« 2004年7月4日 - 2004年7月10日 | トップページ | 2004年7月18日 - 2004年7月24日 »

2004.07.17

痛風、ためしてガッテンは間違い?

 痛風の発作は七月に多いらしい。ということからか、先月16日NHKの家庭番組「ためしてガッテン」に「痛風対策の新事実」(参照)という番組があった。私はHDレコーダーにとっておいたのを見た。新事実というからには、アレだなと思っていたが、スカを喰らった。NHKのいう新事実というのもよくわからなかった。
 番組は事実というレベルでは間違いないのだろうが、健康指導の面では疑問に思えた。というのは、この番組は健康指導の側面を持っているようだ。


現在、急増中の病気「痛風」。患者数は約60万人、予備軍は500万人とも言われています。痛風のイメージと言えば、ぜいたく病や、ビールなどに含まれているプリン体が悪いと思われていますが、本当にそうなのでしょうか? 痛風のメカニズムを徹底解剖し、その対策と予防法をお伝えします。

 その後もこの番組を見ているが、識者からの指摘はなかったようだ。これでいいのだろうか。番組内容は論理的にもおかしかった。そのあたりをまず簡単に批判したい。
 痛風の発作についてだが、NHKは、Aさんという人を例にこう説明していた。

 当時、33歳のAさんは、健康診断で尿酸値が高いと指摘されました。しかし、体質だと思いこんで、特に対策はしていませんでした。それから10年たった43歳の時に、突然、右足のくるぶしに痛風の発作を起こしました。
痛風の発作は、人によって個人差があり、2、3年で起きるという人もいれば、10年たって起きる人もいます。

 ポイントは、尿酸値が高い状態から痛風発作に至るまでに数年を要するという点だ。ここをまず、留意していただきたい。次に、NHKは、一般に痛風によくないとされる食物は尿酸値を上げるわけではないという説明を奇妙な人体実験で始めた。

 尿酸の原料となるのが、おいしいものに多く含まれているという「プリン体」です。そこで、こんな実験をしてみました。
 40代男性6人に、温泉宿で3日間の合宿をしてもらいました。プリン体をたくさん含んでいる食品を食べるチームと、プリン体が少ない食品を食べるチームに分かれて、プリン体を食べ続けてもらいました。
 食べるエネルギーはどちらも適正量で、違うのはプリン体の量だけです。高プリン体チームは332ミリグラム、低プリン体チームは223ミリグラムです。
 合宿前と、合宿中の3日間、血清尿酸値を調べたところ、低プリン体チームだけでなく、なんと高プリン体チームの尿酸値にも、変化が見られなかったのです!

 こんな人体実験をするまでもなく、肝臓で作られる尿酸のうち、食べ物によって作られる尿酸の比率は4分の1程度だ。健康な人間が短期間にプリン体を多く摂取してもきゅーっと尿酸値が上がるわけもない。
 矛盾点は、人体実験はたかだか3日、なのに痛風発作は高尿酸値が数年続いてからおきるということだ。常識で考えても、この人体実験では痛風の説明にはならない。
 実際に最近の医学的な知見ではどうかというと、この5月に権威ある医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」(Volume 350:1093-1103 March 11, 2004 Number 11)で重要な発表"Purine-Rich Foods, Dairy and Protein Intake, and the Risk of Gout in Men"(参照)があった。対象は男性に限定される。概要はネットから見ることができる。

Background
Various purine-rich foods and high protein intake have long been thought to be risk factors for gout. Similarly, the possibility that the consumption of dairy products has a role in protecting against gout has been raised by metabolic studies. We prospectively investigated the association of these dietary factors with new cases of gout.

【試訳】
背景
プリン体や高たんぱく質の食物摂取は長年痛風のリスク要因とみなされてきた。同様に、乳製品が痛風を予防する可能性について代謝の研究が進んできた。そこで、我々はこうした予想のもと、痛風と食事の関係について調査してみた。


 研究は12年にわたって行われた。十分な年月だと言えるだろう。調査モデルやその結果については省略するが、詳細は先のリンクにあたってもらいたい。一般社会にとって重要なのは、健康指導にいかせる新知見なので、この調査の結論を伝えたい。

Conclusions
Higher levels of meat and seafood consumption are associated with an increased risk of gout, whereas a higher level of consumption of dairy products is associated with a decreased risk. Moderate intake of purine-rich vegetables or protein is not associated with an increased risk of gout.

【試訳】
結論
肉食とシーフードの多い食事は痛風発作のリスクを高めている。しかし、乳製品については逆にリスクを軽減している。植物性のたんぱく質については、過剰に摂取しなければ、痛風発作のリスクを高めない。


 ということで、NHKの指導とは異なり、やはり従来から言われてきたように、肉食やシーフードの過剰摂取は控えるほうがいいだろう。日本でも流行のアトキンズ・ダイエットだが、当然、高尿酸値の男性にはよくない。納豆もプリン体が多いが植物性ということで問題ないだろう。乳製品については日本人は乳糖の消化が不得意な人が多いので、ヨーグルトのほうがいいかもしれない。チーズだと脂肪分が多すぎるようにも思う。
 医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」は健康指導が目的ではないが、NHKの番組と比べて、どちらの知見が医学的に正しいかは論じるまでもない。
 ただし、ホームページのサマリーには記載されていないが、NHKの番組では女性アナウンサーが牛乳はよいということをやや強調していた。しかし、番組の流れからすると、アルカリ性食品だからということではあった。
 以下は、痛風についての余談。痛風は医学的にも面白い病気でもあり、そのあたりは、少し古いが中公新書「痛風―ヒポクラテスの時代から現代まで」が面白い。痛風持ちには自虐ネタの仕込みどころかもしれない。
 かく言う私も、6年ほど前、沖縄暮らしがたたったか尿酸値が7.2になって驚いた。知人もばたばたと痛風発作を起こしていたので、次は俺かぁと思ったものだった。7を越えたら薬を飲めとも言われたが、その後は5レベルになった。この2年ほどは計測していないが、どうだろうか。
 尿酸は人体では抗酸化物質の役割もしている。進化の系統からみると、アスコルビン酸が身体で生成できないことの代償のようにも思える。ということは…と類推するのだが、その先はもはや医学ではない。

| | コメント (7) | トラックバック (2)

2004.07.16

良心的兵役拒否

 15日韓国で、宗教上の理由で兵役を拒み、兵役法違反の罪に問われた男性被告が最高裁で有罪となった。つまり、韓国は良心的兵役拒否を認めない国家となった。国内ニュースとしては、この手の話が好きそうな朝日新聞系「良心的兵役拒否の有罪確定 韓国最高裁『国防義務優先』」(参照)があるが、ベタ扱いに近い。


 判決は「兵役の義務が履行されず国家の安全が保障されなければ、人間の尊厳と価値も保障されない。良心の自由が国防の義務に優越する価値とはいえない」とし、北朝鮮という現実の脅威を背景に徴兵制を敷く韓国として、個人の基本権より国防・兵役義務など社会秩序の維持が優先されるとの考えを示した。
 男性は01年、陸軍入隊を宗教上の理由で拒否した。一、二審で懲役1年6カ月を言い渡され、上告していた。

 現代自由主義国家が良心的兵役拒否を認めないということは、国際世論からすれば国家的な恥辱とも言えるものだが、だからこそその点を考慮してか刑は軽いようだ。少し私の宗教的な判断が入るが、この程度の刑なら、むしろ宗教的な良心にとって好ましいのではないか。
 国民の30%がキリスト教信仰を持つ韓国で、この問題がどう扱われているか気になる。韓国紙中央日報「国家安保なくして人間の尊厳・価値なし」(参照)では、今回の判決を支持している。

もちろん良心の自由は自由民主主義国家にとって大切なものだ。 しかし、だからといってそれが共同体維持のための「国防の義務」に優先することはない。


  南北分断により北と軍事的対立を続けているわが国の安保状況では、良心の自由を掲げてすべての若者が国を守らなくなったら、どのような結果を招くかは火を見るより明らかである。

 この滑稽さはまるで産経新聞社説を読んでいるような錯覚をもたらす。もっとも、日本でも無知な左翼陣営は、日本で兵役復活したら大変だ、と言うが、現代の軍事に素人は不要だ。
 韓国紙東亜日報「『良心的兵役拒否』は有罪」(参照)は、基本的に判決を支持していながらも、もう少し深みがある。

しかし、軍隊の代わりに刑務所行きの選択を強いられる「エホバの証人」の信者たちの問題に終止符が打たれたわけではない。最終的に違憲法律審査権を持つ憲法裁判所(憲法裁)の決定を待たなければならない。本質的な問題は未解決のまま残っているわけだ。憲法裁が、憲法上の二つの価値が衝突する時にどのように調整するのか、合理的な決定を下すことを期待する。

 ここには朝日新聞が意図的に落としている二点がある。一つは本質的には未決であること、もう一つはこの宗教が「エホバの証人」であること。韓国世論がこれらの新聞からわかるわけではないが、今回の問題の重要なキーワードは「エホバの証人」だとは言えるだろう。
 「エホバの証人」というと日本では、カルト的な宗教のイメージを持ちがちだし、日本基督教団やカトリックでも異端としていることから、偽のキリスト教徒であるかのように見られることもある。しかし、宗教史の大きな流れを見るものなら、これが三育系(セブンスディ・アドベンティスト)と同系のルーツを持つものであり、米国では社会的にもモルモン教やクリスチャン・サイエンスなど同様、一定の評価を受けている宗教であることがわかる。むしろ、正統とされるキリスト教、つまり事実上今日のエキュメニズムは、ニケア信条に端を発するという点で、原始教団と初期教団の歴史的間隙について、神学的な課題を十分に追及してはいない。
 「エホバの証人」と良心的兵役拒否については、日本もまた貴重な歴史を持っている。元「エホバの証人」の戦前の組織である灯台社がそれだ。その中核的な人物は明石順三である。日本の戦時において、彼は、堂々と良心的兵役拒否を貫いた点で高く評価されてよく、その日本人の良心を支えたのは、「エホバの証人」の信仰であったということは、現代日本人は深い負い目としなくてはならない。
 残念なことに、正確には、「エホバの証人」の信仰とは言えない現状がある。明石順三は戦後、「エホバの証人」から異端とされているからだ。この問題は、1970年代にはある程度研究が進んだもの、現在では忘れ去られたように思える。日本人が良心的兵役拒否を論じるときに欠かすことのできない歴史的なくさびを忘れているがために、精神的に脆弱化した左翼はこの概念を国家の良心に拡張しようとしている。
 良心的兵役拒否の問題は、私も個人的に課題としたことがあり、「エホバの証人」の現状の内部資料を探ろうとしたこともあった。十分な資料は得られなかったが、平信徒には、本来は誇りであるべき明石順三について、異端であることの教育が進められているようだった。
 灯台社関連については、書籍としては、岩波新書「兵役を拒否した日本人」(稲垣真美)が読みやすいが絶版になっている。晩年の明石を知るという点ではむしろよく書けた書籍なので絶版であることは岩波の恥だ。参考までに、現在入手可能な稲垣真美のこの関連の書籍には「良心的兵役拒否の潮流―日本と世界の非戦の系譜」がある。また、ネットでは、「灯台社または燈台社または燈臺社を調べるぺえじ」(参照)が興味深い。
 話がだらけるが、私は先の岩波新書が出た当初に読んだので、それは中学三年生の時だっただろうか。そのころの私は、ドストエフスキーなどの影響もありキリスト教に傾倒していたこともあって、日本が戦時になれば私は兵役拒否をしようと心に誓っていた。が、今47歳にもなり、もはやそんな誓いは無意味になったかのように思える。またその後、高校生になり小林秀雄を海馬にたたき込むほど読みながら、実際の徴兵があれば、私は一兵卒として従軍するだろうとも思うようにもなった。戦時のクリスチャンの生き様として山本七平からも強い影響を受けた。
 で、今、どうなんだ?、良心的兵役拒否をするのか?と問われると、答えがたい。国家の保証する権利であることは譲る気もないが、自分の宗教的倫理としては、よくわからないのが率直なところだ。ただ、いろいろ考えながら、いろいろ知るようにもなった。
 その一つは、軍事は人を殺すことではない、ということだ。たるい左翼は、戦争の本質とは人を殺すこと、というのだが、少なくとも、軍人は人を殺すのが役目ではない。敵軍の軍事リソースを潰すだけである。12人を殺害、とか言うのはジャーナリズムである。軍事では、戦車一台を爆破、とかになる。軍事が常識ならそんなことは当たり前のことであり、むしろ、敵軍人が負傷しているなら殺してはいけない。平和を希求するなら、軍事という歴史の産物を正しく理解しなくてはならないと思うようになった。
 蛇足でつまらぬ感傷めくが、私が大学生のときの恋人が普連土学園を出たばかりお嬢さんだった(失恋したがな)。彼女自身はそれほど強いクエーカーの信仰を持っていたわけではないが、私はクエーカーという信仰のありかたに深く批判されるように思えたことがある。先に書いたように、思春期の私は「心に誓った」が、そうした「誓い」がキリスト教に反することをクエーカーの信仰は告げた。英語の法律・政治文書を読むと、oath or affirmation、または、oath and affirmationという表現がよく出てくる。oathは宣誓である。私の誤解かもしれないが、oathが信仰上許されない人の歴史が、affirmationを生み出したようだ。
 私はその知恵と信仰の深さに強くうたれるとともに、「誓って」と言明する人間を弱く、罪深いものであると思うようになった。また、私にとって狂気に見える他人は、もしかしたら、狂気をおしてまでして、私が担うべき良心を担っているのかもしれない、と思うようになった。そういえば、パウロもそうであった。


【追記 同日】
 拙い文章を一部改めた。内容に関係することではないので修正履歴は残していない。
 コメントを読ませていただいて、意外な印象を受けた。議論の正否以前に、先進諸国では良心的兵役拒否が事実上確立していることが日本ではあまり知られていないのだろうかという懸念を持った。つまり、もっとエレメンタリーな部分から書くべきだったのかもしれない。補足代わりに、この問題が深く議論されたドイツの状況について「概説:現在ドイツの政治」(参照)が参考になるので引用しておく。


 最後に付け加えておくと、ドイツにおいて、こうしたさまざまな社会福祉団体でのマンパワーの供給源になっているのは、いわゆる良心的兵役拒否者とよばれる若者たちです。ドイツには徴兵制があり、18歳になると青年は兵役に服す義務があります。しかし、憲法は「なんびともその良心に反して武器をもってする軍務を強制されてはならない」(第4条)と定め、良心にもとづく兵役拒否を認めています。兵役を拒否したものは、軍務につかない代わりに非軍事分野での代替役務(Zivildienst)につかなければなりません。兵役が9ヶ月なのに対し、代替役務は11ヶ月とより長期間つとめねばなりませんが、1999年には代替役務従事者は13万8千人を超え、兵役従事者数を上回りました。代替役務従事者のほぼ7割の約10万人が福祉関連の仕事に従事し、福祉業務の1割相当がかれらによって担われています(市川ひろみ「社会国家の安全保障と管理-ドイツにおける軍隊の変容から-」文部省科学研究費補助金成果報告書『グループウェアを活用した欧州統合と福祉国家体制の変容に関する共同研究』2002 年)。

 また、基礎的な知識として「兵役拒否」(佐々木陽子)も役立つかと思う。

| | コメント (13) | トラックバック (1)

2004.07.15

SARS隠蔽と戦った蒋彦永医師の状況は変わらず

 TIMEの目次をざっと見ながら、我ながらうかつだったのだが、蒋彦永医師の問題が硬直した状態のままであったことを思い出した。中国をある程度知る人間なら、彼は絶対に殺害されないことは確信できる。むしろ、政府側に拘束されているので安全かもしれない。むしろ、最悪な事態は、現在進行中の「学習」が効果をもたらすことだが、方孝孺の故事は彼自身はもとより、彼を糾弾する側も熟知しているだろう。むしろ、方孝孺の故事を知らない日本人も多くなったのかもしれないが、余談は慎もう。
 TIMEは蒋彦永医師と関係が深いので、気になって"Prisoner of Conscience"(参照)に目を通したのだが、特に重要な情報はなさそうだ。なので、概要については、読みづらい英語ではなく邦文記事「SARS告発の中国人医師、強制的に『学習会』」(参照)をひく。医師は、蒋彦永医師のことである。


 [北京 5日 ロイター] 昨年、中国政府が重症急性呼吸器症候群(SARS)感染状況を隠蔽(いんぺい)しているとして内部告発した医師が、1989年の天安門事件をめぐり、当局に身柄を拘束され強制的に「学習会」に出席させられていることが分かった。関係筋が明らかにした。

 この記事には触れらていないが、拘束の理由としては、米国にいる娘に会うために国外に出ようとしたのを阻止したという話もある。
 日本でまったく報道されていないわけではないが、あらためて調べ直すと蒋彦永医師については実に情報が少ない。AMNESTY INTERNATIONALでも"China: 15 years after Tiananmen, calls for justice continue and the arrests go on"(参照)では実名が上げられているが、国内のアムネスティ・サイトには見あたらなかった。見落としならいいのだが。
 日本のメディアがこの問題に及び腰なのは理解できないわけではない。率直なところ、私もこの蒋彦永医師の問題は、もちろん人権問題でもあるのだが、中国内での政治の図柄が読み切れないところがあり、躊躇する部分もある。
 例えば、ワシントンポストは"China's 'Honest Doctor'"(参照)では、次のように蒋彦永医師のヒーロー視を指摘しているが、こうした影響をそのまま評価していいものなのだろうか。

Second, and especially unfortunate for Beijing, is that Dr. Jiang fits the profile of an archetypal Chinese hero -- that of a conscientious scholarly official who puts himself on the line to tell the corrupt emperor the truth for the sake of the people and is ordered punished.

 Googleを引いていくと、マイトレーヤー観までありそうだ。例えば、"China's creating a new martyr"(参照)というニュースではこうだ。

China's leaders are taking a very big risk in detaining Jiang Yanyong, the 72-year-old military surgeon who became a national hero last year when he exposed the government's attempts to cover up the extent of the SARS epidemic. Their attempt to silence a popular critic could become the catalyst for a broad-based challenge to the authority of the ruling Communist Party. Even if they succeed in suppressing this challenge in the short run, they will have created a new and powerful martyr for the cause of democracy in China.

 記者が中国人の弥勒観を知っているかどうかわからないにせよ、こうしたヒーロー的な熱狂は、中国の場合、予想外の事態に発展しがちだ。
 というわけで、我ながら歯切れが悪いのだが、そのあたりの受け止め方の感性を日本人の私はよく共感はできない。
 なお、蒋彦永医師の問題となった書簡は、現代中国のサイトで邦訳で「蒋彦永医師 89年六四学生愛国運動の名誉回復の建議――今期全人代、政治協商会議への書簡」(参照)で読める。清明な文章で人の心を打つ。
 つまらぬ余談だが、かつては、日本の左翼もこうした清明な心を文章にする人々がいたことを思い出す。

【追記 04.07.21】
蒋彦永医師が解放された。詳細は以下。

ワシントンポスト "China Frees Dissident Physician"(参照

Jiang Yanyong, 72, a semi-retired surgeon in the People's Liberation Army who had briefly become China's most famous political prisoner, was returned to his apartment in western Beijing about 11 p.m. and appeared in good health, his wife, Hua Zhongwei, said by telephone Tuesday.

She said she and her husband had been ordered by the Chinese military not to speak to reporters, and she declined to discuss the circumstances of his release. But asked how she felt, she laughed and said, "You can guess by how I sound."


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2004.07.14

今週のスケジュールは台湾海峡軍事演習?

 中台関係の緊張が高まりだした。中国という国は国内の権力闘争のために対外的に火遊びをする困った国なので、今回も「またかよ」かもしれない。沢民・フランケン・江が糸を引いているのかもしれない。あるいは、これも米国大統領選がからんでいるのかもしれない。
 時事的な状況は産経系「中国、米軍想定し演習 台湾海峡制空権」(参照)がわかりやすい。


 【北京=野口東秀】中国人民解放軍が台湾海峡の「制空権」確保を重点にするとされる福建省東山島での陸海空統合の大規模演習の時期について十三日付中国英字紙チャイナ・デーリーは今月後半に実施と報じた。天候次第では早ければ今週中にも実施する態勢を整えるとみられる。人員は十万人と最大規模になるようだ。
 北京の軍事筋は、米軍の介入を阻む観点から大陸海岸線から約九百キロ程度の「制海・制空権」確保を視野に入れた演習になると指摘した。

 参考までにオリジナルのチャイナ・デーリーは"Military to hold drills at Dongshan"(参照)。つまらぬ余談だが、ネットが使えるならブログである程度の水準のジャーナリズムは可能になっているという例題にもなっている。
 今回の事態はすでに今月に入ってから各紙で報道されているので、今週かもな、というのが目新しいニュースであるかのようにも見える。つまり、台湾陳水扁総統に対する威嚇でしょうな、という受け取り方だ。間違っているわけでもないのだが、どうもそれだけではない。
 ポイントはむしろ制空権にありそうだ。単純な話、このところの米軍の優位と失敗は制空権に対する強さに由来している。中国側としても、率直に、丸裸にされているなという焦りがあるのだろう。
 ちょっと勇み足のコメントになるかもしれないが、バラバラとした各種報道からは見えてこないが、制空権という含みには、三峡ダムが関与しているようだ。このあたりは、Newsweek"Dangerous Straits"(参照、ちなみに日本版では「中台間に漂う火薬の臭い(6/30)」)がわかりやすい。

But last week it was Washington that dropped the rhetorical bombshell. Buried deep inside a 54-page Pentagon report on China's military readiness, U.S. defense planners speculated that, in the event of a war across the strait, Taiwan might seek to hit "high-value targets" like the prestigious Three Gorges Dam as a way of deterring a Chinese invasion.

 米国ではペンタゴン・リポートに意図的なのか、台湾海峡で戦争が始まれば(余談だが有事というのは嘘くさい言い方だ)、中国の軍事行動を阻止するために、三峡ダムを空爆・破壊するというのだ。やるな、である。
 当然、中国は怒る、というか、これをおおっぴらに言われたら、面子丸つぶれだ。

Predictably, such speculation did not sit well with Beijing. If the dam were attacked, warned Chinese Lt. Gen. Liu Yuan in the state-run China Youth Daily, Beijing's retaliation would "blot out the sky." Liu, who is the son of the late Chinese president Liu Shaoqi, slapped down the Pentagon's suggestion that such a threat could ever stop a war over Taiwan. "It will have the exact opposite of the desired effect," said Liu, who for good measure described the United States as "a prostitute pretending to be a gentleman."

 "blot out the sky"を訳すのは鬱になってきそうだし、ついでに""a prostitute pretending to be a gentleman"の元の中国表現も気になるが、ようはサノバビッチに徹底抗戦するというわけだ。で、ちょっと気になる余談なのだが、この記事の日本語版には、この喇叭野郎劉源が劉少奇の息子だという説明をオミットしている。「おい、ニューズウィーク日本語版、ばかやろう」と言っておく。
 三峡ダムとはいいところに眼をつけたものだ、とブラックジョークを飛ばす趣向はない。率直なところ、「米国、悪い冗談はペプシブルーだけにしろ」という感じだ。三峡ダムがどのような意味を持つかは、「三峡ダム 大プロジェクトが次の段階へ」(参照)を参照されたい。
 というわけで、なにもペンタゴン・リポートのブラック・ジョークが原因というわけではないだろうが、中国側には、戦時には、制空権がなくなり、一気に急所蹴りを喰うのは明か、とは言えるのだろう。もっとも、その戦力維持のためには、台湾の「協力」が重要になる。この緊張を背景に米国の軍事産業はウハウハ(古い)ものだ。
 もちろん、米国を批判するのはたやすい。そして、米国だけ批判して中国を批判しないのは、嘘くさい。台湾も批判から免れない。だが、それで、オイラって平和愛好家だもんね、で、いいのか?
 Newsweekの記事の締めが不気味だ。

And while the focus remains on Taiwan, a senior Pentagon official says there's something "much broader and more fundamental going on." China is seeking "a comprehensive, well-planned, well-executed transformation" of its military capabilities. That's sure to raise fears that the next time bombs start dropping, they won't be rhetorical.

 中国の軍部の中核部で本質的な変化が進行中だというのだ。"they won't be rhetorical"は、「洒落じゃすまねーな」と訳そう。私もこの印象を持っている。単純に自己を平和主義者として、軍事を批判するだけでは、おそらく徹底的に無力、という事態の進行が、そこにあるのだと思う。
 批判されるのを覚悟していえば、火遊び好きで、事態によってはカタストロフィックに統制が取れなくなる巨大国家中国を思えば、台湾の、当面の軍事強化は避けられないだろうし、並行して、中国の民主化をもっと推し進めなくてはならないのだと思う。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2004.07.13

キトラ古墳の被葬者は天皇である

 キトラ古墳壁画劣化の話を、朝日新聞と毎日新聞が社説で扱っていたが、こんな話題もよかろうか、くらいの飛ばし書きなので、内容はない。キトラ古墳壁画の現地保存には、ちょっとした政治の裏がありそうにも思うが特に言及がないどころか、朝日社説「キトラ壁画――いずれ現地で公開を」ではあっけらかんと書いているため、かえって裏の臭いがする。


 「文化財はその地の歴史、風土から離れると価値が少なくなる。現地で公開するのが原則だ」と歴史学者の上田正昭さんは指摘している。その通りだと思う。

 そうなのだろうか。毎日社説「キトラ古墳 美しく後世に残したい」のほうにはちょっと含みがある。

 この機会に、従来の壁画保存方法が適当だったかどうか、徹底した科学調査と検証が必要だ。

 しかし、この問題はうやむやになるのではないかと思う。そして、なんとなくだが、しかたないよね感が漂う。
 キトラ古墳壁画劣化のニュースでは、あまりキトラ古墳というものには触れていない。私はなんだか変な世の中になったなと思う。
 高松塚古墳が実質発見されたとき、その壁画も衝撃的だったが、なにより被葬者が話題になったものだった。正確にいうと、話題にしたのはメディアや梅原猛など学者であれ、門外漢たちだった。考古学では被葬者の特定(比定)というのは分野外なので、眉をしかめただろう。情けないのは歴史学者だ。被葬者の議論を怖がって避けているとしか思えない状態だった。
 日本の古代史では、なぜか歴史学が戦後考古学と不分化な状態になっており、極端な話、毎度毎度の邪馬台国の話題なども、考古学的な知見が重視されるといった方法論的な錯誤があたりまえになっている。
 他にも、日本史学のばかばかしさは聖徳太子についてなどでも顕著で、今さら谷沢永一などに「聖徳太子はいなかった」と言われるまでもない。世界史学的に見れば、推古朝とされている時代の日本の大王は男王であるのに、遠山美都男など若い日本の古代史学者たちも巧妙にこの問題を避けている。
 日本の古代史学が実質タブーを多く含むこともあり、そのニッチで、アマチュアの古代史愛好家の被葬者推理はどうしてもトンデモ説になりがちだ。このため、逆に科学的であろうとするために、同じくアマチュアの一部は、考古学的な方法論を、本来別分野なのに史学混入し、さらに被葬者議論を封じている傾向すらある。ネットなどでもちょっと小賢しい者たちが、被葬者比定をただ嘲笑うだけで終わっていることもある。嘆かわしい。
 キトラ古墳でもっとも重要な問題は、高松塚古墳も含めて、被葬者の推定だと私は思う。理由は簡単で、考古学的にもそれが天武時代あたりであることは明かであり、そのまさに天武時代に日本の歴史が作成されたからだ。我々もまた、その創作された歴史の内部にいる。
 端的に言うとトンデモ説っぽくなるが、日本の歴史を創作した集団の裏をさぐることから、日本古代史を解体するといいと思う。そして、日本も万世一系のような天皇家の歴史物語から解放され、フランク王国のように7世紀に出来た王朝としての日本という国民史とその国民理解に変更していくべきだろう。
 余談めくが、被葬者の比定は、考古学的には、それを明記した木簡なりが出てこないとわからないということになっている。つまり、それが出なければわからないというのがこの学問のデッドエンドなので、出土の可能性が低ければ、史学はそんなものに見切りを付けるべきだ。
 被葬者ではないが、木簡が出土しても、古代史学は無視を決め込むこともある。長屋王の評価にいたっては、明確に親王号が出てきたのだから、父の高市は天皇位についていたと考えるべきなのだが、そういう議論はアカデミックの世界ではどうも見かけない。
 天武天皇の子とされる高市皇子が天武崩御後皇位についたとすれば、大津皇子や草壁皇子などの死も見直さなくてならないし、なにより、長屋王の殺害は、天武・高市・という皇統に対するクーデターであったことになる。しかも、この系統は女系側から見ると蘇我の系統でもある。この先は自覚的にトンデモ風に言うと、蘇我の系統こそ皇統だったのではないか?
 さて、この手の話より、キトラ古墳の宿星図について、あまり基礎的なことがあまり報道されていないし、教育もされていないようなので、ここで簡単に解説をすべきかとも思ったが、またの機会としたい。いやいや、すでにわかりやすい解説「キトラ古墳の星宿図」(参照)があったので参考するといいだろう。
 私が補足するとすれば、星宿図と四神(蒼竜・朱雀・白虎・玄武)が描かれている意味だ。古代の人は天体に呪術的なロマンを抱いていたというようなわけはない。朝日新聞社説の次の言及はあまりに恥ずかしい。

 キトラ古墳で壁画が発見されたのは83年秋だった。3次にわたる調査で、方位をつかさどる古代中国の四神「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」が見つかり、天井には飛鳥のプラネタリウムといわれる「星宿」が描かれていた。

 説明を端折るために、吉野裕子のもっとも一般向けの「カミナリさまはなぜヘソをねらうのか」をひく。

 そうして古代中国の天文学では、その唯一絶対の存在を象徴する星を「北辰」すなわち北極星としたのです(北斗七星をあわせて、北辰ということもあります)。
 さらにこの北極星を神霊化したものが「天皇大帝」です。

 「天皇号」は、たしか北魏でも見られたかと記憶しているが、その場合でも、中国の皇帝号に対置した意味合いを持っていた。
 古代日本が、大王号から天皇号に変更したのは、トンデモ説でなくても、天武朝だろうと推定される。もともと天皇号は死者におくる号だが、天武は自身をそう号したらしい。天武天皇は壬申の乱の際は劉邦に自分を擬しているが、日本人なのか疑わしいほど中国の世界観にも精通していた。

黄道と宿星
カーソルが現代的な意味での北極星
 キトラ古墳の星宿図が天皇大帝を中心とした宇宙を描いているのはどういうことなのか。「千字文」にある李暹の「千字文注」の訳が参考になる。「日月盈昃辰宿列張」の部分の注だ。
 以前にも書いたが、千字文は東洋人の常識である。そしてその常識には李暹注が含まれていると言っていい。そしてその常識があれば、キトラ古墳の星宿図が何を意味しているか明かだろう。先に朝日新聞社説の言及が恥ずかしいのは単に東洋の常識に欠けているからだ。ついでに老婆心ながら、この蒼竜・朱雀・白虎・玄武の四神は東西南北(東南西北)に配されているとはいえ、地上の東西南北ではない。

 北極星は五つの星である。『論語』(為政)に言う、「北辰、其の所に居て、衆星之を拱く(北極星は固定した位置にあり、他の多くの星がそれに向かってあいさつしている)」と。これのことである。
 天には二十八宿がある。四方にそれぞれ七宿ずつある。東方の七宿は蒼竜の形をし、南方の七宿は朱雀の形を作る。西方の七宿は白虎の形をし、北方の七宿は玄武(亀と蛇がからまった図)の形を作る。そしてそれらが四方に輪になって連なり、天帝(北極星)を補弼(天子の政治をたすけること)しているのである。

 この李暹注をよく読めば、キトラ古墳壁画の四神に囲まれていた被葬者が天皇以外にありえないことがわかるはずだ。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2004.07.12

参院選であまり問われなかった女性議員の問題

 参院選も終わった。終わってみても、よくわかんない選挙だった。
 2chの声援も空しく又吉イエスは落選し、喜納昌吉は当選した。現代うちなーの神んちゅという点で似たような人に思えるのだが…。どのくらい「かみのひと」であるかは、沖縄タイムス 2002年10月16日朝刊文化27面より、喜納昌吉曰く、を読むべし。


二十一世紀の戦争のあり方はテロと報復から始まった。テロにいかなる理由があろうが、報復にいかなる正義があろうが、二つに共通するのは、死体の山しか見いだせないことだ。シンプルに思考すればどこかに間違いがあることに気づく。私たちはその間違いを正し、過去の植民地主義から脱却できない分裂した西洋精神と、常に西洋の恐怖の影におびえるアジアの精神とを和合させ、宇宙に浮かぶこの奇跡の惑星・地球こそが人類の聖地であるということを、そして人間が生きて輝く道を、この沖縄から日本・アジア・全世界に向かって示す時が来たのである。

 というわけで、今回は私はさすがに民主党も嫌になった。しかし、所詮、どーでもいい参院だしな。
 話は少し逸れる。選挙速報を見ていて、女性党というのを知った。まったく知らないわけでもないが、ほとんど関心がなかった。率直に言うと、こんな党を作るより、各党派に女性候補増加についてアファーマティブな規制をかけてもいいのではないか。民主党はそれなりに配慮はしているようでもあるが、まだまだ弱い。
 資料としては、内閣府発表の「平成15年度において講じようとする男女共同参画社会の形成の促進に関する施策」概要(参照)というのがちょっと面白い。まとめとしては、「第1表 各国の男女の主な参画状況と制度の充実度」(参照)を見ればいいだろう。
 これを見ると、日本ってちょっと先進国とは言えないな、韓国とはお友達…って感じだが、韓国ではすでにクォーター制度が導入されているようだ。クォーター制度は、政治関与における男女差を無くすためにアファーマティブに女性を割り当てる制度だ。詳細は先のページに説明がある。なお、このページにはアメリカについて否定的にもとれそうな言及がある。

 一方,アメリカにおいては,1970年代後半以降,雇用や教育分野でのアファーマティブ・アクションに関する訴訟において,違憲・違法の判決が出されるなどの動きがあり,政治分野においても各政党はクォータ制に対して慎重な姿勢をとっている。

 だが、実際には、アメリカの実社会における女性の力は強いので、ある意味で例外なのではないか。
 話を女性議員割合に戻すと、これもグラフがわかりやすい(参照)。スウェーデンとかは、これもちょっと例外っぽいが、日本の現状は、先進諸国という点では、ちょっと恥のレベルにある。参院、つまり、上院は日本の場合、女性を含ませる言い訳のように見えないでもない。ま、それでももっと多いほうがいいだろう。だが、今回もしょぼかった。
 この手の国際間比較の統計の元ネタによくなるのは、the Inter-Parliamenary Unionの一覧(参照)だが、見るとわかるように、上位が先進諸国というわけでもない。というか、このリストの意味はちょっと難しい。印象として思うのは、これが民族国家の適正サイズいうイメージだ。つまり、現在の巨大国家というのは国家としてすでに間違った方向にあるようにも思える。
 話がさらにずれるが、先月米国でおきたウォルマート集団訴訟がこのまま推移すると、先進諸国に大きな衝撃を与えるようになるのかもしれない。朝日新聞系「女性160万人原告 対ウォルマート、米最大集団訴訟に」(参照)をひく。

 米小売り最大手ウォルマートでの給与や昇進で男性社員に比べて差別的な待遇を受けた、として女性従業員が同社に損害賠償を求めている訴訟について、カリフォルニア州連邦地裁は22日、集団訴訟として扱う決定を出した。これにより、98年12月以降に働いていた元従業員と現従業員の女性160万人が原告となり、人権を巡る米国の集団訴訟としては過去最大となる。

 話が散漫になったが、ただのスローガンではなく、もっと大きな潮流として、日本でも女性がいっそう政治に大きく関与しなくてはならない時代になってきているのだろう。
 だが、率直に言えば、おたかさんのイメージではないが、女性の政治家であることがある種のイデオロギーの傾向を含むかのように見えるのは日本の問題だろう。もっと端的に問われなくてはいけない中絶問題や低容量ピルといった問題などは、女性問題のなかから置き去りにされている。原因はマイルドな左翼イデオロギーがブロックになっているようにも思えるのだが、それだけの問題でもないだろう。
 飛躍した言い方だが、女性が社会コミュニティの質を変化する主体とならなくてはならないのだろうが、今の日本の傾向としては、優秀な女性がむしろ、経済的な勝ち組に吸収されるような構造があるように見える。

| | コメント (9) | トラックバック (1)

2004.07.11

中国政府がバイアグラの特許を取り消したことについて

 中国政府がバイアグラの特許を取り消したというニュースは先日国内でも報道された。ベタ記事とはいえないまでも、扱いは軽かったようだ。テーマがバイアグラであり、また特許に疎そうな中国ということから、日本では、それほど重要でもなく、少し滑稽なニュースとして受け止められたのかもしれない。私もまず、そういう印象をもった。
 それから、私はどうにもこのニュースが気になり、英語で読める記事などもあたってみた。よくわからない。ロシアでフォーブスの記者が暗殺されたといった、いわゆる事件とも違うので、なにか真相を探るという種類のものでもないが、関連ニュースを読んでも、なにかしっくりこない。結局、未だにしっくりとこないのだが、どうも気になる。そのあたりを書いておきたい。
 事実関係については、取りあえず朝日新聞系「中国政府、バイアグラの特許取り消しへ 」(参照)をひいておこう。


 中国政府で知的財産権を担当する国家知識産権局が、米製薬大手ファイザーの性的不能治療薬「バイアグラ」に与えていた特許を取り消す決定をしたことが8日明らかになった。同社は薬の成分「クエン酸シルデナフィル」を性的機能不全の治療に使う点で各国の特許を取っており、中国でも01年9月に取得済みだった。ファイザー北京事務所は「当局の対応にたいへん落胆している」として、再審査を求める意向を示している。

 さらっと書かれているが、これはけっこうこの分野について知識のある記者かもしれない。というのは、特許のポイントを「クエン酸シルデナフィルを性的機能不全の治療に使う点」というあたりの表現に工夫があるからだ。つまり、クエン酸シルデナフィルという化学物質を作る特許でもなければ、それ自体をただの薬品として販売することを禁じるための特許でもない。もっとも、「クエン酸シルデナフィル」とラベルを貼った薬品を自由に販売していいわけでもなかろうが、このあたりは私も詳しくない。
 中国政府が特許を覆した理由について同記事では、中国の製薬会社15社がその製法は広く知られているものだという理由で無効を申し立てていたこととしている(中国医薬品会社の申して立てを受けた形だ)。ここの含みも面白い。つまり、言外に中国人はクエン酸シルデナフィルの製法特許だと勘違いしているというわけだ。中国人についてある程度知っている人間なら、実に彼らがこの手の「秘伝」に敏感なことを知っているだろう。例えば中国茶などについてもこの手のばかばかしい話が山ほどあり、中国茶ツウとかいう日本人が真に受けているということもある。
 中国的な発想としては、「製法も物質もわかっているものに特許なんかあるわけないじゃん」ということかもしれない。そうなのか? そのあたりは、中国ソースを当たってみたが、いま一つはっきりしない。英文ソースからは、「中国人は特許がまるでわかってないよ、しかたないな」といったトーンも見られた。つまり、今回の問題は、そういうこと、中国の特許制度が単に未熟、という面もある。
 中国の特許制度ということでは、もう一点、ファイザー側の中国への特許申請に問題があった、というニュース"Viagra patent found invalid"(参照)もある。滑稽なので、メモがてらにひいておく。

The China State Intellectual Property Office (SIPO) has declared the patent for Viagra, the US-based pharmaceutical company Pfizer Inc's erectile dysfunction-correcting drug, as invalid in China because it doesn't conform with Article 26 of China's Patent Law.


But according to Article 47 of China's Patent Law, any patent right which has been declared invalid shall be deemed to be non-existent.

Article 46 of China's Patent Law, said where the patentee or the person who made the request for invalidation, is not satisfied with the decision of the Patent Reexamination Board declaring the patent invalid or upholding the patent, a party may file suit in the people's court within three months.


 要は中国の国内法上の不備があったということのようだ。しかし、そんな話が国際的に通じるわけもない。このあたりの中国という国の国際センスに唖然とするものがある。というか、基本的に中国というのは、外国を自国の辺境だとする中華主義のセンスのままなのだろうか。国内では、依然共産党独裁なので「俺がルールだ」で通っているままかもしれない。もっとも、事態がそういうことなら、国際社会は成熟を待つべきかもしれない。
 この問題に当事者のファイザーはどう見ているのか。もちろん、中国側に控訴はするらしい。が、WTOに持ち込むのかが気になるところだ。もっといいソースもあるかもしれないが、オーストラリア・フィナンシャル・レビュー"Viagra's China patent a fizzer"(参照)の言及は参考になる。

Less clear is what the US government could actually do about it.


Under China's 2001 pledge to the World Trade Organisation, it must enforce and protect intellectual-property rights. But patent rules within the WTO leave large discretion to member countries.


Other countries have disallowed Pfizer patents for Viagra. In 2001, the patent was disallowed in Bolivia, Colombia, Ecuador, Peru and Venezuela over a different issue. The company is appealing against those decisions.

 知的財産権問題は国際的にごり押しすればいいというわけでもないので、おそらく早急にはWTOの課題とはならないのではないか。
 ではファイザー側の不利益はどうか? これがよくわからないのだが、ファイザーの中国でのヴァイアグラの売上げはそれほど利益に寄与していないようだ。また、現状では、上海に出回っているバイアグラ(偉哥)の90%は偽物だという話もある(これはNYTより)。おそらく今回の決定を受けて、市場には偽物や品質の不明なクエン酸シルデナフィルがいっそうばらまき散らされることにはなるだろう。安全性には問題はあると言えるし、こうしたものがかなり日本にも輸入されることにはなるだろう。しかたない。
 と、さめたようなことを言うのは、途上国におけるバイアグラのニーズとういのは止めることができないのではないか。しかも、その規模があまりに大きすぎる。
 バイアグラと限らずファイザーは、こうした途上国における医薬品ニーズ規模の大きさの現状を考慮し、貧困国に向けては薬のディカウントも検討している。
 逆に言えば、ファイザーと限らず、国際的に寡占化が進む巨大医薬品会社は、その重要な薬をもって途上国の高度な医療やQOL医療を事実上支配できることにもなるのだろう。
 しかし、私の言い方が拙いのだが、それはけして悪いということでもない。医療と医薬品の関係が、今世紀に入り、前世紀の医学のイメージからは乖離しはじめてきているのだろうから。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

« 2004年7月4日 - 2004年7月10日 | トップページ | 2004年7月18日 - 2004年7月24日 »