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2004.08.30

プリンス正男様、母の生まれた国へ、またいらっしゃい

 北朝鮮金正日総書記夫人高英姫(コ・ヨンヒ)の死亡を北朝鮮朋友朝日新聞(ちなみにチョウニチ新聞とは読まない)が、ようやく報じた。「金正日総書記夫人、死亡説 韓国の通信社が報道」(参照)。死因は心臓疾患とも言われているが、詳細はわからない。享年51歳。同じ風景を見た者として哀悼の意を表したい。
 高英姫は日本に生まれた。父高泰文(日本名高山洲弘)は済州島の生まれだとも言われるが、日本に来て大阪で暮らしていた。著名な柔道家でもあり(参照)、後年、北朝鮮に渡っても柔道界の指導に努めた。
 高泰文は戦後は北朝鮮籍とのことでオリンピックなどの場では柔道での活動ができず、昭和30年には当時人気スポーツだったプロレスに転向して活躍した。リング名は大同山又道である。昭和31年日本ジュニア・ヘビー級王座決定トーナメント戦での活躍では、駿河海三津夫の初代日本ジュニア・ヘビー級王者に次ぐ2位になった(参照)。しかし、2位は敗北かもしれない。そのせいもあってか、彼はプロレスを廃業し北朝鮮渡り、当地で体育協会の副会長となり、柔道の普及に努めた。娘の高英姫はダンサーとしての美貌もだが、著名な柔道家の娘としても有名になっていたのだろう。
 高英姫は昭和28年生まれ(推定)だ。離日の年代は1960年代だから、少女時代は日本で暮らしていたことになる。ある意味では日本のよき時代を知っていたかもしれない。そうであって欲しいと日本人の私は願う。2ちゃんで見かける日本の若者はウリナラマンセーとか気合いを込めたのが朝鮮語だと思っているが、本当の朝鮮語は、本当の日本語がそうであるように、たおやかでやさしい響きがするものだ。高英姫ならそれを語ることができたことだろう。金正日の嫡子金正男が、しばしば来日していたのも、義母の第二の故郷への憧憬もあっただろう。

cover
金正日に
悩まされるロシア
 高英姫はその人柄ゆえか、北朝鮮を実質支えている朝鮮人民軍でも「尊敬するオモニ」と呼ばれているとのことだ。高英姫がいわば帰国子女だったように、同じくソ連人の帰国子女である夫正日(ユーリ・イルセノビッチ・キム)とも共感できる部分は多かったのだろう。
 夫正日は妻への愛情と信頼も厚く、それゆえに彼女の死は彼の人生にも深い思いを残すことだろう。金王朝の世継ぎにも影響するとの噂もある。というのも、高英姫は嫡子であるがゆえに正男をよく諫めていたとのことだ。彼女が嫡子正男を失脚させたとの噂すらあるほどだ(参照)。
 そうした噂に踊らされてか、同朝日新聞記事にはこうある。

 高夫人は金総書記の有力な後継候補とされる次男の金正哲(キム・ジョンチョル)氏、三男の金正雲(キム・ジョンウン)氏の母親。金総書記には前妻の故成恵琳(ソン・ヘリム)氏との間に長男金正男(キム・ジョンナム)氏がおり、高夫人の安否は後継問題に影響を与えるとの見方が強い。

 北朝鮮の朋友朝日新聞も無礼なことを書くものだと思うが、歴史を知らない、あるいはよく歴史を忘れる朝日新聞ということかもしれない。歴史を顧みないことはかくも愚かなことだ。次男正哲が有力な後継候補とされるわけなどない。米人ですら、歴史に耳を傾けている。ニューヨークタイムス"A Mystery About a Mistress in North Korea"(参照)はこう述べる。

"Now Kim Jong Nam might be the best candidate," continued Mr. Kim, the defector, who once worked for the Central Committee of the Korean Worker's Party. "He was most loved by Kim Jong Il and Kim Il Sung" - Kim Jong Il's father and political predecessor - "and has the most international sense of the three."

But Korea has hundreds of years of history of brutal dynastic politics, in which male family members have frequently killed one another in fights over the throne.

"All during the Chosun dynasty, the succession struggles were very severe," Dae Sook Suh, a political science professor at the University of Hawaii, said of a five-century dynasty that ended in 1910. "There were uncles killing nephews, and brothers killing brothers, all to stay in the line of succession."


 そうだ。朝鮮の歴史を少しでも知るものなら、血塗られた王朝の始まりを誰もがみーんな知っている。
 そして、後年金日成と呼ばれる元ソ連人金成柱の名を見れば、誰も李氏朝鮮の太祖李成桂を思い出すだろう。日本で言ったら、神武天皇、あるいは天武天皇(実はどっちも同じだが)のような建国の英雄だ。李成桂を思い起こせば、その皇子たちの果てしない醜悪な跡継ぎ争いを、当然思うものだ。意外にもこの話はWikipedia「李氏朝鮮」に詳しい(参照)。

 李成桂は、新王朝の基盤を固める為に没頭していたが、意外なところから挫折することになる。李成桂は自分の八男である李芳碩を跡継ぎにしようと考えていたが、他の王子達がそれを不満とし、王子同志の殺し合いまでに発展する。1398年に起きた第一次王子の乱により跡継ぎ候補であった李芳碩が五男の李芳遠(後の太宗により殺されてしまう。このとき李成桂は病床にあり、そのショックで次男の李芳果に譲位してしまう。これが2代王の定宗である。しかしながら定宗は実際は李芳遠の傀儡に過ぎず、また他の王子達の不満も解消しないことから1400年には四男の李芳幹により第二次王子の乱が引き起こされる。李成桂はこれによって完全に打ちのめされ仏門に帰依する事になる。
 一方、第二次王子の乱で反対勢力を完全に滅ぼした、李芳遠は、定宗より譲位を受け、第3代王太宗として即位する。太宗は、内乱の原因となる王子達の私兵を廃止すると共に軍政を整備しなおし政務と軍政を完全に切り分ける政策を取った。また、李氏朝鮮の科挙制度、身分制度、政治制度、貨幣制度などが整備されていくのもこの時代である。

 太祖李成桂にしてそうだった。金成柱(金日成)がどれほど金正日の異母弟金平一を世継ぎとしたくても、ダメだった。嫡子は嫡子だ。トートーメーはトートーメーだ。門中は門中だ。今日はうーくいだ。かくして、平一は現在もポーランド大使として国外退去となっている。
 金王朝の三世は金正男に決まったと言ってもいい。日本も、生さぬ仲とはいえ、縁あるこの皇子を快く迎えようではないか。
 もちろん、朋友朝日新聞ですら無礼なことを書き散らすように、不穏な空気はある。同胞韓国人も憂慮している。朝鮮日報「北に親中政権が登場するのではないかと眠れなかった」(参照)がよく表している。

 高建(コ・ゴン)前首相が「大統領権限代行として務めた今年4月、北朝鮮の龍川(リョンチョン/竜川)で爆発事故が起きた時は韓半島情勢が心配で夜も眠れなかった」と打ち明けた。
 もし、金正日(キム・ジョンイル)政権が突然崩壊し北朝鮮に権力の空白が生じる場合、中国が介入することになり北朝鮮に“親中傀儡政権”が登場するのではないかという判断や、その場合韓国が北朝鮮に影響を与えられる手段をひとつも持っていない現実を知っていたためだという。

 杞憂ではあるまい。金正日政権が突然崩壊して北朝鮮に権力の空白ができれば正男への王権委譲はすんなりとはいかないだろう。朝日新聞が暗黙にヨイショするように、金正哲あたりに王朝を嗣がせた親中傀儡政権ができるかもしれない。そういえば、河の向こうに中国の軍隊が見えるじゃないか。
 なに? 朝日新聞は北朝鮮の朋友じゃなくて、親中傀儡報道機関? まさか、そんなことはないでしょ。でも、正哲の期待を日本国内に高めてくれるかもしれないのだが。

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コメント

多分何も考えず、パスポート偽造容疑で身柄を拘束しながら「おおコワ」で数時間後に送還したのは吉だったんでしょうね。

釈然とはしないが、マキコ恐るべし。

何れにせよ、ただのタワケかインテリジェンスの塊りなのかは知らぬが、簡単に世襲できるのだろうか?

投稿: 久立珍重 | 2004.08.31 13:04

高英姫が在日出身で済州島にルーツを持つというのは、北朝鮮ではどう思われてたんでしょうね。
どっちもマイナスにこそなれ、プラスにはならない要素だと思うんだけど。
将軍様の威光で押さえ込んでいたとは言え、裏ではいろいろ複雑な感情が渦巻いてるように思います。

投稿: Baatarism | 2004.08.31 15:20

>Baatarismさん

在日社会でもチェジュ島出身というのは被差別対象です。
勝手な想像ですけど、「高英姫」への複雑な情念は相当なものがあったと思います。

現在でも、南北朝鮮民族社会というのは世界でも例をみないくらい差別社会ですからね。

投稿: 匿名 | 2004.09.01 01:45

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