インドネシア大統領選の隠れた主役は国軍
長期にわたったインドネシア大統領選挙だが、退役軍人のユドヨノ前調整相が、メガワティ現職を破って当確となった。今朝の主要紙社説では読売新聞「政権交代を政情安定の契機に」(参照)、日本経済新聞「民主化進展示すインドネシア大統領選」(参照)がそれぞれ特に論点もなく扱っていた。米国大統領選とは異なりそれほど日本国内では注目された選挙でもないのだろう。私自身も深く関心を持っていたわけではない。ただ、こうした日本のある種、インドネシアへの無関心はインドネシアに対する無知もあるのかもしれない。例えば「インドネシアの人口をご存じですか?」「インドネシアの宗教の人口比をご存じですか?」と問われてすっと答えられるだろうか。日経社説はそのあたりに配慮した跡が見られる。
同国は1万3000余の島々に約2億2000万人が住む世界最大のイスラム国家であり、今回は直接選挙による初めての大統領選であった。スハルト体制下の強権政治が終わりを告げてから6年、インドネシアの民主化が大きな成果をあげたと高く評価したい。
インドネシアは人口比で見ると日本の倍ある。アメリカに匹敵する大きな国でもあり、人口では世界第四位。宗教的にはイスラム国家だが、キリスト教徒が約一割いる。ヒンズー教徒が2%弱だがこれは主に日本でも人気の高いバリ島を指しているかと思われる。だが、バリ島のヒンズー教はインドのそれとはかなり異なるので一概にヒンズー教としていいのかわからない。また印僑の人口も含まれているのかもしれない。と、外務省の資料(参照)で記憶を確かめてみて華僑が見えないことに気が付く。この問題は今日は扱わない。
インドネシアがイスラム教国であり、昨今イスラム原理主義と見られるテロも起きているので、アラブ・イスラムと同じように誤解されるむきもあるかもしれないが、実際はかなり違う。それでも世界で最大のイスラム教国はインドネシアなのであり、日本人のイスラム教のイメージには偏向があるようにも思われる。
今回の選挙では、会員四千万人を擁するインドネシア最大のイスラム団体ナフダトゥール・ウラマの法学者が「女性候補への投票はイスラムの教えに反するので禁止行為とする」と定めたファトワ(イスラム法見解)を出したが、さして効果があったふうもない。むしろ、ナフダトゥール・ウラマに関わる政治的な動向のほうが宗教に優先したようだ。
またクローズアップ現代「高まるイスラム主義」(参照)でもイスラム主義として、プサントレン(イスラム寄宿学校)のキアイ(イスラム導師)の動向に焦点を当てていたが、これも大筋では失当でもあった。
今月5日に史上初の直接選挙が行われたインドネシアの大統領選挙。その行方を左右するキーワードとして注目を集めたのが「イスラム教」。直前にメッカへの巡礼を行って敬虔なイスラム教徒としてのイメージを強調したり、副大統領候補に有力イスラム団体の幹部を抜擢し組織票を取り込もうと各候補がしのぎを削ったのである。
背景にはこれまで穏健とされてきたインドネシアのイスラム教徒が中東情勢の影響を受け、自分達の声を政治に反映させようとしている事実がある。国民の期待を一身に担って登場したメガワティ大統領が結局暮らしを豊かにしてくれなかった失望が、より政治的なイスラムへの支持へとつながっていったのだ。
これまでインドネシアにはなかったイスラム原理主義的な綱領を掲げる政党も登場、反米デモを繰り広げるなど急速に支持を集め始めている。変わり始めたインドネシアのイスラムの姿を、大統領選をとおして描く。
番組は面白かったがインドネシア状勢を見る上ではずっこけていた。
イスラム原理主義には、日本や欧米が着目するワハブ派的なもの以外に、トルコに顕著なのだが素朴な下層民の互助会的なものがある。インドネシアの構造は後に触れる軍政ともあいまって基本的に類似の構造があるのだろう。むしろ、日本はこうした素朴なイスラム教に欧米風の民主主義の接点・妥協点を見いだす先行例になればいいと思うのだが、あまりそういう見解を見かけない。ちょっとフライングだが、イラクやイランなども大衆の実態はかなりセキュラー(secular)なものなので、そうした面こそ注目すべきかもしれない。その意味で、インドネシアの動向は日本に近く経済的にも関係が深い点でより関与を深めるべきなのだろう。
インドネシア大統領選について、欧米紙の反応の一例としては、ワシントンポスト"President Heads For Defeat in Indonesia Vote"(参照)がある。彼ららしく民主化に主眼を置くのだがあまり論点は見あたらないように思う。ユドヨノについてこう書いている点は興味深い。
Susilo Bambang Yudhoyono, 55, a retired army general with U.S. military training who portrays himself as a cautious reformer, was on track to capture about 61 percent of the vote, according to the projection.
つまり、ユドヨノは米軍の訓練を受けていたよということで、この人は親米だろうという臭いを出している。
ユドヨノの主要な経歴は99年に軍を退役後ワヒド政権の閣僚となり国政に関わったことだが、国際的によく非難されるインドネシア国軍の残虐的な行為には関与していない。別の言い方をすれば、国軍の権力中枢からは離れていた。その分、国民からは清廉な元軍人とも映るし、旧勢力からは危険な分子とも見られうる。
新聞社説など日本の報道に顕著だが、今回のインドネシア大統領選について、経済と治安が焦点だったとする見解が多い。日経社説ではこうである。
今回の大統領選挙で争点になったのは失業の増加をはじめとする経済問題とテロ対策など治安問題だった。今回の選挙結果はこうした問題に手をこまぬいてきたメガワティ大統領への批判の強さを示している。特に投票を前にして起きたオーストラリア大使館前爆破テロは、人々の不安をかき立て、同大統領の「無策」を浮き彫りにする結果となった。
確かにそうだとも言える。インドネシア大衆の意識もそうだったのだろ。だが、おそらく最大の問題はインドネシア国軍だ。
インドネシアの国軍というと、つい脊髄反射的に非民主化的な批判を投げかけたくなるが、私はその側面はあまり関心がない(このあたり、極東ブログのスタンスが誤解されているようだが)。むしろ、国軍が事実上の第二の国家基盤になっている点が重要だ(これはインドネシア国民には当たり前過ぎるのだろう)。
国軍は今回の大統領選挙では驚くほど中立を守った。対外的に見る限り、国政に不干渉という印象すら与える。国軍としてはどの候補が大統領になろうがあまり関係ないと考えていたのか、本気でその分を守ろうとしていたのかわからない。後者である可能性も低くくないのは急速に進む国軍の改革でもわかる。悪名高き国会の国軍任命議席も廃止された。警察組織も分離してきている。
だが、反面、国軍は地域ごとの軍管区を強化し、その主要ポストに軍人を配備し、さらに、このネットワークを使い、独自の収益を上げるビジネスを展開している。これが事実上、いわゆる国政側からアンタッチャブルな領域となってきている。酷い言い方をすれば、インドネシアの本体には、現状の政府が転覆してもまるで問題ないメート系のように国軍が存在している。この構造はなにもインドネシアに限ったことではないのだが、今日はそこまでは触れない。
欧米的な考えからすればとんでもない軍政だということになるだろう。日本では反米テロのからみでチョムスキーの言及が重宝されるが、彼は私の見る限り、インドネシアの問題に同等のエネルギーを裂き、その問題に対する日本人知識人の怠慢に呆れている。
話が存外に長くなってしまったが、今回のインドネシア大統領選はインドネシアの民主化にとって重要な一歩となるだろうし、端的に言えば、より親米的な政権となるだろうと予想される。しかし、国軍という第二のインドネシア国体の構造はより近代化を進めつつも強化される。
それが良いことなのか悪いことなのか。私は端的にわからない。おい、オメーさんは単純な民主主義推進派じゃないのか?と問われれば、それは誤解なんですけどねとしか言えない。しかし、誤解は誤解で、多事争論の良い面でもある。少なくとも、日本人はもっとインドネシアに目を向けなくてはいけないのだから。
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コメント
Blogで指摘されている互助会ですが、インドネシアには互助会的な(素朴には昔の日本の村を超えたような)組織が相当根深く浸透しているように思います。特に、福祉とか。ジャワとかバリとか、観光地を一歩でたらスラムのような地帯が広がるインドネシアでそれなりに安定を保っていられるのはそういった互助会の働きなのかなと思いました。
投稿: Keaton | 2004.09.22 11:29