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2004.04.10

スーダン・ダルフール州の民族浄化

 現在の世界で一番深刻な問題を抱えている地域はどこか? それは視点が違えば違った答えができるので、無意味な問いに聞こえるかもしれない。それでも、その指標として日本でもわかりやすいのは、「国境なき医師団日本」のニュースリリース(参照)だと思う。彼らがすべての問題地域に派遣されているとは言えないにせよ、彼らが必要とされている地域が問題を抱えていることは確かだ。
 そうした観点で、ニュースのリストを見ていくと最近ある特徴に気が付く。スーダンのニュースが増えていることだ。今日時点のリストだと27項目中、スーダン内戦が7項目ある。試しにgooのニュースでスーダンを検索したが、関連するめぼしいニュースはなかった。日本にニュースが配信されていないということはないだろう。日本の人道支援団体NGOなら、なんらかの情報を発しているかとGoogleを検索したが、印象ではほとんどニュースはなかった。
 別のソースで気になるのは、4月3日のWashington Post"Crisis in Darfur "(参照・要登録)の記事だ。


ACCORDING TO THE United Nations, one of the world's worst humanitarian crises now afflicts a Muslim people who face a horrific campaign of ethnic cleansing driven by massacre, rape and looting. These horrors are unfolding not, as Arab governments and satellite channels might have it, in Iraq or the Palestinian territories, but in Sudan, a member of the Arab League. Maybe because there are no Westerners or Israelis to be blamed, the crisis in Darfur, in northwestern Sudan, has commanded hardly any international attention. Though it has been going on for 14 months, the U.N. Security Council acted on it for the first time yesterday, and then only by issuing a weak president's statement. More intervention is needed, and urgently.

 この記事によると、国連は、スーダン北西部ダルフール州におけるイスラム教徒の民族浄化(大量虐殺・レイプ・略奪)を、現在世界における最大の人道上の問題の一つとみなしているようだ。
 さらに、ワシントンポストは、この問題が報道されないのは、イラク問題やパレスチナ問題のような利益代表がいないからだと皮肉っている。
 同記事では、死者を数万人と推定しているが、事態としては、ワシントンポストが言うように、早急な介入が必要になっている。被害者は非アラブ系のアフリカ住民である。

 The victims of the ongoing war crimes are non-Arab African people who have lived in the Darfur region for centuries.

 同様に、CBSニュース"Sudan: The Next Rwanda?"(参照)にもニュースがあり、ルワンダ化を懸念している。

The innocent civilians of Darfur, Sudan can only hope the international community makes good on its stated intentions and conducts itself with more humanity and honor than it did ten years ago in Rwanda.

 日本語の情報としては、やはり「国境なき医師団日本」のニュースリリースが読みやすいだろう。3月16日から(参照)。

スーダン側からの越境攻撃は増加し、今ではほぼ毎日発生している。家畜を盗むためだと思われる攻撃もあるが、多くは難民を脅すために行われていることが徐々に明らかになってきている。3月7日には、アドレの周辺だけでも難民1人が殺害され、3人が銃弾を受けて負傷した。こういった攻撃の後には、大量の不発弾が残されるという問題もある。同じ週末、国境なき医師団(MSF)は、ある父子が不発弾によって負傷したことを確認している。

 幸いと言っていいのだろうと思うが、イギリスのインデペンデント"Warring parties sign ceasefire in Sudan"(参照)の記事によれば、とりあえず内戦は停戦の状態になりそうだ。
 関連情報を2点まとめておく。スーダンの歴史については、外務省「スーダン概況」(参照)がよくまとまっているのだが、なぜか2月以来情報が更新されていない。まるで、この民族浄化の問題に関心がないかのようだ。もう1点、いつもはコケにしているのだが、Wikipediaのスーダンの項目(参照)もよくまとまっていた。参考になる。
 最後に、要らぬ話を加えたい。私はスーダンの状況に詳しいわけではない。「国境なき医師団日本」の動向が時折気になって見て知る程度だ。が、そこから見える世界の状況は、かなりの場合、日本のメディアの国際状況とは違っている。不思議だと思う。そして、蛇足の蛇足なのだが、今回イラクで人質にあった人道支援家やジャーナリストはなぜイラクに向かったのだろうかと思う。イラクの復興は重要だ。だが、なぜ人道支援やジャーナリズムということで、イラクが選択されたのかという動機は、私には理解しづらい。

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2004.04.09

日本人人質事件、原則から考えればシンプルな問題である

 あまりテレビニュースを見ることはないのだが、時刻に合わせて手短には見る。が、昨晩からあまりに日本人人質事件一色なので正直なところ辟易とした。新しい情報があればニュースを展開する意味もあるが、そうでもないし、飛行機の墜落とは違い関係者が多いわけでもないのだから、長々報道する意味はないように思う。というか、またなんか日本の集団ヒステリー状態になったのかと思って、それにも辟易とした。そして、明日の新聞各紙の社説はこれ一色かな。しかも内容まで想像つくなと思った。一夜明けて、状況に変わりはない。社説も予想通りだった。ネットの意見を少しだけ雑見した。「あんなのプロ市民じゃないか」という意見が多く目に付いた。そういう反応は当然出てくるだろうと思う。
 この事件についての私の考えは、大筋では明確だ。完全に明確だとは言えない部分については後に回す。明確な部分を先に言うと、こうした問題には、国際的な原則が存在する。つまり、テロリストの要求を受け入れてはいけない、ということだ。つまり、テロリストが何を要求しているかはまったく問題ではない。もちろん、それが金銭(身代金)の場合は、当然ながら、裏交渉というのはありうる。が、それはあくまで裏交渉に過ぎない。キルギス人質事件を思い出せばいいだろう。今回のケースもそういう解決はありうるだろうと思う。
 日本はこの原則をダッカ事件において守らないがために、長い年月国際的に非常な汚名を被った。いやその汚名は未だに晴れていない。汚名ですむならいいやとした福田康夫のお父っあん(福田赳夫)はこれで政治生命が絶たれた。日本史に汚名を残すのも政治家の生き方というものだろうが、息子はつらかったに違いない。息子はこの問題で微動だにぶれないだろう。
 この問題は、原則からして、テロリストの要求である自衛隊の撤退とはリンケージしない。もちろん、自衛隊の撤退は別の論理からはありうるだろうし、世論誘導やなんらかの姑息な手段で撤退するという政治決断もありうるだろうとは思う。例えば、すでにイラクは戦闘地域と内閣が判断し憲法の趣旨に照らして撤退するとか、だ。それは政治の問題だ。いずれ人質事件と関連する問題であるわけがない。
 歴史も原則も忘れてしまうのが朝日新聞だ。その社説「日本人誘拐――救出に全力をあげよ」は、自社関連の人質ということもあるのだろうが、問題のとらえ方を間違っている。


 福田官房長官は「自衛隊は人道復興支援を行っている。撤退する理由がない」と、誘拐犯の要求を拒んだ。かといって要求を突っぱね続ければ、3人の身に危険が及ぶだけでなく、同種の事件を誘発する恐れがある。それがこの事件の深刻なところだ。

 イラク派兵に反対している国ですらこの朝日の主張には苦笑するだろう。話は逆だからだ。ここで突っぱねなければ同種の事件を誘発することになるのだ。
 もっとも、これが日本人の心情であるというのも、確かなところだ、と言っていいだろう。先に「大筋では」と限定したのは、これが日本の現状であり、この現状は原則で断ち切れないものがある。
 つまり、人質はどうするのか?
 それは、当然、万策を尽くして救済を進めるという以外にない。社説もみんなそうきれい事を言うしかない。実際のところ、今回の事件のディテールはまだよくわかっていないのであり、裏の情報から解決の見込みもある。
 読売新聞社説「3邦人人質 卑劣な脅しに屈してはならない」も一見朝日と逆なようだが、テロリストの要求を一顧するスキがある分、似たような見解の表裏でしかない。ただ、人質に対する次の意見は、かなり共感されるのではないか。

 昨年のイラク戦争の直前から、外務省は渡航情報の中で危険度の最も高い「退避勧告」を出していた。三人の行動はテロリストの本質を甘く見た軽率なものではなかったか。

 私は、ジャーナリストや人道支援というのは、その危険を覚悟して行われることもあると思う。皮肉な意見のようだが、この三人もその覚悟でいたと信じたい。それだけ、ジャーナリストや人道支援というのは意義のあるものであるのだ。
 私がこの事件に思うことは以上だ。
 話が少し逸れるが、今回の事件でのディテール絡みで気になったことがあるので、メモ書きしておきた。
 まず、3人はヨルダンからイラクに向かったのだが、これは、常套のルートらしく、逆に言えば最初から罠が張られていたのではないか。そう思ったのは、勝Pこと、あるいは西原理恵子の言うオカマの勝ちゃんこと勝谷誠彦が先日イラクで同様にとっつかまって身代金で逃げおおせたことだ。拘束はルーチン化されているのではないか。
 ついでに、勝谷はこうした状況を深く知っているはずだと思って、その日記「勝谷誠彦の××な日々。」(参照)を覗くと興味深かった。

実はアルジャジーラのCDの肝心のところは流されていない。首に刀がつきつけられた今井氏がガタガタと震え隣からは遠野氏らしき女性の泣き声が聞こえている映像である。

 日本のテレビはあれだけたらたら映像を流しながら、報道規制があったのか。それが本当なら、ネットに溢れている狂言説の信憑性は低いだろう。
 もう一点は、テクニカルな部分だ。

しかしバグダッドのいかなる情報源にも3人の名前はひっかかってこずつまりは彼らはアンマンを出る時にバグダッドの知り合いにそのことを告げて定刻に到着しなければすぐに危機管理を開始するという最低限のこともしていなかったようなのだ。

 これがルーチン化されていたのだろうか。不確かな情報だが、3人は週刊朝日(Weekly ASAHI)の名刺を持っていたようだ。とすれば、イラクの現状のオフィシャルな尋問の際は、このお墨付き故にジャーナリスト扱いになるはずだ。もし、そうなら、週刊朝日はこうした危険地域における取材のイロハを教示していたのか気になる。

追記(同日)
 ヨルダンからの陸路はすでに常套ではなかったようだ。現状では、ロイヤル・ヨルダン航空がバグダッド-アンマン間の運航を再開し、報道関係者などの多くは空路を利用している。

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2004.04.08

イラク情勢2004.4.8

 イラク情勢についてコメントしたい。というか、厳密に言うと「したい」わけでもない。国内世論をざっと見渡しても、茫洋としているので、こういうとき茫洋のなかに沈まないのがこのブログの意味だったかなと少し思うだけだ。もちろん、日本の大衆的な感性からすれば、日本に関係のない戦争はさっさと終わりにして、みんな仲良く平和を祈願する、というところだろう。が、さすがに大衆的な感性としてもそう言うのは偽善だよなというあたりで、沈黙になる。むしろ、左翼陣営だの平和勢力だのが、反米機運を盛り上げないのはなぜなのか、奇妙な感じもする。
 朝日新聞社説「イラク騒乱――『ベトナム化』を恐れる」はそうした日本の言論風土のなかでモデレートな左翼の代弁をしているのだろう。


 これはもう「占領軍対テロ組織」という構図ではとらえきれない。民衆の抵抗とそれを鎮圧しようとする占領軍との全面衝突と言うべきだろう。

 左翼はイラク開戦から直後も「ベトナム化」をよく口にしていた。ベトナム化になって欲しいという期待でもあったのだろう。ベトナム反戦運動が懐かしくてたまらないのだ。しかし、戦闘も終結直後もおよそベトナム化とは異なる状態になり、このタームは消えていたのだが、ここに来て、また、一発言ってみたくなったのだろう。しかし、今の事態はベトナム化なのだろうか。ベトナム化に特に定義はないが、民衆の非戦闘員的なゲリラ戦によって兵士による近代戦が苦戦することとも言えるだろう。
 呼応するように朝日は「民衆の抵抗とそれを鎮圧しようとする占領軍との全面衝突」としている。つまり、先日の米民間人の虐殺もイラク民衆の抵抗の表れだというのだ。ここで、阿呆か、と突っ込みたいところだが、日本の言論の雰囲気はそうすんなり笑いが取れそうでもないようだ。あの米民間人は事実上の傭兵でもある、が、その殺戮の仕方は非人道的極まるものだった。
 この事件で私にとって不思議だったのは、虐殺側からのメッセージはパレスチナ・ヤシン殺害の報復だったことだ。私の誤解だろうか。私はなぜイラクでパレスチナ問題が出てくるのか単純な疑問に思えたのだ。イラク民衆はパレスチナ・ゲリラを基軸としたようなアラブ大同団結を支持するわけもないと私は考えていたからだ。もし、私が外してなければ、この事件は、国際問題のリンケージを狙っているという意味で、単に外部工作員の仕業と考えるのがもっともシンプルだと思える。また、とすれば、内気なサドルのこの時期の暴発も、同様に外部工作員が噛んでいるのだろうと推測しても妥当に思える。いずれにせよ、朝日の言うような「民衆の抵抗」とは思えない。民衆の抵抗とは、私がここでコザ暴動を想起するのだが、組織的なものではない。
 朝日の状況認識は、だが完全に外しているわけでもない。

 シーア派といっても一枚岩ではない。占領への抵抗を呼びかけたのは、強硬派のサドル師とその武装民兵だ。最高権威とされるシスターニ師に比べ、支持基盤は決して広くない。この蜂起には、サドル師がシーア派内での影響力を強めようと民衆をあおった面もあろう。

 このあたりの認識はごく一般的なところだろう。そして、朝日の主張では、で、どうするか? 「さっさと米軍が撤退せよ」か、というと、そうでもない。さすがにそこまで非常識なことは書けなかったのだろう。

民主党のケネディ上院議員はいまのイラクを「ブッシュのベトナム」と呼び、泥沼化したベトナム戦争の再来だと指摘した。その通りにさせてはならない。

 じゃ、どうしろと? そこで朝日は沈黙する。
 私も沈黙するのが賢いのか。この先を言うと批判も多いだろうなとは思う。が、言う。
 このようにスンニ側とシーア側の双方から、実際の戦闘勢力が炙り出されてくる状況は、冷酷な軍事的な判断からすれば、そう悪いことではないのではないか。つまり、こうした勢力を温存したまま、主権委譲後に内戦化するよりははるかにましではないか。というのは、内戦でもっとも疲弊するのは国民だからだ。
 イラクの国民の大半は、スンニ派やシーア派の暴発を歓迎などしていないだろうと私は思う。このテロ勢力で米軍が撤退する事態すら求めていないだろう。もちろん、米軍を好ましいとも思っていないところは、察するに余りあるのだが。

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2004.04.07

年金改革は民主党案を支持するのだが…

 年金問題を扱うのは気が重くなった。これまでこのブログでも何度か扱ってきたが、それは、問題の解決の原則はシンプルだということと、互助としての国家というイメージを対話的に描いてみたい、ということがあったためだ。率直なところ、現在はそうした関心は自分の中で薄れている。それはなぜなのかということ自体も課題ではあるのだが、とにかく気は重い。
 そんな気分で、産経新聞社説「年金法案『抜本改革』の呪縛を解け」をざっと読みながら、次のくだりに心がひっかかった。


 抜本改革は行わなければならない。しかし、それには時間がかかる。一方で、当面の年金財政の悪化も放置できない。「抜本改革」の呪縛を脱し、当面の措置であることを明確にして法案の審議は進める必要がある。

 この前段にも年金問題は5年に一度見直しで今年は節目だ、とまるでオリンピックの興行のような呑気な振りがあるのに呼応していることを考えに入れれば、産経の意図は、抜本改革はやめとけ、ということなのだろう。つまり、現状の公明党案への擦り寄りがあるわけだ。産経って公明党・創価学会傾倒を始めているのだろうか。さらに、フジ産経系全体にそういう兆候はないか、ちょっと疑心暗鬼になる。
 年金についての新聞各紙の主張がおかしいと思う。のであまり社説という文脈で取り上げたいわけではないが、朝日新聞は議員年金問題なんかでお茶を濁している。読売新聞は自民党化しているので民主党バッシングをしているつもりなのだろう。が、読売はあまりのめちゃくちゃに笑いを誘う。「野党審議拒否 年金不信を助長しかねない」(参照)。

 対案を出すまで審議に応じない、という理屈も通らない。民主党は、昨年十一月の衆院選で、年金改革を政権公約(マニフェスト)の柱の一つに据えた。仮に政権を獲得していれば、今国会で自らの年金改革案を明示し、論議の方向を示さざるを得なかったはずだ。
 与党内には、民主党が審議拒否しているのは、対案をまとめ切れない党内事情を取り繕うためだ、との見方もある。

 民主党のお家の事情はお寒いかぎりだが、読売はタメの言いがかりにすぎない。民主党が政権を取っていれば、官僚による情報隠蔽がこじ開けられたからだから。その意味で、ごーちゃんこと木村剛の「年金改革に関して菅直人民主党党首に期待すること」(参照)のほうが急所を突いている。

 したがって、年金改革法案の関連で、まず第一に実現しなければならないことは、厚生労働省による試算の前提になっている諸データを国民に大々的に開示させることです。そのデータさえ開示されれば、数多いる専門家は保険数理やシミュレーションなどを駆使して分析し、現行の厚生省案をそれぞれに評価するでしょう。そこで各種の評価が互いに研鑽されてこそ、本当のソリューションに辿りつくことができます。
 そうしたデータが開示されない状況下で、民主党が対案を出そうとしても、与党は「正確な数字を示さなければ議論にならん」とか「憶測に基づく新しい制度でうまくいくわけがない」などと高飛車なコメントを繰り返すだけですから、議論は平行線を辿るだけです。

 前段はようするに年金のテクニカルな面をきちんと指摘している。ある意味、年金の問題は専門家には難しくもなんともないのだ。そして、後段の理由で民主党は対案を作り込めないわけだ。
 もっとも、木村剛がそれゆえ「その真っ当な要求に対して、おそらく与党が応えないであろうことを見越した上で、『年金脱退論』を唱えるべきなのです。」というふうに展開するのは、もちろん、ユーモアなのであろうが、いただけない。政策を根幹とする政党政治を否定して、権力をむき出した政治取引の世界に郷愁があるのかもしれないが、そういう日本は止めにしようよ。
 いずれにせよ、マスメディアやブログなどをざっと見渡しても、民主党を支持する声は少ないように感じる。なぜなのだろう。専門家の大半は民主党案しかありえないと思っているのではないか。しかし、政治的な言及は控えているのだろう。小泉の一元化発言は猫だましふうに捕らえるむきもあるが、小泉が身近の識者に説得されているからではないか。ついでなんで、私はここで明言しておくが、年金問題では断固民主党を支持する。抜本的な改革の必要性があると考える。
 話が逸れるが、年金議論の基礎データが開示されていないということで、この間、エコノミスト紺谷典子が主張する230兆円年金積立金説が気になっている。年金積立金は147兆円といわれるが、厚生年金の代行部分30兆円、共済年金の積立金50兆円がが例外となっている。これは国会でも主張されていて誰もが知っていることなのだが、彼女以外にフォローしている気配はないように見える。そんなの問題でもないということなのだろうか。「第159回国会 予算委員会公聴会」(参照)より。

二〇〇一年度の数字で申し上げますと、年金の保険料収入二十七兆円でございます。それから国庫負担分が五・六兆でございましたかね。それから給付が三十九兆だというんですね。しかし、二百三十兆前後の積立金があるわけでございますから、これが従来の年金の運用利回りの半分以下である三%で回ったとしても、六兆円を超える運用益が上がってくるわけでございます。経済が立て直ってその程度の、三%程度の利回りというのは決して過大な期待ではないと思うんですね。そういたしますと、六兆円入ってくると年金は赤字から黒字になっちゃうんですよ。現に四年前までずっと黒字で推移してきたわけでございます。

 識者には当たり前のことかもしれないが、年金問題というのは、デフレが解消してまともな経済発展の状態になれば、まるで問題にもならないことではないのか。
 そうなら、むしろ、そこを前提にして、楽な気持ちで、抜本改正へ踏み出していくという考えの道筋が取れないのだろうか。
 というのも、この政局の推移からは、恐らく、民主党は小沢新進党や自由党のように玉砕してしまうだろう。それでは、あまりに国民に希望が無さ過ぎる。

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2004.04.06

石油・食糧交換プログラム不正疑惑における仏露

 少し古いネタになるが、国内ではあまり注目されていないように思うし、新聞社説でも扱っていないようなので気になる。なぜなのだろうか。国内で報道がまったくないわけではない。読売系「石油・食糧交換プログラムに不正疑惑、国連に調査委」(参照)は4月1日のニュースだが、四月馬鹿ネタでもない。
 前提となる「石油・食糧交換プログラム」は、経済制裁下のイラク国民に食料や医薬品を供給するため、国連が一括管理した石油収入を充てるというもので、当然、フセイン政権崩壊で終了した。


 しかし最近になって、旧フセイン政権の幹部が、同プログラムの運用過程で約100億ドル以上もの不正収入を得ていたとの疑惑が浮上。さらに石油輸出に関連して、国連幹部がフセイン政権側などからワイロを受け取っていたとの、収賄疑惑も指摘された。プログラムを運営していたのは国連だが、実際にはフセイン政権が石油の輸出先を決定していたことから、石油輸入を目指した各国が水面下で同政権に接近。この過程で巨大な利権が生じ、約50か国の政府高官や石油業界関係者に贈収賄疑惑がある。

 「最近になって」という認識は間違いだが、現状では、フセイン政権幹部よりも、国連側が問題になっている。

 疑惑が取りざたされている国連幹部は、同プログラムの統括責任者で、長年にわたりアナン事務総長の側近として知られる。この幹部は疑惑を否定している。また米マスコミの報道では、事務総長の息子が、イラクと取引していたスイス企業から給与を得ていた疑惑も指摘された。

 そこで、国連安全保障理事会は先月31日に、この疑惑調査のための独立委員会を設置することを承認したのだが、この状態の国連が不正疑惑を明らかにできるかは、当然ながら甚だ疑問だ。なお、この幹部はセバン事務局長だ。
 これより前のニュースになるが、産経系「旧フセイン政権の「石油・食糧交換」で不正疑惑 実態解明へ独立委設置」(参照)では、こうある。

 アナン事務総長は十九日、記者団に対し、「間違ったことが行われていた可能性は強いが、まず調査が必要だ。どういう形で調査が行われようとも幅広い協力が求められる」と述べ、包括的に事態を解明していく姿勢を示した。ドラサブリエール安保理議長(フランス国連大使)はこれまで、不正疑惑の調査に向けた安保理の関与には否定的な見解を示していた。

 アナン弁明はどうでもいいが、私が気になるのはフランス国連大使ドラサブリエールのほうだ。記事ではこの点に突っ込んでいないが、もともとこの錬金術のからくりには仏露が噛んでいたはずだ。が、どうも国内にはあまりニュースが流れていないようだ。
 話がさらに前後するがニュースの発端は、2月28日のニューヨーク・タイムズだったようだ。朝日系「旧フセイン政権、国連制裁下で裏金30億ドル 米紙報道」(参照)では、ニューヨーク・タイムズを引いているようだ。

 その後、食糧や医薬品などを供給した企業の7割が、受け取った資金の約1割をリベートとしてヨルダン、レバノン、シリアの銀行口座などに送り、最大23億ドルを旧政権に戻していたとみられる。
 例えばシリアは小麦販売代金の15%近くを戻す計画だった。
 また、イラク産原油の購入企業は不正な割増金として7億6800万ドル余りを支払ったとされ、スーツケースなどに現金を詰め込んで石油省を訪れる例もあった。

 もともと、このイラク戦争はこうした石油の国際市場への懲罰の意味あいもあり、こうした事態は今になって明らかになったものでもない。繰り返すが、当面の問題は国連、およびアナンに向けられている。
 が、私が気になるのは、むしろフランスとロシアだ。この点は、3月22日ワシントン・タイムス社説"The U.N. Oil for Food scandal"(参照)が、選挙絡みの文脈はあるものの、わかりやすい。

Democratic presidential candidate John Kerry complains that President Bush pursued a unilateralist foreign policy that gave short shrift to the concerns of the United Nations and our allies when it came to taking military action against Saddam Hussein. But the mounting evidence of scandal that has been uncovered in the U.N. Oil For Food program suggests that there was never a serious possibility of getting Security Council support for military action because influential people in Russia and France were getting paid off by Saddam. After the fall of Baghdad last spring, France and Russia tried to delay the lifting of sanctions against Iraq and continue the Oil for Food program. That's because France and Russia profited from it: The Times of London calculated that French and Russian companies received $11 billion worth of business from Oil for Food between 1996 and 2003.

 と、かなり明瞭に仏露を名指ししている。特にフランスがイラク制裁にぐずったのはこういうことだろというくだりは痛快だ。"That's because France and Russia profited from it"というわけだ。
 また、以下のリストはなんだか、国際版「噂の真相」みたいだが、洒落ではない。

Other recipients include: former French Interior Minister Charles Pasqua (12 million barrels); Patrick Maugein, CEO of the oil company Soco International and financial backer of French President Jacques Chirac (25 million); former French Ambassador to the United Nations Jean-Bernard Merimee (11 million); Indonesian President Megawati Sukarnoputri (10 million); and Syrian businessman Farras Mustafa Tlass, the son of longtime Syrian Defense Minister Mustafa Tlass (6 million). Leith Shbeilat, chairman of the anti-corruption committee of the Jordanian Parliament, received 15.5 million.

 しかし、ワシントン・タイムス社説が冒頭に言うように、今となってはブッシュも気が重い。現状ではブッシュはアナンを責めづらい。また、ここは仏露の顔も立ててやりたいと思うだろう。阿呆とか言われるが、そのくらいの心配りと煩悶はあるのだ。
 この問題が日本として掘り下げられていないのはなぜだろうか。日本のジャーナリズムは、ブッシュを阿呆と叩けばそれで済むと思っている程度のレベルということなのだろうか。

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2004.04.05

スリランカ状勢

 朝日新聞社説「スリランカ――今こそ日本の出番だ」は奇妙な後味を残した。なぜここにノルウェーは余談のようにしか出てこないのか。 「タミル人武装勢力」が同義ということなのだろうが、「タミール・イーラム解放の虎(LTTE:Liberation Tigers of Tamil Eelam )」という言葉もない。朝日には左翼・反米のイデオロギー的な肩入れがあるのだろうとは思うが、社説としては不可解に思えた。
 この問題はどう考えたらいいのか。私はこの問題の本質を理解していないこともあり、難しい。朝日から少し長めだが引用する。


 日本政府は近年、これを外交の柱に掲げ、昨年改定した途上国援助(ODA)の大綱にも織り込んだ。戦争や内戦からの復興をめざすイラクやアフガニスタン、スリランカへの支援も、この理念を実践するものとされている。
 そのスリランカで総選挙があった。選挙ではタミル人武装勢力との和平の進め方が最大の争点になり、和平を推進してきたウィクラマシンハ首相が率いる統一国民党が敗れてしまった。
 第1党に躍り出たのは、和平に慎重なクマラトゥンガ大統領の統一人民自由連合だ。日本やノルウェーなど支援国の間では「和平プロセスが停滞するのではないか」と心配する声が出ている。

 文脈からわかるように、朝日社説はスリランカの問題に直視しているわけではない。一般論のダシというか、例としてスリランカを捕らえているにすぎない。が、その一般論は朝日の毎度のきれい事の域を出ていないので説得力もない。朝日には、スリランカの個別事例に適切指針を与えることで一般論を言ってごらんなさいな、と言いたい気もする。
 朝日のお題目としては、とにかく平和至上主義なのだから、とりあえず、統一人民自由連合(PA:People's Alliance)とLTTEが仲良くやってくれということらしい。別の言い方をすれば、米国からテロ集団と名指しされたLTTEを温存せよという意味になるのだろう。しかし、この主張は識者の苦笑を誘うのではないか。というのも、今回PAが返り咲いたのも、この和平に見えるLTTEの停戦中も、LTTEは子供を兵士に狩り出すなど、むしろテロ勢力を強化するための猶予を得てしまったとも考えられるからだ。朝日は「和平の行方が懸念される今こそ、日本の出番だ」というが、昨年の日本が設定した和平会談にLTTEは参加を拒否している。朝日は事態をどう考えているのだろうか。

 スリランカ政府は2年前、タミル人勢力と停戦で合意した。その後の交渉でタミル人側は「分離独立」の要求を取り下げ、連邦制の下での自治を受け入れた。
 ところが、自治の内容をめぐって対立し、交渉は頓挫した。タミル人側は「徴税権や裁判権、沿岸の警備権限も認めるべきだ」と主張し始めている。
 多数派のシンハラ人の間では「それでは事実上の分離独立ではないか」との反発が広がった。それが和平に慎重な政党を押し上げたと見ていいだろう。

 用語が整理されていなくてわかりづらいのだが、タミル人勢力=LTTE、前政府=UNP(United National Party:統一国民党)、多数派のシンハラ人=PA、ということだ。朝日は触れていないが、PAは2001年の総選挙でUNPに政権を譲った経緯がある。
 最近までのUNP政権下では、ノルウェーが和平仲介の主体に出て、日本はそれに従うような構図だった。が、この和平工作を好ましく見てないスリランカ人も多い。対外的な介入自体を忌避する傾向もあるようだ。IMFなども帝国主義的に見えるのだろう。LTTEとの停戦はそのまま和平につながると手放しで言えるものでもなさそうだ。こうした現状で、朝日の結語はそらぞらしく響く。

 幸い、停戦が実現した後、日本政府はNGO(非政府組織)と連携して、病院の修復や避難民の帰還事業などを推進し、高い評価を得ている。
 和平の行方が懸念される今こそ、日本の出番だ。スリランカ政府とタミル人勢力の双方に和平の道を踏み外すことのないよう、いろいろな機会やパイプを通じて働きかけてもらいたい。

 冷静に見ればこのままでは停戦は危ういだろう。なのに、どうして、日本の出番だと言えるのだろうか。むしろ、日本はこの機に、問題の構図を考え直したほうがいいだろうと思う。が、私自身、どう考えていっていったらいいのか、わからない。しいて言えば、多数のスリランカ人は嫌がるだろうが、連邦制の強化と引き替えに、LTTEを軍事的に抑止する国外勢力を注入するのがいいのではないか。

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2004.04.04

些細なことには首をすくめておけばいい

 朝日新聞社説「国旗・国歌――産経社説にお答えする」を読んで、まず率直に思ったのは、産経の社説に応答するなんて朝日も大人げないなということだった。が、先日も朝日は読売の社説と読み比べてほしいとか言っていたので、そういう傾向なんだろう。これって、つまり、ブログだよね、と思う。社説ってブログになっちまえばいいのに思って、こちとらの極東ブログを始めたという経緯もあるのだが、こっちの影響なんざあるわけもないが、世の中のメディアの言説っていうのがブログ化しているのは確かだろう。この傾向は、たぶん、新書を覆うんじゃないだろうか。電子ブックリーダーがマジで使えるようになると、この傾向はさらに一段階進むのだろうが、さて、そこはどうかなという感じがする。電子ブックリーダーを買って烏賊臭いか試してみたい気もする。
 朝日の社説の内容だが、産経同様、面白くもない。本人たちはつまらないこと言っているという自覚が多分ないのが、極めてブログ的だと思う。っていうか、極東ブログでもそうだが、面白くねーとかくだらねーというフィードバックを戴くことがあるのだが、その度、ちょっとふふっと思うのだが、このブログを従来のメディアの視点で読まれるからだろう。ブログなんて編集が無ければ読者の視線をそう反映できるものじゃないし、プロのライティングとの決定的な違いはそこにある。と同時に、プロのライティングにはブログのようなある種の自由はない。
 私が古くさい人間なので、そういう書き方のスタンスをしているのがいけないのだろうが、ブログなんていうのは、つまんなければ、即捨てだし、本質的にサブカルだろう。と、ここでサブカルというタームを出すと話が違うので、もとに戻すと、大手新聞が自分たちの言説のスタンスと時代の変動への感性を失って、じわじわと崩壊というか壊れていく様子は面白いと思う。
 話を当の国旗・国歌への態度に移す。ちょっと自分も言っておきたいなと思うことがあるからだ。ブログ的に言うということだが。で、結論から言う。国旗・国歌なんて熱くならねーことだよ、である。そんなことに入れあげるんじゃねーよである。具体的に国旗・国歌で「ご起立を」と言われたら、その時の状況の利害判断で、適当にすればいい。立ってもいいし、座っていてもいい。ただ、そのことが踏み絵のような状況になるなら、さらに状況の利害判断でことを決めちまいなと思う。ここは絶対に譲れないっていう感じがするなら、そうすればいい。でも、そういう絶対に譲れないなんていうことはほとんどない。立ちたくないなと思ったら、ちょっと小便でもしてこいやと思う。俺はそうするね。ゲロ吐くかもね。昨晩飲み過ぎましてぇとか、適当に繕う。
 国旗・国歌に敬意を持つかといわれると、率直のところ、よくわからない。それほど反感もない。以前はとっても嫌だったし、自分が成人式の時は、拒否して周りの者に忠告もされた。今は、自分の気持ちを大切にしたい。自分の気持ちを大切にしたいっていうことに、とやかく言われたくないっていう感じだ。もちろん、礼儀なんていうのは、形だから礼儀だよというのがわからないほど幼くもない。
 左翼は昔から国旗・国歌には嫌悪を示すのだが、同様になんか追悼黙祷とかは好きだ。私の感覚ではこれも嫌だ。自分が追悼したいという気持ちがないときに、「ではみなさんご一緒に」って言われてもなあである。
 「降りる自由」とかいうのがブログで話題になっているふうでもある。が、私はよくわからない。単純にわからない。こそっと卑怯にその場しのぎできればそれでいいんじゃないか、ってことじゃないのか。些末なことは些末だ。些末なことに思想と言論を無駄遣いするなよとも思うが、ま、どっちかというとこういうのは熱くなれるエンタテイメントなんだろう。じゃ、俺、その手のエンタテイメントは降りるよと思う。

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