"&"(アンパサンド)の正しい書き順
「はてな」(参照)に寄せられていたアンパサンド(&という記号)についての質問が面白かった。"&(アンパサンド)"の正しい書き順を教えてほしい、というのだ(参照)。
&の書き順を教えて下さい。正確に知りたいので、それを証明するサイトも添えて紹介して下さい。ただ単に個人的な意見はご遠慮下さい。

この質問に寄せられた回答はいくつかあるが率直に言って正答というには遠い。というか、回答のなかにも意見としてあるのだが、正しい筆順はたぶん存在しないのかもしれない。私もそう思う。それにはいくつか理由もある。
一つには、私の経験だが、大学のころ同級生や教員に米人が多かったのだが、彼らのノートや板書を見て呆れたものだ。こいつら英語の大文字と小文字の違いを知らないんじゃないか?というレベルなのである。チャーリー・ブラウンの漫画でライナス・シュローダーがカボチャ大王に手紙を書いているののほうがはるかにまし。おまえって本当にプリンストンのマスター持ってんのか、とか訊きたくなったが、やめた。気にしてないようだし。ついでに言うと、米人はけっこうスペリングもめちゃくちゃ。筆記体なんて書けるヤツはまずいない。でも、悪貨は良貨を駆逐する。気が付くと、私も似たようなことになっていた。ひどい手書きだ。さらに悪いことに私は大学でギリシア語を勉強していたのであの文字の癖まで英語に出てきた。米人並の悪筆になった。正しい筆順なんか関係ないの世界だ。
もう一つの理由は後回しにする。のだが、関連してこういうアンケート質問が出された(参照)。これも面白い。結果も添えておく。
あなたの“&”の書き順を教えて下さい。
・左上がり直線→逆S字カーブ 135
・逆S字カーブ→右下がり直線 53
・それ以外 12

先の質問に戻る。私は考えたのだ。手書きの正書法について、直接はわからないが、推理すればなんとかわかるのではないか? それには"&"という記号の意味と成立史がヒントになるに違いない、と。そもそも、なんで"&"という形なのか? 知ってますか?
"&"の形状の理由は、この質問の回答にもあるが、「eとt」が元になっている。フランス語の接続詞"et"と同じ。つまり、これには英語の"and"の意味がある。"et"の元はラテン語。この二字が。どう"&"の形状の元になっているかは後で説明するとして、この回答には、カリグラフィーのサイトが紹介されていて興味深い。"セルティックハーフアンシャル2(celtic half-uncial2)"(参照)である。
最近ではやらなくなったが、私もカリグラフィーの専用のペン(たしかstemと言うのだが辞書にはこの言葉はないみたいだ)を持っていた。インクもわざわざ古文書っぽくこげ茶色を選んで使った。で、アンパサンド記号のカリグラフィーなのだが、見るとわかるように、単に「eとt」を単純に組み合わせている。"&"の形状の書き順の参考にはならない。

ここまで見てきた"&"であるローマン・アンパサンドの他に、もう一つのアンパサンド、イタリック・アンパサンドがあるのだが、こちらは先のカリグラフィーのように、EとTの組み合わせであることがわかる。するとたぶん、ローマン・アンパサンドの形状のほうも基本はEとTには違いないのだろう。なお、英語のフォントセットにはローマンではなくこちらのイタリックが含まれているのもある。

問題はここからだ。これでローマン・アンパサンドの仕組みがわかったのだから、ここから手書きの正書法が類推できないか。単純な話、「左上がり直線→逆S字カーブ」でいいのか?

これは矛盾。よって、背理法的に、「eとt」の組み合わせからは"&"の手書きの正書法は推察できない。というと、なーんだ、というオチになってしまった。あとは、一般的な手書きの正書法からこの形状を描く場合の合理性を類推するだけなのだが、どうもその類推の根拠は弱いみたいだ。デッドエンド。標題はウソです。ごめん。


ということで、学生諸君わかったかな?とか言いそうになるが、こうしたことはあまり教えてもらえないのではないか。米人とかに訊いてもわけわかんない答えになりそうだしね。
ついでに、この記号をなぜ「アンパサンド」と呼ぶかなのだが、これは、"and per se and"から来ている。"per se"という熟語は大学受験生とかも覚えておいたほうがいいだろう。「それ自体は」という意味だ。もとはラテン語だ。語形からは英語だと"for itself"に近いようだが、意味的には"by itself"ということになる。発音は「ぱーすぃー」。例文を添えておくと、"Winny isn't evil per se."「Winny自体が悪いんじゃない」。含みは、「表面的にはWinnyが悪いように見えるのだが、その本質から考えれば悪いとは言えない」ということ。
アンパサンド(ampersand)の語源"and per se and"は、「andといってもつまりandそれ自体」ということ。含みとしては、AとNとDの略語とかじゃないということ。「"&"はだからぁANDなんだよぉ」ということでもある。
ところで、手書きの正書法なんてパソコンが普及した現代ではどうでもいいようだが、今回の"&"の筆順の疑問でも思うのだが、これらは活字の文化の派生だ。つまり、活字側から手書きの正書法を類推したくなってしまうという傾向が現代にはある。これは困ったことかなと私は思う。
現在初等教育で教えているのか気になるのだが、「くにがまえ」と、構えではない「口(くち)」とは手書きの正書法では形状が違う。ところがこれは康煕字典ですら明朝体という版組の文字を使っているため、わからない。この違いを知っていてもどってことない些細なことのようだが、歴史・文化を愛することに僅かだが関わっているようにも思うのだ。
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コメント
おはようございます。
常用漢字と簡体字の対照に悩んでいます。
同じもの、似てるようで似てないもの、似ても似つかないものに分けてすこしづつ表にして、なんとか街中の看板が読めるようになってきてます。
この対照した冊子あれば売れると思うんですがねぇ。
簡体字で驚いたのは、筆順が常用漢字のようにはない(?)、ようなのですね。日本では「筆順」は中学受験で出題されるのに。
こちらでは小学校で4,000字くらいは覚えなければならないようで、そこに常用漢字との対照とこちらは筆順も正確に覚えなければならないということで、少々困惑してるところです。
投稿: shibu | 2004.10.04 09:58
`&' の用法に関しては『欧文組版入門』なる書籍で、ある程度紹介されています。`&' も最初からこのような字形(字面 [じづら])になったわけではなく、ラテン語からアラビア言語圏で使われるようになるまでに大きな変遷があったと言う研究が 100 年以上前になされたそうです。加えて『活字に憑かれた男たち』という書籍が最近の参考文献になりそうです。こちらで考察されているとおり、`E' と`t' の筆記体が変形したものであると考えて良いと思います。
投稿: 山川海 | 2004.10.04 21:44
むか~し聞いた話ですが、とある教育関係者が英語教育を
小学生から始めてはどうか、とか何とか考えたそうです。
まず小学校にあがるとまず平仮名を覚えるみたく、アルファベットを
覚えねばなりません。しかしそこでふと気づいたコトに、書き順
が分からない。そこでネイティブな方々を読んで書き順を教えて
欲しい、と頼んだところ、おかしな顔をされ言われたそうです。
「何故そんなことを決めなきゃならないのか?」
この話聞いた時から書き順ってのはアルファベットにはないのかな、とワタシは
思っております。Gの書き順がおかしい、って昔親父に怒られたなぁ・・・
投稿: 佐原 | 2004.10.04 22:47
「凹と凸の正しい書き順は?」というテレビの番組があって、誰もわからなかったけど、辞書には載っていた、というオチが付いていました。
ディズニーよりもスヌーピーを見て育った自分としては、かぼちゃ大王の例えはツボすぎですw
投稿: ななし | 2004.10.05 00:06
アンパサンドは基本的にEとTの合字ですが
ET et Et eT ∈tなどの組み合わせがありうるので
結果,字形にもかなりのはばがあります。
投稿: kmr | 2004.10.05 16:36
アメリカではアンバサンドをそのまま書く人がいないと思うんですが。コンピュタアで書けませんが、プラス(+)表記とだいたいおなじように書きます。
投稿: Karlo | 2004.10.06 04:13
やっとたどり着いた感じです。もうじき60歳になるものですが、この文字だけ綺麗にかけないのです。何か不自然です。私は、右の留めから始めてSの反対のように書くのですが、バランスが悪いのです。
英語の得意な商社マンに聞いたことがありましたが、米国人はイプシロンみたいに書いているということでしたので、今はそうしています。
昔、高校生のころ、この文字?記号の由来を見たことがあったのですが、てっきりエンドマークと思っていたので、検索に時間がかかりました。
私と同じような疑問を持っている人や、それを解明しようとする人がいらっしゃったとは驚きです。
とても参考になりました。有難うございました。
投稿: su | 2009.12.31 13:47