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2004.07.31

オクトーバー・サプライズ(October surprise)

 7月も今日で終わり明日から8月に入る。米メディアは民主党の大統領指名の騒ぎに浮かれているが選挙の動向はまだ見えない。8月からはブッシュ側の攻勢が始まるのだが、どうもそう呑気な話ではすまなそうな気配だ。やっぱ、オクトーバー・サプライズ(October surprise)っすかね、みたいな雰囲気なのだ。
 この手の話は前回もあったのだが、今回はどうも雰囲気が違う。そのあたりは、Newsweek"A Matter of Public Trust"(参照・日本版では「民衆の信頼を失った民主主義の行方」8.4)がうまく表現している。


It is thus very disturbing that reasonable men and women in America today have begun to talk of an "October surprise": not just some red alert designed to frighten the nation into rallying around the president, but a scheme to postpone the election altogether if it seems Bush might lose. This would be unprecedented, unconstitutional... and hitherto unimaginable. I have no idea how plausible the scenario is. What is troubling is that people give it credence - a striking indication of the erosion of public trust.

 うまい表現だなと思う。"It is thus very disturbing."は前段の民主主義に対する国民の信頼を指しているのだが、その信頼の安寧に対して"Don't disturb."というわけだ。チェックアウトまで掃除に来るなよ、と。しかし、現在の米国ではそういう健全な民主主義国家への信頼が失われつつある、というのだ。そして、これも簡素でうまい表現が"reasonable men and women in America"だ。日本人も御多分に洩もれず米国への劣等無意識に駆られているのでアホな米国を見て満足するが、米国にはがんとした"reasonable men and women"がいる。「理性のバランスがいい男と女」と直訳したくなる。
 そうした米国の良識がオクトーバー・サプライズを懸念し始めているというのだ。
 オクトーバー・サプライズとは、この引用にほのめかされているように、"some red alert designed to frighten the nation into rallying around the president"、つまり、大統領選間際で選挙動向を左右するために国難をでっちあげることだ。10月になったら、おやまビックリというわけだ。
 オクトーバー・サプライズのなかでも、ほぼ米国史上汚点とも言えるのが、1979年イラン人学生による米国人大使館員人質事件に絡んだ陰謀だ。翌4月にデルタ・フォースによる救出も失敗。カーターってだめぽのだめ押しになり、このダメージで共和党からロナルド・レーガンが出てきたということなのだが、裏でパパ・ブッシュたちは、パリでイラン政府関係者と密談し、大統領選挙後まで事件解決を延期してくれと懇願し、見返りに賄賂と武器供給を約束したらしい。
 え、ほんとかよ?でもあり、この手の話がお好きなかたは"The October Surprise"(参照)、"Archive October Surprise 'X-Files' Series"(参照)、"Paul Wilcher and the “October Surprise”"(参照)などをご参照あれ。
 ということだが、この時のオクトーバー・サプライズの仕掛けを現在に当てはめると、ケリー側がやってくれるかなということになる。スペインの列車テロやオーストラリアの緊急事態の切迫感を見ると、そうかなとも思えるし、先のイラン関連のオクトーバー・サプライズでは、ケリーの義理の父ジョン・ハインツ三世(当時ペンシルバニア州上院議員)も噛んでいるので、むふふでもある。どっかのサイトみたいな話になりそうだが、面白すぎるので、あくまで真偽は別として、"Paul Wilcher and the “October Surprise”"ちょいとひいておく。

Senator John Heinz CR-Pa), was also later murdered in order to keep him quiet -- again because he was threatening to come forward and tell what he knew about President Bush’s involvement in the “October Surprise” and other scandals. Like Senator Tower, Senator Heinz’ death resulted from his private plane being blown out of the sky. News reports at the time indicated that Senator Heinz’ plane had collided with a helicopter. What actually happened, however, is that the helicopter fired a missile at Heinz’s plane causing it to explode. But because the helicopter pilot was inexperienced and did not get out of the way in time, the exploding debris from the plane fell onto the helicopter, causing it to crash also. (See page 48 above on both the Tower & Heinz murders.)

 ちょっとこれは解説を控えたいし、ちょっと脱線がすぎたが、裏の裏はパパ・ブッシュというあたりがいいダシ取れますねぇ、ということである。
 ということで、でもないが、Newsweek"A Matter of Public Trust"に戻ると、今回懸念されるオクトーバー・サプライズの仕掛けはブッシュ側かもだ。つまり、"but a scheme to postpone the election altogether if it seems Bush might lose."、ということで、ブッシュこけるか?という事態になれば、大統領選挙自体が延期という反則技に出てくる可能性がある。
 まさか? いや、そのまさかがまさかじゃないというのを、良識ある米人が懸念しているというのだ。くどいがそのあたりをもう一つ引用しよう。

Conspiracy theories have respectable genealogies in any democracy - and sometimes they're true. But it is quite another thing to say you can't trust your representatives to preserve the core attributes of their own democratic culture

 名文だな。陰謀論的解説というのは民主主義国家から排除できないものだし、それが真実のことすらある。しかし、問題は、民主主義自体が信頼できないいうことではない。
 というわけで、この8月のブッシュ側の攻勢にかげりが見えたときに、オクトーバー・サプライズの幻影がさらにちらつき始める。
 というところで、このエントリを終わりにしようと思ったのだが、ちょっと、悪いジョークで締めておくのもおつかもしれない。アルジャジーラ"Bush's October Surprise: Attacking Iranian Nuclear Facilities Using the Israeli Proxy "(参照)だ。

There has been speculation about what surprise Bush might engineer to secure a second term. Present Osama Bin Laden perhaps? Not likely, if they were holding him in secret the fact would be as difficult to keep quiet as keeping Jack in the box with a broken lid. Defeat the Iraqi resistance and show the world a transformed Iraq? Impossible. Attack Iranian nuclear facilities using the Israeli proxy? This is much more likely.

 ま、難しい英語でもないので、夏ボケの頭にがつんと一発読んでくれ、という程度だ。ハイホー!

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2004.07.30

在仏ユダヤ人退避勧告と分離壁問題

 イスラエル問題について少し書く。あまり考えがまとまらないのだが、この時期にコメントしておくべきだろうと思う。話題は二つあり、関係している。一つはイスラエル首相シャロンが在仏ユダヤ人に出した退避勧告について。もう一つはイスラエルとパレスチナの分離壁の問題だ。
 退避勧告については、朝日新聞系「イスラエル首相、在仏ユダヤ人に『退避勧告』 仏は反発」(参照)をひいておこう。背景にはフランスで起きているユダヤ人への墓荒らしの問題がある。遺体を焼いてしまう日本人には墓荒らしの感覚はわかりづらいかもしれない。


 シャロン首相は18日、エルサレムで開かれた在米ユダヤ人代表らの集会で「すべてのユダヤ人にイスラエルへの移住を提案する。中でも、たけり狂う反ユダヤ主義にさらされる在仏ユダヤ人は直ちに動くべきだ」と述べた。さらに「仏人口の1割がイスラム教徒。反ユダヤ主義の新たな温床だ」とも発言した。

 ニュースではシャロンの発言だけが浮いてしまうのはしかたがないが、国際情勢としては米国とフランスの外交的な対立もある。
 シャロンの言い分など胸くそ悪いのだが、それでも次のファクツは、シャロンを愚弄してすむことではない。

 仏内務省によると、仏国内で起きた墓地荒らしなどの反ユダヤ主義犯罪は今年前半で132件を数え、早くも03年全体の127件を超えた。在仏ユダヤ人団体によると、イスラエルへの移住は02年に急増し、03年も前年並みの約2300人が仏を離れている。

 率直なところこの数値に私は驚いた。日本人の感覚からすれば、危ないイスラエルに移住するよりはフランスに定着すればいいというくらいではないだろうか。
 しかし、フランスの人口構成を考えるとそれほど異様でもない。現在、在仏のユダヤ人は60万人。また、フランス内のイスラム社会の構成員は500万人(参照)。という数字の提示はあたかもフランス内でのイスラム対ユダヤというふうに読まれる危険性があるが、そう単純に結びついているものではなく、反ユダヤ主義は歴史的にフランスに根深い。また、フランスの人口は日本の半分の6000万人。国家規模的にも日本の半分くらいの近代国家なのだが、日本でこうした状況は考えにくいのではないだろうか。
 シャロンの放言を受けてフランス政府は早々にシャロンの訪仏禁止など外交のシグナルを出していたのだが、これはシャロンのほうが折れた形になった。ちょっと偏向かなとも思えるが朝日新聞系「イスラエル首相、『退避帰還』の訴えを撤回」(参照)がわかりやすい。

イスラエルのシャロン首相は28日夜、同国に帰還した在仏ユダヤ人200人を歓迎する式典で「反ユダヤ主義と帰還は区別すべきだ。ユダヤ人は恐怖や憎悪を理由にではなく、ここが故国であるがゆえに帰還すべきだ」と語った。

 こうした式典はけっこう頻繁に開かれているのか私は知らないのだが、数的には200人程度ではちょっとしたパーティ程度のものだろう。全体としては、イスラエルに流入するユダヤ人が少なくはない。とすれば、彼らユダヤ人にとってイスラエルが安全に見えるということなのだろう。
 話を分離壁に移す。分離壁についての基礎的な話は省略するが、勝手にパレスチナの地に国境と称して巨大な壁を作り出した。パレスチナ=アラブ人の居住空間もずたずたにされた。NHKはこの問題にご執心なのでよく映像でこの分離壁見るのだが、一目見ても監獄の壁のようにふざけたシロモノだ。まるで国家をゲットーにするみたいでもある。
 当然国際社会での反発を買い、分離壁撤去の国連決議が出た。概要を産経新聞系「国連総会 分離壁撤去を決議 イスラエル批判明確に」(参照)からひく。

 決議案は(1)分離壁の建設を国際法違反と認定して壁の撤去を求めた国際司法裁判所の勧告にイスラエルが従う(2)アナン国連事務総長が分離壁建設による被害を把握する(3)イスラエル、パレスチナ双方が和平実現に向けたロードマップ(行程表)を履行する-などを求めた。

 米国は、当然というべきか、決議に反対している。それ以前に、こんな国連決議になんの実効性はない。

 しかし、安保理決議と違って総会決議に拘束力はなく、イスラエルが決議に従う見通しもない。米国は反対に回っており、今回の決議案採択が今後の中東和平の進展に直接結び付くとは考えにくい。

 産経のこの言い回しの裏には、分離壁を撤去すれば和平が進展するという含みがあるし、日本人の多くもそう自然に考えるだろう。私もそう考えていたのだが、ちょっと気になることがある。
 露悪的に言うべきではないのだが、現実を見つめていると、分離壁は機能しているし、シャロンの強攻策は効果を持ってきているのではないか? むしろ、以前の和平プロセスのロードマップよりユダヤ側には効果がありそうにも見える。こうした疑念がふつふつと浮かんでいたのだが、ネットを見ていたら、似たような指摘があった。
 "Sharon to France: Send Me Your Jews"(参照)より。

London's Daily Telegraph chided Tony Blair's government for siding with Europe rather than Israel. "The barrier is undoubtedly proving effective in protecting the population, the prime duty of any government," the paper wrote, pointing out that despite the "rivers of blood" promised by Palestinian militants following Israel's dual assassinations of Hamas leaders, terrorist attacks inside Israel proper have actually dropped by more than 80 percent. The Telegraph said Britain should have voted against the U.N. resolution along with the United States, Israel, Australia, the Marshall Islands, Micronesia, and Palau - or, at the very least, abstained like Canada.

 テレグラフをひいているだけでもあるのだが、テレグラフの原文"UN's twin betrayal
"(参照)のほうは標題のように、ばかやろう国連、であり、論点が違う。
 イスラエルの文脈に戻ると、テロが80%も減少したという事実を見れば、分離壁は機能しているとしか言えないだろう。
 パレスチナ問題で重要なのは概論でもロードマップでもなく、個々の問題解決の集積のように思われる。つまり、正義なり理念なりが、現実と乖離し始めた兆候がありそうだ。

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2004.07.29

ファーストレディー候補曰く、「お黙り!」

 大統領候補であるケリー上院議員のテレーザ夫人が失言をした、というニュースが米国でちょっと話題になっていた。日本での報道を見ていると、なんとなく、ブリトニー・ズピアーズ(Britney Spears)とかアブリル・ラヴィーン(Avril Lavigne)の放言みたいな小ネタっぽい印象にも思える。朝日新聞系「ケリー夫人、思わず『失言』 保守系紙記者に」(参照)ではこう伝えている。


 ケリー上院議員のテレーザ夫人が、新聞記者に「くそくらえ」(shove it)と発言したことが米メディアで大きく取り上げられている。テレーザ夫人は歯にきぬ着せぬ物言いで知られており、ケリー氏は「気持ちを適切に話したのだと思う」と弁護しているが、ケリー陣営は26日からの党大会で敵対的な選挙運動は展開しないという方針を打ち出したとあって、注目を集める結果になった。

 話は、ケリー地元ペンシルベニア州の代議員の会合で、彼女が非米国的ななんたらという曖昧な発言をした際、朝日新聞の言うところの「同州の保守系紙」(実際は"Pittsburgh Tribune-Review")の記者が彼女に「非米国的とはどういう意味か」と問いただしたところ、怒った彼女は、先の発言に及んだというのだ。
 とうのPittsburgh Tribuneのニュース"Teresa Heinz Kerry tells editor to 'shove it'"(参照)をひいておこう。

Her answer prompted the following exchange:
Trib: "What did you mean?"
Heinz Kerry: "I didn't say that. I didn't say that."
Trib: "I was just asking what you said."
Heinz Kerry: "Why do you put those words in my mouth?"
Trib: "You said something about 'un-American activity.'"
A Kerry campaign worker attempted to stop the questioning.
Heinz Kerry: "No, I didn't say that, I did not say 'activity' or 'un-American.' Those were your words."
She walked away, paused, consulted with an associate and returned to this editor.
Heinz Kerry: "Are you from the Tribune-Review?"
Trib: "Yes I am."
Heinz Kerry: "Understandable. You said something I didn't say -- now shove it."

 ちょっとむちゃくちゃん、という感じもする。
 朝日新聞系ではもう一つ「米民主党大会、『暴言』のケリー夫人が締めくくり」(参照)があるのだが、なんか変だ。

新聞記者に「くそくらえ」と発言する様子が全米に放映されるなど、歯にきぬ着せぬ物言いがファーストレディー候補として批判を浴びることも多いが、米メディアはとりあえず、この日は「合格点」をつけた。

 朝日新聞、そういうまとめでいいのか? 私の印象では、朝日新聞、随分とケリーに肩入れしているな、である。私は、ブッシュもケリーも支持しないし、争点の少ない米大統領選挙にあまり関心はない。
 問題は、「くそくらえ」(shove it)の語感でもある。先のPittsburgh Tribuneのニュースでは、この「事件」の当初の印象をこう書いている。

The Sun reporter, Washington correspondent Julie Hirschfeld Davis, thought Heinz Kerry had said only "shut up." But a review of a videotape shot by WTAE-TV confirms Heinz Kerry used the phrase "shove it."

 朝日新聞はどういう意図かわからないが、「くそったれ」と訳しているが、ネイティブが「shut up」と勘違いしたように、状況からもわかるが、「お黙り!」という意味合いがある。
 このあたりの解説はないかとちょっとぐぐったら、あった。「過激で笑えるムービーレッスン『言ってはいけない英会話』」(参照)である。このページの「電車の中で携帯電話を使い続けている人がいた時」がそれだ。

"Turn it off, or I'm gonna shove it up your ass."

 日本語でいうと、「カマほったるか、われ」だろうか。shoveの語感だと「ぶちんだるわい」かも。それでもテレーザ夫人は"up your ass"を略しただけお上品かもである。余談だが、assは「しり」とよく訳されているが誤訳だと思う。じゃ、正解はなんてちょっと言えないのだが。
 などと書きながらちょっとこ汗をかくな。
 この手の口語は、米人とつるんで遊んでないとなかなか身に付かないものだが、って身につけてどうする。あるいは映画でもわかるか。ま、普通はわかんなくてもいい。ただ、「過激で笑えるムービーレッスン『言ってはいけない英会話』」の「信号無視した歩行者を轢きそうになった時」の"Get out of the way!"(あっち行け)は覚えておくといいかも。米軍基地内でコーラ持ってうろうろしていると、銃口向けられて言われるかも、だから(ってそんなこと普通しないか)。
 こういうとなんだが、米国というのは階級社会なので、その世界を覗き見るにはなんらかのツテなりがいるし、率直に言って日本人は、韓国人より差別が少ないかくらいの扱いなので、あまりああいう世界を覗く人は少ないかもしれないが、それでも、あれはすごい世界だ。身だしなみもだがLanguageもきびしい。Languageというのは、「話し方」という意味だ。「言語」じゃないよ。丁寧語がきびしい世界なのだ。あの世界を思うと、テレーザ夫人の今回のインパクトがわかるだろう。
 朝日新聞は取り繕っているが(産経新聞もそうだが)、今回の失言は、彼女も発言撤回をせず、むしろ、リベラルの印象を強めるという方向に出た。これで、福音派はすべて敵に回したようなものだし、上流階級も眉をひそめている。
 とま、なんか批判みたいだが、私は、この件で、彼女が好きになったな。単純な話、私は藤原紀香でもそうだが慈善家が好きだからだ。慈善家って、偽善ぽく見えるが、これをマジでやるには、強い信念が必要だ。それに、私が使うケチャップはハインツだしね。

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2004.07.28

麦茶の話

 麦茶が好きだ。だけど、なかなかうまい麦茶がなくて数年前まであれこれ迷っていたが、今は石切神社(「大阪のこと」参照)近くでもないか東大阪の梶商店(参照)の「鉄釜砂炒り麦茶」(参照)が気に入っている。うまい。なにより、あーこれが麦茶だという感じだ。注文は電話で10袋単位4200円。ダンボール箱で届く。ちょっとそんなに飲みきれないという量でもあるが、一夏超してもほとんど味は劣化しない。1袋で注文できれば、是非、試してごらんと薦めたいが、ちょっと敷居が高いかも知れない。作り方は袋に書いてあるが、沸騰した湯で5分ほど煮だし、10分置き、さます。薬罐はステンレス製広口で内網のついたのがいいだろう。1000円くらいで売っている中国製のアレだ(ネットで見かけないが)。
 この麦茶は左派系雑誌みたいな「通販生活」で見かけたもので、その後、通販生活が扱わなくなったので直接梶商店を探したら、同じようにこの麦茶好きがいるらしく、直接購入できることを知った。販売していた通販生活は処分してしまったので、ウンチク話はないが、麦を見ればわかるように、これは鉄釜でないとできないちょっとした名人芸だなと思う。梶商店のページの焙煎の話(参照)も面白い。砂炒り焙煎にはこうある。


回転ドラム式の鉄釜の中に熱した砂を循環させ、その釜の中に大麦を通して、熱された砂の遠赤外線効果で麦の芯まで焙煎する方法です。昔ながらの焙煎方法で、大麦を急激に焙煎するので麦の粒が膨化(膨れること)し、粒がはじけたようになるのが特徴です。

 どうやら、昔の麦茶の製法のようだ。焙煎の上がりについては、「色々な麦茶・穀物茶」(参照)にあって面白い。
 麦茶は大麦を使う。詳しくは知らないが、粒の大きな二条大麦と小粒な六条大麦があり、二条大麦はビールにも使うとのこと。そういえば、ピルスナー麦の麦茶というものがある。小川産業(参照)という江戸の粉引き屋さんが石引で作ったもの。ちょっとページからは注文しづらい。関心がある人は該当ページにあるメールアドレスなどで「ピルスナー麦茶」を相談してみるといいと思う。私はこれもけっこう好きだ。ライトでピルスナービールような香りもある。クセが少ないので食事の水代わりに向いている。煮出すときは紙パックを破いたほうがいい。
 この小川産業、三代目の話が「つくる人直撃インタビュー・みきorいくみが行く!」(参照)にあって面白い。ちょっとひいておきたい。

麦茶屋とか黄粉屋って言えばわかりやすいんですけど、黄粉も麦茶も上新粉も麦こがしもつくるんですよ。早い話が、代々うちには何かを煎るための石釜と煎ったものを粉にするための石臼(うす)があったんでしょうね。石臼は今機械になりましたけれど。だから「煎ったり・ひいたり」屋なんですよ。(笑)煎りひき業なんて世間じゃ通用しませんから、一応製粉業ってことになってます。じいさんのそのまたじいさんのまだ前の話ですから私もよくわからないんですが、誰かが石釜をつくって石臼でいろんな粉をつくっているうちに、あちこち近所に頼まれて、煎りひきの専門屋になったんでしょうね。実に地域密着の自然発生的な商売です(笑)

 偉そうなことを言うと、人類は石臼とともに生きてきたようなものだが、今の若い世代は石臼なんて見たこともないのだろうなと思う。
 ピルスナー麦茶の話もある。

ええ。つぶまるは六条大麦、ピルスナー麦茶は小麦麦芽を使ってます。麦茶って言ったらもう昔から六条大麦が基本ですね。「ピルスナー麦茶」ってのはこの業界じゃ初の画期的な新商品です。まだぜんぜん売れてないところが画期的なんです(笑)私は灼熱地獄のあとのビールが日課なもんで、「ピルスナー麦茶」ってのもうまいんじゃないかと小麦麦芽を煎ってみたら、これが評判がよかった。で、とにかく商品にしました。売れるんでしょうか? 不安です・・。(笑)笑い事じゃありません。社運がかかってるんです。

 私も今年は注文してないので、社運についてちょっと心配だ。こういう洒落っけがいいなとは思う。
 関連の話で、私は朝鮮料理が好きなので、穀茶もよく飲む。最近はあまり外食をしないのだが、穀茶を出す店に当たらない。穀茶はコーン茶とも言われている。朝鮮料理の食材屋にいけばビニールにどっさり入った安価なのがあるが、ネットでは「癒しのキムチ」(参照)の「コーン茶」(参照)がいいだろう。この店は、肉もキムチもかなりいい。もっと嬉しいのは、アレない?とかメールで聞くといろいろ相談に乗ってくれることだ。オススメは今の季節なら水キムチだ。冷麺の汁にも使える。そう、できあいのスープなんか使っちゃだめだよ。
 ほうじ茶については…また別の機会にでも。

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2004.07.27

脱北者450人の韓国受け入れを巡って

 400人規模と言われていた脱北者の韓国受け入れが始まった。国内では毎日新聞系「北朝鮮:脱北者200人、あす韓国へ 「東南アジア待機」が定着--過去最大規模」(参照)が詳しい。基本的には、今回の受け入れは、数が多いということだけで、外交・政策上、質的な転換になるわけでもないようだ。


 北朝鮮を脱出し、東南アジアに滞在している脱北者約200人が27日にもチャーター機で空路韓国入りする。政府関係者が26日明らかにした。第一陣の200人に続いて250人も後日、到着する予定。脱北者が増え始めた94年以降、一度にこれだけの脱北者が韓国入りするのは初めて。韓国政府としては、中国だけでなく東南アジアにも広がった脱北者問題に積極的に取り組んでいることをアピールする狙いがあるようだ。

 いくつか気になることがあるのだが、まず、大規模といっても、400人程度が現状は、韓国がいちどきに受け入れられる上限だろうということ。通常、韓国入りした脱北者は、ソウル郊外定着支援施設「ハナ院」に収容され、2カ月間韓国社会の生活に慣れる訓練や治療を受ける。ただ、今回は「ハナ院」ではないらしい。施設滞在後、政府から生活資金が5年間で3600ウォン(360万円)提供され、韓国社会に放たれる。
 2か月のローテンションを組めば、今回の450人に続く脱北者の受け入れも可能だが、そのあたりの今後の動向がわからない。政府の本音はこれで大量受け入れが終わりにできるものなら終わりにしたいだろうし、また今後も受け入れ可能を示せば、さらに脱北者が増えることにもなる懸念はあるのだろう。
 もう一点、どこから脱北者がやって来るか、なのだが、人道的な配慮もありこれは表向き公表されていない。が、毎日系のニュースにも示唆があるように、ベトナムらしい。いったんは中国を経由しているだろうから、中国とベトナムの関係が気になる。同じ社会主義圏とはいえ、両国が複雑な関係にあることは古くもない歴史を顧みてもわかる。あるいは私はこの問題に疎いので誤解かもしれないが、各ルートの脱北者を今回はいったんベトナムにまとめているのかもしれない。つまり、直接海路で北朝鮮から東南アジアに出ていたのかもしれない。
 脱北者の統計だが、毎日系ではこう指摘がある。

食糧難で餓死者も出ていると言われる北朝鮮からの脱北者は94年以降、年々増加している。00年の韓国入りは312人、01年は583人だったが、02年には一気に1140人になった。昨年は1281人で、過去最高を記録した。

 脱北の理由は食糧難とみてよさそうだ。ただ、ラジオ深夜便の話では1997年までは70人だったというので、毎日系の示唆と違う。この増加数を見るに、94年あたりを契機とするには無理がある。
 同じく、ラジオ深夜便の話では現状の韓国在の脱北者総数は5000人。うち、19歳以下の教育を必要とする人口が500人とのこと。だが、実際に通学が定着しているのはその2割だとのことだ。現状の韓国の学歴社会傾向を見れば、脱北者を十分に受け入れることは難しいようにも思える。
 問題を韓国という国の、民族的なアイデンティティとして見た場合、ある意味、急速に大衆レベルでの民族国家志向が高まるなか、韓国という国の歴史が必然的に持つ対外的な多様性はどうなっていくのだろうか。
 この問題は、日本からは在日の問題として捕らえやすいのだが、私は、朝鮮族というものの意識が、今後どう韓国で形成されているのかが気になる。
 朝鮮統一というとき、一般的には、南北を指すのだが、在日以外にも韓国人・朝鮮人は世界に広がっている。だが、「コリアン世界の旅 講談社+α文庫」などでも、中国内の朝鮮族の問題には触れていなかった。
 つらつらとこの問題を考えているうちに、カザフスタンやウズベキスタンの朝鮮人の現状が気になった。この問題はまったく隠蔽されているわけではない。1998年には国際在日韓国・朝鮮人研究会主催で「ロシア・日本の韓朝鮮人強制移住と国際人権」といったシンポジウムも開かれている。概要の代わりに1988年11月6日読売新聞(大阪版)をひく。

 強制移住は1937年にスターリンの指示で行われ、18万人が短期間に中央アジアの草原に送り込まれた。現在は、カザフスタンやウズベキスタンなどに子孫を含め約35万人が住んでいる。

 史実はあまり異論はない。問題は現状だ。このあたりの統計が実はよくわからない。例えば、WikiPediaの次のKoreanについての記述(参照)は少し困惑させるものがある。

Koreans in Central Asia
Approximately 450,000 ethnic Koreans reside in the former USSR, primarily in the newly independent states of Central Asia. In 1937, Stalin deported approximately 200,000 ethnic Koreans to Kazakhstan and Uzbekistan, on the official premise that the Koreans might act as spies for Japan.

As of January 1, 1998, 1,123,200 ethnic Koreans lived in Uzbekistan, amounting to 4.7% of the total country's population.

Probably as a consequence of these ethnic ties, South Korea was the second import partner of Uzbekistan, after Russia, and one of its largest foreign investors. The car manufacturer Daewoo set up a joint venture (August 1992) and a factory in Asaka city, Andizhan province, in Uzbekistan.


 記載ミスが私の誤読かわからないが、1998年の時点で100万人を越えるコリアンがこの地域にいるらしい。
 情報に確信がもてないのだが、仮にこの統計が正しいとすると、統一朝鮮というのはいったいどういうイメージを持つべきなのか、私には皆目わからない。もちろん、ある民族が他国の大都市に移民するということはある。ギリシア人が多く住む都市の1位はアテネ、2位はサロニカだが、3位はメルボルンらしい。不思議でもないといえば不思議でもない。それでも、歴史の意味合いは違うだろう。
 話が斜めにずれている気もするが、ちょっと気になるニュースがある。関連しているのだろうとしか思えない。2003年12月18日読売新聞「北朝鮮からウズベクの労働者撤収」をひく。

 韓国政府で、対北朝鮮軽水炉事業を担当する軽水炉企画団の関係者は17日、北朝鮮咸鏡南道・琴湖地区の軽水炉建設現場で働いていたウズベキスタンの労働者94人が同日、韓国経由で帰国の途につき、撤収が完了したと明らかにした。

 時期を考えてもわかるが、これは、KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)が中断したことに伴う措置だ。さらっと読むと、ウズベキスタンの労働者が誰であるかはわからないが、朝鮮族なのではないだろうか。そうではないとしても、ウズベキスタンの朝鮮族が噛んでいることは間違いないだろう。
 どういう連携プレーが北朝鮮、韓国、ウズベキスタンにあるのだろうか。またそれが、どういうふうに韓国人・朝鮮人の意識に関わっているのだろうか。石油の関連も気になるのだが、こうした文脈で触れるべきではないだろう。


【追記 7.28】
 どう考えていいのか困惑するような事実が数点わかった。追記しておきたい。
 まず、女性の比率と、中国内朝鮮族についてだ。朝鮮日報「450人中女性が70%」(参照)より。


 今月27日と28日の両日に東南アジアの第3国から韓国入りする脱北者450人のうち、女性が70%も占めていることが分かった。女性脱北者が脱北者全体に占める割合は1990年前は10%未満だったが、90年代後半から20~40%台の増加率を見せ、2000年40.4%、2001年49.6%、2002年54.8%、2003年63.4%と増え続けている。
 このように女性脱北者の割合が増えたのは、女性が男性より現地に適応しやすいためとみられる。女性が多数であるだけに、今回入国する脱北者に子どもの占める割合も全体の20%であると伝えられた。
 地域別では咸鏡(ハムギョン)道出身が全体の80~90%となっている。中国国境に近い咸鏡道地方の住民が脱北者の多数を占めているということだ。政府は、今回入国する脱北者の中に中国朝鮮族が含まれている可能性があるだけに、合同尋問を通じ徹底して探し出す方針だ。

 もう一点は、脱北の全貌に関係する。中央日報「<脱北者韓国入り>政府の7カ月間極秘プロジェクト」(参照)より。

 何よりも集団移送の計画が公表される場合、およそ10万人にのぼる中国内北朝鮮脱出者が大挙押し寄せることを懸念したからだ。だが、政府が説得しつづけたすえ、結局、今年5月末に「秘密厳守」を条件に、初めて前向きな反応を得た。その時点から、韓国政府も関連省庁の合同対策班を設けるなど交渉準備を本格化した。

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2004.07.26

ランス・アームストロングはがん患者の希望

 ツール・ド・フランスでランス・アームストロング(Lance Armstrong)が優勝した。最終日が近くなるにつれ、アームストロングでキマリでしょうっていう雰囲気だったので、あっと驚くニュースでもないし、国内でもベタ記事扱いっぽい。米国でもそれほど大ニュース扱いでもないようだ(これから話題になるのかも)。私はサイクル・スポーツに詳しいわけでもない。ので、ちょっと間の抜けた話になるかもしれないが、彼のがん克服に関心があるので書いておきたい。
 ツール・ド・フランスは、モントローからパリのシャンゼリゼまで163キロを走る自転車ロードレースで(注:この記述はミス。コメント欄おりたさんからご指摘があった。これは最終日のことだけ)、"2004 Tour de France"(参照)を見てもわかるが、まさに名前通り「フランスの旅(Tour de France)」という感じがする。今回は、それまで、スペイン人、ミゲル・インデュラインが持っていた大会5連覇の記録をアームストロングが更新し、史上初となる6年連続総合優勝を達成した。
 優勝者には「黄色いジャージ」が与えられる。と言うと、なんでかなぁ、という感じだが、これが「マイヨ・ジョーヌ(Maillot Jaune)」。この黄色という感じは"Tour de France"公式サイト(参照)を見るとわかるだろう。
 マイヨ・ジョーヌといえば、アームストロングには、「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」という著作があるが、小林尊がアメリカの誇り大食い競争を制したように、米人アームストロングがフランス全土の競争を制覇したということがポイントではない。原題"It's Not About the Bike"(「自転車のためだけじゃないんだ」)が暗示するように、むしろ、がんからの生還がテーマになっている。ツリを引用するとアームストロングの紹介にもなるだろう。


人生は、ときに残酷だけれどそれでも人は生きる、鮮やかに。世界一の自転車選手を25歳で襲った悲劇―睾丸癌。癌はすでに肺と脳にも転移していた。生存率は20%以下。長くつらい闘病生活に勝ったものの、彼はすべてを失った。生きる意味すら忘れた彼を励ましたのは、まわりにいたすばらしい人々だった。優秀な癌科医、看護婦、友人たち、そして母親。生涯の伴侶とも巡り合い、再び自転車に乗ることを決意する。彼は見事に再生した。精子バンクに預けておいた最後の精子で、あきらめかけていた子供もできた。そして、彼は地上でもっとも過酷な、ツール・ド・フランスで奇跡の復活優勝を遂げる―。

 というわけで感動的な話なのだが、この物語のあとで彼は離婚している。人生はなかなか複雑なテイストがある。
 私がアームストロングに関心をもつきっかけとなったは、何年前だろうか、たしか、現在も協賛している製薬会社ブリストル・マイヤーズ・スクイブについてちょっと調べ事をしているとき、この話題の深みを知った。
 現在、Bristol-Myers Squibbは、マイヨ・ジョーヌのアームストロングと協賛して"Tour of HOPE"(参照)を推進している。また、アームストロング自身のこの方面での財団"Lance Armstrong Foundation"(参照)の目的もがん患者への支援だ。端的にこう書かれている。

The LAF believes that in your battle with cancer, knowledge is power and attitude is everything. From the moment of diagnosis, we provide the practical information and tools you need to live strong.
【試訳】
ランス・アームストロング財団は、あなたががんと戦うとき、がんについての知識がパワーとなり、また、がんに向き合う生き方が重要になる、と確信している。がんと診断が下ったときから、私たちは具体的にがん患者に必要な情報と、強く生き抜くのに役立つ情報を提供する。

 財団は機構的にはブリストル・マイヤーズ・スクイブとは独立はしているだろうが、支援も大きいだろう。米国ではがん以外にも各種の難病について、巨大製薬会社は同様の支援を行っている。臨床実験や薬剤市場への意図もあるのだろうが、問題はそれで患者の利益になるかどうかだ。日本では「メナセ」などでお文化の側面はこの言葉に訳語を許さないほど進んでいるが(皮肉)、福祉面での企業活動はよくわからない。なんとなく清貧のNPOという印象があるが、私の偏見だといい。
 アームストロング自身の睾丸がんは、診断時、腹、肺、脳に転移しており、生存率50%とのことだったようだ。そこからの回復は奇跡的というほどでもないのかもしれない。が、私は、そういう「奇跡の生還」といった健康食品的な煽りよりも、むしろ問題なのは、がん患者の社会復帰なのかもしれないと考えるようになった。
 このブログでも書評を書いた「がんから始まる(岸本葉子)」でも、強調されていたが、現在がん患者に必要なのは、5年生存率間の精神的サポートやその後の社会的な偏見を除くサポートの体制だろう。というのも、がんの完治の目安と言われる5年生存率は65%にもなるという。
 米国ではNCI(国立がん研究所)にがん生存者対策局(参照)があるが、先の岸本の本を読むかぎり、日本では厚労省レベルではそうした動向はなさそうだ。テーマが違うよと言えばそうだが、「ブラックジャックによろしく」などでもがん患者のあつかいは、日本のメディアのがん意識に偏向しているように思える。
 どこかにこうした情報をまとめたリンク集ももあるだろうが、がん支援団体Cancercare(参照)も付け足しておく。

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2004.07.25

自殺者で3万人、交通事故で1万人死ぬ社会

 警察庁統計によると自殺者が前年より2284人多く3万4427人になったとのこと。ニュースや社説などでよく目にしたものの、この問題を扱うのはもういいやという感じがしていた。しかし、なんとなく心にひっかかることでもあるので、まとまりもないが書いてみたい。
 いくつか思ったのだが、私たちの身の周りの具体的な自殺者と、こうした統計3万人という統計は、うまく自分の心のなかで噛み合わない。噛み合えばいいというものでもないから、デュルケームの古典「自殺論」以来、社会学的なテーマにもなる。というか、そういう社会科学の方法論をもってその噛み合わなさを理解することになる。この問題は社会科学的にはアノミー論になるかと思うが、この分野のたぶん最高の水準である小室直樹の「危機の構造―日本社会崩壊のモデル」では日本の状況を急性アノミーと、斜めの階層という概念を立てていた。簡単にまとめるのは難しいが、階層社会ならそれはそれなりに階層間の連帯が生じるが、日本社会の病理はどのような集団のなかにも連帯の原理が見られないような、まるで再帰プログラムのような差異を生み出す構造がある(小室はこういう言い方はしないが)、というものだったと思う。
 その論があっているのか私の理解がぼけているのか、ちょっといい加減だが、連想ゲーム的に言えば、そうした斜めの階層=非連帯の社会構造というのは、日本の今向かうべき消費社会の構造と似ているなとは思う。サヨク的にあるいは杜撰に「消費社会がどうたら」というのは私にはまるで関心はない。私が気になるのは、微細な差異に象徴的な価値を持たせることで日本の消費社会が成立するというふうになってきているのだろうという点だ。粗く言うと、「そんな違いはどうでもいいだろ」ということに「価値を見いだせ」と迫る社会だ。こだわりってやつか、ま、そんなところだ。
 もうちょっと続ける。そうした消費活動に組み込まれた微細な差異という欲望の表象、あーめんどくさい言い方だな、簡単にいうと、金で買えるちょっとしたこだわり、センス、みたいなものがなぜ求められているのか、というと、「私」というありかたが、そうした微細な差異でしか表現できなくなったからだろう。
 無料ブログなどでは、アマゾンからのキックバックを期待してか、「あなたのオススメ商品を掲載しよう」みたいな機能がアフィリエイトもどきで付いてうざいが、自分がなにものであるかを示すために商品が必要になるのだ。マルクスが生きていたら、こうした動向も物象化と言うだろうか。ま、私は批判できる立場などには全然ない。
 多分、今の若い人の恋愛というのも、自己がそういう微細な差異の収束となっている以上、同じような機構となっているのだろうと思う。ブログなどで若い人の恋愛の様子をたまに覗くとき、かつては理念としての愛だのがあったところに、微細化された商品欲望のゲームがあるように見える。ついでに言うと、読書なんぞも、当然、本という商品流通のありかたにあいまって、そんなふうなものになってしまった。なにを読んだかが量的に問われ、どう読んだかは概念の組み合わせでできる差異の織物になっている。デイビッドソンを読んで偉そうなこと言うがプラトンは読んでないなんて洒落にもならないというのが古典的な教養であった。デリダの哲学用語を並べてもラテン語ができないのではジョークであった。でも、そういう世界ではなくなったのだ。
 と、書いて、オヤジ臭いか。でも、私のような人間にはそうした表象としての消費の運動には疲れてしまったので、どうでもいいや、勝手にしてくれという気がする。もうちょっと過激に言うと、そうした社会構造が自殺の社会学的な説明になりうるなら、やはり、どうでもいいと思う。新聞の社説だのは、はなから自殺=倫理的な悪、としたり、自殺=排除すべき病気としているのだが、自分の身近の自殺者でもなければ、どうでもいいやと思う。ただ、私は日本の社会を見るとき、交通事故で1万人、自殺者3万人、しめて4万人は死んでもしかたないや的世界に生きているのだ、自分もいつなんどきそういうところにぶち込まれるのだろうなとは思う。悪いジョークだが、現在のイラクの治安の悪さは政治的な部分が多分にあるが、単純に規模として見れば今の日本社会とそれほど変わらないのではないか。そうではないとしてもそれにはそれなりの日常はあるのだろう、とは思う。バグダッドの小売り店の品揃えとか見ると、ふーんとか思う。
 少しニュース的な話に戻す。朝日系「自殺者、過去最多の3万4千人 昨年、経済的動機が増加」(参照)では統計について、こうある。


 公表された自殺の動機は、本人の遺書や生前の言動、家族の話などをもとに、警察が分類した。
 「経済・生活問題」が動機とみられる自殺者は、全体の増加率が7.1%だった中で12.1%増だった。全体に占める比率も、バブル期の90年は6.0%(1272人)だったが、景気停滞期に入ると増加傾向が続き、昨年は25.8%(8897人)を占めた。

 以前このブログにも書いたのだが、私が昔自殺について調べたとき、米国統計は遺書など明確な自殺の意志表明がないものはカウントしていないことに気が付いた。国連関係の資料を見ても、実際には、統計の取り方が各国まばらで比較には使えないなと思った。今ではどうなのだろうか。あまり指摘されていないように思える。だから、23日読売新聞社説「自殺者数最悪『心の病』への対策が必要だ」では、こんな指摘も違和感はなくなっているのだろう。

 欧米の先進各国と比べても、日本では自殺する人の割合が二倍前後も多い。なぜこうなってしまったのか、社会の在り方を含めて考えることも重要だ。

 とあるが問題は警視庁じゃないのか。
 朝日系のニュースのほうに戻るが、増えた自殺のセクターは経済・生活問題が動機らしい。だというなら、このあたり、きちんと目に見える社会学的な分析が可能だ。恐らく、実態は借金苦だろうし、このセクターについては、先に私が述べた消費活動の構造とは別に、10万円程度の小銭(とま仮に小銭という)を擦るような賭博とかも含まれているようにも思う。つまり、サラ金に走ってしまう層だ。放言めくが、このセクターの行動パターンは、日本のサラリーマン社会が生み出したものだ。月額の微細な金(とま仮に微細な金という)でやりくりして、やりくりできちゃうという精神が、サラ金にきちんと結びついている。他の途上国なら、金なんてないときはない、あるときは必死に集めちゃえ、である。金が存外に入ったら、次の一発にそなえるか、ばらまく。ばらまくというのは、よき互助である。自営業でもいわゆる企業をしていなければ、そんなふうに生きるしかない。ちまたにライターになるにはみたいなガイド本がいろいろあるが、一番重要なのは、サラリーはないということだ。邱永漢が子供に小遣いをやるときは、年額をどんと渡すという話をしていたが、さすがだな。小遣いなんか、ちまちまやるから、それを吸い上げるトレーディングカードみたいな商品が出てくる。
 自殺の最大のセクターは健康問題らしい。

 一方、「健康問題」は動機別で最多の1万5416人、全体の44.8%を占め、5年ぶりに増えた。その原因ははっきりしないが、厚労省によると、自殺につながる原因は複雑で複合的に絡みあっているのが一般的だという。

 「らしい」と人ごとのように書いたが、私は個人的にはよく理解できる。ああ、俺はもう生きていけないのか、生きていけないなら死のうという感じだ、たはは、とかちゃちゃでも入れたくなるほどの絶望感である。傍から見れば「健康問題」だの「病気」ということなのだが、内側から見れば、不断の苦痛であり、終わり無き苦痛である。それを解消するのは自殺というのはわからないでもない。そういう自分にしてみると、毎日新聞社説「自殺者最多記録 『社会の母性』を育まねば…」のような話は、むかつく。

 1900(明治33)年の自殺者は5863人で、人口10万人当たりの自殺率は13.4人にすぎなかった。昨年の自殺率は約27人となり、先進諸国の中でも突出している。こと自殺予防に関する限り、日本は百有余年間、経済や科学の発展と引き換えに退歩の道をたどってきてしまったと言える。
 その非を自覚するところから対策を講じたい。生きる喜びや生命への慈しみを改めて認識し、子供たちにも教育、しつけを通じて繰り返し伝えたい。困っている人、悩んでいる人に優しく手を差し伸べるため、「社会の母性」を育(はぐく)み、強めていかねばならない。

 何言ってんだか。母性なんてただ支配の無意識でしかないよ。説明するのもうざったい。
 話はこれで終わり。結論は、ない。しいていうと、このブログを読む人は自殺はやめてくれよとちょっと思う。そういうメッセージは無効だし、出しづらいものだ。ついでに、まったくの余談だが、このエントリにどんなアドセンス広告がつくのか…公共広告だろうな。小銭のお化けは、こういう話が嫌いなのだ。たはは。

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