« 米国は台湾への軍事支援を強化してきている | トップページ | 環境問題をスルーしてしまった人のために »

2004.12.23

世界子供白書2005を巡って

 ブログのネタとしては少し古いが12月9日「世界子供白書2005」が発表され、その翌日から英語版がPDF形式でダウンロードできるようになった(参照)。日本語版は来年3月末になるとのことだ(参照)。概要部分については、すでに日本語の文書がPDFで用意されている(参照・PDF)。内容は、おそらく誰もが想像がつくように、陰惨極まるものだ。
 国内のニュースでは、例えば毎日新聞では共同配信の"ユニセフ:「世界子供白書」を発表 途上国の子、半数ピンチ"(参照)の記事がある。


国連児童基金(ユニセフ)は9日、ロンドンで05年版「世界子供白書」を発表。発展途上国に住む18歳未満の子供の半数以上に当たる約10億人が貧困や戦争、エイズのために窮状にさらされていると指摘した。

 10億人が窮状にさらされているとあるが、英語ではもっと端的に"Under Threat"と表現している。「脅迫」という日本語の語感は合わないとはいえ、窮状というよりは脅迫下に置かれているというほうが実態に近い。
 こうした問題は従来貧困の問題として扱われてきた。たしかに貧困の問題は基底に存在している。
 ここで私が自分の稚拙な意見を挟むべきではないのかもしれない。だが、こうした世界の貧困問題は、日本では従来、左翼なりレーニン系のマルクス主義の文脈で捕らえられ、あたかも世界の資本主義国が帝国主義として第三世界を搾取しているのだというふうな話につながっていたと思う。現在ではある程度の知識人の層は苦笑するだろう。また、そのリングで不毛なイデオロギー論争は避けたいと思うのではないか。私もそう思う。
 世界の貧困の問題は難しい。今回の白書では、ノーベル賞経済学者スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)の寄稿もあるのだが、率直に言って、その経済学的な知見を活かしたものではない。

Our self-interest is at stake: A world with such social injustice and despair provides a fertile breeding ground for terrorism. Democracy without education often falters. As an economist, it is easy to say that we are not allocating resources in ways that maximize our own long-term interests. Lack of resources is not, and cannot be, an excuse. But we should not view the eradication of poverty among children as simply a matter of self-interest. It is a question of what is morally right.

 スティグリッツですら、経済学の立場を横に置いて、今やモラルを説いている。
 もしかすると、経済学の本質になにか欠陥があるのではないかとすら私は疑念を持つ。政治と経済を分離し、モラルを独立させることで問題は解決されるのだろうかと疑う。旧来のマルクス主義なり世界システム論なりが不毛であるにせよ、より代替的な世界理論の構築が計られなくてならないではないのか。
 子供を巻き込む紛争が今回の白書の大きなテーマでもあった。紛争と言えば、現在、世界は日本も含め、中東問題に目を向けていることが多い。しかし、世界を本当に世界の視座で見るなら中近東は紛争地域の典型でもなければ、貧困地域の典型だともいいがたい。その対応の可能性も、そう難しいものではない。この地域の国家資源をどのように内政的に配分するか、あるいは、国際市場に対応するかという模索で見ていくことができる。むしろ、紛争ということで世界的に問題となっているのはアフリカだということは、たとえば私なども、この一年間の極東ブログの継続でも実感されるものだった。
 問題は、端的に言えば、アフリカだ。共同は今回の白書について、こう簡単にまとめている。

 白書はまた、90年以降の戦争や紛争で死亡した360万人の半数近くが子供だったとした上で、大勢の子供が依然、兵士になるのを強制されたり、戦争に伴う性的暴行の犠牲になっているとした。
 さらにエイズで親を亡くした子供の数が2003年末で1500万人に達し、そのうち8割はサハラ砂漠以南のアフリカ諸国に住んでいると指摘した。

 このまとめが間違っているわけではないのだが、白書が現在世界が訴える子供の問題は少し違うようにも思われる。そこがうまく表現できないのだが、アフリカの紛争という構造が必然的に子供を巻き込んでいるように見える。
 この側面において、最悪なのは、私が思うに、ダルフールではない。ウガンダだ。今回の白書でも"Uganda's ‘night commuter’ children(ウガンダにおける「ナイト・コミューター」の子供たち)"(同書p48)として大きく取り上げている。
 「ナイトコミューター」の説明の前に、私のような者が言うにためらうのだが、できたら、今、国連人道問題調整事務所(OCHA:the Office for the Coordination of Humanitarian Affairs)のサイトのトップページを開いて見てもらいたい(参照)。

"The conflict in northern Uganda is characterized by a level of cruelty seldom seen elsewhere. This is a war of children against children. It excludes vast swathes of the population from participation in any semblance of development. The world owes them better, for the sake of peace and for the sake of humanity. They should not be abandoned."

Jan Egeland
Under-Secretary-General for Humanitarian Affairs
and Emergency Relief Coordinator

【引用部試訳】
北部ウガンダの紛争は他所では見られない残虐さで際立っている。この紛争は子ども同士が殺し合う戦争なのだ。この戦争は社会向上の原動力となる人口を奪っている。世界の人々は、平和と人道主義のためにも、この子どもたちに救援の手を伸べなくてはならない。この子供たちを見捨ててはいけない。


 ここで起きている事態については、日本語では、実際にウガンダ北部でこの問題を取材された毎日新聞白戸圭一記者による三回シリーズ"子供たちの戦場:ウガンダ北部内戦"が詳しい(参照参照参照)。

 アフリカのウガンダ北部で「神の抵抗軍」(LRA)と名乗る武装カルト教団が、18年にわたって住民虐殺と子供の拉致を続けている。政府軍の攻撃で勢力は衰えつつあるといわれるが、子供たちが拉致におびえる暮らしは変わらない。国際社会からほとんど顧みられることのない危機の実態を報告する。


 住民は90年代半ばに激化した襲撃のため、村を捨てキャンプへ移住してきた。だが、逃げても逃げても抵抗軍は追ってくる。避難民はウガンダ北部全体で50万人を超え、拉致された子供は2万人、うち少なくとも5500人は行方不明のままだ。

 先の「ナイト・コミューター」についても、同記事で触れられている。ナイト・コミューターは子供が夜間に拉致されないようにするための避難所である。

午後6時。熱帯の太陽が地平線に消えるころ、ウガンダ北部の都市グルでは子供たちの大移動が始まる。5000人は下らないと思われる子供が鉄条網に囲まれた施設へ吸い込まれていく様子は異様というほかない。行き先は、地元ボランティアが運営している「ナイト・コミューター」と呼ばれる宿泊所だった。

 このウガンダの悲惨な状況は、さすがにウガンダにおいて頂点を極めるのだが、類似の構造はアフリカの他所でも見られることは、極東ブログ「リベリアの武装解除と暴れる学生たち」(参照)でも触れた。

|

« 米国は台湾への軍事支援を強化してきている | トップページ | 環境問題をスルーしてしまった人のために »

「時事」カテゴリの記事

コメント

>より代替的な世界理論の構築が計られなくてならないではないのか。

 興味深く読ませていただきました。政治や経済、文化が機能分化して世界の複雑性を縮減する・・・というのが社会構造の定番だったとは思うのですが、経済と生産のグローバリゼーションがそれを変えつつあるのか、というのは個人的には問いの一つとして残りました。印象として例えば、経済が政治、文化の領域に浸透しちゃってる、とか、深く考えてはないのですが。

投稿: KEATON | 2004.12.23 15:13

こんにちは、今回は直接のコメントで無くて恐縮ですが、話題が出たついでにこうしたアフリカをはじめとした紛争について、興味深い語り口から書かれた本を見つけたので、この機会を借りて紹介させてください。

「武装解除」
講談社現代新書
ISBN4-06-149767-7
伊勢崎 賢治 著

内容ですが、国際NGOとして多国籍軍や現地の警察を部下に従えて、闘争を繰り返す軍閥間の間に立って、あらゆる手段を駆使して武装解除を進めると言う、まさに現場からの話は日本ではまず聞くことの出来ない話ばかりで、私は大いに勉強になりました。

投稿: エフ | 2004.12.23 17:48

お久しぶりです。

子供を巡る環境は、世界人口白書と組み合わせて考えるともっと恐ろしいかもしれません。こちらは新生児関係が主ですが、いろいろ酷な話が書いてあります。
www.unfpa.or.jp/publication/publication.html">http://www.unfpa.or.jp/publication/publication.html
余談ですが、15ページにある未来の人口推計グラフは違う意味で怖いです(世界規模の高齢化社会を予測してる)。
では。

投稿: エスねこ | 2004.12.23 22:22

うぉ、なんか URL がブチ壊れてしまった…すみません…。

投稿: エスねこ | 2004.12.23 22:24

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 世界子供白書2005を巡って:

» 相変わらずの厳しさ [アキバ系のつまみ事]
ブログ 最近ふと考えてみたことがあるんですよね。 な〜んで、アフリカや貧困国にはエイズが多いのかなぁって。 もともとはどの国だって貧困だったはずだし、歴史の流... [続きを読む]

受信: 2004.12.23 14:25

» 『今までで、世界で一番 色黒な人達に囲まれた日々』 [どブログ]
「これからウガンダに行くんだ」とタンザニア人に話すと、決まって 「ウガンダ人は色が黒いから、すぐにわかる」と教えてもらっていた。 タンザニア人とウガンダ... [続きを読む]

受信: 2005.02.15 00:53

« 米国は台湾への軍事支援を強化してきている | トップページ | 環境問題をスルーしてしまった人のために »