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2004.06.19

女の子の喧嘩には科学的に見て特徴がある

 当然とも言えるのだが、佐世保小六女児殺害事件に対するメディアのヒステリックな反応は終わりつつある。精神鑑定に持ち込むことでメディアから遮断し、人の噂も75日ということだ。イラク日本人人質事件も「新潮45」6月号で奇妙なルポが掲載されたが、もはや終わった話題となった。かくして本質的な考察は忘れ去れられ、類似の、あるいは、より悪質な問題が継続する、と偉そうに言ったものの、よくわからない。社会的な忘却は、社会精神の自浄作用なのかもしれない。
 佐世保小六女児殺害事件について、私は文書報道を除いて、NHKの報道番組以外は見ていない。が、気になるのは専門家からのコメントがなかったように思えることだ。あるいはあったのだろうか。あまりに馬鹿馬鹿しいコメントで私の脳がスルーしているかもしれない。少なくとも、私の意識にはなにも残っていない。精神医学関連の専門家はなぜ沈黙しているのだろう。メディアがあえて出さないようにしているのだろうか。私は、奇妙だと思う。
 少年・少女の行動は米国ではきちんと医学の類縁で扱われている。そして、そうした医学成果は、大衆向けには健康情報の一貫として扱われる。
 日本では、健康情報というと馬鹿げたテレビ番組の話題か、栄養士や医者の医学ぶった、戦前の医学かよと思われる旧態依然としたコメントくらいなものだが、健康というのは、養生法だの子どもの知能面の速成に限らない。
 ぼやきはさておき、この分野の専門誌" Archives of Pediatrics & Adolescent Medicine"の最新号(6月号)に気になる研究発表があった。例によってアブストラクトしか見ていないのだが、日本のこの分野の専門家は当然読んでいるだろうから、なにかしら社会的なコメントを出してしかるべきではないかと思う。
 発表標題は"Characterization of Interpersonal Violence Events Involving Young Adolescent Girls vs Events Involving Young Adolescent Boys"(参照)と簡素なもので、試訳すると「青少年期の対人暴力の男女差の特徴」となるだろうか。一般的な言葉でいえば、子どもの喧嘩に男女差がある、ということだ。
 このテーマが研究される背景はこうだ。


Background
Multiple studies have demonstrated that girls are engaging in interpersonal violence. However, little is known about the potentially unique aspects of violent events involving girls.

 当たり前と言えば当たり前だが、まず、女の子といえども喧嘩はする。しかし、女の子の喧嘩というものがどういうものかは、医学・心理学的にまだよくわかっていない、というのだ。
 馬鹿馬鹿しいこと言うよな、そんなの世間を生きる経験や文学でわかりそうなもんじゃないか、とも思うのだが、米国科学の良いところは、こういうゼロから考えるところだ。余談だが、大学の教科書などでも、ほんとゼロから書いてあるものが多い。ちゃんと読んで演習すれば実力が付くようになっている(演習がポイントなんだけどね)。
 研究目的も単純だ。

Objectives
To describe characteristics of interpersonal violence events in preadolescents and young adolescents and to determine if events involving any girl are different than those involving only boys.

 というわけで、女の子同士と男の子同士の喧嘩の差異を調査しようというわけだ。
 実験のデザインと結果も、アブストラクトには掲載されているが、率直に言って、たいしたものではない。エンロールも190名と少なく、これではちょっとした学部の卒論といった感じもある。しかし、だからといってこの調査が無意味というわけでもない。
 結果もあたりまえと言えばそうなのだが、きちんとこう言われると興味深い。

Conclusion
Violent events involving preadolescent and early adolescent girls are more likely to be in response to a previous event and to involve the home environment and family member intervention. Health care professionals should screen violently injured girls for safety concerns and retaliation plans and consider engaging the family in efforts to prevent future events.

 ここは意訳しておくほうがいいだろう。率直に言って、想定されている事態はかなり、現実的な暴力を含んでいる印象はある。

結果
前青年期および初期青年期の少女間で起きる暴力行為は、男子に比べて、単独で発生するというより、前回の暴力行為の続きとして起きる傾向がある。また、この暴力行為は家庭環境や家族による介入(その場の仲裁)を巻き込む傾向が強い。青少年の健全育成に関わる専門家は、安全を重視し報復を避けるために、暴力によって負傷したことのある少女を保護すべきである。また、暴力再発を避けるために家族を含めての対処をする必要がある。

 訳が拙いので、想定されている事態はかなり実際的な暴力だとして、日本の状況とは違うのではないか、という印象を得るかもしれない。が、そうではない。Violent eventsを単純に暴力行為とすると、原義が損なわれやすい。端的には実際の暴力だが、心理面に関わる面もある。
 問題は、表層に現れる暴力行為ではなく、女子の場合の対人暴力は報復性が強いという心理的な特徴なのである。
 さて、こうしたことは、私の世間感覚からすると、日本では素では言えないかなという印象を持つ。言うとすれば、偽悪的に、「命の大切さ」みたいなどろっとした空気がよどんでいるよね、という感じだ。
 しかし、そんなことはどうでもいいのであり、問題はきちんと医学、心理学、つまり科学的なレベルで対応が可能だという点が重要だ。偉そうなことを言うとかえって無意味なのはわかるが、このこと、つまり、科学的な社会への対処というものが、日本の社会に決定的に欠けているように思う。
 くどいが言う。道徳のような訓戒ではだめなのは、日本の敗戦と同じだ。戦時、「日本は負けるでしょう」と言えない空気があり、そう言う人間を道徳的に罰して沈黙させた。そして、道徳「絶対勝つぞぉ」みたいなもので進めていく。それを「命の大切さを知らせる」と言い換えても、構造的にはなにも変わらない。
 今回の事件で、誰もが、「なぜ女の子が」と思ったはずだ。そして、この事件にはまさに、そこが問われてもいいはずだったが、戦中と同じような空気で日本社会はそこを封じている。
 個人的な印象だが、こうした女児の行動特性は、私は多分に文化環境によるものではないかと思う。つまり、生物学的な傾向ではないだろうと考えている。このアブストラクトの出だしにもあるが、我々の社会は、女児の暴力性を女児だからとして過度に抑圧するようにできているため、その自発的な制御が効きづらいのだろう。
cover
「ソロモンの指環」
 このあたり、ふと、コンラート・ローレンツの愉快なエッセイ(愉快すぎて今読むと恐怖でもあるが)「ソロモンの指環―動物行動学入門(ハヤカワ文庫 NF222)」のウサギの話を思い出した。たしか、狼とウサギとどちらが残酷に争うかという話だ。もちろん、動物だと本能的な行動特性ということになるが、人間の男女ではそうでもなかろう。
 え、その学生、「ソロモンの指環」を読んでない? ダメだなぁ、って、これを読ませない先生がダメっていうこと、さ。

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コメント

「ソロモンの指輪」、あァ懐しい、なんて云つちァ駄目ですね。(苦笑)女の子同士の争ひといふのには兎の噛合ひ以上に何といふのか、植物的な容赦の無さを聯想させられます。見え難い、若しくは見えない(特に野郎共には、ネ)処で地下茎の如く勢力争ひをして、相手方を根絶やしにする処迄突き進んで行つて終ふ、みたやうな。(マ、己が其処んところに随分しつこく悩まされたからさう見えるだけかも知れませんけれども。ぶるぶる。)

投稿: wachthai | 2004.06.19 14:33

パド厨関連がなかなか興味深いんですが、どう思われます?ってか、ここへのコメントにしていいもんかどうか・・・

投稿: a watcher | 2004.06.19 14:36

wachthaiさん、ども。ローレンツは今考えるといろいろなんですが、基本的には「変なヤツ」です。あの断固とした変さっていうのは今っぽいかもしれません。

投稿: finalvent | 2004.06.19 15:31

a watcherさん、ども。「パド厨」関連は、率直に言うと、これを取り上げる人の見解がフラットな印象を受けます。対象化しすぎているというか。

自分なりに気になるのは、今回の女児事件でもそうですが、子どもたちが日本語変換が使えることで、日本を使っているかに見える現象が気になります。十分に使えてないので「苦汁」とかする(あるいは2ちゃん語かもですが)わけですが、私がこの年代のころは、思いと話し言葉と書き言葉にある意味で重たい乖離がありました。

ちょっと恥ずかしい話ですが、この乖離を越えようとして、私は思春期に詩を書き出したように思います。うまく言えないのですが、重いと話し言葉・書き言葉にもどかしさがなければ詩とふれあうことはなかったか、とも。

くどいですが、「思い」はある、が、それが「話し言葉」にもならない。話してみると通じない。「思い」を表していない。そこで、「書き言葉」にして自分の言葉と自分の思いを付き合わせるような…感じです。

「パド厨」には、その言葉の乖離と、それによる詩を迂回した自分との遭遇のようなものはないのだろうな…つまり、そこには、本質的に、詩的なものが失われているのだろうなとは思いますね。

投稿: finalvent | 2004.06.19 15:38

”パド厨”とはどういう言葉でしょうか?

投稿: ・・・・ | 2004.06.19 21:27

すみません、「ぱど厨」ですね。これでぐぐるとひっかかると思います。

ちなみに、「はてな」ではこうです。

ぱど厨
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a4%d1%a4%c9%bf%df

投稿: finalvent | 2004.06.19 21:50

昔、大学の英書購読で法学部なのに、少年非行についての講義を受けたことを思い出しましたな。(90年代初め)

日本では少年非行がなぜ機能していないかって?因果論を全部論じていけば「日本の社会全部が悪い」って結論になるんでとりあえず家庭教育についての考察はomitします。

でその先生の専門は刑事での少年非行が専門だったのですがその先生曰く、
「日本の場合、教育での縦割り行政の弊害がひどすぎる」
てなことを言ってましたな。
なんでも、その先生、その方面での研修を受けたのはイングランドだったそうですが、メンタルケア部門と学校などの教育機関それに警察・検察機構の担当者同士が一人の少年に対して予防処置から事件後の更正まで必ず連絡・連携がとれていると言ってました(もっともその先生は、「イングランドの不良少年は日本と違って極端なことを言えばマフィア化するからこれだけの処置がいる」とも言ってましたが)

それに比べて日本だと学校は文部省。警察・検察は独立。そして犯罪心理学は厚生省とバラバラなため極端にバランスが悪くなっていると嘆いていました。

で、落ちはいうまでもなく、ここにも日本の行政システム自体の破綻がここにも現れている。とこういう話になるわけで。はあ~~~~。

投稿: F.Nakajima | 2004.06.19 23:58

ぱどタウンに関しては、初期のレイベリングが過剰であり、
現在もそれに流されて批判が先行しているように感じられ、
残念に思いますね…。異文化研究においてはレイベリングを
排するということが第一の鉄則なのに、逆転していきなり
レイベリングから始まってしまっているところに
コロニアル的不幸を感じます。

投稿: kagami | 2004.06.20 03:02

ズームインサダデーだったかで、香山リカ氏がこの件についてコメントなさっていました。
コメントの内容は常識的なもの、
「この一見は新しい点とそうでない点がある。とにかく、トラブルに陥った時に相談できる仕組みを作るべきだ」

投稿: naruse | 2004.06.20 06:37

要請みたいになってしまい申し訳ありません。で、「乖離」ですが、私も同様と思える経験をしています。当時周囲にその苦悩を漏らしても通じませんでした。で、やはり創作(詩より小説でしたが)に走りました。
もしかすると私のようなタイプが、現在の榊原でありNEVADAなのかもしれません。

投稿: a watcher | 2004.06.20 08:22

同じ趣味・趣向の人間としかコミュニケーションがとれない、
とれないので自分が分からない人間を排除して、そのジレンマをなくす。
たとえば「もっと空気読めよ」っていうのはそういう場合にもよく使われる。自分たち流のコミュニケーションでしかコミュニケートできないから。

はばちになった子の考えや思いは無視され、やがてその鬱積した
感情を吐露するのが自分の世界のみになり、自分の作った世界でその感情が肥大化した場合が、サカキバラくんやNEVADAちゃんなんだろうな。

投稿: EL | 2004.06.21 00:21

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