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2004.09.12

国際テロ雑感

 日本と米国では17時間くらい時差があるので、この文章を書いている時点では米国ではまだ9月11日は終わっていないだろう。というわけで、旅客機を使ったニューヨークの世界貿易センタービル崩壊のテロから三年が経った。私事だが、その日私は私自身の人生にとって大きな事件があったので、9.11がいくら国際的な大ニュースだからといってそれほど関心を払う余裕もなかった。それに、大ニュースほど私は映像メディアをあまり見ないことにしている。それでも、この事件の映像はなにかと市中で見かけることはあり、この陰惨な映像を垂れ流しする日本のメディアが信じられないなとも思った。
 この事件についてはいろいろ言われている。当然だとも思うが、反面、私はそれほどピンと来ない。そのあたりの思いを、まとまりもないだろうが、少し書いてみたい。
 まず「9.11以降」という表現があまりピンと来ない。この日を契機に世界が変わったのだと言われれば、軍事大国アメリカがそう思ったらそうだろうくらいには思う。それ以上はよくわからない。「テロとの戦い」と大上段に言われると、なるほど頭では多少理解できるようになったが、それでも実感はない。日本の場合、それ以前に阪神大震災がありサリン事件があったからかもしれない。
 9.11の事件が陰謀だったかとは私は思わない。先日の北オセチア事件も陰謀だとも思わない。テログループによる犯罪でしょと言われれば、それはそうでしょと思う。しかし、「テロとの戦い」という言葉が暗黙に含む国際テロ組織のような、敵の実態はまるでわからない。これは単純にわからないなというだけのことでもある。もうちょっというと、9.11と北オセチア事件を「テロとの戦い」で総括できるとはまるで思ってもいない。
 私事を抜いて三年前この事件について思った疑問は、今もぽつんと心の中にある。それは、この事件は、1995年のオクラホマシティーの連邦ビル爆破事件と何が違うのだろうか?ということだ。
 もちろん、違いはある。がその違いはそれほど先験的ではない。連邦ビル爆破事件のほうは結局ティモシー・マクベイをとっ捕まえて公開死刑して米国民の感情はすっきりして、だから、終わったということだけではないのか。この事件については、"American Terrorist: Timothy McVeigh and the Oklahoma City Bombing"の関連の話を読むに、田中宇が描く愉快な推論(参照)といった余地もなさそうである。
 が、それでも、この事件当初、米国社会にはイスラム犯行説が飛び交い、二日間に合計220件ものアラブ系米人に対する嫌がらせや犯罪が起こっていた。それが9.11では早々にイスラム犯行説ということになった。ある意味、オクラホマシティーの連邦ビル爆破事件の反省で多少は米国内600万人と推定されるイスラム教徒への迫害は減ったかもしれない。それでも、事件を受け止める米国社会の構造の問題は、テロという外部のものより、内在的な問題の比重が大きいのではないかと私は思う。
 9.11では犯人を公開処刑にして憂さを晴らすわけにもいかない。98年のアフリカでの大使館連続爆破テロではオサマ・ビンラディンを匿うスーダンとアフガニスタンに報復空爆する程度で晴れた憂さも、この事態では、国際世界を巻き込むかたちで本格的なアフガニスタン戦争に仕上げるしかない。そして、これに「テロとの戦い」と標題をつけみて、こりゃいけるんじゃないかと米政府は思ったのだろう。米国内で長年計画していたイラク戦争にもこの看板をつけてみた。
 もともと、イラク戦争とテロとの戦いは関係がない。が、当時はまるで関係がないとも思われていなかった。手元に詳しい資料がないが、99年1月4日(米国版)ニューズウィークもアフリカの米大使館連続爆破テロ事件でオサマ・ビンラディンとサダム・フセインが結託し、「共通の敵」である米国を標的にしたテロ行為で結託する可能性が出てきたと報じていた。イラクの大量破壊兵器云々はチャラビやアラウィらのガセだったかということになってきたし、ニューヨークタイムズもワシントンポストもイラク開戦前の大量破壊兵器報道は間違っていたと反省したが、さて、このニューズウィークの話もガセだったのだろうか。
 私はあながちガセではなかったのではないかと思っている。というか、米政府の問題は米国を標的とするテロより、アラブ諸国対イスラエルの問題のほうが比重が大きく、その派生として米国テロへの懸念があったのだろう、と私は考えている。つまり、米国はイスラエル状況を強行に改善すれば派生としてのテロも減るだろうくらいに考えていたのではないか。
 そこで、なぜイラク戦争なのか、つまり、サダム・フセインなのか。
 それにはもう少し前の時代、イラクによるクエート侵攻に話を簡単に移す。当時のイラク軍はごく短時間でクウェートを制圧した。当たり前のことだ。クェートの兵力は小国で二万人足らずだが、それにイラク軍は六万人を投入した。戦車は350両。クェートに傀儡政権を樹立したのちも、イラクは約200両の戦車、装甲兵員輸送車、燃料補給車などを追加投入。さらに、軍コミュニケ発令して予備役の招集し、総動員体制を取った。対米戦争への備えだったのかもしれないが、90年8月2日、米政府情報当局者による米議会向けの非公開ブリーフィングでは、サダム・フセインの最終目的がサウジアラビア侵攻にあるのではないかと警告したようだ。米国はサダム・フセインは潜在的なサウジアラビアへの驚異だと認識した。
 サダム・フセインの本当の思惑はわからないが、今回のイラク戦でも彼はイスラエル攻撃を叫びアラブ世界の盟主たらんとはしていた。米国もいずれサダム・フセインがサウジにちょっかいをだし、イスラエルの安全を脅かす存在になるだろうとは読んでいたに違いない。
 というわけで、ネオコンは逆にサダム・フセインのイラクを徹底的に叩くことで、イスラエルを取り巻く状況の不安定要因を一気に解決しようとしたのだろう。
 そして皮肉なことに、そういうふうにイラク戦争を見るなら、あながちこの戦争は失敗でも無意味であったわけでもない。イラク戦争は被害が甚大であるかのように報道されるが米軍被害が千人、イラク人被害が三万人程度と推定される。実戦経験を持つラムズフェルドにしてみれば、微笑しながら朝鮮戦争の昔話でもするのではないか。
 昨今、世界は混迷を深めているといった報道が飛び交う。そうかもしれない。しかし、以上のストーリーで見るなら、おそらくネオコンのプロットはそう外してもいない。イラクはイスラエルの驚異にはならなくなった。リビアの核化も潰した。パキスタンも軟化させた。北朝鮮はあまり叩くとミサイル防衛が不要になるので適当に残しておけばいい。イランはまだ大丈夫。むしろ米国にとって失敗だったのは、石油・食糧交換プログラム不正疑惑で国連、フランス、ロシアを叩きつぶせなかったことだろう。
 「テロとの戦い」からそういう米国の思惑を引き抜けば、依然、オクラホマシティーの連邦ビル爆破事件の時代のままだし、実際国際世界でのテロは、なぜだか、ごくスポラディックにしか発生していないという現実がある。無防備なアテネですらテロ事件は起きなかった。日本でも、またもっとも狙われやすいはずのオーストラリアでも発生していない。テロはもう、小規模なら今日的な意味でのテロらしくないし、北オセチア事件のように、大規模ならそれなりに周到に国際的に展開しなくてはならない。それだけ、失敗しやすいから、適度な保全が検討されている都市では起こりにくいし、それなりの政治的なメッセージを込める点からも、発生地は十分に絞られているのではないか。
 日本は、いくら「テロとの戦い」とか騒いでも、実際はもうしばらく呑気な時代が続くのかもしれない。

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コメント

ご無沙汰してます。この部分↓私も同感です。

> 米政府の問題は米国を標的とするテロより、アラブ諸国対イスラエルの問題のほうが比重が大きく

オーストラリアで今までテロが起こってないという話は、昨日私のところに上げたエントリーに書いたのですが、そこからの派生的なコメントに、「対アメリカっていうか対ユダヤ」という話をちょうど書いたところだったので。

そのコメントの中にも書いたのですが、イギリスのニュースでは、あの北オセチアの事件の直後、なぜかテルアビブに中継を繋ぎ、パレスチナ情勢等に詳しい大学教授だったか何かにコメントを求めてました。
彼らの中には、あの事件もそっち関係?という情報を掴んでいるのかもしれません…。
それに、ロシアのマフィア(ユダヤ系多し)についても…。

まあ、どちらにしてもこれらのテロについては、オーストラリアもそうですが、オーストラリアもしくはアメリカを狙った事にした方が、いろいろと都合のいい人達がいるってことかな?と思いますが(苦笑)。

投稿: 平野@オーストラリア | 2004.09.12 16:53

9.11ですが、世界の大多数の人-アメリカ以外-にとっては、大事件であっても社会の変化に繋がるようなものではなかったと思います。変化したのはアメリカだけと思います。
しかしながら、良くも悪くも唯一の超大国であり、主体的に歴史を動かしていく意思のあるアメリカが変化することによって、結果的に世界は変わるのではないでしょうか。The Economistあたりの事件当初の記述は、そういう意図を含ませていたようにも思えるのです。

投稿: カワセミ | 2004.09.12 17:11

>あながちこの戦争は失敗でも無意味であったわけでもない。
いや、成果を朝鮮戦争と比べれば明らかに「失敗」の部類に入るのでは?
13万を越える軍をイラク国内に貼り付けているにもかかわらずイラク全土を「完全に掌握した」と決して言えず、しかも予見できる未来にそのようになるの可能性も絶望的。おまけに将来テロリスト予備軍になるかもしれない若者をアラブ諸国に大量に生み出している上に、アメリカ国内においても膨大な人的・財務資源を費やして彼らがテロを起こすの100%食い止めうる保障は完全に崩れ去ってしまっている。なにしろ彼らはねずみ算的に増えているのだから。
ラムズフェルドが朝鮮戦争を持ち出すのなら、ホー・チ・ミンの言葉で反論しましょう。
「ゲリラ戦とは24時間、敵に攻撃されると思い込ませることにある。彼らに休息を与えてはならない。常に彼らを緊張させ、くたくたに疲れさせるのだ。最後には彼らは故郷にこのような手紙を出さざるを得なくなるだろう。「お母さん、ここの状況は最悪です。我々は寝る暇もありません」と。(確かこのような言葉だったかと思いますが)

投稿: F.Nakajima | 2004.09.13 21:44

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