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2004.10.11

イラク大量破壊兵器調査の余波

 この手の話はまた感情な反発を引き起こすことになるのかもしれないが、どうも日本での報道は偏向があるように思えるので、簡単に触れておきたい。話は、6日に発表されたイラク大量破壊兵器捜索についての米調査団(ISG: Iraq Survey Group)発表の余波についてである。が、前段の話が長くなるだろう。
 調査団の団長であるドルファー中央情報局(CIA)特別顧問は米国上院軍事委員会で、昨年のイラク戦争開始前にイラク国内に軍事的に有用な量の大量破壊兵器の備蓄はなかったと証言した。同時にイラクは大量破壊兵器を再開発する意図の存在も指摘した。
 これを受けて日本では、イラク戦争の大義は失われたとの線での主張が目立った。典型的なのは、8日の朝日新聞社説「大量破壊兵器――なかったからには」(参照)である。


 戦争前のイラクに、結局、大量破壊兵器はなかった。米政府の調査団がそう結論づけた。戦争の大義をめぐる長い論争に決着がついた。
 生物・化学兵器の備蓄はいっさいなく、核兵器の開発計画も湾岸戦争後の91年以降は頓挫していた。フセイン政権からテロ組織への兵器や情報の供与を示す証拠もなかった。要するに、ブッシュ米大統領がイラク侵攻に踏み切った最も重要な根拠が見当違いだったのだ。
 フセイン政権を排除しなければ、再び大量破壊兵器の開発に手を染める危険があった。米英両政府は、そうした理由で戦争をなお正当化する。調査団もイラクには大量破壊兵器開発に戻ろうとする「意図」はあったと指摘している。

 この主張は誤りではないが、先の調査では「フセイン政権を排除しなければ、再び大量破壊兵器の開発に手を染める危険」の背景にも触れていた。日本では、朝日新聞を初めこの背景部分については、十分には報道されていない印象を受ける。
 国際的に公開されている情報なので、日本のジャーナリズムも全く触れていないわけでもない。国内では産経新聞系の報道「大量破壊兵器なかった 米イラク調査団 最終報告書、脅威の存在は認める」(参照)が比較的詳しい。

ただ、報告書は、その一方で、フセイン政権の大量破壊兵器保有に向けた開発の意図は昨年三月のイラク戦争開戦まで保持され、湾岸戦争(一九九一年)以降の国連制裁下でも、フセイン政権が石油密輸などで得た莫大(ばくだい)な資金でロシアや北朝鮮からの技術供与を受けて長距離ミサイルの開発を続けていた-との脅威の実態を報告した。

 すでに極東ブログ「サダム・フセイン統治下の核兵器疑惑の暴露手記によせて」(参照)で核開発について、開発当事者マハディ・オバイディ(MAHDI OBEIDI)氏による手記について紹介したが、ここでも核兵器開発の再開は短期に可能だっただろうと主張されている。
 しかし、問題は、重大ではあれ、潜在的な危機についてではない。今回の発表で米英のジャーナリズムで問題視されていたのは「フセイン政権が石油密輸などで得た莫大な資金」の構造についてだ。この点を補足するために先の報告書の内容に戻る。

 報告書は、千ページに及び、(1)フセイン政権の大量破壊兵器開発に向けた戦略的意図(2)国連制裁下のフセイン政権の石油密輸や、国連の「石油・食料交換プログラム」の不正利用などで莫大な不正資金を取得した構造(3)ミサイル開発(4)核兵器開発(5)化学兵器開発(6)生物兵器開発の六章で構成されている。

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サダム
その秘められた人生
 章立てからもわかるように、「国連制裁下のフセイン政権の石油密輸や、国連の『石油・食料交換プログラム』の不正利用などで莫大な不正資金を取得した構造」が重視されている。
 この記事の補足にもあるように、制裁下のイラク石油からフセインが不正に得た資金については、(1)抜け道的に続けられたシリア、イエメン、ヨルダンなどの企業との貿易取引で75億ドル以上、(2)国連管理下で行われた「石油・食料交換プログラム」の石油会社選定での見返り金で20億ドル以上、(3)石油密輸で9億9千万ドル、がある。
 別の言い方をすれば、国連制裁によってはこの構造を断つことができなかった。この点について、「サダム―その秘められた人生」の著者コン・コクリン(Con Coughlin)はテレグラフに昨日、辛辣な内容の"The sordid truth about the oil-for-food scandal"(参照)という記事を寄稿している。コクリンの視点には日本では異論も多く、この寄稿は詳しく紹介するにはあまり穏当でもないので、引用は控えておきたい。
 「石油・食糧交換プログラム」不正について、今回の発表ではこのプログラム管理の欧州企業代表が、この事業に構造的な欠陥があったとの証言が含まれている。また、石油・食糧交換プログラムの不正防止策をとることにフランスやロシアが反対したことを明らかにしている。国内の報道では、同じく産経新聞「石油・食糧交換プログラム 欧州企業代表が証言『構造的な欠陥あった』」(参照)に指摘がある。

 米国の国連代表パトリック・ケネディ氏も証言して、サイボルト、コテクナ両社の検査が危険な環境、不十分な機材、フセイン政権の妨害などによって満足のいく水準には達せず、不正の温床となったことを認めた。
 ケネディ氏はまた石油・食糧交換プログラムの進行中の九八年ごろ米国側は不正な資金の流れに気づき、監督や検査を強化する措置をとることを求めたが、「委員会の他の諸国に抵抗されて、その措置がとれなかった」と証言した。同プログラムを運営する国連の特別委員会には米国以外には仏、露、中国、シリアが主要メンバーとして加わっていた。

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 国内報道ではこの先の食い込みがあまり見られないが、7日のワシントンポスト"Hussein Used Oil to Dilute Sanctions"(参照)では、報告書をベースに、国連制裁下のイラク石油から甘い汁を吸っていた国を明らかにしている。重要なのでここは英文だが簡単に引用しておく。

The report, written by chief U.S. weapons inspector Charles A. Duelfer, indicated that some of the oil vouchers were used legitimately by the recipients. Not all were fully cashed in, and some were not used at all. Companies or individuals from at least 44 countries received vouchers, the report said.


Russia, France and China -- all permanent members of the U.N. Security Council -- were the top three countries in which individuals, companies or entities received the lucrative vouchers. Hussein's goal, the report said, was to provide financial incentives so that these nations would use their influence to help undermine what Duelfer called an "economic stranglehold" imposed after Iraq's 1990 invasion of Kuwait.

 名指しされているロシア、フランス、中国だが、国家のレベルで関与したというわけでもないし、その後の調査で米国企業もこの不正に連なっていることが明らかになっている。
 だが、特にフランスについては、米英のジャーナリズムの追及が厳しいように思える。これはむしろ保守系のジャーナリズムに限ったことではない。ブッシュ政権に厳しいニューヨークタイムズも"French Play Down Report of Bribes in Iraq Scandal"(参照)で、この不正にフランス高官の関与について触れている。類似の視点は英国オザーバー紙の"France's Saddam deals revealed "(参照)にも見られる。
 さて、問題はこの余波についてである。フランス政府は早々にこの発表に不快を表し、不正関与を否定しているようだが、この問題は米仏間の外交問題に発展していきそうな気配がある。
 気になるのは、フランスのジャーナリズムでの扱いだ。私はフランス語が読めないので、直接フランスのジャーナリズムの状況はわからないが、フランスジャーナリズムにとっては、この問題は済んだこととして、その検証にかかっていないようだ。国益と一体化してしまっているのか、ジャーナリズム自体に問題があるのかよくわからない。
 この指摘は保守系のテレグラフ" 'Old story' is cut by French press"(参照)に詳しいが、今後の動向を含めて検証が必要だろう。
 私の印象としては、ロシア、フランス、中国の、要人を含めた不正取引がまったくの無根拠だとは思えない。また、そうであるためにはより詳細なジャーナリズムの追及を必要とするだろうと考える。
 先の朝日新聞の社説に戻る。

 日本政府は来週、イラク復興支援国会合を東京で開く。イラクの再建を大いに助けたいが、そのためにも国際協調の下でイラクに安定を取り戻させることが先決だ。「でも戦争は正しかった」の一点張りでは、それもできにくい。

 戦争の是非については難しい。しかし、制裁が十分に機能していなかったこと、しかも、その不正に国連に拒否権を持つ大国の要人レベルが関与していた可能性があることを考えると、この問題の追及なしに、国際協調が可能なのだろうか疑問に思う。
 この問題は時期米大統領が誰であるかに関わらず、イラク統治と合わせて、依然、残る問題だろう。

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コメント

またまた偏向批判ですか。うむ。

わたしは、もうウンザリのこの問題に、ウソかホントか決着をつけることに大賛成です。
「フセイン政権を排除しなければ、再び大量破壊兵器の開発に手を染める危険があった」
・・・そうではないでしょう、開戦理由は。
「現に大量破壊兵器を保持し開発中のフセイン政権を排除しなければならない。査察を継続する余地はない」ので、開戦したはずです。
今から一年前頃までの、米軍、米政府、その報道、K首相の発言を引っ張り出してみれば明白です。
『報告書』を戦争の大義名分に焦点をあてて読めば片手落ち、というのは当たらないと思います。まさにそこが焦点なのですから。

「背景への言及が足らない」=それは『ウソをついてまで開戦しなければならなかった背景』ということですね。でしたら勿論それに言及することは必要です。しかしもし、ウソ付きを薄めるための焦点ずらしだとしたら、感心できませんね。

いっそのこと、
「石油をめぐって不正な金儲けをしているからフセインを倒す」、
「イラクの石油利権を巡っての諸国の画策を排除するために開戦する」、戦争の大義名分を最初からこれらにしておけば、ウソをつかずに済んだかもしれません。

何よりも大切なことは、
"偏向報道の朝日"、"偏向報道の無い産経" に限らず、イラク開戦時のマスコミ各社報道や社説を読み直して、ウソの受け売りは無かったか、その責任をキチンと吟味することです。

投稿: U=Pu | 2004.10.11 12:30

>U=Puさん

何を言いたいのか、さっぱりわからないんですが?

>何よりも大切なことは、
>"偏向報道の朝日"、"偏向報道の無い産経" に限らず、イラク開
>戦時のマスコミ各社報道や社説を読み直して、ウソの受け売りは
>無かったか、その責任をキチンと吟味することです

そんなことが、なんで大切なんですか?

投稿: (anonymous) | 2004.10.11 15:11

それだけではなく、結局国連および常任理事国ってのは
戦争を止めるなんて大義で反対してるわけではない。
もっと大きな枠組みの中での反対、賛成があったとの背景を考えるってことの方も
これから先もっと大きな問題になるって話なんじゃないでしょうか?

投稿: はて? | 2004.10.11 18:02

「イラク戦争に大義があったかどうか」
という問題は問題として
「国連ってなんなの?」
という今の日本ではタイムリー?な問題を考えさせますね。

ちなみに小沢一郎その他が「国連中心主義」を言うのは、
アメリカの忠犬になっても常任理事国の中国と戦争する
はめにはならないから=結局役に立たないから安全だから
という説がありますね。(w

投稿: あすく | 2004.10.11 18:25

イラク戦争に反対する諸国も含めて、国連での話し合いの場で「フセイン政権排除」に関してはほぼ完全に意見が一致していました。議論はコストとプロセスに集中していました。

その事を無視しているのが無知のためだとしたら愚かですし、意図的なものとすれば不誠実でしょう。特に日本において、この問題に関する議論に進歩が見られない主要な原因でしょうね。

そして大局的に見れば、主権国家がその権利を完全に保障されるには義務が要求され、その義務を果たさない時には権利を否定されるのでしょう。21世紀前半あたりはそのルールを模索する時期になるのかもしれません。

投稿: カワセミ | 2004.10.11 22:37

国連決議に関して問題なのは、本当の名目が何であれ国連決議1441を「大量破壊兵器」に関して決議してしまった事ですね。「虐げられたイラク国民」でも「民主主義・自由」でもない。
だから、大量破壊兵器がないと当のアメリカが言った時点で、なりたたなくなってしまう訳です。

投稿: エフ | 2004.10.11 23:25

国連決議を取ったのは良く無かったですね。

最初、ユーゴ方式で国連を回避して進もうかという模索もあり、意外にフランスあたりがそれを望んでいたようです。しかしイギリスがかなり強く国連決議を欲しがったんですよね。だから後でアメリカはブレアに冷淡になったんですが、そうはいっても一番の同盟国なんだからもう少しかばってやれよ、とは思います。

投稿: カワセミ | 2004.10.12 00:46

カワセミさん、揚げ足をとるようですが結論部分の「主権国家の権利と義務」が漠然、不明確すぎてよくわかりません。
カワセミさんのいう「主権国家の権利と義務」とはどのようなものなのでしょう?

投稿: みゅー | 2004.10.12 01:55

はじめまして いつも拝読させていただいております。

ご提示の件、アナ○氏の身内関与問題も含め(市場価格より
安いイラクの原油に飛びついた当事国が’構造的欠陥が
あった’と強気なのは、このあたりにもありそうと感じ
ますが)国連スキャンダルとして伝えられていますが、
常任理事国入りを目指す日本としては国民に報せたくない
ニュースなのでしょうか。

経済制裁→それでは国民に大量の餓死者が出る で
レジームチェンジ+人道支援の目的で実施された
はずのプログラムが逆の効果を生んだのです。
大きな問題だと思います。

投稿: samui | 2004.10.12 03:12

「国連制裁下のイラク石油からフセインが不正に資金を得る構造」を断ち切って、
「米国占領下のイラク石油から関係者が不正に資金を得る構造」へ置き換えた戦争と言う結論で宜しいか?(--;

投稿: at | 2004.10.12 11:27

まぁとりあえず近隣諸国とクルド人は攻め込まれる心配はなくなったということで

投稿: (anonymous) | 2004.10.12 12:30

日本のイラク戦争反対派は今回の結論に「イラク戦争の大義はなかった!」と鬼の首を取ったかのようにはしゃいでますが、逆を言えば大義さえあれば彼らも戦争をしても良いと考えているのでしょうか。これだけ大義、大義と騒がれると「大義名分のあるjust warならやってもいいの?」って逆に聞きたくなります。以前からずっと疑問に思っていたことですが。

投稿: だい | 2004.10.12 13:19

>「主権国家の権利と義務」が漠然、不明確すぎてよくわかりません。

今後のトレンドとしては、大量破壊兵器の管理能力と国内統治の人道性の双方が代表的な指標と思います。ただし、当然ながら場合によります。様々な要因が一致した場合にだけ体制変革が試みられると思います。イラクは特殊で、むしろユーゴや今後の北朝鮮、イランが基準策定と適用のテストケースと思います。もちろんギリギリまで外交努力は継続されると思います。

中東地域全般に関しては、ライス補佐官の「とにもかくにも北朝鮮は半世紀間抑止が成立してきたが、あの地域はそうではない」という言に集約されると思います。イランは何もせず放置しておけばイスラエルが空爆にかかりますし、パキスタンとも相当怪しいです。

投稿: カワセミ | 2004.10.12 19:33

>「大義名分のあるjust warならやってもいいの?」

歴史の示すところでは、場合によってはその方が良い場合もある、ということでしょう。

少なくとも絶対平和主義は、第一次大戦後の英仏、第二次大戦後の日本と失敗続きです。近年は日本の保守層にその意識が定着した時期であると言うことではないでしょうか。

投稿: カワセミ | 2004.10.12 19:38

「どんな戦争もやっちゃダメ」が通用しないから
大義大義と騒いでいるだけですが、何か?

投稿: at | 2004.10.13 00:31

▼「大量破壊兵器」をしぶしぶ廃棄した=サダム・フセイン
▼「大量破壊兵器」存在証拠をふりかざした=コリン・パウエル
▼「大量破壊兵器」を見つけられなかった=国連査察団
▼「大量破壊兵器」を使わせないために戦争をはじめた=ブッシュ&ラムズフェルド
▼「大量破壊兵器」見つからなくても在るものは有る=小泉純一郎
▼「大量破壊兵器」は無かったと結論した=Iraq Survey Group
▼「大量破壊兵器」は無かったが意図はあったとすりかえ=ブッシュ&ラムズフェルド
▼「大量破壊兵器」とるにたらないと合唱はじめた=偏向しない応援団

他人が言い出したことならばともかく、自分たちが言い出したことを無かったことにするのは、けっこう大変です。イギリスではブレア首相がまたまた苦労をしています。
しかし日本では、

▼「大量破壊兵器」という『言葉』まで無かったことにした=小泉純一郎

小泉首相は、10/12施政方針演説ではいっさいこの件には触れず、今日10/13の代表質問答弁では、「大量破壊兵器」という『言葉』を一切使わず。したがって、この問題でブレアのように自己矛盾せず。いっそのこと「一億円」という言葉も無くしてしまえば(?)

ブレアのように「負けた」予感も持てない、所詮イラク派兵も他人ごとだったのですね。小泉氏には。

参考
超高額費用がかかる武装"ゼネコン"のページ
http://www.jda.go.jp/jgsdf/iraq_index.html

投稿: U=Pu | 2004.10.13 15:43

そういえば小泉総理の今回の臨時国会で行った所信表明では、「イラクに派遣した陸自の活動を12月以降も延長する」という部分がしっかり削除されていました。政府はイラク派遣の延長決定は来月末に行うそうなので大統領選の結果待ちのようです。

投稿: エフ | 2004.10.14 00:49

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