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2004.10.02

コーヒー中毒ってマジ(医学的根拠有り)みたいですよ

 習慣となっているコーヒーを止めると禁断症状がでるみたいだよ、という話を先日書いた。極東ブログ「あなたは三日間コーヒー断ちができますか?」(参照)である。そのエントリでは、でもこういうのは経験的なもので医学的な根拠はないんだけどね、という但し書きは入れておいた。
 ところがである。出てきたのである。マジでコーヒー中毒っていうのは有りだという研究が出てきた。しかも、やっぱし、コーヒー一杯で起きる。
 ニュースはロイターなどでも報道されたが、CBSあたりの話がわかりやすいかもしれない。ずばり、"Caffeine Withdrawal Is Real(カフェイン禁断症はマジだせ)"(参照)である。


Researchers are saying that caffeine withdrawal should now be classified as a psychiatric disorder.
【試訳】
研究者の発表によると、(朝一杯のコーヒーを飲まないことによる)カフェイン禁断症状は今や精神疾患と見なされるべきだ。

 そ、そこまで言う? 言うみたいだ。次もすごいよ。

Researchers are suggesting that caffeine withdrawal should be included in the next edition of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM), considered the bible of mental disorders.
【試訳】
この研究者たちは、カフェイン禁断症は、精神疾患についてのバイブルともいえる精神障害診断統計便覧(DSM-IV)に記載されるべきだと主張している。

 極東ブログおなじみのDMS-IVではないですか。うひゃ、DMS-IVがますます面白くなってまいりました、っていう感じですね。と、ちょいとふざけしまうのは、それほど大きな精神疾患というわけではないからだ。追記:正確にはDSM-IV-TR。
 それでも冗談ではない。この研究はちゃんと、Psychopharmacology誌の10月号に掲載されるそうだ(まだ同サイトには概要掲載はなかったようだ)。研究者は、ホスキンズ医大の精神・神経科に所属するグリフィス博士(Griffiths, PhD)らだ。手法は一種のメタアナリシスのようだ。
 というわけで、来るべきDSM-IVを先取りすると、いやいやあくまで提案段階らしいが、コーヒー断ちで12時間から24時間後に、次の症状が出るらしい。そして、この症状は2日ほど続く。ワイル博士が言っていたのとほぼ同じ。いや、今回の発表ではコーヒーのカフェインに限定されてはいない。チョコレートやコーラ、日本茶も含まれる。

  • ありがちな禁断症状として50%の人に頭痛が起きる。
  • 疲れて眠くなる。
  • 不幸感、憂鬱、イライラが起きる。
  • 集中力欠如になる。
  • 風邪のときのようなむかつき、吐き気、筋肉痛、肩こりが起きる。

 それって鬱なゴージャスとまでは言えないけど、マイルドに人間やめたくなります系の禁断症状は出そうだ、なんて洒落はいけない。8人に1人はかなり深刻なことになる可能性もあるらしい。
 というわけで、ある程度、コーヒー中毒に医学的な根拠も出てわけだが、じゃ、コーヒーを止めたほうが健康にいいのかというと、今回の研究ではそこまでは言えないようだ。DSM-IV編纂に関わっているヒューズ博士は、この結果を見て、ある種の頭痛や不快症状の原因がカフェイン禁断症として起こることもあるのでしょうな、と、その程度のコメントをしている。さすが医者は不健康に強い。
 ついでにこの記事で知ったのだが、アメリカ人は平均で一日280mgのカフェインを取っているらしい。アメリカサイズのコーヒーマグで二杯分。コーラなどソフトドリンクで3杯から5杯分。おい、それってカフェイン取り過ぎ以前に、蔗糖や異性化糖取りすぎだ。それじゃ太る。極東ブログ「異性化糖でデブになる?」(参照)も読んでくれ。

【追記(2004.10.02)】
 今回の研究は、Caffeine Withdrawal(カフェイン禁断症)なので、 現行DSM-IV "305.90 Caffeine Intoxication"(カフェイン中毒)、つまり、過剰摂取による中毒症とは異なる。
 加えて、ヒューズ博士のコメント部分を引用する。


"Caffeine withdrawal was proposed for DSM-IV [the current edition of DSM], but the major objection to including it as a disorder was an absence of good data showing clinical significance," says Hughes, who was not involved in Griffiths' study. "Not only do you have to show it produces symptoms, but you have to show that those symptoms can interfere with daily function."

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2004.10.01

中国のアフリカ資源攻勢

 このところ、ダルフール危機への関心もあって(参照)、アフリカ状勢に関心を持つようになった。なかでもVOA(アメリカの声:Voice of America:参照)にわかりやすいニュースが多いので日々ざっと目を通す。VOAはアメリカ主義のプロパガンダという側面もあるのだろうとも思うが、読み慣れていくとこの分野にも興味が深まるものだ。29日には中国とアフリカの関わりについて、気になる二本の記事があった。どちらも中国の石油戦略に関係している。簡単に触れておきたい。
 一つは"China's New African Oil Ties Create Concerns(中国のアフリカ原油についての提携は関心を呼び起こす)"(参照)という記事なのだが、まず記事そのものよりAP提供の写真が目につく。胡錦濤とガボンのオマル・ボンゴ大統領が握手をしている。2004年2月4日のことらしい。なんだこれ、と思って国内ニュースを見ると読売新聞"中国・胡主席が中東など歴訪へ"(2004.01.27)という記事があった。


 中国の胡錦濤国家主席は26日、フランス、エジプト、ガボン、アルジェリアの4か国歴訪に出発した。国家主席就任後初の中東訪問で、イラク戦争後の国際関係の中で、アラブ重視姿勢を強く打ち出し、将来のエネルギー確保に向けた資源外交を展開する構えだ。

 日本では「中東など歴訪」「アラブ重視」としているのだが、フランスを除けば、これらの国はアフリカである。また、エジプトを除くとガボンとアルジェリアの宗主国はフランスだった。このニュースの続報は見あたらないのだが、イラク戦争という文脈より、これはフランスの息のかかるアフリカ関連の問題だったのではなかっただろうか。
 VOA"China's New African Oil Ties Create Concerns"を読むと、お返しにガボンのボンゴ大統領が中国を訪問し、その際、彼は"military honors"で迎えられている。"military honors"といっても軍葬のわけはない。よくわかんねーな、であるが、特に中国がなぜかガボンに力を入れていることだけはわかる。
 というあたり、ガボンで奇妙な連想が浮かんだ。ガボンと言えば、向こう一年間の国連総会の議長国ではないか…。というあたりでちょっと気になってニュースを見ると、これってどうよ、という感じがした。朝日新聞「安保理改革で国連総会議長が『平和と開発を忘れずに』」(参照)だ。

 第59回国連総会のジャン・ピン議長(西アフリカ・ガボン外相)は22日、朝日新聞記者と会見し、日本が求める安全保障理事会の改革・拡大は支持しつつも、「目的はあくまで平和と開発の達成。改革はその手段に過ぎない」と本末転倒になりかねないことを戒めた。

 あくまでゲスの勘ぐりで言うのだが、これって中国・ガボン・朝日新聞のマッチポンプでねーのか? ま、国連議長国をロビー的に籠絡しているとまでは言わないのだが、中国のアフリカに対するロビー活動には日本はもっと注意すべきなんじゃないのかとは思う。
 VOA"China's New African Oil Ties Create Concerns"に話を戻す。記事は単純に反中国ということではない。当たり前といえば当たり前だが、中国の対アフリカ攻勢は冷戦的な政治イデオロギーの枠で考えず、中国の原油需要という経済面でまず考えようとしている態度が伺える。また、記事では中国のアフリカへの肩入れを、欧米型より好ましいと見ているアフリカ政府筋の印象も描いている。
 が、メインの部分では、アナリストなどの言葉を引いて中国への批判を展開している。

"The Chinese are much more prone to do business in a way that today Europeans and Americans do not accept - paying bribes and all kinds of bonuses under the table," he said. "These are things that have been rampant throughout Africa, particularly in Nigeria, Angola and Equatorial Guinea and to a certain extent Chad and Gabon. I think that it will be much easier for those countries to work with Chinese companies rather than American and European companies that are becoming more and more restricted by this 'publish what you pay' initiative and others calling for better transparency."

 単純にいうと中国筋は賄賂を使っているということでもある。私の印象ではたぶん本当なのだろうと思う、というか、ただ中国国内のやり方を延長しているだけなのだろう。こうしたことが本当ならそれだけでも問題といえば問題だが、些末なことだとも言える。中国の投資が直接アフリカ諸国の政府に向いてしまうことのほうが問題だろう。

But other analysts, such as Thalia Griffiths from the London-based Africa Confidential newsletter, fear doing business with China will make African governments more corrupt. She says China is paying with large sums of advanced credit or loans for infrastructure development, making it more difficult to ensure that oil revenues benefit the people of the countries that produce the oil.

 中国がアフリカ各国の政府に貸し付けをしてその返済に原油が充てられるという構図だ。言うまでもないがこの構図は欧米が批判できるものではない。が、それでいいわけでもない。また、日本からの中国援助が直接的ではないにせよ、余剰として結果的にこういうところに流用されているのも気持ちのいいものではない。
 それでも敢えて言えば、誰がアフリカ原油にどのように関わって投資しようと、原油が商品として国際市場に回されるなら、日本の国益にはまるで問題ない。逆に言えば、そうではない傾向があるかもしれないこと、つまり、市場を迂回した原油の流通がありうるなら、日本の死活問題となる。
 もう一点のニュース"China Looks to Southern Africa for Resources(中国は南方アフリカの資源に着目している)"(参照)では、中国が現在石油を含め鉱物資源を求めて南方アフリカに攻勢をかけているようすをさらっと描いている。こちらは中国自体の問題を扱っているわけではないのだが、次のようなアフリカ研修者からの指摘にちょっとはっとする。

"Industrializing economies such as the Chinese economy, the Indian economy which are huge consumers of steel for example, of steel products, ferroalloys and the like, depend to a significant extent on getting these inputs from South Africa, ferrochrome, ferromanganese, ferronickel, as well as iron ore, as well as other precious and near precious metals," he says.

 中国と限らずインドも鉄資源などを求めてアフリカに攻勢をかけるようになるのだろう。
 ふと、華僑と印僑という言葉が頭をよぎるが、このタフな商人がたちがレベルアップしてくるのだろうか。国家レベルではまた違った様相になるだろうか。
 印僑の活動はアフリカの歴史と深く関わっている。その分、インドがそうした人的なチャネルを国家の経済活動に利用しないわけもないだろうと思う。
 中国やインドの対アフリカ資源を目指した活動は今後さらに活発になるだろうが、華僑・印僑といった商取引ではなく、そこには国家レベルの開発事業が関係している。当然プラント技術なども深く関わってくるはずだ。とすると、この動向はそう遠くなく日本にとっても向こう岸の風景ではなくなってくるだろう。

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2004.09.30

胡錦濤政権はたぶん国内格差を深めるだけだろう

 先の中国共産党十六期中央委員会第四回総会(四中総会)で江沢民党中央軍事委主席が辞任し、後任に胡錦濤総書記が就任した。中国の国家権力は軍にあるので、これで名実共に胡錦濤が中国の権力を掌握したように見える。日本人の多数は、これで江沢民の反日政策が終わってくれるのではないかと期待していることだろう。だから、江沢民の権力が本当に失墜したのかが気になるところだ。現状では概ね権力移譲は完了したようにも見える。もともと、江沢民は中国内での権力基盤が弱かったために反日政策を推し進めてきた経緯もあるし、鄧小平は江沢民を抜擢したものの彼らの基盤となる上海閥を警戒していた。そうした声は中国国内でなお支持されているようにも思える。
 胡錦濤主導のもとで中国がより普通の国になってくれるものなのか、現状ではそれほど悪い兆候はない。台湾侵攻の演習もほどほどで中断したし、国連のスーダン政府制裁についても真っ向から拒否権をふるうという非常識な行動は出ていない。天安門事件ではその本質を暴露したかのような人民解放軍内も、さらに世代交代が進み、エリートには米国など世界情勢をよく理解している層もあるのだろう。
 むしろ問題はそのあたりなのかもしれない。当たり前と言えば当たり前なのだし、江沢民時代でも対して変わらないことではあったが、党中央軍事委員会は胡錦濤を除き全員軍人である(以前は江沢民と胡錦濤の二人が文民だった)。しかも八人制から十一人制になった。統帥権は当然胡錦濤にあるとしても、中国も建前として取る文民統制が実現できるかについては、軍内の胡錦濤閥の権力争いにかかっている。
 胡錦濤政権の課題は彼自身が明確にしているように、まず、国家内の腐敗・汚職の刷新がある。しかし、この問題は表面的な制度面では前進は見られない。産経系「中国共産党、四中総会『決定』全文発表 体制改革見送り」(参照)の観測は正確だ。


中国共産党は二十六日、先の十六期中央委員会第四回総会(四中総会)で採択した「党の執政能力建設強化に関する党中央決定」の全文を新華社通信を通じて発表した。腐敗問題などで失った国民の信頼を回復、複雑な内外情勢に対応できる体制確立に「党の指導方式と執政方式」の「改善」が必要とし、制度上の抜本改革は見送られた。胡錦濤総書記の当初構想は大幅に後退したようだ。

 こうした対応は東洋的というか日本も似ているのだが、訓戒と厳罰、つまり、見せしめを派手にやるというのが常套だ。そうなるのだろうか。
 こうした対応を手ぬるいとの批判もあるのだろうが、私はしかたないだろうとも思う。二つ理由がある。一つは、この不正の構造が事実上中国国内格差の問題が噴出する防御の機能を持っているだろうということ、もう一つは汚職・腐敗はものの見方であっていわばこれは当たり前の人事の権力システムだろうということだ。そして、このシステムこそが軍であるかのように見える軍産共同体としての人民解放軍の正体だろう。
 統計に当たっていないので失当かもしれないが、むしろ、人民解放軍は産業部門で巨大化しているように思う。軍転用から始まった港湾、鉄道、空輸、通信、さらに、開発研究、工場、病院、観光まで各種の分野でコングロマリットになっている。これらの利潤が人民解放軍を通して共産党の維持メカニズムになっているのだが、これも中国というのはそういう国というだけに過ぎない。
 問題があるとすると、これらのコングロマリットは当然内需もあるものの、日本や韓国のように、ウォルフレンが言うところの新重商主義の施策を取っていることだ。このため、政府は為替安定のために、やはり日韓のように膨大なドル買いを通して為替介入を行っている。中国は現在人民元の対ドル・レートを1ドル=8.28元で事実上固定するペッグ制を採用したままであり、米国はこの結果中国の輸出製品が不公正に割安になっていると見ている。
 これはG7で明確な問題となる。「G7で中国に柔軟な為替制度採用を要求=米財務長官」(参照)からスノー米財務長官の発言を引用する。

 同長官は「わけわれは通貨(人民元)に関して中国に圧力を掛けるつもりだ」と言明。「中国は(この問題で)前進しているが、余りに遅い。われわれは満足しておらず、彼らとの1時間の話し合いの中でこのことをはっきりさせるつもりだ」と強調した。

 しかし根の問題は中国のドル買いにあるのだろう。Newsweek"The Almighty Yuan(日本語版では「中国『為替操作』の支配力」)"(参照)の指摘が急所を突いている。

The Chinese have got the U.S. by the throat," says William Barron, managing director of Deutsche Asset Management in London. "When China stops buying dollars, the age of cheap capital is over."

 中国がドル買いを止めれば、米国の資本調達は行き詰まる。長期金利は急上昇するだろう。まさに米国の「喉元(throat)」を中国が抑えている。余談めくがこうした中国による米国への影響力が、昨今の台湾の軍事化の焦りに関係しているようにも見える。
 と、いうわけで、胡錦濤がかりに制度上、中国の全権を握ったとしても、たぶん、彼自身の権力行使という点ではなにも出来ないのではないか。日本人の嫌がる反日政策も、こうした中国の軍産構造とマクロ経済に従属して変わるだけだろう。むしろ、中国は国内内部の所得格差などの問題に対応する機構すらないのだから、より大きな矛盾を抱え込んでいくだけかもしれないとも思う、別に中国を嫌悪して言うわけではないのだが。

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2004.09.29

サダム・フセイン統治下の核兵器疑惑の暴露手記によせて

 サダム・フセイン統治下のイラクで核開発について、開発当事者のマハディ・オバイディ(MAHDI OBEIDI)氏による手記が先日(09.26)のニューヨークタイムズに掲載されていた。非常に興味深いものだったので、その紹介と自分の印象を書いてみたい。
 記事は"Saddam, the Bomb and Me"(参照)。標題は「サダム、爆弾と私」となるだろうが、the Bombの定冠詞に核爆弾の含みがある。英文はなかなかの美文なので編集の手が入っているだろうと思ってみると、カート・ピッツァー(Kurt Pitzer)という共著者がいる。彼はUSニューズ・ワールドリポートの記者でもありバグダッド陥落の際、マハディ・オバイディの知己を得たようだ。

cover
The Bomb
in My Garden
 ニューヨークタイムズの手記は、二人の共著である最新刊"The Bomb in My Garden: The Secrets of Saddam's Nuclear Mastermind"(参照)の紹介も兼ねているようだ。書籍の標題は直訳すれば「私の庭のにある爆弾:サダムよる核開発立案者の秘密」となるだろうか。邦訳の話は知らないが、英語で全編を読むのはしんどいので、訳されたら読んでみたいと思う。同書についてはアマゾンの米国サイトで読者評に「イラクには核開発疑惑なんなかったんじゃんか。ブッシュは知らんぷりかよ」といったコメントがあるが、ニューヨークタイムズの手記から想像するに著者たちの力点はそこにないので、通読された評ではなさそうだ。それでも、手記はそういう印象も確かに与える。つまり、イラクには核開発疑惑なんかなかったのでは、と。手記はその疑問にまず簡素に答えようとしているように思えた。

While the final report from Charles A. Duelfer, the top American inspector of Iraq's covert weapons programs, won't be released for a few weeks, the portions that have already been made public touch on many of the experiences I had while working as the head of Saddam Hussein's nuclear centrifuge program. Now that I am living in the United States, I hope to answer some of the most important questions that remain.

 オバイディはサダム・フセイン指揮下のウラン濃縮遠心分離器プロジェクトの責任者だったらしい。その立場から、サダム統治下のイラクの核疑惑に答えようというのが手記の意図だ。
 内容なのだが、ある意味で意外とも言えるのだが、それほど我々の予測から外れるものでもない。英文の引用も煩瑣なので簡単にまとめると、1991年、イラクがクウェート侵攻した時点ですでにあと数年というレンジで核兵器開発の能力を持っていたらしい。しかし、その後の国連の査察の結果、こうしたプロジェクトを推進することができなくなっていた。この流れでオバイディも開発中の濃縮遠心分離器を自宅の庭に埋めて隠匿したとのことだ。
 こうした証言を知ると、イラクに核開発の疑惑は実際にはなくなっていたということが取り敢えず言えそうではある。手記には70年代からのイラクの核兵器所有の意図についても書かれているがこれらはすでに歴史資料の領域だろう。
 核兵器所有の野望が断たれたサダムの野望はというと、意外にも、れいの国連主導の食料石油交換プログラムの不正から得られた個人的な利益で満足していたようだ。むしろ、こうした金蔓が奪われるのを恐れていたようでもある。なお余談めくが、食料石油交換プログラムに関わる国連疑惑だが、日本での報道はないが、最新の動向を見ると以前疑惑のままのようだ。そしてフランスの関与が強く疑われる。関心があるかたは"Oil-for-food investigators probe French bank program"(参照)をあたってほしい。
 オバイディはサダム・フセインという人間がどのような性質を持っていたかという点についても彼の視点から描写しているのだが、これには彼の偏見があるのかもしれないが、奇矯な人物という印象を与える。バグダットが攻められたら煙幕を張ればいいとか、長距離ミサイルを所望するといった、まるで「上司は思いつきで物を言う」的でもあるようだ。
 この手記を読みながら、私に去来していた思いは、こうだ。こうした暴露が真実であるとした場合、食料石油交換プログラムが不正に利用されていたとして、そして仏露などがそこから不正な利益を上げ、石油市場に混乱を与えていたといえ、ブッシュ、つまりネオコンらが主張するようにイラクに戦争を仕掛ける意義はあったのだろうか? 別の言い方をすれば、国連の査察には、多少の不正などがあるとしてもそれはそれに見合うコストなのではないか。こうした思いは北朝鮮の問題が念頭にあるせいもある。あるいは、広義に韓国もそこに含まれるだろう。
 もっとも、ネオコンの論理はすでにこのブログでも書いたように、大量破壊兵器の問題でも、国連疑惑でも、食料石油交換プログラムによる石油市場混乱抑制でもなかった。単純に言うなら、イスラエルとあまりに強く結びついて不可分にできないとしたうえでの米国の国益だったのだろう。そう見れば、昨今の、ロバート・ノーバックのたれこみ"Quick exit from Iraq is likely"(参照)を裏付けるようなラムズフェルドの暴言も理解しやすい。だが、そうした理解は、結局のところ、国際世界がネオコンの独走にいかに無力であったかというだけでしかない。現在スーダン問題に力を注いでいるパウエルのような穏健的な米国の外交・軍事にはどのような可能性があるのかと問うことが、多少なりとも、ネオコンの代替とはなるだろう。
 そうした点からすると、オバイディの次の自問は示唆深い。果たして、サダムのイラクは米国や世界にとって潜在的な脅威だったのだろうか? ここは引用しよう。

Was Iraq a potential threat to the United States and the world? Threat is always a matter of perception, but our nuclear program could have been reinstituted at the snap of Saddam Hussein's fingers. The sanctions and the lucrative oil-for-food program had served as powerful deterrents, but world events - like Iran's current efforts to step up its nuclear ambitions - might well have changed the situation.

 この自問に、彼はまず、それは認識の問題だろうとしている。その含みは正確な情報だけで結論の出る問題ではないということだ。
 そして彼自身がこの核兵器開発のプロジェクトに関わった技術者として、90年代に廃棄されたプロジェクトではあっても、サダムがその気になれば再出発が可能だっただろと指摘していることが重要だ。国連制裁が抑止力を持っていたとはいえ、世界の状況が変わればそれが常に有効だとはいえないとも言及している。
 オバイディは現在米国の庇護のもとにあり、それゆえ米国に親和的な見解を取らざるを得ない。だが、彼の言及は、米国の開戦を支持するというだけでもなければ、旧来の国連主義や欧州的な交渉主義で十分に新しい世界の危機に対処できるというわけでもないように読める。

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2004.09.28

「郵政民営化実現内閣」というのだが、なにが本当は問題なのか

 昨日第二次小泉改造内閣が発足。自民党三役も一新させた。率直に言っていよいよ小泉も本気かなという印象はある。自民党総裁の任期は三年、そして自民党の党則によって総裁の連続三期の在任を認めていないから、彼が首相でいられるのは二〇〇六年九月まで。泣いても笑っても欠伸をしてもあと二年だけ。この間、国政選挙もない。避けがたいはずの増税もこの二年は凍結という暴挙を国政・国民に飲ませたから、ポスト小泉のババを踏むヤツにはかなり胆力が必要となるだろう。
 小泉本気は、郵政民営化法案を来年の通常国会に提出して成立させることだ。その意味で、彼自身が言うように「郵政民営化実現内閣」ではあるのだろう。
 が、今朝の新聞社説を見渡すと読売新聞と日経産業新聞が当たり前にその点を書いているものの、朝日新聞と毎日新聞は党幹事長となった武部勤に奇妙な難癖をつけることを先行させていた。確かに武部が指揮したBSE対策は結局のところ国際世界の失笑を買うもののとなったにせよ、彼が失墜させられたのは農水省と農水族議員の癒着を着るべく行政介入を行おうとし、農協にまで手を入れようとしたからだ。話を端折るが、ようするに、朝日新聞と毎日新聞の武部クサシは反動。ということはもうちょっと裏がありそうだ。が、ここでは触れない。
 当の問題である郵政民営化なのだが、この話は以前にもこのブログで書いた。要点は、郵政が握っている第二の国家予算とも言える膨大な資金を恣意的に財投に回すのではなく、国民のコントロール下にせよということだ。が、再読を促すほどの内容でもない。
 現時点で、なにが問題なのかとあらためて問い詰められると、正直なところ、すっきりとはわからない。一応、財投機関債の制度は出来ているので、郵便貯金が財投に直接回ることはない。が、この債権の運用は財務省の小手先で決まっているので市場を介して国民がコントロールするというのにはほど遠い。そこで、一気に根本の郵貯を解体せよというのならそれはそれで話は分かるし、フィナンシャルタイムズなどを読むに対外的にはそのように受け止められてはいるようでもある。"Privatising post"(参照)ではこう指摘している。


It is astonishing that an institution that controls assets of about Y400,000bn - the equivalent of $3,660bn or roughly equal to the US federal public debt - can continue to operate in the murky and inefficient fashion of the Japanese post office. A combination of mail service, insurance company and savings bank, it has become notorious for acting as something close to a slush fund, channelling the savings of Japanese households into politically motivated white elephant construction projects at the behest of scheming LDP bosses.

 対外的には日本の郵政とはこのように見えているのだ。つまり、世界経済の懸念材料とも言える米国政府の赤字三兆六六〇億ドルに匹敵する四百兆円を自民党が左右しているというのだ。ちょっと数値の桁に脳髄がしびれる感じがするが、それに比べると一億円程度の不正で橋本派を揺さぶっている図というのは、陰謀論的に言えば、小泉側の今回の内閣の地ならしだっとしか思えない。
 問題は、では、この資金が自民党の利権から国民に取り戻せるのかというと、そこがよくわからない。そうではないようだ。どうも単に官僚コントロールになるだけのようでもある。だとすると、小泉改革、つまり、郵政民営化とはなんなのだろうか、それがよくわからない。そう、よくわからないのはそこだ。このあたり、すっきりとわかる方がいたらトラックバックなどで教えていただきたい。
 ついでに言えば、財投の資金源は郵貯だけではない。年金のなぜだかわからないけど膨大にプールしてあるれいの積立金も財投に使われている。このあたり、結局、全部国債に化けて、円維持のための操作として米国に投資されているのだろうか? なんかあまりの無知で失笑を買いそうだが、問題の根は郵政だけではなく、ようは、財投可能な資金の制御の問題だと思える。
 郵貯以外に、郵政民営化には、郵便事業と保険事業がある。これらも郵政民営化ということでコミになっているが、端的に言って、郵便事業は国がやるべきだろう。逆に保険事業ななぜ国がやっているのか、歴史的な経緯ということを除いた現代的な意義としては、理解しづらい。
 この点、先のフィナンシャルタイムズの記事だが、もう一点、日本人が好きな段階的な解決(phased transition)に疑問を投げている。

Their preferred solution, a phased transition, would allow the post office's insurance and savings arms to offer new products such as commercial loans while still being privatised. That is a recipe for an inefficient state-backed institution, with an unfair advantage from its government guarantee and tax-free status, stealing custom from private banks and insurers. It is, rightly, being resisted, particularly by foreign companies that have fought hard to enter the Japanese market.

 つまりその時間稼ぎが日本国内の利権確立の猶予じゃないかというのだ。それはあまりに対外的に不公平だというわけだ。
 それももっともなことだが、いわゆる目に見える形での外圧、つまり米国からの圧力はこのところ少ないので、その面からの解決はたぶんないだろう。米国は現在国際的には孤立を深めているので、どうしても政治的・経済的に日本の支援を必要としてる。
 というか、政治、経済、そして軍事の面で、日米が一蓮托生化している感じがある。どうも陰謀論めいていけないのだが、米国の思惑としては、日本の国富を日本の国民が還元するしくみより、官僚コントロール下に置いて国家レベルで米国に都合のいいインタフェースができたほうがありがたいのではないだろうか。

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2004.09.27

少子化を食い止めるオランダ・モデルは主婦をなくして労働者にすること

 昨日夕食の支度を始めるころ、朝食用のパンがないことに気が付き、急遽小麦を練り始めたものの焼き上がりは10時。そして9時には手持ちぶたさもあって、たまにはニュースでも見るかとテレビをつけると、NHKスペシャル 「63億人の地図 第7回出生率~女と男・支え合う未来へ~」(参照)というのをやっていた。出生率がテーマらしい。たるそうなので、見ることにした。話は、日本より深刻な課題となっている韓国のようすと、この問題を克服したかに見えるデンマークの事例を取り上げていた。少子化に悩む日本としては、成功したデンマークの例が気になるでしょう、といった色目のちらつく奇妙な番組だった。話のアオリを引くとこうだ。


 一度は落ち込んだ出生率を回復させたデンマークは、出生率1.79。60年代、経済成長と共に生じた労働力不足を補おうと、国を挙げて女性の社会進出に取り組み、保育施設の充実や男性の育児参加を促してきた。その結果、世界で最も男性が家事労働をする国となったうえに、所得でも女性は男性の7割以上と世界一になった。つまり、男女が協力して女性の社会進出を実現させた時、出生率が上がったのである。
 一方、先進国で最も出生率が低いのは韓国の1.17。保育施設の不足や男性の育児参加が進まないこと、さらに重い教育費の負担など、日本と同じような原因が指摘されている。番組では、出生率の地図から、男と女が平等に社会に参加する、男女共同参画社会のあり方について考えていく。

 パンの焼き具合のほうが気になって、番組は上の空で見ていたこともあり、私の理解が至らないのかもしれないのだが、NHKの言い分はこうらしい。つまり、日本は男女共同参画社会の建前はできているが、その実質が伴っていないから女性への負担が大きく、それで出生率が上がらないのだ、と。
 NHKの言い分にもう一点加えると、成功例のデンマークのケースということでもあるが、「所得でも女性は男性の7割以上と世界一になった」というカラクリ、つまり、柔軟な労働制度が重要だというのだろう。
 番組では、デンマークのすげー重税について隠してはいないものの、国民の幸福度は高いからよいのだと誘導していた。みなさまのNHKとしては、日本の実質的な重税の一端である受信料も幸せならいいじゃないということなのかもしれない。ま、そのあたりは、選択の問題だというのはある。
 番組ではアメリカの状況についてはなぜか触れていなかった。アメリカの出生率はそれほど深刻な状態ではない、が、記憶によるのだが、問題を白人に限定すると日本や韓国と類似の状況であったはずだ。アメリカで出生率がある程度維持されているのはヒスパニックのセクターによる。そしてそのヒスパニックのセクターの増加は基本的には移民を受け入れる国策によるもので、この移民政策という点では、オーストラリアが現在非常に意識的に取り組んでいる。
 私の考えでは、大雑把過ぎるのだが、少子化なんて問題はどうしようもないのだから、移民を受け入れる制度や社会のほうを論じるべきだ、なのだが、あまりこうした議論は受けがよくない。
 米国もすでに、「文明の衝突」で物議を醸したハンチントンがまたまた物議の「分断されるアメリカ」で縷説しているように、アメリカのナショナル・アイデンティティーの理念型(白人であるという人種、イギリス系の民族性、民主主義の信条、プロテスタントの宗教・文化)から逸脱するヒスパニックの勢力が今後アメリカ国内の問題となりうる、のだろう。余談だが、まぬけと言われるブッシュだがあれはあれでスペイン語がなかなかさまになっているようだ。
 移民の話はなかなか日本人には違和感があるし、これはこれで別次元の話と言えばそうかもしれないので、さておくとしよう。で、他に、なんとなく私は二点違和感が残った。
 一つは国家の規模の問題だ。デンマーク王国の人口は538万人(参照)。都市東京にはるかに及ばない。日本の地方のレベルで言うと、四国の人口が360万人ほど。デンマークは四国の倍はない。つまり、その程度規模の国家の施策が日本に当てはまるものなのだろうか。もっともデンマークもEUの地方となるわけなので、そのあたりの国家と産業の規模の関係は、かなり複雑なのかもしれない。
 もう一つは、なんだかんだと言っても、このデンマークの施策は主婦撲滅政策だということ。それが悪いわけでもない。恐らく日本の先鋭的な官僚はそれを理念としているような気がする。私がなんとなく思うのは、と、これを言うと非難を浴びそうだが、日本女性の晩婚化は、小倉千加子「結婚の条件」で暗示するように、労働環境より、裕福な主婦となる願望が大きいのではないか。フェミニスト小倉あたりが、デンマークのようになれと日本の変化を求めていなさげなのも、そのあたりの現実を知っているからかもな、と思う。
 と、このあたりで、別の疑問に思いが移るのだが、日本の社会はそこまでして、つまり、主婦を撲滅して労働力に変換するほど、生産力を必要としているのだろうか?
 すでに日本の労働は第三次産業が主体だ。つまり、サービス業。しかも、労働時間という点では、ネット世界の実感だとすげー過労だとはいえ、日本の全体の表向きのところではすでに週休三日に近接している。労働状況の基本としては、この日本社会はそれほど労働力も必要としていないし、生産力も求められていない…のではないのか。
 デンマークではないが、類似の施策を取るオランダの場合、労働力は夫婦換算で「1・5モデル」と呼ばれている。片方が1でもう片方が0・5だ。フルに2としない分を家族維持に向けているという含みがある。日本の場合は、表向きは男が1ということだ。だが家庭単位では日本では成人した子供がパラサイト化しているので、1+0・2くらいかもしれない。もっともパラサイトの労働力は現状では家庭単位の労働力には換算されていないかもしれないのだが、が、今後、パラサイトが老人の介護にあたることになるので、老人の社会保障換算0・4+パラサイトのパート0・3くらいになるのだろう。
 雇用の形態からすれば、デンマークやオランダのモデルではいわゆる正社員概念も解体されるのは当然、男性もパートタイムとなりうる。随分先行的だなという思いと、いや顧みれば、日本でも実際、若い世代ではそうなっている事実はある。
 どうも要領を得ない話になってしまったが、日本の少子化というのは別に問題でもなんでもない、ただの日本社会の変質ということではないだろうかと思えてきた。
 女性にとって裕福な主婦になりたいという社会階層的なドライブ(欲望)をなくして、あるいは男性にとってビジネス欲(出世とか)をなくして、まったりと夫婦でパートをしながら子供を産んで育てることができる確信ができれば、あとは子供を持とうが持たなかろうかは、もはや国家が介在する問題ではない。その結果として、新しい日本という縮退する国家の相貌があっても、それはそういうこというだけなのだろう。

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2004.09.26

某市場の動向によるとブッシュ好調

 私は今の米国の外交・軍事政策がいいのか率直に言うとよくわからない。ブッシュ再選を支持しているわけでもない。感覚的に言うと、また四年間ブッシュですか、はちょっと退屈かなとも思う。メディアの側から米国の世論動向を見ていると、現状ではブッシュやや有利という感じのようだ。米メディアの論調は基本的に民主党よりなのだが、ケリー陣営のアピールはなんとなく空回りしているようにも見える。日本政府はといえば、すでにブッシュ再選を織り込んで行動しているふうな印象も受ける。
 そういえばと思い出して、アイオワ電子市場(Iowa Electronic Markets)(参照)の米大統領選を覗いてみて、ちょっと驚いた。と、その前にアイオワ電子市場について簡単に説明しておくと、対象は政治だけと限らないのだが、大統領選挙といった世論動向を先物取引市場に見立てたものだ。投資額は一ドル単位といった低額なので、予想が合っていてもおよそ収益にもならない。このことからわかるように、教育的に遊ぶというのがその趣向だ。運営も非営利教育機関アイオワ州立大学である。日本でも大学改革が叫ばれているがこうしたセンスのある大学って見あたらない気がする。はてなのアンケート機能を拡張すればいいと思うのだが、日本だと法的な規制がありそうだ。
 で、アイオワ電子市場で驚いたのは、これ、政治市場の大統領選のチャート"2004 US Presidential Election Winner Takes All Market"(参照)だ。詳細な意味は私もよくわかっていないのだが、粗方の意味は一目瞭然といったところだろう。ブッシュとケリーの相場のチャートなのだが、九月に入ってブッシュがぐんぐんケリーを引き離している。七月八月は両者ちょぼちょぼといった感じなのと八月末はちょい上がりは共和党大会の影響かなくらいだが、そのちょい上がりを戻したあとは、ブッシュ独走といった印象を受ける。時期的にはれいのラザーゲート事件とかぶるので、主な出資者である学生たちの関心もそれに引っ張られたかなという印象は受ける。であれば、ブログの影響かとも買いかぶりたくなるが、そのあたりはそれほどはっきりしているわけでもない。
 大統領選の市場についての解説は概要などをふくめてこちら(参照)にある。同ページにはFAQ(解説的Q&A)もあるので関心のある人は、英語だが、読んでみるといいだろう。
 アイオワ電子市場はこれまでかなり高い勝率を示してきた。未来予想としてなかなか馬鹿にならない。しかし、それほど連勝というわけでもない。2002年の米国議会の中間選挙で予想を外してから、少し熱狂が薄れてきている印象はある。
 アイオワ電子市場に似たこの種の賭けのサイトは他にもある。そうしたサイトをネタに、イラク戦争開戦前のことだが、「ブッシュ政権が国連安全保障理事会でイラク武力行使を承認する修正決議案を通過させるだろうか」という予想について、ワイアード日本語版「イラク問題を賭けの対象にするサイト:はたして読みは当たるか?」(参照)にちょっと面白い記事がある。現時点で見直すと、こうした予想は、未来予想というより、多分に民衆の熱気というか、マクロ経済学でいう「期待」のように鵺的な存在をうまく表現しているようにも思える。
 話を今回の米大統領選に戻すと、アイオワ電子市場で見る限り、米国民はブッシュ続投ですかという期待が広まりつつあるようだ。私はブッシュを支持しているわけでもないしケリーを支持しているわけでもない普通の日本人だが、この状態がしばらく続くなら、懸念されたオクトーバーサプライズもないのではないかと少し安堵する。あるいは、オクトーバーサプライズはケリー陣形からかという懸念がないわけでもない。が、ラザーゲート事件(実はこの続報もあるのだが)のよい影響というべきか、ジャーナリズムが慎重になったことで、情報操作によるその可能性は減っているだろう。
 ぼんやり思うのだが、これからブッシュ人気が今後がらっと変わる転換のような事態としてはどんなことがあり得るだろうか。そう考えてみてよくわからない。ラザーゲート事件の陰に隠れたちょっと気になるニュース"The Story That Didn’t Run"(参照)などもあるにはある。ただ、罵倒とかはすでにやりすぎて無効になっている感はある。

【追記(2004.10.03)】
第一回公開ディベート後、ブッシュは急落し、ケリーが急上昇した。

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