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2004.07.02

英語の動詞には未来形はない

 英語についての話。「はてな」にちょっと面白い質問が上がっていた(参照)。


英語について、どうして過去は、過去形とかで表現するのに(wentとか、cameとか。)、どうして未来形は助動詞で表現するのか、歴史的背景や文化的背景から何か理由があったら教えて下さい。

 回答期限を早々に打ち切ったのか、掲載されている回答は一件のみ。しかも、その回答はちょっと検討違いのようだ。

 ヘブライ語の説明に、神にとっては、すべては、すでに完了した、という、時制などを問題にしない、時間を超越した存在である事を意味し、それは、端的に聖書ヘブライ語の中に表現されている。とあります。
 英語もその影響をうけて、すべてはすでに完了したこととして考えて、文法としての未来形というものをもっていないのではないでしょうか。

 え?みたいな感じだが、もとネタ「ヘブライ語の超論理性について」(参照)自体、愉快な説明だ。

ヘブライ語は、伝言ゲームをしても変わらない言語だと言われている。それは、あいまいな言葉が無く、すべて具体的だからである。そのため、聖書が書かれた時代の古代ヘブライ語は、現代ヘブライ語とほとんど変わっていない。

 それは、現代ヘブライ語が古代を模した人工言語だからだ。このあたりは先日のNHK特集の「エルサレム」でも触れていた。現代に合わせるためにけっこう造語したらしい。余談だが、インドネシア語も人工言語だ。マレー語を元に英文法で整えている。国ができると自国の言語を作ってしまうものなのだ。古くはラテン語もそう。地方の語彙にギリシア語文法をぶちこんだ。日本語については主要な論にはなっていないが、7世紀の国家成立に合わせて作った人工言語だろう。倭人の語彙に朝鮮語の文法をぶちこんでしまった。さらに余談だが、フランス語もけっこう人工言語くさい。どこの国の愛国者も自国の言語に陶酔しちゃうし、私もその傾向が強いのだが、起源を冷静に考えると、そんなものだ。そして、これには宗教が絡みやすい。聖典が言語の規範となりやすいからだ。ドイツ語とルター訳聖書、英語と欽定訳聖書。そして、コーラン(クルアーン)も原資料はアラム語っぽいのに、アラビア語となっている。
 話をちょっと戻す。先の説明からひく。

 聖書のヘブライ語の最大の特徴は、時制が無く、完了形か未完了形か(**)の区別しかない事である。すなわち、超論理的なものを表現し、信仰が最もfitする言語である。これは、神にとっては、すべては、すでに完了した、という、時制などを問題にしない、時間を超越した存在である事を意味し、それは、端的に聖書ヘブライ語の中に表現されている。

 信仰の表明みたいなので真偽を問うものでもないが、時制のないという特徴はたしか、セミティックに見られるので、ヘブライ語だけでもない。ので、信仰がフィットするというものでもないわけだ。
 それに、キリスト教とヘブライ語はそれほど関係はない。というのも、キリスト教に至る歴史のなかでは、日本でもようやく翻訳が出てきた70人訳聖書からできているので、直にヘブライ語(一部マラキなどアラムのはずだったと記憶しているが)の聖書を読むという態度は、実はユダヤ教か近代のキリスト教(ルター以降)でしかない。が、このページではこうメモしている。

プロテスタントの旧約聖書は、ヘブライ語 → 日本語

 パウロ書簡やルカが引用している旧約聖書は70人訳なので、結局、70人訳がキリスト教徒にとっての旧約聖書にならざるをえない。
cover
Essentials of
English Grammar
 ってな、話は、ご信仰をくさしたい意図はまるでない。誤解なきよう。が、こうしたお話は英語の時制とはまるで関係ない。ので、もとの「はてな」の質問に戻る。
 実は、問いが間違っている。「どうして未来形は助動詞で表現するのか」ではない。時制と時間の表現の違いが混乱しているのだ。未来形というのは時制の問題であり、助動詞を使うのは未来という時間の表現の問題だ。その意味で、一つの回答は、英語には未来時制がない、となる。
 こんなうざったい話をネタのしたのは、こういうことを今の学校ではきちんと教えているのだろうか、と疑問に思ったからだ。つまり、英語には未来時制はないよ、と。
 私が以前も薦めた文法書、イェスペルセンの""Essentials of English Grammar"には、こう明記されている。Preteritは、過去時制の形態のことだ。

The English Verb has only two tenses proper, the Present and the Preterit.

 つまり2つだけ。時制と時間表現については、イェスペルセンはまず基本を簡素に解き明かしている。

It is important to keep the two concepts time and tense strictly apart. The former is common to all mankind and independent of language; the latter varies from language to language and is the linguistic expression of time-relations, so far as these are indicated in verb forms. In English, however, as well as in many other languages, such forms serve not only for time-relations, but also for other purpose; they are also often inextricably confused with marks for person and mood.

 彼は、さらに、英語において未来時間がどのように表現されているかについて、shallとwillの議論をかなり厳密に進めているが、英語自体が元来未来時制をもたないために、明確な議論ができるわけでもない。

We have come to the end of this survey of the various functions of the two verbs will and shall, in which we have seen that they still to some extent preserve the old meanings of volition and obligation, but often combine these with the idea of futurity, and finally very often denote futurity pure and simple without any visible trace of the original meanings. Matters are thus far from simple, chiefly because the English language to express the three distinct ideas of volition, obligation and futurity possesses only two auxiliaries; but also because there is always some inherent difficulty in speaking with certainty of what is yet to come, more particularly so if it is to be viewed as independent of human will. .....

 現代言語学は嫌う説明だが、英語には言語システム上未来時制がないために、その表現のなかに話者の意識のありようが反映してしまうというのだ。逆に言えば、英語という言語はそれだけ、話者の意識を問うとも言えるだろう。
 このことは次のような含みがある。

But the tendency to use will everywhere is to some extent counteracted by the desire for clearness, which requires the notions of volition and of future time to be kept distinct in all those cases in which actual misunderstandings of importance might arise. This leads, on the on hand, to a frequent use of stronger expressions like want, intend, mean, choose instead of will, and on the other hand, to the preference for shall in combinations where one particularly often has occasion to speak of someone's will, namely in the first person, in questions in the second person, and finally in conditional and relative clauses: in these cases it is desirable to have neutral auxiliary which does not imply volition. .....

 イェスペルセンがすばらしいと驚嘆するのは、このあたりの言語に対する直感だ。つまり、言語システムとしては(これをラングと言っていいのだろうけど)、未来形に準じるかたちで、willを形式的に使いたいという話者の制度的な無意識を想定しているのだ。が、これが実際の発話(パロールと言っていいだろう)によって、つねに揺り返される。だから、英語には、want, intend, mean, chooseと言った表現が、むしろ言語の運用(パロール)側から言語の組織(ラング)を変動させる要因になりうる…ま、言語学的にはそういう要因はありえないことになっているのだが。
 なお、現代英語で見るなら、shallは固定的な表現を除けば、古めかしく、また、be going toの用例も広まりつつある。
 関連して、英語に未来形が存在しないことから、現在形を使った「仮定法現在」が英語には生じうるのだが、このあたりは、あまり英語の学習書などで見かけない。あるいは、仮定法現在というとらえ方が違っているのかもしれない。イェスペルセンもこのあたりは、現在形を使った未来の表現としているようだ。
 この話はすでに絶版のようだが、一般書の「学校英語のウソ」(有川清八郎)が詳しい。

 また、英語の動詞には「未来形」がないという事実を意識している人は、あまりいないようです。
☆英語の動詞:「現在形」 He does …有り
       「過去形」 He did …有り
       「未来形」 --- 無し
 仏語の動詞:「現在形」 Il fait …有り
       「過去形」 Il fit …有り
       「未来形」 Il fera …有り
 そして、英語では、助動詞のWILL・SHALLなどの「現在形」により[現在における未来]を表現し、また、こらの助動詞の「過去形」により[過去における未来]を表現するという事実も、あまり認識されていないようです。
 したがって、「あとで、あの子が宿題をする時、…」と言うのに、この[する]は仏語では未来形が使われますが、英語では「現在形」が使われることになります。
☆英語:When he does his homework later,…
 仏語:Quand il fera son devoir plus tard, …
 そして、この英語の「現在形」は、まだ宿題をし始めてはいませんので、[事実を述べる]のに使う「直接法現在」ではなく、あとで宿題をするかも知れないという[仮定を述べる]のに使う「仮定法現在」であることになります。
 また、この「現在形」が「仮定法現在」であることは、「仮定法」が現実の[過去]・[現在]・[未来]という時制には関係なく、過去にも使われることからもわかります。
☆あとで、あの子が宿題をする時、手伝ってやろうと思います。
=I think I will help him when he does his homework later.
 あとで、あの子が宿題をする時、手伝ってやろうと思いました。
=I thought I would help him when he does his homework later.

 この問題は、口語の状況や、米国と英国とでも違う傾向もあるようだが、いずれにせよ、英語の動詞に時制としての未来形がないということから派生してきている問題のようだ。

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コメント

はじめまして。私も「仮定法現在」については以前から不思議に思っていましたが、When he does his homework later,…について「(条件節に)動詞の原形ではなく現在形を使った「仮定法現在」」という考え方をしている人は調べた限りいませんでした。
大抵は「未来の代用としての現在形」とかあいまいな言い方をしているのですが、恐らくは「本来ならば仮定法現在を用いるべきである場所に、古い言い方を避けるために間違って直説法現在を『代用』したのが定着してしまった」と言う考えが正しいようです。つまり誤りが習慣になってしまったということらしいです。
したがって、最後の時制の一致については直説法現在なのだから普通に行われる、というのが今では一般的なようです。

投稿: KGV | 2004.07.02 16:09

>日本語については主要な論にはなっていないが、7世紀の国家成立に合わせて作>った人工言語だろう

トンデモ・・・いったいどこからこんな珍説を仕入れたのか(w

投稿: eternalwind | 2005.08.18 22:15

ロマンス諸語(フランス語、イタリア語など)は未来形を持っていますよね。
ロマンス諸語は時制が多くてややこしい・・・

投稿: Dynagon | 2006.05.03 08:33

下記の点非常に参考になりました。
1)ヘブライ語(の動詞)には時制がなく、完了形と未完了形で区別する。
2)英語の仮定法現在は本来動詞の仮定法現在形がないといけないのに現在形(または過去形)を代用している。
現在ー英語・ドイツ語が出来るのですがー英語の現在形とは何かを研究しています。

投稿: 末政 弘幸 | 2007.11.02 20:55

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