パウエル米国務長官が辞任
パウエル米国務長官が辞任し、後任はライス大統領補佐官となることが決まった。ブッシュ政権二期目にパウエルは辞任するだろうというのは、およそパウエルを知る人なら想像の付くことではあったが、秋以降大統領選挙が盛り上がるにつれ、パウエル続投の噂は飛び交った。どうせ選挙がらみの話には違いないが、選挙後にもそうした話が消えなかったのは、パウエルへの期待なのか、別の理由があるのか奇妙にも思えた。この手の話には状勢をマクロ的に見ることができない一連人たちが釣られるだろうなとも思った。
パウエルは政治家向きの人ではない。やはり軍人なのだろう。軍人としての品位が政治家としての大成を許さなかった。政治とは、人生が時にそうであるのとは対極で、修羅場の連続だ。修羅場には表立った修羅場と隠れる修羅場があり、前者では品位は武器になるが、後者では下品こそが威力なる。およそ修羅場に向かう人間のツラには品位と下品のアマルガムのような奇妙な特徴が出てくるものだ。特に低い階級に生まれて一代で地位を得た人間は必ずそうなるというのは世間知の一つだ。が、パウエルにはそれがない。軍という存在が彼を精神的に守ったのだろう。
パウエルは1937年(昭和12年)ニューヨーク市でジャマイカ移民の子供として生まれた。ニューヨーク市立大学を卒業後、陸軍に入隊。レーガン政権で大統領補佐官となり、1989年、制服組のトップである統合参謀本部議長に就任。1991年には湾岸戦争を指揮した。当時は彼は、およそ軍隊を持つ国の気風がそうであるように、英雄視され、大統領候補にせよとまでの声が上がった。が、この時の指揮は純粋に軍事的に見る場合、それほど評価すべきなのか異論もあったようだ。
パウエルは、一言で言えば、古いタイプの人でもあるのだろう。軍人らしい軍人さんということか。くだらない命令でも指揮系に従うのが軍人というものだが、ブッシュ政権下で政治家となったものの、軍人気質で政治をしていた。内心は、こんなのやりたくねーというのがにじんでいて、そこに知性と特有のご愛嬌があった。
彼は、イラク戦争開戦前に大量破壊兵器はイラクになかったなどと発言してブッシュ政権内で孤立した。それでいながら、国連では大量破壊兵器があるといったプレゼンテーションを任された。すまじきものは…である。トラップされてコケにされたとき、サラリーマンはなんと言うか。なにも言わない。内心、このジョブを終えたらやめちゃると思うだけだ。つまり、そういうことだ。そういう心情がわからないのはサラリーマン経験を十分に積んでいないということ。
パウエルは、政治的にはネオコンに対立する穏健派と見られていた。なので、ネオコン反対の勢力からはパウエルに期待する声もあった。古風な平和勢力に見立てたい思いも投影されていた。軍人は基本的に平和を志向するものである。が、さて、辞任して欲しくない惜しい政治家だったのかというと、そうでもない。
私は今朝のニュースをぱらっと見渡して、BBC"The disengagement of Colin Powell"(参照)に共感した。
His weakness was that he lacked the vision of the world held by his rivals. Colin Powell was no dove. He too believed in US power and influence but where others saw certainty, he saw complexity. This slowed him down and gave them the edge.
【意訳】
パウエルの弱点は、そのライバルであるネオコン派と比べ、世界がどうあるべきかというビジョンを欠いていたことだ。もちろん、パウエルとしても、米国が圧倒的な武力を持ち世界に影響力を行使すべきだとは考えていた。が、彼の対立者が確信を持ってそう思っていたのに対して、彼はそこに複雑さを見ていた。この弱さが彼を失墜させ、窓際へと押しやった。対立者を利することになった。
One of Colin Powell's weaknesses was his reluctance to engage in diplomacy first-hand.
【意訳】
これもパウエルの弱点なのだが、彼は外交の現場で自ら泥をかぶるというという意気込みがなかった。
He lacked the enthusiasm of a Henry Kissinger shuttling across the Middle East, though he did engage there regularly and in person.
【意訳】
彼には、ニクソン時代のキッシンジャーのように中東を駆け回るほどの情熱というものがなかった。もちろん、彼なりに定期的にまた個人的に各地を訪問したのであるが。
なんだか、悪口だけ取り出すようだが、もう一点だけ。
It is doubtful whether the neo-conservatives had their own disengagement plan for Colin Powell. He was a very useful presenter of US policy, given that he has been the first African-American secretary of state.But they will probably not be too sad to see him go.
【意訳】
事実上の失脚とも言える今回のパウエルの辞任がネオコン一派によって画策されたものだという話は疑わしい。彼は米国政治に有用な人物であったし、ナンバーワンの国務長官、つまり外務大臣であった。が、彼が政治の場を立ち去る事態を寂しいとは言い難いだろう。パウエルは初のアフリカ系国務長官(外務大臣)という意味で、アメリカ外交の看板として使い手があったからだ。
もっとも、ネオコン一派のことだからパウエルの去就を寂しいとは思わないだろう。
残念ながら、すでにパウエルの時代は終わった。たぶん、今後あまり顧みられることもなくなるのだろう。もちろん、それはいい悪いということではない。単に、時代が変わっていくというだけのことだ。
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コメント
>内心、このジョブを終えたらやめちゃると思うだけだ。
>つまり、そういうことだ。
>そういう心情がわからないのはサラリーマン経験を十分に積んでいないということ。
ここ、ぐっと来た。
しかしそうで居ながら、はしこく捲土重来も狙ってまっせ。
雑草リーマンのひとりより
投稿: (anonymous) | 2004.11.16 22:01
個人的には、「この人、外交で丁々発止とやるのには不向きな人だからな。多分やめるんだろうな。」と思っていましたから驚きはありません。
但し、も一つ思うのが、後任にライス補佐官を指名するというのが私にはよくわからないのです。だって彼女も、どうみても「外交交渉」をうまくやる「腹芸」ができるタイプとも思えません。私はどうしてもライスと(クリントン政権時代、初めて女性国務長官となった)オルブライトを比較して、「外交担当はあれぐらいタフな人でないと。ライスでは線が細いが大丈夫かね?」と思ってしまうのですが。
投稿: F.Nakajima | 2004.11.16 23:02
F.Nakajimaさんに同感。
何故?どうしてライス?
投稿: 西方の人 | 2004.11.17 00:00
元々アメリカは腹芸で外交をやる国ではないので、物理特性重視でいいのかもしれません。
オルブライト?北朝鮮への対応を見るとちょっと・・・・
リアリズム外交を説いた彼女の父親の愛弟子がライスでしたね。娘より出来が良いのは間違いないかと。
投稿: カワセミ | 2004.11.17 00:47
中国と日本とを量りに掛け、
アメリカがどちらを選ぶかを決する事になりそうだ>ライス女史
>F.Nakajima氏
googleで彼女の経歴を調べてみました。
彼女はドイツ統一とEU、ソヴィエトシステムとその崩壊の専門家です。
北朝鮮統一問題と、共産主義中国への対処を担当させるには理想的な人選だと言えます。
「共産主義終焉を看取った女」になりそうです。
しかし、この人選だと中東問題には不安が残ります。
アメリカ政府内部ではイラク問題は既に解決の目処が立っているのですかね。
投稿: (anonymous) | 2004.11.17 05:17
ということは二期目のブッシュは中東ではなく極東の民主化をするということでしょうかね。
中東に関してはリビアもイラクもイランも核開発をやめるし、イスラエルがガザや西岸から撤退して、ヤシンやアラファトが死んだからパレスチナ問題にもめどがついたということでは?
投稿: (anonymous) | 2004.11.17 09:23
中東はチェイニー、アジアはライスが仕切るということなのかも。
中東は元々チェイニー・ラムズフェルドラインが中心だったから、それを続けるのでしょう。
(ラムズフェルドが残るかどうかは分からないけど)
投稿: Baatarism | 2004.11.17 10:25
>>F.Nakajima
ライス国務長官についての認識が甘いですよ。
もう少し彼女について真剣に調べてみてください。
投稿: suka | 2004.11.17 16:31
はーい。もっとよく勉強しまーす。
投稿: F.Nakajima | 2004.11.17 20:50
不勉強な自分が多分に印象のまま書き込むのは気が引けるのですが…。
どうも彼女を見ていると冷戦思考の権化という感じがしてなりません。どっちかというと悪い意味での学者タイプというか。
問題にすべき相手がソ連だけだった時代なら優秀なスペシャリストだったんでしょうが、はたして21世紀の東アジアに適用できるビジョンを持っているのかどうか。
海南島事件当初のブッシュ政権の混乱ぶりはどうもこの人に原因の多くがありそうに思えるのが不安なのですが、その後は東アジア情勢について多くを学んだと期待したいところです。
投稿: Repulse | 2004.11.17 23:59
たまたまいま拝読したので時期遅れもいいところですが、「試訳」というmodest な表現に、度し難い教師根性を刺激され、気になるところを挙げておきます。
題1文「(前略)コリン・パウエルはハト派などではない。彼もアメリカの(武)力と影響力を信じていたのだが、相手(ネオコン)が確実性を見たところに彼は複雑性を見たのだ。これが彼にブレーキをかけ、相手を有利にした。」[edgeは「切れ味」「優勢」のこと]
第4文「(前略)アフリカ系アメリカ人として最初の国務長官だったことからしても、彼はアメリカの政策のプレゼンテーションにあたって大いに使える人物だった。」
繰り返せば「試訳」という表現はいいと思いますが、主旨にかかわるところであろうとそうでなかろうと、やはりもう少しきちんと英語を読むべきではないでしょうか。
投稿: 浅田彰 | 2004.11.20 00:43
浅田彰さん、こんにちは。ご指摘ありがとうございました。参考にさせていただき、一部、エントリに明示的に反映しました。試訳・意訳とはいえ、具体的な例示とともに、できるだけ正確に日本語にすべく、努力したいと思います。
投稿: finalvent | 2004.11.20 07:53
パウエルさんと言えば、今年の春(だったかな?)ジャマイカに里帰りした時、学生の前で歌を歌っていた楽しそうな顔を覚えています。これからはインドネシアの為に知性を尽くして欲しいですね(^^)
投稿: のっち | 2004.11.20 10:09
finalventさん、こんにちは。一ファンです。
>But they will probably not be too sad to see him go
この they は the neo-conservatives を指すと思うのですが。
つまり、私なりに意訳すると
「パウエルが去るのはネオコンの陰謀とは思えない。なぜなら、パウエルは初めてのアフリカ系国務長官という意味で、ネオコンにとって表向きの看板として有用だったから。
しかしそれにしてもやはり、パウエルのことをネオコンが寂しがるとは思えない(つまり、パウエルがいなくなることはネオコンにとって少なくとも「困ったこと」ではない)」
というニュアンスになると思いました。浅田彰さんのご指摘を拝見し、改めて読み直してみた結果です。
匿名で申し訳ないのですが、攻撃などの意図は毛頭ありません。
投稿: (anonymous) | 2004.11.20 11:19
毒じゃないけど、薬でもな~い。
ですか。
年取りましたねぇ……、なんか見た目的にいてくれるとほっとする人だったんですが、雰囲気の押さえというか。
そういう時代じゃなくなってしまっているのかなぁ。
投稿: 紅玉石 | 2004.11.20 14:42
匿名さん、こんにちは。そうですね、その含みを強調したほうが本意にあいそうですね。というわけで、意訳に明示的に訂正を入れました。
投稿: finalvent | 2004.11.20 16:20
>浅田彰さん
メ、メールアドレスが…。
ほ、本物でいらっしゃる…!?
私、構造と力の頃からのファンで…ネットワークの
力を感じ、感激です。
投稿: kagami | 2004.11.20 18:19
唐突に失礼します。
勝手で申し訳御座居ませんが、ブログ違いのため、本文中に
パウエル前国務長官 リンク張らせていただきました。
ご迷惑でしたら、早急ご一報下さい。
宜しくお願い致します。
投稿: jane | 2005.03.10 02:07