人間の遺伝子にはコピー番号が付いている
本文を読まれる前に
本稿について、duさん、おがさんより、重要なコメントをいただいた。本文に併せて読んでいただきたい。
エントリの標題は「人間の遺伝子にはコピー番号が付いている」としたが、これは誤りだった。「コピー番号」ではなく、「コピー数」である。標題は「人間の遺伝子情報には重複や欠落がある」としたほうがよかったかと思う。
本文もこの点に大きく誤りがあるが、INSタグで修正する種類ではないので、ここに明記しておくことにする。本文を読まれるかたは注意していただきたい。
ニュースをザップしながら、ロイターヘルスの記事"New genome test finds big differences among people"(参照例)が気になった。標題を試訳すると「新しいゲノム・テストによって、人それぞれに大きな違いがあることがわかった」となる。
で? みたいな感じだ。遺伝子情報は人それぞれ違っていて当然じゃないか。だから、サダム・フセインを捕まえたときはわざわざ家畜の扱いにして口を開けさせ遺伝子を取り、鑑定していた。遺伝子鑑定は究極の個人認証だみたいな考えは、なぜか日本人には、いや現代人にはかな、なじみやすく、奇妙に常識化している。
が、話はそういうことでもないようだ。なんどか記事を読み直したが、どうも要領が得ない。記事の書き方も悪いようだが、それでも、なにか重要な話でもありそうだ。
The researchers found - by accident - that some people are missing large chunks of DNA, while others have extra copies of stretches of DNA.Writing in the journal Science, the researchers have dubbed these differences "copy number polymorphisms." They are found in genes linked with cancer risk, with how much people eat and with reactions to drugs.
人によって特定のDNAがごそっと抜けていたり、逆にくっついていたりというこことがあるらしい。これは、コールド・スプリング・ハーバー研究所などが開発したROMA (Representational Oligonucleotide Microarray Analysis )という遺伝子の検査方法で、偶然に発見されたというのだ。
この概念が私にはよくわからない。ポリモーフィズムは結晶学では多形性を示すものだ。ダイヤモンドと炭素の違い、というのはあまりいい比喩ではないが、そんな感じでもある。Javaのクラスなんかでもポリモーフィズムがよく活用されているので、プログラマはそんな印象を持つだろう。私の感じからすると、polymorphic(多形)はpolyphonic(多声)に似ているので、16音源着メロみたい語感ではないかと思う。
もちろん、生化学的には、"CNP:copy number polymorphisms"は略語の類型からして、"SAP:single nucleotide polymorphisms"、つまり一塩基変異多型に対応しているのはわかる。ロイターの記者もある程度その点は意識しているようだ。
These were large differences that have not been reported before - involving much more DNA than so-called single nucleotide polymorphisms, which are well-known single-letter changes in the A, C, T, G nucleotide code that makes up DNA.
CNPは、核酸記号ACTGのシークエンスの変化による多様形態SAPとは違うというのだ。が、説明はSAPのほうでCNPの説明はない。とにかく従来考えられてきた以上に、個体間に遺伝子情報の差異があり、それは、いわゆる遺伝子暗号の差異ではないということだ。
説明には苦慮のあとがある。
Everyone has two copies of each chromosome, except for the X and Y chromosomes that separate men from women. The researchers found that each of their healthy volunteers had just one copy of each CNP."If they happen to marry and have children with someone who has the same CNP, maybe the children will be affected," Sherwood said.
性遺伝子を除けば、人は両親の遺伝子情報をもつので、そのあたりで、いわゆるDNA鑑定ができる(ちなみに、GoogleでDNA鑑定を検索してくずおれたが)。だが、CNPはそういう概念でもないようだ。血統が違っても同じCNPがあるのとこだ。このあたりはよくわからない。
推測だが、このコピー番号というのは、リソグラフやエッチングのコピー番号と似た語感で命名されたのではないだろうか。著作権のCopyの概念にも近い。余談だが、英語では、通常の書籍のことをコピーという。オリジナル原稿をコピーしたものだからだ。そういえば、昔は書籍に通し番号入りの著者検印があったが、ああいう感じだろう。
余談めいた話が多くなったが、今回の発見で、重要なことは2点ある。まず、終了したはずのゲノム解析にも影響が出るもようだ。
The researchers also found possible mistakes in the map of the human genome published by the Human Genome Project.In 20 people they found a stretch of DNA on chromosome 16 that does not appear there in the published sequence of the human genome - but rather on chromosome 6. "It is extra copies of a gene that no one knew about," Sherwood said.
個体差が大きいので従来のゲノム・マップが見直されるかもしれない。
もう一点は、CNPが、がん、肥満、神経疾患、遺伝子病などと強い関連を持つらしいことだ。
"Thus, a relationship between CNPs and susceptibility to health problems such as neurological disease, cancer, and obesity is an intriguing possibility," the researchers wrote in their report.
この点については、昨年に出されたコールド・スプリング・ハーバー研究所のプレス情報"Powerful new method helps reveal genetic basis of cancer"(参照)のほうがわかりやすい。
Plus surprising differences in 'Normal' DNA
Researchers at Cold Spring Harbor Laboratory have developed one of the most sensitive, comprehensive, and robust methods that now exists for profiling the genetic basis of cancer and other diseases. The method detects chromosomal deletions and amplifications (i.e. missing or excess copies of DNA segments), and is useful for a wide variety of biomedical and other applications.
この研究は当初よりがんなどの医学的な応用が意図されていたようだ。
By using ROMA to compare the DNA of normal cells and breast cancer cells, the researchers have uncovered a striking collection of chromosomal amplifications and deletions that are likely to be involved in some aspect of breast cancer (see http://roma.cshl.org, password available on request). Some of the DNA amplifications and deletions detected in this study correspond to known oncogenes and tumor suppressor genes. However, many of them are likely to reveal new genes and cellular functions involved in breast cancer or cancer in general.
乳がん研究からわかったようだ。
話を極東ブログっぽく締めたい。誰でも推測できるが、いわゆる「生活習慣病」の遺伝子リスクは今後より正確に計測されるようになるだろう。当然、予防にも活かせるのだが、その情報は保険に限らず個人の人生選択に影響を与えるようになる。これは、従来からも言われていたことでもあるのだが。
また、厚労省が責任逃れ、あるいは個人の「自己責任」化をもくろんで作り出した「生活習慣病」というものの嘘臭さも、こうした新世紀の医療・保険のなかで実質的に暴露されるだろう。健康が、生活習慣に依存するなら、そのリスクも計算できなくてはいけないし、いかにもそのリスクは疫学的に計算できそうにも見える。
しかし、CNPのような研究が進めばどこかで、いわゆる健康によるリスク回避は係数ではなく些細な定数のようになるのではないかと思う。つまり、健康という概念は、どこかで終焉するか、変化するだろう。すでに変化しているのかもしれないが。
【追記 同日】
コメント欄でおがさんから、「コピー番号」ではなく、「コピー数」という指摘をいただきました。
”通し番号”ではなくて遺伝子のコピー数のことですね。
父母から1セットづつ常染色体を貰うので、我々は大部分の遺伝子について2つづつコピーを持ってます。片方の親から受け継いだ染色体にCNPがあれば、コピー数が1(脱落の場合)あるいは3以上(重複の場合)になるってことです。
なるほど。
さらに誤解かもしれないが、通常遺伝子情報は両親から受け継いだ2つのコピーを持っているが、情報の部位(それがCNP)によっては、1つであったり3つであったりということのようだ。
とすると、その発現が気になる、ということでもある。
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コメント
”通し番号”ではなくて遺伝子のコピー数のことですね。
父母から1セットづつ常染色体を貰うので、我々は大部分の遺伝子について2つづつコピーを持ってます。片方の親から受け継いだ染色体にCNPがあれば、コピー数が1(脱落の場合)あるいは3以上(重複の場合)になるってことです。
投稿: おが | 2004.07.23 13:47
冗長性の差異がpolygene expressionに効いてくるみたいに読めましたが、いかにもありそうな話ではないでしょうか。自身の遺伝子多型をも環境として適応する、てなことになりそうです。
投稿: a watcher | 2004.07.23 14:58
23 July 2004, Volume 305,Number 5683とのことで、「近く」と言わずもう読むことができますよ。
投稿: du | 2004.07.23 15:08
おがさん、duさん、ご指摘ありがとうございました。
サイエンスの号については確認し、修正を入れました。
「コピー番号」の無理解は修正がきかないので、本文の前におことわりを加えました。
a watcherさんのご指摘もそれを踏まえてことと読みました。ありがとうございました。
投稿: finalvent | 2004.07.23 15:47
当方の不完全な指摘に丁寧に御対応いただき恐縮です。
ブラウザ上でかき込もうとするとなぜか文字が化けてしまうので、改めて出直して参りました。
生活習慣病に関する部分で若干引っかかりを覚えたので、少し質問させてください。
>いわゆる健康によるリスク回避は係数ではなく些細な定数のようになるのではないかと思う。
というところの前後のくだりが良くわかりません。
生活習慣病=多因子遺伝病の発症には環境因子も必要であり、遺伝因子はリスクファクターの一つ(≠全部)ということになっているかと認識しています。それに対して記事からは、遺伝因子の解明が進むにつれて、どこかで遺伝因子のみでほぼ決定論的に予測が可能となると仰っておられるように思えます。
なにかの講演会で聞いた話で定かではないので恐縮ではありますが、多因子遺伝病の遺伝的因子の寄与率はたかだかX%(特定の疾病についてだったかもしれませんが50未満だったと記憶しています)であるとかいう話を聞いたことがあり、その程度には「生活習慣」病という呼称が正当性をもつものかと思っていたのですが、近年になってもっと決定論的な方向の事実が明らかになってきたのでしょうか。
後、「健康の終焉」という部分、興味深いのでもう少しくわしくお聞かせ願えればうれしく思います。
記事を拝見したイメージからだと、現時点の例で言えば、タバコをA歳で止めればB歳における癌の確率がC%とかいう予測がありますが、その精度が上がればエラーバーが小さくなって、ある程度の振れ幅の中で人生を送ることになる、という感じのことを仰っているのかな?とも想像したのですがいかがなものでしょうか。
はじめに質問と書きましたが、お答えを特に急いて求めるつもりはありません。なにかのおりに、くわしく御解説頂ければうれしく思います。
投稿: du | 2004.07.26 15:37
duさん、再投稿をしいてしまったようで申し訳ありません。文字化けしたコメントは読みやすさの便宜上、削除しました。ご了解ください。
基本的にduさんが推測されたように、
>記事を拝見したイメージからだと、現時点の例で言えば、タバコを
>A歳で止めればB歳における癌の確率がC%とかいう予測がありますが、
>その精度が上がればエラーバーが小さくなって、ある程度の振れ幅
>の中で人生を送ることになる、という感じのことを仰っているのかな?
>とも想像したのですがいかがなものでしょうか。
というふうに考えています。
もちろん、遺伝子の発現は環境の影響を受けるわけですから、生活習慣の改善によって、その発現を抑えることができるのではないか、とも言えるわけです。そして、これらは、従来の疫学では所定のリスクとして計算できたわけです。
しかし、一般的には、生活習慣=自己責任、がひきおこす病気というイメージなっています。これは、厚労省の、陰謀とまではいいませんが、責任回避の意図を推測します。
問題は、しかし、今回のエントリでも思ったことですが、病気の遺伝子の発現には環境因子があるとしても、そのリスクはむしろ、遺伝子の情報のパラメーターでわかるようになるだろうということです。そして、それはどんどん保険や社会制度のなかに、組み込まれていくだろう、と。SF的に言えば、CEOの遺伝情報が投資の算定式に組み込まれることもあるかも。
そこで、「健康」というのは、自分の遺伝子的なリスクへの管理ということになるかと思うのです。
さらに突き詰めると、遺伝子の発現リスクを自分の運命として生きるということになるのだろうな、と。ひどい言い方だと病気や短命は自分の人生の意味のひとつなんだ、という考えが、現在の健康観を越えていくのではと思うのです。
ちょっと極論すぎるかもしれません。しかし、生活習慣の改善という均質的な健康観は、個人の特定の遺伝子発現のリスクとバランスする時期は来るように思われます。
投稿: finalvent | 2004.07.26 17:05
お返事が遅れました。
少なくとも感じていらっしゃる姿は私と近い物であるように思います。
>そして、それはどんどん保険や社会制度のなかに、組み込まれていくだろう、と。
ってのもそうだろうと思います。
ただ、
>そこで、「健康」というのは、自分の遺伝子的なリスクへの管理ということになるかと思うのです。
って言っても、すでに家系的にガンになりやすいとかはげやすいとか(^^;糖尿になりやすいとかはわかっているわけで、その予測の精度がちょっと(?)上がる程度では、と思っていました。
ただ、先日人とあったときに雑談の中で「健康は体質だ」という一言が出まして、その体質が定量的に語れるようになったとき、一般的な健康観というのはやはり変化していくのだろうかなあ、等と感じた次第です。
とはいえ、臨床での実証のサイクルを考えると、早くても一世代以上先ではないとある程度の精度の予測は得られないんじゃないかなあ等とは思っていたのですが、世の中にはもっと気が早い動きもあるのですね。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040729/mng_____tokuho__000.shtml
体質なんてよりもっと微妙な物についてこう言うことを語るってのは、目一杯肯定的に見ても時期尚早としか思えませんでしたが。
何はともあれお返事ありがとうございます。非常に参考になりました。
投稿: づ@どこぞ | 2004.08.04 20:30
本文の方のcopy number polymorphismsの理解は残念ながらとんちんかんです。
どう書けばいいのか悩んだのですが、分子遺伝学の初歩的な教科書レベルの知識がないと、そもそも理解するのは難しいのではないかと思います。
あと、CNPが、がん、肥満、神経疾患、遺伝子病などと強い関連を持つ可能性があるというのは間違いではないのですが、そこからいきなり生活習慣病の話につなげるのは無理があります。
それと、生活習慣病が遺伝的素因と生活習慣などの環境的要因の両方で発症するというのは正しいのですが、その理解のバランス感覚がずれています。
投稿: a researcher | 2007.08.22 07:48