諸生命体という感じだろうか。それの存続がLivingなのだろう。「人生」とは違い、「命」というのはやや違うようだ。
 The Human Life Reviewという雑誌があるが、これは中絶問題を扱っている。と、ふとひかっかってぐぐってみると、そうだった、カネボウにOTCで見かけるエキス漢方などを作っている薬品部門があるのだが、こんな歴史を持っている(参照)。

1966 山城製薬(株)の経営権を譲り受け、薬品事業へ進出
1972 カネボウ薬品(株)設立
1976 漢方研究所設立
1978 漢方エキス錠シリーズ発売(八味地黄丸料エキス錠発売)
1999 医薬品新薬事業を日本オルガノン社に営業譲渡

 で、このオルガノン社と言えば、1999年に日本でも承認された合成黄体ホルモン(デソゲストレル)を使った低容量ピル「マーベロン(marvelon)」。すでに販売されているが、普及していない。"For beatiful human life"という洒落は慎みたいし、マーベロンについてはこの文脈で論じるものでもないだろう(フェミニストの見解が聞きたいものだが)。
 話がどんどん逸れそうなので、おしまい。もともと、こんな話題、社説にすんなよ、新聞屋。

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2004.02.17

韓国の大相撲興行にふれて

 今朝は社説ネタで気になる話題はほとんどなかった。朝日新聞社説が「大相撲訪韓――じかに触れ合う面白さ」と韓国で興行中の大相撲について触れているが、せせら笑いを誘うようなものだ。


日本の衛星放送が韓国でも映るようになった90年ごろには、相撲中継がやり玉にあげられ、文化侵略論が高まった。「シルム(韓国相撲)があるのに、子供たちが日本の相撲のまねをするようになった。親日的な人間になってしまう」といわれた。

 韓国中央日報記事「<取材日記>わだかまり残る『シルムと相撲』」(参照)も戦後世代の記者なのだろうなと思う。

 まず、文化交流の韓国側当事者である民俗シルム関係者が、誰一人招待されなかった。 「行事の参加の是非を問うファックスが1枚届いただけ」と、シルム連盟関係幹部は不快さを隠せずにいる。 相撲の本流であるシルムへの待遇がなってないという思いがある。 植民期に相撲から受けた弾圧も、忘れていないようだった。
 一方、ある日本の新聞が最近のコラムで、シルムを「スポーツ刈りにパンツ姿」と書いた。伝統と体系が弱いという彼らの理由からシルムを相撲と同格に扱うことを敬遠する日本人の本音が見え隠れする。
 そうしたわだかまりと視点の違いを残したままかけられた、文化交流の最初のボタン。 なにぶんにも、重く冷たい印象だった。

 んなこと言われてもよー、みたいな話だ。むしろこの手の制度的な発想を今回の興行は破ったとも言えるのだろう。が、今さら相撲かねとも思う。
 関連で面白いなと思ったのは、朝鮮日報記事「【記者手帳】隠された歴史“韓国人横綱”」(参照)だった。

 1971年、日本で力士1人が若くして亡くなった。シルム(韓国相撲)の天下壮士にあたる「横綱」玉の海が、急性肝炎で27歳の生涯に幕を閉じた。彼が相撲界を制して1年8カ月目のことだった。
 彼の故郷、愛知県には記念館と銅像が建立されたが、彼が「ユン・イギ」という名前を持つ韓国人だったという事実を知っている日本人はほとんどいない。
 1979年、57代横綱に昇進した三重の海も、李五郎(イ・オラン)という韓国人だ。相撲界入門直後に帰化した彼は、日本人、石山五郎になった。日本のメディアはこのような事実を一切取り上げなかった。日本の国技の頂点に韓国人が上り詰めたことを認めたくなかったのかもしれない。

 というわけで、高信太郎は日本人ではないということになった。「おもろい韓国人―愛があるから、ここまで言える」を韓国人に読ませたいなと思う。キョッポは都合のいいとき名誉ある韓国人なのだ。また、日本に帰化したら日本人だよ。それ以上にメディアが私生活に立ち入るべきなのか。
 話は変わる。沖縄には伝統的な「沖縄角力」というものがある。「沖縄角力」のホームページ(参照)に写真と簡単な説明がある。ついでにもう一つ池澤夏樹がさらっと書いた「沖縄角力(おきなわすもう)」(参照)の話もある。現地では現在子供も祭りではシマ(沖縄角力)をやる。戦前からやっていたようだ。よく見かけた。
 モンゴル相撲との関連では「ブフ(相撲)文化から見るモンゴル世界」が示唆深い(参照)。読めば、あれこれ思うことがあるのではないか。
 なんか脱力してまとまったことを書く気にならないが、日本人も韓国人ももっと沖縄の文化のことをきちんと考えるべきではないか。沖縄=琉球をパラメーターに入れることで、日韓の各種の問題が違った様相になる。

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2004.02.16

仏教入門おわり(補遺)

 今月の文藝春秋の仏教特集を読みながら、自分と仏教との関わりをちょっと書いてみたくなり、書いてみると、思ったより長くなりそうなので、4回に分けた。書き残しはいろいろある。が、あとは余計なことだ。とはいえ、その余計なことを少し書いて、終わりにしたい。
 法華門については触れなかった。日本の仏教は天台宗を基軸としているし、私は比叡山から坂本の地が好きだ。酒井阿闍梨も素晴らしいと思う。法華経は教養として誰も読み下し文なり、口語訳なりは読んでおくべきだとは思う。日蓮の主要著作も歴史的には興味深い。特に、その弟子たちの活動が歴史的には面白いと思う。日蓮については、私は千葉の誕生寺とその界隈の伝説が好きだ。私の気質はむしろ日蓮に近いかもしれない。が、それ以上の関心はない。ご覧通り、私は、念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊である。
 仏典については、法華経以外に、ドラマティックな維摩経や勝鬘経など教養人は口語で読んでおくべきだろう。それは読みものとしても面白い。柄谷行人が中論などに関心をもったように、ナーガルジュナの中論などはウィットゲンシュタインのような知的な関心を誘う。困ったことに、この分野の知性は、そこに究極の答えがあると幻想する。仏陀の正覚がそれを解消するのだという思い込みがある。困ったことだと思う。そんなものはない。予見する脳は見いだすことができないからだ。
 仏教をいくら書籍で学んでも、日本の歴史に刻まれた仏教文化はわからない。なぜ阿弥陀、薬師、観音がセットになっているかを知るには、まったく違ったアプローチが必要になる。また、民俗にとけ込んだ仏教的な要素もなかなかわかりづらい。四十九日の由来などは、バルドトゥドゥル(チベット死者の書)など読んで勝手に理解したつもりでもいいかもしれないが、民俗仏教については、道教も含めて、もっとわかりやすいガイドブックがあってもよいように思う。が、一冊の例外を除いて知らない。その一冊は絶版だろうから、記さない。
 私は良寛についてなにか書きたい気もした。彼は、若い日に道元を深く理解していながら、なぜあの人生を歩んだのか。こういう考えは文学に過ぎるのかもしれないが、道元には不思議な優しさがある。ある程度、道元を読み込むうちに、その気品ある優しさに気が付く。そしてそれに虜になってしまう。懐奘が道元に従ったのは、それだろうと思う。この優しさのなにかに、なしかしら苦悩と悲しみも感じられる。それは、良寛にも感じるなにかだ。私の勝手な妄想かもしれない。が、道元の教えのなかに、良寛のような生き様が含まれているように思える。漱石は晩年、良寛の書を心の慰みとしたと聞く。良寛には、道元と通底する、悲しみのような優しさがある。
 私は仏教を含め、宗教には救済を求めない。それが矛盾でもあるのはわかる。そうでなければ、こんな泥を這うような愚かしい知の営みはなかっただろう。うまく言えないのだが、宗教的に語られる救済には、なんの意味もない。信じること、知ること、そうした営みとして形成される追加物としての救済に、意味はない。恥ずかしい表現だが、魂の孤独に至り、その無間の闇のなかにあるとき、歴史を越えた仏徒たちをほのかに感じるだけだ。神秘的な感覚ではない。あたりまえの感覚として。
 と、そういえば、文藝春秋の宮崎哲弥は手塚治虫の「ブッダ」をお薦めから落としていたが、あれは面白い物語だ。ダイバダッタ(提婆達多)の話がいい。仏徒は人間の憎悪というものを知らなくてはいけない。この漫画は、登場人物が手塚らしくエロティックに描かれているのもいい。ついでにいえば、ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」も面白い。ここでは、仏陀はゴータマとして、主人公のシッダールタ(これは仏陀の名前でもあるのだが)とは別の人間に描き、そのシッダールタの悟りを最後に語らせている。ここからヘッセの哲学だのユンク心理学などを読み取るのは愚かだ。この物語から読むべきは、愛欲と子を持つ人間の苦しみだけである。それだけで十分だ。

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仏教入門その4

 禅について書いても、無意味なのではないかという気もする。世人は玄侑宗久「禅的生活」で満足しているようだ。日本の禅は臨済禅か。私には関係ない。が、今禅について思うことを少し書いてみたい。

cover
臨済録
 禅について書かれた本は面白いが。それは罠だ。禅の障害である。そうわかっていても、面白いものは面白い。この一冊というなら、臨済録だろう。最後にオチもある。臨済の禅は臨済の死をもって終わる。本当に終わったのだ。
 臨済に関連して中国禅の話は柳田聖山「禅思想」が面白いには面白い。柳田聖山のものはよく読んだが、もういい。我が邦の禅師では一休宗純。その狂雲集はどうか。隠元、白隠、鈴木正三の語録はどうか。もういいなと思う。
 碧巌録はどうか。無門関はどうか。趙州無字。犬に仏性はあるか。くだらない。この公案の答えは、くだらない、だ。
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正法眼蔵
 なぜか。それは「一切衆生悉有仏性」をなんと読み下すかにかかっている。そこに禅は極まると思う。これは、「一切は衆生であり、悉有は仏性である」と読み下す。これを「一切衆生は悉く仏性有り」と読み下す者は、外道である。
 この話は道元の「正法眼蔵」の「仏性」に説かれている。と言いつつ「正法眼蔵」は難解で読み切れない。仏教用語については、水野弥穂子がこれ以上ないというほど懇切に注をつけているし、さらに、彼女は原文対照現代語訳・道元禅師全集で正確な現代語訳も付けている。でも、わかりやすくはない。正法眼蔵をわかりやすくすることはできない。石井恭二の現代語訳は無意味だ。
 恥ずかしい言い方だが、恐らく、道元の世界はフラクタルに出来ている。彼の禅の全ては「悉有は仏性である」で極まる。それは現成公案と同型だろうし、現成公案は正法眼蔵と同型だろう。幸い現成公案は、正法眼蔵とは異なり、道元が世俗の弟子にあたえた詩文なので、読みやすい。私は、現成公案の解釈、どれ一つとして納得したことはない。
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正法眼蔵随聞記
 懐奘のノートである正法眼蔵随聞記は、正法眼蔵にくらべ難しいところはない。水野弥穂子校訂のちくま学芸文庫「正法眼蔵随聞記」は長円寺本を元にしていて正確であり必携でもあるのだが、読みづらい。和辻哲郎によるワイド版岩波文庫「正法眼蔵随聞記」は読みやすい。改定は中村元だ。長円寺本との差異を知りつつ、これはこれとして読まれてきたのだと弁解を加えている。難はある。が、江戸時代の面山本は現代人でもそのまま読める。訳語なくそのまま読めるのは嬉しい。
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『正法眼蔵随聞記』
の世界
 随聞記にこだわるようだが、水野弥穂子「『正法眼蔵随聞記』の世界」はお薦めしたい。丹念に道元や懐奘らのドラマを描き出している。立松和平が話を加える必要などない。
 禅については、それだけである。正法眼蔵随聞記を読み、正法眼蔵の頭に置かれた現成公案を暗記するまで読み、正法眼蔵をひもとくことができれば、そこまでである。

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西行忌

 あちゃー。と、呟いてしまった。書けば非難に聞こえるかもしれん。とも思うが、しかし、この話は言及しておいたほうがよさそうだ。最初におことわりしておくが、以下の話、非難の意図はまるでない。ご了解願いたい。
 ネタ元は、余丁町散人先生の今日の話題だ(参照)。


2/16 Today 西行忌 (1190)
西行が死にました。73歳でした。生前望んでいたとおりの時期でした。

   願はくは
   花のしたにて
   春死なん
   そのきさらぎの
   望月の頃 

以来、これにあこがれる人が続出。だから、梶井基次郎は「桜の樹の下には屍体がいっぱい」と喝破したのだと思う。


 今日が西行忌とされることは、間違いとは言えないご時世なので、それはそれでいいのかなと思うが、それに併せて、この歌がくると、ちょっと、困る。冒頭、あちゃーと呟いたのはそれだ。
 エレメンタリーな話を書く。「望月の頃」というのは、「満月の頃」という意味だ。そして、「きさらぎの望月」といえば、これは、如月が二月、そして、満月は十五夜ともいうように、十五日のことだ。だから、「そのきさらぎの望月の頃」と言えば、二月十五日を中心に、せいぜい二月の十三日から十七日くらいのことを指す(ところで現代では十三夜は死語であろうか)。
 新暦になってしまった現代人にはわかりづらいのかもしれないが、旧暦で生きる人間(私がそうだ)にしてみると、旧暦でその月の十五日はかならず満月なのである。旧暦とは月の満ち欠けでできているムーンカレンダーであり、日本人と限らず、アジア人はこの月を見ながら歴史を刻んで生きてきた。
 その意味で、「そのきさらぎの望月の頃」が、新暦の今日であるわけはないのだ。今日は、旧暦の一月二十六日、これから新月に向かうのである。余談だが、新月は朔日、つまり旧暦の一日で、太陽と月と地球の位置関係を想起していただきたいのだが、この日には、日食が起こる可能性がある。そういうわけで、朔日には古代の人は太陽の満ち欠けを気にする。なぜか、太陽は皇帝の運命に関わるからだ。
 話を戻す。新暦の今日の日では、西行の死の情感は薄いのである。また、旧暦を考えれば、「花のしたにて」もわかりやすい今年を例にすれば、旧暦の閏二月十五日は、新暦の四月四日。その日、日本は桜が満開になっているだろう。なお、散人先生に計算していただいたところ、西行が死んだ1190年の旧暦二月十六日は新暦では三月二十三日になる。桜が咲くのである。
 この歌にはもうひとつ背景がある。なぜこの日に死にたかったのかというと、この日が釈迦入滅の涅槃会だからだ。余談だが、涅槃とはニルヴァーナのことだ。知らない人が多くて泣ける。西行は釈迦の涅槃になぞらえて死にたいと思ったのだ。
 実際に西行が死んだのは、旧暦の二月十六日(1190)。というわけで、一日違いはあるものの予言どおりの死に近代人は驚嘆し、西行忌も十五日とするのだが、あの時代に、彼のような僧の人生を考えれば、これは、自殺だろう。といって、服毒などではなく、餓死であったと思われる。
 餓死説は山折哲雄も言っていたが、彼の場合は最近の彼の趣味のようなものだが、私は、西行ゆかりの歌枕である「壺の碑(つぼのいしぶみ)」を想起してそう思う。歌枕がなんであるかは、さすがに面倒臭いの解説しない(高校で教えるのではないか)。
 私は大伴家持の人生に関心を持ち、多賀城へ旅したことがある。そこに、歌枕「壺の碑」があるのだが、これは、近世以降の誤解。壺の碑は、坂上田村麻呂が蝦夷征討を記念して建たと言われ、伝承では青森県上北郡天間林村らしい。これが後世、芭蕉の奥の細道を読めばわかるが、江戸時代には宮城県の多賀城の碑と混同された。
 話の順をとちったが、健脚西行は青森まで旅をしているのである。当然、その風土を見ただろう。風土とは、藤原三代を想起してもいいが、ミイラの文化だ。私は西行はここで、ミイラとしての即身成仏を見ていたのだと思う。

追記(2004.3.3)
 今年は2月が閏月になること、及び散人先生のご提言を合わせて、本文を修正しました。

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セレブレクス制癌作用メモ

 関連「アスピリンとCOX-2阻害薬」(参照)。

 うかつに書くべき話題でもないのだが、ネットのどっかにインフォはあったほうがいい話題でもあるだろう。誰か書いているだろうかとぐぐってみると、ないわけではないのだが、胡麻臭い感じがする。ので、私は私なりに書いておく。リファラを見ると、この問題に関心をもっている人はそう少ないわけでもないようだ。話は、セレブレクス(Celebrex)つまり、セレコキシブ(celecoxib)の制癌作用である。以前にもぼかしてふれたが、少しぼかしを取ってもいい段階かなと思える。
 ネタの出所はBMJ系のGutである。
 Chemoprevention of gastric cancer by celecoxib in rats (Gut 2004;53:195-200)(参照)。
 ごらんとおり、まだラットの段階であるが、日本人に多い胃癌に関連する話題だ。日本では癌の代替医療が伝統的に茸系のアジュバントを使うことが多いのだが、私の知る限り、この療法は胃癌にはあまり有効ではない。もっとも、アジュバントなどせせら笑う向きも多いのであろうが。
 Gutの概要は手短なものなので関心のあるかたはリンクを辿って読んで頂きたい。一般的には、ロイター系のニュースのほうがわかりやすい。各所に配信されているが、一例を挙げておく。
 In Rats Celebrex Suppresses Stomach Cancer (参照)。


NEW YORK FEB 13, 2004 (Reuters Health) - Treatment with celecoxib -- also known as Celebrex -- suppresses chemically induced gastric tumors in rats, scientists report. "This finding lends further support to the use of COX-2 inhibitors in the (prevention) of gastric cancer," they write.

 意訳しておく。

セレブレックス(セレコシキブ)の処方によって、胃の腫瘍を化学的に抑制することができた。この発見は、胃癌予防にセレブレックスのようなCOX-2抑制薬の利用の支援になるだろう。

 当然ながら、以下のような限定は付く。

Whether this result can be translated into clinical benefit in humans deserves investigating, he added.(意訳:この結果を人間の臨床に応用できるかについては研究が必要になる)

 確かに、この「予防」がどのような意味を持つのか、解釈は難しいところだ。サプリメントのように飲んでいいものではないだろう。
 同記事には、もう少し詳しい説明があるので、関心のあるかたは読んで頂きたい。ここでこれ以上言及するのは危険性が高い。
 繰り返すが、この示唆は日本でももう少し研究されてもいいのではないか。なお、申し訳ないが、この話題はコメントではフォローしない。

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いよいよ人民元、切り上げか

 今朝の問題は人民元切り上げなのだが、扱っているのは、毎日新聞と産経新聞の社説であった。明日あたり、他社でも出てくるのか、すでに織り込み済みということでうやむやになるのか、わからない。ある意味で、現状ではそれほどの事件性があるわけでもないし、この問題に私がある視点を持っているわけでもない。ので、簡単な話で終わりにしたい。
 まず、事態はこうだ。産経新聞社説「人民元切り上げ 適正幅で速やかに実行を」から2カ所を引く。


 中国人民銀行の周小川総裁が為替相場の形成メカニズムを年内に改善すると表明したことで、人民元の切り上げがやっと具体化する見通しとなった。ただ、問題はその中身である。改めて競争力に見合った水準に速やかに切り上げるよう求めておきたい。

 中身はこうだ。

 こうしたことから、見直しは小幅にとどまるとの見方が支配的だ。事実上の米ドル連動である現行制度から、円やユーロなどの主要通貨も加重平均する「通貨バスケット」方式に移行し、その上で5%程度の変動幅を設けるとみられている。

 産経としては、その程度でお茶を濁すなというのだが、この対応は妥当なところだろう。
 毎日新聞社説「人民元改革 完全変動制へ一歩踏み出せ」も基本トーンは産経と同じだ。

中国は早期に為替制度改革の日程を立案すべきだ。まず、上下10%程度の幅を持った変動制に移行することが、現実的であろう。次に変動幅を拡大するとともに、資本取引でも投機的な短期取引を除き、自由化する必要がある。

 しかし、これまでの中国のかたくなな態度を考えれば、変動制への移行はないだろう。
 で、それで何が問題なのか? つまり、日本はどうなるの?である。読売の特集「『人民元』見直し 変動幅拡大など検討か」の細川美穂子みずほ総合研究所調査本部中国室研究員の談話がわかりやすいといえばわかりやすい。

人民元が切り上げられれば、輸出がけん引している中国の経済成長を減速させる可能性が高い。日本経済にとっても中国向け輸出が減少し、景気回復に向けた足取りに悪影響が出かねない。さらに市場介入で円高を食い止めている円に対しても上昇圧力が強まる懸念もある。(談)

 そうなのか? 否定しているわけではない。中国の輸出は多少水をかけられることになるのは間違いない。中国が多少是正されることで風除けが減って円高傾向になるのか、そのあたりはわからない。なお、同記事内の中国銀行の問題も面白いといってはなんだが面白い。中国国有銀行の不良債権問題の表面化の可能性はお笑いではすまされない。といって日本人に笑う資格などないが。
 私はこの問題についてインサイトを持たないのだが、なんとなく思うのは、そうでなくても、現状中国投資はやばいかもなぁという状態なので、これで外貨流入が減ると、奇妙な複雑系を介して、中国、とくに、政治指導部、さらに特に言えば、共産党の爺ぃたちの金づるががたぴし言うのではないか。SARSでは胡錦涛はうまく爺ぃたちを黙らせたが、鳥インフルエンザはまた隠蔽しているようだ。うまく立ち回れるのだろうか。
 なお、日経新聞の人民元切り上げ問題(参照)は推移を知るのに便利だ。

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2004.02.15

仏教入門その3

 浄土教については、自分の宗教的な関心から歴史的な関心がおろそかになりがちになる。だが浄土教に宗教的な救済を求めることは無意味だとも思う。が、それは確実に私の一部となっている。
 15年くらい前になる。一人熊野詣で山を越えて歩き回ったことがある。山の中腹でふと振り返ると、眼下に昔の大社跡が、それがなるほどというくらい、浄土のように美しく見えた。浄土教というのは、あの美しさや輝きを持つものだと思った。また、のたれ死にも悪くないと思えるほどの孤独に感覚が麻痺していたころ、当麻寺の練供養会式の後の春の夕暮れが浄土を連想させるほど美しかった。飛鳥のレンゲ田にたたずみながら、多数の天人たちが今、大空から駆け下りてきても不思議でなく思えた。あの陶酔感や、沖縄のエイサーのもつ躍動感のなかに、浄土教の歴史的な扉があるのだと思う。その美に惹かれる。それでいて私は宗教的にはいつも浄土教にはなにかに戸惑っている。

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人生論ノート
三木清
 浄土教は、日本の宗教史としては、法然を経由し親鸞、そして蓮如、清沢満之というように影響を与えてきた。特に、歎異抄が明治に発見されてから、親鸞は門徒から離れて独自の宗教的かつ知的な対象となった。なかでも三木清が痛ましい。獄中で彼は親鸞を選び取っていた。そうさせる思想の力が親鸞にはある。昭和20年9月26日。彼は独房寝台から転げ落ち死んでいた。それこそ摂取不捨の利益というものなのだ。皮肉を言っているのではない。思想家はそのように死にうるものなのだ。
 親鸞について書かれたもので私が一番深く影響を受けたのは亀井勝一郎の「親鸞」である。旺文社文庫のものだ。現在では全集でしか読めないのではないだろうか。この本の評価は難しい。だが、とにかくそれが私の一部であったことがある。亀井勝一郎については全集も読んだが、今となっては親鸞以外残るところはあまりない。保田與重郎も忘れた。
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最後の親鸞
 吉本隆明「最後の親鸞」については、私はわからないではない。が、それはほぼ吉本の思想と一体化していて、親鸞という文脈では面白くはない。吉本の親鸞論で重要なのは、オウム真理教事件を介した造悪論だけだ。が、彼はそれを明確には展開していない。展開することなく、このまま彼は死んでしまうのだろう。
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歎異抄
 歎異抄は、すこし粘りけがありすぎるが梅原猛による現代訳と解説のものが面白い。また、その考察面でも悪くない。「教行信証」は金子大栄注のものが岩波文庫にある。読みづらいといえば読みづらいし、退屈といえば退屈だ。晩年の親鸞がなぜこれを成したか、またそれは浄土教史にどのような意味を持つか、私は十分な論説を読んだことはない。
 教行信証関連で、自分にとって気になるのは、親鸞が阿弥陀という存在を「自然(じねん)を知らしむる料なり」としている点だ。この問題は私にとってキリスト教的な神学的な問題でもある。妙好人において、阿弥陀は「あなた」という二人称的な存在であったが、親鸞の内部ではそうした人格性の存在(マルチン・ブーバーの言う我-汝の存在)が解体されていたのではないか。それは、人の究極の救済において可能なのか、という点だ。わからない。
 親鸞は和讃も面白い。「親鸞和讃集」も岩波文庫にある。親鸞の言葉の感覚の繊細さを文学として論じたものは、先の亀井以外に見たことがない。
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法然の哀しみ
 法然については昨今話題だ。面白いには面白い。特に面白ければいいというなら、「法然の哀しみ」が面白い。私はしかし、浄土教の点でそれほど重要な考察だとも思えない。蓮如については丹羽文雄「蓮如」が優れている。長いのが難点だが、読みやすい記述になっている。蓮如以前の歴史記述が特に優れている。晩年の親鸞を想起しやすい。また、覚如などについてもわかりやすい。丹羽の「親鸞」はつまらない。
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蓮如
 蓮如については、彼自身の思想というより、おふみ(御文章)を読むことは日本人の役目になりつつある点が重要だろう。岩波文庫の「蓮如文集」が手頃だ。私は父の死に際して、おふみを聞くことになった。現実にいうそう場で、声の厚みのある僧の声で聞くことは、不思議な印象を与える。日本語という言葉の持つ魔力のようだ。信はそのなかにあるような錯覚がする。
 浄土教については、まるで藤原道長のごとくだが、自分の死の瞬間という問題ともときおり関係している。私は確実に死ぬ。私が死を迎えるとき、その意識性はどのような自然性を持つのだろうか。雑駁に考えれば、死の恐怖は、死の瞬間にピークを迎えるようでもあるし、諸生物を見ても、差し迫る死から逃れるように出来ている。が、生物には、死を歓喜として促すなんらかの仕組みが埋め込まれているようにも見える。それが、死の瞬間に作動するのではないか。それが浄土教の意味ではないか。そのまばゆいばかりの美のなかで人は死ねるのではないか。それは、たぶん、妄想である。恐らく、死は眠りと変わりないだろう。

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朱子学は道教

 朱子学なんていうものは、道教できまりと思っていたが、ネットをちょっとぐぐってみたら、まだ定説にもなっていないのかと、ちょっと唖然とした。そしてちょっと反省した。こりゃちょっくら世間様にすり寄るべきだったか、なと。
 そう思ったのは、ryoさんの次のコメントだった。


それに朱子学が道教だというのはいったいどっから来てるのですか.超越性の内在という点で禅と似てるというのならまだしも(もちろん朱子は道教も仏教も批判しますけど,一面では相当継承している箇所があるわけです).それこそ(やな言い方ですが)「と」じゃないですか(笑)極言なんていうけど,単に不用意だと思います.

 とご指摘いただいて、あれ、と思ったのだ。
 ただ、ryoさんは、極東ブログのレトリックをお楽しみにならないようなので、ちょっと残念。というのは、次の指摘は、ちょっと、トホホ。

以上の話は実はどうでもよくて,僕は単に読みながら冷笑的に傍観していただけですが,ちょっと今回の話はひっかかる.漢字が表音文字だと強弁されるのはまぁいいとして,だからといって四書五経が無内容だというのはあまりにひどい妄想(笑).そりゃあなたのように音声によって担保されてなければ意味がない,とまでおっしゃるのならば,四書五経が無内容ということになりますが,意味はべつに音声だけで決定されるもんじゃない(まぁソシュールのラングをむちゃくちゃに解釈されてるんだから仕方ないけど.もちろん「正しい」解釈に訓詁学的にこだわるのもくだらないわけですが).

 ありゃま。私は四書五経の評価については、すでに述べていた。以下のように考えているのである。

「極東ブログ: 教養について」参照
 こうした自由七学芸に相当するのは東洋では四書五経である。四書「大学」「中庸」「論語」「孟子」、五経とは「書経」「易経」「詩経」「春秋」「礼記」。大学生になったら、いちおうイントロダクトリーな部分くらいは読んでおけよなとも思うが。そういうと、日本の文脈では「論語」「孟子」がメインになる。だが、重要なのは、「易経」「詩経」なのだ。と言っても空しいが、が、それより重要なのは、「三字経」や「千字文」なのである。

 というわけで、四書五経なんて無内容でもいいのだよというのはレトリックで、日本の大学生はこのくらい教養として読んでおけよと思う。
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大学・中庸
 で、その四書五経なのだが、四書「大学」「中庸」「論語」「孟子」だが、こういうセットはもろに朱子学のイデオロギーによるものだ。大学と中庸は、もとは「礼記」にあったものだが、朱子、つまり、朱熹が独立的に抜き出して四書として並べた。並べただけならいいのだが、これに念入りの注を加えた。というか、その注が四書五経の四書の正体なので、この古典を現代注で読んだのでは、四書五経の理解にはならない。というか、四書の理解っていったいなんなのだということになる。この問題は、朝鮮史の理解に波及する。
 この話は、実際に岩波文庫になっている特に「大学・中庸」を読むと面白い。またしても、金谷治先生なのがいいのか軟弱なのかわからないが、先生の訳・解は読みやすい。何より、先生の解釈はよいのである。大学と中庸について。

この両書を朱子学の「四書」の枠の中に置いて読むのは、近世以降の正統的な読み方である。

 そうなのだね。が、この先がふるっている。

 ただ、朱子の解釈に従って忠実に読むというのは、十二世紀の朱子の哲学を学ぶことに他ならない。もちろん、それもそれとして意味のあることではあるが、それでは原典との間で大きな隔たりができる。厳密にいって『大学』と『中庸』とをそれとして正しく読んだことにはならない。

 ということなのだ。この先、金谷治先生は仁斎にふれる。が、それはさておき、「朱子が定めた四書の大学、中庸を朱子の注で読むと、読んだことにならない」と喝破される点が需要だ。そのくらいまでは言っても「と」でもあるまい。
 で、朱子学だ。一般的にはこう言われている。広辞苑を引く。

宋の朱熹によって大成された儒学説。禅学の影響に対抗しつつ、周敦頤に始まり程コウ・程頤などのあとをうけて旧来の儒教経典に大胆な形而上学的新解釈を加えて成立。理気説による宇宙論・存在論、格物致知を基とした実践論を説く。日本には鎌倉時代に伝えられ、江戸時代に普及して、官学として封建社会の中心思想となった。朱学。宋学。道学。

 というのを真に受けると、ryoさんのように「超越性の内在という点で禅と似てるというのならまだしも(もちろん朱子は道教も仏教も批判しますけど,一面では相当継承している箇所があるわけです)」という評価になるし、ふーむ、世間ではそういうことか、となる。茶化しているわけではない。悪意はない。ああ、世間はそうなんだなと当方ちと反省しているのである。
 で、朱子学は道教だという主張を反省するかといえば、しない。するわけない。道教だもの。
 朱熹の「大学章句」が先の岩波文庫に訳文だけ掲載されているのだが、その注がよい。読んでミソっていうくらい。気と質について金谷先生はこう解説する。

朱子の哲学では、あらゆる存在は理と気によって成り立っている。人間はみな理による本性をわりつけられていて(『中庸』の「天命の性」)、それは倫理的には絶対善としての「本然の性」でだれもが共有しているとさるが、他面では気というガス状の流動するものによって人間としての物質性が与えられ、その気と気の凝縮した質とによってもたらされる「気質の性」というものができる。(後略)

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世界史の誕生
 冗談?と思うだろう。冗談ではない。金谷先生も真面目だし、むしろ、きちんとまとめてくださって大いに助かる。って、なにに助かるか? つまり、それって、道教じゃん、である。
 朱子学って道教じゃないか。「ガス状の流動するもの」なんて禅にもないし、相当継承しているってなものでもなく、ずばり、道教そのものではないか。
 岡田英弘「世界史の誕生」ではこの状況を史学者として端的に説明している。

道教は、仏教と儒教の教義を総合して、大きな体系を作り上げたが、それをそっくり借りて、術語だけを儒教の教典の熟語で置き換えたものが、宋代に興った新儒学、いわゆる宋学である。宋学を大成したのが南宋時代に生きた朱熹(1130-1200)であった。

 朱子学は道教というわけだ。この珍妙なものがなぜ国家に採用されたかというと、それはその国家が元、つまりモンゴル王朝だったからだ。漢人の宗教に寛容だったからであり、明朝や李朝朝鮮もだらっと引き継いだ。ご存じのとおり、日本人は、そんなものは受け付けなかったのである。

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風力発電に意味があるのか?

 暴論とまではいかないが、よくわかんない問題をそのまま、よくわかんないなということで書く。お題は、朝日新聞社説「風力発電――促進どころか抑制法か」だ。毎度ごとく単にくさすということではないのでご安心を。
 朝日新聞の提起はこうだ。風力発電は「適地は多く、費用も比較的安く、環境の負担も小さいという、期待されるエネルギーである。なのに、普及しないのは、政府の義務づけが問題なのだ」と、ね。


 昨年、北海道、東北、北陸、九州の各電力会社が新たな風力発電の事業者を募った。全体で200万キロワットをこえる応募があったが、肝心の募集枠がわずか計34万キロワットだったことから、大半が事業化をあきらめざるを得なかった。風力発電の適地は北海道と東北に多い。それなのに北海道電力は「新たな募集は当面しない」、東北電力も「今後は未定」という。
 こんな調子では、2010年度に風力を昨年度の6倍以上にまで普及させようという政府自身の目標達成はおぼつかない。
 なぜこうなったのか。大きな理由は、RPS法で電力会社に購入を義務づけた新エネルギーの量自体が小さすぎることだ。
 この法律によれば、発電量全体に占めるその割合は年々上がってはいくが、最終年の6年後でも1・35%に過ぎない。北海道電力のように現在でも風力発電の規模が比較的大きく、義務づけ分を当面こなせる会社は、新たなコストを払ってまでいま以上に買う量を増やす必要がない。

 だから、法で規制して買い取るようにせよというのだ。欧米は普及しているぞとも言う、曰わく、ドイツは日本の約30倍、スペインは約12倍だと。
 私の印象を言う。欧米なみにアップしても、どってことないんじゃないか。そもそも、風力発電なんかまだまだ現実に電力供給源とはみなせないのではないか。そんなことに、エコがらみで拘泥しているより、全国の電力分配システムを見直せよ、また、家庭の電源200Vを普及させろよ、無駄ばかりじゃんか、と思う。
 つまり、そんなことは問題なのか、というのは私の印象だ。
 というものの、風力発電があれば、なんかナウシカみたいでいいじゃんと思う人もいるかもしれない。私は、沖縄で暮らしていて、近所にあれがあったのだけど、率直に言って目障りでうるさかった。日本の都市部の電線・電話線の貧乏臭さはある意味風情があるが、風力発電施設はよほど僻地じゃないと、違和感のあるものだった。もっとも、そんな違和感はどうでもいいかというレベルのことでもある。
 よくわからないのは、というか、私の勉強不足だろう。この手の代替エネルギーの総合的なビジョンが見えない。効果があるのか。京都議定書みたいなアホーなフィクションがドン詰まってトチ狂った意見噴出の兆候、ってことはないんだろうか。
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すばらしい新世界
 風力発電については、池澤夏樹「すばらしい新世界」が新聞小説ということもあり漫画のように面白かった。この話でよかったなと思うのは、風力発電の規模が小さいことだ。実際、読みながら、こう小型設備があるといいんじゃないかと思った。現実の日本では無用のようだが、すてきな奥様たちが、情報家電機器のコンセントをこまめに抜き差ししているホラーな世界もあるのだから、日本でも安価でもとが取れるなら売れるのではないかと思う。といいつつ、これはエネルギー問題ではないな。
 だらっとした話になってしまったが、北朝鮮問題だの核拡散防止だの、今日はもういいやという感じだったので。

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