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2004.01.03

恥ずかしき無駄知識 トリビアの泉

 たいしたネタではないが、正月の「トリビアの泉」を録画してあったので、CMを飛ばしつつ見た。総じて面白かったが、毎度ながら食えないネタも多い。浦島太郎は老人となった後、鶴となった、については、一応万葉集にも言及していたものの、室町の物語の原形とするのはいかがなものかなどとは思う。その他、この番組を見ていると、なにかと日本人も無教養になったものだなと脱力することが多い。が、今回はちと脱力を通り越した。局に苦情はなかったのだろうか。ことは、「神を数える単位は柱」というネタだ。
 そんなことも知らないのか、今の人はと思う。文春が出した愚劣な現代語訳の古事記もけっこう売れたのだから、そんなもの「へぇ」でもあるまいにとも思う。だが、しかたないなとも思う。番組では神主だったか専門家に「柱」を確認したが、その後がいけない。おふざけなのはわかるが、七福神を、いちはしら、にはしら、さんはしらと数え始めた。馬鹿かおまえら、そんなもの神かと思う。ジーコだの長島だのも「神」にして「柱」で数えるというあたりが、「使えるネタ」のつもりなのだろう。私は、しかし、馬鹿かおまえらという思いより、やがて不快になった。
 話が靖国づいてしまうのだが、端的に言う、戦死者もまた「柱」と数えるのである。国のために命を捧げた者を柱と数える。その柱という言葉の響きに日本人は畏敬と悲憤を持っていたのではないのか。
 もちろん、そう言えば、「おまえは、戦死者が神になる」と信じているのかと問われるかもしれない。「なんだかんだ言って、おまえは靖国神社推進派か」と。そう問われても仕方ないし、そう問う人に返す言葉もない。自分の家の者であれば、馬鹿者と一括を喰らわせるところだが、私にはそこまでの愛国心はない。戦死者が神になるわけはない。そんなことはあたりまえだ。だが、戦死者への畏敬と悲憤がそれを「柱」と呼ばせるのである。その思いのない人間を日本人の同胞だと思うことは、私には難しい。
 私はこの極東ブログでサマワは比較的安全だと書いた。それを撤回する気もない。だが、イラク派兵で自衛隊に死者が出ないとも思わない。理屈を言うようだが、死者も出ない安全な地域なら民間人が行けばいいのだ。しかも、すでに週刊文春の対談で野中が諭しているように、すでに民間人は行っているのだ。なんのことはない、イラクが危険だから行くな、なのではない。自衛隊が行くなというのは、どうやらイデオロギーの問題であり、その問題をまたここで蒸し返すだけの気力もない。
 自衛官に死者のないことを祈るが、死者が出れば、私は動揺するだろう。そしてマスコミは「柱」とは言わないだろうと思う。
 戦後半世紀近くなって、いまだ故国に戻ることもできない幾柱もが外地に残されている。沖縄戦の遺骨収集も終わっていない、と、この話もやめよう。自分もなんだか爺ぃ臭くなったなと思う。

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靖国参拝問題がわからない

 新年の新聞各紙社説はあまりピンとこなかった。自分の受け取り側の問題もあるのかもしれないと思う。ピンとこないと言えば、私は靖国参拝がよく理解できない。私は歴史に関心をもつ人間だし、よく寺社仏閣巡りなどもしたほうだとは思う。僧坊に泊まっていたとき、どっかの婆ぁさんに「お若いのよい信心なさいますな」と若い頃は褒められたくらいだが、かく書くように実は私には信心はない。宗教に関心を持つほうだと思うが、なにも信じていない。宗教的な苦しみはもちろん持つのだが、既存宗教にその解決を求めたことはない。ようするに音痴みたいなものだ。
 昨日雑煮にかこつけて、父のことや家系のことを書いた。それからインパールで戦死した叔父のことを思った。父なき今、叔父を追悼するのは棟梁たる私のつとめかとふと思った。彼は靖国に祀られている。参拝にいかなくてはなと思うが、そこにさして英霊がいるとも思っていないし、それほど靖国に思い入れはない。叔父は私の生前に無くなったが、どうも、亡き父や祖母に聞いたことを思い起こすに、私のような人間であったようだ。私は彼らの目からは叔父の生まれ変わりのようにも見えたのではないかと思う。叔父といっても、22、23で亡くなった青年であったのだ。
 小泉の靖国参拝もさして私の気にとまらない。彼は知覧で号泣したというから英霊への思いも強いのだろう。イラク派兵の死者を見越しているのかもしれない。
 私は英霊という問題については何年も考え続けた。彼らは犬死になのか?騙されていたのか? 私は叔父は国家に殺されたと思う。それにあらがうことなどできなかったのだと思う。私もその状況にあれば、国家に殺されるのだと思う(そして実際に殺されるときに「ああ、俺はお国のために死ぬのか」と思うだろう)。私は国への愛はあるが、あの悲惨なインパール戦は評価しづらい。だが、私の英霊問題の解決は年とともに自然に解決した。不気味なことを言うようだが、英霊の思いは私のなかに生きているのである。端的に彼らの思いは私に蘇って生きている。それだけのことだ。それはとても自然なことだ。だが、それをうまく語ることはできない。神秘的な話をしているつもりはない。そうした自分のありかたに対して、靖国の持つ地歩は、しかしあまりない。繰り返すが、こうした問題に私は音痴だからなのだろう。
 小泉が靖国を参拝した問題について、朝鮮日報はこう言う。


日本がアジアの被害国家に最低限の礼儀でもわきまえる思いがあったなら、第2次大戦の戦犯を除いた新たな追悼施設の建立論議を、あれ程簡単に放り出しはしなかったはずだ。

 私は端的に、そうだなと思う。追悼施設を作ればいいだけのことではないかと思う。対するに産経新聞社説はこうだ。

 日本における戦没者慰霊の中心施設は靖国神社である。首相の靖国参拝が中国からの抗議で中断される前、歴代首相はほぼ毎年、春秋の例大祭や終戦記念日などに靖国参拝していた。小泉首相が「年一回」と言わず、何度でも靖国参拝を続けることにより、それが慣例として再び定着することを国民とともに願いたい。

 「日本における戦没者慰霊の中心施設は靖国神社である」そう言われても、そう思う人がいるんだなというくらいにしか理解できない。大平首相や速見日銀総裁はクリスチャンだったから、日曜には礼拝に行っていただろうと思う。個人がどんな信仰を持つのもさして問題になるわけでもないし、大平首相や速見日銀総裁のような大人が国のために死んだ兵士を追悼する心がないわけもない。靖国などめんどくさいこと言うなよ、なのではないか。
 書くだけくだらないことになる。私は、英霊が犬死にだとも思わない。強い思いを私に残したのだから。あの戦死者は我々が弔っていかなくてはならない。だが、それが靖国である必要が私には理解できない。

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2004.01.02

雑煮の作り方

 正月なので雑煮の作り方を書く。最初に断っておく。正確な作り方ではない。我流だ。必要なものは、カツオのダシパック、薄口醤油、みりん、餅、小松菜、鶏もも肉、蒲鉾。ニンジンはあってもいい。準備は、ニンジンを薄切り半月で小松菜と一緒に最初に湯通ししておくことくらい。鶏もも肉は食いやすいように切る。炙っておけるならそうするといい。餅はかならず焼き目を入れる。

雑煮
 ダシ汁を作る。2人分なら400CCくらいか。パックを入れて2分も煮立てればいい。ダシについてはうるさく言う人が多いがそんなことを気にしていては料理が煩瑣になるだけだ。気にしない。鶏肉を入れ、火を通す。ダシ汁に薄口醤油と味醂を大さじでそれぞれ半分ほど入れる。あとの具を全ていれて、熱くなれば終わり。料理とも言えないようなしろものだ。雑煮とはそんなものだ。手間をかける食いものじゃない。追記 このレシピだと甘いので味醂の量は好みで減らすこと。味醂はなくてもよい。
 醤油は薄口がいい。たいていの日本料理は薄口でいい。なのに、なぜか醤油は濃い口のしかも戦時醸造が日本の主流になった。みりんはできれば3年ものがいい。いんちきな発酵調味料とやらに比べると安くはないが酒に比べれば安いものだ。みりんで日本食の味が決まる。餅はちゃんとした餅がいい。ちゃんとした餅がわからなければ、この時期、和菓子屋で売っているのし餅がいいだろうが、量が多すぎるかもしれない。蒲鉾には選択の余地はない。できれば、物にもよるが昔ながらに作っている沖縄のものがうまい。
cover
京料理の福袋
 当たり前のことだが、雑煮は具を単純にすればお吸い物になる。お吸い物にしても味噌汁にしても、きわめて簡単にできるものだ。もともと、家庭の日本食は手間をかけるものじゃない。20分でできないような料理は失格だ。
 雑煮と言えば、村田吉弘「京料理の福袋」にある「雑煮の難儀」というエッセイが面白い。この料亭の三代目は芋頭入りの雑煮を毎年食わされたという。嫡男なので「かしら」を食わされるのだ。でかいらしく、それを3日かけて食うという。食べきれなければ残りが連続して出てくるのだ。

もし、あなたが長男なら、お気の毒なことですわ。あの、誇らしくもみじめな雑煮。

 村田は雑煮について、楽しい記憶はないという。芋を食うたなぁという記憶だけらしい。立派なものだと思う。嫡男というのはそうやって育てなくてはいけないと思う。嫡男というのは、父親の葬式を出し、老母と弟・妹の面倒をみることのできる人間ではなくてはならない。つらいものだが、運命だ。
 私は嫡男である。祖父が嫡男ではないので、一族郎党の主ではない。父は、戦後で順送りで長男となったので、戦後は長男の役を果たしたが、故郷は捨てた。親を捨てたと言ってもいいかもしれない。そのスキを見て叔父は父が生きている内に家の財産をくすねた。盗人である。が、父はそれを知って耐えた。耐えることで長男たることをことを示した。父は墓を分けた。静かな怒りである。父の死後、叔父が私に勝手を言うので、私は激怒して縁を切った。私が正嫡なのである。私は村田のように嫡男の教育を受けたわけではないが、父が嫡男であればその嫡男は嫡男になるものだ。いくら武家の血を引くからといって、まさか自分自身がそういう古めかしい倫理を持つとは思わなかったが、気が付けばそうなった。私は単純に正義を愛する人間だが判官贔屓ではない。頼朝の立場に立つ。天武天皇を認めない。嘘歴史だと知りながら弘文天皇を是とする。あきれたものだと自分を思う。
 元旦、実家に挨拶し、手持ちぶたさなので、昔の書棚から氷川清話を取り出してぱらぱらと読んだ。氷川清話は講談社文庫のものがよいが今絶版だろうと思ってネットにあたると、学術文庫から出ている。日本も捨てたものではない。読みながら、小吉は鱗太郎を嫡男して育てているなと思う。小吉自身は妾腹三男だったが、夢酔独言にはその父が小吉を人としてまっというに生きさせるためにこっぴどく叱る話がある。書棚には夢酔独言があるはずだが探すのが面倒になった。南州遺訓も書棚の奥のようだ。まあいい。それよりもと思い、父の墓参りに行く。
 雑煮の話からそれまくった。お年取りの飯の話なども書こうかと思って書き出したのだが、やめにしたい。

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日米地位協定運営マニュアルの暴露

 新聞は休刊である。よって社会的なニュースはない、はずもないが、大きな社会問題のトピックはない。
 些細なことでネタにもならない話題だが、米国でこの間エフェドラ販売が禁止になった。国内のニュースでもある程度話題になっている。もとはと言えば、「メタボライフ365」というふざけたサプリメントが発端なのだが、その話はここでは書かない。気になったのは、国内ニュースを見るかぎり、どうも誤解されているのではないかとということ。例えば、共同ではこうある。


 エフェドラは漢方薬の麻黄(まおう)の成分で、せき止め薬などに使われるエフェドリンの関連成分。減量や運動能力を高める効果が期待され人気が高かった。

 間違っているわけでもないが、これだとふーん漢方薬は危険かくらいに誤解されるかもしれない。だが、FDAは今回の措置で漢方薬の規制はしていない。問題はドイツ・コミッションEのハーブ薬の扱いだが、この話は少し専門的になりすぎる。それと、日本のOTCの風邪薬にはたいてい塩酸エフェドリンが含まれているので血圧の高い人は、風邪気味だからといってのむのはあまり好ましくはない。
 もう一点、些細な点とも言えるのだが、その後の米国狂牛病の波及はやや予想外な気配がある。まず、オージーに切り替えるというのがそううまくはいかないかもしれない。これは単に昨年のオーストラリアの畜産の状況の問題だ。それと米国だが、パニックというより、オーガニックの牛肉を求めるというシフトが強い。それと関連して、牛肉のだぶつきがおきている。日本は拒否し続けるだろうが、韓国は無理のようだ。というあたりで、国力の弱い諸外国にお肉が流されることになりそうだ。みんなヒンズー教にでもなるかという不謹慎な洒落で済むことではない。
 さて、今朝の話題は…となんとなく考えていたのは、地域協定の問題だ。
 沖縄の伝統ある地方紙琉球新報が大晦日に新年特集の前フリとして発表したのだが、同社が日米地位協定に関する政府の基本解釈となる機密文書「地位協定の考え方」を入手し、一部を暴露している。詳細は次の2記事を読んでいただきたい。

  <日米地位協定>機密文書入手、条文超える米軍優先(参照
  <解説>日米地位協定の外務省機密文書(参照

 新報側ですでに根回し良く解析されているように、衝撃の事実というものはない。私の率直な印象とすれば、すでに外務省がここまで苦悩していのかという同情のような思いも若干ある。外務省などふざけた機関だとは思うが、馬鹿だけの集まりでもなければ臆病者だけの集まりでもない。くさしてもしかたがない。
 この文書がどのような経緯で入手されたのかはわからない。それほど異様なことでもないだろうとは思う。意図的にリークされたかどうかだが、その可能性もあるかもしれない。というのも、この極東ブログで地位協定が大きな問題だよと騒いでも、下手な文章ということもあるのだろうが、他の記事同様指して本土人にはなんのことやらというふうに話題にもならない。この問題は本土人には感覚の面からして理解されないものなのだ。数年前、沖縄本島内の演習の一部が本土移転になったが、その時の反対スローガンが「日本を沖縄にするな」である。お笑いじゃないんだよ。
 新報側の特集としてはまいどながらのスタンスでいいだろうし、そしてそれは本土には通じない。この問題は韓国ではもっと深刻なのだが、意外にサヨクたちは動かない。その意味で、どうせ本土側の問題にはならないという安全の読みからリークされているかもしれない。とすれば、リークの意図はなにか。政府側の癪の種という点で推測するなら、いまだにサヨクの牙城である沖縄にヒビを入れるってな田中宇ばりの読みか。ま、それはないだろう。あるとすれば、なんらかの米国への牽制だ。沖縄のサヨク運動自体、すでにマクロ的には本土政府側でコントロールされている臭い。ついでに言うが、90年代以降は沖縄問題の表出の構造だけ見れば、沖縄県民の経済状況が在沖米軍依存メリットを凌駕するポイントで発生する傾向があるので、日本政府はつねに沖縄を本土より適度な状態の劣位においている。
 産経などポチ保守系は沖縄の地の利から米軍の必然性を説くが、軍事的にテクニカルにみると、あの在沖米軍基地は、訓練+保養+ロジスティックスであって、実際のパワーではない。沖縄にいる必然性はないうえ、戦闘リソースのIT化の変化からも、米軍ではすでに韓国の基地を含め、縮小を狙っている。もともと、沖縄の基地の最大の狙いは日本本土を抑圧することだというのは国際的な常識でもあり、すでに軍事的な意味での日本の属国化が進行しているために、それほど直接的な日本への脅しも必要はなくなっている。
 話が散漫になったが、政治・外交の裏腹がなんであっても、さっさと地域協定の問題を前進させなくてはいけない。これは本土大衆には理解されないので、端的に代議員全体の課題である。

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2004.01.01

なるほどアメリカリスクか

 恭賀新年

 私事だが昨日は早々に寝た。テレビも見ない。代わりにはつひを見た。赤いはつひをほんのりと受ける富士山も美しかった。不思議なことに人生のいろいろな年に見たはつひはなんとなく忘れない。10年前は地中海のただ中にいた。10年後は東京にいる。
 元日の新聞各紙社説は期待するだけ間抜けだろう。朝日は反米、産経はポチ保守。読売は老害ラッパ。日経は…おやおや、ラッパだ。が、意外に毎日新聞社説「アメリカリスク対応が鍵だ 心配はイラクより国政 」に共感した。


 世界が今抱えるリスクの中で自然災害を除き一番大きいのは圧倒的に米国そのものである。米国がとる政策や事情変更は直ちに世界中に影響する。影響は戦争であったり、飢餓や貧困、環境破壊、株安や銀行システムの崩壊あるいはテロ勢力の反作用的な拡大であり、それらすべての逆であったりする。大きすぎる米国の悲劇でもある。

 半年前なら、そこまで言うかと思ったことだろう。私はネオコンに近い思想もある。が、年頭にあたり「アメリカリスク」という以外はないかという気持ちにはなる。半年近い極東ブログでも、なんとか粘り技でアメリカと対峙できないものかと考え続けてきたように思う。
 個人的なことだが、アメリカには複雑な気持ちを持つ。好きでも嫌いとも言えない。私のアメリカの原形的なイメージは、ウィリアム・サローヤンであるが、その話をしてもしかたない。
 いろいろ偶然もあって、たぶん一般的な日本人よりなにかとアメリカの文化に巻き込まれてしまった。振り返ってみると日常生活のなかで英語をしゃべらないわけにもいかないという状況から外れたのは昨年1年だけだった。英語は得意ではないが、このご時世あるていど勉強し続けないといけないなとは思う。副作用はある。思春期のころただの洋楽にしか聞こえなかったビートルズの歌が、今ではかなり普通の言語に聞き取れて不快だ。字幕の映画もきらいだ。そこの訳語のコノテーションは違うなどといちいち考えさせらるのが嫌だ。口語は聞き取れない。始めて、"You, piss me off"とか言われたときは、わからなかった。
 話を毎日の社説に戻そう。共感したのは、例えば、イラク派兵についての次のようなくだりだ。

 自衛隊派遣の選択は基本的に同意する。対米追従以外に戦略を持たない現状では、行かない選択がもたらすリスクが大きすぎる。しかしそれは主体的な選択ではない。

 そういうことだ。そして私は沈黙してしまう。むなしいなと思う。朝日新聞の反米や産経新聞のポチ保守の背景にも同じ感性が潜んでいるのだろう。
 もっともそれは政治では払拭しきれないものではないだろうか。

 自衛隊派遣を国民が支持し切れない最大の理由がその体たらくにある。自衛隊の派遣で国民が抱く不安の根源はイラクにではなく政治の現状、政治家への不信にある。

 毎日がそう言っても、それも空しい。昨年の衆院選をみれば、この国をこう選択しているのは日本国民である。日本国民が間違っているぞと息巻いても空しい。啓蒙ではなく、大衆の側の知を覚醒させるような知の言葉の可能性をためらいながら、模索するしかない。と、いうものの悲観的になるのだが、極東ブログは気まぐれでいつまで続けられるのかと思う。

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2003.12.31

セルビアはどこに行くのか

 朝日新聞社説「セルビア――極右を躍進させたのは」はつまらぬ話だった。理由は簡単で、またまたサヨク・反米というマシンの出力というだけ。啓蒙にして意図が韜晦なまいどの朝日さんが言いたいことは、「極右を躍進させたのは米国」というトリビアの泉みたいなネタだ。へぇ~、マイナス50点だな。


 国際社会も考え直す時ではないか。北大西洋条約機構軍の空爆で大きな打撃を受けたセルビアには、国際的な支援が欠かせない。だが、米政府は国際法廷への戦犯引き渡しを支援の条件としている。それが国民の民族的な誇りを傷つけ、結果的に極右への共感を広げさせている。民主派を支えるには柔軟で手厚い支援が要る。

 だからなんだというのをぼかしているのだが、この話は、ようするに「米政府が国際法廷への戦犯引き渡しを支援の条件とするのをやめろ」としか読めない。それが「民主派を支えるには柔軟で手厚い支援が要る」となるのか論理は不明。どうせ朝日新聞のことだ。結語もひどい。

数十万という人々が命を失ったユーゴ紛争は「軍事力による人道的な介入」の必要性を国際社会に問いかけた。国の再建や民主化は容易な課題ではないが、それをやり遂げないことには、介入の正当性も揺らぐ。セルビアでの失敗は許されない。

 朝日新聞は皮肉書いているのか。つまり、人道的介入は無意味だったから、それをやり遂げる意味などない、よって「国の再建や民主化」なんてほっておけ、と。ブラックですな。
 朝日はなにが言いたいのだろうかと再び考えて、さして考察なく書いた文章なのだろうなと思う。ふと、「国の再建や民主化」というけど、その「国」ってなんだと疑問に思って、思い当たるのはチトーだ。懐メロなのだな。
 朝日の酔筆を素面で追うこともあるまいが、とうの問題であるミロシェビッチ支持、極右躍進をどう考えるべきか。朝日は「紛争で疲弊した経済」と「大セルビア主義」と言う。脱力するなぁ。経済の疲弊には紛争が原因ということもあるが、そもそも紛争の根幹にもあったのだ。そのあたりの歴史を書くのもうっとおしいし、大セルビア主義を解説する気力もない。というか、ちとセルビア史のサマリーを書いてみたのだが、さすがにボツにした。極東ブログは読者数など気にしないが、歴史マニアも多いネットの情報をかき集めればわかることをまとめても意味ない。基本事項は多岐にわたるし、きちんとその歴史を追うことも基本だ。大セルビア主義は簡単には解説できっこない。
 が、大セルビア主義がわからなくてはとうの問題はわからないのか。80%はそうだろうなと思うが、よくわからないなと思うこともある。ちと批判を喰らう覚悟をして言ってみるかな。まず朝日にほざかせるとこうだ。

 クロアチアにあるセルビア人居住地区をセルビアに組み入れる。国連の暫定統治の下にあるコソボ自治州にセルビアの軍や警察を戻す。国際法廷への協力をやめる。急進党はそう主張する。
 ほぼ10年におよんだユーゴ紛争は、コソボを最後にやっと落ち着いた。急進党の主張は、これまで積み上げられてきた和平努力を根底から覆しかねないものだ。

 私は小声で言ってみよう、「それがどうした」。もっとピアニッシモを効かせて言ってみよう、「それが悪いのか?」 セルビア人の立場に立ってみろよ、当然のことじゃないか。それ以外にセルビア人に選択があるのか。それを実現することが平和努力とやらを覆すことになるのか。少し声を高めれば、それを選択しても民主派の生きる道はあるんじゃないか。
 ことの発端をどう見るかは難しい。チトー後、ミロシェヴィッチはセルビア民族主義を煽り、1989年コソボ自治州で多数派のアルバニア系住民の自治権を奪う。ろくでもねぇなとは言える。が、もともとコソボはセルビア共和国の自治州だった。歴史を振り返れば、12世紀にセルビア王国がここで成立した。
 事件としては、1991年6月のクロアチアとスロヴェニアの独立宣言だ。この時点のクロアチア内にいたセルビア人に身を置いてみるといい。えれーことになってしまった。市民を社会から守るのは国家だが、社会が国家化したようなものなので、国家たるべき連邦が動かざるをえない。理の当然である。
 91年11月マケドニア独立宣言。翌年3月ボスニア・ヘルツェゴビナが独立宣言。そこで、セルビア共和国がボスニア・ヘルツェゴビナ共和国を侵略開始、なのか? というのはボスニアに進行したのは連邦軍だ。連邦軍を事実的に組織していのがセルビア人だったとは言えるが、建前としてはユーゴスラビアといいう国の内部の問題であり、そもそも連邦軍が存在すること自体、こうした内戦に備えるものだった。連邦軍自体も連邦軍の論理で動いていた、とまで言い切ることもできないが、大筋で逸するものではない。
 何が歯車を狂わせたか。もちろん、難しいのだが、外国が勝手に独立を認可するというどたばたも良くないのは確かだが、それに加えて、大セルビア主義という歴史物語があるせいかセルビアという単一の悪玉をユーゴスラビア連邦から純化した要因も大きい。悪玉ができれば話は早い。さあ、みんなでセルビアをやっつけろ。
 と書くといかにもセルビアを援護しているかのようだが、そういう意図はない。その後の展開は明らかにセルビアは責められるべきだと思う。
 私の結論はない。ここで朝日を道化にして叩いてもしかたがないが、問題は朝日新聞が考えているほどのんきなものでもない。そういえば、コソボ紛争のおりもチョムスキーは空爆反対だったが、日本では注目されなかった。私も表明のメールをもらったけど無くした。私信でもないので、どっかに掲載されているのだろう。

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世田谷一家殺害事件を思う

 新聞各紙社説を見ながら、各話題はそれほどつまらないでもないと思ったが、結果としてひどく落胆した。あえて昨日書かなかった。今日まで待った。一紙でもいい、世田谷一家殺害事件をテーマにせよ。心から祈るような思いだ。だが、今朝に至り、一紙も触れていない。てめーら本当に社会の公器なのか。落胆と絶望感をごまかすために、そう息巻いてみたい気もする。かつてTBSで筑紫哲也は「今日テレビは死んだ」とかぬかしたが、その後ものうのうとゾンビになっているように、今日、新聞はゾンビになったかと思う。誰か、額にお札を貼れよと思う。ああ、オレがそうしよう。
 Yahoo!のニュースを覗く。特集がある。「世田谷一家殺害事件」(参照)だ。昨日の午後に共同で「犯人は生活臭ある若い男 世田谷の一家殺害から3年」というニュースが入っているものの、3年という以外にニュース性はなく、つまり、メディアの用はない。社説もネタに困るし、修辞に慣れた爺ぃどもが嘘くさい正義の言辞を振り回すのも醜悪なので、自己規制したのかもしれないと皮肉も言いたくなる。もちろん、それは八つ当たりだ。
 Yahoo!の編集上の問題かもしれないのだが、読売と毎日の特集へのリンクがある。開いてみて、また落胆するのは、それが去年のままだからだ。他のニュースのリンクを開いても、はっとするようなことはなにもない。毎日新聞系のニュースではこうある。


東京都世田谷区の会社員、宮沢みきおさん一家4人殺害事件から3年がたつのを前に、宮沢さんの父良行さんが23日、埼玉県にある一家の墓を訪れ、冥福を祈った。

 おいまた「冥福」かよという思いの前に、親たるものが今、なんの社会的な解決も見ずに冥福など祈れるものだろうか。記者は親の思いを多少なりおもんばかってこの文章をなしたのか。新聞記事の常套のレトリックなのではないか。怒る気にもなれない。新聞記者などにはおよそ文章は書けないのだなと皮肉を追記しておこう。
 関連の遺族・支援者のHPを開いて、自分の無力さにさらに落胆する。言葉もない。週刊新潮がこの問題にしつこくガセのような記事を書いているが、あえて言う、ガセでもいいからこの問題を忘れてはいけないのだと思う。
 こうした無気力感をさらにひどくしているのは、坂本堤弁護士一家殺害事件の記憶だ。随分昔の気がするが、1989年のことだ。年が明ければ15年になるのか。昔と言ってもいいのかもしれない。今の20代の人には、この事件とその後の社会とメディアの臭いはわからないだろう。私は忘れない。当初多く騒がれて、そして解決の糸口もなく社会は無気力になっていった。この事件は解決しないのではないかという思いが社会を覆っていた。しかし、解決したのである。その時点からこの事件を見てはいけないと私は思う。あの無気力な絶望感からこの事件を見るべきだ。
 坂本堤弁護士一家殺害事件もひどい事件だった。今にしてみれば悪いやつはオウム真理教ということになる。そう言えば、アレフの人々は今でも理屈をこねるだろう。裁判ですら、正当な法を遵守して麻原彰晃を罪することができるかわからないとも言える。言えば言える。だが、本当に悪いのは、神奈川県警本部である。もっと言う。大悪人は、当時の刑事部長、古賀光彦、オメーだ。そしてこんな恥知らずを栄転させていった警察庁は最低だ。恥を知れと言いたいところだが、私にはそれほどの倫理はない。つまらぬ余談をするが、若い女が援交といって売春をする。水商売で金を稼ぐ。なにが悪いとほざく。私は密かに思う、「恥」。警察官も同じだといえば、地面を這うような現場につばを吐くことになるなとも思う。
 小林よしのりについて、多くの人がなんだかんだという。私も彼とは思想が違う。だが、一点彼を理解すると極東ブログで書いた。もう一つ忘れていた。彼は、この迷宮化した当時、堂々とオウム真理教を糾弾して見せた。まだ江川紹子をフォーカス(これも新潮だったな)がときおり支援する以外、私が知る限り、メディアで堂々とあの事件の糾弾に乗り出した人は小林よしのり以外いなかった。立派だと思う。
 そう書きながら、自分が世田谷一家殺害事件への無力さに修辞で逃げているなという思いがする。だが、忘れてはいけないのは、それが正義への希求であり、なにより今の日本の社会の根幹となるべき正義への希求だからだ。青年が正義を疑うのはいい、社会が正義を信じているうちは。社会の側は正義を希求しなければならない。およそ、社会と言葉で向き合うものは、正義を忘れてはならないと思う。社説執筆者たちよ、恥よ。

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2003.12.30

原子力発電削減の問題について

 晦日になった。新聞各紙社説もスペフィックな話題は少ない。自分にはっきりとした意見があるわけではないが、原子力発電について読売新聞社説「原発建設中止 将来の原油高騰を招く『総崩れ』」が気になった。社説の趣旨としては、原子力発電所の建設中止が相次ぎ、このままでは将来、原油・天然ガスの価格高騰を招くから問題だというのである。それに、ジョークのような結語が付く。


二酸化炭素(CO2)の排出量削減を世界に約束した京都議定書の達成も、原発の新設なしには不可能だ。建設の必要性を粘り強く地元に訴えるべきだ。

 いずれ京都議定書はナンセンスなので見直しになるだろうと思うので、この観点は事実上無視していい。ついでにいうと、代替エネルギーの議論も現実的には無意味だと思う。すると、読売の線で考えた場合、当面の問題は、将来の原油高騰を招くのは本当か、ということになる。この議論について読売のサポートはこうだ。

石油や天然ガスには価格高騰のリスクがつきまとう。中国の石油消費量は日本を超え、米国の天然ガスは発電用の需要増で記録的な高値をつけている。
 石油危機後の長期にわたる石油、ガスの価格安定は、世界的な原発増設でもたらされたことを忘れてはなるまい。

 説得力があるだろうか? 率直なところ、私は罵倒するだけの知識はない。まず、価格高騰のリスクについてだが、絶対的な枯渇や中国の石油消費が日本の存立を脅かすまでになるかについてはわからないし、読売も言及していない。しかし、むしろ問題は今後の中国の石油戦略自体が危機をはらむ可能性だ。というのは、中国は世界の資本主義のルールに対して新参者だし、対外事情を国内問題にしてしまう抜群の外交センスの悪さがある。
 こうしたことをとりあえず置くとすれば、価格高騰というのは、単にマーケットの機能の一部ではないかと思う。もちろん、その時点になって日本人がパニックを起こす可能性はあるが、日本人とはそういう民族ではないか。この議論については、日本国としては原子力発電の問題というより、より視野の広いエネルギー政策の問題だろう。端的には天然ガスの問題であるように思われる。
 関連して、読売の指摘である「石油危機後の長期にわたる石油、ガスの価格安定は、世界的な原発増設でもたらされた」については、端的にそうなのか? 違うのではないかと思う。読売の論法を見ても、なんだか嘘くさい感じが漂う。
 こうして議論すると読売の批判のようだが、実は私は、原子力発電は国家の問題として大きく考えなくてはいけないのではないかと思っている。理由は単純でフランスの現状を見ると、まともな民族国家の指導者ならこう考えるのだろうというのが見てとれるからだ。つまり、フランスは原子力発電を大きく推進しているのである。少し古い資料だが「フランスの原子力発電開発の状況 (14-05-02-02)」(参照)によるとこうだ。

 天然資源に乏しいフランスは、1973年の第一次石油危機を契機に原子力開発を加速した。2001年12月末現在、運転中の原子力発電所は57基、6,292万kWに達した。総発電電力量に占める原子力シェアも例年75%を越え、世界的にも1、2位と高い。炉型は加圧水型軽水炉(PWR)に一本化された上、標準化が進んでいるため、発電コストは安く、余剰電力は欧州近隣各国に輸出している。

 もっとも、これはフランスという国の特殊なお国柄と言えないこともないのは、ヨーロッパの他の国と比較してみるとわかる(EU内での力関係もあるだろう)。これには「主要国の一次エネルギー供給量とエネルギー源別構成比」(参照)が参考になる。見てわかるように、日本という国の動向はアメリカとフランスを足して2で割ったような感じなっている。国力、人口、文化水準などを見ても、日本がそういう位置づけで妥当なところではあるのだろう。
 気になることはある。まず、石油依存度がイタリアを除けば他の主要国より大きい。そして、それに対して石油の専門家からよく指摘されることだが天然ガスの利用が低い。イタリアの石油依存度の高さは天然ガスによって補われているので、実は、石油依存度の問題は主要国のなかでは日本が突出している。天然ガスについては、欧州独自の背景もあるのだが、それでもエネルギー政策の視点から見れば問題は問題である。ふと気になるのは、石炭の問題だ。こいつこそ環境破壊の悪玉なのだが、あまり議論されていない。
 話を少し戻す。読売社説の議論は今回の特定な社説としてはふにゃけたものだし、短絡的に原子力に結びつけるのもすっとこどっこい的ではあるのだが、日本のエネルギー政策への警笛としては十分に意味があるだろう。実際の問題として、近未来的には原子力発電をある程度維持する以外の国策はないように思われるのだが、日本国民はまったくその意識がないようだ。
 もちろん、原子力を選択しないということもありうる。であれば、具体的なエネルギー政策を出さなくてはいけないのだが、どうもエコ系の人はファンタジーになっているような気がする。
 蛇足ながら、個人的な思い出であるが、私には原子力アレルギーはない。多くの人は忘れているのだろうか、「鉄腕アトム」の「アトム」は、原子力の平和利用への期待が込められていたのだ。私たちの世代はまさに、ららら科学の子として育った。浅田彰がオウム真理教や超能力に傾倒する若い世代に対して、うんざりとした侮蔑の言葉を投げかけるが、その感覚はよくわかる。

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2003.12.29

日本語の数詞に潜む謎

 愚考だが、ときおり考えては解けない日本語の数詞に潜む謎について少し書いてみようという気になったので書く。誰かこれを見て、謎が解けたら教えてほしいものだ、とも率直に思う。
 日本語の起源は喧しく議論されているが、要領を得ない。大野晋など岩波などにおだてられて快進撃を続けている。白川静といい、こうした「と」な老人をなんとかしろよと思うが、ほっとけか。
 日本語は、比較言語学的には朝鮮語との対応がある程度システマティックに見られる。文法構造に至っては日本語と朝鮮語はほぼ同じだ。というあたりまではわかる。また、スワディッシュの法螺話を応用して、日本語と琉球語の分裂年代という議論もある。これは端的に間違いなのだが、日本史学と同様国語学は手がつけられない。ほっとけである。
 とりあえず、文法構造的には朝鮮語と同型で、それに音韻の構造からみてポリネシア系の単語が加わったのが日本語になるということは言える。ここでいつも思うのだが、ここから導かれる結論はたった一つしかない。日本語は人工言語だということだ。
 現代インドネシア語を少しでも知っている人ならわかってもらえると思うが、インドネシア語はマレー系の現地語の単語を英語の文法構造に押し込んでできた人工言語だ。分化したコミュニティを国家的に言語統一するとなると、支配者の知的な層の言語構造に民族アイデンティティを示す語を押し込むことになるのは必定だ。そんな簡単なこともわからないで日本語の起源とか議論している学者が多いのには呆れる。いずれにせよ、文法構造のほうは疑問の余地がないのだが、問題は単語の起源のほうだ。いったい日本語の単語はどこから来たのか?というのが仮の日本語起源の問題になる。
 スワディッシュの理論はふざけたしろものというか、閉鎖モデルでしかないので日本語には原理的に適用できないのだが、それでも、比較言語理論の基礎として基本語彙というのが設定されている。結論から言うと、私はこの基本語彙というのが間違いのもとだと思う。
 基本語彙にはいくつか特徴があるが、身体語と数詞というのがある。もともと比較言語学は西欧語の起源論から出来たもので、あいつらの言語の場合、特に数詞はわかりやすい。もともと算術に弱いのだ、あいつらはね。だが、日本人の祖先たちは、縄文時代から海洋交易が盛んなので、数詞は山羊を数えるといったものではなく、即マーケットニーズに結びつく。だから、本質的にポリネシアや沿岸地域のリンガフランカはマーケット性の人工言語という相貌になる。このあたりの説明はどうも話を端折りすぎて難しいかもしれないのだが。
 つまり、数詞について、言語起源論的に基本語彙に持って行くのは間違いだと私は言いたい。逆にこの日本語の数詞というのは、古代のどのようなマーケットを反映しているのか気になる。というのは、私の直感にすぎないのだが、日本語の数詞というは言語アバカスだと思うのである。言語アバカスというのは私の造語だ。算術用言語ということだ。もう少し直感をくだいてみせよう。ある程度話は雑駁になる。
 日本語の1つは、pitotuである。2つはputatuである。tuは個数につく添え語のようなものだ。語幹をpitoとするか、ひーふーみーよーというようにpiで切ってtoを構成語にするかはよくわからない。仮に1をpiとするとこの倍がpuである。同じ構造が3と6にある。3がmiであり6がmuだ。これだけなら偶然かもしれないが、4がyoで8がyaだ。こういう構造がある。

1系   pi  pu
3系   mi  mu
4系   yo  ya

 yoとyaは構造的には、yiとyuになればきちんと整合するが、この流音yは口蓋に近い母音と分化しにくいので、あとに両唇に近い母音で分化されたのかもしれない。

   yi+a→yia→yoa→yo
   yu+a→yua→ya

 この変化はこじつけ過ぎるかもしれない。
 5と10では、itutuとtoで一見すると構造が見られない。だが、itutuのtuは個数の添え語とするとituで、iの前のなにかがドロップしたとすると、構造は予感される。

5系   xi  to

 xはt音かもしれない。
 さらに、100がmomo、1000がti、1000がyoroduということで、3系のm、5系のt、4系のyが繰り返される。子音が少ないとするには構造性が感じられる。倍数から残された7と9はnanaとkokoというようにそれなりの類似性がある。
 以上の考察のままでは、ほとんと「と」だ。そんなことを主張したいわけではない。わかるのは完全な構造の解明ではないにせよ、倍数の計算原理がこの数詞に潜んでいることは間違いないということだ。
 だから、その倍数構造がどのような算術に活かされていたのかと問いを出してみたいのだ。
 この先はやや「と」が入るが、古代の浜辺のマーケットでは半裸の商人たちが、「これがpi、これがpu、これがmi、倍のmu」と計算していたのだろうと私は思う。それは、どういう算術なのだろうか。倍数を原理とした商用計算はどのように可能だろうか。
 もう一点の疑問は、こうした計算がポリネシアのどこかに残っているかだ。これがわからない。"Numbers from 1 to 10 in Over 4500 Languages"(参考)をときたま眺めるのだが、類似の数詞構造をもった言語はない。あるいは、だからこそ、日本語の数詞は日本語というより極めてマーケット性の強い言語アバカスだとしたい気持ちになる。
 古代マーケットでもそうだが、マーケットは基本的にバランス(等価交換や収支)によって成り立っているので、倍数原理がこのバランスのために利用されていたと思われるのだが、わからない。
 身体語については、めが眼と芽、はなが鼻と花、といった作物との関連がありそうだが、こちらはさらにわからない。ついでにどさくさで言うが、稲作というのは日本の古代では交易のための商品として発生したものだろうと思う。稲作をしてコミュニティに富を蓄え国家ができるというモデルは抜本的な間違いだと思うが、私が死ぬまでにそうした見通しいいの古代理論はできるのだろうか。無理かな。

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ブログ雑感、年末風

 社説関連で気になることはない。極東ブログを続けていて、もう少し踏み込んで考えようとしたテーマはいくつかある。また、ネタらしいものを書けないこともないような気もする…と鬱。なので今日は休載、ともしない。そういう自分のブログとの関係をぼんやりと思う。雑談を書く。
 「はてな」でtDiary系のブログを8月半ばに「極東ブログ」として書き始めた。最初は「はてな」についてただの人気のある無料サービスかくらいに考えていたが、参加するにつれ、「はてな」の持つコミュニティ的な影響力が怖くなった。また、当初よりMTへの移行は懸案でもあり、TypePadのココログに移行した。そのおりは、Googleの動向が気になった。傲慢な話だが、ある程度のクオリティのある文章を書いていけば、Googleは食いつくだろうという思いと、「極東ブログ」の場合、日々の記録というよりデータベース的な知の蓄積に貢献したい思いがあった。つまり、「極東ブログ」はGoogleから読んでもらえばいい、と。
 ところが、実際にココログに移行してみると、その当初は「はてな」の影響がかえって自分に強く出た。そういう文化的なコミュニティへの希求があるのだろう。もう一つは、センター試験以降の世代との自分の距離、いや、自分の存在誇示のような希求だ。さすがに、おじさんだって若い人の感性はわかるよ、みたいにロートル化はしていないが、どっかに教育熱のようなものがあって、知性というものはこうあるべきだよと若い人にタレたい思いはある。
 12月に入り、それもだいぶ抜けてきた、じゃない、板についてきた、か。Googleでのヒキはけっこうかたよりがある。また、端的に「はてな」は遠くなった。もちろん、リファラを時折みると「はてな」アンテナが多いなと思う。「はてな」はダイアリーサーバがd、アンテナのサーバがaというわかりやすい構成なので、aをdに変えてトレースしてみるが、大半はdが存在しないか、プライベートになっている。「はてな」自体が変容し、すでに情報受容中心の人が多いのだ。そんなあたりまえのことに今さら気が付くのだが、自分ではブログ的な世界に参加する人はある種、ネタのキャッチボールをしているのだと思っていた。
 もちろん、日本のブログでも可視化しつつある階層、グループ、いや、カーストやセクトに近いものができつつあるのだが、それはむしろ今後強くなるだろう。ちょうど、ココログが出来たとき、「はてな」に対応するようなココログ文化みたいなものが期待されたようにだ。ココログはニフティベースなので、かつてのフォーラムへの追悼のような思いも人によってはあるだろうと思う。私にもある。が、私はフォーラム時代のことは書かない。それは終わったことだ。
 「はてな」と自分の距離については、ある程度取れてきたように思う。なんとなくアンテナは使う。pingの対応というのもわかるが、総じてこんなものWWWCでもよさそうな気もするが、なんとなく使っている。それだけ優れているのだろう。「ボイン事件」以降、「はてな」の意識的なコミュニティも変容しているようだが、くどいが自分は遠い。もちろん、「はてな」をサービスとして利用しつつそのコミュニティと距離を取ることは原理的には可能だし、むしろマジョリティは無意識にそうかもしれない。その他、スラッシュドットなどのカーストにはあまり関心がない。偉そうな言い方なのだが、技術系のブログを読んでいると、仕様書なのか感想なのか、あるいは技術力が甘い馬鹿なのか、おまえら結論を出す前に考えろよ的に不愉快になることが多い。
 「はてな」のシステムはメルマのほうでも採用になった。tDiary系のブログシステムはMTやWikiより日本的なものなのだろう、と言ってみて、そう当たりの感じもしない。tDiaryのメリットとデメリットはすでに原理的には飽和しているようにも思える。
 2004年はネット系はもう少しブログが浮上するのだろうが、LivedoorあたりはMTにブレ過ぎているし楽天などの日記系は、率直に言って、参加者の層、カーストに新味がない。つまらないことを書き付けているようだが、新味のなさ、つまらなさという点ではすでに自分のなかで2ちゃんねるは昔話に見える。
 だが、今年のキーワードが依然「2ちゃんねる」であったり、ブログブームや受容専門のマスの増加は、別の質的な変化をもたらすだろう。まさに、量的な変化が起こり、それが消費経済側に文化的な影響力としてフィードバックされてくるだろうと思う。極東ブログでの僅かなエフェクトでも意外に「上湯麺」のリファラからうかがえた。上湯麺について補足がてらに言うなら、すでにコンビニから消えた。文春系のオヤジ雑誌に復活をかけた宣伝攻勢が見られるが、たぶんダメだろう。上湯麺のシカケがどこの広告屋なのか忘れたが、このハズシはある意味象徴的なものになるだろう。どのようなインスタントラーメンでもできるという技術的な奢りと、マーケティングにはソリューションがあるはずだという奢りがくじけた。本質的な蹉跌なのだが、シカケ側の人間は理解していないのだろう。阿呆よのうと思うが利口ならさっさとそのフレームワークに疑問を持つはずだ。マスの欲望に身を投じるという主体的な気概、カリスマ性が必要になるのだ。消費動向はエリートと羊の群れを志向していない。
 逆に、早晩、「はてな」的な感性が消費社会に影響を起こすだろうと思う。れいのタランティーノの冗談映画にしても、それを蓮実ばりの映画批評的に見るなら無だし、より大衆的な映画評としてもなにを言っていいかわからないしろものだったが、「はてな」のヒキはよかった。すでにそうしたマーケィングのネタ自体、「はてな」の売りになってきている(「はてな」は情報を売っている)。だが、すでに主客は逆で、その情報をマーケティングに活かすという構図はできなくなる、と思う。
 話が散漫になった。もう少しこの問題をまとめたほうがいいなとも思う。売文なら、ここでお蔵に入れるところだが、ブログではこのまま出す。自分の感性だが、それはそれでいいと感じている。文章の完成度は問題ではない。情報提供だからというわけでもない。
 極東ブログでは、ある程度そのマスと距離を置きたいと思う。最近の象徴的な傾向だが、例えばイラク派兵問題では、各種ブログによってはかなり熱をいれているものの、その左右の熱自体がすでに、ブログのコアのカーストからずっこけていると感じられる。私は、そのカーストに所属する意義を感じない。イラク派兵などどうでもいい問題という感性のマスに向けて、なるほどどうでもいいなと論理で若干共振するかもしれないというだけだ。私には世相に同化する感性はないが、自分のある種の感性をうたがったことはない。恐らく、誰かに伝わることにまだ意義を覚えているし、それは売文でもないのだから、細い線でいいだろう。

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2003.12.28

イラン地震、痛ましい

 イラン南東部ケルマン州で発生した地震が痛ましい。科学的な推定以外(参照)、正確な情報はまだほとんど入らないせいか、1997年東部ホラサン州の地震のときのように死者の推定数が一人歩きしている。このおりは、最高で死者4000人と出た。実際は1568人。少ないに越したことはない。今回もそうであって欲しい。
 地震の場合、初動の48時間が決め手になる。極東ブログ「どこに日本の州兵はいるのか!」(2003.11.17)で触れた日本とは違い、イランには国民を見殺しにした元村山首相のようなトップはいない。震災地の建造物は脆弱なので被害を多くしたというのも真実だが、近代建築ではない分、救助しやすいのではないかと期待したい。恐らく現状の問題はロジスティックスだろう。
 国内ニュースが一概にまずいわけでもないが、こうした国際ニュースについて私はVOAを参照することにしている。阪神大震災のときはVOAは香港から神戸に記者を派遣したせいか、報道が的確だった。むしろ日本国内ニュースの規制が感じられた。今回の地震について、ざっとVOAの記事を読んでみたが驚くような事実はない。ロシアの救援や救援犬の情報がやや多い。大国を志向するロシアの活動は注目していいだろう。VOAによれば、今回の地震規模は6.7。関連情報として、最近のイランの目立った地震は2002年のイラン北部の地震は規模6.3だが死者は220人。被害が大きなものとしては、1990年イラン北西部で発生した地震がマグニチュード7.7、死者は35000人とのこと。なお、VOAはイラン「東北部」とあったが間違いだ。
 イランも日本同様地震国なので、伝統的にある程度地震に慣れているのかと思いがちだが、そうでもない。こんな家だとつぶれるなと不安を感じている人が多い。1998年、占いからテヘランに大地震が起きるという噂が広がり、大騒動になったことがある。わかっていて対応ができないのは、近代化の遅れであり、その背景はあえて書くまでもないだろう。
 今朝の新聞社説では、朝日と産経がイランの地震について触れていたが、不快なしろものだった。朝日新聞社説「イラン地震――国際的な救援の先頭に」は標題からすれば、日本が援助せよということだろうが、州兵たるべき自衛隊には言及がなかった。朝日はなにを援助と考えているのだろう。そして、結語が呆れた。


 イランの地震はひとごとではない。大地震の際の死者を一人でも減らすためには、建物の耐震構造を高める努力を続けていくことが必要だ。

 産経の社説「イラン大地震 引きつづき迅速な救援を」の結語も同じだ。

 我が国も東海、東南海、南海地震に備え、揺れにもろい老朽化した木造家屋の耐震性を強化することが急務である。耐震強化で、死者は半減できると、専門家は指摘している。

 私はこういう社説を書く無神経な人が理解できないし、したくもない。なお、休暇中の小泉だが、国際緊急援助隊派遣法に基づき自衛隊派遣を検討するよう、外務省・防衛庁に指示したという(参照)。遅いよ。政府専用機を飛ばせ。

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