« 2004年4月11日 - 2004年4月17日 | トップページ | 2004年4月25日 - 2004年5月1日 »

2004.04.24

三菱自動車を潰してはいけないのか

 今朝の新聞各紙社説では、ドイツのダイムラークライスラーが三菱自動車の金融支援の打ち切りを表明したことを扱っている。だが、率直なところ、なにが問題なのだろうか。もっと率直に言うと、三菱自動車を潰してはいけないのだろうか。なぜこれが新聞の社説に取り上げられる事件なのだろうか。私はよくわからない。
 日経新聞社説「ダイムラーに見限られた三菱の衝撃」の文脈はこうだ。


 三菱自を支援していた三菱重工業、三菱商事、東京三菱銀行の3社を核にする三菱グループにとっても、再建の唯一の切り札だったダイムラーの「逃避」で最悪の事態を想定することを迫られている。
 突然の翻意だった。今月初旬のダイムラーの株主総会で、ユルゲン・シュレンプ社長は三菱自の再建支援を言明、2日前にはダイムラーの取締役会で増資など7000億円の資金提供など再建策の大枠も決定したと報じられていた。
 それが最高意思決定機関の監査役会で筆頭株主のドイツ銀行や労組代表が反対し、「増資計画への参加を見送り、これ以上の金融支援を打ち切る」と明快な支援打ち切りを表明した。三菱自の筆頭株主で、社長を派遣し、経営の主導権を握っていたダイムラーが金融支援を打ち切ることは、事実上資本提携解消を前提にした三菱との決別宣言に等しい。

 私はめちゃくちゃなことを言っているのかもしれないが、そんなことは、三菱グループの問題であって、日本社会の問題とは違うように思える。
 いずれにせよ、新聞社説では、三菱自動車の再建を期待するというトーンで終わっている。引用するまでもないように思う。
 少し気になるのは、読売社説「三菱自動車 裏目に出たダイムラーとの提携」のトーンだ。

 日産は、ルノーから派遣されたカルロス・ゴーン氏の指導で大胆なリストラに取り組み、新車開発でヒットを飛ばしたことなどで短期間に業績が回復した。日本人社員のやる気をうまく引き出したのが、成功のカギとされる。
 だが三菱自動車では、ダイムラーからの首脳陣と日本人幹部との意思疎通が円滑ではなかったようだ。ダイムラーは米ビッグスリーの一つであるクライスラー部門でも赤字を続けている。海外事業の経営ノウハウに欠ける、と言われても仕方ないだろう。

 つまり、外国のダイムラーの経営が悪いから日本の三菱自動車がうまくいかないのだというトーンを感じる。しかし、経営なんて別に日本だろうが外国だろうが、どうという問題でもない。
 と、いう以上に私はこの件についてコメントはないのだが、「ウォルフレン教授のやさしい日本経済」の次のくだりを思い出した。

 欧米の資本主義経済では、企業が利益を上げることが健全だとされます。もちろん日本でも企業は利益を上げるべく、さまざまな努力をしています。しかし日本経済全体でいえば、利益を上げることによって健全であろうとする考え方はそれほど重要とは思われていません。現に、一〇年も二〇年も利益を上げていない大企業はたくさんあり、なかには設立以来ずっと利益を上げることがなかったという企業があります。これは会計処理の仕方とも関連しています。日本経済システムの中核をなす企業であっても、これはとくに製造業がそうなのですが、きわめて曖昧な会計処理をしています。

 私はドラッカーの著作をある程度系統的に読んだのだが、彼は利益というものを企業の健全性の指標としていた。これほど日本の経営者がドラッカーをよく読むわりに、しかし、実際にはこうした基本的な部分は影響を与えていないようにも思える。
 話が違うのかもしれないし、実際は海外でも同じなのかもしれないが、日本では株式の配当というのは実質上、ない。資本主義の根幹が資本ということで、この資本が利潤を生み出すというなら、株の配当のない制度は資本主義とは言えないように思う。
 話をウォルフレンの指摘に戻すのだが、今回の三菱自動車の件も、結局はそういうことなのではないか。社説などでは、ダイムラークライスラーでの決定は監査役会でなされたものであり、その筆頭株主のドイツ銀行やドイツの労組の反対などが背景にある云々、また三菱自動車の経営体質といった話を問題視しているが、これは、単純に、会計と利益の構造の問題なのではないのか。つまり、当たり前のことをしただけ。
 日産の復活があったので、つい三菱自動車という一企業のありかたに目が向けられるが、根幹にあるのは、こういう基本構図ではないのか。つまり、三菱グループが曖昧な会計を許す日本国家のものではなくなったというだけのことではないのか。見当違いかもしれないが、そういう財閥の残滓を整理する機会にすればいいだけのことに思える。(と、こういう言い方はその関連の方にひどく聞こえるだろうが、有能な人の雇用がより流動的になればいいのだろう。)

| | コメント (13) | トラックバック (8)

イラク人質事件、さらに雑感

 イラク人質事件のことは新しいファクツでもでないかぎり書くべきことはないと思っていたが、事件そのものより事件の社会への反照について、なんとなく思いが溜まっているので書いておきたい。
 一番気になるのは、奇妙な言いづらさ、みたいなものだ。浅田農産事件のときもそうだったが、一斉に社会ヒステリーのようなバッシングが発生したものの、事件の中心人物が自殺するとそれが急速に収束したかのように見えた。しかし、誰もが知っているはずだが、「なんか、言いづらいよね」という空気に圧倒されただけのことだった。事件の真相は、情報操作なのか、カラス騒ぎのなかで曖昧になった。普通に考えたら疑わしいはずだと思って、このブログでは、「浅田農産事件で隠蔽されている日に何があったのか?」(参照)を書き、人的感染経路への疑念を指摘したが、その解明も消えてしまったかのように見える。
 人質事件も似たような経緯を辿っているように思える。そして、真相の解明はうやむやに終わるのだろうか。私は依然、狂言事件と思うのだが、メディアは産経系を除いて、こぞって「自作自演」説は政府側が意図した陰謀論ということで終わりにしようとしているように見える。変な言い方だが、それで終わりというのもしかたないようにも思う。というのは、いずれ真相解明自体がまた政治の枠組みに置かれることになるだろうし、そうした政治との関わりはなにかうざったい気もするからだ。
 「自己責任」という話題には私は当初から関心はないし、それはすでに書いてきたとおりなのだが、その後なんとなく現れてきた、「自己責任」を問うべきではない、という空気には奇妙なものを感じる。これにル・モンドなど海外メディアの援軍も加わるに至り、変な感じは深まる。まぁ、ル・モンドだしな、とかいうことで、どうでもいいかと思ったのが、他にも広がりつつはあるようだ。
 が、ここでも私はひっかかる。日本人人質事件の際、オーストラリアでもエイド・ワーカー(支援作業者)の女性Ms Mulhearnが人質になり、解放される事件があった。ご存じのとおり、オーストラリアも派兵について日本のように世論が割れているので、世論やメディアのありかたは類似の傾向が見られるかとも思ったが、そうでもなかった。
 例えば、こんな記事"Aust hostage 'foolhardy': Howard"(参照)がある。Downerはご存じ通り外相である。前段にはハワード首相も同じように非難している。


 Mr Downer told the John Laws radio program he was puzzled by Ms Mulhearn's decision to travel to Fallujah.
 "She's gone into a war zone ... I'm not sure what an Australian would do wandering into that area, it was very reckless," he said.
 "I think Australians have got to be enormously careful, whatever their political opinions, she claims to be a member of the Labor Party, ... to make sure that they are as safe as possible.
 "Otherwise other Australians then have to go and try and help them.
 "I worry about all the Australians of goodwill, who nevertheless have had to look after people who describe themselves as human shields and go into Iraq to make all sorts of political points ... and get themselves into trouble.
 "Then our people have to take risks to try to help them."
 Mr Downer said political comments by Ms Mulhearn concerning the Australian government were also unhelpful.

 ご覧のとおり、DownerをKoizumiに、AustraliansをJapanese置き換えてもいいような記事になっている。他にもオーストラリアのABCだが"Australian government slams 'reckless' activist in Iraq "(参照)では短くこうある。

 The prime minister, John Howard, has accused the peace activist of behaving in a foolhardy fashion.
 "Irresponsible behaviour, whatever the cause may be, is not acceptable and should be criticised," Mr Howard said.

 問題は、こうした報道がどうオーストラリア社会に受け止められていたのかでもあるのだが、在住者のブログ「オーストラリア・シドニー海外生活ブログ」の記事「人質事件で家族を考える」(参照)を読むと、拉致された女性への擁護の声はなかったようだ。
 とすると、日本の場合、擁護の声も高まってエキゾチックな社会現象に見えたから、取材能力のない海外特派員などのコラムネタになったのではないだろうか。と、くさしっぽく書いたのは、少し取材すれば、人質女性が以前のイラクでの「人間の盾」のグループとの関係があることくらいわかる。だとすれば、少しは考察すべきこともあることくらいはわかるだろうからだ。
 先の「オーストラリア・シドニー海外生活ブログ」では、さらに興味深い指摘があった。

 でも、日本の報道姿勢と決定的に違っていたのは、拉致された人の家族については一切触れないというところではないかと思う。
 最初に拉致された日本人3人のうちの1人は未成年だったけれども、後から拉致された2人も含め、その他は全員30歳以上。
 今回問題になったオーストラリア人女性も34歳と、皆いい大人。
こういった場合、家族が出てきて、あれこれコメントするということは、この国ではまず見られない。
 だからか、日本人の人質家族が泣いて訴える映像を流した後、ニュースキャスターの反応は冷ややかだった。
 欧米の家庭では、(ほとんどの場合)高校を卒業すると同時に家を出て独立し、たとえ親が高齢になっても同居することは稀。大人になったら、自分のことは自分でする=責任を持つのが当たり前とされている社会。
 自分に責任を持てる大人がとった行動に、親・兄弟は関係ない――
 という欧米人の考え方と、家族は共同体というお家制度みたいなものが根強く残る日本を垣間見た気がした今回の事件だった。

 この感覚に私は当たり前のこととして同意する。「自己責任」という以前に、大人のしていることに親が出てくるのは変な話だと私は思う。
 私は日常テレビをほとんど見ない。この事件についてもテレビ報道は見ていなかった。人質家族の動向はほとんど知らなかった。というか、そんなものに関心の持ちようもなかった。事件とは関係ないという感じもしていた。
 が、人質帰国後はテレビがどう報道するものか関心があって少し見た。そこで、一番奇妙に感じたのは、人質だった3名が自宅に入るシーンが放映されていたことだ。そんな映像になんの意味があるのかという疑問と同時に、未成年は別として、この人たち、親の家に帰るというわけなのか、と思った。
 非難に聞こえてはいけないが、それって、パラサイトであり、「負け犬」であり、フリーターであり…ということで、現代日本ならではの世相のてんこ盛りではないだろうか。解放された人の恋人が抱き合ってキスをするというシーンは、まるでないのだろう。日本的だなと思う。
 日本的な事件だということでは、浅田彰が「イラク人質問題をめぐる緊急発言」update版(参照)でこう言っているのを思い出した。

結局、謝罪と感謝でひたすら頭を下げて回るだけってところまで人質と家族を追い込んじゃうんだから、まさに前近代のムラ社会だね。

 だが、それ以前に、親が出てくるところでムラ社会なのだろう。と、いうことを浅田は指摘もしないのはなぜだろう。
 もう一点、この関連で、「善意でしたことは良いこと」という空気もあるのだが、社会というのは実際には善意の結果が重要になるものだ。この話も書きたい気がするが、そうでなくてもつまらない説教みたいになりそうなで、やめとく。

| | コメント (23) | トラックバック (4)

2004.04.23

日本版Googleの仕様が変わった

 昨日(22日)日本版Google(google.co.jp)に、特殊検索として、新たに「辞書検索」「路線検索」「株価検索」「会社情報検索」「荷物検索」の5種類が追加された。 どういうわけか、Googleのプレスセンターにはこのニュースはなく、インプレスの「日本のGoogleでも株価や路線、辞書などの特殊検索が可能に」(参照)にひょっこしニュースがある。


特殊検索では、検索時に特定語句をキーワードの前に挿入することで、通常の検索結果と異なる、パートナー企業と提携した検索結果が表示されるというもの。ツールバー「Google ツールバー」からでも利用できる。

 Googleツールバーから利用できるっていう意味がよくわからないが、ただあの検索欄でも使えるというだけのことか。なんか、プレスを垂れ流している感じがするが。
 各特殊検索については、インプレスの同記事に一応説明があるが、これも垂れ流し感があって、実例がない。ので、一例。こんな感じだ。

Google 検索: 英和 philandering


 結局、アルクを経由して英辞郎に入るだけだが、アルクのサイトが素でアクセスするとJavaScriptで弾かれるのよりはましかもしれない。同様に他の特殊検索もちょっと阿呆臭感が漂う。先日(20日)にGoogleの日本法人が渋谷に研究開発センターを設立したというので、成果もでそうにないのでと懸念したか、まずこんな風船でも上げてみたというところだろう。と、くさしたものの、キーワードの形態素解析は日々変わっているようで、最近は、細かい辞書引きレベルの形態素解析を処理途中で捨てて最長マッチングみたいなことをしているようだ。
 話をアルクを使った辞書引きに戻すと、このGetメソッドを見るに、以下のようにIEのSearchUriレジストリを書いてもよさそうだ、と、まだ試してないので、そんな感じというだけの話なので、やるなら「自己責任」でお願いしますよ。

http://www2.alc.co.jp/ejr/index.php?word_in=%s&word_in2=reedeirrf&word_in3=zJPa7DCxJ15687987t

 ちなみに、IEのSearchUriレジストリは以下にある。

HKEY_CURRENT_USER\Software\Microsoft\Internet Explorer\SearchUrl

 で、ようやく極東ブログのネタなのだが、このレジストリに私はgプリフィックスで以下を登録している。

http://www.google.com/search?q=%s&hl=ja&lr=lang_ja

 これが、昨日効かなくなった。google.comがいけねーのかとかオプションとかを調整してもだめぽ、なんで、いろいろトライしたが、どうやら、素でUTF-8を%sにパスしても、ダメなようだ。URIエンコーディングしか受け付けない。あるいは、もっと別のエンコードの理由かもしれないので、わかっている人がいたら、教えてくれ。(この問題は解決しました。それと、この説明には間違いがありました。追記をご覧下さい。)
 ついでに、Googleエンジンを使っている日本版infoseekはどうなっているかと調べてみたら、案の定、このタコな特殊検索は実装していない。っていうか、こっちはこっちで辞書引きサービスを提供しているので、まじーと思ったのだろう。gooも確かそろそろGoogle移行をするはずなので、サービス動向はちょっと気になる。で、思いついたのだが、Googleの渋谷センターってgooのNTTの日本語研究がらみなのか、このあたりの業界の動向は、あっち(米国)むいてホイの「SEOルートディレクトリ」(参照)には情報がなっかったようだが、なぜだ?
 話をSearchUrlの仕組みに戻して、これじゃメンドクセーじゃんということで、調べたのだが、%sにパスする前にUTF-8をURIエンコーディングにするスイッチがどっかにあるはず、っていうか、Windows XPはJScriptでも使えるけど、ECMAの勧告を真に受けて、escape関数の仕様を途中で変更し、encodeURI関数を実装しなおしたので、ま、内部で簡単にスイッチできるはずなのだが、レジストリがわかんねー、です。さらにわかんないのは、infoseekのSearchUrlでは、%sでUTF-8で渡してもURIエンコーディングに変わる…これはサーバー側でリライトしているのか? つうことで、よーするに、gプリフィックスでGoogle検索をする方法があったら、教えてくれぇ^2である。(これも間違い&追記で解決済み。)
 まいったな、いちいち、Googleの面を拝んで、「あ、今日はアースデイかぁ」と喜ぶ趣味はないので、もっとスクリプトに開いているSleipnirの検索欄の構造を見ていたのだが、こっちは意外に簡単だった。Seach.iniのEncodeスイッチを0から2にしてやればいい。例えば、「Google(日本語)」の場合なら、こうなる。

7行目
 SearchEngine0_Encode=0
  ↓
 SearchEngine0_Encode=2

 13行目の「Google(全体)」も同じなので、同様に手を加えることができるのだが、実際のアウトカムは「Google(日本語)」と同じ。これもなぜかよくわからん、というか、Googleの日本語サービスが使いづらく変更されている気がする。
 以上で、ネタはおしまい。
 話がなんか極東ブログらしくない? そーでもないんですよ。「Googleに問え。なぜ宇宙は存在し、生命は存在するのか?」(参照)もご参照あれ。

追記(同日)
 早々に便利なインフォをnaruseさんからいただきました。ありがとう。関心あるかたは、ご参照下さい。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/04/google.html#c194501
 エンコードについても、naruseさんのコメントが正しいと思います。つまり、素ではShift_JISがパスできず、UTF-8なら問題なし、というわけです。
 Sleipnirの設定ですが、iniファイルをいじらずに、オプション→検索バー→検索エンジンで、エンコードをUTF-8にするだけでできます。すぐに、iniファイルをいじるクセはよくないのかも。
 本文中に触れたアルクの直接字引はこのままで機能しました。けっこう便利です。ので、リソースにまとめました。
 http://homepage3.nifty.com/finalvent/resource/for_apr22_google.zip

追記(4/24)
 手前味噌ではないが、もしかすると、今回のGoogleの事態を「仕様変更」と断言したのは、当サイトが最初ではないか?
 と書いたら、どうやら窓の杜が22日なので、ここより早かったですね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2004.04.22

カルカッタの思い出

 とりとめもない旅の感想である。「人質高遠の崇高なるボランティア遍歴」(参照)というページを見ながら、その表に滞在先としてカルカッタが多く掲載されているのを見て、私もカルカッタに行ったときのことを少し思い返していた。
 「シティ・オブ・ジョイ」(1992)が公開された時期だったこともあり、カルカッタの人たちは、「こんなしょうもない映画でインドが後進国と見なされるのは困る」というようなことを口々に言っていた。そういえば、原作「歓喜の街カルカッタ」も私はカルカッタに持って行って読んだのだったか。小説のほうは面白いと言えば面白かった。が、ありがちなエキゾチシズムとヒューマニズムの作品という感じだろうか。

cover
歓喜の街カルカッタ
 私が滞在していたのは、ちょうど今頃の季節だった。乾期から雨期に変わるころだった。雨の量ははんぱではない。道が川のようになり、ノラ牛たちも歩きにくそうだった。エアコンの効かない車の窓を少し開けたら、とたんに痩せた子供の手がその隙間から伸びてきて面食らった。物乞いである。あれから、10年近く経つ。今はどうなっているのだろうか。
 昼間は50度近い気温になる。路上では、中央分離帯よろしく生ゴミが整然と捨てられるのだが、見る間に乾燥していく。そうなる前にどっかから白と黒の混じった烏(だと思う)がせわしなくやってきて餌を探していた。
 街を歩きながら、私は喉が渇いたなと思って、サトウキビ絞り汁の屋台に近づいたら、同行のインド人がやめなさいといって、どっから熱いミルクティを買ってきた。ミルクティはあちこちでよく飲んだ。インド人は猫舌が多そうなのに、熱いものしか飲まなかったように思えた。が、衛生の配慮だろう。そういえば、中国人は冷めたお茶は飲まないというのがかつての常識だったが、変わった。
 「人質高遠の崇高なるボランティア遍歴」の表では「マザーハウス手伝い」が多い。私もマザーのことは気になっていた。街中ではマザーの会のシスターたちをよく見かけた。「死を待つ人の家」に行って見学したいと思い、世話をしてくれる人に話すと、最初はいいでしょと言って車を出してくれたものの、近くなってから、やめましょうということになった。理由はよくわからない。それなりに現地の人の配慮というものがあるのだろう。そういえば、エジプトのカイロでも、一度コプト教会を見たいと言ったら、門前までにしましょうと諭された。外国人狙いのテロなどもあり、観光保護に軍が動くという話まであった時期なのだから、現地の人に従うが吉だろう。
 カルカッタでは、マザーの施設の近くまで来ながら、結局そこには立ち寄らず、近くのヒンズー寺院に寄った。案の定、身体障害者の物乞いが何名かいた。こう言うのは偏見になるのかもしれないのだが、外国人の行きそうなところに物乞いが多い。そして、貧困と悲惨という感じの光景もそこにある。
 が、カルカッタには中産階級の住宅街などもあり、清楚できちんとした感じがする。社会主義政策で都市化を進めているという雰囲気の地域もある。サリーをモダンにアレンジした制服の女子高校生の集団なども見かけた。カルカッタは、むしろそういう地域のほうが多いという印象を受けた。私は、インドの文化がそれほど好きでもないし、その宗教に関心があるわけでもない、ましてヒッピー的な旅をしているわけでもない。
 絹製品のお土産でも買いに行きたいと、また世話をしてくれるインドの方を煩わすと、イスラム教徒の商人のいる地域がいいでしょうということで、案内してもらった。オウム真理教のあの体育着みたいのではないおしゃれな絹製のクルタを2つ買った。値段は忘れたが、そう高くもない。もっと買いたい気もしたが、やめた。
 一通り商店街を回って疲れたので、日陰を求めて、近くにあるモスクで休息した。大理石でできているのだろうか、ひんやりとして気持ちよかったことを思い出す。イスラム教徒だろう人たちがあちこちでくつろいでいるようだった。キリスト教のドームの中にいると私は緊張するがモスクだとなにか心安らぐ感じがする。イスタンブルだったが、朝晩に流れるコーランの朗唱も心にじーんとしみるものがあった。なぜかよくわからないし、それ以上にイスラム教に関心があるわけでもない。
 カルカッタの大通りにはチャンドラ・ボーズの立像があった。インドの人は、彼こそ英雄だと言ったていた。そしてガンジーはダメだとも言っていた。その機微は私もある程度知っていたので驚きもしなかったが、インド人から直接言われると奇妙な感じもした。もちろん、インドといっても、カルカッタを含むベンガルは特殊な地域もあるのだろう。日本でも西洋でもガンジーは聖人のごとく語られる反面、ボーズのほうは悪評すら多い。歴史を忘却しているのだ。そして、日本人のインド観は、けっこう奇妙なイメージだけでできている。そのイメージのなかのインドを求める人も多い。マザーハウスもそうしたイメージではないのだろうかと疑う。
 カルカッタ(コルカタ)は東洋のパリと言われたこともある。ハウラ橋で夕日を浴びながら見る街の光景には、そんな雰囲気が残っていた。今でも、変わらないではないだろうか。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2004.04.21

国連期待はさらなる間違いかもしれない

 18日のNHKスペシャル「イラクの復興 国連の苦闘」(参照)を見ながら、「これはプロジェクトXじゃないんだよな」と思わず、一人ツッコミを入れて苦笑した。後味が悪い。話は嘘だとは思わないが、しばし考え込んだ。このNHKの番組はおかしいのではないか、という印象が自分の心の中で濃くなってきた。と同時に、その他のNHKの報道や解説全体に奇妙に国連幻想のバイアスがかかっているようにも思えてきた。人質事件の際、NHKがアルジャジーラを垂れ流していたのも疑問を感じていた。
 番組「イラクの復興 国連の苦闘」を見ながら、極東ブログ「石油・食糧交換プログラム不正疑惑における仏露」(参照)にも書いた、れいの国連疑惑について、番組の流れでいつか触れるのだろうと思っていた。が、なにも言及がなかった。ずっこけてしまった。それはないだろう。
 国連疑惑はなぜか日本で議論されてない印象がある。だが、アメリカではけっこうマジな問題になっている。アナンもそれゆえ、ポール・ボルカー(Paul Volcker)を不正疑惑の独立調査委員会の責任者とした。マジだぜ、ということだ。シラクだって炙り出してやるぜ、とまではいかないかもしれないが、期待はできる。ル・モンドは人質問題で日本をおちょくる暇があるくらいなら、自国の不正を晴らすことを先決にしろよという感じもする。
 こうした国連疑惑を巡る動向は、イラク復興の枠組みが連合国暫定当局(CPA)主導から国連に移ったことの政治的な駆け引きにも関連はしているのだろう。が、それだけの線の読みで済む問題でもなさそうな雰囲気も感じる。つまり、国連とアメリカの双方で小突き合うという構図より、もっとたちの悪い根がありそうに思える。というのも、私もイラク戦争を肯定した背景には、国連なんて機能もしないお間抜けと考えていたことを思い出す。
 そんな思いで、ネットをザップしていて、ゲッという話をNational Reviewでめっけた。もとより、「National Reviewって右派こてこてでしょう」という偏見で読むのだが、Michael Rubinの"Unwelcome U.N."(参照)という記事が面白かった。内容は、端的に言えば、標題どおり、国連なんてやめとけ、である。
 筆者のMichael Rubinは、CPA内部の政策に関与していたようだ。


Michael Rubin is a resident fellow at the American Enterprise Institute. He spent 16 months in Iraq, most recently as a Coalition Provisional Authority governance adviser.

 この紹介を読むだけでも、Michael Rubinなんてダメじゃん、という印象も持つが、考えてみると、私はCPA側の言い分というのをまともに検討したことはない。ある意味、Paul Bremerの代弁かもしれないが、と思って記事を読むのだが、けっこう説得されてしまった。
 まず驚いたのだが、昨年夏の国連事務所テロについてだが、私は「イラク混乱中の国連事務所爆破テロ」(参照)で書いたように、問題の一番の誘因は、国連事務所が米軍と距離を置こうしてその保護を求めなかったことと考えていた。また、犯人は、反米意識によるシーア派かと考えていた。
 Rubinはこう指摘している。

While L. Paul Bremer, Coalition Provisional Authority administrator, expressed outrage over the bombing of Iraq's U.N. compound last August, Iraqi reaction was more subdued. "It was an inside job," a Shia doctor insisted as we sat in a restaurant the next day. The U.N. had not only refused Coalition protection but had also retained guards employed under the former regime. "Didn't they know that their guards reported to the Baathists?," the doctor said. Iraqis watched in disgust as the U.N. subsequently fled to Jordan.

 こういう言い方は極端かもしれないが、国連事務所テロを、イラク人は、フセイン残党とつるんでいたからで、いいざまだ、というふうに見ていたというのだ。Rubinの話ではこの前段に国連が如何に無慈悲でフセインの悪事に荷担していたかというくだりもある。
 私はそういう見方はしてなかったので、少し意外だったが、先の国連疑惑の大きな構図のなかに置いてみると、Rubinの言っていることは、ただの怨念とも思えない。日本人の大半は私も含めて反米にかたまっているので、それ以外の勢力の問題性に疎い。
 この記事では、国連側の責任者となるブラヒミについても酷評しているが、案外イラクではそういう受け止めかたもあるのだろうと思う。もっとも、この指摘はブラヒミを持ち上げて事足りるとするケリーへの八つ当たりもありそうだが。
 率直なところ、この記事は、どう評価していいか難しいのだが、ある種、ヴィヴィッドなイラク状勢を伺い知ることはできる。
 Rubinの結語の皮肉はかなりきつい。

United Nations involvement will hamper, not help. Militant Islamists and remnants of Saddam's regime interpret our turn to the U.N. as sign of weakness, while Iraqi democrats see the U.N. role as a sign of abandonment. Both associate the U.N. with corruption. Ironically, while administration officials and senators seek greater U.N. involvement to pacify Iraqis, their calls have the opposite effect. Washington's hand-wringing is a sign of weakness welcomed only by those we fight.

 国連の関与は、イラクの造反者や海外テログループから弱腰と見られ、もっとろくでもないことになるよ、と読んでいいだろう。アフガニスタンの現状を考えると、私もその可能性はあると思う。もっとも、その可能性に無知な米軍でもあるまい。善意とかの通じない世界だ。
 そういえば、れいの人質事件から私がかいま見たことだが、日本人の多くがイラク人全てを善意の人のように見ている。また、善意が通じる相手だと確信している。そう思うことで自分が善人だと思われたいのだろう。そう思いこみたい心性は実は無意識的な恐怖を抱えているからではないかとも思うが、話がそれたのでおしまい。

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2004.04.20

自衛隊はイラクから撤退すべきか?

 こういうネタもどうかなとは思うが、人質事件もひとまず息をつき、スペインの撤退も決まったこともあるので、少しこの件について、あまり深く考えたわけでもないが、一人の日本人として今の感想を書いておきたい。
 結論から先にいうと、私は、段階的に撤退したほうがいいのではないかという考えに傾いている。もともと派遣もどうでもいいじゃんと思っていた私だ。撤退したらぁ、の、一番の理由は、現状のサマワ支援のあり方を見直したいいだろうという、先の「自衛隊が汗を流すのではなく、現地の雇用を増やせ」(参照)の延長だ。イラクが戦闘地域だうんぬんという話ではない。
 前提となるイラク情勢の認識だが、この点、私の認識が間違っているかもしれないのだが、イラクの現状はそれほど泥沼でもないと見ている。停戦前のファルージャでの米軍の虐殺行為は明らかに責められるべきだが、基本的には戦闘は局所化している。もともと、米軍がイラクの武装勢力を舐めてかかったのがいけなかったと私は思う。しかし、米軍としてみれば、実は、莫大な余剰ともいえる軍事力をイラクにずるーっと駐留させているので、まるで相手を軍事的な対象と見ていなかったのだろう。この点は、米軍が未だに、吹聴しているわりには対テロ戦にシフトしていないという構造的な欠陥があるようだ。
 日本ではあまり報道されていないようだが、特に、米国は自国各軍の福利を非常にケアしている。この手厚い福利の体制も、こいつらの戦闘能力のためであり、これは基本的に冷戦構造のままというか、案外ノルマンディ上陸作戦時代のままなのではないか。
 話がたるいが、日本のマスコミや、案外軍事専門家と言われる人も、米軍の軍事力を過小評価しているような印象を私は受ける。問題は、現状のイラクに必要な、特定の軍事・警察力をどう基本的なところで采配するかということだろう。率直なところ、その潜在力を活かしていない米国は、方針を転換すべきだろう。
 そして、だ、その方針を変えるなら、各国の軍の駐留も当然シフトさせたほうがいい。もちろん、米軍としては圧倒的な潜在的な軍事力のプレザンスをイラクから撤退させるわけはないのだが、それはある種、お飾りでしかないのだから、実動できる新しい配置を作り直し、すでに国連主導ということも決まっているので、日本を含めて各国もその新しい配置のなかで、今後のイラクを考え直すべきだろう。
 ちょっと、おっちょこちょい的な意見を言うのだが、私は南部シーア派の動乱は多分にタメではないかと思う。本気なら石油ラインを狙うだろう。それだけの武装もない。サドルも実際には民衆から浮いているのではないか。皮肉な言い方をすれば、彼らの最大の武器は彼らの人命だ。はっきりとした情報ではないのだが、サマワのシーア派は実はサドルらをメンドクセーやつと見ているのではないだろうか。もしそうなら、本音は、お金だし、復興だろう。もっと早急な課題は雇用という名目の富の再配分だろう。
 今朝の新聞各紙社説では、読売と産経が、自衛隊撤退に反対しているが、私の素朴な印象だが、安全地域から偉そうなこと言うなよ、だ。顧客と上司に挟まれた現場みたいな現状の自衛隊をなんとかするには、上司(国)がきちんとせーよだよ。精神論、こくなよと思う。
 話は散漫だが、スペインの撤退で功を奏したテログループは次はオーストラリアを狙うかだが、その目はあんまりないのではないか。ほっておいても米国がどじれば、与野党は逆転するだろう。また、日本はどうかというと、参院選は毎度の楽しいお祭りになるくらいで政治的な意味もないように思う。私の感覚がぼけているのかもしれないが、自衛隊は英語にするとForceで通常の軍隊に誤解されるが、軍事力も行使できないし、サマワに局所化しているので、イラクの人にしてみれば、日本が米軍の子分かというだけが関心だろう。テロリストにしてみても、あまりうまみのない標的のようにも思う。
 今回の人質事件でテロリスト側はなぜか、よく日本のメディアをワッチしていたようだが、本当にそれが外国の勢力なら、「日本っていう国はなんだか、さっぱりわからん」と思っているのではないか。

| | コメント (12) | トラックバック (1)

2004.04.19

イラク邦人人質事件後の雑感

 邦人人質は5名になるが、私が関心を持つのは先の三名のほうだ。この事件では、事件そのものより、いくら被害者とはいえここまで非常識な日本人がいるのか、というのと、いや世論はそこまで非常識を許してなかったよ、ということが目立ったように思えた。
 奇妙な自衛隊撤退論は浮いた形になったが、本当に自衛隊撤退を訴えるなら、むしろ今からだろう。だが、主張はこの事件のもたらした空気でなんとなく鈍いものになったように感じられる。その他、この事件は、率直なところ、もういいやという気持ちにもなるが、これまでここで書いてきたことのひとつの区切りとして簡単に触れておきたい。
 まず、ちょっと物騒な話ではあるが、私はこの事件は心証としては狂言だろうと書いた。一部狂言説は否定されたという意見もあるが、この点について、私は依然腑に落ちていない。未だこの事件は狂言なのではないかと疑っている。産経系の報道「人質にナイフの脅迫映像は演出 政府分析、早期に認識」(参照)では、今回の人質映像の一部は人質が合意の上の演出であったとしている。


人質3人は政府関係者の事情聴取に、銃やナイフで脅されるシーンについては武装グループに事前に説明されたうえでおびえたような動作をするように強要されたことを大筋で認め、「食事は十分与えられ、待遇はよかった」などと説明したという。

 これが本当なら、やっぱり狂言じゃないかと思ってそう不自然でもない。が、これだけでは事件の構図全体が狂言とまでは言えないだろう。この報道に対して、若王子さん事件のときも犯人側に説得されたような映像はあったじゃないかという反論を見かけたが、話の筋はまるで違う。今回の事件で、本当におびえたような動作をさせたいならテロリスト側が本気でやればいいのだから。
 狂言説はさておき、この産経系の報道が確かなら、政府側は当初から人命への危機感はそう強くはないと見ていたと言えるだろう。そう考えるほうが合理的であるようには思われる。
 この事件全体が狂言という構図だったかを知るには、なにより人質三名からの状況報告を聞きたいところだが、「PTSD」という理由で、その道は閉ざされることになった。もっとも、これは端的にふざけた話だ。と、きつく言うのは、精神医学を冗談にしてもらっては困るからだ。
 国際的にPTSDの診断は、米国精神医学会が発行している"Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders"を元に行われる。この4版を略して、通称、DSM-IVという。PTSD("Posttraumatic Stress Disorder")の診断に必要とされる期間についてはこうある(参照)。

E. Duration of the disturbance (symptoms in Criteria B, C, and D) is more than 1 month.
F. The disturbance causes clinically significant distress or impairment in social, occupational, or other important areas of functioning.
Specify if:
Acute: if duration of symptoms is less than 3 months
Chronic: if duration of symptoms is 3 months or more

 各種の症状が1か月続かないとPTSD診断はできない。人質家族も精神医学を冗談にするようなことを言うものだ、また、メディアもよくこんな話を注釈なしで垂れ流すものだと思ったが、その後の報道では注釈的な説明が入り、PTSDというタームは消えてきているようだ。
 正直なところ、私の心証にすぎないが、「自衛隊撤退、小泉に会わせろ」といった昔懐かしい稚拙な主張より、この点のほうが悪質な感じがする。確かに人質のかたには心理的な動揺はあるのかもしれないし、帰国後すぐの記者会見はなくてもいいのかもしれないが、もう少しまともな釈明があってしかるべきではないか。開口一番、「PTSDなので語れません」ではないだろう、と思う。
 少し行きすぎの憶測かもしれないのだが、今回の事件の経緯で、気になるのは、人質家族の態度の急変、解放後の人質のかたの態度の急変という、奇妙なカタストロフ点があるように見えることだ。一応常識的な判断では、政府の尽力や国民感情を知って反省したということだが、私は率直なところ、なにか重要な情報のエフェクトではないかという気がしている。今回帰国の飛行機内の状況といい、即弁護士が付くという対応も疑問を抱かせるに足ると思う。もし、ことの真相が狂言であるなら、今後、解放された人質のかたの行動には警察のマークが付くだろうと思われるので、我ながら品がないが、そのあたりの情報はなんとなくだが注視したいなと思う。くどいが、狂言説をここであらためて主張したいという意図ではまるでない。
 事件の構図がどうなっているのかわからないが、私の予想が外れたというか、スンニ側の立ち回りが上を行ったなと思う点はあった。「イラク人質事件の政治面は日本政府の勝ち」(参照)より。

現状の停戦を見ると、これは、豊臣秀吉城攻めかなという感じはする。せめて水を止めるという愚行はしないで欲しい。私の推測では夜間しらみつぶしかなという感じもする。で、この文脈でチェイニーの協力というのが実際上の意味を持つわけだ。つまり、小泉が期待しているのは、ファルージャ掃討戦で、焼殺犯と一緒に人質めっけてくださいね、と。そしてこれが成功すれば、日本国雪崩打って、米軍ありがとうになる。
 おい、そんなストーリーでいいのかよと私は思う。

 このストーリーは回避された。この補足をする前に、少し関連するのだが、今回朝日新聞系のニュースで、停戦は日本が米国に懇願したからだという憶測が流れた。ざっと見た感じでは、朝日系から出ているので、これは、朝日の思惑に関連しているのだろうなという印象を持った。私の考えでは、これだけ世界が注目しているところで派手な掃討戦は、通常の指揮系では無理だ。暴発がなければ、停戦はだららだ続くだろう(すでに女子供の大半は避難しているようでもある)。
 とすれば、このだらだらの時間をテロリスト側がどう見切るかだ。怯えたまま人質を盾にするか、あるいは、上のようなストーリーになる前に日本に恩を売るか。で、ここは、テロリスト側というかファルージャの自治側、といっていいだろう、がうまく立ち回った。うまいものだと思う。これで、日本に恩を売るかたちになった。米側がこれをどう見ているか気になるが、一応の是認はあるのだろう。
 今回の事件の圏外の話ともいえるのだが、「自己責任」「自作自演」という言葉も気になってしかたなかった。というのは、無意識にこのブログでもうっかり使っているのかもしれないのだが、一応意識の上では、この二語は私の言葉ではない。私はこんな言葉を使わない。こんな言葉は日本語にはない、とまでは言わないが、なかったとは言えると思う。使わないのは、まるで語感の響きがないからだ。語義的に意味がわからないわけではないが、その言葉が自分の身心に響かないという点で、意味がわからないに等しい。
 私の言葉は「覚悟」だ。危険な地域に行く人道支援のかたやジャーナリストには覚悟が必要だ、消防士や教師も覚悟を必要とする仕事だ。だから尊い。と、それ以上になにを言うべきなのかわからない。覚悟がなければ自由はない。この間、パウエルが人質のかたのありかたを賞賛するようなコメントを出したとして話題になったが、覚悟なければ自由はないという当たり前の感性の表現を出ていないと私は思った。
 危険な地域なのだから国が渡航を禁止せよという意見は我々の自由を奪う。論外だと思う。また、国はいかなる状況でも国民の生命を守る義務があるのも当然のことだ。むしろ、通常は、今回の事件のように外務省は動かない。なにげなく行方不明になって終わりだ。テロリストや犯人からの要求があっても、それが正式な情報であるかなど通常はわからないから、もみ消されて終わりだ。また、そんな危険な地域ならなぜ自衛隊が派兵されるのかという屁理屈も聞いた。戦闘地域と危険な地域は全然話が違う。多事争論というのはこういうことを言うのか。
 「自作自演」も私の言葉ではない。人質のかたが筋書きを書いたという含みなら、その可能性はむしろ低いのではないか。今回の事件への疑念は、狂言という言葉で足りるし、そのほうが正確だと思う。聖職者協会のクバイシは、今回のテロリストを含むグループの政治部門であり、テロリストは警察・軍事部門であるように私は疑う。だから、ことの真相は狂言ではないかと疑う。狂言という言葉をそう私は使う。
 と、あたかも自分の言葉の感覚が正しいかのような偉そうな書きぶりになったが、それほど自分の感性が正しいのだと言いたいわけではない。私は、新しい世界を古い言葉でしか捕らえられないと思っているだけだ。新しい言葉が私の頭には入ってこない、のでもある。その意味で、人質家族があたかもプロ市民のような勘違いをした古い思考法と、実は私も五十歩百歩かもしれない。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2004.04.18

遠藤周作「沈黙」の自筆草稿発見に想う

 先日遠藤周作の「沈黙」の自筆草稿が発見されたというニュースがあった。それがニュースなんだろうかとも思いつつ。しばし、物思いにふけった。私は、若い頃、遠藤周作のファンだった。

cover
沈黙
 「沈黙」は、キリスト教が禁制となった17世紀の日本(長崎)に潜入した司祭ロドリゴが、日本人信者の迫害を減らそうとして、自ら棄教の意志を示すために、キリストの顔のある踏み絵をあえて踏むという話だ。キリスト教信仰にもいろいろあるので、イコンでもない、異教徒が描いたキリスト像を踏むことにためらいなどありえない、ということもある。これは日本人キリスト教徒の特有な物語かとも思ったが、その後、東欧などでの評価を見るに、この心性は西洋人に理解されないものでもないようだ。
 ニュース「遠藤周作氏代表作の『沈黙』、幻の自筆草稿を発見」(参照)では、研究者の藤田尚子は、現行の「沈黙」とキリスト像の違いを強調している。

 自筆草稿をゲラ刷りや初版本などと比較した藤田さんによれば、最も大きな変化は、ロドリゴが思い浮かべるキリストの顔の描写だったという。

 確かに遠藤文学ではそこがよく話題になるのだが、私自身はあまり関心はない。むしろ、設定変更に関心を持った。ZAKZAK「遠藤周作氏代表作『沈黙』の自筆草稿を発見」(参照)にはこうある。

日記には、当初は主人公として、キリスト教弾圧下の宣教師を研究する現代人を考えたことも記されている。最終的に宣教師を主人公にした理由は書かれておらず、同館は「時代設定をなぜ変えたのかは今後のテーマ」としている。

 同館というのは、先の藤田尚子の見解だろうか。こう言うと僭越かもしれないが、私はその話を聞いたとき、なにも不思議には思わなかった。というのは、この作品は、「アデンまで」「黄色い人・白い人」「わたしが・棄てた・女」のテーマを継いでいるからだ。それと、私は詳しく知るわけではないが、ヘルツォーク神父の問題もあるのだろう。いずれにせよこの系列からは現代人が問われている。また、「沈黙」を継いだ「死海のほとり」で、キリスト教に挫折したキリスト教研究者を描いていることも、「沈黙」の原形が関係しているのだろうと思う。
cover
黄色い人・白い人
アデンまで
 遠藤周作の作品で文学的にもっとも優れているのは、「アデンまで」そして芥川賞受賞となった「黄色い人・白い人」ではないかと思う。遠藤文学を遠く、ある意味、捨て去ってしまた自分にいまだ突き刺さってくるものは、表層的に仕掛けれれたキリスト像の問題ではなく、むしろ、「アデンまで」の課題だ。これは、拙い言い方だが、黄色人種というものと性の身体の醜さというものにつきまとう、奇妙な罪の意識だ。黄色人種という人種(社会学的な意味ではない)にある潜在的な集合的な罪の無意識がある、といった頓珍漢なことはまるで思わない。中国人などはもたないだろう。とすれば、それは極めて日本人的なものなだろうか。「家畜人ヤプー」や三島由紀夫が暗黙に悩み続けたことであるが、それらは、戦争という歴史意識なのだろうか。この問題は、依然よくわからない。
 「アデンまで」では、印象的な描写がある。女は白人(フランス人)だ。

 女と俺との躰がもつれ合う二つの色には一片の美、一つの調和もなかった。むしろ、それは醜悪だった。俺はそこに真白な葩にしがみついた黄土色の地虫を連想した。その色自体も胆汁やその他の人間の分泌物を思いうかばせた。手で顔も躰も覆いたかった。卑怯にも俺はその時、部屋の灯を消して闇のなかに自分の肉体を失おうとした。

 少しためらうのだが、遠藤文学もかなり距離を置いて研究されていい時代になったと思うので、敢えて言うのだが、この体験は、遠藤の実体験だったろうと私は思う。遠藤はその体験がおそらく一生離れなかったに違いない。そして、そのいわば失恋(その女の魂を捨てた)と性の身体のおぞましさから、ぬぐい去りがたい独自の罪の意識ができたのだと思う。最晩年の「深い河」も、結局のところ、その問題に終始しているという印象を受ける。呑気な言い方だが、それは確かに苦悩の人生だったのだろうと思う。類似の印象は、森有正の罪の意識からも受ける。山本夏彦もある意味、類似の経験をしている。もっとも、彼の場合は、「無想庵物語」(絶版か?)にある武林イヴォンヌ(人種的には日本人)の存在が、そこに入ることを押しとどめたのだろう。いずれも、性の問題が奇妙な陰影で罪を際だたせている。
 私はこんなところで何を書こうとしているのか? 率直に言うと、白人女性との恋愛というもののなにかかもしれない。国際結婚も増え、白人女性と結婚する日本人男性も珍しということもない。私は白人の女性と恋に落ちたことはないが、恥ずかしいようだが、数度ドアの前というか、その崖の淵に立ったことはある。あれはなんなのかいまだによくわからないのだが、彼女たちの目には、魂を宗教的に射すくめられるような力があった。西洋において、恋というものは、こういうものなのか。頭をコンクリにぶつけたような感じがした。身体も魂もすべてを要求されているという感触でもある。もちろん、人にもよるのだろう。日本人間の恋愛なら、その恋愛がある種、自然の風景のなかにとけ込めるなにかがある。が、白人女性との恋愛はそういかない。あの起立した大聖堂の前に立っているような感じすらする。私はびびった。私は逃げた。遠藤はその先に入り込んだなというふうに思う。頓珍漢ついで言えば、遠藤周作は長身だったことが幸いでもあり災いでもあったのだろう。
 遠藤文学のなかで、キリストは、たぶん、そうした白人の、しかも彼が捨てた女性というものの象徴として、その生涯に立ち現れてきたのだろうと私は思う。表向きは、というか、あたかも大衆文学のように、弱い者の同伴者の像として彼は描くのだが、今の私からすれば、それは、血を吐いてでも許しを請いたい像の裏返しのように思える。
 ふと気になって、アマゾンで現在でも読み継がれている遠藤の作品はなんだろうとひいてみて、少し驚いた。正確に読まれているものだなというのが率直な感想だ。さっとめぼしいものだけ一巡してこの話をおしまいにしたい。
 「死海のほとり」は現代と古代が較差する。古代の側で描かれているイエスは現代の新約聖書学から見れば、ほぼ虚構だと言っていい。遠藤文学上は重要な作品ではあるが、文学としてはあまり意味のある作品でもないように思う。が、この古代へのノートから「イエスの生涯」「キリストの誕生」ができる。やはり、修辞が重いので大衆的な感銘は受けやすいのだが、歴史学的にも重要ではないし、神学・文学的にも、それほどの重要性はないと私は思う。
 「深い河」は私は、リヨンの描写など美しく、筆致はすばらしいのだが、総合的に見れば失敗作だと思う。人生を総括する作品がこのように出現したことに、泣きたいような皮肉を感じる。「『深い河』創作日記」に背景が描かれている。当然ながら、遠藤文学上は重要な作品ではある。宇多田ヒカルの同題の歌はこの作品の影響だろう。おまけに「『深い河』をさぐる」という本もある。うへぇ。
 「おバカさん」は今読み直したらどういう印象を私は持つのだろうか。面白く感動的な作品ではある。「聖書のなかの女性たち」「私のイエス―日本人のための聖書入門」は今でもクリスチャンに読み継がれているのではないだろうか。つまりそういう作品だ。悪くはないが、今の私は避けたい本だ。遠藤訳の「テレーズ・デスケルウ」もある。遠藤文学の重要なカギになる。そういえば、彼の勧める「ぽるとがるぶみ」も入手可能なようだ。これは読み直したい。ところで、トリュフォー「アデルの恋の物語」の原作「アデル・ユーゴーの日記」って翻訳ないの?
 「侍」は、形式的には「沈黙」を継ぐのかもしれない。私は史実に関心が向くので、この作品の評価はわからなくなってきている。「愛情セミナー」は私の青春にとって大切な本だ。現代人の若い人が読んでも無意味だろうし、むしろ害があるかもしれない。
cover
彼の生きかた
 現在の私には遠藤周作に否定的な思いのほうが強いので、書籍紹介もひねくれる。が、それでも、私は密かに遠藤周作の最高作品は初期作品を例外にすれば、「彼の生きかた」だと思う。人生の本当の秘密みたいなものを描いている不思議な作品だ。この作品の最後のシーンを思い浮かべるだけで、胸が熱くなる。
 話は逸れるが、遠藤周作の兄は電電公社につとめたお偉いさんだった。死んだ父を通して個人的な話もきいている。が、書くこともあるまい。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

« 2004年4月11日 - 2004年4月17日 | トップページ | 2004年4月25日 - 2004年5月1日 »