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2004.10.05

台北・新北投に残る日本風温泉

 台湾・台北に都市交通MRT(Mass Rapid Transit System)が出来る数年ほど前だったが、台北の郊外(台北市北投区)新北投(しんぺいとう)の温泉宿「星之湯」(逸頓大飯店)に泊まった。日本統治時代の温泉地の名残を残す高級温泉旅館だ。文人とか政治家が似合う日本風家屋なので、伊豆や熱海の小さな旅館にでもいるような気分になる。それでも、台湾人はすっぽんぽんで共同浴場に入るという風習を好まないせいもあり、現在では各部屋に温泉を引いた小さなユニットバスも付いているようだった。私は日本人なのでいかにも温泉という風情の浴場のほうを好んだので、客室のバスは見っこなしだった。浴場の泉質はラジウム泉だと言われている。分類では放射能泉というのだろうか、いかめしいがもちろん無害だ。
 星之湯から木立の道を少し歩くと、沖縄より南方にあるのにここはまるで日本みたいだなと思いつつ、源泉の地獄谷(地熱谷)に出る。硫黄の臭いもする。足湯をする人もいる。台北均衡の行楽地らしくちょっとした人出もある。温泉たまご作りは危険だということで禁止になったらしい。
 私は地獄谷の屋台のようなところで軽食をした。店員の若い女性から日本から来たのですかと問われた。少したどたどしい日本語だった。彼女も日本にいたことがあるらしく、懐かしげに日本についての雑談などを少しした。哈日族(ハーリーズー・参照)という感じではなかった。

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衛慧
上海ベイビー
 地獄谷の反対の坂道を少しいくと茶芸館「禪園」がある。ここも日本統治時代に建設された和風建築で当時は政府高官が集まる新高旅社だった。ここは見渡しもよく庭の風情もよい。日本人の感じとしては大正時代のレトロといった雰囲気で和む。こうした趣向を台湾人や中国人は、しかし、和風というより、国際的な唐代の印象を持つようだ。衛慧(Wei Hu)だったか、来日していたとき、日本の文化のなかにそういう臭いを嗅ぎ取っていた。未読だが彼女の「我的禅(ブッダと結婚)」(参照)もそういう思いがあるのだろうか。
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中国茶と茶館の旅
 禪園の茶はもちろん台湾茶である。いくつか選べた。故旧の四階にある茶館とは違い、当時改良種として定評を得てきた金宣茶もあった。乳香は自然で着香ではない。私の他に客は、ドライブで来ているのか若い台湾のカップルが数組いた。
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中国茶と茶館の旅
 禪園については旧版の「中国茶と茶館の旅」(平野久美子)に写真付きでの紹介があったなと思い出す。新版「中国茶と茶館の旅」はどうだろうか。その後、禪園はモダンなレストランになった。もっとも翡翠軒として茶芸館も隣接しているらしい。
 禪園に行く途中の坂道には当時コンクリート建築の大きな旅館の廃墟がいくつかあった。今ではもう取り壊されているのだろうか。こうした建物がそうなのかわからないが、北投温泉の往時の売春のことを思った。日本統治が終わり、大陸から侵攻した中華民国政府はここを公娼の歓楽街としていた。その後、蒋経国の時代に表向きは公娼制度は廃止となり、現在の総統陳水扁(台湾大統領)が台北市長の時代に新北投の置屋も撤廃された。
 新北投には、変わるものがあり、変わらないものもある。星之湯の旅館の界隈では金木犀がよく香っていた。それは今でも変わっていないのだろうと、双十節も近いこの季節に思う。

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