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2004.08.07

金魚救い?

 金魚救い? あー、また誤字かね、正しくは、「金魚掬い」とコメントをいただきそうだが、金魚救いでよろしい。この4月のことだが、イギリスでBBCで報道されたが、金魚救出の事件があったのだ。
 洒落た文章なのでちょっと読みづらいが、BBC"Goldfish rescued from drain death"(参照)を読まれたし。


 He was the only goldfish showing any signs of life when seven of the fish were spotted down a drain, among pebbles and plants from their tank.
 Residents of Sunbury Avenue, Newcastle upon Tyne, called the RSPCA but when the drain grate refused to budge, the council was called in to save the fish.
 He was fished out, christened William and adopted by one of the rescuers.

【試訳】
 彼は生存の可能性を示していた唯一の金魚だった。他の7名の金魚は、排水溝の下、タンクの小石や水草にまぎれていた。
 タイン河沿いサンベリー街ニューカーッスルの住人はRSPCAを呼んだが、排水溝が開けられないとわかるや、住宅委員会が金魚の救出に呼ばれた。
 ウイリアムと名付けらた金魚は救助隊の一人に救い出された。


 いまひとつ解せないのだが、どうやら、金魚の救出が困難であれば、排水溝を壊すぞということだったようだ。
 いずれにせよ、マジで、金魚救い、なのである。
 ところでこの話の主人公は金魚のウイリアム君ではない。RSPCAだ。RSPCAは、Royal Society for Prevention of Cruelty to Animalsの略。ロイヤル・ソサエティだよ、控えおろう! 王立動物虐待防止協会(英国動物愛護協会)だ。アニマルポリスと言ったほうがわかりやすいかもしれない。おいこら、そのジャ※、エビのおどり喰いすんじゃないよ。おいこら、そのコリ※※、犬を喰うんじゃないよ。
 RSPCAは篤志家の寄付金によって運営されている団体で、イングランドとウェールズに200ほどの支部、100ほどの動物病院を持つ大組織だ。国際的にも活動を展開している。
 この団体は、金魚の命を救うのに必死だ。日本人の感覚からすると、金魚って動物?って印象もあるが、動物だ。ウイリアムはニモの友だちなんだ、ということかどうかしらないが、先月は、RSPCAの尽力によって、金魚掬いから金魚を救うための法案もできた。
 だから、マジなんだってば。テレグラフ"New law to ban children from owning pets"(参照)にちゃんとこうある。

The Bill, which modernises century-old laws, safeguards circus animals and halts the sale of goldfish as prizes at funfairs. Children under 16 would be banned from buying pets if the Bill becomes law.

【試訳】
この法案は、100年前のものを現代的にアレンジしたものだが、サーカスの動物の生命を守り、お祭りなので金魚を商品用に金魚を売るのを止めさせるものだ。この法案が通れば、16歳以下の子どもが動物を購入することも禁止される。


 ほらね。夏祭りの金魚掬いなんてもっての他だ。NHKの「ためしてガッテン」で金魚掬いのコツなんか放映していたけど、これをBBCで流せば日本バッシングになってしまう、マジで。
 こうした動向はさらに広がりを見せている。イタリア北部のモンツァでは金魚鉢で金魚を飼うのも禁止になった。ABC"Council bans goldfish bowls"(参照)の報道はこうだ。

Pet owners in the northern Italian city of Monza, best known for its Formula 1 Grand Prix, have become the first in Italy to be banned from keeping their goldfish in bowls.

【試訳】
フォーミュラ1グランプリで有名なイタリア北部のモンツァだが、ここがイタリアで初めて金魚鉢で金魚を飼うことが禁止されるようになった。


 これが台湾にまで広がれば、故旧の茶館の金魚も撤廃されるのだろうか。
 とま、この手の話は、俺なんざ日本人さと、茶化してみるのだが、正直に言うと、私はけっこうRSPCAに心情的に傾いている。その心情の本源は彼らと同じではなく、単に仏心ってやつだ。地獄に堕ちたら、蜘蛛の糸で救われたいと願っているのだ。金魚掬いも好きではない。命からがら逃げまどう衆生を追いつめてはいけないとも思う。日本ではなにかと命の大切さというが、本当じゃないなと思うし、私は仏教徒なら肉食はすべきではないとも思う。
 ただ、こうした愛護は日本ではまたぞろ偽善になるのだろうとも思う。夏祭りの金魚掬いの金魚だが、あれは、実は、他の動物飼育用の餌の流用だと聞いている。金魚掬いだけを隠して、生きた餌として流通される実態はそのままというのも変なものだ。
 また、金魚掬いは残酷だという声は日本にもあるのだが、それも金魚を追いつめるからというよりは、始末に関連したもので、池などに放てばいいとしているところもある。おいおいという感じがする。
 こんなことで日本の夏の風物詩が消えていくのもなんだかなという感じもするが、すでに昔のような夏祭りでもない。金魚が好きなら、私のお薦めだが、奈良の郡山でも散策するといい。ほんと、いい所だよ。旧家の町並みもあり、女郎屋敷の話「千と千尋の神隠し」を思わせる風情もある。

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コメント

キリスト教は、動物は神の似姿(人間)ではない
世界内における下等存在で、『魂を持たない』みたいな
神・人至上主義的考え方をしますが、
然し、キリスト教圏の方が仏教国よりも
ずっと動物愛護運動が盛んなのですよね。
それはやはり生活水準の違い(動物にまで眼を配れる)
にあるのでしょうね…。

日本の動物愛護運動の低迷を見るに、
わが国の生活水準はまだまだかな、という感じがします。

投稿: kagami | 2004.08.07 12:43

私の祖父は、お寺の縁日では金魚すくいをさせてくれませんでした。
「今日だけは殺生はいかん」という意味でした。
町内会の夏祭りならよかったというその姿勢は、
ある意味いい加減なんですけれども、
その線の引き具合が、
なにか伝統的文脈のようなものを感じさせました。
というわけで私も、見習っています。

投稿: raki | 2004.08.07 12:56

ガキん頃の思い出:

1.金魚掬いがうまくないのであんまし取った事が無い。
2.幸運(?)にも掬えた金魚は、大抵3~4年は生かしてた&その間金魚掬いはしなかった(育ててるんだし必要無しっつー事で)。まぁ、世話の大半はお袋だったけど・・・。

とりあえず掬ったもんに関しては責任取ってると思うんだがなぁ。
それに、掬う過程だってそう虐待だとは思えないんだが(自然環境だったらそれどころじゃねぇ扱い受けると思うので)。まぁ、あの狭い容積にあんだけ多くブチこんでる所は、子供心にあんましいい気はしなかったけれど。

投稿: (anonymous) | 2004.08.08 21:36

去年金魚すくいの金魚になった夢を見ました
[内容]
私が金魚になっていて養殖場から祭りの金魚すくいの屋台に運ばれ
たくさんの金魚が狭い囲いに入れられました。
ものすごい金魚が狭い空間に閉じ込められとても窮屈でした。
そして金魚すくいが始まり人間が金魚をすくい始めました。
 すると親子の金魚がいて、その子供がすくわれてしまいました。
親の金魚は必死になてほかの金魚に呼びかけました。
「子供が、子供が、だれか助けて!」と言い
子供の金魚は「お母さん、どこにいるの!別れたくないよう・・
まだ一緒にいたいよう」と泣きながら叫んでいっていました。
そして子は連れて行かれ親は泣きながら下の方でうずくまってしまいました。
 ある二匹の金魚は一匹がすくわれそうになったけれど紙がやぶれ助かりました
二匹は喜んで抱き合いました。すると紙がやぶれた人が屋台の人に
「おじさんやぶれてしまいました」
屋台の人は「どの金魚が欲しい」
するとさっき助かった金魚を指さして「これが欲しい」といい
屋台の人が針金でできた網でその金魚をすくってしまいました。
すると友達の金魚が「その子をかえせ!」といいました
もう一匹は「たすけてーーー」と怒鳴るようにさけびました。
 すこし時間が経つと体の調子がわるくなった年をとった金魚がでてきました。
周りの金魚たちが集まり「大丈夫?」と声をかけました。
「呼吸が苦しい・・・」といっていました。
すると屋台の人が「この金魚弱ってるな」といってその金魚を
とって捨ててしまいました。金魚たちは「ひどい」「弱ると皆あんなことされるぞ」
と大騒ぎになりました。
 ほかにも二匹の友達の金魚がいて、その一匹が苦しそうに倒れ込んでしまいました。
もう一匹が「大丈夫、苦しい?」といいました。
するとさっきの騒ぎをみみにした金魚は苦しそうな友達を
屋台の人の目の届かないところに移動させました。
「もう・・だめ・・」と凍えたような声で言い
「死なないでよ」ともう一匹がいいました。
そして苦しげな金魚はしんでしまいました。
もう一匹は「ずっと友達だよ、君のことは絶対に忘れないよ、約束だよと」
死んだ金魚に呼びかけました。
 すると遠くの方で叫び声がきこえました。
そっちの方に行ってみるとなんと金魚を水を入れていないおわんに
すっくて入れていたようなのです。
金魚たちは「水のないところに金魚が入れられているぞ」「誰か助けるんだ」
と言っていました。その金魚は助かったけれどほかの金魚たちとははぐれてしまいました。
 ほかにもいろいろなことがあり、時間が経ち、祭りが終わりました。
金魚たちは「助かったぞ」「生き残ったぞ」とよろこび祭りのようでした。
すると屋台の人が金魚を強引にバケツの中に入れていきました。
全員がバケツに入り、屋台の人がバケツを草の中へもっていきました。
金魚たちは「家に帰れるぞ」といっていました。
すると、屋台の人はバケツの中の金魚を草の中へ投げ込みました。
金魚たちは「助けてー苦しいよー」とさけび
私も金魚だったので呼吸が苦しくなり体がすごく重くなりました
目が痛くなりだんだん周りが白く見えてきました。
そして私たち金魚は死んでしまいました

投稿: 金魚 | 2008.04.29 20:31

ただ言えることは、金魚掬いで金魚を救うことはできない、ということです。
結局、無事に生き残れるのは、金魚の知識を持つ人間のところに行ったもののほんの一握りです。
他は、衝動買いで買ってしまい、どうしようもなくて川に棄てられるものです。(金魚は、野生の魚だと思っている傾向が多い。)
金魚自体、犬や猫と比べて棄ててもどうでもいい、と考えられているようです。

投稿: HeavyGun | 2012.08.13 21:52

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