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2004.07.22

[書評]アーリオオーリオのつくり方(片岡護)

 料理本にはめちゃくちゃにおもしろいものがまれにあるが、「アーリオオーリオのつくり方」(片岡護)は間違いなくその一冊だと思う。こんなに面白くて、役に立つ本はない。読んですぐ役立つ。特に人生のどん底にある人間、あるいはかつてどん底にあってどん底に馴染んだ人間(ああ私もそうだ)は、この絶望のパスタ、スパゲッティ・アーリオオーリオを食べるべきである。

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アーリオオーリオのつくり方
明日も食べたいパスタ読本
集英社文庫
 アーリオオーリオの「アーリオ(aglio)」はにんにく、「オーリオ(olio)」はオイル、つまりオリーブオイルのこと。にんにくのオイルソースということだ。これをスパゲッティにからめたのがスパゲッティ・アーリオオーリオなのだが、普通、辛みをきかせる。辛みは唐辛子、ペペロンチーノ(peperoncino)。だから、スパゲッティ・アーリオオーリオは、ペペロンチーノのことである。なーんだと思うかもしれないし、そう思っても当然かもしれない。なにしろ、こんな料理はイタリア料理屋にはない。中華料理屋がお粥を出さないのと同じ。金をとって食わせるものじゃない。でも、スパゲッティ・アーリオオーリオがわかれば、イタリア料理のとても大切ななにかがわかると思う。アルポルトの片岡護主人はこうさらっと言っている。

 ミラノでの五年間、休日はほとんどパスタの食べ歩きに費やしました。
 知れば知るほど、ますますパスタが好きになりました。
 ですから、この機会に、僕の道を決めることになったパスタのことをいっぱい話したい。しかし、この本一冊では五年分のパスタはとてもとても語りつくせません。
 そこで、名案か迷案かわからないが、にんにくの香りと鷹の爪の辛みをオリーブオイルとともにゆでたスパゲッティにからめる、あのもっとも簡素で、しかしイタリーのパスタを代表する「スパゲッティ アーリオ オーリオ」について、五年間の成果とし、まず、聞いていただこうかと考えました。

 というわけで、アーリオオーリオの話なのだが、まず基本的な素材について、項目立てて説明がある。これが大変に面白い。

第一章 スパゲティアーリオオーリオのつくり方
 第一課 パスタ
 第二課 オリーブオイル
 第三課 にんにく
 第四課 赤唐辛子
 第五課 パセリ
 第六課 最後に水と塩と鍋について
 第七課 では、実際にアーリオオーリオをつくりましょう)
第2章 パスタは僕の料理の原点
 料理人になるまでの右往左往
 パスタの旅日記
つくり方索引
おわりに

 オリーブオイルの項目には、ワインと同じように、フリーランの話もある。一通りオリーブオイルの区分と作り方の話のあと、こう続く。

 で、この作業を始める前にオリーブの実を集めて山のように積んだとき、重さに耐えきれず、たらたらと流れ出るオイルがスーパー最上級ものです。これをフリーランといいます。なんの手を加えずに流れ出たオイルは素直で、生の香りと味わいに満ちています。フリーランは、エキストラ・ヴァージンの最高級品として、一リットルに一万円ほどの値段がつきます。
 こういう最上級のオイルは、深いオリーブグリーンの色がゆったりと広がり、力強い花の香りやいろんな要素の香りがします。神様からの贈り物というものがあるとすれば、こういうものかと思います。一口ふくむと、奥深い香りと味が生まれて、これは確かに植物から採れた純粋なジュースであることがわかります。ああ、こういうのをブーケというんだなと納得できます。その年の天候や実のつき方で、香りも味も当然違います。それが、楽しみでもあるのですが。

 神が存在するのかなどと問うまえに、「神様からの贈り物というものがあるとすれば、こういうものか」というものを喰ってみるのがいいのだと私は思う。そうすれば、逆に神の存在が確信できるかもしれない。できなくても生きる支えにはなる。生きてみるというのは、まず、喰うことだし、愛することだ。なんだか、イタリア人になってきたみたいだな。
cover
アーリオオーリオのつくり方
アルポルト
御馳走読本 (4)
 フリーランのオリーブは高いといってもワインに比べれば安い。でもアーリオオーリオには使わない。どう使うか。この本には書いてないが、いいオリーブオイルは、茹でたパスタ(塩茹)にそのままかけて喰うというのを私はする。焼き魚にもかける。刺身にもかける。トーストにもかける。豆腐にかけてもいい。冗談ではない。
 塩の話も面白い。和食でなければ、塩はやっぱり岩塩だよと思う。パセリも…そうだな、日本のパセリはどうしてこうなっちゃたんだろうなと思う。水の話もうなづく。にんにくは…といろいろ思う。
 アルデンテの話も愉快だ。

 「アルデンテ」とは、「歯ごたえ」ということです。アルは、なになに対してという意味です。ということは、「自分にとって好ましい歯ごたえにゆでましょう」ということなので「絹糸一本残して」ということではありません。実際、イタリーの中でも、ナポリ人のアルデンテは芯があきらに残っている状態を好みます。まだ、ごりっとするくらいで、生の小麦の香りがするくらいです。北のミラノでは、しこっとするくらいを好みます。
 しかし、こんなことは各人の好みなのですから、
 「くたくたが私のアルデンテなのよ」
 と言う人がいても不思議ではありません。

 こういう文章を読むのが料理本の楽しみでもある。
 書籍としては、文庫とオリジナルがある。私は文庫は持っていない。できたら、この本はハードカバーを薦めたい。

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コメント

Aglio e Olio
というCD持ってます。ロックです。
ぺペロンチーニのことだったのか。。。

http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&token=&sql=10:ev6xlfkehcqe

投稿: ノーメイク | 2004.07.23 09:41

はじめまして。このような本が出版されているのですね。またチェックしてみます。今日、ペペロンチーノを作りましたが、とてもおいしかったです。私はガーリックを多めに入れるのが気に入っています。

投稿: さおり | 2004.07.26 11:56

すばらしい!
この本欲しいです!!

投稿: 篠田☆ひふみ | 2010.04.30 00:53

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