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2004.08.14

DNAから日本人の起源がわかるものなのか

 宝来聰総合研究大学院大教授が10日に亡くなった。58歳。直接的な死因は肺化膿症とのことだが、別の病気から誘発したのではないのかとも思った。わからない。今後の活躍が期待される学者だったのに残念だ。

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DNA人類進化学
 書棚を探すと、宝来聰教授の本が一冊残っている。「DNA人類進化学」だ。アマゾンで見たら、在庫切れになっている。絶版だろうか。他の著書はどうかと思って、検索したがまずもって見あたらなかった。1997年の「DNA人類進化学」の知見はその後、本人が否定したともどこかで聞いたことがあるが簡単には確かめようがない。ネットをサーチしてみると、同書についてのコメントはちらほらとあるが、率直に言って、あまり要領を得ない。私の理解が足りないのかもしれない。
 「DNA人類進化学」で私が印象に残っていることは三つある。一つは人類をその起源から考えるとき、アフリカ人の多様性こそ重視しなければいけないのではないかということ。日本人は白人、黄色人種、黒人くらいにしか分類しないが、どうもこの分類自体が近代の偏見のようだ。二点目は、琉球人の祖先がいわゆる縄文人から遠いとしている点だ。この点については、率直なところそれ以上はよく読み取れない。それでも、私はアイヌと琉球が日本人の原型だとするのは間違っているように思うので印象に残った。三点目は、二点目に関係するのだが、日本人起源論ではおそらく定説と思われる埴原和郎説を否定しているように見えることだ。
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分子人類学と
日本人の起源
 ところが、読みやすい入門書である「分子人類学と日本人の起源」を見ると、宝来説が埴原説をサポートしているかのように書いてある。そう読めないこともないのだろう。
 宝来聰の研究は、「DNA人類進化学」でまとめられた時点では、母性遺伝のミトコンドリアDNAによる人類・民族起源を対象としていた。ミトコンドリアDNAは母系だけに遺伝する。このからくりから彼はこう説明している。

例えば、われわれ一人一人の一〇世代前の祖先は2^10、すなわち一〇二四人存在するから、われわれのもつ核のDNAは祖先の染色体の全部で四万七一〇四本(四六本×一〇二四人)のうちの四六本に由来するものを持っている。したがって、各染色体が一〇世代前のどの先祖に由来するのかを特定することはほぼ不可能である。一方、ミトコンドリアDNAでは、確実に一〇世代前の一人の母系の祖先が持っていたミトコンドリアDNAに行き着くことができる。

 それが本当なら、かなり確実性をもって祖先の推定ができそうにも思うが、この限定性には両面があり、端的な話父系にはかかわらない。むしろ、遺伝子学を使った祖先の特定はできないというふうに読んでもいいのかもしれない。
 東アジアや東南アジアのように、紀元前から華僑的な交易の盛んな地域では、男は単身で遠隔地に行って、そこで現地妻を作る特性がある。なので、文化的な特性及び父系の遺伝的要素がまるでわからないと、実際には無意味な結論になりかねない。
 率直なところ、こうした民族起源説は、私は話半分といったところかとも思う。
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日本人の
骨とルーツ
 しかし、古代史全般に言えることだが、こうした「科学的」な手法が古代の真実を表すと考える人は多い。しかたがないのかもしれない。以前、松本秀雄のGm遺伝子論(「日本人は何処から来たか―血液型遺伝子から解く」)に固執する人と話をしたことがあるだが、それだけが科学的な日本人起源だとして譲らずに閉口した。
 同類の科学的な議論は、日沼頼夫「新ウイルス物語―日本人の起源を探る」にも見られる。栗本慎一郎はこれに偏って評価していた。しかし、科学というものは多面的だ。なのに、常識的な科学観が、古代史といった分野では欠落しやすいのだろう。
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母型論
 その点、吉本隆明はこうした問題を扱った母型論では、埴原説、松本説、日沼説を並べながらも一定の距離を取っている。だが、この本はあまりに独自すぎてどのように評価していいかわからない。また、言語をもって民族起源に迫ろうとしているようにも見える点は稚拙すぎる。言語の起源は民族の起源とはまったく独立である。
 文化様式も民族の起源とは異なる。だから、民族学や民俗学的な知見から日本人起源を探ることは無意味だ。縄文人も弥生人も本来は、洒落に過ぎない。縄文土器と弥生土器という文化様式があるだけなのだ。
 結局、日本人のルーツは何か、どう探るのかという問題になる。だが、この問いかけが倒錯しているのだろうと私は思う。宝来聰らのような研究が無意味だとは思わないが、それらの研究成果がもし我々日本人の起源幻想に答えようとしているならやはり倒錯だろう。
 問題は、「われわれ」というときの民族の幻想的な同一性である。これがどことなく血をや骨格を連想させることが科学の装いを持ってDNAだのという話になりやすい。だが、民族とは共同的な幻想による集団の行動特性でしかない。韓国でも、高句麗・渤海の起源を巡って中国と争い始めたが、この議論に潜む朝鮮族という幻想から抜け出ようとはしない。近代が民族国家を志向するなら、統一朝鮮ができても同じことになるのだろう。中国は中国で諸民族の統合を名目としつつ実際には巨大な民族国家的な志向をする。
 特に話の結論はない。
 余談だが、今日で極東ブログが一年経った。一年よく続いたものだなと思う。感慨はある。思うこともいろいろある。人生のある一年、よく書き続けたものだと自分をいつか思うのだろう。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

一周年おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。
毎日、極東ブログを読むことを楽しみにしておりますので、
感謝と期待の気持ちで一杯です。
お身体にお気を付けて、ますますのご健筆を願っております。

>民族とは共同的な幻想による集団の行動特性でしかない。
宗教と民族は常に裏表ですね…。
左の人達のコスモポリタン幻想も民族主義と裏表である
ことが多く、イラク人質事件で、『国家は高遠氏らの救済の
為に自衛隊撤退義務がある』とか、
超民族国家主義で驚愕しましたね。
ああいう勘違いさんにはぜひ吉本を読んで頂きたいと
強く思いました…。

投稿: kagami | 2004.08.14 18:15

極東ブログ一周年、おめでとうございます。

今回の記事では、言語や文化様式が、直接的に民族を規定するのではないという見方を今まで考えたことがなかったので、とても興味を持ちました。出来たら勉強したいのですが、おすすめの参考文献などを質問してもいいでしょうか?

投稿: (anonymous) | 2004.08.14 18:37

kagamiさん、ども。それと、慣例としてanonymousとしました。

藤原正彦は、シオランや山本夏彦をひいて、祖国とは国語と言っていますが、実際には、言語は民族を規定しません。文化はといえば、これも現実世界を見れば、民族を規定していないのは当然でしょう。日本など、客観的に生活文化の共通項を見ればアメリカ文化ですが、それすら意識に登らないほど、差異の部分の日本文化を愛好しているわけです。

民族(民族国家)とはなにかは、結局は国家幻想なのだということになるのでしょうが、このあたりはあまりいい解説書はないように思います。吉本隆明や広松渉などの著作がそれですが、やっかいすぎます。

それより、歴史の事例をなにかと見ていてはどうでしょう。どの民族国家の歴史も子細にみると、どっかに抜け穴ようなところがあり、民族性の欺瞞を示すことが多いように思われます。

(さて、もう一年続くでしょうか、このブログ…)

投稿: finalvent | 2004.08.14 21:09

極東ブログ1周年おめでとうございます! いつも楽しみにしています。
これからも、僕らを楽しませてください。

投稿: 小鳥 | 2004.08.15 02:37

 私もいつも興味深く拝読し、多くの触発を受けています。
1周年おめでとうございます!

投稿: summercontrail | 2004.08.15 09:07

男のミトコンドリアDNAは精子の尻尾の部分に当たる。
受精の際、尻尾を切り離すので遺伝しない。

投稿: せつな | 2004.08.15 12:35

☆祝一周年☆
いつもネタの幅広さとその洞察力にいつもへぇ~を連発しながら拝見いたしております。
そうおっしゃらず続けて下さいと、勝手ながら思っております。何の義理か?同じ民族(笑)の先輩として?

投稿: いちげんさん | 2004.08.15 13:53

 初めまして。最近ミトコンドリア・イブや古人類学関連を検索していて、ここにたどり着きました。宝来聰先生の本(『DNA人類進化学』)はどこにもないし、先生ご自身も最近他界されたと知ってショックを受けています。
 楽しく記事を拝見させていただきました。良かったらリンクを張らせてください。よろしくお願い致します。

投稿: みゅーみゅー | 2004.09.24 10:18

みゅーみゅーさん、こんにちは。リンクはどうぞご自由に。興味深い話がれば、こちらにトラックバックをください。

投稿: finalvent | 2004.09.24 10:56

DNAから判るものがあるとすれば、日本人の起源というよりはむしろ「人種的成分」でしょうな。

投稿: | 2008.02.16 16:37

Y染色体ハプロタイプでは、本土日本人は「DE系統D亜型D2A」と「NO系統O亜型O2B1/O3」とのほぼ半々の混血と結果が出ていますし、この点は、今回、総合研究大学院のプレスリリースである意味、裏付けられたという事が言えます(Y染色体ハプロタイプも参考にして方向性を定めたのでしょう)。しかし、総合研究大学院の調査方法では、アイヌ人(D2*)と本土日本人(D2A)の遺伝的違いが判別出来なかったということです。アイヌ人(D2*)は、縄文人(D2A)ではなく、同じ系列(D2亜型)の別集団(C3亜型が入ったのが証拠)と考えます。言語が違うのもそのせいでしょう。琉球(D2A)と似ているのは、本土日本人(D2A)でしょう。アイヌ人(D2*)とは若干の違いはありますが、本土日本人のD2Aに近い系統と言えます。朝鮮人(O2B*)と日本人(O2B1)は、O2Bとしては系統が近いですが、若干異なるので、韓国人=弥生人とはならないでしょう。ここまでは、Y染色体ハプロタイプで説明しましたが、問題はmtDNAです。日本はmtDNAに関しては調べつくしたと思いますが、mtDNAとY染色体の結果が何故異なるのか、東ヨーロッパでも似た現象が発生していますが、現在のところ、原因がわからない点がジレンマとなっています。総合研究大学院の(mtDNAではなく核遺伝子を使用した)調査方法は、mtDNA、Y染色体とはまた別の方法である為、より真実に近い結果が得られるかもしれませんが、この方法では、アイヌ人と日本人、琉球人共通の「DE系統D亜型」内の違いと、弥生人と韓国人の「NO系統O亜型」内の違いまでは判別は出来ない欠点があります(常染色体では系統分析が出来ないのです)。総合研究大学院のプレスリリースは微妙に正直であるといえます。一番重要な点はその内容を飛躍して考えないようにした方がいいという事です。例を上げると、弥生人の渡来ルートとして、「朝鮮半島経由」については、現段階では否定できませんが、日本の稲の遺伝子パターン等から、依然として別のルートの可能性も考えられるという事です。一つでも先入観があると飛躍した誤った理解となってしまいます。

投稿: 考察 | 2012.11.22 23:52

本土日本人(大和民族)は「縄文人」と「弥生人」とのほぼ半々の比率の混血民族です。「本土日本人、沖縄県民(琉球民族)」 と 「中国人(漢民族)、韓国人(韓民族)」とはかなり異なります。

↓Y染色体ハプロタイプ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA#Y.E6.9F.93.E8.89.B2.E4.BD.93.EF.BC.88.E7.88.B6.E7.B3.BB.EF.BC.89.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E7.B3.BB.E7.B5.B1.E5.88.86.E6.9E.90

↓2008年、住斉(すみ・ひとし)筑波大名誉教授による「縄文人特有mtDNA」と「弥生人特有mtDNA」による計算結果より
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/imgview/2009/05/24/a542e.jpg.html
(産経新聞より抜粋)

投稿: 私はカモメ | 2014.07.31 22:23

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実家に「日本人はどこからきたか 新・日本人起源論の試み」(埴原和郎編、小学館)という本がある。父が買ったのであろう。1984年初版であるから、ざっと20年前だ。言語学や骨学に関する章と並んで、「集団遺伝学からみた日本人」という尾本恵市による章があり、日本人集団の特徴を遺伝子頻度を用いて論じている。大雑把に言えばこんな感じだ。集団α、集団β、集団γがあるとして、それぞれのABO式血液型におけるO型の人の頻度((実際には表現型の頻度ではなく、遺伝子頻度を使う))が、80%、70%、10%だったとしよう... [続きを読む]

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