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2004.09.19

[書評]日本人とユダヤ人(イザヤ・ベンダサン/山本七平) Part 1

 いまさら話題にするような本でもないと思うが、先日書店を見ていたら、「日本人とユダヤ人 角川oneテーマ21」(山本七平)というのがあって驚いた。「日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条」の売れに気をよくしての企画なのだろうが、驚いたのは、著者名だ。山本七平となっていたことだ。まさかと思ってコピーライト表記を探したのだが見あたらなかった。いずれ世間的には、この本の著者は山本七平ということできまりなのだから、それでもいいのだろうし、山本七平著作についておそらく全権を持つれい子夫人もかねてよりこの主張をしていたから、そうした承認も取れているに違いない。私はというと、ミンシャ・ホーレンスキー氏かジョン・ジョセフ・ローラー氏が亡くなったのかとも思った。この話は後で触れる。

cover
日本人とユダヤ人
 「日本人とユダヤ人」はある一定以上の年代の人なら誰でも読んでいるだろう。私もなんどもなんども読み返し、先日もふと読み返したが、概ね今さら感がある。面白く読みやすい本だが今の若い人は読まないのではないか。あるいは、重要な点を読み落としてしまうのではないかとも思った。この話もあとで触れたい。
 イザヤ・ベンダサンは、これに続く著作「日本教について」で、当時の左派ライターのヒーローとも言える本多勝一の「中国の旅」が再提起した「百人切り」問題を木っ端みじんに論駁した…と私などは思った、が、左派はまったく逆の印象をもっていた。また、彼らはイザヤ・ベンダサンは山本七平であり、こいつは軍国主義者の右派だ、と決めつけて、執拗に攻撃をした。ほぉ、ここまでやるかと私は感心した。私が山本七平のファンであり「日本人とユダヤ人」を繰り返し読んでいることに対して、「あれは偽物、ウソだよ」ということで、「にせユダヤ人と日本人」(浅見定雄)を勧める人が何人かいた。ので、これも読んだ。「とんでも本」とまでは言わないし、ユダヤ教の知識はそれなりにあるのだろうと思う。だが、イザヤ・ベンダサンはラビでもなければユダヤ教研究者でもない。むしろ、マービン・トケイヤーなど、ユダヤ人は「日本人とユダヤ人」を日本人の手が入っているとは理解しつつ、ここに正確にユダヤ的な感性が含まれていることを理解しているようだ。私もフィリップ・ロスの初期短編集を読みながら、この感性は「日本人とユダヤ人」だなと思った。また、浅見定雄については桜田淳子などの統一教会騒ぎやオウム事件の一連のコメントを聞いて私はまるで関心を失った。
 私の書架には、山本七平ライブラリーの「日本人とユダヤ人」(参照)がある。また読み返してみた。私も、これを書いた山本に近い歳になったなと思った。この本を実際に執筆担当したのは山本七平だ。記述の稚拙さが微笑ましい。この本は彼が49歳のときの作品で結果的にデビュー作になったものだ。彼の出版業は三十代後半でこの歳には天職の思いがあっただろう。彼があれだけ精力的に著作を出しながら、実は著述は余暇くらいにしか思ってなかったのだろうなというのが実感としてわかる。例外はたぶん、「洪思翊中将の処刑」(参照)と「現人神の創作者たち」(参照)の二著だけだろう。
 イザヤ・ベンダサンとは誰か。執筆者は間違いなく山本七平だ。だが、彼は生前執拗なほど「私には著作権がありません」と繰り返していた。だから、著者ではない、というのだ。執筆者であることは否定しなかった。
 平成四年三月月刊誌Voice「山本七平追悼記念号」にこの裏話として山本の談話をまとめた記事がある。彼はこの本を書くころ、帝国ホテルのロビーで校正をよくやっていたらしい。彼は建築家ライトのマニアでもあった。そのころ、帝国ホテルに住み込むほどのライトマニアのジョン・ジョセフ・ローラー氏とその友人ユダヤ人ミンシャ・ホーレンスキー氏と山本の三名はライト愛好の点で意気投合したらしい。山本はこう明かしている。

 当時、帝国ホテルにはオペラ歌手の藤原義江をはじめ五、六人の住人がいた。たまに寄るホテル内のコーヒーハウスで出会ったのが、ホテルの住人ジョン・ジョセフ・ローラーと、彼の友人ミンシャ・ホーレンスキーだった。二人とも私と同様ライトマニアで、ライトマニアが三人集まっていろいろ話をしたのが『日本人とユダヤ人』のそもそもの始まりである。
 ローラーはアメリカのメリーランド大学の教授で、元来は中世英語の専門家らしいが、当時は進駐しているアメリカ人の海外大学教育のために日本に来ていた。写真は本職はだしで、座間に宿舎があるのに、帝国ホテルのあらゆる細部を写真に撮ろうとホテルに泊まり込んでいたのである。ホーレンスキーはウィーン生まれのユダヤ人で、特許かなにかの仕事をしているようだった。奥さんは日本人だった。

 ローラー教授は「日本人とユダヤ人」に大宅壮一賞が受賞されたときの代理人でもあった。この山本の打ち明け話によれば、この授賞式にホーレンスキー氏も出席していたらしい。
 その後のイザヤ・ベンダサン著作についてはこう触れている。

 イザヤ・ベンダサンの名前で四冊本を出したが、ローラーは任地が変わってからはあまり関与しなくなり、あとはホーレンスキーと私の合作という形になった。

 つまり、イザヤ・ベンダサンはブルバギ将軍のように共同執筆のペンネームであり、そのアイデアに対するオリジナリティや山本七平一人に帰するものではない。おそらく、著作権もそのような三人の合意に則っているのだろうと推測されるが、山本の死後、随分時間も経ち、なんらかの著作権整理があったのではないか。この間、山本書店の歴史書の一部が別出版社に移されていたり、息子良樹の愛着もあるからだろうと思うが、「父と息子の往復書簡―東京‐ニューヨーク」(参照)も日本経済新聞社から山本書店に移されている。この本こそは、山本七平の人生を、神が存在するなら、アブラハムを祝福したように、祝福したものである。山本はこの刷り上がりを抱いて死んだに等しい。
 「イザヤ・ベンダサン」名は端的に言って「ガルガンチュアとパンタグリュエル」のようなお下品な駄洒落であるが、発案はホーレンスキー氏であったようだ。日本語の当時の聖書風に言えばイザヤ・ベン・ダダンである。英語なら、アイザック・ベンダサンであろう。
 イザヤ・ベンダサンの主要四作が終わりかける頃だったが、山本はその当時イザヤ・ベンダサンはイギリスにいるとらしいと言っていた。これはホーレンスキー氏の所在を指していたのだろう。意外に山本七平はイザヤ・ベンサン名で書くにあたって、そのアイディアのオリジナリティに律儀にルールを持っていたようにも思われる。というのも、先のVoice「山本七平追悼記念号」収録のコンプリートかと思える著作リストから落ちているが、たしか当時の週刊誌「サンデー毎日」だったかと記憶するが、イザヤ・ベンサン名による参議院についてのエッセイがあった。その前段部分になぜこの原稿依頼を受けたのか困惑しているふうが描かれていた。そこから、山本とのやり取りでホーレンスキー氏がなにか誤解しているようすも伺える。
 と、書いていて存外に長くなってしまったので、一旦、ここで筆を置こう。この先、「日本人とユダヤ人」に隠されているもう一人のメンバーの推測と、「日本人とユダヤ人」の今日的な意味について書きたいと思っている。近日中に書かないと失念しそうだな。

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コメント

ついに過去の人になっちゃいましたね。
そろそろ「はてな」を離れた方がいいのでは?

投稿: 通りすがり | 2004.09.20 13:42

http://d.hatena.ne.jp/kishida_shu/
興味深く拝読しました。 「日本人とユダヤ人」の今日的な意味についてのコメントを楽しみにしています。

私は『にせユダヤ人と日本人』(浅見定雄)はとても面白い本だと思う。『日本人とユダヤ人』よりはるかに面白い。

「蒼ざめた馬」をはじめとして、『日本人とユダヤ人』の内容は英語・聖書・現代ユダヤ人の無知に満ち溢れている。そのため「蒼ざめた馬」の章は英語訳からは削除した。

これから考えて、外国人2氏は多少アイデアを提供しただけで、『日本人とユダヤ人』発表前に山本が外国人2氏に本の内容を要約して確認するプロセスは無かった事が判る。つまり、この本に関しては、決して合作・共著ではないと思われる。

投稿: http://d.hatena.ne.jp/kishida_shu/ | 2004.09.22 03:59

http://munaguruma.blogs.com/jp/2004/01/post_2.html に少し書きました。

(岸田と山本は親友で、似た詐称をほぼ同時期にやったのでここに書きます。)

以前にこう書いた。「岸田の知名度は低いのですが、岸田を知ってる人でも、詐称した(している)事に関して関心が低いのはなぜなのかが謎です。」

つまり、こういう事だと思う。ふつうの日本人は、脱税・贈収賄などの抽象的な罪を憎む感情が殆ど無い。古賀の学歴詐称に関しても、罪を憎んでるのでは無い。有名人が恥をかいたから嬉しいだけ。(田代・植草についても同じ。)

岸田はたいして有名人でないし、「お高くとまった」または「上品にすました」点がない人間だから、古賀と違って「有名人が恥をかいたから嬉しい」という反応が全く生じない。

いかがでしょうか?

投稿: http://d.hatena.ne.jp/kishida_shu/ | 2004.09.22 10:58

簡単に「イザヤベンダサン=山本七平氏」です。

山本七平氏は死の直前に妻にその事を聞かれて、自分が
イザヤベンダサンであることを告白しています。角川書店
はその事実があるのに、何年もペンネームを変更していま
せんでしたが、やっと最近変更して出版したようですね。

投稿: KENKEN | 2004.10.02 19:26

http://d.hatena.ne.jp/kishida_shu/

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20041002#p4

「よくわからないのだが、なぜ、少なからぬ人が、山本七平=イザヤ・ベンダサン、に、こだわるのだろうか。」
と、くだらぬ事をあなたが書いていたのが不愉快でした。

イザヤ・ベンダサンの正体に最もこだわったいるのは、ベンダサンの正体だけについて長文を上に書いている、あなたですね。

あなたが『日本人とユダヤ人』が優れていると思うのはどこなのか?

私にとって面白かったのは、例えば、「ユダヤ人の間では全員一致は無効」の記述だが、これは本当に何の根拠も無いのだろうか? 山本は、山本書店刊カス本の中の一行だけを根拠にしたのだろうか?

投稿: http://d.hatena.ne.jp/kishida_shu/ | 2004.10.05 02:57

『日本人とユダヤ人』の「狭き門」の部分などを読み直している。(英訳から削除された章)

上に「興味深く拝読しました。」と書いたが、これは本当で、初めて紙に印刷して読んだ。そういう力作のコラムではあるが、「結論・論旨」の「イザヤ・ベンダサンはブルバギ将軍のように共同執筆のペンネームであり」の部分がいただけない。(少しでも聖書を知っている欧米人に尋ねれば、「狭き門」に関する無知を山本は晒さずに済んだはず。)

Finalventさんのコラムは、その他の点では面白い読み物なので、ぶっきらぼうに反論したのは少し悪かったかなと思う。

私にとって面白かった「全員一致は無効」「蒼ざめた馬」「狭き門」などは全て山本の誤謬だったようだ。そういう誤謬を取り除くと、結局「日本教」などについて、山本は少しは良い事を言ってるのだろう。

Finalventさんが、岸田秀のどういう所を評価したのか教えていただけますか? そういう内容(岸田の初期の名随想)のことを、
http://blog.livedoor.jp/kishida_shu/
に書きました。

投稿: (anonymous) | 2004.10.08 02:03

慣例上(anonymous)としました。問われている部分は岸田秀についてなので、別所に記しました。問いかけと噛み合っていないかもしれませんが、ご参考まで。
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20041008#kishida

投稿: finalvent | 2004.10.08 10:06

今晩は。 イザヤ ベンダサンって、「いざや、便出さむ」のパロでしょうか。

投稿: U-1 | 2004.10.30 23:12

part2から来ました。
驚いた。イザヤベンダサン=山本七平説に疑義を加えるだけ、著作を評価するだけで、こんなに荒らされるんですね。素人目には荒らしの根拠が見えないので不思議な光景です。

投稿: あすく | 2005.03.10 20:40

感想を二、三。

ベンダサンの正体が社会的関心事になったのは
「覆面作家」への興味ということに加えて
例の浅見定雄氏の「追及」にたいして山本氏が
「いや、ワシが書いたのと違う」とかいって
逃げ回った…と見たのは私の主観?…がために
かえって話題になってしまったのではなかったかな。
記憶違いならゴメン。


今にしておもえば
この本のユダヤ論は相当いいかげんだけど
返す刀で日本を斬るレトリックはなかなか面白いので
まあ学術的な本などと勘違いせずに
辛口評論家のエッセイかと思えば腹もたつまい。

投稿: peti | 2005.04.08 18:55

finalventさん、こんばんわ、

「日本教」を読了し、「日本人とユダヤ人」を読み始めたくらいの初学者レベルで恐縮ですが、ようやくfinavelntさんが指摘されようとしていたことがすこし解ってきました。

私には、著作者がだれであるか特定できるような力はありませんが、日本が坂をころげおちようとしているいまこそイザヤ・ベンダサン名で発表されたこれらの文章を日本人は読む必要があるように思います。この系統の本は恐るべき射程をもっているように想います。

まとまりませんが、この本をご紹介いただいた御礼を申し上げたくてコメントさせていただきました。

投稿: ひでき | 2005.04.14 20:23

>英語なら、アイザック・ベンダサンであろう。
イザヤ(英アイザヤ)とイサク(アイザック)は別人ですよ。イザヤは紀元前8世紀ユダ王国の預言者で、イザヤ書の著者とされています。イサクはアブラハムの息子で、創世記に記述されています。

投稿: 炎暑雪国人 | 2005.09.10 14:47

日本は本当にヤバくなっているね。
結局、みんな自分が読みたい部分だけ読んで、間違っている部分、ウソをついている部分には目をつぶって良しとする。
なぜ、ウソの上に築かれた主張はウソである、という簡単な論理を無視しようとするのか?
結局そのやり方は山本七平が得意とした、ウソで塗り固めた自己正当化と同じなのに。

投稿: うーむ | 2008.08.10 04:23

はじめまして大絶画と申します。
復刊ドットコムに『にせユダヤ人と日本人』をリクエストしました。みなさんの投票次第で復刊される可能性があります。投票にご協力ください。
なおコメントが不適切と感じられたら削除していただいてかまいません。

『にせユダヤ人と日本人』投票ページ
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=49301

投稿: 大絶画 | 2010.01.25 14:55

「日本人とユダヤ人」は学生時代に愛読していました。
そのときは、本当にユダヤ人の著書だと思っていました。
それが、山本七平と同一人物だったなんてだまされてしまいます。

投稿: WildChild | 2010.02.27 20:18

古いテーマで恐縮ですが。
イザヤベンダサンは、山本七平とは違うと思います。
ベンダサンさんは、どちらかと言えばアンチキリスト教のユダヤ教徒ですが、山本七平はクリスチャンです。
山本七平は、聖書解釈本を幾つも書いていますが、あくまでクリスチャンの視点であって、しかもどれも穏当な解釈です。
これに対して、ベンダサンは、旧約聖書の「キリスト教的解釈」に、厳しく異を唱え、「(旧約)聖書はあくまでユダヤ人のもの」と強く主張しています。
又、ベンダサンは、イスラエル国の正当性を、かなり強引に主張していますが、山本七平は、その抱える問題点を、かなり公平な立場から指摘しています。
唯、ベンダサンは、かなり「異端的」なユダヤ人であって、ユダヤ民族にとって不利なことも平気で書いていますが、これは普通のユダヤ人はしないことだと思います。逆に言えば、ユダヤ人だけが書けることで、ユダヤ人の友人の多い山本七平には無理でしょう。
「日本人とユダヤ人」の中で、クリスチャンにとって最も刺激的な部分は「ミカ書」の解釈で、これは大論争にもなった「全員一致は無効」説につながります。ベンダサンは、「ミカ書」をユダヤ的逆説の典型とみて、これをユダヤ式弁証法の起源と説明していますが、このような説を、他書で見たことがありません。ただ、実際にユダヤ教側の聖書解釈を見ると、驚くような「逆説」的な意見もあって、「逆説」がユダヤ人の「血となり、肉となっている」ことにうなずける気がします。基本的に、彼らは、「読んだものを愚直に信じるな」と考える人々であり、「読む側の責任」を要求する人々でもあるようで(この点は山本七平と一致するところがあります)、日本人クリスチャンの聖書理解に一石を投じています。
尚、山本七平自身は、ミカ書を特別視しておらず、この点だけからも、ベンダサン=山本七平説は、無理があります。

投稿: 〇子 | 2014.06.21 11:39

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