« 裴勇俊狂想曲を考える | トップページ | 中国事件報道の奇妙な後味 »

2004.11.29

ラオスとモン(Hmong)族のこと

 昨日午後、小泉純一郎首相は東南アジア諸国連合(ASEAN)出席のため、羽田からラオスのビエンチャンに向かった。当地では日中韓三カ国の首脳会議などもするらしい。というわけで、ニュース的には先日のAPECの続編ということになるのだろうが、それはさておき。私はラオスかぁと感慨深く思った。
 ちょうど一昨日(11/27)にNHKで「30年目の戦後処理 アメリカと共に戦った民族」(参照)というのを見て、ラオスについて物思いにふけた。話のきっかけは番組の説明を引用したほうがてっとり早いようにも思う。


 ベトナム戦争終結から30年が過ぎた今年、アメリカは1万5千人のインドシナ難民を新たに受け入れることを決めた。メディアが「最後のインドシナ難民」と呼ぶ彼らは、ベトナム戦争でアメリカに協力し、CIAの指揮下で極秘任務に活躍したモン族の人々。共産勢力が政権を掌握したラオスからタイへ逃れ、私設の難民キャンプで命をつないできたモン族を受け入れることは、アメリカにとってベトナム戦争の最後の重荷を清算する歴史的な節目となる。

cover
モンの悲劇
暴かれた「ケネディの
戦争」の罪
 ベトナム戦争では、ベトナム軍は中国やソ連から支援の多い北部から南部への補給のために通称ホーチミン・ルートを使ったのだが、これがラオスの一部を経由しているため、米軍は、これを断つためにラオスのモン族の特殊部隊を編成して攻撃させていた。この時代すでにラオスもラオス愛国戦線(パテト・ラオ)の共産主義化が進んでいた。米軍側のモン族には事実上の徴用もあったようだが、ある意味ではモン族の自由を賭けた戦いでもあった。このあたりの歴史評価はかなり難しい。いずれにせよ、ベトナム戦争で米軍が負けると、モン族は共産主義政権の弾圧を恐れ、ラオス国外に脱出せざるをえないはめになった。
 NHKの番組では、タイに身を寄せているモン族に焦点を当ていたのだが、すでに彼らは国連からは難民の扱いではなくなっている。タイ政府も難民区を有刺鉄線で隔離はじめていた。タイに残るモン族には米国への移住が残る強い選択肢となった。

 7月、その第一陣約150人を迎えるのはセントポール市(ミネソタ州)。ここにはベトナム戦争終結直後アメリカに逃れたモン族と家族20万人のうち2万7千人がコミュニティを築き、アメリカ市民として暮らしている。今回の受け入れでやってくるのは30年間にわたって過酷な環境に捨て置かれてきた彼らの親族たちだ。セントポール市当局の再定住プロジェクトがスタートする中、まったく異なる歳月を生きてきたモン族の家族が再会し、祖国を追われた民族の不安な未来を模索し始める。

cover
メコンに死す
 30年も経つと世代が変わっており、若い人々にしてみればラオスという故郷も実感は伴わない。それでも、言葉もおぼつかない米国での暮らしは若い世代ですら不安そうだった。米国での受け入れでは、すでに先行して米国に定住している同族が保証人となる必要があるとのことだ。30年の年月の間に、先行して移住したモン族も米国に地歩を固めつつはあるのだろう。NHKでは触れていなかったが、今回の米国受け入れ決定の背景には、米国内のモン族のロビー活動もあったようだ。
 小泉首相が滞在する現在のラオスだが、人口は6,068,117人(参照)。民族構成は低地ラオ族が68%と多数を占め、丘陵地ラオ族22%がこれに続く。さらに高地ラオ族が9%で、ここに僅かなモン族が含まれる。当然ながら、都市には華僑越僑もいる。いずれにせよ、現在のラオスではすでにモン族の居場所はないような状態にすら見える。余談だが日本外務省はラオスの人口を550万人ほどしている(参照)。資料が古いとはいえCIA資料との差が大きすぎる。
 現在の国家体制に至るラオスの現代史だが重要なのはやはりベトナム戦争だ。米軍の敗北の余波からさらに赤化が進み、1975年12月に国王シサバン・バッタナ国王が退位した。王家は14世紀のランサン王国からの歴史を持っていた。もっとも、バッタナ国王自身は王族でありながらラオス愛国戦線に参加し、新政権の初代大統領となったスファヌボン殿下の顧問として約2年間務めた。
 77年に共産主義体制に反対する勢力が、バッタナ国王を利用して復古をもくろんでいるとして、バッタナ国王は事実上拉致され、その後、杳として行方はわからない。ラオス国民としては王様は80歳を越えてどこかに暮らしているのでしょうということで、この話題はそれ以上なしよ、ということになっている。
 話はこれでフェイドアウトとはいかない。バッタナ国王の子孫で「ラオス皇太子」と自称する、フランス亡命中のスリウォン・サワンという人物らはラオスの現政権の転覆を狙っていると見られている。ただし、2000年7月ラオス南部起きた反政府武装組織の蜂起には関係ないとしている。ま、このあたりの陰謀論の展開については、おなじみの専門家がいらっしゃるので私は深入りしない(気になるなら"スリウォン・サワン"と"陰謀"のキーワードで[I'm Feeling Lucky]ボタンを押すといい)。
 その後のラオスだが、1997年にASEANに加盟。ベトナムのドイモイのように開放を進めつつあると見てよさそうだ。南部サバナケットではメコン川を渡す橋がかけられる(参照)。さらに経済特区が整備されタイ企業を誘致する計画もあるようだ。
 今回のASEAN会議は、こうしたラオスの開放を推進すべく、事実上現政権を強く承認するという意味合いもあるのだろう。政治的な意図という点では、沖縄開催のG7によって沖縄の主権問題に事実上の区切りをつけたような感じだ。
 最後に蛇足めいた話だが、ラオスのモン族はミャンマーのモン族(Mon)と区別するために、英語圏ではHmongと書かれる。中国ではその内部の少数民族にあわせて苗族(Miao)としている。Wikipediaでは「苗族」呼称を採用するに次の理由を挙げている(参照)。

ミャオ族かモン族か
日本語版ウィキペディアではミャオ族の表記を採用した。理由として、

  • 日本ではほぼミャオ族と言う表記が採用されている
  • 日本においては「ミャオ」と言う言葉は差別用語として使われていない。
  • 中国語のウィキペディアの記事もミャオ族(苗族)でたてている
  • 中国でも一般的にミャオ族の名で知られる
  • 中国ではミャオ族が公称である
  • モン族と書くとハリプンチャイ王国を建てたモン族 (Mon)と混同される(詳しくは事項で)

と言う理由が挙げられる。ちなみに、英語版のウィキペディアではモン (Hmong)で記事が建てられている。

 中国でそう言っているという以外、理屈になっていないな、と私は思う。Wikipediaも「ミャオ族と言う言葉は中国の漢民族による呼称であって他称ではない。ミャオ族の中には「ミャオ」の呼称を嫌うものもいて、また、ミャオ族自身もモン族を自称している」と明記するのだから、モン族とすればいいではないか。あるいは、同じ基準なら、日本人を倭人か東洋鬼とし、日本を小日本(シャオリーベン)とでもするべきだろう。

|

« 裴勇俊狂想曲を考える | トップページ | 中国事件報道の奇妙な後味 »

「歴史」カテゴリの記事

コメント

 たまたま先週、アメリカのウィスコンシン州で、鹿狩りで鉢合わせしたモン族の男性と白人グループの間で銃撃があり、白人数人が死亡というニュースがありました。
http://www.cbsnews.com/stories/2004/11/22/national/main656866.shtml?CMP=ILC-SearchStories
 犯人の顔写真が東アジア系だったので興味が出て、モン族について知りたいと思っていたところでした。
 TV番組のことは知りませんでした。見逃してちょっと残念です。

投稿: じゃがりこ | 2004.11.29 12:47

苗族なら時々大陸の古典に出てきますが、古すぎて来歴がよくわかりません、猫じゃないかって言ってる人が確かいたはずですが。
他称ではありますけど、そうして他称を正式名称にしてきた民族もあの辺りでは珍しくないので……その時点で否定しなくても良いように思います、いや近代の話なら問題ですけど。
むしろ大抵好意的に描かれるのに、どうして漢民族としていつまでも扱われないのかがよくわからないんですよね。
そこらにも微妙な関係でもあるのかな。
つーても現在の人らとの関係もわかりませんが。

投稿: 紅玉石 | 2004.11.29 13:41

本文とは関係なくて申し訳ないです↓

>犯人の顔写真が東アジア系だったので興味が出て、
>モン族について知りたいと思っていたところでした。

今のところ、
「一人で狩猟に出かけて他人の土地に入ってしまい、そこで白人の狩猟グループ(こちらは正当に滞在)と鉢合わせ」
「グループで来てた方が不審に思って、確認のためにそのうちの2、3人で近づいていったところを撃たれた」
という経緯で、
「容疑者は『自分が他人の土地に入っているとは気が付かなかった』と主張しているがどうなのか」
という点が問題になっている事件ですよね。
リンク先のニュースだと「グループ側の6人が死亡、2人が負傷」とか。
銃を持つ人間の心理(とそれに伴う行動)が如実に現れているような事件で、何となくずっと心にひっかかってはいたのですが、まさかここで知ることが出来るとは。

投稿: 西方の人 | 2004.11.30 01:01

本文との直接の関係がないので極東さんには申し訳ないですが、モン族の問題は「銃を持つ人間の心理」といった一般化された問題でもめているようには見えないです。また、土地侵入の問題だけでもないでしょう。容疑者がracial slur人種差別的な中傷語を浴びたから撃ったとメディアが引き出すのではないのか、またか、の件になるのではないのかと読者が見ているということかと思えます。また、容疑者の最初の行動を何が誘発したのかはともかく、追っかけて発砲しているというのも重要でしょう。
 したがって、伝えられている限りでは銃を巡る人間の一般化された心理とは大きくいえばなんだってそうでしょうが、地域のモン族代表者が、これはモン族を代表するような話じゃない、といっているところを見ると、この件にracialの語を被せられることを迷惑に思ってるのはモン族の人びとの方のようです。
 で、こう彼に言わせる微妙な伏線は、容疑者がドメスティック・バイオレンスのケースで二度ほど通報されているが家族が協力しないことによって事件にならなかったということも知られていることもありそうです。

投稿: Soreeda | 2004.11.30 07:28

いろいろ勉強になりました。

投稿: 西方の人 | 2004.11.30 15:53

NHKはモン族の表記を使っているようですね。
日本語版ウィキペディアの政治的偏向性は残念に思います…

投稿: kagami | 2004.11.30 19:02

いつも勉強させていただいております。
個人的にいろいろラオスと縁がありまして、思わず投稿させていただきました。小泉さんもあの小さいほこりだらけの町でどうしていることやら。
さて、先日、漢民族の方は自分たちのことを漢人と呼ばれるのを嫌っているという話を華僑の方に聞きまして、驚きました。しばらく北方民族に支配されていたおり、蔑称になっていたとか。だとすると、漢民族という言い方は実は結構刺激している可能性があるのでは、と思っているのですが、この辺り実際どうなのでしょうね。finalventさんは気を遣っている気配があるのでご存じかもしれませんが。

投稿: TRICKSTAR | 2004.11.30 23:36

TRICKSTARさん、こんにちは。率直なところ「漢民族という言い方は実は結構刺激している可能性があるのでは」というご指摘の件については知りませんでした。ただ、いくつかの点で思うことがあるのでコメントさせてください。

ちょっと大雑把に書くので異論もあるかと思うのですが、現在の中国はトルコと同様に近代日本を真似たアジア型の近代国家です。そしてこのモデルはその後、ラオスなどにも広がっていると言ってもよく、こうした国家の枠組みでは国家=民族なので、話を戻すと、中国には中国民族がいるだけとなります。しかし、さすがに中国でそれを押し通すのは無理なので少数民族という扱いはしています。それでも、先の朝鮮族問題のように朝鮮族を現代の朝鮮半島の民族とは分離しようとしています。こうした枠組みのなかで「漢」は、以前の清朝の「満」とではないという主張はあるかとは思います。

別の点ですが、華僑の場合、普通語(北京語)と広東語を比べてもある程度予想されるように、これは漢字で書くと同じようにみえるだけで別の言語です。こうした差異が民族意識にも反映しているでしょう。シンガポールなど華人であるけど、漢族というような話題は避けざるをえません。台湾においても類似の問題があります。

個人的に気になるのは、満人を事実上現代の中国は無視しているのですが、ワイルドスワンを読んでもわかるように明白に民族は違います。が、同書が同じ示唆しているように漢族と満州族の宥和はありそうです。

うだうだ書きましたが、漢民族という言葉にはもう少し注意していきたいと思います。

あと、他ご指摘をいただきましたが、苗族かHmon(モン)族かですが、中国内のこの民族を苗族とし、他をモン族とすると、それなりに話のおさまりがいいかのようですが、それこそが問題の真相を隠蔽する装置だろうなという恐怖感が私にはあります。具体的な個々の学術領域では適時な解答があるでしょうが、大筋としては、やや乱暴でもHmong族という視点で見ていくのがいいかと思います。

余談ですが、面白いことにクルドについては現実にはトルコ内とイラクのそれとは言語も分化しているのに、欧米のジャーナリズムではクルド人という単一の実体のように扱っていますね。

投稿: finalvent | 2004.12.01 09:36

再放送情報です。

BSドキュメンタリー
30年目の戦後処理
アメリカと共に戦った民族
http://www.nhk.or.jp/bs/popup/g_cultu_bs119.html

再放送
BS1 6:10pm-7:00pm

投稿: finalvent | 2004.12.03 19:28

漢民族、てーのは混合人種ですから。
少数派の意識ってのはどうにもあるんでしょうね。
満洲族(満州だと偽地名)なんかは、混ざりきらないうちに近代がきちゃったので、わだかまり残るのかもしれんですね。
(ちなみにこれも他称なので……あの元記事のあとだと微妙に気になるんですが、私だけかな?)
でもまあ、似たパターン、支配者としてやってきて溶けきっちゃったのもいっぱいいるんですよ。

なんていうか……。
失礼とは思うんですが、日本の意識で中国を判断してませんか?
ご年齢や立場、知識からして、そんなはずはないだろうとは思うんですが、言い回しがどうも。
というか、近代以降の価値観でそれ以前から続いている事象を、少なくとも説明なしに否定するのは賛成できかねます。

投稿: 紅玉石 | 2004.12.03 23:48

モン族は、日本人のルーツの一つと言われていますね。

投稿: ミャオ族 | 2004.12.20 23:47

とても深い内容ですね、僕もモン族なんですけど,知らないこともあった.ちょっと意外なこともあったですけど、まあ
こんなことか書かれて本当に感動した.

投稿: hluas | 2007.12.16 14:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ラオスとモン(Hmong)族のこと:

» ◇◆それでも、ホー・チミンは偉かったのだろうか [占う女]
べトナムがアメリカの植民地であったことは一度もないけれど、 ある時期、アメリカはべトナムだけでなく、 インドシナの国々へ相当な肩入れをしていた。 物心とも... [続きを読む]

受信: 2004.11.29 18:45

» お好み焼き [中国出張のススメ]
自作お好み焼きです…熱い。 [続きを読む]

受信: 2004.11.29 22:13

« 裴勇俊狂想曲を考える | トップページ | 中国事件報道の奇妙な後味 »