« 2004年9月26日 - 2004年10月2日 | トップページ | 2004年10月10日 - 2004年10月16日 »

2004.10.09

スカル・アンド・ボーンズ(Skull And Bones)とフラタニティー(fraternity)

 先日の極東ブログ「ケリー米大統領なら日本は…」(参照)でちょっといたずら心もあって「スカル・アンド・ボーンズ」にCBS"Skull And Bones"(参照)のリンクをはっておいた。CBSがソースならまいいかなと思ったが、この趣向はあまり関心を持たれるふうはなかったようだ。このブログはそれほどおもしろいネタが少ないからしかたない。次は@の書き順のネタでも書きますか。
 スカル・アンド・ボーンズについてはgoogleで日本語のサイトを検索すると、「陰謀がいっぱい!―世界にはびこる「ここだけの話」の正体」みたいなのだが出てくる。比較的穏当なWikipediaの「スカル・アンド・ボーンズ」(参照)の説明も、これはちっとどうかなとは思うが、それほどひどいわけでもない。


スカル・アンド・ボーンズ(Skull and Bones、S&B)はアメリカのイェール大学にある秘密結社。通称「スカボン」。構成員同士が協力し合いアメリカで経済的・社会的に成功することを目的としている。

 この項目でも強調されているが、ケリー上院議員とブッシュ大統領は二人ともスカル・アンド・ボーンズのメンバーだ。この結社は年間15名しか入会しないから、少数のつながりは強固だ。大統領選の二人も結社ならではの暗号のやり取りができはずだ。
cover
石の扉
 そういえば、フリーメイソンについて書かれた「石の扉」にも、この話が載っていた。

 ブッシュ大統領の有力対抗馬は民主党のジョン・ケリー上院議員ですが、お互い名門イェール大学の同窓生。しかも二人は秘密結社「スカル・アンド・ボーンズ」に入会していたのです。この「スカル・アンド・ボーンズ」は、十九世紀にイェール大学にできました。徹底した白人至上主義エリート集団とされる、フリーメーソン仕込みの秘密結社で、米国社会には強力な影響力があるといわれています。
 アメリカのクラブは、名門であればあるほど会員は非公開で、秘密団体に近い形で存在しています。

 なかなか愉快なお話だ。秘密結社とかいうと日本人はいろいろ想像したくなる。だが、これらは基本的に大学のサークルの延長のようなものである。青春映画などにもよく出てくる。
 厳密にいうと日本の大学のサークルとはかなり違う側面もあるが、いずれ一種の社交クラブだ。男性向けはフラタニティー(fraternity)、女性向けはソロリティー(sorority)とも呼ばれる。
 フラタニティーはそれなりに威厳を重んじるので、入会が難しいこともある。フラタニティーという組織自体が資産をもっていたりもする。この先は、私が説明するより、「アメリカ留学便りNo.34 ~ジャッキーとYシャツと私(2)~」(参照)という体験談を読まれたらいいだろう。

メンバー同士は「ブラザー」と呼ばれ、その結束力は強い。活動内容は、大学内の各種行事にオーガナイゼーションとして参加する、他支部と交流する、毎週開かれる集会で様々な問題を話し合う、ソロリティーと合同でパーティーを行う、など。また、大学各分野で積極的に活動している学生に、フラタニティーのメンバーは多い。確実な組織票が得られるし、様々な要職がブラザーつながりで得られるからだ。また、組織として様々な分野で行事やチャリティーに参加するので、リーダーシップ能力を伸ばしたり、ディベート能力を伸ばしたりするのにも格好の組織である。フラタニティーに入ったことがきっかけで活躍する人間も多い。クリントンにしてもブッシュ親子にしても大学時代はフラタニティーのメンバーであった。

 これに類するもので、ハリーポッターの映画でも出来たのだが、寮(dormitory)もおもしろい。奇妙な入寮儀式(initiation)などの風習がある。
 この手の仲間内グループは、クリック"Clique"というふうに言われることもある。考えてみると日本の学閥などもクリックの一種だし、旧制高校のOB会というのは日本の成長期には帝国ホテルなどでかなり盛んに活動していたものだった。
 というわけで、「スカル・アンド・ボーンズ」は陰謀に胸ときめかすほどのことでもない。
 フラタニティーということではもう一点、あまり日本人に知られていないかなと思うことがある(といいつこのネタは以前も書いたか)。フランス革命のスローガン、「自由・平等・博愛」あるいは「自由・平等・友愛」についてだ。これが三色旗の起源にもなっている。で、この言葉なのだが、対応する英語で言えば、"liberty・equality・fraternity"である。
 つまり、フラタニティーというのが王政を打ち倒すときの共和制の価値の原理でもあるわけだ。別の言い方をすると、愛国心というのは、王政の場合は忠誠はloyaltyだが、共和国の場合は忠誠はfraternityだとも言える。このあたりの違いはあまり日本人には感じられていないようでもある。
 フラタニティーというものが歴史的にどういうふうに出来てきたかというのは、近代の各種の友愛団によるものだろう。そして、さらにはアッシジのフランチェスコの修道会のような宗教的な団体に遡及できる。
 と、話がいっそうたるくなるので、このあたりでおしまいにしよう。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2004.10.08

売春は合法化すべきなのか…

 先日の極東ブログ「在外米軍の売春利用規制」(参照)で簡単に触れたが、先月23日韓国では性売買特別法が施行され、売春斡旋業者や買春男性への処罰を強化された。この産業セクターは韓国では無視できない規模なので、なんらかの社会反応があるだろうという点に関心を持っていたのだが、昨日(7日)、風俗街などで働く女性約2500人がソウル市内の国会前で抗議集会を開いたというニュースを聞いた。彼女たちは「生存権保障」や「2007年までの猶予」などを訴えたらしい。
 国内では日本経済新聞「韓国、性売買春取締新法で女性2500人が抗議デモ」(参照)などがニュースとして取り上げていた。韓国紙では朝鮮日報「売春街の女性3000人が国会前でデモ」(参照)や「性風俗業の職業認定を!」(参照)が詳しい。写真は集会の熱気と組織性を伝えている。帽子の色は出身地を示している。この整然とした組織性にはなにか裏があるのかもしれないという印象は持つ。
 まず誤解をして欲しくないのだが、私は韓国をこうした点で貶める意図はまったくない。また、売春それ自体に関心が深いわけでもない。しかし、私たちの社会の現実は売春やそれに類縁の風俗産業を含み込んでいることは確かなので、そうした社会の視点から無視すべきではないし、知的にチャレンジされている側面もあると思う。そこを少し書いてみたい。
 韓国の規制についてはその実態を私は詳しく知らないだが、私が理解している範囲では、ソウル集会に集合した女性たちは売春婦というわけではなく、広義に性風俗産業に関わっている女性である。というのも、今回の規制法との運用では、むしろ買春側に着目していることと、処罰対象の行為が「性交渉」から「性交類似行為」に拡大されているからだ。基本的に男の側を締め付けてお金の流れを止め、このセクターの産業を断とうとしている。これではこのセクターのサービス就労者はたまったものではないだろう。
 だから、この問題は単純に売春の問題ではない。が、国際的には、売春のあり方として総括され、またその枠内の問題としては、今後解禁の流れにあるように見える。示唆的なオランダの動向である。
 オランダでは、1999年に売春宿合法化案が議会で可決。2000年夏から売春の営業所が公認され、地方自治体への登録制が敷かれた。この立法の背景には、未成年者や不法入国の外国人の強制売春を効果的に規制するには、合法化によるガラス張りがよいとする判断があった。実際、ガラス張りの飾り窓の営業所は日本の江戸時代の吉原のようでもあるらしく、観光名所にもなっているようだ。もっとも、この政策が所期の目的を達していると言えるのかについては現状ではよくわからない。失策だとも言えないようだ。
 ヨーロッパでは伝統的に売春の規制が甘い。売春婦が一人で職業として選択している場合は基本的に合法のうちに入ることが多いようだ。それゆえ、ヨーロッパでの売春の問題は、彼女たちを支配する組織とその規制がまず問われる。売春の裏で操る組織が犯罪の温床になりうるからである。
 また、売春婦自身らによる自主組織の動向もある。売春という動労の権利と納税という点からも重視されてきているようだ。特にドイツでそうした意見が目立つ。今後、EUという形で欧州が統合がさらに進むと、売春規制も実質オランダ・モデルを志向ざるをえないのではないか。
 と、いうのが先進国における売春についての「民度」の高そうな意見といったところかな、とも思っていたのだが、日本の状況を考えると、多少ぶれる。
 日本の場合、敗戦の翌年1946年時点で、GHQ(連合軍総司令部)の指令という上からの直接権力で表向き公娼制度は廃止された。現実には、遊廓地帯と私娼街を特殊飲食店街の「女給」が自発的に行なう売春は黙認された。この背景にはGHQの都合もあるようだ。
 この時点ではまだまだ売春の撤廃にはほど遠く、特飲街指定地域は赤線地帯と呼ばれ、これに対し非指定の私娼街は青線地帯と呼ばれていた。赤線は1957年の売春防止法施行によって廃止された。ちなみに私は1957年の生まれなので、こうした歴史の後の人間だが、子供の頃には赤線・青線といった言葉がまだ生きていた空気を多少知っている。
 その後の日本は、と長い話になりそうなので端折るが、ようするに売春の規制対象となる本番を可能な限り迂回することで性風俗産業が発展し(警察との癒着の結果とも言える)、またかつての売春のニーズは一般社会の側に拡散された。かくして日本では売春の問題が消えたかのようにすら見える。
 だが、なくなったわけでもなく、日本では売春の実態把握がより複雑になっているだけだろう。いわゆる売春はすでに払拭したかに見える日本の性風俗産業だが、最近では対外的には、外国人をこのセクターで人身売買をさせている国のように見るむきもある。そうした視点も失当とはいえないのがなさけない。
 では、日本にもオランダ・モデルが適用されるべきかというと、普通の日本人の感覚としてはそう思えないということだろう。形式的に適用すると実質の対象は外国人だけになってしまうのではないかという懸念がふっと浮かぶ。問題はまさにこの「普通の日本人の感覚」にあるのだろうなとは思うが、どうモデルを建てて考えたらいいのかはよくわからない。

| | コメント (5) | トラックバック (2)

2004.10.07

ケリー米大統領なら日本は…

 昨日の副大統領候補討論は互角ということだろうか。米国に対して外人である私などが見てもよくわからないが、直後のネット上のCNNの投票を見たら、チェイニーが18%、エドワードが78%ということで、前回の大統領候補討論でブッシュがコケ負けになったとの似た構図だった。しかし前回も世論が落ち着くとケリーやや優勢というくらいにはなったので、そうした補正みたいなものも今回もあるだろうとも思った。が、それを待たずに、ABCの調査では、チェイニーが43%、エドワーズが35%と逆点が出た。今回の討論ではかなり評価が分かれたということなのだろう。ということはだいたい引き分けと見ていい。
 副大統領のレベルでドローということは、事実上大統領選挙のレベルでは、当初優勢と見られていたブッシュもケリーとドローに近い状態にはなっているのだろう。
 アメリカの大統領選挙は仕組みが複雑なので、単純に有権者の総和として出てくるものではないが、それでもケリーが米大統領になるという目は出てきた。すると、所詮他国の大統領選挙とはいえ、また両者同じイェール大学のスカル・アンド・ボーンズ・メンという点で大差ないとはいえ、ここで大統領が交代となれば、日本にどういう影響が出るのだろうか。少し考えてもいい局面にはなった。
 ケリー大統領、つまり、民主党大統領、というとクリントン元大統領と同じだ。そう言われると、日本人にしてみると反射的に日本軽視政策や言いがかりのような対日訴訟の悪夢がよみがえる。あれがまたかよと思うと日本の実業界は萎えるものがある。
 こうした悪夢にいくつか反論もある。クリントンの日本軽視の政策や対日訴訟の傾向は後期には減っていたので、次回民主党政権になってもその新しいトレンドは変わらないだろうというのだ。そうかもしれない。どうせ下院の共和党優勢も変わらないだろうし。
 日本への影響はマクロ経済的な波及になるかもしれない。ケリー大統領候補は財政赤字の削減を目指しているのだが(参照)、そのためには米国内で結果的に増税策を取らざるをえないし、ブッシュ政権の特徴だった財政支出もピリオドになる。相当しょっぱい時代になってくる。米国内の需要は減るだろう。日本も為替操作で擬似的なリフレ政策などもできない。日本からの対米の輸出はへこむだろうし、同じようにな影響は中国にも出るだろう。
 ブッシュが再選したら大丈夫かというと、このまま財政赤字を膨大にしてその穴埋めにアジアから資金調達を続ければ、いずれどかんとドル暴落になる。だから、ケリーのほうがましじゃないかという理屈も成り立つ。
 短期的に見るならケリー大統領となると日本の不況も固定化するのではないだろうか。それはそれで悪いということでもない。景気がだらだらしていてくれると日本国内の金利も上がらないから、大盤振る舞いした国債の高騰のリスクが減る。
 外交・軍事という点では、ブッシュ対ケリーというと、日本ではイラク戦争の是非というあたりがわかりやすいので話題になりがちだが、外交・軍事の政策がなんであれ、財政がしょっぱくなれば米軍の動きは鈍くなる。足りない分は日本を含め諸外国から埋め合わせてくれ、というのを国際協調と呼ぶことになる(参照)。だが、そうしたしょっぱい状況での国際協調がうまくいくわけもない。
 国際危機についてはどうか。イランについては一線を越えるのをケリー大統領の米国はじっと耐えるのだろう。つまり、次回は米国内ネオコンではなくイスラエルがイランに向けて暴走するまで国際社会は待機だ。いや、それは考えすぎかもしれない。それでも、やんちゃ頭の米国がいなくなれば、スーダン危機などに国際社会はより腰が引けるだろう。いずれ日本には対岸の火事でもある。
 日本の隣国北朝鮮の核・ミサイル問題については、なぜだかケリー大統領候補は米国単独で取り組むらしい。韓国・中国・日本は外す。日本が外されれば、この問題も対岸の火事で済むことなる…わけもない。
 ブラックジョークを書いているみたいだ。ブッシュ再選ならまたブッシュかよと退屈だが、ケリーもそれなりに退屈な時代を作ってくれそうではある。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2004.10.06

[書評]蘭に魅せられた男(スーザン オーリアン)

 「蘭に魅せられた男」(スーザン・オーリアン)の文庫版(ハヤカワ文庫NF・参照)が出ていた。最近の話ではなく、昨年に出ていたのを私が知らなかっただけなので、とほほ。でも、この手の本は文庫だと紹介しやすい。副題は「驚くべき蘭コレクターの世界」。蘭マニアの話だろうという推測は付く。アオリもこうある。


人々の心を捕らえてやまない花、蘭。中でもポリリザ・リンデニイは、幻の「幽霊蘭」と呼ばれ愛好家垂涎の的となっている。その虜となった野心家の男ジョン・ラロシュは、フロリダ州保護区から幽霊蘭を盗み出すことに成功。大量増殖し富と名声を手に入れようとしたが…コレクターの面妖な世界を巧みに織り混ぜ、蘭泥棒をめぐる類なき事件を描いた狂騒のルポルタージュ。

cover
蘭に魅せられた男
 だが、これはちょっと違うだろう。特殊な事件の真相を描くという趣旨の本ではない。ノンフィクションではあるが事実上の主人公ジョン・ラロシュは幽霊蘭だけにとりこになったというのでもない。この物語で幽霊蘭が重要なのはフロリダ州保護区とそこの原住民との関係の結び目にもなっているからだ。
 この作品は、蘭の物語というよりも、蘭を使った現代アメリカ社会のある深層を描いたものだ。特に、後半部分になると、作者の意図がより現代アメリカ社会に移ってくる。ラロシュがこの本の最後で蘭への関心を失い別業種に転じるのだが、これもそうした線からは当然だろう。
 少し長い引用になるが、その意図をよく表現している部分がある。

 たとえば幽霊ランが本当にただの幻想でも、毎年毎年それを追い求めて、人々に何マイルも難儀な旅をさせることができるほど、心を惑わせる幻想と言えるだろう。もし本物の花なら、この目で見るまで、何度でもフロリダに戻ってきたいと思う。といってもランを愛しているという理由からではなかった。ランはとりたてて好きな花ですらない。ただ、人々をこれほどまでに強い力で惹きつけるものを見たかったのだ。


こうした人々が植物を欲するほど激しく、わたしも何かを求めたかった。しかし、それはわたしの気質ではない。わたしの世代の人間は、我を忘れた熱狂を恥ずかしく感じ、過剰な情熱は洗練されていないと信じているのだろうと思う。ただし、わたしには恥ずかしいと感じない情熱がひとつだけある--何かに情熱的にのめり込むことがどんな気持ちか知りたい、という情熱だ。

 著者スーザン・オーリアンは1955年生まれ。1957年の生まれの私は同世代だ。日米差はあるにせよ同世代の人間としてこの感覚はとてもよくわかる。おそらくそうした感覚は、私の世代だけではなく、私の世代以降にとって、ごく当たり前過ぎる基本的な世界の感覚だろう。私たちの上の世代のロックの大御所たちが老齢となってもその下の世代に続かないのはロックというのがなんかださくてやってらんないという感覚でもある。そしてそれに続く様々なスタイルもすべて時間とともにださくてたまんねーと言わざるをえない強迫に変奏される。そこには、情熱にのめり込むことができないことのバリエーションだけがある。それをスキッツォ(統合失調)と呼ぶにせよ、インテンシティ(強度)と呼ぶにせよ、永続する情熱こそが開示すると期待される生の充実は最初から失われている。だが、擬似的に知的であることのゲームにもやがて疲れてくる。
 そうした状況に向けて主人公ラロシュはさらっとこう言ってのける。それはただある確信だけを伝えている。

「つまりね、何かを、何でもいい、そいつを見ると、心の中でこう思わずにいられないんだ、やあ、たまげた、今度はこいつがおもしろそうだ! 意外に思うかもしれないけどさ、賭けてもいいが、世の中にはそういうものがどっさりあるんだよ」

 蘭はそうしたものの象徴として現れている。しかし、世の中に本当にそういうものがどっさりあるのだろうか。たぶん、そうした問いがずっと私たちに投げかけられている。
cover
アダプテーション
 そういえばこの本を原作とした映画がある。私は見ていないのだが「マルコヴィッチの穴」の監督・脚本スパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマンによる「アダプテーション」だ。アカデミー賞も受賞した。原作を素直に映画化したものではなく、一種のメタ映画のようになっている。著者スーザン・オーリアンにメリル・ストリープが扮し、さらにパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマン自身のカリカチャ(戯画)も出てくる。どたばたのようでいながら、映画の口上などを見るに、原作の意図する現代アメリカ社会のありさまが映画の手法で鮮明に描かれているようだ。つまり、蘭の物語というのはここではきちんと暗喩となっている。タイトル「アダプテーション」にも、脚色と現実適応のダブルの意味があるのだろう。と、やっぱこっちの映画も見ておくか。ま、見たら、なんか書きます。
 もちろん原作の書籍を、蘭に取り憑かれた人の物語として読んで悪いわけでもない。蘭についての歴史的な知識や博物学的な知識も満載。それだけでも楽しい。原題"The Orchid Thief"は、狂言花盗人のような含みもあるのだろう。さて、このころは蘭のもとにて縄つきぬ見果てぬ想いと人やいふらん、と。
 ところで、本書には作者の意図があってかどうかわからないが、蘭と人間の性的な幻想についてほのめかすコメントが散在していて気になる。たとえば、これだ。

人々がランに対して抱いている感情は、科学ではとうてい説明できない。ランは人々を狂気に駆り立てるようだ。ランを愛好する人々は熱狂的にランを愛する。ランはロマンスよりも情熱をかきたてる。ランは地上でもっともセクシーな花なのである。

 著者はその内実にまでは踏み込んでいない。なぜだろうか。私の個人的な印象だが、著者は蘭の存在そのものが性的に恐いのだろう。もちろん、恐いという言い方はあまりに拙いのだが、そんな感じだ。
 最後に蘭という花について少し。本書でも触れられているが、蘭の栽培技術は現代では格段に進んだ。特に台湾にめざましいものがある。先日ニューヨークタイムズに蘭産業の記事"Orchids Flourish on Taiwanese Production Line"(参照)があったが、蘭の産業は全世界では20億ドル、とすると、2兆円規模らしい。けっこうすごい。そういえば、台北の郊外の蒋介石邸近くの蘭園を見学したことがある。たくさんの蘭が並べられていたのは、交配のためだったのだろうなと本書を読んだとき思い出した。

追記(2005.6.5)
映画「アダプテーション」を今頃DVDで見た。面白かった。悪い冗談をここまでやるかという感じもしたが、ある種の米国インテリ達の内面の空虚感や苦しみみたいなもの、それと、世界のもつ誘惑性とでもいったものがうまく表現されていた。蘭に暗喩されているリアルなものへ渇望、脚本家のこだわりであるストリーとして理解される世界への疑念、そうしたものから人間の意志と意志を越えるなにか(愛ということ)を求めているのだろう、そういう言葉だとちょっとつたないが。あと、意外といっては失礼だが、映像のつくりがとてもきれいにできていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.05

台北・新北投に残る日本風温泉

 台湾・台北に都市交通MRT(Mass Rapid Transit System)が出来る数年ほど前だったが、台北の郊外(台北市北投区)新北投(しんぺいとう)の温泉宿「星之湯」(逸頓大飯店)に泊まった。日本統治時代の温泉地の名残を残す高級温泉旅館だ。文人とか政治家が似合う日本風家屋なので、伊豆や熱海の小さな旅館にでもいるような気分になる。それでも、台湾人はすっぽんぽんで共同浴場に入るという風習を好まないせいもあり、現在では各部屋に温泉を引いた小さなユニットバスも付いているようだった。私は日本人なのでいかにも温泉という風情の浴場のほうを好んだので、客室のバスは見っこなしだった。浴場の泉質はラジウム泉だと言われている。分類では放射能泉というのだろうか、いかめしいがもちろん無害だ。
 星之湯から木立の道を少し歩くと、沖縄より南方にあるのにここはまるで日本みたいだなと思いつつ、源泉の地獄谷(地熱谷)に出る。硫黄の臭いもする。足湯をする人もいる。台北均衡の行楽地らしくちょっとした人出もある。温泉たまご作りは危険だということで禁止になったらしい。
 私は地獄谷の屋台のようなところで軽食をした。店員の若い女性から日本から来たのですかと問われた。少したどたどしい日本語だった。彼女も日本にいたことがあるらしく、懐かしげに日本についての雑談などを少しした。哈日族(ハーリーズー・参照)という感じではなかった。

cover
衛慧
上海ベイビー
 地獄谷の反対の坂道を少しいくと茶芸館「禪園」がある。ここも日本統治時代に建設された和風建築で当時は政府高官が集まる新高旅社だった。ここは見渡しもよく庭の風情もよい。日本人の感じとしては大正時代のレトロといった雰囲気で和む。こうした趣向を台湾人や中国人は、しかし、和風というより、国際的な唐代の印象を持つようだ。衛慧(Wei Hu)だったか、来日していたとき、日本の文化のなかにそういう臭いを嗅ぎ取っていた。未読だが彼女の「我的禅(ブッダと結婚)」(参照)もそういう思いがあるのだろうか。
cover
中国茶と茶館の旅
 禪園の茶はもちろん台湾茶である。いくつか選べた。故旧の四階にある茶館とは違い、当時改良種として定評を得てきた金宣茶もあった。乳香は自然で着香ではない。私の他に客は、ドライブで来ているのか若い台湾のカップルが数組いた。
cover
中国茶と茶館の旅
 禪園については旧版の「中国茶と茶館の旅」(平野久美子)に写真付きでの紹介があったなと思い出す。新版「中国茶と茶館の旅」はどうだろうか。その後、禪園はモダンなレストランになった。もっとも翡翠軒として茶芸館も隣接しているらしい。
 禪園に行く途中の坂道には当時コンクリート建築の大きな旅館の廃墟がいくつかあった。今ではもう取り壊されているのだろうか。こうした建物がそうなのかわからないが、北投温泉の往時の売春のことを思った。日本統治が終わり、大陸から侵攻した中華民国政府はここを公娼の歓楽街としていた。その後、蒋経国の時代に表向きは公娼制度は廃止となり、現在の総統陳水扁(台湾大統領)が台北市長の時代に新北投の置屋も撤廃された。
 新北投には、変わるものがあり、変わらないものもある。星之湯の旅館の界隈では金木犀がよく香っていた。それは今でも変わっていないのだろうと、双十節も近いこの季節に思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.10.04

"&"(アンパサンド)の正しい書き順

 「はてな」(参照)に寄せられていたアンパサンド(&という記号)についての質問が面白かった。"&(アンパサンド)"の正しい書き順を教えてほしい、というのだ(参照)。


&の書き順を教えて下さい。正確に知りたいので、それを証明するサイトも添えて紹介して下さい。ただ単に個人的な意見はご遠慮下さい。

figure まいったな、全然わからない。この記号は私も日常使っているし、ちょっとしたプログラムコードのメモ書きとかでも使うのだが、その正しい書き順は?と言われるとまるでわからない。こういうのは本当に困った。どきっとする。私は小学生のころ、数字の"5"を上の横棒から先に書いて、それから下の丸みを書いていた。「ら」の要領である。中学生のときに気が付いてなおした。
 この質問に寄せられた回答はいくつかあるが率直に言って正答というには遠い。というか、回答のなかにも意見としてあるのだが、正しい筆順はたぶん存在しないのかもしれない。私もそう思う。それにはいくつか理由もある。
 一つには、私の経験だが、大学のころ同級生や教員に米人が多かったのだが、彼らのノートや板書を見て呆れたものだ。こいつら英語の大文字と小文字の違いを知らないんじゃないか?というレベルなのである。チャーリー・ブラウンの漫画でライナス・シュローダーがカボチャ大王に手紙を書いているののほうがはるかにまし。おまえって本当にプリンストンのマスター持ってんのか、とか訊きたくなったが、やめた。気にしてないようだし。ついでに言うと、米人はけっこうスペリングもめちゃくちゃ。筆記体なんて書けるヤツはまずいない。でも、悪貨は良貨を駆逐する。気が付くと、私も似たようなことになっていた。ひどい手書きだ。さらに悪いことに私は大学でギリシア語を勉強していたのであの文字の癖まで英語に出てきた。米人並の悪筆になった。正しい筆順なんか関係ないの世界だ。
 もう一つの理由は後回しにする。のだが、関連してこういうアンケート質問が出された(参照)。これも面白い。結果も添えておく。

あなたの“&”の書き順を教えて下さい。
 ・左上がり直線→逆S字カーブ 135
 ・逆S字カーブ→右下がり直線 53
 ・それ以外 12

figure ちなみに私もちょっと書いてみると多数のほうだ。身近のものに書かせてみたら、これも同じ。なぜそう書くかと訊いてみたら、そのほうがバランスとりやすいとのこと。そうか?
 先の質問に戻る。私は考えたのだ。手書きの正書法について、直接はわからないが、推理すればなんとかわかるのではないか? それには"&"という記号の意味と成立史がヒントになるに違いない、と。そもそも、なんで"&"という形なのか? 知ってますか?
 "&"の形状の理由は、この質問の回答にもあるが、「eとt」が元になっている。フランス語の接続詞"et"と同じ。つまり、これには英語の"and"の意味がある。"et"の元はラテン語。この二字が。どう"&"の形状の元になっているかは後で説明するとして、この回答には、カリグラフィーのサイトが紹介されていて興味深い。"セルティックハーフアンシャル2(celtic half-uncial2)"(参照)である。
 最近ではやらなくなったが、私もカリグラフィーの専用のペン(たしかstemと言うのだが辞書にはこの言葉はないみたいだ)を持っていた。インクもわざわざ古文書っぽくこげ茶色を選んで使った。で、アンパサンド記号のカリグラフィーなのだが、見るとわかるように、単に「eとt」を単純に組み合わせている。"&"の形状の書き順の参考にはならない。
figure それにしても、この「eとt」を組み合わせの形状と"&"の形状には、随分形状に開きがある。どうしたことか。
 ここまで見てきた"&"であるローマン・アンパサンドの他に、もう一つのアンパサンド、イタリック・アンパサンドがあるのだが、こちらは先のカリグラフィーのように、EとTの組み合わせであることがわかる。するとたぶん、ローマン・アンパサンドの形状のほうも基本はEとTには違いないのだろう。なお、英語のフォントセットにはローマンではなくこちらのイタリックが含まれているのもある。
figure 問題はローマン・アンパサンドの形状がどのように「eとt」に由来するかなのだが、これは、このようだ。単純に図解したほうがいいだろう。というわけで、eとtとで色分けした参考の図解を見てほしい。つまり、こういうこと。あるいはちょっとこの色分けは誤解もあるかもしれない。というのも、tについては、ここでTのように見える部分はセリフ(うろこ)によるものかもしれない。だとするとtの形状は交差部分を指すのかもしれない。いずれにせよ、ローマン・アンパサンドの形状の由来はこういうことだろう。
 問題はここからだ。これでローマン・アンパサンドの仕組みがわかったのだから、ここから手書きの正書法が類推できないか。単純な話、「左上がり直線→逆S字カーブ」でいいのか?
figure ここで行き詰まる。色分け図を見るとわかるが、この記号を「eとt」筆順を考慮した組み合わせとして描けというなら、一筋書きはできないのだ。色分け分岐地点で、eに向かう方向とtに向かう方向が逆になるからだ。
 これは矛盾。よって、背理法的に、「eとt」の組み合わせからは"&"の手書きの正書法は推察できない。というと、なーんだ、というオチになってしまった。あとは、一般的な手書きの正書法からこの形状を描く場合の合理性を類推するだけなのだが、どうもその類推の根拠は弱いみたいだ。デッドエンド。標題はウソです。ごめん。
figure ところで、この質問の回答や追記「いわし」にも言及があるのだが、実は、プログラマーは別として、普通の英米人は"&"の形状を使わない。じゃなにを使うかというと、これがまた変な形状を使う。私も使うのだが、「す」みたいのがあるのだ。なんでこれがアンパサンドなんだよとぼやきたくもなるが、どうもこれは「+(プラス記号)」のようだ。
figure もう一つは「3」の左右逆向きに縦棒を引くアレだ。アレとか言ってしまったが、こちらはPalmなんかの手書き入力のときによく使う。こちらのほうは、それなりに「eとt」の組み合わせだというのが理解しやすい。
 ということで、学生諸君わかったかな?とか言いそうになるが、こうしたことはあまり教えてもらえないのではないか。米人とかに訊いてもわけわかんない答えになりそうだしね。
 ついでに、この記号をなぜ「アンパサンド」と呼ぶかなのだが、これは、"and per se and"から来ている。"per se"という熟語は大学受験生とかも覚えておいたほうがいいだろう。「それ自体は」という意味だ。もとはラテン語だ。語形からは英語だと"for itself"に近いようだが、意味的には"by itself"ということになる。発音は「ぱーすぃー」。例文を添えておくと、"Winny isn't evil per se."「Winny自体が悪いんじゃない」。含みは、「表面的にはWinnyが悪いように見えるのだが、その本質から考えれば悪いとは言えない」ということ。
 アンパサンド(ampersand)の語源"and per se and"は、「andといってもつまりandそれ自体」ということ。含みとしては、AとNとDの略語とかじゃないということ。「"&"はだからぁANDなんだよぉ」ということでもある。
 ところで、手書きの正書法なんてパソコンが普及した現代ではどうでもいいようだが、今回の"&"の筆順の疑問でも思うのだが、これらは活字の文化の派生だ。つまり、活字側から手書きの正書法を類推したくなってしまうという傾向が現代にはある。これは困ったことかなと私は思う。
 現在初等教育で教えているのか気になるのだが、「くにがまえ」と、構えではない「口(くち)」とは手書きの正書法では形状が違う。ところがこれは康煕字典ですら明朝体という版組の文字を使っているため、わからない。この違いを知っていてもどってことない些細なことのようだが、歴史・文化を愛することに僅かだが関わっているようにも思うのだ。

| | コメント (7) | トラックバック (10)

2004.10.03

中国の将来を悲観的に見る

 G7(先進七カ国財務相・中央銀行総裁会議)に中国がゲストとして招かれた。今や中国が世界経済の主役と言ってもいいくらいだから当然だろう。原油高の背景には、中国の石油需要の増大があるし、依然人民元の取り上げと変動相場制移行は国際経済にとって問題のままだ。
 しかし、人民元については、本当にそれが問題なのか、とあらためて問うと、G7の本音も単純ではないだろう。産経新聞「中国、発言権確保へ力点」(参照)がわかりやすい。


 中国が急成長の半面で抱える諸問題の解決を目指し、投資抑制などの過熱対策を講じていることは、中国市場への依存度を深める世界経済にとっても歓迎されており、中国経済を失速させかねない「急激な為替変動」は、多くの国は望んでいないことを中国は熟知している。

 とりあえず、それはそうだろうなと思う。そして、ふと先日の極東ブログ「胡錦濤政権はたぶん国内格差を深めるだけだろう」(参照)で中国を「新重商主義」と書いたのは勇み足だったかなと反省した。そのあたりと、ちょっと余興めくが、中国の将来への悲観論を書いてみたい。
 そんなことは当たり前じゃないかと失笑する向きもあるだろうが、反省点は、中国の現状を見るに、中国経済を日本や韓国のように重商主義(保護貿易主義の立場に立って輸出産業を育成し貿易差額によって資本を蓄積しようとする)だ、とは言えないかもな、ということ。
 念頭にあったのは「論座」10月号フォーリン・アフェアーズの抄訳エッセイ「『中国経済の奇跡』という虚構 --政治政策なくして、近代化は実現しない ジョージ・ギルボーイ」だ。抄訳のせいかのなか論の展開に理解しかねる部分もあるのだが、それでも大筋では間違っていないのだろう。気になったのは、中国の輸出を行なっている企業の大半は外資系だという指摘だ。
 と、それだけなら、ふーん、と言うくらいものだが、コンピューターパーツ、周辺機器に限定すると外資企業が75%、外資合弁企業が15%、外資による共同生産2%…とこれだけで92%になる。そして国営企業が6%。残りはもうほとんどない。え、それって何よ?である。電子・テレコミュニケーション機器や工業用機械も似たような構成だ。単純に言えば、中国に本来の意味で自国の企業というものがまるでない。
 全産業の状態はわからないので、部門によっては重商主義的に見える部分も少なからずあるかと思うのだが、総じて言うなら、この構成は重商主義的な施策の結果とは言い難い。当然、この状況では人民元の為替レートによる利益は結果的に外資にも還元されていることになる。
 これも当たり前のようだが中国は輸入面でも巨大だ。その意味は、米国にとっておいしい市場だということ。

 日本や韓国のように、アメリカからの製品や投資の受け入れに前向きでなかったアジアの貿易国とは違って、中国はアメリカの製品を受け入れる巨大市場なのだ。

 だから、中国は穀物や肉なども輸入してしまう。もちろん、それが単純に悪いと言うのではさらさらない。単なる比較優位の問題もある。
 中国は相手国ごとに見ると貿易赤字もあるのだが、その実態については、少し驚いた。特に台湾が突出しているし、韓国は日本との国力比で見るとバランスが悪いように思える。

〇三年度の対米貿易黒字は千二百四十ド億ドルに達しているが、一方で中国は他の諸国との間で貿易赤字も抱えている。日本に百五十億ドル、韓国に二百三十億ドル、台湾に四百億ドル、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国に百六十億ドルという具合だ。

 中国が貿易赤字を抱えていること自体はふーんという程度のことだが、台湾と韓国への赤字額は考えさせられる。比較的に少ない日本については、中国の反日政策っていうのは大陸人ならでは温情だったのかもしれないな。
 それにしても、この輸出・輸入の状況を見て、いったいこれは一国の経済と呼べるものなんだろうかという愚問も起きる。普通国民国家はこんなことはしないだろう。というか、これって、単に米国の帝国主義侵略の成果なんじゃないか、というのは、帝国主義とはマルクス主義経済学的には地政学的な意味ではなく国際間取引(資本輸出)の問題だからだ。ま、そんなこともどうでもいいな。
 論旨の繰り返しになるが、ようするに中国の経済は産業・輸出の部門では外資と国有企業しかない(軍系が多いのではないか)。
 「『中国経済の奇跡』という虚構」ではこの他に、中国では研究開発投資が少ないことや短期利益が目標とされていることなども指摘しているのだが…私はここで書架を覗く。あった。
 「妻も敵なり―中国人の本能と情念」(岡田英弘)である。なお、この改訂廉価版「この厄介な国、中国 ワック文庫」も同じ。香港経済に対する北京の関わりについて、著者岡田英弘はこう言及していることを思い出した。

 といっても、行政機関を通じて直接的な収奪が行なわれるわけではない。おそらく、資本参加をするといった間接的な方法で利潤を吸い上げることになるだろう。合弁企業をたくさん作らせ、香港人や外国人を働かせて稼がせ、儲かったら税金を重くしてもっと吸い上げ、儲からなかったら没収するというやりかたである。
 この仕組みは、中国人が最も得意とするものである。なぜなら、秦の始皇帝以来の中国の支配者は、こうして莫大な富を吸い上げてきたからである。
 ことは香港だけに限った話ではない。中国全土で行なわれている「経済の近代化」は、過去の皇帝システムの焼直しでしかない。つまり、上海や杭州といった各都市で産業を活性化し、そこから上がった利潤を吸収し、皆で金儲けしようというのが「開放経済」の意味なのである。

 岡田はそして、このシステムは頓挫するだろうと話を続けている。1997年のことだ。それから、7年が過ぎた。未だ頓挫していない。岡田の予言は外れたかに見える。
 いや早晩に当たっていたほうがまだましだったのではないだろうかなと私はさらに悲観的に思う。

| | コメント (7) | トラックバック (3)

« 2004年9月26日 - 2004年10月2日 | トップページ | 2004年10月10日 - 2004年10月16日 »