2004年、中島らも追悼
今年を振り返ってという趣向は好きではないのだが、それでもブログに書きそびれて心にひっかかっていることがある。中島らもの死のことだ。7月16日未明、神戸市内の飲食店の階段から転落し、頭部を負傷。脳挫傷となり意識不明のまま10日後、26日に亡くなった。52歳の人生だった。
本人の意思で葬式・告別式はなかった。翌日密葬を済ませたという。今こうして見直してみると、事実としてはちょっと不明なものがあるなとは思う。
![]() 心が雨漏り する日には |
とうとう来るべきときが来たと思った。
病院に行くことにしたが、生きて出てくるのは無理だろうなというあきらめがあった。というのも、おれは今まで三人の人に「お前は三十五歳で死ぬ」と宣言されていたのだ。一人は友人、一人は医者、そしてもう一人が占い師である。三人の意見がバラバラだったら気にも留めないところだが、三人とも同じことを言うのだから、「そういうものか」と素直に受け止めていた。
ちょうどそのときが三十五歳だった。なるほど、三人の意見が正しかったわけだ。
その後、アルコール性肝炎は回復したものの、躁鬱病とその薬の副作用に苦しみ続けた。廃人半歩手前と洒落のめして書いているが、その気持ちもわかる気がする。
![]() 牢屋でやせる ダイエット |
独房の中で最初から最後まで欠乏し、おれが希求していたものがタバコと女性だった。酒や咳止めシロップの禁断症状は一週間もすれば治った。あまたの不自由にも徐々にではあるが耐えられるようになっていった。いや、あきらめるのに慣れていったと言うべきか。
ただ、タバコと女性だけはどうしようもなかった。結局、おれの拘置所生活は二十一日間だったが、その間ずっと頭を離れなかったキーワードがこの二つだったのだ。
女性といっても、すぐにベッドインできるような女が欲しかったわけではない。どちらかというと生身の女は面倒だ。そうではなくて、女性的なイメージにおれは飢えていたのだ。菩薩のような慈愛に満ちたまなざし。柔和な微笑。やさしい声。そういうものにおれは包まれたくてしょうがなかった。
中島らもは知識人でもあり、この文脈の先でユングのアニマのことに少し触れている。彼がヘッセの「知と愛」(ナルチスとゴルトムント)の最終を知っていたかどうか。死にゆくゴルトムントはナルチスに女性なるものがなくて君は死ねるのかいと問うた。たぶん、男の人生というのは、そういう女性なるものなくしては死ねないのだろうと思う。
この獄中記が出た2003年の8月以降、一年ほどは、らもの話題をあまり聞かなかったように思う。自粛されているのだろうかとも思ったていたが、しばらくして聞いたニュースが死の知らせだった。
中島らもの死は、私の最愛の書の一つ、山本周五郎「虚空遍歴」(上巻・下巻)を連想させる。挫折した芸術家だけが本当の芸術家と言ってしまえば、なんと凡庸なことか。しかし、その挫折はある生き様の必然性である。この世には、悲劇の塊のような芸術家が、その真実を告げるために、たまに現れ、消えていく。不思議なものだ。
「虚空遍歴」の最後で中藤冲也が死んだとき、彼の破滅していく人生に付き合ったおけいは、冲也の魂がなお、虚空を遍歴しているように感じた。中島らもの夫人中島美代子は8月21日に発売された婦人公論9/7号「中島らもとの35年は心底、面白かった」でこう言っていた。
だけどね、らもは転倒して後頭部を強打して死んだせいか、まだ自分が置かれている状況を把握できていないみたい。どうやら家の天井あたりをたゆたっているらしくて、夜になるとらもが可愛がっていたペロが上のほうを見上げて変な声で吠えるんですよ。「らも、死んじゃったんだよ」って声をかけているんですけど、らもは自分が死んだこと、わかってないんじゃないかなあ。まだ家にいるんです(笑)
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コメント
つまみ食いですが、カンナビノイドは忘却/脱学習に関わるようです。大麻は必需品として合法化すべきものなのかも。
投稿: Sundaland | 2004.12.29 09:58
大麻の効用が斯様な物であるならば、生産性至上主義にとって危険なものではあり続けるのかもしれませんね。
投稿: synonymous | 2004.12.29 10:48
生きても死んでも人生いろいろ、か。
瞑想期に入ろうかと思う同世代若隠居。
皆様、finalvent様、よいお年を(生きても死んでも)。
投稿: ねこ仏少年 | 2004.12.31 09:23